【完結】とある再起の悪役令嬢(ヴィレイネス)   作:家葉 テイク

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九九話:意味の決定者

 開戦の狼煙を上げたのは、帆風潤子、

 

 

 ()()()()()()

 

 ヒュガガガガガッ!!!! と。

 全く意識の外にあった方角から、光の矢が連続して放たれた。それを見て、帆風は思わず驚愕の声をあげる。

 

 

「弓箭さん!? いったいなぜ!?」

 

「木原だかなんだか知りませんけど」

 

 

 ゆっくりと、木陰から滲むように歩み出たのは──弓箭入鹿。その手には、先ほど木原数多が現れた時に構えていたレーザーポインタが収められていた。

 対する木原は、大量のレーザーに撃ち抜かれ、地面に転がっている。

 

 弓箭入鹿の能力は、波動操作(ウェーブコンダクター)

 光や音と言った波形の現象を自在に操る大能力(レベル4)である。元手となるものがなければどうしようもない能力だが、逆に言えば元手さえあれば兵器のような威力を容易く出せる能力でもある。

 たとえば、市販のレーザーポインタを使えば対人殺傷力は十二分のレーザービームが放てる。たとえば、何の変哲もないホイッスルを使えば即席の音爆弾を作れる。軍用の懐中電灯を使えば、ビームソードなんてものも作ることができる。

 その強さは、一度は食蜂操祈すらも昏倒させうるほどだ。

 

 

()()()()()()()()()()()? 退場したはずの人間が、すべてを任せて盤面から消えたはずの駒が相手を刺すなんて。できなかったでしょう? だってアナタ達は予測できなかったですものね、ブラックガードさんが超能力者(レベル5)に至ることも、帆風さんが超能力者(レベル5)に至ることも!!」

 

 

 その表情に浮かぶのは、憤怒。

 

 ──かつて、入鹿や帆風は、才人工房(クローンドリー)という研究機関にて能力開発を行っていた。

 才人工房(クローンドリー)・第三研究室『内部進化(アイデアル)』。

 ここは食蜂操祈という超能力者(レベル5)を生み出した実績ある研究室で、『超能力者(レベル5)を生むこと』を目的とした研究室だった。彼女達はそこで超能力者(レベル5)になるために必死に能力開発に励んでいた。

 しかしそれは耳障りの良い嘘であり、本当はこの研究室の真の目的は悠里千夜の幽体連理(アストラルバディ)を用いて大人たちに都合のいい『理想の能力(アイデアル)』を生み出すことで──結果として、実験は失敗し、研究者を含めた多くの関係者が死傷した。

 入鹿の右目も、そのときの負傷で今は義眼となっている。

 

 そして彼女は知った。

 超能力者(レベル5)になれるなんてお題目は嘘八百で、大人たちは最初から子供たちの才能の限界を知っていて、それでも大人たちの都合で自分たちを騙していたのだと。

 

 そこで弓箭入鹿は折れてしまった。

 全ては才能で決まっていて、後天的な努力なんかでは、何も変えることなんてできないと。

 そして帆風に託したのだった。自分に才能はないけれど、でも、帆風なら──あの時自分の命を救ってくれた彼女なら、きっと、と。

 

 本当は分かっていた。

 自分の才能の限界(パラメータリスト)を見たときに、当然ながら帆風のそれも知っていたのだ。彼女は、超能力者(レベル5)にはなれないと。でも、それでも彼女は帆風に託してしまった。

 

 果たして、帆風潤子はそれに応えた。

 

 大人たちの常識では、超える事のできない壁であるはずだった。それに実際、このやり方では大人たちの定義では超えたことにはならないのかもしれない。

 でも、定説を覆し、常識を砕き、帆風潤子はイレギュラーだったとしてもその領域に手を伸ばしてみせた。無茶苦茶な弓箭入鹿の期待に、それでも応えてみせてくれた。

 

 

 その帆風の前に、悪辣な研究者が立ち塞がる。

 彼女の目的を、阻もうとしている。

 

 ──弓箭入鹿という少女の精神性は、この事態に背を向けて目的を遂行できるようには作られていなかった。

 

 

「アナタ達は、何も分かっていない。何も分からない。そうやって自分が倒れた理由すらも分からないまま、置いて行かれるのがお似合いよ、『研究者』。…………さ、帆風さん。目下の障害は解消しました。早く幻生とやらの憑依を解除しに行きましょう」

