【完結】とある再起の悪役令嬢(ヴィレイネス) 作:家葉 テイク
『おふざけがすぎましてよ、フレンダ=セイヴェルン……!!!!』
「どどどど、どうしたんだこれ。なんだか急に怒り出してるぞ。何かまずいことでもしたんじゃないか……?」
「だいじょーぶ平気平気。気にしないでいいから」
怒髪天を衝く勢いのレイシアに対し、フレンダはいたって冷静に切り返す。──あるいは、その反応こそ狙い通りであると言わんばかりに。
さらにフレンダは操歯の持つ携帯電話に顔を寄せて、
「アンタも私達の目論み、分かってきたんじゃないかしら?
「…………っ!!」
「マイクローブリベンジは、その為の機体よ。大口径のレールガンを標準装備してしまえば、操歯を狙おうにも街の防衛機構が働いて狙撃が妨害される。それを回避する為に対人に絞った攻撃機構を得たかったけど……対人用の兵装では、迫りくるヒーロー達への対処ができない。……そんな苦悩の結果が、あの可変式主砲って訳よ」
つまり。
マイクローブリベンジの主砲は──操歯涼子の抹殺と、学園都市の追手への防衛戦、その両方を満たすために生み出されたものということ。
その事実を知って、レイシアはフレンダの目的を完全に理解したらしかった。
操歯涼子を盤上に持ち込むということは。操歯涼子の抹殺を目的に掲げる敵の前に、本人を差し出すということは。
『操歯さんを、囮に使うということですの……!?』
「御名答☆」
『馬鹿な! そんなの操歯さんをいたずらに命の危険に晒すだけですわ! そもそもそんなことをしたって一時的にヘイトを集中させる程度の効果しか持ちません!』
通信先のレイシアは憤慨して通信機に叫ぶが、フレンダはへらへらと笑いながら、
「結局、ボールはこっちが握ってるからアンタがそこからどう反論しようが私達の動きは変わらないって訳よ。
『そんな……ッ』
なおも拘泥しようとするレイシアだったが、フレンダはそれ以上レイシアの反論には取り合わず、勝手に操歯の携帯端末のスイッチをオフにしてしまう。
困惑するのは操歯の方だった。何かよく分からないままに連れられたと思ったらこの状況だ。しかも話を聞く限り、これから自分はドッペルゲンガーに命を狙われるらしいではないか。怒ればいいのか泣けばいいのか、急転直下の事態に操歯の感情はまだ状況に追いつけていなかった。
そんな操歯の感情を置き去りにするように、フレンダは言う。
「……ま、安心しなさい。結局、悪いようにはしないから。それに、
その表情から真剣さを感じたからだろうか。
一旦は困惑をひっこめた操歯は、改めて不安そうにあたりを見渡しながら言う。
「……そういえば、
「
それに対して、フレンダは特に気負った様子もなく、あっさりと答えた。
「
「クソったれ!! あのアマ、面倒な仕事投げつけやがって……」
浜面仕上は、まさに地獄の中を駆け巡っていた。
頭陀袋の中には大小さまざまな爆弾が込められており、浜面はこれをとにかく無差別にばら撒きまくっているわけだ。
「っつか、『結局一番危険な役割は私が引き受けるって訳よ』とか抜かしていやがったが、こっちだって十分危険じゃねえか? 直接的な武力をばら撒いているわけだしよ……」
森の中は、戦闘の影響でもはや『自然』という言葉が半ば崩壊していた。
木々は爆風でところどころへし折れ、戦闘によって飛び散ったマイクローブリベンジの装甲の破片が突き立っている場所もある。
浜面は自分の背以上もある真っ白い石碑のような装甲片を見上げ、うんざりとした表情を浮かべた。
それは、マイクローブリベンジの主砲表面の装甲だったものだ。マイクローブリベンジの主砲は一撃ごとに崩壊と再生を繰り返すため、こうした破片が戦場に無数に飛び散っている──というのはフレンダの推測だったが、実際にこうして目の当たりにすると威圧感がある。
マイクローブリベンジの巨体から距離感がおかしくなるが、実際には細かい破片の一つが浜面よりも大きかったりするのだから。
「…………本当にあったよ。だが、ただの破片で俺よりデカいっつーのは、こう……戦闘の余波で飛び散った破片が命中しただけでミンチになれるな」
