【完結】とある再起の悪役令嬢(ヴィレイネス)   作:家葉 テイク

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ヘヴィーオブジェクト最終章 『人が人を滅ぼす日<上>』が発売されました。

というわけで、今回からかなり長丁場のおまけになります。(おまけとは……?)


おまけ:深刻なる難問 ③

 時は遡る。

 レイシア=ブラックガード達一行が、『スクール』の面々と対峙したその時刻まで。

 

 

「ああ、それと」

 

精神感応(テレパス)の弱点は機械。アナタ、部下の運用もわたくしに及びませんわね」

 

 

 レイシア=ブラックガードの手勢の一人である、馬場芳郎。

 彼の操るロボットによる、操歯涼子の奪取劇。

 

 

「ナイスですわ、馬場。流石ですわね」

 

『まぁ、このくらいはね。そっちが敵の注意を話術で逸らしてくれていたから大分簡単な仕事だったよ』

 

 

 令嬢が策士を褒めたたえ、策士がそれに応えているまさにちょうどその時────

 

 

「浜面、こっちこっち!」

 

 

 浜面はこの騒ぎで乗り捨てられていた観光客のバイクをかっぱらって、先に戦場から逃げ出したフレンダ達と合流して、その場から逃走を図っていた。

 

 浜面とフレンダの頭からは、既に塗替を倒すことなどきれいさっぱり消えていた。

 あの上空でのぶつかり合い。超能力者(レベル5)が可愛く思えるほどの脅威。あんなものを見せられて、それでも『よし戦いましょうアイツを倒せばご褒美が待っている!』なんて言えるのは自殺志願者か命の価値を知らない大馬鹿者だけである。

 

 

「ったく、人遣いが荒いんだよ!」

 

 

 バイクは、簡単に見つかった。

 ここ最近は火星からのメッセージ騒ぎでちょっとした天文学ブームが起きているので、観光客の『アシ』には困らなかったのだ。

 浜面がかっぱらってきたバイクは、気合の入ったスキルアウトが乗ってきたのか、後部に椅子までついている二人乗り前提の大型バイクだった。おそらく、このバイクで彼女と天文学デートでもしていたのだろう。

 気合の入ったバイクなので少し可哀そうな気もしたが、『火星から微生物がメッセージを送ってきた!』なんて今日び真に受けるのも馬鹿らしい与太話を本気にして、なおかつイチャツキのダシに使うような不届き者である。ちょっと数キロ先に乗り捨てられるくらいの不幸は甘んじて受けるべきだと浜面は思う。

 

 

「遅い!」

 

「全力ダッシュしてきたんですけど!? むしろ俺の手際の良さを褒め称えろよこの極限状況で!!」

 

「結局こっちは女の子一人背負って全力ダッシュしてんよ!? アンタが頑張らないでどーするオトコノコ!!」

 

「くそっ……テメェが男なら役得じゃねーかこの野郎って(なじ)ってやったところだけどよ……」

 

 

 適当に言い合いながら、微細を背負ったフレンダはバイクに跨る浜面へと走り寄った。

 山の斜面に生えている木々に一旦身を隠した三人は、そこで微細を浜面の背中に預けるようにしてバイクへ跨らせる。微細の大人びたプロポーションの主に胸部が浜面の背中にあたり、スケベ大魔王浜面の顔面がお見せできない感じに緩んだ。

 幸いにもフレンダに背を向けていて顔を見られなかった浜面は、表情を整える意味でもあえて真面目な話題を持ち出す。

 

 

「っつか、アンタいったいどうしてこんな状況になってんだよ。アンタだってフレンダと同じように裏の人間なんだろ。それがなんでこんな……」

 

「まず、木原という男と……機械の女が、私の研究所にやってきたの」

 

 

 ぽつりぽつりと、微細は話し始める。

 フレンダはその微細の後ろにさらに跨り、それを認めた浜面はゆっくりとバイクを発進させた。

 

 

「そして、あとから塗替という男が研究所……正確にはその上にある天文台に飛び込んできて、…………戦闘になった。私は、戦闘をやめさせようと両者の鎮圧を試みたけど……」

 

 

 そこまで言って、微細は言葉を止めた。

 つまり、全く相手にならなかったということだろう。あの現場と、そして微細自身の惨状を見れば、それはみなまで言わなくても分かることだ。

 

 

