【完結】とある再起の悪役令嬢(ヴィレイネス)   作:家葉 テイク

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おまけ:第X章 世界を彩る純白の絵の具 ①

 ──その一閃は、まさしく確殺を意味しているはずだった。

 

 

「…………コイツも防ぐかよ、その右手」

 

 

 バギン!! と。

 直後、振り下ろされた白翼の一つが粉々に砕け散る。しかし、破壊はそれだけでは終わらなかった。

 

 

「な!?」

 

 

 破壊の波及。

 どういうわけか、一拍空いて三対の翼の全てがバラバラに砕け散ったのだ。一瞬にして丸腰になった垣根は、ただ右手を頭上にかざすだけだった一人の少年を見据える。

 音速を超える一撃を、ただの右手一つで跡形もなく消し飛ばした──化け物。

 

 

「気に入らねえな」

 

 

 垣根は舌打ちし、吐き捨てるように呟いた。

 滲み出た怒りの感情は、己の絶対の自信に瑕をつけられたからか、あるいは。

 

 

「その右手があれば、この俺を潰せるとでも? ──随分、この街の闇をナメていやがると見える」

 

 

 ズバァ!! と、一拍置いてまたしても三対の翼が展開された。

 だが、今度は上条を直接狙うことはしない。一薙ぎで散った無数の未元物質の羽毛が、放物線を描いた後で雨のように上条へと降り注ぐ。

 上条もそれをただ見ているだけではない。右手だけでは防ぎきれないことを悟るや否や、すぐさま駆け出して未元物質の雨の致死圏から逃れる。

 だが、垣根はそれを見ても笑っていた。

 

 

「解析するまでもねえな。幻想を殺す右手だと? ……右手を介してでしか何もできねえような雑魚が粋がりやがって。テメェを料理する方法なんざ、こちとら億万以上も取り揃えてるんだよ!!」

 

 

 ゴバッ!! と散った未元物質の羽毛が収束し、再度一つの翼として集結する。

 そして三対の翼が空気を叩くと、垣根の姿が一瞬にして掻き消え、そして上条の眼前へと移動した。

 

 

「異能しか、消せねえんならよおッ!!」

 

 

 垣根の移動に対応できない上条の腹に、垣根の蹴りが突き刺さる。肺の中の空気が一cc残らず絞り出され、上条の身体がくの字に折れ曲がるが──ここで止まれば、次に来るのは未元物質による死の一撃だ。

 内臓が不気味な音を立てて軋むのも構わず、上条はがむしゃらに垣根の脚を両腕で抱え、そして引き倒す。

 

「な……コイツ!? 怯みやがらねえ……!?」

 

「エリート様よ。路地裏の喧嘩は初めてか!?」

 

 

 バランスを崩した垣根は、動揺から態勢を崩し、上条への一撃を逸らしてしまう。

 その間に上条は垣根の上に跨り、垣根は攻撃に備えて両腕を上げてガードするが──上条が攻撃したのは、未元物質の方だった。

 

 

「…………テメェの能力は六本の翼の形状をとっているが、それぞれが別々のものってわけじゃねえ。御坂の『砂鉄の槍』が何本に枝分かれしようが根っこのところで一本化しているように、先端が分かれているだけで結局は一つの大きな能力なんだ!!」

 

 

 こことは違う歴史において、垣根は将来的に異能の分割管理という技能をマスターすることになる。

 だがそれは、能力の噴出点を複数設置できると認識するようになったことによるところが大きいと言えるだろう。現時点の垣根帝督にとって、未元物質は己から出力するもの。その前提があるからこそ、未元物質は常に翼の形をとっていたのだから。

 

 例外としてはレイシアの白黒鋸刃(ジャギドエッジ)があるが、これは彼女の能力が設置型であることが大きい。

 飛行時、彼女の『亀裂』が翼のような形態をとっているのは、そうするのが気流制御的に都合がいいというのと、『小説』にて多くの超能力者(レベル5)が『翼』を能力で形成していることを無意識に反映したものであり、あれ自体は厳密にいえば翼でもなんでもない。

 

 

「だからさっきは翼の一本に触れただけですべての翼が散った!! 幻想殺しによる連鎖破壊から逃れるためには、テメェはいちいち翼を分割して一旦制御を放棄しなくちゃならねえんだ!!」

 

「それがどうした…………無能力者(レベル0)ォ!!」

 

 

 ぐん! と垣根は勢いよく上体を起こし、上条の額に頭突きを食らわせる。思わず仰け反った上条を突き飛ばすと、垣根はそのまま立ち上がり、上条の顔面目掛け勢いよく足を振り下ろす。