 

 

 そう言いながら、入鹿は帆風の方へ手招きする。

 ある意味では、先ほどの帆風の戦略の焼き直しではあった。『電磁加速』というこれ見よがしな脅威に相手の警戒を集中させたところへの、意識外からの一手。それと同様に、突如盤面に出現した帆風潤子という超能力者(レベル5)への警戒を利用して入鹿の一撃への警戒を極限まで削ぎ落し、奇襲を敢行したわけだ。

 

 

「ったく、ナメた真似をしてくれやがったなあ」

 

 

 その時。

 間違いなく無数のレーザーを浴びて倒れたはずの木原数多から、声がした。

 反射的にレーザーポインタを向けた入鹿は、寸分の躊躇もなくさらに連続してレーザーを叩き込む。無茶な光を照射したことで使い物にならなくなったレーザーポインタを横合いに放り捨てて新たなレーザーポインタを取り出した入鹿は、そこで信じられないものを見た。

 

 確かに木原数多に向けて放ったはずのレーザーが──循環している。

 木原数多には当たらず、その周囲でぐるぐると回転しているのだ。

 

 

「お前な、俺は第四位を手駒にしてんだぞ。あのクソガキの第四位を、だ」

 

 

 むくり、と。

 木原数多は起き上がる。

 その身体には、やはり一つの焦げ跡も存在していない。

 

 放ったはずのレーザーが循環している。その異常な現象を前に、帆風も動くことができなかった。

 何かしらの決断をすれば、それがトリガーとなってどんな惨事が発生するか分からない。……そんな異常な雰囲気が、その場を支配していた。

 

 

「なら、原子崩し(メルトダウナー)対策にビームやらレーザーやらをまとめて封殺するための手札(カード)は用意してあるに決まってるだろうが。クソガキはどこで癇癪起こして暴れだすか、分かったもんじゃねえからよお」

 

 

 そこで──入鹿は気付く。

 木原数多の周辺に、幾つかの()()()()()が浮かんでいることに。そして、そのシャボン玉を通ることで光が屈折し、木原数多の周辺を土星の環のように循環していることに。

 

 

「そんでほら、あれだ、あれ。あー…………」

 

 

 そして、木原数多は世間話をするよりも適当に。

 

 

「面倒臭せえな。お前ら、ここで死んどけ」

 

 

 循環させていたレーザーを、『解放』した。

 

 


 

 

 

第三章 魂の価値なんて下らない Double(Square)_Faith.

 

 

九九話:意味の決定者 It's_not_a_Scientist.

 

 

 


 

 

 無論、回避などできなかった。

 それでも帆風潤子が活動を続けることができていたのは、全身を覆う紫電の羽衣がレーザーに干渉し、重傷には至らなかったことが大きい。

 感覚器官への致命的なダメージを最低限抑えることさえできれば、あとは自前の再生能力によって数秒もしないうちに火傷の類は治療できる。

 だから問題は、帆風よりも入鹿の方だった。

 

 

「あぁぁああぁぁぁぐッ…………!!」

 

「入鹿さん!! 大丈夫ですか!?」

 

 

 帆風は木原数多への迎撃を捨て置き、倒れた入鹿のことを抱きかかえていた。

 木原数多に対する攻撃よりも、入鹿の救出を優先していたのは、入鹿の負傷の重さが関係している。

 

 

(ひどい火傷……! 早く病院に連れて行かないと、最悪、腕を切り落とさないといけないかもしれない……!)

 

 

 さすがに貫通はしていないようだが、入鹿の左腕は一部が焼け焦げ、とても動かせるような状態ではなくなっていた。

 『外』の医療技術であれば、もうさじを投げるしかないような負傷である。

 

 

「まずは一匹、ってか? はーあ、分かっちゃいたが、超能力者(レベル5)クラスはこの程度じゃ傷一つもついてくれねえかよ」

 

「…………当たり前、でしょう」

 

 

 そう言って、帆風は入鹿を近くの木の下に寝かせ、木原数多へ向き直る。

 それを見た木原数多が拳を構えたのに応じ──帆風もまた、腰を低く落として両拳を構えた。

 

 

「この力が背負っているのは、わたくしだけの想いではありません。千夜さんが、弓箭さんが、あの実験で犠牲になった皆さんが──わたくしの両肩には、乗っているのです。この程度で、倒れるわけにはいかないのです」

