【完結】とある再起の悪役令嬢(ヴィレイネス)   作:家葉 テイク

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九話:その幻想をぶち殺す

 作戦は、真夜中の一二時に決行されることになった。

 場所は、上条が神裂達と出会った場所。第七学区の中心街、四車線ある車道のど真ん中だ。両脇をビルに囲まれてはいるが、真上は大空。『人払い』のお蔭で住人がこの場に居合わせることもなくなった。

 ここなら、人払いもあるので誰かを巻き込む心配もない。

 それに、流石に小萌先生の家がブッ壊れるのは忍びなかったしな。

 

 作戦決行に、インデックスを中心に俺達はインデックスの『首輪』がどういうものなのか、壊したらどんなことが起こるのかを推測していく。

 

「インデックスに『首輪』があるとすれば、破壊されたからと言って全て終わりになるとは思えません。『首輪』を破壊した何者かを殲滅する為の仕掛けが施されていると考えて間違いないでしょう」

「おそらく、『首輪』の防護機能は一〇万三〇〇〇冊の力をフルに使って敵対者を殲滅しようとするだろうね。ただし、一〇万三〇〇〇冊が万能でもそれを操る防護機能まで完璧とは限らない。最初の一撃は、『首輪』を破壊した能力者、君の弱点を突くものになるはずだ」

「…………つまり、そこに付け入る隙が生まれる。上条さんの幻想殺し(イマジンブレイカー)だけを徹底的に潰す術式だからこそ、わたくしや神裂さん、ステイルさんが太刀打ちできるかもしれない」

「ただ、それだってどこまで時間稼ぎできるかは分からないんだよ」

「その時間稼ぎが終わる前に、俺がもう一度インデックスに触れれば、全て片付く。そういうことだろ?」

 

 俺達は、一つ一つ、条件を吟味していく。

 俺の知る歴史とは違って、インデックスの時間はまだまだ一週間ほど残されている。だから、俺達はじっくりと精神的余裕を持って条件を確認することができた。

 

「…………教会の保険、ということを考えると、『自動書記(ヨハネのペン)』が使う魔術には十中八九、制御を逃れた私から一切の記憶を消し飛ばす術式が仕込んであると思う」

「……確かに、言われてみれば」

「問答無用でダイレクトに記憶を消し飛ばす術式を仕込めるなら、わざわざ僕達を使わずそう設定していればいいだけの話のはずだ。『そういう体質』とでも言えば疑問も出ないだろうし」

「…………とすると、何かしらの前兆が現れるはずですわね」

「それなら俺の右手で殺せる」

 

 大切な人の為に、最善を尽くす為の環境が整う。

 

「インデックスの身体には何度となく触った。インデックスを苦しめる術式は、普通は触ったりしないような場所にあるはずだ」

「おい、待て能力者。彼女の身体に触っただと?」

「やましい意味はございませんわ。わたくしも一緒にいましたから間違いありません。……それと、おそらく体表にはないかと。身体を拭いたりしたので確認は済ませております」

「ぐ、ぐぐ…………」

「とすると――――一体、どこに?」

「……多分、口の中、じゃないかな?」

 

 当事者であるインデックスが、結論を出した。

 

「頭蓋骨がある分、喉の奥は頭よりも脳との直線距離は短い。使い魔の術式もそこに仕込むことが多い。術式を仕込むとしたら、一番適しているのはそこだと思うんだよ」

 

 そうして。

 全ての条件が、出揃った。

 インデックスを救うための、準備が整う。

 

 インデックスが大きく口を開け、その内部を晒してくれる。

 俺を含めた四人の視線が集中し、インデックスは軽く頬を染める――――が。

 

「……………………………………」

 

 俺達は、そんなインデックスの反応を微笑ましく思う余裕すらなかった。

 脳に一番近く、それでいて、他人に一番見せることのない、赤黒い肉の奥。

 そこに、悪い魔術師の工房に刻まれているような不気味に真っ黒い紋章が刻まれていたから。

 

「答えは、見つかった」

 

 ステイルが立ち上がった。

 

「私達のすべきことも、また」

 

 神裂が刀に手をかけた。

 

「わたくし達の準備は整いました」

 

 俺も、自らの裡に渦巻く『力』を意識する。

 

「――――インデックス。準備は良いか?」

 

 上条が、右手を差し出す。

 

「……うん。お願いとうま。…………みんな。私達が笑顔になれる結末の為に」

 

 インデックスはそう言って、

 

()()()()()

 

