【完結】とある再起の悪役令嬢(ヴィレイネス)   作:家葉 テイク

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九二話:二八万七五〇〇分の一の天才

「確かに、お前は超能力者だ」

 

 

 誉望さんは、まるで負けを認めるみたいに苦々しい表情で、絞り出すように言った。

 しかしそれが敗北宣言でないことは、目の前に立つ俺達が一番よく分かっている。だって目の前の彼の眼の光は──ただの負け犬には絶対に宿らない。

 アレは、今から逆襲してやろうって腹の奥底で下克上の炎を燃やし続けている、そんな人間にしかできない眼だ。

 

 

《危険、ですわね》

 

《あ、レイシアちゃんもそう思う?》

 

 

 自然と、俺達はさらに警戒を強めていた。

 今の彼は、あの時スナイパーさんと一緒に倒したときの彼とは別人と考えた方がいい。

 

 

「だが、それが勝敗を決めるわけじゃない。この戦闘の結果を確定するものでも、ない」

 

 

 何か数値で見える予兆があるわけじゃない。

 脅威度で言えば、頭数が減った分今回の方が下回っていると言えるのかもしれない。

 

 

《そりゃあもう。何せあの目は──》

 

 

 でも、そういうことじゃあないんだよな。

 

 

《──かつてのわたくしの眼と、同じですから》

 

 

 大能力者(レベル4)

 

 触れた固体に『亀裂』を走らせる能力。

 

 レイシア=ブラックガード。

 

 我武者羅で、無茶苦茶で、それゆえに他者を顧みず、しかし無鉄砲に一直線に上を見ていた時の、我儘な少女を思わせるような──そんな狂暴な勢いを伴っていた。

 

 

格下(レベル4)と、侮るなよ」

 

 

 確かに、あの時のレイシアちゃんは失敗した。

 だが、それはあの時のレイシアちゃんが無害だったという意味にはならない。むしろ失敗するような不安定さを持っていたからこそ、相対する者にとっては脅威だったはずだ。

 勝つことによって、己の強さを証明する。 

 その意思を固めて相対している彼はその為に我が身をも顧みない危うさがあるが──それは逆に、捨て身で窮鼠猫を噛む危機感を俺たちに与えていた。

 

 

「…………」

 

 

 俺達は耳に取り付けられた小型無線の存在を意識しながら、ぐるりと誉望さんの周囲を回るように飛行する。

 これは、間合いを図るためだ。誉望さんが高位の念動能力(テレキネシス)の使い手なら、まず間違いなく光学的な方法で自分の姿を偽装してくるはず。

 気流への干渉をしてくる以上、気流感知すらも誤魔化される可能性があるからな。周辺をぐるっと回って光学的な走査をしつつ、同時並行で気流感知もすることで誉望さんの出方をうかがっているわけである。

 あとはまぁ、時間稼ぎというか……。

 

 

「……どうした。来ないならこっちから行くぞ」

 

 

 誉望さんの言葉と同時に、地面が割れた。

 

 バギゴギベギバギバギ!!!! と、まるで地球が骨折しているかのような──なんて意味の分からない形容が脳裏をよぎってしまうような凄絶な音と共に、一本五メートルほどの『岩の槍』が十数本も誉望さんの周りを漂い始める。

 地球の周囲を回る月のようにぐるぐると回転していたそれは、やがてそれぞれが回転運動の速度を上げていく。

 

 

「確かに、大能力(レベル4)の出力には限界がある。どう足掻いても超能力(レベル5)には届かない。だが、それは別に俺に超能力(レベル5)並の一撃が繰り出せないってことにはならないんだぞ」

 

 

 言葉の間にも、『土の槍』の加速はどんどん上昇していく。

 あの速さは……音速も、軽く越えている!? バカな、そんな速さじゃ『土の槍』が自壊して……いや違う! 『土の槍』自体も念動能力で保護されているから、無茶な加速をしても大丈夫なんだ!

