【完結】とある再起の悪役令嬢(ヴィレイネス) 作:家葉 テイク
「んで、どうするっつーんだよ!?」
バイクを一旦放棄した二人は、木々の間を駆け抜けてマイクローブリベンジから少しでも距離をとっていた。
マイクローブリベンジはこの宵闇の中でもフレンダと浜面の姿を正確に感知できるレベルのセンサー網を持っているようだが、しかしマイクローブリベンジ側もまともな戦闘をしているわけではない。幻生の力の余波を受け、センサーの感度はそこまで高くないようだった。というか、でもなければフレンダが連発していたロケット花火の目くらましなど無視して、今頃二人は失敗したバーベキューのような有様になっていただろう。
「……、」
フレンダはちらりと空を見上げる。
空では、先ほどドッペルゲンガーが作り出したデコイと木原幻生が派手な戦いを繰り広げていた。
マイクローブリベンジの方は山の陰に入っているので、おそらく山の向こう側からはデコイしか見えていないだろうし、聞こえていて雷雲が轟くような移動音程度だろうが……しかし幻生もただやられているわけではない。
マイクローブリベンジの主砲の威力は圧倒的だが、幻生も光の槍を何本も作り出し応戦していた。
いかにマイクローブリベンジがF1カー級の速度とプロボクサー並のフットワークで回避運動をとれたとしても、的が直径五〇メートルである。すべてを躱すことなどできないし、事実何度か中破しているようだったが──、
「さっきから連中の戦闘を見てたろ!? 破壊されても、その下にある何かの回路から電気が出て、すぐに元に戻っちまう。自己修復能力があるんだよ!! あの分じゃ攻撃なんてはなから無意味だろ!」
「……結局、アレは粘菌による自動再生だと思うわ」
言いながら、フレンダはすっと手を差し出して浜面に見せた。
その手には、何か真っ白い束のようなものが落ちていた。
「……なんだ、それ……?」
「さっき、装甲を吹っ飛ばしたときに風に飛ばされて落ちてきたものよ。結局……多分ドッペルゲンガーは、
「…………!?」
フレンダの言葉に、浜面は息を呑む。
それはつまり。ドッペルゲンガーが語っていた『憑依』というのは──、
「微生物……いや、粘菌かしらね。結局、肉眼では見づらい粘菌のようなものの成長をコントロールして、物質を『憑依して動かしている』ように見せかけていたんだと思うわ」
「じゃ、じゃああのレールガンも粘菌で操作して作り出してたってのか……? ……いや、待て。仮にそうだとして、粘菌が全てのタネならおかしくないか!? 電熱で超高熱になっている環境下で生物が繁殖できるわけないだろ!?」
高熱ばかりは、火星の密着微生物並の繁殖能力を取り入れたとしても克服できないだろう。それに、微生物操作で溶接を行ったりできるのも不自然だし、レールガンの建造までこなせるのも精密性が高すぎる。
第三位の能力と併用しているにしても、やはり熱を克服できるかと言われれば厳しい。ただ……反駁する浜面だったが、フレンダの推測が間違っているとも思えなかった。
(……こうは言ってみたが、多分フレンダの集めたピースは正しい。あとは組み合わせの問題なんだ。これらを上手く噛み合わせる形さえ見つければ、きっと真相に近づけるはず。……何か、手元にあるのに使っていないピースがあるはずなんだ……!)