 大きく、大きく、口を開けた。

 

「ばーか、殺すのはお前じゃねえ」

 

 上条は、小さく笑って、こう付け加える。

 

「こんなクソったれな筋書きに俺達が乗るとか考えてやがる、クソったれな神様の幻想(システム)だよ」

 

 右手を、突き入れる。

 まるで、聖剣を掴みとる若き王のように。

 そして。

 

 バギン!!!! と何かが粉々に砕け散る音が響いて、上条は吹っ飛ばされた。

 

 だけどきっと、この瞬間に上条は掴み取ったんだろう。

 王の証に匹敵するくらい、大切なものを。

 

***

 

第一章 予定調和なんて知らない Theory_is_broken.

 

八話:その幻想をぶち殺す Imagine_Breaker.

 

***

 

「――警告、第三章第二節。Index-Librorum-Prohibitorum――禁書目録(インデックス)の『首輪』、第一から第三まで全結界の貫通を確認。再生準備……失敗」

 

 ――上条が吹っ飛ばされた直後、インデックスは目に見えて変貌(かわ)った。

 一気に数メートルも吹っ飛びそうな上条の背後に回り込んだ神裂が、上条のことを受け止める。

 

「っ()う……」

「しっかりしてください。貴方が今回の作戦の核なんですから」

「そんなこと言われてもアレは予想できねえだろ」

 

 上条は言いながらも、インデックスの方を見据える。

 インデックスの瞳は、真っ赤に輝いていた。

 もちろん、彼女本来の瞳の色ではない。

 彼女の瞳の奥に描かれた、血のように赤い不気味な五芒星の文様が、輝いているのだ。

 

「………………あれが『首輪』。そういえば、小萌先生のところでああなっているインデックスさんを見ましたっけ」

 

 レイシアとステイルが、遅れて上条の近くまで後退する。

 彼女達の役割はあくまで上条の援護。ああなったインデックスを止められるのは、上条の右手以外にない。近づくことに戦略的価値はなかった。

 そんな四人を尻目に、インデックスは――――『自動書記(ヨハネのペン)』は、囁くように言う。

 

「『首輪』の自己再生……不可能。他、三名の敵兵も確認。戦場の検索を開始……完了。現状、一〇万三〇〇〇冊の保護のため、最も難度の高い敵兵『上条当麻』の迎撃を優先します」

「これが…………これが、あの子を苦しめ続けてきたものの正体か」

 

 ステイルは、静かに両手を広げる。

 ルーンについては、既にこの三日間で準備し尽していた。マンションの戦闘では、魔女狩りの王(イノケンティウス)は再生のラグを突かれて縫い止められていたが、より広範囲に大量のルーンを貼ればそれだけ出力も上がる。

 今日は、レイシアの能力を受けても問題なく再生しながら動けるように状況を整えてきたつもりだった。

 でも、本当はそんなことの為に魔術(ちから)を手に入れた訳じゃない。研ぎ澄ませた訳じゃない。

 今、本当の意味で、彼の望んだとおりの方法で、力を使うことができる。

 ――――大好きな少女を、この手で守る為に!!!!

 

「――『書庫』内の一〇万三〇〇〇冊により、防壁に傷をつけた魔術の逆算を開始……失敗。該当する魔術は発見できず。術式の構成を解析し、対侵入者用の特定魔術(ローカルウェポン)を構築します」

「……そう言や、聞いてなかったっけか」

 

 上条は不敵に笑いながら、

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 つまり――これが原因。

自動書記(ヨハネのペン)』。

 これの稼働を助ける為に、インデックスはあらゆる魔力をつぎ込まれてしまい、自分の為に魔力を練ることができないでいたのだ。

自動書記(ヨハネのペン)』は、ロボットが動くような機械的で緩慢な動きのまま首を傾け、

 

「――――侵入者個人に対して最も有効な魔術の組み上げに成功しました。これより特定魔術『(セント)ジョージの聖域』を発動、侵入者を排除します」

 

 びし、びしびしびしびしびしし!!!! と凄まじい音を立て、『自動書記(ヨハネのペン)』の両目に刻まれていた五芒星――いや、『魔法陣』が一気に広がった。

 レーザーで空中に投影されたかのような魔法陣が、二つ。中途半端に重なり合うように展開される。

 二つの魔法陣は『自動書記(ヨハネのペン)』の瞳の動きと連動しているようで、『自動書記(ヨハネのペン)』の頭が幽鬼のように揺らめくたびに、僅かに揺れていた。

 と、

 