「正直、戦闘の余波を逸らして、自分の命を長らえさせるので精いっぱいだった。結果、『火星の土(マーズワールド)』の機能は、破壊されて……」

 

「もういいわ」

 

 

 微細の沈鬱な声色を見かねたのか、フレンダが優しい口調で自分の傷を抉るような微細の言葉を制止した。

 つまりそれほどに、研究所の破壊というのは致命的な規模だったということだ。

 浜面とフレンダも、それ以上かける言葉が見つからず、そこから三人の間を沈黙が包み込んだ。

 

 なんの財産も持たない浜面やフレンダのようなただの学生でも、研究者としてキャリアを積んで、自分の研究所を持つに至った研究者にとって、その研究所が、そこに眠る研究データがどれほど大切なのかは、なんとなく想像がつく。

 

 

 そうこうしている間にバイクは木々を抜け、山を下り、二人の化け物が鎬を削る山の上空からはある程度の距離をとることに成功した。

 浜面とフレンダは、先ほど美琴に倒されたことになっている。このまま微細をバイクに乗せて遠くへ逃げれば、少なくとも今回の事件では完全な安全圏に到達できるだろう。

 

 

 

 そんな浜面が赤信号に捕まったバイクを止めたタイミングで、

 

 

「…………火星の微生物から交信が来た……ってニュース、聞いたことはある?」

 

 

 事情を説明したことで舌の回りがよくなったのだろうか。

 あるいは、重苦しい沈黙に耐え切れなかったのか。

 微細が、ゆっくりと話を始めた。

 

 

「あん? あぁ、最近ニュースでやっているヤツだろ。あんなのただの悪戯に決まって……」

 

「ふふ。その信号を受信したの、私なのよね」

 

 

 これには、浜面もフレンダも驚愕に目を見開いた。

 最近発生した天文学ブーム。その起点は、火星から送信されたメッセージをとある研究団体が受信したという報道から始まっている。一般学生が興奮に沸く中、浜面のようなスレた日陰者はそうしたニュースを冷ややかな目で見ていたのだが……。

 

 

「……あ。それで『火星』ってことは……結局」

 

「そう。あの施設は、火星の環境を再現するためのものよ。火星から私たちにメッセージを送ってきてくれた微生物を回収して受け入れる、その為のテストケースにね。……あそこでの実験が成功すれば、『彼ら』を…………助けることができる、はずだった」

 

 

 どこか自嘲気味に語る微細の言葉に、それまで火星からのメッセージに懐疑的だった浜面も唖然としてしまう。

 辛うじて言葉を絞り出すようにして、浜面は口を挟む。

 

 

「で……でもよ。それって本当に、火星から微生物がメッセージを送ってきてくれたって断定できるのかよ? 今は民間でも衛星くらいなら打ち込める。火星と地球の中間地点に衛星が来たタイミングで地球側にメッセージを送った……そんな悪戯かもしれねえだろ?」

 

 

 そんな可能性を目の前の『プロ』が考えていないわけがないと思いつつ、それでも浜面は言う。

 こんな馬鹿学生でも一笑に付してしまうようなことを、『プロ』が本当に、大真面目に研究しているというのか? 浜面なんかでは一生かかっても追いつけないであろう知識を以て、それでも?

 

 

「アンタ……信じているのかよ!? 独自に進化して知性を持った火星の微生物が、地球に救難信号を送ってるなんて、そんな都市伝説未満の与太話を……それを本当に!?」

 

()()

 

 

 即答だった。

 微細は己の判断を貶されたことへの怒りも、理解してもらえないことに対する悲しみも見せず、ただただ真っ直ぐに、肯定の言葉を伝えた。

 

 

「………………………………」

 

 

 嘘かもしれなかった。

 下手に専門家だからこそ、疑念や否定材料は山ほど出ていたはずだ。

 それでも、微細は存在しないかもしれない遠い惑星の住民の声に耳を傾けることにした。そしてそんな決断を、照れるでも誇るでもなく、穏やかに言い切った。

 

 そこには、能力の有無なんて関係ない。

 不確かだろうと何だろうと、救いたいと思ったもののために全力を尽くす。フラフラと生きているスキルアウト崩れでしかない浜面には、どう足掻いても用意できない『芯』。そんな少女の善性が、そこにあった。

 

 

「……ただ、環境を整える過程で副次的に発生してしまった、『火星でも生き残れる強靭な繁殖力の微生物』が……おそらく、木原に目を付けられる要因となったんでしょうね。彼は微生物のデータを奪って機械の女に渡した後……()()()()()()で、塗替を吹っ飛ばしてしまったわ」