しかし、悩んでも考えは一向にまとまらない。
そうしているうちにフレンダと浜面は、気付けばマイクローブリベンジから遠く離れた山の頂上付近までやってきていた。
そこで。
「拙いブラフだなァ!! んなもん、テメェをぶち殺してからでも十分考慮は間に合う!!!! テメェは一秒でも長く生き永らえることだけ考えていればいいのよ!!」
──冗談抜きに、フレンダは心臓が止まるかと思った。
何故ならすぐそこで、フレンダと浜面の上司である麦野が何者かと戦闘を繰り広げていたのだから。
いや、何者かという表現は白々しさが過ぎるか。
もともと、麦野が第三位と戦闘を繰り広げているという情報はフレンダ達も得ていた。だが、その第三位が絹旗と戦い、麦野がレイシアと戦っているという状況は完全に想定外である。
というかそれ以前に、今フレンダと浜面は第三位に電撃でやられてリタイヤしている扱いだ。だからこそ自由に動けているという側面もある。その状況で麦野に独断専行の現場を目撃されれば? ──当然、待っているのは死である。
「どどどどどどど、どうしよう浜面」
「化け物兵器相手に物怖じしない女がなんで麦野相手にそんなにビビり散らしてんだよ!!」
顔面を冷や汗塗れにさせたフレンダに、浜面は反射的に声を上げ──それから自分で口をおさえた。
なんだかんだ言って、浜面もこの現場を見られればアウトであるということは分かっているのだった。
「……問題は、この場に麦野がいることそのものじゃねえ。俺達はマイクローブリベンジを相手にするってだけでキャパオーバーなんだ。麦野に見つからねえようにとか、そういう思考の雑味がちょっとでも混じるだけで死にかねねえってところなんだよ」
今はレイシアと戦っているが、これで麦野がレイシアをぶち殺しでもした暁には、麦野は完全なるフリー状態となってしまう。
そうなればフレンダと浜面の行動はかなり制限されるし、まかり間違って麦野がマイクローブリベンジを確認でもしてしまえば、もう撃破は絶望的と言ってもいいかもしれない。
フレンダと浜面からしてみれば、ただでさえ超難易度のミッションがさらに慈悲を失ったかのような出来事であった。
「……第三位、なんか辛そうだな」
絹旗と戦っている第三位を見て、浜面はふと気が付いたかのように言った。
「何? 可愛い女の子が困ってたら無条件に手を差し伸べたくなっちゃうって?」
「違げえよ!! ……さっき話してたろ、マイクローブリベンジが第三位の能力を運用しているかもしれないって。
「……そうね」
「俺は、スキルアウトだからよ。知り合いが何人か
浜面はそう言って、拳を握る。
「……どいつもこいつも、今の第三位みたいに苦しんで倒れてた。それが、
レベルを上げたい。
落ちこぼれから脱したい。
そんな切実な想いを利用された、かつての仲間達を明確に思い浮かべながら。
「高位能力者なんて、甚振られても胸がすく思いだってくらいにしか、思ってなかったけどよ。……アレって、結局同じことだよな。レベルがどうであれ、この街じゃ……学生はクソみてえな研究者の食い物にされてる」
「……そう?」
しかし、フレンダは笑う。
その立ち位置にいることを認識しながら、それでもなお狡猾に強者の喉笛を食い破ることを生き甲斐とする悪党は、その本領発揮とばかりに嗜虐的な表情を見せる。
「さっき、アンタ言ったわよね。自動修復機能があるからはなから攻撃は無意味だって。確かに、機体をいくらぶっ壊しても無意味かもしれないわ。結局、ヤツは自分の機体がどれだけ破壊されようと問題ないようにマイクローブリベンジという機体を組み上げているんだから」
言うなれば、アレはドッペルゲンガーという存在が作り上げた戦略の結晶。生半可な策ではアレを止められないのは当然の理屈だ。
ただし、と。
そこまで絶望的な情報を並べながら、フレンダ=セイヴェルンは逆転へとつながる逆接の言葉を紡ぐ。
「その為に扱っているのは、あくまで微生物の力と
「そりゃあ、確かにそうかもしれないけど……」
「だったら! 結局、あの機体がまるまる崩壊するような攻撃を食らってしまえば、流石に自己修復機能があったってどうしようもなくなると思わない?」
「…………何か策でもあるのか?」
「やる価値は、あると思うってわけよ」
頷いて、フレンダは言う。
「足場を爆発させる」
「あ? でもそれはついさっきやったばっかりじゃ……、」
「アレは足場じゃなくて足を爆破したのよ。だからすぐに修復されてしまった。でも、足場は機体じゃないから自己修復機能もないわ。『憑依』にしたって、爆発で抉れた地面を修復できるような性質のものじゃない」
つまり、『存在しないモノ』は操れないということ。