「   。     、」

 

自動書記(ヨハネのペン)』が、人の耳では聞き取れない『何か』をうたった瞬間。

 彼女の眼前に黒い亀裂が走る。

 そして、その『中』。

 脈動するように亀裂が膨らむと、次の瞬間――――、

 

「ぉ。お、おォォォォおおおおおおおおおおおおッッッ!!!!」

 

 ゴッ!!!! と亀裂の奥から、横倒しになった光の柱が飛び出して来た。

 

 それは上条の右手にぶつかると、ゴッシィィィイイイイン!!!! と強烈な音を立てて受け止められる。

 しかし、上条もただでは済まなかった。

 右手が光に吹っ飛ばされないよう、左手で抑えないといけない。動くことなどもっての外だった。

 それだけではない。

 光が、上条の右手を少しずつ浸食していた。

 

(な、あ、んだ、これ……!? 光の粒子の一つ一つが、まるで違う質になってやがるぞ!?)

 

 おそらくこの光は、一つ一つが彼女の脳内に『蔵書』されている魔道書の原典。

 一〇万三〇〇〇にも及ぶおぞましい『違法則』の束に、上条の右手の処理能力が追い付かなくなっているのだ。

 

「――――竜王の殺息(ドラゴンブレス)か! あの子の一〇万三〇〇〇冊は、お前の能力の弱点を徹底的に突いてくるぞ!」

 

 それを受けて、ステイルが動き出す。

 彼の背後に、炎と重油で構成された裁きの巨人が生み出される。

 

「――魔女狩りの王(イノケンティウス)!! 我が名が最強である理由をここに証明しろ!!」

 

 炎の巨人は、上条と光の柱の間に割って入る。

自動書記(ヨハネのペン)』は上条を優先的に殺す為に『光の柱』ごと首を振りまわす。が――それに追いすがるように、魔女狩りの王(イノケンティウス)も移動してそのルートを遮る。

 炎の巨人は光の柱を浴びて飴細工のように溶けだすが、すぐさま再生されて人の形を取り戻していく。

 

自動書記(ヨハネのペン)』には、弱点が存在する。

 レイシア達が想定した弱点だが――『自動書記(ヨハネのペン)』は、正確にはそのAIとも呼ぶべき判断機能は、禁書目録(インデックス)を守る最後の防壁ゆえに、正確()()()可能性が高い。

 確かに、『自動書記(ヨハネのペン)』は一〇万三〇〇〇冊の魔道書の知識を有し、それを駆使して敵対者の扱う術式を解析する。その中に含まれていない上条の右手に対する最適解を導き出せるところからして、魔術でなくともその優位は変わらない。

 敵対者が『最も嫌がる』その一手を、どこまでも無慈悲に、どこまでも冷酷に、そしてどこまでも的確に突くことができる。

 

 だが一方で、彼女はそれ()()できない。

 提示された障害にだけ特化した、最悪の一手を打つことしかできない。

 

 なら、人員を逐次投入すればいい。

 同時に投入したなら一気に解析されて対策されてしまう。だから、『自動書記(ヨハネのペン)が導き出した最適解から外れた一手』を紡ぎ出せる人員を少しずつ出すことで、時間を稼ぐ。

 上条の右手が攻略されたなら、ステイルのルーンを。ステイルのルーンを攻略されたなら、神裂の鋼糸(ワイヤー)を。神裂の鋼糸(ワイヤー)が攻略されたなら、レイシアの能力を。

 そうして、上条が幻想を殺すまで『間を持たせる』のが、レイシア達の選んだ戦法だ。

 

自動書記(ヨハネのペン)』は、ステイルの術式にも淀みなく呟いた。

 

「――警告、第二二章第一節。炎の魔術の術式の逆算を完了しました。曲解した十字教の教義(モチーフ)をルーンにより記述したものと判明。対十字教用の術式を組み込み中……第一式、第二式、第三式。命名、『神よ、何故私を見捨てたのですか(エリ・エリ・レマ・サバクタニ)』完全発動まで一二秒」

 

 すると、光の柱が見る見るうちに血のような深紅へと変貌していく。

 十字教対策の術式。

 無敵たる『神の子』が最期に吐き捨てたとされる、自らの信じる神への悲痛な叫び。

 あらゆる十字教の信仰を、根本から否定する術式だ。

 その破滅の光を受けて、不死身のはずの魔女狩りの王(イノケンティウス)が、再生されることなくダイレクトに削れていく。

 