そう考えると、やはり今こうしているうちにも寿命をすり減らしているかのような気分になる浜面である。実際にはそんな可能性は脳天に隕石が直撃するような極小の確率であるとしても、実際に戦闘が勃発している以上は試行回数は無限のように感じるのが人情である。
極小の確率だとしても、ゼロでないということは即ち『いずれ当たる』ということだ。生きた心地を取り戻す材料には程遠い。
「んで……。…………うわっ、なんだこりゃ!?」
装甲の裏側を確認した浜面は、そこにあるものを見て納得の声をあげる。
真っ白いペイントが施された装甲の裏側、黒い鉄の地肌が見える面には、まるで電子機器の基盤回路のようにうっすらと濁った透明の粘菌がびっしりと張り付いていた。
浜面は知る由もないことだが、これこそがレイシア達が考察していたマイクローブリベンジの能力の秘密。装甲の裏側に隙間を用意し、そこに微生物によるスプリング式コンピュータを設置することで機体全体を能力の噴出点とする機構である。
とはいえ、原理を予測できないまでも、似たような結論にフレンダ達も行き着いていた。
「……ホントに、コイツが『使われる』のかねー……」
適当に言いながら、浜面は改めて周辺に爆弾をばら撒く。
最後に自分のこの場での仕事を振り返り見た浜面は、ぼやくように呟いた。
「……ったく、これをあとどんだけやればいいのやら」
『…………茶番だな』
マイクローブリベンジとレイシア=ブラックガードの戦闘の最中。
マイクローブリベンジは──正確にはその中枢に坐すドッペルゲンガーは、わざわざ外部向けに降伏勧告をするための音声機能を使ってそう吐き捨てた。
「……何が、ですの?」
『亀裂』の翼で空を舞うレイシアは、下からすくい上げるような軌道で『亀裂』を展開するが、マイクローブリベンジは容易くそれを回避する。
『亀裂』はそのまま空中に残り続けてマイクローブリベンジの動きを阻害するが、マイクローブリベンジはこれにレールガンの一撃を打ち込んであっさりと『亀裂』を粉々に粉砕してしまう。
およそあらゆる物質を分断できる『亀裂』だが、一方で外圧から力場を維持する力に関しては完全というほどではないのはこれまでにも何度か表出していたが、今回はあからさまにあっさりとバラバラにされている。
それもヒューズ=カザキリのような想定外のエネルギーによるものではなく、単純に『規格外のパワーによって』という形で。
『お前のその戦い方だ。明らかに、地上への注意を逸らそうとする動き、だろう?』
「…………!」
『気付いていないとでも思ったか。いや……
その一言に、レイシアは息を呑む。
傍受。その言葉が示す事実は、つまり──。
『この機体はとにかく潤沢なセンサー群を備えていてな。音声センサーや電磁センサーはもちろん、電波の傍受だって訳ない。そして、先ほどのお前と金髪のやりとり。……お前の行動から読み解かなくても聞こえていたよ。
「…………!」
明確な殺意を言葉の端々に滲ませるドッペルゲンガーに、レイシアの表情が強張る。
「なぜ……! なぜアナタは操歯さんを、そこまで……!? 操歯さんだってアナタを攻撃したり、害そうとは考えていないはずです! アナタがたに争い合う理由などないのではなくて!? もしも、誰かに唆されてのことなら……!」
『……ク。情報にはあったが、流石のお花畑だな。
この期に及んで間を取り持とうとするレイシアに対し、ドッペルゲンガーは嗤う。
『
「…………っ!!」
その視点は、レイシア=ブラックガードからは決して生まれないモノ。
新たに生まれた人格でありながら、眠りについた人格の為に身を粉にし。
自ら死に向かう人格を救う為に、なりふり構わずあらゆる手を尽くした。
この世に『二人』──それこそが矜持であり喜びである彼女達には、決して。
『──ああ、
「…………っ。安い挑発です、」「買って差し上げますわよ、その喧嘩ァ!!」
直後。
ゴバッッッ!!!! とレイシアの背後から大量の『亀裂』が伸び、マイクローブリベンジの上空から無数の巨大な『残骸物質』の雨が降り注いだ。
「訂正なさい、無礼者。シレンの慈しみは、アナタが値踏みしているほど安くはない!!!!」
神の杖、という兵器の噂をご存じだろうか。