爆発で地面が抉れれば……当然機体はバランスを崩す。足元にかかる過負荷は、斜面を移動するときの比ではない。かなりの規模の破壊が発生すると見込まれる。下手をすれば、静電気に誘爆してより大量の破壊が発生するかもしれない。
だが──
「それだって結局は自己修復の範疇だろ? いくらぶっ壊しても治っちまうなら、結局無意味じゃねえか」
「その修復の中に、爆弾が混じっていたら?」
フレンダの悪辣な笑みは、少しも陰らない。
浜面はその笑みに、絶句した。
「確かに、マイクローブリベンジの修復機能は完璧かもしれない。破壊を即座に修復できるなら、どんな攻撃だって無意味かもしれないわ。でも、その修復の際に使われる資材の選別まで完璧だと思う? 結局、アンタだって見ていたはずよ。山を大雑把に抉りながら作られたあの巨体の完成劇を」
そう。確かに浜面は見ている。地面を抉って主砲を生み出した光景を。
マイクローブリベンジはどこかで精密に製造された部品が組み合わさって作られたというたぐいのものではない。第三位の磁力と『憑依』を利用して、この学区中の地面に含まれる大量の砂鉄や鉱物を溶かして鋳造された、急ごしらえの兵器なのだ。
そしてその修復も、破壊されたそばから周辺の物質を取り込むという大雑把なもの。たとえばそこに爆薬が紛れ込んでいれば──それも特に気にせず取り込んでしまいそうなほどに。
つまり。
フレンダはこう言っているのだ。
「マイクローブリベンジの、最強の自己修復機能。結局、そいつを逆手に取ってやるって訳よ」
「で、でも……どうやって!? 足場を破壊するっつっても、余波だけで俺達が数百人は死にかねない化け物だぞ!? その足元にどうやって爆弾をしかけるって……」
「結局、だから言ったでしょ?」
不安そうに言う浜面に、フレンダはにっこりとかわいらしい笑みを向けて返す。
「アンタの命、預けてくれない? って」
──そういうわけで、フレンダはマイクローブリベンジの近くまで一人で接近していた。
浜面の方は、現在乗り捨てたバイクを回収しに向かっているところである。マイクローブリベンジはなんだかんだで時速数百キロで移動し続けているので、人間の足ではリアルタイムに機体をとらえることが難しいためだ。
『っつか、接近して爆弾をぶちかましたところでどうにかなるような相手か!? その前にお前が対人レールガンで死んじまったら元も子もねえんじゃねえか!?』
通信端末から、浜面の声が聞こえてくる。
もともと持っていたスマートフォンは第三位の電撃によって破壊されてしまった二人だが、代わりとなる通信端末がないのでは作戦行動も覚束ない。そのため、この戦場に合流する前に適当にかっぱらってきておいたのであった。
もっとも、かっぱらってきたものなので通信することくらいしかできない低性能な一品だが。
「いいや。それは問題ないって訳よ。アイツの攻撃手段は主砲一本きり。おそらくそれ以外に回す電力的余裕がなかったんでしょうね。だから幻生が頑張ってる間は私達に攻撃が飛んでくることはない。……っつーか、さっき自分で『私達の攻撃では自分は破壊されない』って証明した後だからね。いくら鬱陶しいからって、無意味な攻撃を繰り返す雑魚相手に唯一の攻撃リソースを割く訳がないと思わない?」
『…………それはまぁ、道理だな』
先ほどの失敗が、却ってフレンダの安全を強化してくれている。
木原幻生とマイクローブリベンジでは、明らかにマイクローブリベンジの方が優勢ではある。どういう理屈かは知らないが、ドッペルゲンガーが第三位の能力と微生物の力だけで得体のしれない木原の科学力を上回っているのは間違いないらしい。
だが──それでも、木原幻生を無視できるかと問われればそうでもない。それが、フレンダ達にとってはつけ入る隙になる。
「なに? 浜面、結局私のこと心配してくれてるの?」
『あ、当たり前だろ!』
「浜面のくせに生意気」
『お前なあ……』
フレンダは口元に笑みを浮かべながら、
「それに、無駄な心配ね。既にヤツの足場に、地雷のセッティングは済ませているって訳よ」
『おまっ、いつの間に!?』
「二人で必死こいて走っているときに、ちょこっとねー」
そう言って、フレンダはロケット花火を幾つか取り出す。単発では、一瞬で再生されてしまうような文字通りの『豆鉄砲』にしかならないものだが──
「でもこれは、ヤツの『照準能力』を奪う程度の目くらましにはなるって訳よ!」
ボパパパパンッ!! と。
フレンダが放ったロケット花火は、マイクローブリベンジに届く前に空中で炸裂して、宵闇に白い煙をいくつも漂わせる。
それ自体は単に空域を濁らせる目くらましにしかならないが──木原幻生との戦闘においてセンサーにも余波が及んでいるマイクローブリベンジにとって、照準が乱れる空間は避けたいものでしかない。殆ど無意識的に、その地帯を避けるよう移動したところで、