 

「あー、そういうの知ってるぜ俺。自分じゃできないのに誰かに身勝手に期待して全ての重圧を押し付ける。『寄生』っつーんだわ、それ」

 

「黙れッッッ!!!!」

 

 

 土煙が上がるのは、ドパンッッッ!!!! という爆音の如き踏切音よりも先だった。

 音を置き去りにした帆風は、そのまま木原数多の眼前に躍り出て、拳を振りかぶる。何の工夫もない一直線の軌道に、何の工夫もない一撃。しかしそれも音を超える速度の上に成り立つとなれば、圧倒的な必倒の一手へと昇華される。

 事実、木原数多は一歩も動けず──

 

 ドッパンッッッ!!!! と、帆風は横合いからの衝撃で数メートルほどノーバウンドで吹っ飛ばされた。

 

 

「がッ…………!?!?」

 

「派手にぶっ飛んだなあ。テメェ、お嬢様なんかさせとくにゃもったいねえぜ。今すぐゴムボールにでも転職したらどうだ」

 

 

 空中で体勢を立て直した帆風は、そのまま木の幹へと着地を決める。

 即座に反撃したいところだったが──帆風は一旦自らの激情を抑え、冷静になって考える。

 今の音速の一撃は、木原数多の反応速度では絶対に対応できないはずだった。にも拘らずカウンターを食らったということは、おそらく今の一撃は読まれていたということ。

 必然的に、その前の挑発も帆風の攻撃を限定する為の策略だった可能性が高い。

 

 

(迂闊……! たとえ動きが早くとも、読まれていては同じこと! わたくし達が演算によって未来を読み戦うのと同様に、相手だって同様の戦い方ができてしかるべきですわ……!)

 

 

 それに、それを抜きにしたとしても、帆風のことを横合いから吹っ飛ばした攻撃の正体は分かっていない。

 レーザーを捻じ曲げたシャボン玉についても詳細は分かっていないし、分かっていないことだらけだ。そう考えると、今このタイミングで無策で木原数多の懐に飛び込むなど、無謀もいいところだった。

 

 

《潤子ちゃん! でも、あまり時間をかけすぎると、上条さんが一人で……》

 

《……ええ、分かっています》

 

 

 入鹿は奇襲で木原数多を早々に倒して帆風という戦力を確保したい狙いがあったのだろうが、結果的に深手を負わされてしまった。

 この上帆風が木原数多相手に長い時間縛られていてしまえば、上条はたった一人であの化け物たち二人を相手にしなければならなくなる。

 

 

「……お? 来ねえのか。お利口さんは好きだぜ。そんなお利口さんへのプレゼントは──こちらァ!!」

 

 

 ブワッ!! と。

 木原の声と共に大量のシャボン玉が展開され、帆風の視界を埋め尽くした。

 目くらまし。そう判断したときには、既に遅かった。ゴッ!! と頭部に衝撃を受け、さらに吹っ飛ばされる。しかしそれによって──帆風は気付いた。

 攻撃を受けた空間に存在する、キラキラと散った銀色の粉のような物質に。

 そしてそれは、上条からの報告で聞いていたモノでもあった。

 

 

(『伝導粉』……! 確か、エアロゾルの形態のときに衝撃を伝導しやすい性質を持つ粉だったはず……! それであれば、この遠距離でも衝撃を加えることは十分に可能!)

 

 

 つまり、あの粉を回避すればダメージは受けないということ。

 衝撃でよろめいた身体を強引に動かし、バク転をしながら帆風は体勢を整える。あとは、あの粉をいかに掻い潜って攻撃を叩き込むか──

 

 などと考えていた帆風は、自らの甘さを思い知らされた。

 

 

「おらァ! 日和見決め込んでんじゃねえぞ超能力者(レベル5)サマよぉ!?」

 

 

 ボファッ!! と。

 木原数多は、こともあろうにその『伝導粉』の中を突き抜けて突撃してきたのだから。

 慌てて突撃に対して構えようとする帆風だったが、拳を構えようと判断する『前』に、何故か伝導粉が独りでに吹き飛び帆風の眼前に飛び込んできた。

 咄嗟に呼吸器を守ろうとしたのは確かに最善手ではあったかもしれないが、それで木原の手を抑えることはできない。裏拳でまるでノックでもするみたいに木原が銀の煙を叩くと同時、『伝導粉』はその衝撃を全て余すことなく帆風に伝える。