アメリカ軍が開発を進めているといわれているもので、その正体はタングステン、チタン、ウランからなる金属の棒である。その全長は六・一メートルにも及び、これを宇宙ステーションから落下させることで標的を破壊するという位置エネルギー弾──いわゆる宇宙兵器だ。
一説によるとその威力は原子爆弾にも匹敵すると言われ、純粋な位置エネルギーが威力に転化される為事前の察知も難しいとされている。
もっとも、この兵器はあくまでも『噂』であり科学的にはこの兵器の実現は難しいと言われている。
それは単なる金属の棒を落としただけでは位置エネルギー的には標的を数件破壊する程度の威力にしかならないであろうことや、落下の際の抵抗で金属棒が融解してしまうことなどが根拠として挙げられるが──ここで発想を転換させてみよう。
「その中はさぞ熱がこもることでしょう。わたくしが、風通しを良くしてさしあげますわッ!!!!」
もちろん、高度からしても『残骸物質』による『神の杖』が原子爆弾並の威力を誇ったりするわけではない。
だが、そもそも『残骸物質』はあまりの大重量で地面の中に沈み込むように落下するほどの物質である。爆発などの分かりやすい威力はないにしても、マイクローブリベンジの装甲を無視して内部に貫通ダメージを与えるのには十分な攻撃だった。
『……フム、流石は
ただ、それは打つ手がないということを意味しているわけではない。
ズガガガガガガガ!!!! と降り注ぐ『残骸物質』の雨の中、マイクローブリベンジは全くの無傷でこれを回避していく。慌てたのは、挑発されたシレンの方だった。
「馬鹿っ!! レイシアちゃん!! フレンダさんと浜面さん、操歯さんがいるんですのよ!? 向こうの挑発の狙いが同士討ちなんてこと、すぐに分かるでしょう!」「心配いりませんわ! 一応三人のいるところは避け、」
シレンに詰問されて咄嗟に言ったレイシアだったが──それが失言であったことに、すぐ気づいた。
雨のように大量の『残骸物質』によって実現した『神の杖』だが、怒りながらも最低限の冷静さを保っていたレイシアはきちんと同士討ちのリスクは回避していた。
だが、怒っていたゆえにレイシアは失念していたのだ。
つまり、攻撃がないところには三人がいる──という事実を。
『……フ、呆気ない幕引きだったな……!!』
マイクローブリベンジの主砲が、音もなく崩壊していく。
駆逐艦も容易く輪切りにしてみせるような威容の主砲がボロボロと崩れ、そして周囲の破片や鉱物を吸い寄せて『対人用レールガン』を再構築する。
照準の先には、森の中を走る少女の二人組。
木々によって隠れてその姿は分からないが、複数の方式のセンサーを駆使して索敵するマイクローブリベンジは確かに金髪の少女とその同行者の少女の姿をとらえていた。
そして。
ドッペルゲンガーは、もう一人の自分──いや、『自分を再構築できる知識を持った存在』を破壊する為のトリガーを引いた。
その瞬間。
フレンダはおそらく自分諸共操歯を抹殺しようとしているマイクローブリベンジの主砲を見ながら、確かに笑っていた。
走りながら、フレンダの耳元に声が聞こえる。
『……さて、お膳立ては済ませましたわよ』
それは、今まさに空中で戦闘している
しかし、その声は通信によって電波に乗って届けられたものではない。──大気中の音の伝導率を操作することによって実現された、『糸電話式』の
『
レイシアとの問答において、フレンダはそんなことを言っていた。
フレンダは、既にマイクローブリベンジと戦闘している中で、そのセンサー群の性能の高さを理解していた。だから、こうして操歯から向けられた通話も容易く傍受できるだろうと読んでいたのだ。
露骨に操歯を囮に使い、レイシアと仲違いしたように見せかけたのも、ドッペルゲンガーを欺く為の罠。レイシアはフレンダの言葉の意図にすぐ気づき、こうして能力の応用で
「しかし、アンタが私の言うことをこんなにすんなり信じてくれるとは思わなかったって訳よ。私、一応何『アイテム』としてアンタの命を狙ったんだけどね」
『なんですの? わたくしがアナタの善性を信じたのが癪なのかしら?』
「……そーゆー感じとかね」