 上条は思い切り身体をひねり、地面を転がって振り下ろされた脚から逃れるが──垣根の連撃はまだ終わらない。立ち上がった上条が見たのは、垣根の背中から三度三対の白い濁流が吹き荒れているところだった。

 

 

「喜べ、ペテン師。テメェのメッキ、学園都市第二位がじきじきに剥がしてやる」

 

 

 上条の背筋にチリチリとした嫌な感覚が走る。

 その感覚に従い、上条は考えるよりも先に眼前に右手を掲げた。直後、上条の右手に幾つもの光線が叩き込まれた。

 

 

(……ッ!? 能力が変わった!?)

 

 

 起きる現象に混乱している暇はない。先ほどまでの攻防によって発生した天文台の瓦礫の山に転がるように飛び込む。

 そしてその一瞬で、上条はとある光景を見ていた。

 

 

(…………光を打ち消したあと、飛び込む直前に見た垣根の翼は──完全に消えていた。あの攻撃には翼を使い捨てる必要がある……とかじゃないと思う。おそらく……光を通して、翼にまで幻想殺しの効果が波及したんだ)

 

 

 魔術に対して右手を使ったときには、何度か見たことのある光景である。

 たとえば、先日上条が戦った『女王艦隊』の中では、氷の鎧が振り下ろした棍棒に右手で触れただけで直接接着されているわけでもない氷の鎧本体までがバラバラに砕け散ったことがあった。

 あのときは、『異能の力によって変化し続けている』氷の鎧は破壊されたのに対し、『異能の力によって変化が終了している』船の壁については右手で触れても効果がなかった。

 つまり──未元物質による攻撃は、その能力によって現象を変質させているというより、未元物質を溶け込ませるような形で現象を『作り替えている』のだと考えられる。

 だから、光を通して本体である未元物質まで連鎖して消滅しているのだ。

 だが……。

 

 

(そんなの、アリか!? それってつまり、ありふれたそよ風に未元物質を溶け込ませるだけで不可視の殺人気流に変化させることだって可能ってことだろ!?)

 

 

 それは即ち、無限の手数を意味する。

 

 

「そろそろ気付いたかよ。……俺の未元物質はこの世に存在しねえ新たなる素粒子を生み出し操るってもんだ。まだ見つかってないとか、理論上存在するはずとか、そんなチャチなモンじゃあねえ。正真正銘、この世に存在しねえ新物質だよ」

 

 

 バッサア!! と垣根の翼がはためいたのが、音だけでも感じ取れた。

 

 

「そして、この世の物ではない素粒子が溶け込んだ世界は、この世のものではない挙動をする。光に溶け込めば殺人光線になるし、気流に溶け込めば得体の知れねえ暴風に早変わりだ。それから──こんなことだってできるんだぜ」

 

 

 垣根がそう言うが早いか、上条が身を潜めている瓦礫からボコボコと異音が発生した。

 素粒子の浸透。変質。そこから連想される現象に、上条は一瞬にして喉が干上がった。

 

 

「う……うおォぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッ!?!?!?」

 

 

 咄嗟に右手に頼らなかったのは、完全なる勘だ。

 ボコボコという異音から想像される攻撃が、一点集中というよりは爆発のような無差別の攻撃だったというだけ。

 だが、そのインスピレーションはこの土壇場において上条の命を救った。

 

 ゴバッ!!!! と。

 上条が飛びのいたと同時、上条が身を潜めていた瓦礫が火山のようにひと塊になって膨れ上がり、そして赤熱した溶岩をその場に撒き散らした。

 ──火山そのものが一つの『異能による現象』だとしても、飛沫ひとつひとつは分かれている。仮に右手で防ごうとしていたなら至近で飛沫を全身に浴びて黒焦げになっていたことだろう。

 最速で回避行動をとった上条にしても、無傷で終われたわけではなかった。

 

 

「……っがァァああああああああああ!?!?」

 

 

 爆発のような噴火が引き起こした爆風によって煽られ、上条は地面を転がる。背中が焼けるように熱かった。焼けつくような痛みに思わず絶叫しながらも、()()()()()()()()()()()()に対し上条は極限状態の安心を抱く。

 

 

「ほっと一息吐いてんじゃねえぞ。超能力者(レベル5)の戦いに安全地帯なんてあると思うな」

 

 

