【完結】とある再起の悪役令嬢(ヴィレイネス)   作:家葉 テイク

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九八話:猛獣狩り

 大前提として、音は彼女についていけなかった。

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 科学の範疇では絶対にありえない矛盾をその身に抱え、帆風潤子はその場の一切を置き去りにして行動を開始する。

 

 ──意外かもしれないが、機械の力を用いず、人体のみで音速の壁を打ち破ることは、異能を使わずとも可能だ。

 たとえば牛追いの使う鞭は音でウシを追い立てる為の道具だが、この際に発生する音は『鞭の先端が音速を超えたこと』で発生する衝撃波である。

 何の工夫もない道具を使うだけの一撃でも、音速というものは簡単に超えることができる。であれば──異能を使えば?

 筋力の限界を超えた運動力学によって、運動エネルギーの推移を移動方向に集中。同時に発生する肉体の破損は瞬時に再生能力によって回復。発生する激痛も電気信号を制御することによりカット。そして肉体の運動はすべて演算によって成り立っている為、五感によらない『演算による未来視』は音速を超えた精密駆動をも可能とする。

 

 

 ボバッッッ!!!! と、突如、山肌の一角が爆裂する。

 それは、木原幻生やドッペルゲンガーの攻撃によるものではない。帆風潤子が地面を踏み切った、そのありきたりな行動によって引き起こされた余波であった。

 

 

「っひょ──これはこれは! まさかこんなにも早く木原一族(ぼくたち)以外でこの理論を応用してくる者が出てくるとはねー、流石は臨神契約(ニアデスプロミス)! 見事な乖離だよー!! ……でも」

 

 

 向かってくる、超能力者(レベル5)の領域に足を踏み入れた少女。

 それに対し、幻生はあくまで酷薄な笑みを浮かべ、

 

 

「……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

 

 ヒュゴッッッ!!!! と。

 音速を軽く超える一撃。横薙ぎの雷撃が、帆風の姿を掻き消す。地上から見ていた上条はその一撃の残像しか目撃することができなかったが──しかし、入鹿だけはその姿を見ていた。

 否、信じていた。

 

 

「危機感が足りていないのは、どちらかしら。……木原幻生」

 

 

 そんな、入鹿の呟きを裏付けるかのように。雷撃の中に呑まれたかに見えた帆風の姿は、一瞬にして幻生の頭上すぐの位置へと移動していた。

 

 

(ひょ──!?)

 

 

 空気の流れから反射的に頭上を見上げた幻生が目撃したのは、月夜を背にする乙女。

 風の流れで大きく広がった髪は、毛先から光のような帯をたなびかせ、全身に纏う紫電は彼女本来の姿をまるで羽衣のように覆い尽くしている。それはもう、体内の電気信号を操るなんてスケールではなく──

 

 

(そうか!! ()()()()!! 彼女の能力は単純な肉体の強化ではなく、電気信号の操作……であれば体表から数センチ程度であれば、電撃を操れても不思議ではないねー……。そして、素で音速を超える初速と身体制御術を同時に操れば、超音速での戦闘すらも可能になるというわけか!!)

 

 

 確かに、理論上は可能だろう。

 だが、その域に至るまでの障害は多い。まず、莫大な慣性による負担はどうするのか。電磁加速に必要な電力の悪影響は。その状態で肉体を制御することによる空気抵抗の被害は。それら全ての障害に対する防御と再生を加速や制御と両立する為には。

 ……それらの難関を乗り越えるには、帆風潤子はあまりに力不足。しかしそれを、幽体連理(アストラルバディ)が可能にした。肉体と精神の制御をサポートするこの能力により、帆風一人では賄うことのできない『防御』を全て託し、そして帆風本人はその裡に眠る()()()()()()()を全開にすることができたのだ。

 そればかりでなく、二つのAIM拡散力場の稼働を同調させることで、二つの能力の出力を相乗作用で強化する二乗人格(スクエアフェイス)が、サポートと出力の双方を劇的なまでに強化した。

