【完結】とある再起の悪役令嬢(ヴィレイネス) 作:家葉 テイク
「な…………ッ!!!!」
その一言が与えた衝撃は、誉望の思考を少なからず空白に染めるのに余りあるものだった。
とはいえ、心のどこかで納得していた部分もある。それほどまでに、垣根と戦っていたツンツン頭の少年は、誉望にとっても計り知れない存在だった。
己の能力を打ち消されたときの衝撃は、今も思い出せる。もしもアレが
だからこそ、真実かどうかも本来は不明瞭、むしろ嘘である可能性が高い発言を、誉望は真っ直ぐに受け止めることができた。
そしてそのうえで、
「…………だからどうした。リーダーがダウンしたから俺が退くとでも思ったか。……逆だよ、逆。第二位が敗北した少年? そんなの、叩き潰すに決まってるだろ。だってソイツをぶっ潰せば、少なくともその勝敗においては、俺は第二位を上回ったって言えるんだからなぁ!!」
なお、誉望は状況を挑戦的な感情に変換する。
根本的に、誉望は己の能力に対して絶対の自信を持っていた。それは完膚なきまでに叩きのめされ、トラウマを植え付けられた垣根以外に対しては等しくはたらく。
だからこそ、『汎用性においてキャラが被る』というだけの理由で学園都市の第二位に喧嘩を売れたのだが。
そんな誉望に、しかしレイシアは眉根を寄せるようにして、
「ですが、アナタだって──」
──何かを言いかけた、その直後だった。
レイシア達の戦闘が繰り広げられている地帯より数百メートル離れた位置。
『
「な、んだ……!? アレ……!!」
「…………嘘でしょう……!? まさかあれほどの……覚醒ですの!?」
レイシアが口走った言葉は、第三者から見ればフィクション的な出力の向上をさしていると認識されるだろうが──違う。
実は、旧約一五巻において、
上条に追い詰められたことで、今回それが偶発的に発生したのではないか──レイシアはその危険性を考慮しているのだった。
もっとも、今回に関してはそのような事態ではなく、単に蜜蟻愛愉が莫大な激情によって一時的に能力を暴走させたときのような状態に近いのだが。
「……! 誉望さん、アナタはどうしますの!」
「ど……どうって、どういうことだ!?」
「アレですわよ! あんなものを出すということは、当麻さんは十中八九健在! というかさっきわたくしが用意しておいた『亀裂』を解除していらっしゃいましたから確実に健在ですわ!」
「お、おま……い、いつの間に……?」
「長話をしている最中ですわ」
つまり、アレはこちらの思考を揺さぶろうとしている──というより、上条のサポートをするための時間稼ぎをするためだった、ということなのだろう。
思わぬところで真実を知って愕然とする誉望を周回遅れにするような形で、レイシアは続ける。
「問題は! 当麻さんへの危機ではありません! 当麻さんであればあれくらいの能力は問題なく消せるはず。ただ……あれほどの質量の物質の消失。どう考えても、超強大な暴風が周辺を席捲するはずですわ」
「…………そしてその暴風を、あの少年は防ぐすべを持たない。同様に能力を打ち消された垣根さんも……そういうことか」
盤面が見えてきたからか、誉望は落ち着きを取り戻しながら、咀嚼するように言った。
そして、今度は嘲る様に、
「そりゃあ残念だったな。確かに垣根さんは俺たちのリーダーだが……悪いが、俺はあの人のことを守ろうと考えるような人間じゃない。あの人だってそうだ。この街の闇では、誰であろうと替えが効く。代替できる。あの人が死ねば、今度は俺が『スクール』のリーダーを引き継ぐだけさ」
「へえ。あの弓箭……という方も、同様に見捨てるというわけですか」
「……、なんだ? 何が言いたい?」
「誉望万化。
「…………お前、それは」
誉望の表情が、変わる。
それまでの単純な戦慄や恐怖とは違う。もっと深いものに踏み込まれた衝撃に。
その表情を見て、レイシアはゆっくりと表情を歪める。一般的にそれは、嘲笑と呼ばれる形の笑みだった。
「その前の段階で垣根帝督には敗北していたようですが、『スクール』加入は事故後と。おかしいですわね? 垣根帝督に敗北してそのまま『スクール』に加入したなら話は分かりますが……石英コネクタ技研の事故後に、『スクール』に加入していますわね?」
「……何が、言いたい」
「アナタは目的を持って『スクール』に加入した。そもそも、でもなければトラウマになるほどの恐怖の対象と同じ組織にいたいとは思わないでしょう。アナタの能力なら、死を偽装して逃げるなり、方法はいくらでもあるはずですわ」
「何が言いたいって言ってんだよ、テメェ!!!!」
ゴッッッ!!!! と。
激情をあらわにするように、『力』がレイシアを叩くが──それは白黒の『亀裂』によってあっさりと防がれてしまう。
そこでレイシアは僅かに沈黙した。
そして、切り替えるように小さく呟く。
「(……『掘り起こし』は終わりましたわ。詰めはおまかせします)」
「…………助けたかったんでしょう。『彼女』達を」
一歩。
レイシアは誉望との距離をゆっくりと詰める。
それは、彼女の『正史』の記憶があればこそできる推測だった。
