【完結】とある再起の悪役令嬢(ヴィレイネス) 作:家葉 テイク
「塗替が…………木原幻生に乗っ取られてる、だって……!?」
俺の言葉に、当麻さんは目を丸くして驚いているようだった。
いやいや、無理もないとは思う。だって、『憑依乗っ取り』って完全に魔術サイドの事件だからね。それを木原幻生っていう完全なる科学者がやってるって言われたら、そりゃあ驚くだろう。
…………それを言うなら幻生は散々『ドラゴン』とかやらかしてるのに、今更のような気がしないでもないけどさ。
「そんなに驚くようなことか? たとえば第五位なんかは、洗脳の応用でリアルタイムに対象に自分の自我を反映させることだってできるぞ」
「第五位……確か、
……あれ? 当麻さん、食蜂さんのこと覚えてるの?
ああいや、能力のことは意味記憶だから覚えてるってだけか。
「科学にしろ魔術にしろ、極まれば辿り着く場所は同じようなものということなのでしょう。手法は分かりません。ただ、今の塗替さんの行動は、彼自身の意志ではない。それは間違いないですわ」
……実際にぶつかってみて分かった。
あれは、やはり塗替さんではない。あの言動、行動方針、どれをとっても該当するのは──木原幻生だ。
「……レイシア……」
当麻さんの呼びかけで、俺は自分が拳を固く握り締めていることを自覚する。
そして、自分の激情を認識することで、ある種頭が冷えた。…………ああ、分かってる。今憤っても何も変わらないし、怒りは思考を鈍らせる。そして、思考が鈍ればそれは幻生さんの思うつぼだ。だから、落ち着いて今後のことを考えて行かないと。
「……もう大丈夫ですわ。それで、どう動きます?」
「あのクソ野郎、どういう手品を使ったかは知らないが、今は姿をくらましているらしいな。下部組織の連中に調べさせているが、梨の礫だ。だが……あの妖怪ジジイのことだ。なんの目的もなく暴れているとは思えねえ」
「…………塗替さんを乗っ取ってまで強行した、この脱獄劇には……明確な目的があると?」
「ああ。そしてそいつは、木原幻生にとってのアキレス腱になりうる。ま、塗替斧令を乗っ取ったのは単なる成り行き程度の理由しかねえだろうけどな」
木原幻生がこのタイミングで脱獄をした、理由。
別にいつでもよかった、なんてことはないはずだ。いつでも良いなら、わざわざ脱獄をする意味はない。塗替さんが刑期を終えて、学園都市の外に出てからだって遅くはないだろう。その方が、自分にかかる監視だって薄くなるし、動きやすくなる。
にもかかわらず、脱獄という形で動き始めた背景には…………やはり、『焦り』があるとしか思えない。このまま刑に服していたら、幻生さんに何か不利益があるからこそ、無理やり行動を開始したんだ。
じゃあ、どんなことが……?
……………………。
それが分かれば、苦労はしないんだよなぁ……。
そもそも、俺がちょっと考えて答えが出る程度の話なら、垣根さんが今もこうして俺達と一緒にうんうん唸っているわけがないし。
「そこについては! 結局、私達が知ってるって訳よ!」
と。
膠着状態の現場で、少女の甲高い声が響き渡った。
そこにいたのは────。
「フレンダさん!?」
フレンダ=セイヴェルン。
それと、茶髪の少年──浜面仕上。
今この時期はまだ『アイテム』に属している二人の
…………フレンダさんの方は、仮にも一度は『アイテム』の一員として敵対していたのに凄い堂々たる立ち姿だ。なんというかこう、学園都市の裏街道っていうのはこのくらい面の皮が厚くないとやっていけないのかね。
とはいえ、当然ながら俺達からしたら『敵対勢力』だ。傍で待機していた徒花さんが、音もなく身構えたのが気流で分かる。
これに敏感に反応したのは、浜面さんだった。
「あー! ちょ……ちょっと待ってくれ! こう、俺達にも色々あってだな……。……っつか」
「お前、あの時の……、」
「……クソったれ。こっちはこっちで最悪の対面だぜ」
当麻さんと浜面さんの間で、妙な雰囲気が漂う。……ああ、そういえば当麻さんと浜面さん、一番最初に戦闘したときぶりの再会なんだったっけ?
