【完結】とある再起の悪役令嬢(ヴィレイネス) 作:家葉 テイク
レイシアが麦野と戦い始めたちょうどそのころ、上条達は本来の目的である木原幻生の憑依を解除するため、山林の中を走っていた。
遠くから雷雲が轟くような音が響く中、上条達は草木を掻き分けて必死に先へ進んでいく。
「……なあ、こっちで合ってるのか? 木々の隙間からなんとなく方向を確認しながら進んではいるけど……」
「問題ありません。塗替様の匂いは、大覇星祭の際に確認していますので。嗅覚を強化すれば、ある程度の方向は分かります」
「……………………嗅覚?」
「帆風さんの
走りながら。
先導するように先頭に位置する帆風にどこか陶酔したような視線を投げかけつつ、入鹿は言う。
「帆風さんは単純な身体強化の他にも、
「……弓箭さん、ちょっと……」
先を走る帆風が少し照れて赤面するような一幕がありつつ。
上条はそんな入鹿の熱っぽい解説を素直に受け止め、軽く頷く。要するに、超絶的な身体能力の持ち主というわけだ。上条の中で、『軽めの神裂みたいなものかな?』という各方面に対して大変失礼な思考が生まれる。
──そんな風に考えていた、罰が当たったのだろうか。
「うおっ」
急に立ち止まった帆風にぶつかりそうになり、上条は思わずつんのめりながらもその場で足を止める。
それに対して抗議の声を上げる前に、上条は驚愕の声を上げることになった。
「えっ……お前、何してるんだ!?」
帆風潤子は──その場で腰を低く低く構え、上条の足元に両掌を上に向けて差し出していた。
まるで、『何か』を乗せてくれと言わんばかりに。
理解が追い付かない上条に対して、帆風は視線だけを上空へ向けながら続ける。
「……見てください。あそこでドッペルゲンガーさんと幻生さんが戦っています。私が貴方を上空へ放り投げますので、その右手で憑依を解除してください」
「はぁ!? おいおいおいおいそんなことできるわけねーだろ! っつか、着地とか一体どうするつもり、」
「帆風さんがやれと言ってるんですよ! さっさとやる!!」
「うわー!! 横暴だー!! 全体的に不幸だー!!!!」
泣き喚く上条だが、根本的に女所帯における男の発言力ほど儚いものはない。まるで抗えない力の流れに背中を押されるかのように、帆風の両手の上に両足を乗せる。
次の瞬間だった。
グン!!!! と全身に途轍もない力──慣性である──がかかった、上条がそう認識した次の瞬間、彼の身体は上空高くへと放り投げられていた。
「ッッ、あァァあああああああああああああああああ!?!?!?」
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作:柴猫侍さん(@Shibaneko_SS) |
『投擲』された上条が最低限の冷静さを失わずにいられたのは、既に一度『投擲される』という現象を体験していたからだろう。空中でなんとか姿勢を保つと、上条は空中戦を行っている幻生とドッペルゲンガー目掛けて一直線に突き進んでいく。
ただし。
音速を超える攻防を繰り広げている幻生とドッペルゲンガーがそれに対して一切のリアクションをとらないと考えるのは、あまりにも見通しが甘すぎたと言わざるを得ない。
「──『契約』にはコイツの存在はなかったな。イレギュラーならこちらで適当に処理しても問題ないか」
「やれやれ。勿体ないけどねー……。君の右手はこの場においてはマイナスにしか働かないからねー、ここで退場してもらおう」
白の羽衣を纏う絡繰の左手に、光の槍が生み出される。
痛々しく罅割れた青年の右手に、光の鎌が生み出される。
いずれも、それぞれが大陸を砕くほどの威力の一撃。──即ち、幻想殺しでは受け止める事のできない、確殺の一手。上条はそれを一瞬にして体感した。
「ふっ……ふざけんな!? こんなところでそんなもんをぶちかまされたら、
上条の叫びに対して、二人の化け物はあくまで無慈悲だった。
