【完結】とある再起の悪役令嬢(ヴィレイネス)   作:家葉 テイク

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九一話:美学の差

 そうして俺達は、第二一学区の天文台に向かった。

 

 第二一学区──というのは学園都市の水源を一手に担っている学区で、科学・開発上等を地で行く学園都市にあって、珍しく自然が多く残っている場所だ。大半が平地である学園都市では珍しく学区の大半が山岳地帯であることも特徴で、此処には自然公園や天文台がいくつもある。

 今回俺達が向かっている、『火星の土(マーズワールド)』もその中の一つだ。

 

 

《思い出してきたんだけどさ》

 

 

 移動中。

 『亀裂』の翼を使って皆を運搬している最中(垣根さんは『そんなもんお前がやればいいだろ』とあっさり拒絶した。途中までは上条さんのこと運搬してたらしいのに……)、俺は内心でレイシアちゃんにそう切り出した。

 

 

《微細さん……多分、俺前世で『読んだ』中にいたよ》

 

《え!? ほんとですの!? わたくし、心当たりがないのですが……》

 

《まぁ、苗字とロケーションだけ言われても分からないよね。俺も、火星の土(マーズワールド)って言われてようやく思い出したくらいだし》

 

 

 ──『とある魔術の禁書目録(インデックス) SP』。

 新約二巻が出たタイミングで突然発売されたことから、『絶対突然バードウェイが出てくると意味が分からないから出したんだろ!!』『なんでヒロインの初出を番外編でやるんだよ!!』と当時ツッコミを入れながら読んでいたので記憶に残っている。

 そしてこの中に──微細さんは敵として登場してきた。確か、なんやかんやでインデックスを攫ってきたので当麻さんの逆鱗に触れちゃったんだったと思う。よく覚えていないけど。

 確かあの回は、微生物が集まって一つの生命体みたいになってたような……。ええと、濃淡コンピュータ……は違うか。まぁこの世界、なんか色んな方式のコンピュータ理論が生体に応用されてるよね。

 

 

《……あ~、微生物の繊毛でスプリング式コンピュータをやるやつでしたっけ?》

 

《急に解像度が高い》

 

《操歯がそのあたりを研究していましたの。人間の脳のスペックをコンピュータで再現しようとするとスパコンが何台も必要になりますから、異なるアルゴリズムのコンピュータを色々模索していたと思いますわ。その中に、微生物の繊毛によって無数の並列演算を行う方式があったはず。採用されているかどうかまでは分かりませんが……》

 

《あ~……なるほどね》

 

 

 そういえば操歯さんと色々メールでやりとりする仲だったんだもんね。

 レイシアちゃんはさらに得意げに、

 

 

《ちなみに、わたくしもアルゴリズムの方式についてはちょっとアドバイスしたりもしましたわよ。分子コンピュータの仕組みについて色々と……。まぁ技術的な問題で残念ながら実現できませんでしたが》

 

 

 ふむ……。

 いやいや、こうして改めて思い返すと、そういえばレイシアちゃんはこれでも分子間力の分野では学園都市でも有数の研究者としての側面もあるんだったな。それはそうと、まだ実用化もされていないようなアルゴリズムをしれっと使わせようとするあたりは、いかにも当時の妥協を知らなさすぎるレイシアちゃんらしいね。

 

 

《……シレン。何か沈黙から失礼な気配を感じたのですが》

 

《なんだ、すぐ察せるくらいには自分でも自覚してるんじゃないか》

 

 

 がるるるるるる!! と機嫌を損ねてしまったレイシアちゃんはしばらくそっとしておいて、俺は能力の演算に集中する。

 垣根さんと俺達、二人とも超能力者(レベル5)の移動なので、元々第七学区から歩きで行ける第二一学区へはすぐだ。山岳地帯の山頂付近に建っている天文台の近くに降り立つと……、

 

 

「微細!!」

 

「セイ……ヴェルン……さん……」

 

 

 ──高校生くらいの少女だった。

 なんというか、コスプレをしているような印象だ。どこかの学校の制服のブレザーを着ているんだけど、まるで大人が着ているかのような違和感がある。

 プロポーションの問題じゃない。当人の醸し出す雰囲気が、あまりにも少女離れした妖艶さを備えているのだ。

 

 ただ──その少女、微細さんは明らかに誰かとの戦闘に敗北した様子で、あちこち傷だらけにしながら地に臥していた。

 フレンダさんが、一目散に駆け寄って彼女を助け起こす。

 