──実は彼女は、別に誉望の記憶を読み取ったわけではない。
彼女は単に、彼女と通信を繋げていた馬場から目の前の敵に対する情報を集めていただけである。確かに暗部の中でも『スクール』の情報統制は凄まじい。だが同じく暗部の情報網を持ち、『木原』に関する情報すら抜ける馬場ならば、彼の能力から『表』の時代の研究関係を調査することは容易だった。そして彼が『表』から消え去ったタイミングを重点的に調査すれば、彼が『スクール』に加入する動機についてもある程度検討がつく。
『スクール』。『小説』における彼らの行動指針には、『ピンセット』と呼ばれる微粒子を観測する装置があった。
そして彼が関わった石英コネクタ技研では、被験者が能力の暴走によって微粒子となって拡散してしまっていた。
その二つに関連性を見出そうとすれば──彼が『スクール』に加入した動機はなんとなく察しが付く。
『ピンセット』によって、拡散してしまった被験者の微粒子を回収すること。それが、誉望の目的だと考えるのが妥当であろう。
なお、レイシアは知らないことだが、ドレスの少女──獄彩海美もまた学園都市との直接交渉権を目当てに垣根に協力している状況であり、スナイパーの弓箭猟虎も親船最中暗殺の役割を期待されていた節があることから、そもそも『スクール』は垣根が統括理事長との直接交渉権を獲得するために人員を集めていた組織である節がある。
そうした意味でも、誉望が『ピンセット』回収の為の要員であり、そこに彼の目的があるというのは最も確率の高い可能性である。
「…………違う。ふざけるんじゃないぞ。俺は、俺はただ……許せなかっただけだ! 自分の能力が関わった実験が失敗して、被験者が微粒子になって拡散するなんて……そんなの、俺の経歴に傷がつくだろ! それが許せなかった、ただそれだけで……!」
「だったらなんで」
短く切った言葉で、誉望の言葉はあっさりと止められてしまう。
それで止まるほどに、誉望の言葉には迷いが生じていた。
「だったらなんで、アナタは弓箭さんを庇うようにこの場に現れたのです? わたくしにやったような『暗殺』であれば、身を隠して油断したわたくしを狙っていた方が得策のはず。アナタが己の経歴のみを考える冷酷な性格なら、彼女は自分の目的の為に見捨てるのが普通ではなくて?」
「…………、」
そして、距離はゼロになる。
互いに触れ合えるような距離で、レイシアはふと、表情から険をとる。
「この提案に意味はありません」
それでありながら、レイシアはばっさりと、いっそ突き放すように言う。
「アナタがわたくしの手を取らずとも、わたくしは構わず二人のもとへ向かいます。そして、必ず救います。ですから、アナタが私の手を取ろうが取るまいが、現実には変わらないのかもしれない。その上でアナタの中に残っている善性に対して提案します」
レイシアは、ゆっくりと手を差し伸べながら、
「誉望万化。
──答えは、荒々しく掴み取った手で返された。
正直、めちゃくちゃ感情移入してしまっていた。
相手の弱点を探るために馬場さんにお願いしていた調査の一環で浮かび上がってきた、誉望さんの過去。
俺たちはそれを聞いて……このままにしてはいけないという気持ちを強めていたのだった。
確かに誉望さんは暗部の人間で、これまでいろんな人たちを殺してきた悪人だ。でも、更生のチャンスはいつだって用意されているべきだと思う。かつてレイシアちゃんや塗替さんがそうであったように。
だから、何とか話ができる状態で戦闘不能にして、塗替さんのことも含めてなんとかならないか話し合えないかと思っていたんだけど……。
そんな時に、あの超巨大な翼だ。一刻の猶予もないと判断した俺たちは、まずレイシアちゃんの舌戦で誉望さんの心のガードを下げてもらって、その上でなんとかこっちが推測できる材料をもとに説得をしてみたのだが……結果として、なんとか、本当になんとか誉望さんと手を取り合うことができた。
まぁ、この程度で誉望さんが更生できたなんて思うほど、俺は甘っちょろくないけどさ。でも……確かに手を取ることができたんだ。この経験は、誉望さんにとっては大きな一歩なんじゃないかと思う。
今すぐには無理でも、これから起こるであろう暗部抗争で、こういう小さいところが何か影響をもたらしてくれればいいんだけど……。
「…………チッ。何だよ結局色ボケじゃないか…………」
……うん、現実逃避はそろそろやめようか。
分かり合えたはずの誉望さんは今、俺達に対して絶対零度の視線を投げかけているのだった。いやいや、かなり厳しいものがあるよ。うん。
そう──
いやいやいや、カッコイイやりとりをすることで何とか誤魔化していたんだけど……恥ずかしいよ、これ。しかも空飛んでるからすぐ手放すわけにもいかなしね……。上条さんが吹っ飛ばされた直後でまだ気づいていないのが不幸中の幸いだ。気付かれる前に下ろしておかないと。
……ええと、『亀裂』を空中に展開して、そこに上条さんを下ろして……
「ん? そういえばこの柔らかいクッションは……」
「あ゛っ」
「う、うおおおおああああああああああああ!?!?!?」
ぎゃ!? 当麻さん、暴れないで!!
