【完結】とある再起の悪役令嬢(ヴィレイネス) 作:家葉 テイク
――――よかった。本当に、よかった。
上条当麻の
上条が死なずに済んだ――というのももちろんそうだが、とある少女から
『
『
『
インデックスは、確かにそんな少女の悲鳴を聞いた。
思えばそれが、いつも落ち着いていて、どこか他人事のような気さえさせてくる少女による、初めての激昂だったかもしれない。
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最初に出会ったのはいつか――と聞かれたら、出血で意識が朦朧としていて、上条の背中の中でぼんやりと『これからどうすればいいか』を話していたときだっただろう。
ただ、そのときの激痛で霞んだインデックスの視界は、彼女の姿をとらえられていなかった。
だから、彼女の意識の中で『一番最初に出会ったとき』と言えば、それは彼女が回復魔術で一命をとりとめ、意識を取り戻した時だった。
率直に言って――――インデックスの彼女に対する第一印象は、『キツそうな人だな』だった。
吊り上がった青い瞳は相対するインデックスにどことなくプレッシャーを与え、固く結ばれている口元からはどこか神経質そうな印象を受けた。
もちろん、だからといってインデックスは印象で他人を差別したりはしない。あくまで印象の話である。
『……そういえばお二人にはまだ名乗っておりませんでしたわね。わたくしはレイシア=ブラックガード。常盤台中学の二年生ですわ。上条さんとは……そうですわね、戦友、といった間柄でしょうか』
そんなことを言う彼女――――レイシアの表情は、自信に満ち溢れていた。
上条との関係に言及するとき、一瞬上条に目くばせした彼女の表情にも、何か悪戯っぽい余裕すら感じられた。
苦笑する上条との間に、インデックスの知らない『何か』があるように思えた。
だから……インデックスは、そこで少しだけ、彼女の知らない上条当麻を知っているレイシアに嫉妬した。
考えてみれば当然のことではある。上条当麻とインデックスが出会ったのはその日の朝のこと。知らないことがあるのは当たり前。知らない関係性があるのは当たり前。当たり前だが――――それでも、インデックスの心にはもやもやしたものが生まれていた。
『…………レイシアは、とうまの彼女なの?』
――『二人は付き合っているの?』ではなく、あくまでレイシアに問いかけたその言葉に、インデックスの秘められた心情が乗っていたと言っても過言ではないだろう。
ただ、インデックス自身、この時点では自分が嫉妬しているということにすら気付いていなかった。この頃はまだ自分の上条への思いをはっきりとは自覚していなかったし、レイシアへの気遣いからの発言というのも決して嘘ではない。
ただそれでも、上条やステイルの言うような『底抜けのお人好し』『善人』でない側面の――インデックスの中の等身大の少女としての部分は、心のどこかに棘が刺さったような、もやもやした悪印象を感じていた。
ただ、そんな悪印象はすぐに覆った。
分かりやすく慌てた上条や、どこか呆れたレイシアの二人からは、そんな色気のある関係性はまるで見いだせなかったからだ。
少なくとも、上条の方からは、確実に。
「……ねぇ、レイシア。レイシアはどうして、私のことを助けてくれるの?」
そんなやりとりのしばらく後。
インデックスは、濡れタオルで身体を拭かれながらそんなことを問いかけていた。
上条は、なんとなく分かる。彼は、そういう人間だ。自分が助けたいと思ったら、もう合理性とかそういうものを全部無視して突っ込んで行くタイプの人間だ。
だがレイシアは違う、とインデックスは思う。
いつも落ち着いているし、利害損得についていつも意識している、実に『常識的』な価値基準を持っているように思えた。
