【完結】とある再起の悪役令嬢(ヴィレイネス)   作:家葉 テイク

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九五話:背に開く鉄の大華

「────!!!!」

 

 

 目の前の女性。麦野沈利の端整な顔立ちの口元が、ゆっくりと引き裂かれるような笑みの形へ歪んでいく。

 その両肩から迸る稲妻の双腕が、軋むような轟きと共に振りかぶられていく。

 

 刃よりも薄く薄く延ばされた一瞬の狭間で、俺は美琴さんと視線で意思を交わしていた。

 

 

(美琴さん! わたくし達は塗替さんの方へ行きます!)

 

(がってん!!)

 

 

 直後。

 山全体が揺さぶられたような衝撃と共に、美琴さんの背後から巨大な砂鉄の『ドラゴン』が立ち上がった。

 全長──軽く一〇メートルは越えてるな。広げた翼は端から端までで多分五〇メートルはあるだろうか。この山中の全ての砂鉄を集めてるんじゃないかと思うほどの威容に、麦野さんの意識が逸れる。

 口ほどにもない策を嘲笑い、己の優位を誇示する、という形で。

 

 

「んだァ……? テメェはお呼びじゃねェんだよ、第三位ィ!!」

 

 

 砂鉄のドラゴン自体はあっさりと二本の『巨腕』に押し負ける。

 ただ、美琴さんの目的は最初から対抗にはなかった。

 

 

 ドッパォオン!! と。

 麦野さんが砂鉄のドラゴンを攻撃した瞬間、その巨体が一気に爆裂する。それはもちろん、攻撃の威力によるものではない。美琴さんが最初から、そのつもりで砂鉄を操作していたのだ。

 かくして、周辺に撒き散らされた砂鉄の嵐によって、一時的にだがその場の面々の視界はゼロとなる。ただ一人────空力探査で事前に周辺の様子を把握していた俺達を除いては!!

 

 

「────ッ、しまっ、逃げる気か裏第四位(アナザーフォー)!?」

 

「アナタの不戦勝でいいですわ、()()()()()()()。なんなら繰り上げで第四位を名乗ってもよろしくてよ! おーっほっほっほ!」

 

 

 去り際。

 麦野さんの横を高速で通り過ぎながら吐き捨てたレイシアちゃんの煽りは、麦野さんの地雷を的確に抉るものだった。

 

 

「────────ッッッ!!!!!! クッソガキがァァああああああああああああッッッ!!!!!!!!」

 

「あーあー、アイツほんとああいうとこは変わってないのね……。でもま、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()? 第四位さん」

 

 

 ドゴォッッッ!!!! と、麦野さんの『巨腕』の意趣返しのごとく繰り出された砂鉄の巨腕を、すんでのところで絹旗さんが抑えているのを横目に見ながら、俺達は幻生さんを追って空を翔けた。

 

 …………しっかし、麦野さんに加えて絹旗さんまで同時に相手取ってあの安定感って、さすがは学園都市第三位というか、なんというか……。

 

 

 


 

 

 

第三章 魂の価値なんて下らない Double(Square)_Faith.

 

 

九五話:背に開く鉄の大華 #i.

 

 

 


 

 

 

 山頂を美琴さんに任せて飛び去ってから十数秒ほど。

 距離にして数百メートルほど北に進んだところで、俺達は一旦空中で静止した。……いや、()()()()()()()()()、と言った方がいいかもしれない。

 

 

 

「はっはーッ!! やっちまえよデク人形、天使モドキを撃ち落としてやれ!!」

 

「君も随分面白い科学(モノ)を手に入れたようだねー!!」

 

 

 ──数多さん、もといもう一人の操歯さんと、幻生さんが戦闘していた。

 空中で何かよく分からない火花のようなものを散らしながら衝突している二人の戦闘空域に突入するなど完全に自殺行為。

 俺達はその下の木々に覆われた山の斜面に降り立ち、同乗者である当麻さん、帆風さん、入鹿さんを地面に降ろす。

 

 

「操歯さんはわたくしが引き離します。当麻さんは、幻生さんを。帆風さんと入鹿さんは、数多さんに対処してください」

 

