【完結】とある再起の悪役令嬢(ヴィレイネス) 作:家葉 テイク
──まず目についたのは、倒れ伏す徒花さんの姿。
徒花さんのメイド服はなぜかビキニよりちょっと大きいくらいの布面積くらいまで引き裂かれていた。そこまで破れていて肉体の方には目立った外傷の方がないのが不思議だが……ひょっとしたら純粋な殴打によって破かれたのかもしれない。どんな膂力と肉体の耐久度だよ。
「当麻さん」
「はい」
「目を瞑る」
「はい」
気を取り直して。
徒花さんと相対していたのは──二人の常盤台生だった。
一人は俺もよく知っている。常盤台最大派閥のナンバー2、帆風さんだ。
彼女もまた服の各所がビリビリに引き裂かれている。おそらく、徒花さんのマクアフティルに引っ掛けられたとかだろう。服が破れたところから覗く素肌に擦り傷めいた跡があるから、多分間違いない。
そしてもう一人。
こちらは馬場さんからの情報共有で素性が分かった『以前の事件』の登場人物の一人だ。
名前は弓箭入鹿さん。常盤台の三年生で、弓道部の部長をしている。『以前の事件』で食蜂さん誘拐を企てた犯人の一人だけど、主犯の北条彩鈴(この人も常盤台の三年で、
確かこの人も、俺たちがニアピンした例の
っていうか、弓箭入鹿さんの時点で気付くべきだったな……。多分、『スクール』のスナイパーさん──弓箭猟虎さんは、入鹿さんのご姉妹なんだ。
だから参戦した、というのは分かるけど…………しかしなぜ、徒花さんが二人に倒され、あまつさえ猟虎さんが庇われているんだろう???
「──そこまでです!!」
ともあれ、このままだとなんか収拾がつかなさそうなので、俺はそう言って徒花さんのことを助け起こす。
なんか帆風さんと入鹿さんがぎょっとしているようだが、俺的には徒花さんの味方だからね。
「(ば、馬鹿野郎……! 察しろ……! お前はそっち側じゃないだろ……!)」
…………???
なんか徒花さんが言っているが、言っている意味がよく分からない。雇い主なんだから帆風さん側に行くわけにはいかないでしょ。
どうせ何かしらの行き違いがあるんだろうし、その誤解をとかないことにはもっとややこしいことになるだけだろ。
《……ははーん?》
《レイシアちゃん? 何かわかったの?》
《うーん……。多分分かりましたけど、まぁシレンは今のままで良いですわ。徒花のヤツなんかいろいろと余計に気をまわしているようですが、こんなもの過保護を通り越して無粋の域ですわ》
レイシアちゃんは呆れを滲ませながら心中で囁いて、それから肉体の主導権を握った。
帆風さんと入鹿さんは臨戦態勢のようだけど──
「アナタ達。何か誤解しているようですけど、今回の悪者は『そっち』ですわよ」
と、何やら非常に平易な状況説明を開始した。
「………………へ???」
肩透かしを食らったのは当然ながら帆風さんサイドだった。
まぁ、今まで猟虎さんを守るために戦っていたようなものだろうからね。何やらじわじわと顔色が悪くなりつつある帆風さんを尻目に、レイシアちゃんは続ける。
「そもそも今回の戦闘のきっかけは、わたくしの元・婚約者である塗替斧令がとある研究者に肉体を乗っ取られたことに始まります。わたくし達は塗替の肉体に致命的なダメージが入る前に救う方策を選びましたが、そこのスナイパー ──弓箭猟虎の一派は『とある研究者』の脳内にある情報ほしさに、塗替を犠牲にする方針を打ち出しました。よって、わたくし達は塗替を守るために戦っていたのですわ」
「そ、そそ、それって……」
「というか、弓箭猟虎はそれ以前にわたくし達に襲撃を仕掛けてきたりもしていましたわ。一回
「……………………、」
あ……沈痛な面持ちに……。
……? ってことは気付かずそのまま徒花さんと戦ってたってこと? 帆風さんが? 帆風さん、そんな問答無用な血の気の多さかな……? なんか妙な気がする。
「(ば……馬鹿野郎! これじゃ台無しだろうが!! せっかく私が悪役に徹していたというのに……!)」
──徒花さんが横からそう言ってきて、俺はようやく盤面の全貌が分かった。
おそらく──徒花さんが猟虎さんを倒したタイミングで、帆風さんと入鹿さんが合流してきたのだろう。
その時、徒花さんは猟虎さんが二人と親しい関係にあることを見抜き──猟虎さんが二人に保護される理由をつける為に、あえて自分が悪役を演じたってことなのかもしれない。
《……でも分からないな。二人に猟虎さんを保護させたいなら、普通に引き渡せばいいんじゃないの? 二人とも猟虎さんの為にあんなになってまで戦ってくれたんだから、十分それで受け入れてもらえるでしょ》
《分かってませんわねぇシレン。徒花はこう考えているんですのよ。『此処で二人に猟虎を保護させるのは容易い。だが、二人の救済を受け入れるには猟虎の魂は穢れ過ぎている』とね》
…………ど、どういうこと???