実は、彼女と上条が恋人同士なのでは、なんて思った背景にも、それがある。レイシアがインデックスを助ける合理的な理由が、それ以外に思いつかなかったのだ。
実際のところ、インデックスの推測は当たっている。
レイシアは自分が干渉しなくともインデックスが救われることは知っていた。彼女がこの件に首を突っ込んだのは、インデックスとステイル、神裂の関係性について思うところがあったり、上条当麻の一度目の死を食い止めたかったりしたからだ。
そこに、『インデックス個人を救いたい』という強い意識は、確かに希薄だ。全くないというわけでもないが。
ただ、流石にインデックスもそこまでは分からない。だから、上条とレイシアが恋人同士ではないと分かった今、余計に分からなかった。
「科学サイドの住人のレイシアにとって、私を助けても得なんかないよね? 学校の都合だって悪いのに、どうして?」
「どうして……、と来ましたか…………」
レイシアは、少し困ったように呟いた。そんなことを問われること自体が予想外という感じのリアクションに、インデックスは失礼なことを言ったかな、と自分の言動を少しだけ後悔する。
多分、上条だったら『そんな馬鹿なこと聞いてんじゃねーよ』なんて言ってでこピンするような場面だろう。
しかし、レイシアは苦笑を浮かべながらこう返した。
「強いて言うなら、より良い未来の為……、かしら?」
「……より良い未来?」
「正直言って、……別にここにわたくしが必要とは思いませんわ」
インデックスの背中を温かい濡れタオルで拭いながら、レイシアは言う。
「わたくしがいなくとも、多分上条さんは一人でアナタのことを救ってみせるでしょう。わたくしもあの方との付き合いはそこまで長い方ではありませんが、そのくらいは何となく分かります」
「…………、そう、かもね」
「ですが、上条さん一人より、……わたくしも一緒の方が絶対により良い未来を作れるはずですわ。わたくしは、それが分かっているのに我が身可愛さで立ち止まるような人間には、なりたくありません」
『理由と言うなら、それが理由ですわ』――とレイシアは笑う。
その言葉を聞いて、インデックスはやっと納得した。
確かに、レイシアは上条とは違う。感情ではなく、理屈で物事を判断している。現実的で当たり前な状況判断に基づいて行動している。だから常に一歩引いた立場から状況を見ているように見えるし、ともすると他人事と構えているようにすら思えるのだろう。
だが、その根本にある部分は、上条とさして変わらない。
要するに、我慢ができないのだ。
色々と理由をつけても、やっぱり自分を誤魔化しきれず、それで自分が正しいと思う……それでいて危険な方法を選び取ってしまう。
インデックスを助けたことに、論理的な理由など存在しないのだろう。
自分がそうしたいから、そうした方がいいと思ったからやった。
ただ、それだけなのだ。
「…………はい、インデックスさん。終わりましたわよ。前はさっき自分で拭いていらっしゃいましたし、もう服を着ても平気ですわよ」
「うん。……でも、レイシアも昨日はお風呂入ってないんだよね? 今度は私が拭いてあげるよ」
「えっ? ……いやいや。昨日は確かにそのまま寝てしまいましたけど、流石に今日は銭湯を利用しようと思っていて、」
「いいからっ! レイシアは知らないかもしれないけど、日本には『裸の付き合い』というものがあって、こうやって裸になって触れ合うことでより仲良くなれるんだよ!」
そう言って、インデックスはレイシアのことを脱がしにかかる。
これは、殆ど照れ隠しだった。レイシアは本当にただの善意でインデックスのことを助けようとしてくれていたのに、その裏の意図を考えてしまったことに対して、
いや。
「ちょっ……!?