 ゴガン!! と、頭全体を同時に鉄パイプで殴られたかのような衝撃が帆風を襲う。よろめきながらも、帆風は咄嗟に飛びのいて煙から距離をとるが──

 

 

「テメェの武器は肉体。そしてその驚異的な再生能力だ」

 

 

 銀の煙は、まるで生き物のように帆風を追い回す。

 

 

「骨にまで届きかねねえレーザー性の熱傷を一瞬で治療する再生速度。それがあるからこそ、テメェは人体の範疇を超えた機動速度を無理やり振り回すことができる。だが、それは別にテメェの身体が人体の範疇を超えたわけじゃねえ」

 

 

 木原数多は、無数の銀の大蛇を従えながら嗤う。

 

 

「たとえば、呼吸。たとえテメェが人体を超えた耐久力を持っていたとしても、呼吸器の燃費まで変わるわけじゃねえ。むしろ、能力の分テメェは常人よりも大量の酸素を必要とする。ま、僅かな違いではあるだろうがな」

 

 

 相対しているのは、化け物ではなく人間。

 木原数多は、そのことを誰よりも承知していた。……それは、人間として見られない能力者を人間として扱うという、研究者としては美点に数えられる価値観なのかもしれない。

 だが、木原はその価値観すらも悪用する。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()という最悪の形で。

 

 

「呼吸器を狙った戦略。テメェの攻撃は『伝導粉』のカウンターで封殺する。俺の周辺を囲う入り組んだ煙の群れ。……これでテメェが勝てるかよ?」

 

「~~~~ッ!!!!」

 

 

 たまらず、帆風は電磁加速を使ってその場から距離を取る。

 圧倒的な身体能力の差があるにも関わらず、戦況は帆風の劣勢だった。確かに速いということは有利に繋がる。しかし一方で、いくら早くとも空間を制圧されてしまえばどうしようもない。『速いだけ』では、動き回る為の空間全体を支配するような攻撃には弱い。

 

 

「……! それなら!!」

 

 

 帆風は空中で向きを反転させると、電磁加速を利用して地面へと急降下する。

 ズドン!!!! という音とともに、着地点を中心に烈風が吹き荒れた。──超能力者(レベル5)らしい派手な着地。しかしこれが、帆風の目的だった。

 

 

(風!! 静電気かナノマシンか、とにかく何らかの形で煙を操っているなら、それを超える風量で吹き飛ばしてしまえば制御を乱すことが……!!)

 

「風でも吹かせりゃこっちの煙の制御を乱せるとでも思ったか?」

 

 

 しかし。

 烈風によって巻き上げられた煙の先には──変わらず銀の蛇のような『伝導粉』の煙を従わせている木原の姿があった。

 

 

「な…………ッ!?」

 

「甘っちょれえ。そんなんじゃショートケーキよりも甘いっつってんだよぉッ!!」

 

 

 そして、生半可な策の代償は大きかった。

 ザア!! と帆風の頭上数十センチくらいを覆うようにして展開された煙により、天を覆われてしまったのだ。

 こうなってはもう、上空への飛行も難しい。いくら帆風でも無策で真正面から突っ込めば、演算に必要な脳自体をダイレクトに揺さぶられて回復する間もなく昏倒してしまうだろう。しかも、下手に空気を乱せばそれによって煙が揺れて、帆風の身体に接触しかねない。

 衝撃を伝導する性質を持つ粉がどう衝撃を伝えるか分からない以上、帆風は迂闊に電磁加速を使って移動することも難しくなった。

 

 

「…………ッ!!」

 

 

 つまり、こうなれば帆風は電磁加速を用いない能力による格闘戦のみで木原数多を倒さなくてはならないということ。

 ……ただし。

 

 それでもなお、帆風は不敵な笑みを浮かべる。

 

 

「少し……不用心すぎるのではなくて? 確かに煙の天蓋でわたくしの電磁加速をはじめとした高速移動は封じることができるでしょう。ですが、身動きを封じられたのはアナタも同じこと! 高速で煙を動かせば天蓋が壊れかねない以上、アナタも肉弾戦によってわたくしを打倒しなくてはならない!!」

 

 