 

「誰がこんな……!」

 

「気を……つけなさい。『ヤツら』は……並みの戦力じゃどうにもならない。私も、火星の土(あそこ)を死守しようとして戦ったけど……死なないように身を守るのが、精一杯だったわ……」

 

 

 ……おそらくは、微細さんも暗部の住人。

 それも、フレンダさんと肩を並べられる程度の力量は持っている。そんな彼女でさえ、身を守るのが精いっぱい。その上であの深手だ。……確かに幻生さんはそのくらいの化け物ではあったけど──ん? ヤツ()

 

 

 ドバッオォォオオオン!!!! と。

 

 直後、天文台の一角がまるでウォータースライダーで飛び散る水飛沫みたいに軽々と撒き散らされた。

 

 

「な…………!?」

 

 

 最初俺は、それが幻生さんによる破壊活動だと思っていた。

 でも、すぐに気が付く。幻生さん一人だけなら、あんなド派手な破壊を行う必要はない。それに何より……、

 

 

「ごっ、がァァああああああああああああああああああッ!?!?!?」

 

 

 ──あんな風に血を吐きながら吹っ飛んでいる、はずがない。

 

 そう。微細さんは警戒すべき対象を『ヤツら』と表現していた。

 そして幻生さんは──誰を追いかけていた?

 

 

「おーおー、盛大にぶっ飛んだなあ! ナイスショーット!! ってかぁ? ぎゃははははは!!!!」

 

 

 瓦礫の向こう側から愉快気に顔を出したのは、顔面の半分に入れ墨を入れた、逆立てた金髪の男。

 木原──数多。

 

 それと、その傍に立つ少女機械──ドッペルゲンガー、もう一人の操歯さん。

 操歯さんは以前邂逅したときに身に纏っていた手術衣ではなく、何やら真っ白い材質の羽衣のような衣服と、同じ材質の巨大な槍を右手に持っていた。

 その肌は操歯さんのようなツギハギではなく自然な褐色。髪色も白一色となっていた。

 その姿はやはり、『魂の憑依』という事象とはかけ離れていて──、

 

 

「行くぞ木偶人形。性能確認は済んだ。とっととメルヘンジジイをぶっ潰してこっちの目的を済ませちまえ」

 

「………………了解」

 

 

 答えると、数多さんともう一人の操歯さんはそのままふわりと空中へ浮かび上がり、凄まじい速度で吹っ飛んで行った幻生さんを追って飛んで行ってしまう。

 ……流石に位置は分かっているけど、それにしても、もう一人の操歯さんが、あの天使レベルの出力を得た幻生さん相手に、どうやってあれほど優勢を保っているのだろう……?

 

 

「……やれやれ。まーたイレギュラーか。こりゃあそろそろ潮時だな」

 

 

 夜の闇へ消えていく二人を見上げながら次の動きを思案していると、後ろで垣根さんがそう言ったのを耳にした。

 まぁ、こうもイレギュラーが立て続けだといやになって来ちゃうよねえ。気持ちは分かる。

 そう思いながら振り返り、

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 ──背筋が、凍り付いたかと思った。

 

 いつの間にか俺達から一定の間合いをとっていた垣根さんからは、肌がびりびりするくらいの『敵意』が放たれていた。

 

 

「おいお前ら。もう出てきていいぜ」

 

 

 垣根さんがそう言うと同時、物陰から三人の少女が歩み出てくる。

 一人は、深紅のドレスを纏った金髪の少女。

 一人は、ミリタリー趣味と山ガールが融合事故を起こしたようなツーサイドアップの少女。

 そしてもう一人が──

 

 

「操歯、さん!?」

 

 

 ──操歯涼子、その人だった。

 

 


 

 

 

第三章 魂の価値なんて下らない Double(Square)_Faith.

 

 

九一話:美学の差 Dark_Hero / Villainess.

 

 

 


 

 

 

「……第二位。これはどういうことですの?」

 

 

 口から、唸り声みたいに低い声が出た。

 これは──レイシアちゃんの激情だ。

 

 

「ああ、心配するな。もちろん最初から最後まで説明してやるからよ。だがその前に──テメェら、馬鹿だろ」

 

 

 垣根さんは、開口一番にそう嘲った。直後、『亀裂』の解放によって発生した暴風がその身を襲うが──当然、これはただの未元物質(ダークマター)の一薙ぎで振り払われてしまう。

 

 

「おいおい、キレるなよ。だって仕方がないだろ? ……俺の目的、忘れたのかよ」

 

「…………、」

 

「俺の目的は幻生の頭の中身だ。その中にある人格励起(メイクアップ)関連の研究データを覗くこと。そのためにテメェらと行動を共にしていたにすぎねえ」

 

 

 …………!