「チッ……! 流石に魔導図書館(インデックス)なだけはあるか……!」

「よくやりましたわ、お次はわたくしの出番ですわよ!!」

 

 歯噛みする魔術師と交代するように、金髪碧眼の令嬢が躍り出る。

 その右手から迸った透明な『亀裂』が、『自動書記(ヨハネのペン)』の足元の地面へと向かっていく。

 

「――警告、第三六章第九節、至近に地上を分断することによる極微小な界力(マナ)の乱れを検知。このままでは禁書目録の肉体に危害が及ぶ恐れがあります」

 

 もちろん、インデックスに害を及ぼす意思はレイシアには存在しない。

 だが、『自動書記(ヨハネのペン)』の判断機能は身近に迫った危機に愚直に対応してしまう。

 

「――『書庫』内の一〇万三〇〇〇冊により、同魔術の逆算を開始……失敗。該当する魔術は発見できず。術式の構成を解析し、対攻撃者用の特定魔術(ローカルウェポン)を構築します」

 

 そしてその亀裂がインデックスの足元周辺を切り刻んだ、ちょうどその時。

 

「――攻撃者の魔術は四大元素の繋がりの一部を分断するものであると判明。()()()()()()()()()()()()()()()』、『()()()()()()()()()()()()()ものと思われます。――――攻撃者個人に対して最も有効な魔術の組み上げに成功しました。これより最優先で特定魔術『ゴルゴダに眠る聖域』を発動します」

 

 瞬間、張り巡らせていたはずの『亀裂』が急に一ミリも動かなくなる。

 現代科学によって生み出された新物質では、早々止めることのできない白黒鋸刃(ジャギドエッジ)の亀裂が、だ。

 だが、自分の唯一無二の能力が止められても、レイシアは微塵も慌てない。彼女の果たすべき役割は、既にこなされている。

 この術式によって、『(セント)ジョージの聖域』の動きは一瞬だけ鈍った。

 

「神裂さん、準備は良いですわねっ!!」

「勿論、すぐにでも!!」

 

 それを受けて、神裂が動き出す。

 

「私の願いは、ただ一つ」

 

 刀に手を添えた神裂が、秘めたる想いを叫ぶ。

 

救われぬ者に救いの手を(Salvare000)!!!!」

 

 風が――いや、そう見えるように偽装された無数の鋼糸が、複雑な魔法陣を築き上げる。

 そして、生み出された魔術が、レイシアがバラバラに斬り裂いた『自動書記(ヨハネのペン)』の足元の地面を吹き飛ばす。足場を崩され、強制的に真上を見上げさせられた『自動書記(ヨハネのペン)』の真っ赤な光条が、天を突き破る。どこかのビルの壁面を掠ったのか、ジュッ、というあっけない蒸発の音も聞こえた。

 空を裂き、雲を破り――――天をも貫いた。

 

 だが。

 

 その空隙は、上条にとっては最大のチャンスだった。

 

 一歩、二歩と、上条は『自動書記(ヨハネのペン)』へ――いや、それにとらわれている一人の少女へ歩みを進めていく。

 広がった過程は、この結果へと集約されていく。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

(…………神様)

 

 上条は、五指を思い切り広げる。

 

(この物語(せかい)が、神様(アンタ)の造った奇跡(システム)の通りに動いているっていうんなら――――)

 

 まるで、掌底でも浴びせるように、

 

(――――まずは、その幻想をぶち殺す!!)

 

***

 

 ッソ、だろ…………っ!!

 

 その瞬間、俺は戦慄していた。

 だって、そうはならないように仕組んだ。危険は排除した、つもりだったのに。

 

 …………一つだけ。

 上条達には伝えていなかった事実がある。

 

 それは、この作戦を考案した理由。

 

 ステイルや神裂とインデックスの仲を取り持つ。嘘じゃあない。本当のことだ。そうなる未来を作る為にやったっていうのは、紛れもない事実。

 でも、それだけじゃなかった。

 上条当麻を、死なせない。

 破滅の未来を知っておきながら、友人が死ぬのを見捨てられない。

 …………それが、俺がこの一連の作戦を考案した、最大の理由だ。

 小萌先生の家ではなく、だだっ広い屋外を選んだのは……被害の問題もあるが、『竜王の殺息(ドラゴンブレス)』の特性の方が大きい。

 

 竜王の殺息(ドラゴンブレス)は、その光条が食い破った万物を、『記憶を破壊する白い羽』に変換する特性を持っている。

 

 …………なんて、小説で明言されていた訳ではない。

 でも、俺は記憶している。印象的なシーンだったから覚えている。竜王の殺息(ドラゴンブレス)に破壊された小萌先生宅の天井が、そのまま白い羽になったのを。

 それが生じてしまったら、おしまいだ。上条はインデックスを救うことにかかりきりになる。無数の『白い羽』からインデックスを守ろうとして、自分自身の守りは疎かになる。

 

 だから、屋外を選んだハズだったのに――――。

 

 ――――何故、上条の頭に無数の白い羽(それ)が降り注いでやがる!?