 結局のところ、格闘戦において帆風が木原に負ける道理はない。

 素の人体稼働だけでも音速を超えるほどなのだ。周囲の気流に配慮したとしても、人間の限界は軽く超えられる。

 あとは、リスクを冒さない打撃の回転で木原の処理能力を上回ればそれで事足りる。

 身を低く低く保った突撃姿勢で木原の懐に潜り込んだ帆風は、そのまま手始めに掌底を木原に叩き込もうとして──

 

 

「ナメてんじゃねえぞ、クソガキが」

 

 

 ゴッ!! と。

 掌底に叩き込もうとした右腕に、木原数多の肘が叩き込まれる。明らかに関節を狙った一撃で、帆風の腕が本来曲がらない方向へと捻じ曲がる。

 

 

「が……ッ!?」

 

「なーにが音速だ。腕も二本。足も二本。人体のセオリーが変わらねえ以上、そこから導き出される行動パターンだって何も変わりゃあしねえだろうが」

 

 

 即座に右腕を修復しながら、左手で木原の追撃を防ぐ帆風。

 しかし引き下がろうとしたその瞬間、つんのめるような感覚で体勢を崩してしまう。見ると、自分の足先を木原が思い切り踏みしめていた。

 

 

「────ッ!!」

 

「そこぉ!!」

 

 

 ゴリ、と。

 帆風の喉笛に、木原の貫手が突き刺さる。

 

 

「あ゛、ぁ!?」

 

 

 喉が潰された、と帆風が理解したときには、木原はさらに攻撃の手を速めていた。

 右肩。左膝。右腰。右側頭部。顔面。腹。またも喉。

 次々と、打撃の乱舞が空を裂く。身体能力では圧倒的に上回っているはずなのに、帆風は個々の攻撃を修復するのに手いっぱいで迎撃ができない。

 いや、そればかりでなく──

 

 

(息が……息が、できない!! この方、攻撃の中に喉への攻撃を織り交ぜている……!! 呼吸ができないから、演算に必要な酸素が……ッ!?)

 

 

 喉を破壊されたことによる、酸素の欠乏。

 もちろん数秒あればこの程度の破損は修復できるのだが、その修復を木原が許さない。結果として徐々に息は苦しくなり、演算の精度は落ちていく。そしてそれは能力の減衰を意味し、負傷はどんどんと積み重なっていくのだ。

 

 

(このお方、能力者を()()()()()いる……!?)

 

 

 敵意ですらない、作業めいた『殺意』。

 木原数多は、チェス盤を進めるかのように一つずつ帆風の優位をもぎ取っていく。

 

 

(考えなくては……! この状況を確定させている、相手の手札! 煙の操作!? そうです……なぜ彼は、こうも自在に煙を操作できる!?)

 

 

 追い詰められながらも、帆風は一縷の望みに縋るかのように思考を巡らせる。

 思考を巡らせ──そしてそこで、違和感に気付いた。

 

 

(この方は何故──()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?)

 

 

 確かに、伝導粉を用いて帆風の電磁加速や格闘戦のスペックを封じているのは凄まじい成果だ。

 だが、そんなことをせずとも、最初に帆風の頭に衝撃を加えたタイミングでより強い衝撃を与えていれば、その時点で勝負は決していたはずだ。にも拘らず、木原数多はあくまで殴打の衝撃を伝播させて攻撃しているように見える。

 そう。そのように考えるともう一つの違和感も見えてきた。

 『符合の都合がよすぎる』のである。

 研究所で『伝導粉』が出てきた直後の戦闘で、木原数多が『伝導粉』を使う? ゲームじゃあるまいし、そんな符合があるのは不自然だ。

 考えられるとしたら……、

 

 

(まさか……彼のもともとの手札は、『煙を操作する技術』であって……煙そのものを運用する展開は、想定していなかったとか?)

 

 

 その可能性。

 そういえば確かに、木原は最初から正解を口にしていたではないか。自分が講じたのは、原子崩し(メルトダウナー)への対策だと。

 つまり、本来の運用はシャボン玉であり、伝導粉の操作はおそらく現場で見つけた便利な素材をアドリブで活用しているに過ぎない。

 ということは────

 

 

(気流の、操作!!)

 

 

 自然な流れだ。木原数多はレイシア=ブラックガードに執心している。ゆえに彼女の能力を解析し、その能力を科学的に再現しているという可能性は高い。つまり。

 

 

(どこかに設置された機械を起点に、このあたり一帯の気流を操作している……!?)