というか色々変わってるこの世界でも、例の事件って起きてたんだねぇ。まぁ起きてなきゃ(そして当麻さんが解決してなきゃ)今頃浜面さんは死んでるか。
そこで、二人の因縁には一ミリも興味なさそうな垣根さんが高圧的に疑問を口にする。
「んで? ドヤ顔で登場きめたんだ。相応の情報は持っているんだよな? 情報のソースから話してもらおうか」
「あ、ああ。まぁ、偉そうに言っておいてなんだが、殆ど偶然で手に入れたようなもんなんだけどよ……」
そう言って、浜面さんはゆっくりと話し始めた。
……フレンダさんは、暇になったからか爪いじり始めてるけど。
「……っつーわけで、俺達は塗替……えーと、木原幻生?ってヤツとかち合ったわけじゃないけど、アイツのパワーアップはそう持たないって分かったんだよ」
「でも、結局アイツ得体のしれない力を使ってるでしょ。近くに良い戦力がいないかな~と思っていたら、レイシア達を見つけたって訳よ!」
相変わらずの能天気そうな表情で笑うフレンダさんに対して、真っ先に反応したのは横で話を聞いていたメイド服の徒花さんだ。
俺達との間に遮るように立つ徒花さんの手には、いつの間にかマクアフティルが握られていた。…………地味に戦闘態勢だ。まぁ当然だけど。
「……ほう。よくもまぁこの程度の情報で『メンバー』の一員である私の前に顔を出せたものだな。お前達が今誰と敵対しているかも忘れたのか?」
「だーっ!! やっぱこうなるんじゃねえか!! クソったれ! 逃げるぞフレンダ!」
「まぁまぁ二人とも落ち着いて落ち着いて」
せっかく共闘できそうなのにあわや戦闘という感じになってしまったので、俺は徒花さんを宥めるようにして二人の間に入り直す。
そして尻ポケットの拳銃に手を突っ込んでいる浜面さんの方を見て、
「アナタの方も、ね?
「………………ッ!!」
……なんかビビられたような気がするけど。
「ここで争っている暇などありません。必要ならば先の襲撃に対する追及も一旦棚上げしましょう。……塗替さんには時間がないと、分かりましたから。あと三時間以内に、幻生さんを塗替さんの身体から追い出す。……そのためには」
「俺の右手の出番って訳だな」
そこで、それまで場を静観していた(というより目まぐるしく変わる盤面に目を白黒させていた?)当麻さんが一言呟く。
そう。幻生さんがどういう原理で憑依しているのかは分からないけど、真っ当な科学でないことは間違いない。そしてまっとうな科学ではない──即ち異能の力であるならば、当麻さんの
「………………」
「第二位、何かありまして?」
「ん? ああ、別に構わねえぜ。どのみち幻生を追い詰めてプチッと潰すのは変わらねえんだ。肉盾が増えようが減ろうが
「ハァ? なんですのその序列マウント。協調性の欠片もないですわ」「レイシアちゃん、気にしすぎです」
垣根さんの煽りで瞬間発火するレイシアちゃんを宥めつつ、俺は改めて情報を整理する。
……タイムリミットは三時間。
それまでに幻生さんが塗替さんの身体を使ってやろうとしている『何か』を阻止しつつ、当麻さんの右手で幻生さんの憑依を解除させなくてはいけない。
立ち向かうのは俺達、当麻さん、徒花さん、垣根さん、フレンダさん、浜面さん。
差し当っての問題は────、
「ところで、幻生って今どこにいるんだ? なんかめっきり足取りが掴めなくなっちゃったけど」
「そこなんですわよねぇ……」
というわけで、六人揃ってうーんと唸ることに。
いや、こうしている間にも多分『アイテム』とか『スクール』とか『メンバー』の下部組織の人達が頑張って幻生の足取りを追いかけているんだろうけども……。
しかし、どうやって学園都市の上層部の監視を掻い潜っているんだろうか……。
《……あっ。逆に言うと、
《あ~、有り得ますわね。そういえばアックア戦のときに、大規模な爆発で
確かに、そんな描写があった気がする。『前の巻の根幹になってた要素を速攻で噛ませ要素にしてきたな!』ってツッコミ入れながら読んでたから印象に残ってる。
しかし、となると幻生さんは特殊な仕込みをしているわけじゃなくて、天使の大出力でこのへん一帯の
「……ブラックガード嬢。ちょっと良いか」
そこで、メイドの徒花さんが声を落として俺達に耳打ちしてきた。……皆の前では話しづらいことなのかな?