不確定要素を戦場に入れることを嫌った二人の化け物は、次の瞬間無造作に上条目掛け即死を意味する一撃を放つ。上条の寿命は、その時点で残り〇・一秒で確定されたかに思えた。
「う、」
幻想殺しは一つだけ。
二方向から放たれる確殺の一撃を上条が止めることはできない──仮に二つ同時に対処できたとしても、幻想殺しではそもそも一つの攻撃さえ受け止めることもできない。
上条はそれを、逆手に取った。
「おォォおおおおおあああああああああああッッ!!!!」
ゴギィッ!!!! と。
上条の右肩を突き抜けて空の彼方へと飛んでいく軌道だったドッペルゲンガーの一撃を右手で受け止めた上条は、その一撃を
もはや槍としての体を成さず、一筋の光条と化したドッペルゲンガーの一撃は、打ち消されないまでもそれでぐりん!! と分かりやすく軌道を捻じ曲げる。
「な……ッ!? こちらの一撃を……!?」
「これ、でッ!!」
もちろん、そうしながらも上条は打ち消しきれなかった槍の勢いに乗って吹っ飛んでいく。だがこの場合、それが逆に功を奏した。幻生の方から放たれた一撃へと、ドッペルゲンガーの槍をぶつける時間が、これによって稼げたのだ。
捻じ曲げた槍の一撃をぐん!! と思い切り引っ張ると、光条は勢いよく幻生の鎌へと激突し、そこで連続した小爆発を巻き起こす。
「うおぉ!? そういえば、打ち消しきれない出力を捻じ曲げることができるんだったねー……!」
「……想定外の効果だが、一定の隙を生むことはできた。結果的には最上の横槍だったな」
「……しま……!」
轟!! と、幻生の宿る塗替の肉体が、流星のような速度で遠くの空へと吹っ飛ばされていく。
辛くも命の危機を脱した上条だが、次はさらなる脅威が彼の身に牙を剥き始めた。
即ち、上空二〇メートルからの自由落下が、だ。
「うわああァァあああああああああああああああああああああ!?!? し、しし、死ぬ!?」
「上条様っ!!!!」
──果たして、上条の落下は二〇メートルほど長引いたりはしなかった。
山林を形成する木々のうちの一本から飛び出した帆風が、空中で上条のことを確保したからだ。上条のことを抱き上げた帆風は、そのままドッペルゲンガーと幻生の戦いによって露出した山肌の上へと着地する。
どうやら今の作戦は事前に計画されたものだったらしく、着地地点には落ち葉が大量に敷き詰められていた。
「あ、あぶねー……」
「……すみませんでした。まさかあれほどの余裕を持ちながら戦っていたとは思わず……」
そして上条は、そこで気付く。
即ち、現在の自分の姿勢──高校生の少年が、中学生の少女にお姫様抱っこされている、という状況に。
「………………なんか諸々の展開も含めて、削板みたいなことされた……」
「えっ!? あの方をご存じで……というか、ま、まさかわたくし、あの方と同レベルの……!?」
そこはかとなく失礼なところでショックを受ける脳筋お嬢様はさておき。
「むきぃ! ひっつきすぎです! 帆風さんもさっさと降ろして下さい!」
入鹿ストップがかかり、やっとのことで地面に降り立つ上条。
ほんの数秒ぶりだったにも関わらず、やはり母なる大地の安心感は違う。人間は地に足つけて生きていかないといけないのだなあ……と上条は一人しみじみと感じ入っていた。
「作戦失敗して幻生さんはどこかへ飛ばされてしまったのですから、別の手を考えないと……。……というか、アレまだ生きてるんですか?」
「……ああ。俺は木原幻生って男のしぶとさを知ってる。今は別の人物の肉体を使っているけど、この間の戦闘じゃRPGのラスボスでももうちょっと潔いってくらい何度も変形して戦場へ復帰してきたんだ。あの程度で死ぬようなタマじゃないよ」
「それはそれで、空恐ろしい話ですが……」
ただ──と、上条は静かに拳を握る。
「そんな幻生でも、時間制限まではどうしようもないはずだ。だからこそ、こんな強引な流れでドッペルゲンガーを取り込もうと必死なんだろうし。つまり、時間が経てばいくら幻生でもあっさりゲームオーバーしかねない。どのみち、ヤツのしぶとさは安心材料にならないぞ」