 

「あとは、私達が合流したトコに至るって訳ね」

 

「そのとおりよ。まぁ、研究機能が破壊されたタイミングで微生物の爆発的な繁殖が外界に撒き散らされなかっただけマシといったところかしら」

 

 

 微細は気楽そうに言って、

 

 

「……言っておくけど、私も完全な善意で彼らの事を救いたいだなんて思っていたわけじゃないわよ? 私だって暗部の一部。そんな青臭いヒーロー願望に浸るほど、自分の善性に期待もしていないもの」

 

「なら、結局どうして?」

 

「気に入っただけよ。だって素敵じゃない。遠い遠い惑星で、微生物が知性を育んで、私達に交信してきただなんて。夢みたいじゃない。浪漫があるじゃない」

 

 

 笑い出してしまいそうなほど、そう語る微細の声は弾むようだった。

 そこには、暗部なんてどす黒い環境に身を浸してしまう前の、明るく真っ直ぐだった頃の『微細乙愛』の感情が宿っているかのようだった。

 

 そして、天を仰ぐ微細の口から、まるで涙が零れるように、ぽつりと一つの言葉が漏れた。

 

 

「……助け、たかったなぁ……」

 

 

 だが、その望みも喪われた。

 専門的な研究施設は消滅し、そこに蓄積したデータも奪われた。今から全てを構築するにはどんなに短縮しても数ヶ月の時間を要するし、火星で繁殖できるとはいえ水と酸素がなければ生存できない微生物たちにそれだけの時間は待てるわけがない。

 つまり現状は、詰みなのだ。

 微細乙愛は、火星の密着微生物たちを救うことが、できない。

 

 

「………………………………」

 

 

 信号のライトが、発進を意味する青に切り替わる。

 

 バイクは一向に進まない。

 浜面仕上は、進むことができなかった。

 

 

「諦めるのは、まだ早いんじゃないの」

 

 

 そんな浜面にダメ押しをかけるようなタイミングで、言葉と共に、フレンダがバイクを降りる。

 あまりにも唐突な発言に、微細は驚いてフレンダの方へ視線を向けていた。

 

 

「…………え?」

 

「『木原』ってさあ。結局、暗部に浸ってる私でも詳しいわけじゃあないんだけど、こないだの大覇星祭で派手に暴れてくれたから、多少の情報はあるのよね。なんでも、科学を悪用する科学者の一族らしいじゃない」

 

 

 フレンダはにかっと微細に笑みを向け、

 

 

「そんなヤツが、アンタの微生物のデータを奪い取った訳よ。つまり、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 科学を、悪用する。

 そのこと自体に、微細は何かを言う資格はないと考えている。暗部に身を浸している微細だって、科学技術を人を傷つける為に使っているのだから。いざ自分が修めた学問が悪用される段になって被害者ヅラをする資格などないと、微細は思う。

 そうして、視線を伏せる微細に──

 

 

「なーに殊勝なツラしてんだか。結局本性はドS女王様のくせに」

 

「なっ!?」

 

「しなさいよ、被害者ヅラ。自分の悪行を棚に上げて、『私の夢を誰かを傷つける為に使ってほしくありませーん』って、聖女サマの顔して泣き喚きなさいっつってんのよ、こっちは」

 

「なっ……なっ……!!」

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 その時。

 その横顔を眺めていた浜面には、分かった。フレンダ=セイヴェルンの『スイッチ』が入ったことに。

 おそらく、ここはフレンダ=セイヴェルンにとっての分水嶺。

 どんなに悪行に身を浸そうと、この一線だけは守りたいと願う最後の砦。フレンダ=セイヴェルンという一個の人間に残されたなけなしの善性の、根源。

 

 

「んでもって、ヒトの科学を奪うヤツは、逆に自分の科学を奪われても文句は言えないって訳よ! 私が何を言いたいか、分かる?」

 

「………………、」

 

 

 フレンダの、太陽のような笑み。

 その意図に──その裏に隠されたどす黒い悪意に気付き、微細は表情を凍らせる。だって、微細の予想が合っているなら──、

 

 

「『木原』の手で魔改造されたアンタの『科学』を、私が奪い返してみせる。そしたらアンタ、結局自力じゃどーにもできない技術の壁を越えて、軽く一〇世代はブレイクスルーを起こせると思わない?」