…………なんて、なんか定番なことを言いながらもレイシアはぱっぱと制服を脱がされてしまった。瞬く間に上は黒のブラジャーに白黒色違いのドレスグローブだけになったレイシアは、観念したように俯く。
自分もパンツ一丁なインデックスは、腕をまくって『さあ拭くんだよ! あとブラジャーも脱いで!』とレイシアを急かしていた。風邪ひかないかな? と一瞬思ったレイシアだったが、今真夏だし、そもそもインデックスは負傷からくる発熱のせいで身体が勝手にあったまっている状態なのである。
と。
バタン!! と扉が開いたのは、丁度その時だった。
「だ、大丈夫か? なんか凄い音、が……、」
我らがラッキースケベの化身、上条当麻が中に入ってきたのは。
入るまでに間があったのは、中でレイシアがインデックスのことを拭いているのを事前に知っていたからだろう。『入ったら見ちゃうんじゃないかな? いやでも万一のことがあったらヤバいし』的な葛藤があったに違いない。
「…………あ、」
ちなみに、ちょうどその時、レイシアはインデックスに言われてブラジャーを外している真っ最中だった。
少し前屈みになり、背中のホックを外して、肩にかかっているブラジャーをするりと脱ごうとしていた、丁度その時、である。
一瞬遅れて。
ぱさり、と。
少女の胸部装甲が、滑稽な音をたてて滑り落ちた。
「………………………………………………………………」
「………………………………………………………………」
上条の首の角度が、
レイシアは、真顔のまま床に落ちたブラジャーを拾い上げ、そしてつけたりはせずそのまま左腕で抱えるようにしてダイレクトに胸を覆い隠す。
その上で、彼女は右手を上条の方へ突きつけた。
すすすす、と顔を真っ赤にしたインデックスが、レイシアの陰に隠れる。そして、まるで小動物みたいにレイシアの陰から顔だけ出して上条のことを睨みつける。
上条の目が、思わずそんなインデックスのことを追った。
「上条さん」
「ハイ」
「いやいやいやいや、そう畏まらないでいいですわ。上条さんに悪気がないことは承知していますし、それにわたくし、実はこういうのにちょっと憧れてましたの」
温かく理解ある言葉のわりに、レイシアの表情は無表情すぎる。
上条の首は、その間微動だにしなかった。
「一応あらかじめ確認しておきますけど、その右手があるのですから全力でやっても構わないんですのよね?」
「えっと、あの、」
レイシアは無表情のまま、タスクを処理するみたいに淡々と言う。
その瞬間、上条はピシリ、という幻聴を聞いた。
それは、レイシアの手の先の空間に亀裂が走ったイメージか、レイシアの鉄仮面にヒビが入ったイメージか。
あるいは、どちらも、かもしれない。
「いつまで見ているつもりですの、このヘンタイ――――ッッッ!!!!」
「ダメ―ッ!
赤面した少女の絶叫とともに、上条の右手は殺人的な威力を誇るツッコミを必死で受け止めるハメになる。
………………いつまでも凝視していたというところは否定できないおっぱい魔神上条なのであった。もちろん、この後インデックスにもがぶがぶされた。
***
「………………ふふ」
『現在の』インデックスは、そんなことを思い出して思わず笑みをこぼしていた。
あの後、結局レイシアは服を着込んで銭湯へ行ってしまったが、あれ以来インデックスはレイシアに親しみを感じるようになったものだ。
それからは、インデックスの為の作戦のこともあり、上条への想いについては考える暇もなかったが――。
「……………………」
しかし、あの時の悲痛な叫び、そして上条が倒れた直後のレイシアの悔やみ方は、尋常なものではなかった。
レイシアは上条当麻のことが好きというわけではない、というインデックスの結論が、容易に覆るほどには。
だって。
目を覚ましたインデックスが一番最初に見たのは、上条の頭を抱えて泣きじゃくっているレイシアの姿だったのだから。
彼女が冷静さを取り戻すまで、軽く一時間はかかっただろうか。
これまで落ち着き払ったレイシアの姿ばかりを見てきたインデックスにとっては、ある意味で新鮮で――それでいて、痛々しくて見ていられない姿だった。
冷静になったあとの彼女は『インデックスさんは悪くありません。上条さんは全ての危険を承知の上で、それでもアナタを助けたかったから臨んだのです』と言っていたが……それでも、今日こうして上条の無事を確認するまでは、インデックスの心を罪悪感が蝕んでいた。
だから、上条の無事を確認できたとき、インデックスは『本当に良かった』と思ったのだ。
(…………レイシアの、大切な人を奪わなくて済んで、本当に良かった)
ただ、その感情は、別にレイシアの想いを認めるという意味ではない。
いや、ある意味では認めているが――――、
(でも、私も負けないよ)
恋のライバルとして、インデックスはレイシアと真っ向から戦う。
これからは、レイシアは友達であり、恩人であり――――恋敵だ。
……これが全部勘違いでなければ、何か感動的なドラマが生まれたのかもしれないのだが。