 声に視線だけで反応すると、そこには翼を振り上げている垣根の姿。おそらく、翼による直接攻撃ではなく、周辺の物質を変質させることによって攻撃を繰り出そうとしているのだろう。

 ここから上条が避けようが右手を翳そうが、関係なく破壊しつくせる一撃を。

 

 

「────ッ!!」

 

 

 咄嗟に、上条は地面の砂を掴んで垣根目掛け投げつけた。

 

 

「……あ? テメェ馬鹿か。ンなもん今更目潰しにもなるわけねえだろ」

 

「誰が目潰しにしたなんて言った? テメェの能力は周辺の物質に素粒子レベルで浸透し、その性質を変化させるんだろ」

 

 

 上条は伏せたまま言う。

 だがそれは、痛みで立ち上がることすらままならないからではない。

 

 少しでも、『それ』から身を遠ざける為だ。

 

 

「なら……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!!」

 

 

 直後。

 

 垣根の眼前で、六角形の結晶が突然拡大する。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「こ、いつ……ッ!? まさか、未元物質の現象を無鉄砲に引き起こそうと……!?」

 

 

 結晶との距離は垣根の方が近い。音速を超える速度で防御に回された翼だったが、発生した現象は上条の言った通り平等な物理現象。つまり、平等に垣根にすら牙を剥きうる。

 三対の翼のうち二対を防御に回し、もう一対の翼によって空気を叩いて高速移動を行うが──それでも完全なる回避には至らず、垣根は吹っ飛ばされながら翼を使って空中で姿勢を整える。

 

 そして。

 

 数メートルほど吹っ飛ばされつつも翼の防御を解いたときには、上条は当然の如く結晶を右手で打ち消し、その場から離れていた。

 ……まんまと逃げおおせられた垣根は、忌々し気に舌打ちを一つ。

 

 

「……いつもなら逃げる相手は追わねえでそのままにしておく主義なんだがな。特別だ。テメェは死ぬまで追い詰めてやる」

 

 

 あるいはそれが敵の思惑なのだとしても。

 その思惑ごと踏み越えて、勝利を見せつけるのが──『第二位の戦い方』だ。

 

 


 

 

 

第三章 魂の価値なんて下らない Double(Square)_Faith.

 

 

おまけ:

  第X章 世界を彩る純白の絵の具 ①  

Dark_Matter.

 

 


 

 

 どさくさに紛れて身を隠した上条は、現在、天文台の地下に潜り込んでいた。

 ドッペルゲンガーと木原幻生の戦いによって破壊された天文台は成金趣味の調度品(中世騎士の鎧とか、だ)がそこらに散乱していたり、壁が無造作に破壊されたりしていたが……それ以上に、床にもヒビが無数に走っていた。

 まるでRPGの踏めば壊れる床のように、歩行そのものが緊張感となるような空間で、上条は逃げる為というよりも思考の時間を稼ぐ為に奥へと足を進めていく。

 

 ひとまず垣根から距離をとった上条だったが、結局のところ突破口は一切見えていなかった。

 未元物質の現象に触れれば一旦は翼ごと異能を消せることは分かったが、最初に使われた未元物質の雨や、先ほどの溶岩の噴火のように『無数の固体状の粒』を攻撃に使われれば、右手にしか効果のない幻想殺しでは対応ができない。それに加え、能力者自身の高速機動。

 おそらく超能力者(レベル5)としてのプライドで肉弾戦には意図的にブレーキをかけているのだろうが、もし仮に肉弾戦メインで戦っていたなら、今頃上条は惨めに地面に這い蹲っていただろう。それくらい、圧倒的な差があった。

 

 

(…………いや)

 

 

 そこで、上条は思う。

 

 確かに彼我の実力差は明確だ。学園都市の第二位の能力は強大で、上条ひとりではとてもじゃないが敵わないように思える。

 だが……それならば何故、実際にそうなっていない? もしも下馬評通りの戦力差があるならば、当然の流れで上条は負けていないとおかしい。

 ならば、そこには下馬評とは違う『何か』があるはずだ。

 

 

「オラぁ!! 此処くらいだよなあ隠れられる場所なんてのは!!」

 

 

 そこまで思索を進めたあたりで、建物全体が揺れた。

 上条が天文台に身を潜めていることを悟った垣根が、建物自体に攻撃を仕掛けている音だった。

 

 

「クソ……ッ!? 天文台そのものを倒壊させるつもりか!? 瓦礫に埋められたら、幻想殺しで防ぐどころの話じゃなくなってくるぞ……!?」

 

 