 

 

 咄嗟に視線を走らせる帆風。

 果たして──帆風の読みは正しかった。設置されていたのは、周辺の木々の近く。ざっと見た限りでも六つの装置が稼働しているようだった。

 おそらく、あらかじめこのあたりに設置していたものを使って周辺の気流をコントロールできるようにしていたのだろう。ひょっとするとあの装置自体が移動式で、木原の移動に従って動いているのかもしれない。

 

 

(でも……)

 

 

 だが、それは却って帆風に絶望を与える要素にしかならない。

 周辺は銀の煙で覆われ、呼吸も乏しいこの状況では木原を撒いての移動も難しい。つまり、気流操作を潰すことはこの場ではできない。でも、気流操作を潰さない限り帆風はこれ以上の戦闘継続が難しい。完全なる堂々巡りとなっていた。

 

 

(う、意識、が……。す、すみません、上条様、弓箭さん、わたくし、こんな、ところ、で──)

 

 

「諦めないでッッッ!!!!」

 

 

 朦朧とした意識を手放しかけた帆風に激を飛ばしたのは、己の相棒ではなく──弓箭入鹿その人だった。

 本来であれば激痛で喋るどころか動くことすらできないような負傷で、それでも彼女は立ち上がっていた。……いや、違う。帆風はすぐに分かった。何故なら──()()()()()()()()()()()

 

 おそらく、電磁加速や諸々の強化を封じられた時点で、悠里は自分にできることが少ないことを悟り、入鹿のサポートに動いたのだろう。

 そして痛覚を軽減した入鹿は、行動の自由を手に入れた。

 

 

「……私も……諦めないから……! アナタが限界を超えて見せたように……私、だってぇッ……!!!!」

 

 

 入鹿はそう叫びながら、一目散に駆け出していく。

 ──木原は、それを見てさらなる二乗人格(スクエアフェイス)を連想したことだろう。

 ただこれは、そう見せかける為のブラフである。実際には、弓箭入鹿は二乗人格(スクエアフェイス)を扱うことなどできない。それは、本来は高度な科学技術がなければ実現しない。レイシア=ブラックガードの場合は一ヶ月にも及ぶ長期の憑依と人格の共鳴、それと様々な協力者による準備が。帆風潤子の場合は人格の共鳴と幽体連理(アストラルバディ)という能力の特異性が。

 それぞれ、イレギュラーに足る条件が揃って初めて成せる業なのだ。

 だが、木原数多にはそんなことは分からない。だからこそ、超強力な攻撃というブラフが機能する。──対レーザー用のシャボン玉による防御を使おうと考える。

 それこそが、弓箭の作戦だった。

 

 

(来ると……思うわよねえ、レーザーが! でも、違う。わたしの真の目的、は──)

 

 

 そして、放たれた弓箭の掌打。

 そこを起点に、閃光が放たれた。

 

 

(光過敏性発作!! アナタは二乗人格(スクエアフェイス)を警戒しているがゆえに、私の一挙一動から目を逸らせない!! 個人差はあれど、ダメージは確実に負う!! 私が返す刃の一撃で斃れたとしても、帆風さんならその隙にコイツを倒してくれる!!)

 

 しかし。

 

 次の瞬間、入鹿は信じられないものを見た。

 即ち、()()()()()()()()()()()()()()()()()姿()

 

 

「な──!?」

 

「浅知恵お疲れ様、猿野郎。テメェの勝ち筋なんざ光過敏性発作とレーザーの二択だ。ならシャボンでレーザーを無効化して目ぇ瞑れば簡単に封殺できんだよ、クソガキが!」

 

 

 ドゴォッ!!!! と。

 無防備な脇腹に回し蹴りを叩き込まれ、入鹿の意識があっさりと暗転する。

 

 

「……いいえ。弓箭さんの一手は、わたくしにとっては救いにも等しい一手となりました」

 

 

 その後ろで。

 喉を潰されていたはずの帆風が、声を取り戻していた。

 

 

「……あ゛ー、クソが。まーた最初からやり直しかよ」

 

「いいえ。ここから先は────最後の激突ですわ!!!!」

 

 

 ドッ!!!! と。

 身を低くした帆風は、そのままの勢いで木原数多へと突撃する。突撃の余波で煙の天蓋が乱されるのも気にしない。そのままの勢いで突撃し──

 ボッ! と、その場で一回転して地面に踵落としを叩き込んだ。

 

 

(……電磁加速の応用か! 電磁力で空中に静止して、地面に蹴りを……土飛沫!!  こいつで俺の視界を消して、その間に何かしようって魂胆──いや! 違う! ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()! つまり相手の次の一手は──!)