「今よ!!」
叫ぶフレンダの手の中には、何かのスイッチが握られていた。
彼女がそれを押した、直後。
ドッゴォォオオオン!!!! と、まるで噴火のような勢いで、マイクローブリベンジの真下の地面が吹き飛んだ。
いわゆる、地雷。その程度の威力ではマイクローブリベンジの装甲の表層を炙る程度のダメージしか与えられなかったが──しかし、地面についてはその限りではない。
大規模な爆裂によって発生した半径にして五メートルにもなる大穴は、マイクローブリベンジの推進装置の一部が落ち込むには十分すぎるほどの広さを持っていた。
当然、マイクローブリベンジの機体は溝にタイヤがはまった車のように傾き──
「ここっ!!」
発生するであろう破損目掛け、フレンダは自分の手持ちのなかでも最大威力の爆薬を放り投げる。
ハンドアックス。
グラム単位の価格はプラチナに匹敵するという大変高価な爆薬である。プラスチック爆薬の一種で、自由に形状を変形させて貼り付けることができる為、フレンダはここぞというときにこの爆薬を重宝している。
値が張るのでフレンダもおいそれとは使えない代物だが、それだけに効果は折り紙付き。機体内部に取り込まれた後に起爆することができれば、内部機構に起爆して機体全体を爆裂させることも不可能ではないはずだ。
「結局、小さな人間のやることだからって余裕ぶっこいて静観をきめてたその慢心が、巨人をぶっ倒す綻びになるって訳よ…………っ!!」
勝利を確信し、放物線を描くハンドアックスの行く末を眺めていたフレンダは──そこで、信じがたいものを見た。
ドバッ!!!! と。
マイクローブリベンジの鎧袴のような推進装置から、
「は……?」
勢いよく噴出したものは、見間違えでもなんでもなく赤熱していた。マグマか、あるいは溶鉱炉の中で溶ける鉄か。とにかくマイクローブリベンジは、噴出したマグマを使って落下の勢いを相殺しただけでなく、フレンダが生み出した大穴すらも一瞬で埋めてしまった。
それだけじゃない。
噴出したマグマは、そのまま穴から溢れ出して、ハンドアックスを投擲したフレンダ──つまり、
それは、反撃なんかではなかった。
おそらくは機体がもともと備えていたエラー処理用の機構。その正常な動きだけで、生命がいともたやすく刈り取られる現実。人間の足では、山の斜面を流れる溶岩流などどうにかできるわけがない。
災害。
もはや、機械という枠組みすらも超えた圧倒的な脅威に、フレンダは思わず逃げることすら忘れてその場に立ち尽くしていた。
「馬鹿野郎がっ!!!!」
ガッ!!!! と。
一瞬、フレンダは轢かれたのかと錯覚するような衝撃を覚え──自分がバイクに乗った浜面にバイクの上へと抱えあげられていたことに気付いた。
ハンドルと浜面の間の空間に無理やり押し込まれた形となったフレンダは、茫然としながら浜面を見上げる。
バイクのすぐ後ろを流動的な溶岩が流れていくという地獄のような光景が浜面越しに見えたのは、ちょうどその時だった。
「この馬鹿、死にてえのか!? あんなところで突っ立ってんじゃねえよっ!!」
「あ、ああ……け、結局、助かったって訳よ」
我に返ったフレンダは、そこで冷静さを取り戻す。
あまりにもスケールのデカい機構だが……考えてみれば、アレも微生物と
「……おかしいとは思っていたのよ。いくら第三位の電力をフルに活用しているとはいえ、いくらなんでもあの出力は高すぎる。人一人の扱える力の範疇を超えているって。……おそらくアイツ、内部に電力炉か何かを抱えていたって訳ね」
浜面の背中に回り込みながら、フレンダは言う。
「そして、その電力炉が発する熱を利用している。大量に繁殖する微生物を過加熱して、炭を通り越してマグマみたいにしているんだわ」
あるいは、取り込んだ鉱物もその材料にしているのかもしれない。そしてそれを蓄積しておいて、ああやって足場が不意に破壊されたときの推進力に使ったり、また舗装にも利用しているのだろう。
おそらくは、高熱によって足元に群がる工作をまとめて消し去るという役割も兼ねているのだろう。実際、爆発から逃れる為に用意しておいた浜面の助けがなければ、フレンダはあそこで溶岩に巻き込まれていた。
「……見ろよ。あのマグマの勢いで完全に穴から脱出しただけじゃなく、冷えて固まったお陰で足場が舗装されたみたいだぜ」
雷雲のような音を轟かせマイクローブリベンジはあらゆる戦況を支配する王者の風格で戦場を凱旋する。
あらゆる足場の不安を解消する、山岳戦に特化した巨大兵器。
その圧倒的な脅威を前にして、フレンダ達に成す術は────。