 

 咄嗟に辺りを見渡し……そして気付く。

 俺達の頭上、そのビルの一角…………そこが、竜王の殺息(ドラゴンブレス)に食い破られていることに。

 …………甘かった…………!!

 考えてみれば、当然のことだ。竜王の殺息(ドラゴンブレス)の照準は、インデックスの視線に対応している。小説では『天井』っていう『比較的近い位置』にあるものにしか干渉していなかったからその特性は大きく関与しなかったが、屋外になれば話は変わってくる。

 突然転ばされて、視線が強制的に頭上に移れば――当然、視線は大きく泳ぐ。

 その中で、一瞬でもビルに視線の焦点が合わないことなんて、果たして有り得るか?

 

 …………答えはNOだ。

 

 

 そして、そこでしくじったからといって俺が諦められるかどうかって答えも、同じだ!!

 

「ックソ、ここロミでや樫ピ終わら%Aコロ厭るか。こセリま$$、やっ9&埀だ………………ッッ!!!!」

 

 俺は、自分にできる最速で『亀裂』を束ねる。

 脳裏に、瀬見さんの台詞が脳裏をよぎる。

 

『応用すれば、ある種の気流操作も行えるようになるかもしれないわ』

 

 どういう風に? と聞いた俺に、瀬見さんは答えた。

 

『簡単な話よ。「亀裂」を蛇腹状に……あるいは蛇腹でなくとも、とにかく「重ねる」ように展開するの。すると、その部分に真空地帯が展開される。「面」を重ねれば「立体」が作れるってことね。そして解除すれば――そこに空気が流れ込む。あとは流れ込む空気の量や方向性などを計算すれば、望む方向に望む風力の気流を生み出せる、という訳ね』

 

 そりゃ、とんでもない力技だ。繊細な計算も必要になることだろう。実験で練習した後ならともかく、ぶっつけ本番でやるなんて、正気の沙汰じゃないと俺の中の常識的な部分が言っている。

 

 俺のいない世界では、上条はそうして死んでいった。

 

 じゃあ、今回もそうなるのか?

 

 予定調和の結末みたいに、何一つ変わりなく、上条当麻は『死ぬ』のか?

 

 ……………………そんなの、認められるわけがないだろ。

 

 予定調和なんて知らない。

 

 正気の沙汰じゃなくてもなんでも、やるんだ。やらないと、上条が死ぬんだから!!

 

 その為に必要なものなら、何でも掻き集める。無理だって通す。

 

 最高のヒーロー上条当麻を――じゃあない。

 俺の『友人』を、守り抜けるように!!!!

 

「上、マ#ォォォおおおお楚)&シユおおおお儕亟おおッッ!!」

 

 折りたたんだ『亀裂』を、一気に解除する。

 瞬間、追い出されていた空気が俺の思い描いていた形に流れ込み、計算通りの『暴風』を生み出した。

 

 それは、上条の方へと狙い過たず流れていく。

 

 

 

 そして。

 

 そして。

 

 そして―――――、

 

***

 

『脳に情報が残ってないなら、一体人間のどこに思い出が残っているって言うんだい?』

『どこって、そりゃあ決まってますよ。――――心に、じゃないですか?』

 

 ……………………。

 翌日。

 俺は、病室の前で、立っていた。

 ここに来る途中、ぷりぷり怒ったインデックスとすれ違った。つまり、そこは上手く片付いたのだろう。

 

 

 上条当麻は、死んだ。

 

 

 それを認められるくらいに、心の整理は、既についていた。

 ついて、しまっていた。

 