 

 

 身を低くした体勢での突撃は、次の攻撃が下から来るものと思わせるブラフ。

 真の目的は、天蓋を破壊してから跳躍することによる、上からの奇襲──!!

 

 

「だっからよぉ、テメェみてえなクソガキの猿知恵なんか何重にも何乗にも束ねたところで意味なんかねえんだっつーの!! いい加減くたばれクソガキぃ!!!!」

 

「意味がないかどうかなんて」

 

 

 その瞬間。

 木原の読みに寸分たがわず跳躍していた帆風は、それでもかまわず拳を引き絞っていた。

 

 

 そこで木原は一つの違和感をおぼえる。

 

 ()()()()

 

 それは、幽体連理(アストラルバディ)との連携によって初めて行える技ではなかったか?

 そして悠里のアバターは、入鹿に憑いていたはず──

 

 

『「アナタなんかに決められたくない」』

 

 

 直後。

 帆風の眼前から、幾つかの火花が散る。いや……火花というのは少し適切ではないかもしれない。

 正しく表現するならば、『ある特定の光の信号パターン』。

 

 帆風潤子は知ることのなかった。だが、()()()鹿()()()()()()()()()()()使()()()()()()()()()()()()()()()()()技。

 

 

(あ、)

 

 

 光過敏性発作。

 それにより、木原の思考に一瞬の空白が生まれ。

 

 

『「その意味は、わたくしたちがこれから創っていくのだから!!!!」』

 

 

 流星のような右拳が、その顔面に叩き込まれた。

 

 そして一打のもとに下手人を昏倒させた誰かの憧れは、淑女のように落ち着き払った態度で、瀟洒にこう言い添える。

 

 

「…………どうです? 『浅知恵』も、馬鹿にはできないでしょう?」

 

 

 


 

 

 

「…………ああ、全くだ」

 

 

 返答があるとは思わず、帆風は思わずギョッとした。

 だが──木原数多は完全にダウン状態だ。おそらく、喋るのがやっとというところだろう。当然だ、帆風の膂力で顔面を殴られたのだから。むしろ、意識を保っていられるのが異常といっていい。

 

 

「ったく、流石に完全生身はキツかったかね。だがまあ……時間稼ぎは上手くいったか」

 

「……は?」

 

 

 その一言に、帆風は極大の『嫌な予感』をおぼえる。

 まるで、自分が最悪な手の誤り方をしたかのような──

 

 

()()()()()()()()()の掌握も完了した。もう準備は万端だ。だからやっちまえよ、木偶人形」

 

 

 次の瞬間。

 光の柱が、夜の空を突き抜けた。

 だが、それ自体が異常なのではない。異常なのは、その起点。雷雲が轟くような音と共に山肌の向こうから現れたのは──ドッペルゲンガーではない。

 

 もっと、遥かに巨大な、丸いシルエット。

 全長は直径五〇メートル。

 球型の()()の随所には、まるでお針子のように大小様々な砲。

 最も特徴的なのは、機体側面部から伸びる四本のアームだろうか。それらが指し示す先の空中に、ひときわ大きな『主砲』が浮かんでいる。それが、あの光の柱を打ち出していたのだ。

 

 キュガッッッ!!!! と、巨体が機動した。

 

 五〇メートルの巨体が、まるでF1カーのような速度で、ボクシング選手のような小刻みの機動で山肌を駆ける。

 木々をまるで冗談のようにまき散らしながら、先ほどの光の柱をまるで挨拶のように空目掛けぶちまけているその姿は──異様そのもの。

 きっと、アレがあと九機もあれば、現行の戦争なんてものは跡形もなく消し飛ぶ。そしてアレが中心とした全く新しいシステムにとって代わることだろう。

 現行の戦争を終わらせる。

 そんなバカげた『社会の変容』すらも想像できてしまうほどに、『アレ』は分かりやすく強大だった。

 超能力者(レベル5)、なんて肩書がちっぽけに感じるほどに。

 