 

 ……いやいやいや、そもそも、あの加速はどういう理屈だ!? あんなの明らかに大能力(レベル4)の範疇を超えてないか!? 美琴さんのレールガンよりも加速してないか!?

 …………っ!!

 

 

 危険を感じた俺達が、高位次元を切断して『残骸物質』を発現した次の瞬間。

 

 大気全体を巻き込んだような揺れが、周辺一帯を襲った。

 

 ……念のため展開しておいた音波アーマーがなければ、多分今頃俺達の鼓膜は破れていたことだろう。『轟音』が音としてではなく空気の波として肌を叩く感覚。こんなもの、並の能力者が出せるものじゃない。

 

 そして──

 

 

「…………見失った……!!」

 

 

 おそらく、あの渾身とも思える攻撃が俺たちに防御されるのも計算づく。視界確保を兼ねた透明の『亀裂』では防御力が足りないから、視界を捨ててでも白黒の『亀裂』や『残骸物質』での防御をするように、俺たちのことを誘導していたのだろう。

 あのいやに時間をかけた加速も、きっとそれが狙いだと思う。

 

 

《……シンクロトロン、かな》

 

《……おそらくは。円形加速と同様に、念動能力(テレキネシス)による制御を部分化することでその分のリソースを出力に回したのでしょう》

 

 

 内心での呟きに、レイシアちゃんが補足してくれる。

 

 円形加速器(シンクロトロン)とは、ようは荷電粒子を加速するための装置のことだ。

 粒子の加速に合わせて電磁場をコントロールすることで、粒子を限りなく加速させることができる。

 この装置は粒子そのものを『動かしている』のではなく適切に『力をかけ続ける』ことによって実現している。この考え方を念動能力(テレキネシス)に応用すれば、確かに今のような際限ない加速を実現することもできるだろう。

 

 きっと、凡百の能力者相手ならこれだけでも切り札となりえる。

 だが、それを使い捨ての目くらましにしてまで、誉望さんは己の身を隠した。これだけで彼の本気のほどが分かるというものだ。

 

 

「…………なるほど」

 

 

 レイシアちゃんが、まず口を開く。

 

 

「光学操作で肉眼で自分の姿が見えないように隠れ、さらに気流操作で姿かたちが分からないように風も操って隠れ潜んで……狙うは『暗殺』、かしら。高位能力者らしからぬなりふり構わなさですわね」

 

 

 つまりは、そういうこと。

 全身全霊で俺たちの注意を一瞬逸らし、その一瞬をフルに使って完全な隠遁を行う。そのための一撃だったのだ、さっきのアレは。

 実際、お陰で俺たちは完全に誉望さんの姿を見失ってしまったわけだが……。

 

 

無能力者(レベル0)だって、知恵を振り絞れば超能力者(レベル5)に打ち勝てる。特にこの街では、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()んだ。今の誉望さんが、そのラインに乗っているなら……》

 

《……ええ。それはそれは『危険』でしょうね。しかし、シレン。忘れていませんこと?》

 

 

 と。

 

 そこでブワッッ!! と、超音速で『残骸物質』と衝突したことによって粉々の土煙と化した『土の槍』が、独りでに動き出す。

 ……いや、独りでに動いたわけじゃない。これは正真正銘、俺達の能力による操作だ。だが、別に気流を操ったわけではない。

 俺たちが操ったのは、もっと細かいもの。……音波。

 

 

《わたくし達だって、ただ黙って坐すだけのボスキャラクターではありませんわよ!!!!》

 

 

 レイシアちゃんは内心で俺にそう呼びかけながら、超音波による念動能力(テレキネシス)で莫大な土煙そのものを直接操作する。

 なるほど……! これなら気流による妨害を無視して直接空間に色付けを行える。そして、空間全体に色がつけば、必然的に光の歪みも明確化する。あとはそこを潰せばいいってわけだ。