「あの殿方に二人がかりですか? 少し戦力が過剰すぎでは? 御坂様に加勢した方がいいような」

 

「第四位と大能力者(レベル4)なら美琴でも十分完封ですわ。むしろ、木原数多は大能力者(レベル4)が二人がかりでも勝てるか怪しい化け物。……油断していると足元を掬われますわよ、弓箭さん」

 

「…………了解」

 

 

 帆風さんや入鹿さんの実力を低く見るわけじゃないけどね。

 でも、ぶっちゃけ数多さんは俺達でも本気でかからなきゃいけない相手だからな……。実際のところ、二人がかりでも、こっちの作戦が終わるまでの時間稼ぎこそすれ彼を倒せるとは思ってない。ただ、それでも彼がこっちの戦闘に関わって来なくなるだけで、俺達の仕事は飛躍的にやりやすくなる。

 

 

「……各員、御武運を!」

 

 

 当麻さん達に声をかけ、俺達は『亀裂』の翼で空気を叩いて、木々の間を縫うようにしながら幻生さん達へ接近していく。

 上空では、幻生さんがプラズマのような光を巨大な刃の形に変えて振り回していた。その頭のすぐ上には──何か、天使の輪っかのようなモノが生まれていた。

 

 

『まずいな……』

 

 

 耳元に飛び込んできた通信は、徒花さんからのものだった。

 

 

「徒花さん? もう大丈夫なんですの?」

 

『そもそも私は継戦可能だと言ったはずだ。露出が見るに堪えないからと貴様が勝手に戻したんだろうが』

 

 

 徒花さんは不服そうにぼやいて、

 

 

『……森に馬場のヤツが忍ばせたロボットが幾つか配置されている。戦闘の役には立たんが、一応こちらからでも状況が分かるようにはなっている。が……まずいぞ。塗替の精神、()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「なんですって?」

 

 

 へ……変質!?

 

 

「というか、そんなこと分かるんですの!?」

 

『もちろん門外漢だ。正確な情報じゃあないことは頭に入れておけ。だが……これでも私はプロの魔術師だ。魔術サイドにも繋がりのあるお前なら、『死者に関する魔術』と言えば分かるか? 専門外なりに、魂の状態が人に近いかどうかくらいは判断できるさ』

 

 

 ってことは……。

 ……憑依。…………魂…………変質。

 

 

二乗人格(スクエアフェイス)……! それも、失敗しかけてる!!!!」

 

 

 確か、徒花さん曰く俺達の場合は魔神にも手が届くって話だったはずだ。

 なら逆に今の幻生さんの『天使並』は出力が低すぎて辻褄が合わない。無理やり辻褄を合わせようとするならば、幻生さんの『二乗人格(スクエアフェイス)』が不十分で、そのせいで失敗しつつあるって可能性が一番高い!

 そういえば、幻生さんの『遺産』とやらを頼りに動いていた垣根さんだって、あのまま行けば林檎ちゃんって子をダメにしちゃいかねなかったんだ。もととなる知識を扱う幻生さんが同様の事態に陥るのは、考えてみれば至極当然!!

 

 

「──隙が、できたねー」

 

 

 と、そこで上空の戦局が動いた。

 声に反応して見上げると、多層に展開されている波紋のような『光の刃』への対応で一瞬動きを止めたもう一人の操歯さんの真上に幻生さんがいて──

 

 

「随分頑張りはしていたけど、所詮は詰将棋。悪いけど、邪魔な『中身』はすり潰させてもらうよー」

 

 

 ズッドンッッッッ!!!! と、幻生さんの右腕全体に重なるように発現された巨大な『光の杭』が、もう一人の操歯さんを飲み込んだ。

 

 

「やば……っ!?」

 

 

 もちろん、攻撃の影響はそれだけにとどまらない。

 天使の一撃が山にぶち込まれたのだ。少なく見積もって、土砂崩れが発生しうる。先ほど降ろしてきた当麻さん達が巻き込まれる可能性を考えて、俺達はすぐさま降り立って『亀裂』を使って山の斜面を補強しようとするが──そこまでやって、気付く。