 

 結果。

 

 

「遅、いッッッ!!!!」

 

 

 ゴガァッ!! と、木原幻生が何か行動を起こす前に、帆風の脚が勢いよく振り下ろされる。

 肉体の限界を超え、電磁加速によって音すら置き去りにした蹴りは、雷鳴のような音を轟かせながら、木原幻生の脳天に直撃した。

 直後、幻生の身体は流星のように地面へと吹き飛ばされる。

 

 反動により僅かに浮かび上がりすらした帆風は、しかし一切の油断を見せずに鋭く叫ぶ。

 

 

「上条様、弓箭さんッ!! 今のうちに、幻生様を!!」

 

 

 今の一撃ですら、幻生にダメージを与えることは叶わないだろう。

 所詮、不意打ち。

 超能力者(レベル5)としての覚醒直後で、能力の詳細がまだ割れていない状態だったからこそ有効だった一回限りのチャンスだ。だが、帆風はそのチャンスを最大限有効に使い、宙に君臨していた幻生を地に墜とすことができた。

 いかに幻生が天使並の出力を誇り、それに準じた耐久性を持っているとしても──音速を超える一撃で叩き落としたのだ。数秒ほど行動は止められるだろうし、上条達ならばそれを生かしてくれることだろう。

 

 そう考え、帆風は横合いに視線を向ける。

 

 今まさに、目の前で獲物を横取りされた、もう一人の強者──ドッペルゲンガーの挙動を。

 

 

「厄介な真似をしてくれたものだ。これではオーダーが果たせん。……とはいえ、ちょうどいい機会だ。行きがけの駄賃に、貴様はリタイヤしておいてもらうぞ」

 

 

 大陸さえ引き裂くその一撃が。

 

 攻撃直後で無防備な帆風を襲う。

 

 

 


 

 

 

第三章 魂の価値なんて下らない Double(Square)_Faith.

 

 

九八話:猛獣狩り Beast_Smile.

 

 

 


 

 

 

 一方、上条当麻は帆風の意を汲んだ入鹿に引っ張られるようにして、墜落した幻生へと急接近していた。

 帆風の一撃は、まさしく幻生にとって致命的な一打だった。地面に一メートルほどめり込んだ幻生は、その状態から飛び立つまでどう足掻いても〇・五秒の間隙を必要とする。

 そしてその時間は、上条当麻が全ての距離を詰めて右手でチェックメイトをかけるには十分すぎる時間だった。

 

 

「────!!」

 

 

 幻生の脳裏に、迎撃の選択肢が浮かぶ。

 だが彼はすぐにそれを却下した。上条当麻に対して、異能の攻撃は逆効果だ。致命的な攻撃だけを受け流された挙句、土によるダメージを無視して飛び込まれるのがオチだろう。

 そして逃避を捨てた幻生を待っているのは、完全なる詰み。

 窮地に立たされた幻生は、たとえ間に合わないと知りつつもその場から飛び立つ他手段が残されていなかった。──が。

 

 

「あ゛ー、あのデク人形。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。あの野郎手ェ抜いてやがるな」

 

 

 上条当麻と、木原幻生。

 その両者の間に滑り込むような、ひと声。

 

 上条がその言葉にリアクションを入れる間もなかった。ゴッ!!!! と上条の頭が横合いから思い切り殴り飛ばされ、山の斜面を転がる。

 衝撃でぐらぐらと揺れる脳を気力で奮い立たせて起き上がるのと、入鹿がレーザーポインタを構えたのはほぼ同時だった。

 彼らの眼前に立つのは──逆立てた金髪の、チンピラめいた雰囲気を持つ白衣の男。

 

 

「アンタは……!」

 

「悪りいがよお、まだこの老いぼれに退場してもらうわけにはいかねえんだわ。こっちにも事情があってな」

 