 

 

「────見えましたわよッ!!」

 

 

 レイシアちゃんはそう言って、前方に人差し指を突き付ける。

 スローモーションの津波のように周辺一帯を押し流して広がる土煙の包囲網の一角。そこに人間大の大きさの空間の歪みがあった。

 その歪みは、ちょうど人間が走る程度の速さで近くの茂みに隠れようとしている。

 

 レイシアちゃんはニッと笑って、

 

 

「フン、なかなか惜しかったですわね。茂みの中ならば気流の複雑さから、ある程度不自然でもそこに人がいるとは分かりづらい。アナタの隠遁もより盤石だったでしょうが……わたくしの前では、遅かったようで、」

 

 

 ボバッッッッッ!!!!!! と。

 

 言葉の途中。

 まるで地雷が炸裂したときのように、俺たちの足元の地面が、ゼロ距離で『爆発』した。

 

 


 

 

 

第三章 魂の価値なんて下らない Double(Square)_Faith.

 

 

九二話:二八万七五〇〇分の一の天才 Level_5.

 

 

 


 

 

 

「ハァ…………! ハァ…………! これで、どうだ……!?」

 

 

 土にまみれながら、誉望は穴の中から空を見上げていた。

 仕方がないとはいえ、先ほどから能力の多重運用が多すぎる。応用の使い分けについては頭の演算装置によって整理しているのでまだ何とかなっているが、それにしても頭脳の負担が大きすぎる。

 せめて、これで手傷を負わせられればいいのだが……。

 

 そう考え、能力で土煙を払った誉望は、そのまま即座に逃走態勢へと移行した。

 

 

「危ないところでしたわ。わたくしが『一人』であったなら、負けていたところですわね」

 

 

 天高く。

 白黒の翼を展開したレイシアは、そう言いながら危なげない表情で誉望のことを見下ろしていた。

 まるで、地の下を這う誉望に見せつけるかのように。

 

 

 ──読み合いにおいて、誉望はレイシアに勝利していた。

 

 誉望の作戦はこうだ。

 

 まず、シンクロトロンを参考にした念動加速力場(コライダー)を使って加速した『土の槍』を、レイシアにぶつける。

 威力だけなら第三位の一撃をも上回るが、この程度で裏第四位(アナザーフォー)を倒せるとは最初から思っていない。その真価は、副次的に発生する大量の『土煙』にあった。

 

 大量の土煙によって身を隠した誉望は、念動能力(テレキネシス)を使って地面に潜ったのだった。

 そして同時に、大量の土煙はレイシアによって逆用されるのも計算に入れていた。気流と目視、両方の索敵手段を奪われたレイシアが土煙によって空間を『色付け』する作戦に出るように誘導することこそ、土煙の真の目的である。

 あとは簡単。地上に適当な速さで茂みに向かう力場を展開してデコイとしつつ、自分は慎重に地下を掘り進めてレイシアの真下へ移動。あとは油断しきっているレイシアをゼロ距離で攻撃する──という算段だったのだが。

 

 

「クソ…………! 二重人格(ダブルフェイス)か……!!」

 

 

 シレン=ブラックガード。

 おそらくは、彼女のもう一つの人格が、常に一定の警戒を払っていたのだろう。まったく二重人格のセオリーを無視したふざけた体質だが、実際に彼女はそれで二重人格のセオリーを無視して能力を向上させ、超能力(レベル5)認定に至っているのだ。

 誉望の上司の言葉を借りれば──『常識など通用しない』というわけである。

 

 

「いいえ。二乗人格(スクエアフェイス)ですわ」

 

 

 逃走する間もなく。

 攻撃を防御され、想定外の事態にさしもの誉望も忘我していたその一瞬、隙だらけの誉望の横腹に、拳か何かと錯覚するほどの強烈な暴風が叩き込まれた。

 まるでボディブローがクリーンヒットしたときみたいに、誉望の体がくの字に折れ曲がる。

 