 山の斜面に天使並の出力の『杭』が撃ち込まれたなら当然発生する、『地表を舐めるような衝撃波』が発生していないことに。

 

 いや、そもそも。

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「なん、だ……? それは……」

 

「……やれやれ。随分と面倒な機能を取り付けられたものだな、私も」

 

 

 そこに至って、光のような衝撃波のような『何か』の応酬が一旦止んだことで、俺の目にももう一人の操歯さんの姿が正確に見えるようになった。

 まるで、天女のようだった。

 何らかの白い植物のようなモノで作られたと思しき羽衣のような衣装を身に纏うその姿は、彼女が機械とは誰にも思わせないだろう。

 褐色の肌も、白い髪も、単に生態がことなるというだけで、『そういう生き物』──そんな自然さしか感じさせない。……ある一点を除いては。

 

 もう一人の操歯さんの背中は、『開花』していた。

 たとえるならば、巨大な金属の花弁。メタリックな赤の巨大な花と、おしべやめしべのようにも見える銀色の金属棒の数々。

 あまりにも生物的な印象のせいで生き物の一部分のように見えてしまうが、もう一人の操歯さんの本質が機械であることを踏まえれば、それらの機能はこうも形容することができるだろう。

 『何か』を受信するためのパラボラアンテナのようだ、と。

 

 

《嘘、だろ……! ()()()()で……!?》

 

 

 俺は、俺達は()()()()()()()()()()

 

 そして、だとすれば、操歯さんが『天使』級の力を扱っている幻生さんを圧倒できているこの現状にも説明がついてしまう。

 何故なら。

 大きく広がった花弁を背負うもう一人の操歯さんは、全身に紫電を帯びているのだから。

 

 

《……ミサカネットワークですわ……》

 

 

 レイシアちゃんが、呻くように言った。

 

 

《木原数多! あのマッドサイエンティスト、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!!》

 

 

 ……恐ろしいことに、俺もおおむね同意だよ!!

 一〇〇%機械で作られた人間。そんなお題目を聞いた時、俺は確かに頭のどこかで『その技術』との関連性を考えた。脳幹以外を全て機械で構成された能力者サイボーグ。自身の肉体の内部構造を改変することで能力の『噴出点』を自分に誘導し、それによって学園都市中のあらゆる能力を拝借する機能。

 数多さんはおそらく、もう一人の操歯さんを改造して、そんな機能を後付けした。

 もちろん、一〇〇%恋査さんのそれを再現しているわけじゃないだろう。時期的にもそれが可能な技術力があるかどうかは疑問だし。だが、ダウングレードした技術なら?

 第三位に限定した能力サイボーグ技術なら十分に可能だろうし、第三位を利用したミサカネットワークへの接続と大幅な能力の出力強化は既に幻生さんが大覇星祭で実践している。美琴さんの意思が関係ない分、心理掌握(メンタルアウト)の制御を奪う必要もない!!

 能力を拝借することができるなら、これは既存の技術でも十分に実現できる範疇なんだ……!

 

 あの大覇星祭の時の美琴さんの出力なら、確かに『天使』並の出力を持つ幻生さんを押せていても違和感はない。むしろ今の幻生さんは徐々に崩壊に向かっているらしいんだから、この分だと『残り時間』は俺たちが想定していたよりもずっと短いかもしれない……!

 

 ……そしてもし、もう一人の操歯さんが、美琴さんの能力をあの出力で運用しているのだとしたら。

 

 

 ………………!