 …………俺の生み出した暴風は、成功した。

 流石に人間を吹き飛ばすほどにはならなかったが、それでも羽毛くらいなら上条に届かないくらい遠くまで飛ばせる――はずだった。

 俺は、見逃していた。

 あの白い羽が、魔術の産物であるということを。

 落ちているように見えるからといって、通常の物理法則を受け付けているとは限らないということを。

 相手は、禁書目録(インデックス)の首輪を構成する最後の魔術だったのだ。

 上条の右手だからこそ『打ち消せたかもしれない』ほどの、超弩級の魔術の産物に、たかが超能力の余波で対抗できるはずが、なかったのに。

 ……俺は、そんなことにも気付けなかった。

 吹き荒れた風は上条の身体を多少よろめかせた程度に終わった。物理現象である風は魔術的な存在である白い羽には干渉できず、アイツは――――上条は最後、インデックスに笑いかけたまま、全身に白い羽を浴びて、死んだ。

 ……………………俺は、そうなることを事前に分かっていたはずだったのに。

 

 と、ガラリと病室の扉が開き、先程まで上条と話していた医者――冥土帰し(ヘヴンキャンセラー)先生が出て来る。

 

「……おや、久しぶり。通院日はまだだけど…………君はこの病室のお見舞いかな?」

「そうですが、どうかしました?」

「もしかして聞こえてしまっていたかな、とね?」

「はぁ…………何のことか分かりかねますが」

 

 俺は肩を竦め、

 

「あの子の様子だと、()()()()()()()()()で何よりですわ」

 

 俺は、そう言って冥土帰し(ヘヴンキャンセラー)先生の脇を通り過ぎる。

 

「ああ。君の方も、()()()()()()()()()で何よりだよ?」

「…………」

 

 平静を装ったつもりだったけど、多分気付かれてるんだろうな。あの感じだと。あの人妙に鋭いから怖い。入院前からの付き合いだったら、俺の人格が変わってることまで余裕で見抜かれそうだ。

 

「…………あ」

 

 病室に入ると、上条はびくりと身体を震わせた。

 少し、不安そうに。

 

「…………」

「お、あーと……お久しぶりでございます?」

 

 上条は、探るような調子でそう言った。

 その様子は、やはり俺の知る『上条当麻』ではない。

 もっと透明な――――初対面の少年だった。

 

「…………」

 

 当たり前だが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 上条が記憶を失っているからといって、それで折れてしまうほど弱い訳でもない。友人として死を悼みはするが、それ以上に心が崩れることはない。

 上条の方も、俺に対する遠慮はそこまでないだろう。

 だから、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()も、あるにはある。

 それが、こんなことにしてしまった俺の責任でもあると――――、

 

 …………いや、言い訳はやめよう。

 

 そう、これは言い訳だ。『失敗』した俺は、そうすることで、記憶を失った上条の助けになることで、『分かっていたくせに結局守れなかった』という負い目を消したいだけだ。

 でも、そんな感情で動くヤツが上条の助けになれるわけがない。

 そもそも、上条にはこの問題を自力で乗り越えるだけの力がある。乗り越えることができるヤツの前に立ちはだかる試練を、前もって排除することは、必ずしも良いことじゃない。そんなやり方は、俺が否定したステイルや神裂とインデックスの在り方そのものだ。

 

 ――――それに、この身体はレイシアちゃんのものだ。

 俺は、いずれ消え去ってしまう残像のようなものでしかない。

 元に戻った時、上条当麻の理解者っていう『重責』をレイシアちゃんに押し付けるような選択は、選べない。

 弁えろ、()()()()()

 このあたりが、分水嶺だ。

 俺の至上命題は、生きる気力を失った女の子を、もう一度立ち上がらせること。

 これ以上は、それを蔑ろにしてしまう。

 

 だから、いい加減に別れを告げろ。

 

 ()()()

 

 上条当麻は、死んだんだ。

 

「…………………………あの、」

「……いやいやいや。お互い、よく生き残れたなと感慨に浸っていましたの」

 

 ……笑みは、おそらく自然なものだったと思う。

 そうして俺は、()()()()()()()()()()()()()()()に心の中で別れを告げ、言う。

 

「しかし、お久しぶりとは白々しいですわね、昨日ぶりでしょうに。……とはいえ、お元気で何よりですわ、()()()()()()()()()




『文字化け』の裏に隠された真の台詞はこちらになります。

「ックソ、ここロミでや樫ピ終わら%Aコロ厭るか。こセリま$$、やっ9&埀だ………………ッッ!!!!」

「ックソ、ここまでやって終わらせられるか。ここまで、やったんだ………………ッッ!!!!」

「上、マ#ォォォおおおお楚)&シユおおおお儕亟おおッッ!!」

「上、条ォォォおおおおおおおおおおおおおおおッッ!!」

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