 そうか。でも、塗替さんのタイムリミットのことが判明してしまったから、俺達は幻生さんを当麻さんの右手で強制的に退去させる方策にシフトしていった。

 それだと、垣根さんと利害が一致しなくなってしまうんだ……!

 

 

「もともと、操歯涼子(コイツ)はテメェから知恵を抽出するための人質にする予定だったんだがな。だが、テメェらの持っている研究データよりもあのクソジジイの頭の中に詰まっている情報の方が有用そうだ。ここらで使わせてもらうぜ」

 

「で、でも……! それなら当麻さんの右手に頼らない方法を考えればいいだけなのではなくて!? まだ時間はありますわ! 袂を分かつには早すぎます! もっと……!」

 

「おいおい。ご友人を人質に使われてなお融和路線かよ。こりゃ親船最中並のお花畑だな」

 

 

 俺は慌てて言うが、垣根さんは鼻で笑ってその提案を切り捨てる。

 

 

「幻生の野郎が無様に血反吐ぶちまきながら吹っ飛ばされるような『イレギュラー』がある状態でか? 言ったはずだぞ、潮時だって」

 

「…………!」

 

「状況が変わったんだ。そしてもう一度言うぜ、テメェら、動くなよ。俺は幻生の野郎がぶち殺される前に横からかすめ取ってでも情報を抜き取る。塗替斧令のことは──諦めろ」

 

 

 『もともと痛い目見せられたクソ野郎だったんだろ?』と適当そうに言う垣根さん。

 ……あの赤いドレスの少女、もしかしなくてもあの人は……心理定規(メジャーハート)さんだよな。

 クソ、あの人がいる状況じゃ、本当に下手に動けないぞ。上条さんだって右手で触れなきゃ洗脳はされちゃうんだ。こんなところで仲間割れを起こされたら、本当にたまったもんじゃない。

 

 

「…………ハァ、みっともないですわね」

 

 

 そこで、口が勝手に嘲りの言葉を吐いた。

 レイシアちゃんだ。……でも、先ほどまで感じていた激情はだいぶ薄れている。逆に口を突いて出てくる感情は、憐憫。

 

 

「んだと?」

 

「みっともないと、そう申し上げたのですわ。だってそうでしょう? 学園都市の第二位ともあろうものが、人質をとって『フリーズ!』ですのよ? 挙句の果てにそこまでやって出てきた言葉が単なる弱音と来ました! これをみっともないと言わずなんと言いますの?」

 

「テメェ……」

 

「アナタ、悪役向いてませんわよ。悪ぶり始めてからというもの、言動も行動も一切合切が薄っぺらすぎます。やめた方がよろしいのではなくて? この路線」

 

 

 それは、悪役令嬢(ヴィレイネス)としての矜持か。

 ……うん、それは俺にも同意できることだ。だって、垣根さんの『悪』は……この流れ方は、単なる諦めだ。仕方がなく選び取っている、消極的な逃げだ。

 俺は知っている。倫理的な善悪の話じゃない。法的な理非の話でもない。『世界との向き合い方』において──この世の全てに反逆するような不敵さで、俺のことを救い上げてくれた『悪役(ヒーロー)』を一番近くで見てきたから。

 

 

「……ハッ、まぁ、囀るくらいは許してやるか。確かにアキレス腱がこっちの手中にあるんだ。憎まれ口の一つも叩きたくなるってもんか」

 

「ああ、それと」

 

 

 レイシアちゃんは、今度こそ性格の悪そうな嘲りの笑みを垣根さんに向けて、

 

 

精神感応(テレパス)の弱点は機械。アナタ、部下の運用もわたくしに及びませんわね」

 

 

 そんな煽りの直後。

 ガバァッ!! と、物陰から飛び出した猫科動物を模した機械が、ドレスの少女の手から操歯さんを奪い返す。

 

 ──T:GD。

 馬場さんが遠隔操縦で操っている、博士製のロボットだ。

 

 

「ナイスですわ、馬場。流石ですわね」

 

『まぁ、このくらいはね。そっちが敵の注意を話術で逸らしてくれていたから大分簡単な仕事だったよ』

 

 