 

 

 俺達は、即座に上空へと舞い上がった。

 

 

 


 

 

 

 ──差は歴然だった。

 

 第四位と大能力者(レベル4)

 接近戦と遠隔戦の両面からの戦いは、確かに大概の敵に対して優位に立てるだろう。だが、迸る紫電の盾で絶滅の極光を受け流し、窒素の白兵戦には砂鉄の腕で互角以上に立ち回る第三位の能力の前では、二人の攻撃は聊か『手数』に不足があった。

 

 

「ふう……ッ! ほんっと、圧が凄いのよアンタ……! もうちょい爽やかに戦えないの!?」

 

「っせえなあクソガキがァ! チマチマこっちの攻撃の軌道捻じ曲げた程度で勝ち誇ってんじゃねえぞォ!! 真剣勝負しなさいよ! 負けんのが怖えぇのか、あァ!?」

 

「いや、威力特化のアンタに攻撃力勝負を挑むわけないでしょ……」

 

 

 何度目かの原子崩し(メルトダウナー)を捻じ曲げながら、美琴は麦野に生まれた隙を背後に忍ばせた砂鉄の鞭で突こうとして────

 

 

「……がッ!?」

 

 

 その瞬間、耐えがたい頭痛に苛まれ全ての能力が解除された。

 能力行使の空白はほとんど瞬きの間のみ。美琴はすぐさま磁力を用いて自身の身体を戦闘域から遠ざけて態勢を整えたが──しかしその一瞬の異常を見逃すような愚挙は、敵もおかさなかった。

 

 

「……あらァ? どうしたのかしら、第三位ィ。随分辛そうだけどよ」

 

「別に……! アンタらがあまりにも歯ごたえなさすぎだから、ついつい眠気で能力の制御を間違っちゃっただけよ……!」

 

「あ、そう。なら眠気覚ましにコイツでも食らいなァ!!!!」

 

 

 見え透いた強がり。麦野は美琴の挑発には拘泥せず──自分と絹旗の波状攻撃によって演算処理の限界を迎えたものと現状を好意的に解釈し──原子崩し(メルトダウナー)の双腕を振り下ろす。

 刹那の猶予の中で、美琴は策を巡らせるが──

 

 

(頭痛がひどい……! このコンディションじゃ磁力による移動であの攻撃を回避できない……!? なら砂鉄……ダメ! どう考えても守り切れない! 砂鉄であの女を突き飛ばせば、照準を……いや駄目だ! アイツ、空気を操る方を近衛に置いてる! …………っ!!)

 

 

 能力による回避は不可。瞬時にその事実を認めた美琴は、一縷の望みを賭けて全能力を原子崩し(メルトダウナー)のパリィへと注ぎつつ、生身で走って攻撃範囲から少しでも外れようとする。

 

 

「あっはっはっは!! なんだその無様なザマはよぉ! いいぞもっと可愛くケツ振って私に媚びろ! 興が乗れば命だけは助けてあげるかもねぇ!?」

 

 

 あくまで、無慈悲に。

 麦野が光の双腕をまるで断頭台(ギロチン)の刃のように振り下ろしきる、その直前だった。

 

 

「…………どうやら、ギリギリ間に合ったようですわね」

 

 

 振り下ろされた絶滅の光腕の下に、手負いの第三位はなく。

 

 代わりに、その上空。

 白黒の翼を背負う令嬢が、美琴のことを姫抱きにしていた。

 

 

「……危なかったわ。ありがと、シレン、レイシア」

 

「アナタの不調のカラクリについてもこちらは把握していますが、そちらは後」

 

 

 美琴を地面に降ろしたレイシアは、目下最大の敵に目を向けながら言う。

 

 

「……第四位はわたくしが受け持ちます。もう一人の方は任せて大丈夫でして?」

 

「ナメられたもんね。いくら手負いでも、アイツくらいなら何とかしてやるわよ」

 

「こっちも超ナメられたもんですね。慢心した手負いの超能力者(レベル5)なんて、超簡単に転がせますよ」

 

「よぉ、結局戻ってきたみたいねェ裏第四位(アナザーフォー)

 

 

 好戦的な笑みを向けられたレイシアは、ゆっくりと腕を組みながら眼前の敵を見据える。

 戦闘は不可避。ここに至り、レイシアもまた覚悟を決めたようだった。即ち──第四位との、完全決着の覚悟を。

 

 

「おまたせしました。さあ、再戦と行きましょうか。第四位」

 

 

 第四位と、裏第四位(アナザーフォー)

 

 不純物の混じらない、純粋な二人の能力者の衝突が、今、始まろうとしていた。


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