「分かっています! ……それならそれで、別で作戦を立てるまでのことですから」
そう言って、入鹿は静かに考え込む。
そんな入鹿を横目に、帆風はふっと上条に微笑んだ。
「入鹿さん、実はああやって作戦を考えるのが得意な策謀タイプなんですのよ。
「絶対入りませんっ!! 誰があの女の配下になんて!!!!」
「ええっ? よよ……」
どうやら、複雑怪奇な派閥事情があるらしい。
ここに踏み込むと藪蛇だと直感した上条が、上空の戦況を伺おうとした、次の瞬間──
ズジャドドドドドドドドッッ!!!! と。
上空から、光の雨のようなモノが大量に上条達目掛け降り注いでいく。帆風は咄嗟に入鹿を抱きかかえてその場から回避し、上条は右手で光の雨の一つを弾くことで自身の周囲の攻撃をまるでビリヤードの球のように散らしたが──周辺は一気に焼け野原の様相を呈する。
上空に佇むのは、木原幻生。……先ほどの一撃など毛ほども通用していないとばかりに、完全なる無傷であった。
『……私の能力を、科学の分野で再現したような感じみたいだね』
帆風の横で。
彼女にしか認識できない人影が、静かに囁いた。
──悠里千夜。
彼女に『憑依』している能力者であり、かつてレイシアが一瞬だけ干渉した事件において、帆風に救われた少女だった。今は常盤台中学の生徒、そして食蜂派閥の一員として社会復帰し、有事の際にはこうやって己の能力を利用して帆風と行動を共にしているのだった。
『水分を媒介にアバターを生み出し、肉体と精神制御をサポートしてそれによって能力の出力を上げるのが私の能力なら、あの人はその真逆。水分とは違うナニカを媒介にアバターを生み出し、肉体と精神制御を完全に放り投げて、能力の出力だけをひたすらに上げている。……あんなやり方じゃ、あの人の身体が持たない』
──濃淡コンピュータと、憑依。この二つの現象は、同根の技術体系にあると言ってもいい。AIM拡散力場を自身から分離させ、水分による濃淡コンピュータとなる悠里の
もっとも、彼は悠里の能力を再現したというよりは、レイシアの状態を再現しようとして結果的にそうなっただけなのだが……。
だがこの状況は、実は悠里千夜にとって──『憑依することによって他者の手助けをする』ことを己の本質と定めた少女にとって、相応に屈辱的な状態だった。
「……千夜さん?」
『潤子ちゃん。私……悔しいよ。確かに私が憑依すれば、潤子ちゃんは自由に「内なる破壊衝動」を使えるようになる。でも、それだけなんだよ。私が憑依したことで、潤子ちゃんの持ち物以上のものを、あげることができない』
これまでなら、それで十分なはずだった。
帆風一人では至れない
だが、彼女たちは知ってしまった。
二人の人格が手を組むことによって、本来の出力以上を──
他者の人格を踏み台にすることで、本来の出力以上を──天使の領域に足を踏み入れた一人の科学者を。
善と悪、二つの世界で、己の領分において己の限界を軽々と超えていった存在を。
レイシア=ブラックガードの羽化に至っては、帆風と悠里の目の前で行われていたのだ。
「…………、」
それが明確だからこそ、帆風は茶化せない。相棒の『羽化』を邪魔するほど、無粋な真似をするようには躾けられていない。
「……そうですわね。ブラックガード様も、壁を飛び越えていったのです。わたくし達も……『根性』を見せるべきかもしれません」
紫電が。
まるで羽衣のように、淑女の周囲を迸る。
──結論から言おう。
帆風潤子は、
なぜなら。
それは、一人の力ではないから。
レイシア=ブラックガードは、複数の人格とはいえ一人の人間に許された資材によってその領域に至った。だから
だが、
誰かの補助輪なくしては、その領域にすら至ることができない未熟。そんなものが
──
「わたくしたちだって」
『私たちだって』
「二人で、一人なのですから!!!!」