 ……あ、そっか。

 馬場さんは既にT:GDを使って天文台周辺にやって来ていたんだった。

 つまり、隠れ潜んで不測の事態に備えていたって訳か。そしてレイシアちゃんはそのことに気付いていたから、そこにあてこんで垣根さんを挑発していたと……。ぜ、全然気付かなかった……。

 レイシアちゃんの怒りがぐっと収まっていたのは、その為だったんだね。

 

 

「────ッ!!」

 

「……やめておきなさい。うっかり人質に当てちゃったら寝覚めが悪くなるし」

 

 

 反射的に手を構えたツーサイドアップの少女──『スクール』のスナイパーさんを、心理定規(メジャーハート)さんが抑える。

 …………さて、これで条件は対等になったぞ。

 

 

「……分が悪いわね。私は一旦退くわ」

 

「ふ、へへ……! 退く? 獄彩さんももったいないですねえ……! 親友と思う存分殺し(かたり)合えるというのに……!!」

 

 

 …………う、なんかめちゃくちゃな悪寒が……!!

 

 ともあれ、スナイパーさんが無能力者(レベル0)なのは把握済み。面と向かっているなら、狙撃対策の気流で銃弾の軌道をズラしてしまえば無力化できる。

 上条さんは狙撃を無効化はできないから、ここは早く彼女を倒して──、

 

 

 …………んっ?

 

 

 ──そう思考して気流を展開したのだが、にも拘らず、気流は俺の計算通りに動いてくれなかった。

 まるで何かに、捻じ曲げられたかのような……。

 

 

「おいおい。だから言ったろ。勝手に突っ走るなって。早速やられそうになってるじゃないか……」

 

「あら、誉望さん。お留守番なんじゃなかったでしたっけ?」

 

「…………俺は一応、お前の教育係だからな」

 

 

 そこにいたのは、ヘッドギアの少年。

 確か彼は、念動能力(テレキネシス)の持ち主だったはず。だとするなら、俺達の気流を歪められるのも納得だ。

 

 

「……確かに、完膚なきまでに心をへし折ってやったはずでしたが?」

 

()()()()()()()。確かに俺は一度垣根さんに心をへし折られた負け犬だ。今でも思い出しただけで震えが来るよ。だがな……能力に対する誇りまで捨てたつもりはない」

 

 

 ヘッドギアが、風に煽られたわけでもないのに不自然に揺らめく。

 まるで、誉望と呼ばれた少年の闘志をあらわしているかのように。

 

 

「負けっぱなしのまま、終わらせられるか。俺が下につくのは、垣根さんだけでいい……!!」

 

「ふぅん。誉望さん、珍しく熱血ですねぇ。でもわたくしも、せっかくの親友との逢瀬ですからぁ……」

 

「悪いが、お前の相手は私だ。護衛(メイド)としては、依頼主に変質者を近づけるわけにはいかんのでな」

 

 

 俺とスナイパーさんの間に割って入るように、メイド服の徒花さんが立つ。

 巨大なマクアフティルを盾のように構えている徒花さんは、こちらの方を見ずに言う。

 

 

「狙撃手は受け持った。ブラックガード嬢はあのヘッドギアを頼む」

 

「承知しましたわ」

 

 

 もとよりそのつもり。

 俺は、誉望さんの方へ向き直る。そして、最後のピース──。

 

 

「へえ。誉望のヤツ、意外と根性あるじゃねえか。さて……幻生を狙っているときに横から襲われても面白くねえし、まずはここでテメェらをさくっと叩き潰して、その後に幻生と行きますかね」

 

「…………………やらせるかよ」

 

 

 垣根さんの目の前に立ったのは、当麻さんだった。

 

 

「テメェが抱えているモンがどれだけ大きいのかは、分からない。テメェにだって救いたいヤツはいるんだろうし、それがテメェをそこまで焦らせているんだってことも分かる。……でも、テメェのやり方を認めるわけにはいかない」

 

「じゃあ、どうする? 学園都市の第二位を前にして、妙な右手を持っているだけのテメェが」

 

「殺すよ。お前の幻想を」

 

「やってみろ」

 

 

 言って、垣根さんの身体が宙を舞う。

 三対の白い翼を大きく広げ、学園都市の第二位は幻想的な光景を描き出しながら、

 

 

「テメェの右手(じょうしき)なんざ、俺の幻想には通用しねえよ」

 

 

 白濁し白熱した純白の殺意を、ただ振り下ろした。


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