 

 

 ──『木原』を、利用すると言っているのだから。

 

 

「む……無理よ」

 

 

 不敵な笑みを浮かべるフレンダに、微細はまず否定の言葉を口にした。

 無理やり絞り出したような言葉は、次第に壊れた蛇口から流れ出る水のように、あるいは滂沱の涙のように、とめどなく溢れ出てくる。

 

 

「できっこない!! あんな、超能力者(レベル5)すらも可愛く思えるような化け物に、無能力者(レベル0)のアナタが立ち向かう!? 自殺行為よ!! 私でさえ生き残るのが精いっぱいだったのに、技術なんて奪えっこない!!!!」

 

 

 ──全くその通りだ、と浜面は思う。

 こんなのは勇気じゃない。これは義憤からくる高揚感を万能感と取り違えた馬鹿の蛮勇だ。子供がかかる()()()のようなものだ。

 フレンダ=セイヴェルンという暗部に身を浸した猛者がこんなものにかかってしまうのは意外だったが、考えてみればこの少女は最近も何かよく分からない少女を助ける為に動いていたような気がする。交友関係が広いのもそうだし、こういう感じで厄介事を請け負ってしまう性質でもあるのだろう。

 でもこれは駄目だ。完全に守るべきラインを踏み越えている。向かう先は破滅。それが、特に勘の鋭くない浜面にも分かってしまった。

 

 こういうとき、浜面はどうすればいいか分かっていた。逃げるべきだ。何か巻き込まれそうな空気になる前に、逃げてしまえばいい。フレンダは放っておけば浜面の意思なんか無視して巻き込んでくるに決まっている。それでは命が幾つあったって足りはしない。だからこのあたりでちょっと口を挟んで雰囲気に水を差し、この少女を送り届けるとか言ってとっととそのまま逃げてしまうのが得策の、

 

 

「そんなのっ、最初から無理に決まって、」

 

「俺からしたら、火星にいるっていう微生物を回収しようなんてプロジェクトも無理としか思えねえんだけどよ」

 

 

 


 

 

 

第三章 魂の価値なんて下らない Double(Square)_Faith.

 

 

おまけ:深刻なる難問

>>> 第二一学区方面操歯涼子争奪戦 

 

 


 

 

 

 浜面仕上は、そうして口を挟みながら、自分の口が自分のものでないかのような錯覚を感じていた。

 

 

(何を言ってんだ俺は!? 違うだろ、ここは一緒になってフレンダの馬鹿野郎の機先を挫くところだろ!? この人の言う通りだって、ヒロイズムに浸ってんじゃねえ、俺は付き合ってられねえぜって!! 浜面仕上って男はそういうことを言うヤツだっただろ!?)

 

 

 それ以上の、憤りを感じていた。

 

 

「ああ、アンタの言う通りさ。そこの金髪は頭のネジが外れちまってる。クソ野郎のくせにガラにもねえこと言って、ヒーローでも気取ってやがるのさ。……でもよ、アンタの言ってたことだって同じくらい馬鹿げてたよ。火星にいるっていう微生物から助けを求められた!? だから助ける為に研究所をこさえた!? 馬鹿げてるよ! 馬鹿げてるし………………カッコよかったよ」

 

 

 彼の脳裏に、幾つかの光景がフラッシュバックする。

 金髪に甘ロリ衣装の少女が、蹲って涙を流す姿。

 そしてそんな少女を背に立つ、駒場利徳。

 なぜ、こんなことを思い出してしまうのか、彼には分からないが。

 

 

「そんなアンタが、そんな素晴らしい夢を簡単に諦めるなよ!! こんなクソったれな世界になんて負けないでくれ!!!!」

 

 

 浜面仕上は、無能だ。

 スキルアウトを纏め上げた駒場利徳に付き従って、ただ楽な方向に流れていっただけ。できることと言えば車の運転とピッキングくらい。そのくせプライドばかり高くて、追い詰められた末に本当に最低な所業に手を染めた。

 自分では何も生み出すことができない、壊すことしかできない非生産的無能。それが、浜面仕上だ。

 

 だから浜面は、微細の話を聞いて、本当に尊敬したのだ。

 自らの手で何かを作り上げ、『夢』を叶えようとしている彼女を。暗部という世界にありながら、そんな綺麗なものを大事に大事に胸の中にしまい込んでいた一人の少女の在り方を。

 