《シレンなんかは、誰だろうと救われるべき! って思考だと思いますけど……無条件に救いを提示されても、救われた当人の罪悪感はいつまでも後を引き続けるものなんでしてよ。わたくしがアナタによって整備された人間関係を、再度自分の手で清算したときのように》
…………あ、そっか。つまり……。
《徒花さんは、あえて自分が憎まれ役を演じることで、猟虎さんに罪の自覚を促したり、仲間の為に頑張る機会を与えた……ってこと?》
《その通りですわ。……ま、わたくしからしてみれば過保護を通り越して無粋の極みだと思いますが》
《ええ……? 確かに回りくどいし不器用ではあるけど、優しいと思うけどなあ、俺》
《おバカ!》
レイシアちゃんは俺の言葉を一喝し、
《もしも猟虎に精神的に償う機会を与えたいと思ったのなら──それはこんな一時の流れでどうこうするべきものではなくてよ! だって、あの二人はこの女の今までの悪行など全く知りません。そんな状況で果たされた贖罪など、何の意味もありませんわ!》
…………う。それは、そうかも……。
《やるなら、全部曝け出す。悪いところも汚いところも全部ぶちまける。その上で、沙汰を委ねる。罪を償う。それでこそ、贖罪です。…………こんなにも傷だらけになりながらも仲間を庇い立てするような女達が、その程度の穢れも受け入れられない度量だと思いますか? わたくしが『無粋』と言っているのは、そういう値踏みの浅さですわ》
……………………。
これは、全面的にレイシアちゃんの言うとおりだな。
「そ、そうとは知らず……。た、大変申し訳……」
「いえいえ。どうやらウチの徒花さんも分かった上であえて戦っ、」「まったくですわ! お陰でこちらは貴重な戦力の一つが完全にダウン状態ですわ!!」「レイシアちゃん???」
お……おま、レイシアちゃん! お前もしかして!