とはいえ、策は成立だ。
と、いうことは。
ズッッッッッッッッッッドン!!!!!!!!!!!!!! と。
夜空を彩る花火よりも鮮やかに、マイクローブリベンジの主砲が大爆発を引き起こす。
『な、ば…………ッ!?』
その爆発は、これまでで最大級のダメージをマイクローブリベンジに齎していた。
主砲はもちろん、それを形成する為の四本のアームは根元からへし折れ、直径五〇メートルの本体部分はまるで食べかけのアイスクリームのように全面が破損し、内部構造がめくれあがっている。
動力炉が爆発していないのが奇跡としか言いようがないほどの破損だった──が、マイクローブリベンジはまだ生きている。
『……流石に、今のは想定外ではあったが』
そしてそれは、フレンダの策の敗北を意味している。
『なるほどな、デコイか。レイシア=ブラックガード相手に最大サイズの主砲を運用している最中にオリジナルを盤面に紛れ込ませるのが、お前の策だったというわけか。私の第一義である操歯涼子の殺害を利用して、主砲の再構築を行わせ……その時のどさくさに紛れて、主砲に爆弾を紛れ込ませる為に。だが忘れたのか? ラディケイト087には、再生機能があるということを!!』
直後。
粉塵の中から映像を巻き戻すようにして、たった今破壊されたばかりの装甲片達がマイクローブリベンジの機体へと収められていく。
爆発によってドロドロに溶けてしまったパーツもあるが、スペアパーツとなる装甲片は戦闘の中で大量に地面にばら撒かれている。問題なく、マイクローブリベンジは機体を完全修復し──
「おかしいとは思わなかったの?」
ギチリ、と。
金髪の少女のたった一言で、一機で戦争の形を変えかねないとまで言わしめた超巨大兵器の動きが、止まる。
その一挙手一投足を見逃すことが、まるで致命的な結果を齎すことを理解しているかのように。
「修復なんて最初から読めていたわ。結局、それならもっと威力の高い爆薬を使うなりして『死に物狂いでアンタの修復が間に合わないようにする』努力をして然るべきでしょ。にも拘らずアンタは問題なく修復を完了させることができた。結局、その事態が、既に異常事態だって思わない?」
まさに、チェックメイトの一手を討つように──フレンダは、手元の
「あと」
『ッ、やめ、』
「あの不良馬鹿。今の今まで何をやってたか──とかね」
「……とか、今頃アイツドヤ顔してんだろうな。ったく、『敵が修復に使うであろう装甲片の裏側に「ハンドアックス」を仕込め』とか、人遣いの荒いナイト様だよ。世紀末覇王HAMADURA様に感謝しろよな」
──マイクローブリベンジの自動修復によって収集された装甲片。
その裏側には、グラムあたりの単価がプラチナにも匹敵する高性能プラスチック爆薬──『ハンドアックス』がこれでもかと装着されていた。
そして、マイクローブリベンジの装甲の裏側は、実はすぐに別の装甲があるわけではない。マイクローブリベンジ全体のシステムを維持するのに必要な『能力の噴出点化』の為に、粘菌による回路が張り巡らされているわけである。
もしもそこで、大規模な爆発が引き起こされたら?
核爆発にも耐えうるであろうマイクローブリベンジは、それでも撃滅はできないだろう。
だが、しかし。
その裏側に存在する粘菌の回路達は────当然、残らず焼き消される。
即ち。
『こ、れは────!!!!!』
その巨体を維持するのに使用している、動力炉。
その制御をするために機体全域に張り巡らせていた第三位の異能が、消失する。制御を失った動力炉は速やかに暴走し────しかる後の大爆発を引き起こす。
まるで、一つの大型爆弾か何かのように。
『させ、るかッ』
ドッペルゲンガーは咄嗟に機体の変形を試みたようだったが、もう遅い。
それ以上の何かを行う前に、フレンダは決定的な一言を呟いた。
「ha det bra!」
一瞬、マイクローブリベンジの機体が失敗したガラス細工のように赤熱しながら膨らみ、そして破裂した。
直後、宵闇の第二三学区の全域を破滅的な光が埋め尽くし。
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