 まだ未元物質攻略の糸口は見えていないが、ここで生き埋めになってしまってはすべてが水の泡だ。

 殆どやけくそのように上条は天文台の外に出ようとして──そしてもう一度、建物全体が揺れた。

 最初、上条は自分がこけたものと思った。

 地面を踏みしめたはずが、足裏には地面の感触はなく、不思議な落下感があったからだ。

 それがこけたのではなく──()()()()()()()()のだと気付いたのは、自らの足元に『先』があったからだった。

 

 レイシアの仲間の一人が言っていた言葉を思い出す。

 

 

『第二一学区の……天文台! それって結局! 微細のアジトじゃないの!!!!』

 

 

 アジト。

 その言葉に、違和感がなかったといえば嘘になる。

 この天文台は観光用に一般客にも開放されており、人が頻繁に入る。特にこの頃は火星から正体不明の電波が発信されたとか何とかでただでさえ利用客が多いのである。つまり、アジトにするには人通りが多すぎる。

 もちろん、それを逆用してあえてアジトとして起用しているという理屈も成立するが、その場合アジトは一般客が絶対に入れないように厳重なセキュリティを仕込む必要がある。たとえば、利用客が入れないようなところに入り口を設置しておくとか。

 だがそんなことをしても、所詮は壁一枚、床一枚を隔てた程度でしかない。たとえば何者かの破壊なんかを食らえば──不幸な少年がそこに落下してしまう可能性は、否定できない。

 

 

「う、おォぉおおおおおおおおおおッッ!!!!」

 

 

 下はざっと五メートル。落下すれば足元は無事ではいられない。極限状態で、上条は咄嗟に着ていた学ランを脱ぎ、とにかく乱暴に振り回す。

 すると、建材から飛び出た鉄骨の破片に学ランが引っかかる。ビギィ!! と学ランを振り回した右腕に落下の勢いがのしかかり、鈍い痛みが発生するが──引き換えに、上条の落下の勢いは著しく減速した。

 なんとか地下アジトに降り立った上条は、学ランを着直しながらあたりを見渡す。

 崩落の影響で、そこかしこに瓦礫は転がっているものの──基本的には堅牢なつくりをしているようだ。

 

 円柱状に地下をくり抜いたような形状の地下研究施設の側面には螺旋階段が二つ配置されており、その上部に出入り口が配置されている。

 普段は強固な施錠がされているであろう二つの出入り口だが、この衝撃の為か施錠は破壊され、両側からも出入りができるようになっていた。

 もっとも、天井には大穴が空いている為、飛行ができる垣根であれば当たり前のように出入りできそうなところだが。

 

 

「ここは……、えっと、確か『火星の土(マーズワールド)』……だったか?」

 

 

 その名の由来は、すぐに分かった。

 地下研究所の中央部。上から降り注ぐ瓦礫によって破壊されてはいるが、そこにはだいたい教室一つ分くらいの面積の丸い領域に、赤茶色の──火星の大地が広がっていたからだ。

 まるでスタジオのセットか何かのような空間は、おそらく火星の環境を再現した実験場なのだろう。今は、全ての機能も停止しているようだが……。

 

 

(……いや。瓦礫の崩落によって破壊されたにしては、破壊が大きすぎる。俺達が此処に来る以前に、此処でも戦闘が起こっていたのか……?)

 

 

 上条の予想を裏付けるように、何やら試験管が幾つも設置されている実験器具のような機材の中からは、幾つかの試験管が抜き取られた形跡があった。

 おそらくドッペルゲンガーや木原数多が、この研究施設の成果を何らかの目的で抜き取ったのだろう。それが何のためかまでは、上条には分からないが。

 

 

(…………一応、レイシアの友達? の馬場って人に連絡しておくか)

 

 

 上は一刻を争う状況だが、一方で上条達の戦いは『此処が最終ラウンド』ではない。垣根帝督率いる『スクール』を撃退しても、その後に木原幻生や木原数多、ドッペルゲンガーなどに対処して、塗替斧令を救わねばならない。

 いや──他にも放っておけないものはあるが。

 ともあれ上条は携帯電話を操作し、馬場に連絡をかける。ちなみに、馬場とは以前の祝賀パーティの際に男二人で大変居心地が悪かったタイミングがあり、そこで連絡先を交換していたのだった。ガラケーであることをバカにされまくったが。

 

 上条が、そんな風にある意味悠長に支度を整えていた、ちょうどその時だった。

 

 ゴ、ゴン!!!! と。

 

 世界が、再び大きく揺れ出した。


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