「い、いや私はまだ戦え、」
「だまらっしゃいこのエセ冷酷お節介女」
「え、エセ!?」
あ、徒花さんの制止もバッサリ……。
いやそりゃ、確かにここで
でもほら、二人とも言ってみれば食蜂派閥の人だしさ……。そこらへん勝手にやるのは、のちのちの禍根になっちゃうでしょ。……ああいや、それを言ったら食蜂派閥の人がウチの人員をのしちゃったわけだから、ここで何かしらを対価に手打ちにしておかないとそっちの方が厄介なのか……。
困った、レイシアちゃんのやり方の方が筋が通ってしまっている……。
でもなあ、基本的に無関係の一般人を俺たちの事情に巻き込みたくないんだよなあ……。
まあ、派閥のメンツ的に巻き込まざるを得ないのは確定なんだけど……。くそう、どうしてこうなった……。
「かくなる上は、アナタがた……『穴埋め』をする覚悟はできているんでしょうね? この狼藉を不問にする代わりに、今日は存分に働いてもらいますわよ。あ、食蜂にはちゃんと話をしておきますので」
「了解しました……」
「是非もなさそうですね……」
──かくして。
帆風さんと入鹿さん。二人の戦力が、俺達の仲間になったのだった。
あ、ちなみに徒花さんは負傷を抜きにしても衣装の損傷が激しすぎたので、倫理的な観点から一旦下部組織の人たち(女性)に回収されました。俺そういうのけっこう気にするからね。
もちろん、猟虎さんも連れて行ってもらった。もうアレ見て彼女を暗部に置いとくわけにはいかないからね……。
──それから五分ほど。
当麻さん、帆風さん、入鹿さんの三人を乗せて、俺達はもう一人の操歯さんが向かったという第二一学区のとある山の頂へ向かっていた。
ま、山頂って言ってもほんの標高二〇〇メートル程度の丘と山の中間くらいの散歩コースなのだが──山岳地帯ということもあり、このあたりは『火星からのメッセージブーム』で人通りが増えた第二一学区にあっても人があまり近寄らない場所だ。
だからこそ、もう一人の操歯さんもそっちへ向かったんだと思うけど……しかし、いまだにもう一人の操歯さんの目的が分からないなあ。いったいなぜ、彼女は研究所を脱走したのだろうか。
実験体として扱われたくない、とかだったら今の派手な攻撃力はむしろ逆効果のような気がするけど……いったい彼女はどこをゴール地点に見定めているのだろうか。
「今のうちに、現地に到着したときの動きを整理しておきますわよ」
空の旅路の途中、レイシアちゃんが背の『亀裂』の繭の中に格納している面子へ声をかける。
「まず、我々の目的は塗替斧令の開放。その為には木原幻生の『憑依』を解除する必要があります」
「…………、」
『憑依』の解除。その言葉を聞いた瞬間、帆風さんの身体が少し強張ったのが分かった。いや、そんなにあからさまではなかったけど……なんかちょっとぴくっと反応したんだよね。
「……帆風さん? 何か気になる点でも?」
「い、いえ……。しかし『解除』とは? そんな方法があるのでしょうか……」
「ん? ああ。多分俺の右手で触れば一発だな」
帆風さんの問いかけに、上条さんが何の気なしに答える。
芸のない回答だけど、まぁそれが一番の早道だよね。
「………………」
その言葉を聞いて、なぜか帆風さんは上条さんからそれとなく距離をとった。……なんで? いや、別にいいけど……。
《帆風も何かしらの異能を帯びている状態なのではなくて? 食蜂のバフをもらっているとか》
《あ~、ありえるかも》
そういう意味なら納得だね。しかし、憑依ってワードに反応した理由がイマイチ分かんないけど……。
「え、上条さんどうして今避けられたんでせうか……?」
「まぁまぁいいではありませんの。代わりにわたくしが寄ってさしあげますわ」「レイシアちゃん、距離感ッ!!」
「この人たち、本当に大丈夫なのかしら……」
閑話休題。
「ともかく。当麻が右手で塗替を触るのが我々の勝利条件。ドッペルゲンガー、木原数多などの障害もあります。この二つの駒は塗替と敵対しているようですが、フレンダや絹旗最愛がいたことを考えると、おそらく『アイテム』が介入してくることも考えられます」
「あいてむ?」
「アナタが倒した垣根帝督や、わたくしが倒した誉望万化、それと入鹿さんのお姉さんである弓箭猟虎なんかが集った少数精鋭の組織のことですわ。まぁ概ね悪の組織と考えておけばいいですわよ」
レイシアちゃんはおそらく意図的にそこはさらりと流して、
「まぁ、連中のリーダーはわたくしがボコボコにしてやりましたので、真っ向から挑んできたりはしないと思いますが……もしも来たら、今度は美琴に丸投げしましょう」