咄嗟に離れようとした当麻さんをうっかり取り落としそうになり、俺は慌てて態勢を立て直そうとして──
バギン、と。
暴れた拍子に動かした手が、偶然『亀裂』の翼に触れてしまったのだろう。
推進力を失ったことで安定を失った俺と上条さんは、そのまま上条さんを下にして自由落下を開始してしまう。
──まずい!!
慌てて真下に『亀裂』の道を展開し、落下の被害を最小限に抑え──うおっ!! 右手が『亀裂』に触れそうに!?
慌てて俺は上条さんの右手を両手で覆いこみ、『亀裂』に触れないようにする。
……よし。『亀裂』は……消えてないな。危なかった……。さすが上条さん。ただの不幸のせいで危うく落下死するところだった。
「…………なあ。そろそろ俺、帰っていいか?」
そこで、心底あきれたような声色の誉望さんの声が聞こえてきた。
いやまぁかなりコメディだったので、呆れられるのはやむなしかな……。と考えたところで、俺はふと今の自分の態勢に思い至った。
条件一。俺たちは『亀裂』の道の上にいる。
条件二。もともと俺の胸元に顔面をうずめる形だった上条さんと俺は、向かい合う形でいる。
条件三。落下時の体勢変化により、上条さんは俺の下敷きになっている。
条件四。俺は上条さんの右手が『亀裂』に触れないよう、両手で右手を覆い込んでいた。即ち、両手で受け身をとっていない。
これらの条件を入力した結果、何が出力されるか。
……そう、胸で顔面を圧し潰される上条当麻、という絵面だ……。
「かっ上条さん!? 申し訳ありません!! 大丈夫ですか!? 頭とか打って……」
「べ、べぶびば、ぼべぼび……びび、びびば……」
「ちょっと喋らないでくださいましくすぐったいですわ!!」
「…………なあ、マジで帰っていいか? なんかちょっと悲しくなってきたんだけど。この状況で垣根さんがもし目を覚ましたら、俺どういうリアクションすればいいんだ?」
そんなこんながありまして。
「…………誉望さん」
上条さんに『亀裂』を消されないように右手を掴んだまま上条さんを助け起こしてあげたりして、俺達は改めて誉望さんと視線を向ける。
対する誉望さんは、すでに垣根さんを抱えたまま踵を返そうとしているところだった。
「あ! おい、お前……」
事情を知らない当麻さんは慌てて誉望さんを呼び留めようとするが、誉望さんは疲れたように溜息をついて、背中をこちらに向けたまま言う。
「撤退だよ。大将がやられているんだ。これ以上抗戦したってダメージが広がるだけだろ。……だが、木原幻生の記憶は諦めない。紅林檎のこともあるが、ヤツの『遺産』には貴重な情報が転がっているだろうからな」
「そうですか。何か協力できることがあれば、言ってください。わたくしにできることなら手伝いますわ」
「…………、クソったれ」
それだけ吐き捨てて、誉望さんは垣根さんを抱えたまま飛び去ってしまった。
彼が弓箭さんを見捨てるとも思えないから、おそらくはひとまず垣根さんを安全な場所に置いておくか、どこかで待機している
……あ、そうだ!! 弓箭さん!!
こっちの戦闘は終わったし、徒花さんと弓箭さんの戦闘に加勢しないと!
慌てて俺は耳元の無線通信を呼び起こし、馬場さんへ連絡を取る。
「馬場さん、徒花さんの状況はどうなっています!?」
『あ、ああ。それが……少し、というかかなり想定外の展開になっていて……』
馬場さんの口ごもり方は、そのまま彼の困惑を示しているようだった。
そして馬場さんは、幾つかの事実を俺たちに伝え────
「はぁ!?!?!? な、なんで『あの人たち』が…………此処に!?」