「ギャハハハハハ! 見事だ見事。コイツは想定以上じゃねえか!? 本格稼働までちと時間を食ったのが気になりはするが……」

 

「…………!」

 

 

 囃し立てるような木原の嘲笑も、もう帆風の耳には入らない。

 すぐにこの場から立ち去らなくては、移動の巻き添えで入鹿が挽肉になっても何もおかしくない。

 

 

「……アナタも早くお逃げなさい!」

 

 

 木原にそう呼びかけると、帆風は入鹿を抱きかかえて走り出す。

 上条のことは、この際考えている余裕がなかった。彼もまた無事であることを祈るしかできない。

 そんなときだった。

 

 

「帆風さん!? 大丈夫ですか!?」

 

 

 上空から、声がした。

 見るとそこには、白黒の翼をはためかせた令嬢──レイシア=ブラックガードの姿があった。

 

 

「ええ、なんとか……。しかし、すみません。上条様とははぐれてしまい……」

 

「お気になさらず。アレならどうせ放っておいても無事ですわ。それより……随分手ひどくやられましたわね」

 

 

 言われてみると、帆風の姿は殆ど全裸に近かった。

 下着は辛うじて身に纏っているが、ブラウスなんかは左肩部分だけが残っており、スカートはギリギリ繋がって腰に引っ掛かっているような有様である。

 ……この状態で殿方の前にいなくてよかった。帆風は真剣にそう思う。

 

 

「とまれ、アレは帆風さんとは相性が悪そうです。わたくしが注意を逸らしておくので、アナタは入鹿さんを安全な場所に」

 

「ええ。……よろしくお願いいたします」

 

 

 応答し、帆風は山を駆け下りていく。

 それを見送ったレイシアは空中に浮かび──ぐりん!! とこちら側へ向けられた主砲に、冗談抜きに一瞬心臓が止まったかと思った。

 

 

「わたくしを、狙って!?」

 

 

 咄嗟に身を捻り回避行動をとりつつ、白黒の『亀裂』を盾のようにして展開するが──

 ズッドン!!!! という暴力的な音と共に、一五重に展開していた『亀裂』は一撃でまとめて突き破られた。

 

 

「な……!?」

 

 

 防御できるとまではいかずとも、勢いを減衰できるとは踏んでいた。しかし実際にはいともたやすく貫通されたことに、レイシアは少なからぬ衝撃を受ける。

 そしてその衝撃は致命的だった。さらなる一撃が、レイシアへ照準を定め────

 

 

 ボバッッッ!!!! と。

 化け物の足元が、猛烈に爆裂した。

 当然その程度ではダメージもなさそうだったが、足場の変動は違う。爆裂──即ち足場の欠落によって、機体全体が大きく傾いた。

 犯人は、意外な人物たちだった。

 

「やーれやれ。結局、今のは麦野たちを追っ払ってくれたお礼ね。お陰で、私たちもだいぶ動きやすくなったって訳よ」

 

 

 金髪碧眼。

 ゆるくウェーブした長髪とベレー帽。挑発的な笑みが印象的な、高校生くらいの少女。

 

 

「悪いけど、このまま時間稼ぎしてくれねえか? 俺達だけじゃどうにもならねえっぽいんでな」

 

 

 茶髪黒目。

 安っぽい黄土色のジャージとジーンズ。どこにでもいる一般市民のような、特徴に乏しい顔つき。

 

 いずれにせよ、神話の世界と見まがうような戦争の世界には似つかわしくない二人組は、しかし勝手知ったる我が家のような気安さで、超能力者(レベル5)を超えた脅威へ視線を向ける。

 そして一言、こう言い添えた。

 

 

「「ちょっとあのバカでかい兵器ぶっ壊してくる」」

 

 

 ──特大の深刻なる難問(ヘヴィーオブジェクト)が今、聳え立つ。




・シャボン玉
割れづらい特別性のシャボン玉です。光線を屈折することができ、この屈折を利用して光線の軌道を捻じ曲げ無効化することができました。
・気流操作装置
白黒鋸刃(ジャギドエッジ)の能力のうち、気流操作部分のみを機械再現した数多曰く『玩具』みたいな工作物です。麦野の精神を逆撫ですることも可能なため、そういう意味でも『第四位対策』でした。

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