「ひょほ、助かったよー数多……!」

 

「良いからとっととケツ振って逃げまどえロートル。……あんな()()()にしてやられやがって。とうとう脳の劣化が始まったらしいな」

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 幻生はそのまま、数多に背を預けるようにして上空へと飛び去ってしまう。

 入れ違いで、紫電を纏った乙女が天から降り立った。

 

 

「はぁ……! はぁ……! 遅かったですか……!」

 

 

 ──果たして、ドッペルゲンガーからの不意の一撃を受けていたはずの帆風は、五体満足のまま帰還していた。

 

 

「…………!」

 

「ぎゃあ!? 無言で殴られた!?」

 

 

 顔を裏拳で殴られた上条は、そのまま顔を抑えて蹲る。──というのも、現在の帆風の姿は、激闘の痕か、あまりにもあられもない格好になっていたのだった。

 ブレザーは消し飛び、下のブラウスも袖部分が殆ど千切れ飛んでいる。全身煤塗れなことを考えると、おそらくドッペルゲンガーの攻撃をかなり至近に受けたことがよく分かる。

 

 目を抑える上条とは対照的に、木原数多は帆風の現状など全く気にせず、むしろ知的好奇心を満たすために彼女の姿をじろじろと眺める。

 

 

「オイ。オマエ、どうやってあのデク人形の一撃を躱した? あのガラクタが手を抜いていたとはいえ、流石に腕の一本も吹っ飛んでねえのは意外なんだがよ」

 

「別に。大したことはしていませんわ。単なる電磁加速です」

 

「……分かってねえなあ。電磁加速だ? ンなもん、第三位の能力を掌握しているこっちからしてみればガキの遊びだろうが。いくらでも好きなだけ捻じ曲げられるに決まってんだろ」

 

「分かっているではありませんの。仰る通り、電磁加速は捻じ曲げられました。……()()()()()()()()

 

 

 そこまで言われて、木原数多は気付いた。

 鳴り物入りで参戦した帆風の新たな武器、電磁加速。現状では幻生やドッペルゲンガーの領域に追いつくために必要不可欠なそれは、間違いなく帆風にとっては切り札だ。

 だから必然的に、相対する者の警戒はそこに集中する。帆風が電磁加速を使用しようとする素振りを見せれば、何をおいてもそれに対して対応しようとするくらいに。

 帆風はその心理を逆手にとって、()()()()()()()()使()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだ。

 

 結果として策が外れた隙を突かれたドッペルゲンガーは、そのまま帆風を取り逃がすこととなったというわけだろう。

 それでも上着と両袖が残らず吹っ飛んでいるあたりは、流石の破壊力と言わざるを得ないが……。

 

 

「…………上条様。弓箭さん」

 

 

 帆風は二人に呼びかけながら、淑女のように白く細い、巨岩のような威圧感を放つ拳を構える。

 コキリと、向かい合うようにして佇む木原が、ゆっくりと首の骨を鳴らした。

 

 

「行ってください。幻生様を倒すには上条様の右手が必要不可欠。このお方は…………わたくしが食い止めます」

 

「おーおー、できると思ってんのか? 能力者(クソガキ)ごときがよォ」

 

 

 走り始めた二人の足音を耳にしながら、帆風は腰を低く構える。

 その表情には、笑みが浮かんでいた。

 余裕によるものではない。

 歓喜によるものではない。

 もっと原始的な──見るものに畏怖を抱かせる笑み。

 

 笑みとは本来、猛獣が敵対者を威嚇する為のものだった。

 

 その真偽については、甲論乙駁があるだろう。

 しかし。

 少なくとも、今この瞬間、帆風潤子の笑みを見た者がいれば────

 

 

「…………訂正するわ。やっぱこうじゃねえとなあ…………ようやく楽しくなってきやがったぞ」

 

 

 きっと、こう表現したことだろう。

 

 

「猛獣狩りの時間だぜぇ!!!!」


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