「御坂様もいらっしゃるのですか?」
悪そうな顔をして言うレイシアちゃんに、帆風さんが首を傾げた。
ああ、そっか。美琴さんがいるって話はまだしてなかったな。というわけで俺は頷いて、
「ええ。美琴さんは当初よりドッペルゲンガー……もう一人の操歯さんを追いかけていたようです。おそらく、彼女ももう一人の操歯さんを追って山頂にやってきているはず。合流したら連携できるように準備しておきましょう」
「わたくしは……知っての通り、徒手空拳しかできることはありません。おそらく、塗替様に取りついているという木原様に対抗することは難しいでしょう」
「わたくしは波動を操ることができますが……帆風さんでも厳しい相手をどうこうするのは難しいでしょうね」
そう言って、帆風さんと入鹿さんは渋い顔をする。
二人とも
今回の幻生さんはなんかもう天使くらいの出力を出してる気がするから、どうしても防御性能がないと辛いよなあ。
「幻生さんともう一人の操歯さんについてはわたくしと当麻さんでどうにかしますわ。むしろ、お二人にはその間、わたくし達が戦いに集中できるよう他の敵を排除してもらえれば」
(いたら)麦野さんの相手は美琴さんに任せるとして、他にも数多さんとか絹旗さんとか放っておいたら大変な人たちはいっぱいいるからね。
ただでさえ幻生さんともう一人の操歯さんの相手をやるだけで精一杯なところに二人からちょっかいなんてかけられた日には……。…………マジで二人の協力を取り付けておいてよかったな。これ二人がいなかったら最悪俺達死んでたかもしれないぞ。
「承知しましたわ」
「了解」
二人が頷いたあたりで、ちょうど俺達も目的地についたようだった。
無事山頂のちょっと下までやってきた俺たちは、そのあたりの茂みの中に隠れるようにして着地する。……もしも山頂に麦野さん達がいた場合、ふわっと飛んで来たらもう狙い撃ちしてくださいって言ってるようなもんだからな。
さて、山頂には……よし、誰もいないな。
美琴さんはどうだろうな。入れ違いにはなっていないと思いたいけど……電話してみようかな?
「あ! アンタ……」
と、そこで美琴さんの声。
そっちを見てみると、ちょうど山を登って美琴さんが来ているところだった。どうやら、マスクの人はいないようだが……。やっぱ暗部組織だから途中で撤退したのかな?
「美琴さん! マスクの方はどうしました?」
「ん? ああ、あの子ね。今は別行動。ドッペルゲンガーの動向を追ってもらってるわ」
あら、意外。まだちゃんとナビゲート役はやっていてくれたんだ。
「…………それより。
…………え?
美琴さんの言葉に悪寒を感じた直後だった。
地面を抉りながら、山頂から俺達目掛け絶滅を意味する光条が浴びせかけられた。
……俺がその場で全力退避しなかったのは、その一瞬前に美琴さんが俺たちの盾になったのを確認したからだ。
バヂヂィ!! と青白い火花を瞬かせながら、美琴さんは降り注ぐ
……
「……そっちからお出ましとはね。せっかく山頂に陣取ってたんだし、もうちょっと待っててくれてよかったのに。それとも待ちきれなくなっちゃったかしら」
「あァ? テメェらがチンタラしてっから迎えに来てやったんだろが。時間にルーズな女は男に嫌われるわよ、第三位ィ」
「………………ハァ? 何よ男に嫌われるからどうって訳私は別にそんなこと気にしないしっていうかアイツと待ち合わせし、」
「はいはい。緊張感がなくなりますわよ。……というか、あの第四位を前にしてよくそんな簡単にコメディに行けますわね……」
地雷を爆裂させて瞬間沸騰する美琴さんを抑えて、俺は彼女の横に並び立ち、山頂から降りてきた『敵』の姿を見る。
そこにいるのは、第四位──
並び立つのは、
そしてその背後に、数多さんともう一人の操歯さんの後ろ姿があった。
その姿を見て上条さんが声を上げる。
「……! 追いかけるぞ! このままだと見失っちまう」
「させると、思っているのかしら?」
くすりと。
笑みを零した麦野さんの背後から、滅びの輝きで構成された巨腕が
…………あの。
俺の気のせいならいいんだけどさ……。…………麦野さん、もしかして、なんか強化されてない?
「
……………………!!!!
「リベンジと行きましょうか、
ドッペルが木原数多によって強化されている以上、同じ陣営にいる麦野さんに手が加わらないわけがありませんよね?
……PSP版? いやぁそれは……。
◆
ところでこれはオマケです。
【挿絵表示】 |
画:かわウソさん(@kawauso_skin) |