 それが、壊されようとしていた。そのことが、なぜだか非常に許せなかった。

 

 

「立ち上がるだけの材料がないと思うなら俺たちが用意する!! 立ち上がるだけの心の準備ができていないなら俺たちが奮い立たせる!! だからもう一度だけ──再起してくれよ!!!!」

 

 

 気付けば、浜面はいつの間にかバイクから降りて、微細の前に跪いていた。

 鼓舞している相手に、却って懺悔しているような無様な恰好。それを見て、横に立つフレンダは笑う。

 

 

「確かに、私達は何の取り柄もない無能力者(レベル0)だけどね」

 

 

 おそらくは、脳裏に何かの思い出を浮かべながら。

 

 

「結局、何の取り柄もない無能力者(レベル0)でも、死ぬ気で頑張れば……大切なモノは守れるように、案外この世の中はできてるって訳よ」

 

「……本当に、馬鹿ね」

 

 

 微細は言葉とは裏腹に優しく笑って、

 

 

「ここまででいいわ。あとは、歩いて行く。アナタ達は来た道を戻るんでしょう? 私の研究データ、頼んだわよ。それと」

 

 

 グッ、と。

 フレンダの肩にしがみついて、微細は初めて声を震わせながら、絞り出すように言った。

 

 

「……お願い……! 私の代わりに、あのクソ野郎の顔面に、一発入れて頂戴……!!」

 

「ガキの使いじゃないのよ。結局、もうちょっと難易度の高いお願いでも聞いてやるけど?」

 

 

 冗談めかして言うフレンダに、微細はゆっくりと顔を上げ、泣き笑いの表情を浮かべる。

 浜面もガラにもなく少しもらい泣きしてしまいそうになり、誤魔化すように鼻を人差し指で擦る。

 

 そしてその笑みのまま、微細はゆっくりとフレンダ達の背後を指さした。

 

 

「じゃあ、とりあえずアレ、ぶっ壊してきて」

 

 

 歯車が。

 円滑に動いていた会話の歯車が、一気に軋んだのを感じた。

 

 一切の油が切れてしまった機械人形のように滑稽な音が鳴るんじゃないかと、そんな錯覚さえしてしまうほどぎこちなく、浜面とフレンダはゆっくりと後ろを振り返る。

 そこには、当然山があった。

 だが、別に微細は山を壊せと言っていたわけではなかった。正確には、山の一部から今まさに()()()()()()()()()()何かだ。

 ビシビシと山肌をめくり上げ、その下から這い出るように生み出されたそのシルエットは────球体だった。

 

 その上空には、一人の少女が──ドッペルゲンガーがいる。

 月明かりに照らされながら、体から大量の『何か』を吐き出し、そこから流れ出る電流で砂鉄を集め、一つの巨大な兵器を作り出しているのだ。

 

 

「……………………」

 

 

 そして、それは流れるように遂行された。

 時間にして、一分もかからなかっただろう。迸る高圧の電流によって砂鉄は溶かされ、繋がれ、一つの兵器として完成していく。

 直径五〇メートルの球体。

 機体側面部から伸びた機体の倍以上はある長さの二対のアームが、機体前方に向かって鉤状に伸びている全容が完成する。

 足元には鋼鉄で錬成された鎧袴のような形状の推進装置と、下に向けられた砲台のような機構が備わっていた。

 

 たった一機で、戦争の形を変えてしまえそうな威容。

 

 それを作り出したドッペルゲンガーは、そのままその中へと入り込んでいく。

 代わりに、機体から飛び出るようにして現れた『ハリボテ』が『何か』を纏って人間の形を模して、それから山の向こうへと飛んで行った。

 

 ……状況から判断するに、おそらく今飛んで行ったのはドッペルゲンガーの『分身』。本体は、あの兵器の中に鎮座している。

 つまりどう考えても、こっちの方が強い。

 

 

 女王様のオーダーは、あれの完全撃滅。

 

 

 だが、吐いた唾は今更呑み込めない。

 唖然としているフレンダと浜面に念を押すように、微細はもう一度、愛すべき命知らず共に王命を下した。

 

 

「とりあえずアレ、ぶっ壊してきて」

 

 

 

「……………………マジ?」

 

 

 

 深刻なる難問が、始まった。




位置関係的に、今はまだ件の機体は山蔭に隠れていてこの時点のレイシア達には見えていません。ごうんごうんという雷雲のような音は聞こえているかもしれませんが……。

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