 

「ごぼっ…………ぐほ! ぐは! かはっ! はっ、はっ、かひゅっ……」

 

 

 たまらず地を転がり、レイシアから距離を取ろうとする誉望。

 しかし、レイシアも逃すつもりはないようだった。

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

 

 ドゴォッ!!!! と。

 誉望の腹に、少女のものとは思えない蹴りが突き刺さる。あっさりと誉望の体が浮き、そしてノーバウンドで数メートル吹っ飛ばされた。

 とっさに念動能力(テレキネシス)でガードしていなければ、腹の脂肪や筋肉を突き抜けて臓器や骨が破壊されていたことだろう。……もっとも、レイシアもガードされることを前提で放った威力ではありそうだが。

 

 

「…………一応念動能力(テレキネシス)の反応装甲を展開してたんだぞ……! なんでそんな涼しい顔してられるんだか……」

 

「なに、ただちょっと超音波のアーマーを展開していただけでしてよ。……というか、わたくしが素であんな威力の蹴りができるとお思いで? わたくし、第四位ではないのですが」

 

「……実質第四位だろうが。ややこしいな……」

 

 

 へっと笑いながら、誉望は立ち上がる。

 全身に痛みはあるものの、ここまで攻撃はある程度防げていた。まだ、戦闘は十分可能だ。

 つまり、通用している。

 もちろん、戦況は相手の方が優勢だ。だが、今回はこちらが攻撃を仕掛ける余裕すらあった。以前の戦いでは一方的に封殺されるだけだったものが、今は曲がりなりにも食らいつけている。

 差は縮まっている。誉望はそう確信する。

 

 

「──誉望、万化」

 

 

 そう思っていた誉望の思考は、目の前の敵が知る由もないはずの己の名前を呼ばれて一瞬だけ固まる。

 そして再起動する。一瞬という致命の間を、敵の前でさらしてしまった己の愚挙を悔やむ間もなく、誉望は己のダメージを軽減するために全身に力場の膜を展開するが──

 

 

「そんなに怯えないでくださいな、誉望さん」

 

 

 くすくすと、いたずらが成功した子供のように笑いながら、レイシアは地面に降り立った。

 先ほどまでの苛烈な戦闘者の笑みではない。見ただけで力が抜けてしまうような、そんな戦いとは無縁の人間の笑み。だが、それをこの局面で見せてきた違和感の方が、むしろそれまでの分かりやすい戦力よりも誉望に重圧を与えた。

 

 

「…………どうやってだ。どうやって、暗部の中でも屈指の情報強度を誇る『スクール』の人員の情報を抜いた?」

 

「さて、どうやってでしょう。ただ、好き勝手に情報を手に入れられるのは第五位の専売特許ではない……とだけ」

 

 

 ──それはつまり、人の頭を覗く手段を持っている、ということか?

 

 想像して、誉望は喉が干上がったかと思った。

 覚悟を決めて挑んでいなければ、喉が張り付いたような感覚で呼吸すらできなくなっていたことだろう。

 とはいえ、目の前の超能力者(レベル5)はこの機に畳みかけて戦況を確定するつもりはないらしい。誉望も少しでも時間を稼ぎたいという利害の一致から、下手に動かず会話を続けることにした。

 ……それに、仮に戦闘を再開するにしても、自分の思考を読んだ(ように見える)カラクリを暴かないことには、自分に勝機などないことも分かっていた。

 

 

「もっとも、下世話なのであまりやりたくはなかったのですが……。どうも、そうも言っていられないようでして」

 

「……どういう、ことだ?」

 

 

 すっかり雰囲気に呑まれつつある誉望に対し、レイシアは笑いかけるようにこう返したのだった。

 あるいはそれは──降伏勧告か。

 

 

 

「垣根帝督。アナタの上司ですが、いよいよ負けそうですわよ、ということです」


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