「木原幻生の『憑依』だが……本当に塗替の肉体に憑依しているなら、二つの魂を内蔵することによる『魂の強化』が行われている可能性がある」
ッ!?
「徒花さん、それは……」
「ああ。
徒花さんは魔術師の顔で忌々し気に吐き捨て、
「二つの魂が相互的に機能することで、その出力を強化するというのは魔術の世界でもままある。東アジアや南アジアで行われる獅子舞のような、『一つの器に複数の人間を入れて行う儀式』がその一例だな。ここまで言えば、ブラックガード嬢なら分かるだろう。
「…………!」
ま、さか。
木原幻生は……まさか、人工的に俺達と……『レイシア=ブラックガード』と同じ状態になった、ってことか!?
だが……、
「だが、魂の出力の強化というのはそんなに簡単な話ではない。ヒトの容量の中に蓄えられるチカラの総量というのは決まっているんだ。もちろん、その総量を誤魔化そうという研究も魔術サイドでは盛んにおこなわれていたが……」
そんなに簡単な話ではない、ということは分かる。
だって、俺達が今こうやっていられるのだって、ステイルさんと神裂さんがインデックスの知恵を借りて護符を作ってくれたからなんだし。
「お前達のように『魂の許容量』が大きい特異体質というのは稀だ。それこそ聖人なんかよりもよほど貴重かもな。……お前が魔術サイドの人間であったなら、『魔神』を目指していたかもしれないくらいに」
…………おおう。
多分、徒花さんは科学サイドの俺達には魔神というものの価値なんか分からないと思って気にせず言ってるんだろうけどさ……。
魂の許容量が高いのって、そんなに凄いことなの……? 魔神を目指すことが視野に入るレベルで……? そんな護符をしれっと作っちゃったの、インデックス……。じゅ、一〇万三〇〇〇冊の叡智……。
「ただのヒトの肉体でそれを再現しようとしたなら……そりゃあ肉体も破壊されるというわけだ。つまり、あの不良二人の言っていることには
……なるほど。
そこで話をまとめ始めた徒花さんを見て、俺は何となく彼女の言いたいことが分かった。
「だからブラックガード嬢。塗替斧令を守りたいという気持ちは汲むが……少し『待機』しておくのもアリだと進言する。三時間で完全に自壊するとしても、綻びが出るのはもっと早いはず。残り一時間程度になればヤツが隠密に使っている何らかの策も自然と失われて苦も無く制圧できるんじゃないか?」
「……いえ、それではいけませんわ」
確かに、
「わたくしは、木原を前にして楽観はしません。わたくし達にも見え見えの破滅を前に、彼が分かりやすいレールの先へ進んでくれるとは思えない。……自滅を待っていては、さらに性質の悪いカタストロフが顔を出すに決まっていますわ」
それに、と俺は言葉を区切って、
「そのやり方では、塗替さんを助けたとしてもその肉体はボロボロになっているはずですわ。そんなやり方をわたくしは認めるわけにはいかない。……そしてそれは、幻生さんが破滅を回避するためにとる『何らかの方策』にしても同じこと。乗り捨てるにせよ、作り替えるにせよ、塗替さんの肉体には深刻なダメージが発生するはずですわ。その前に何としてでも幻生さんを倒す必要があります」
「…………建前が見え透いているな」
「さて、何のことやら」
人間の肉体では扱いきれない力をどうにかするために幻生さんが何をするかは分からないが、どうせ『木原』印のろくでもないやり方なのは分かり切っている。
そのためにも、まずは幻生さんの居場所を突き止めないといけないんだけど……、
…………
「…………あ」
……そうだ。
なんで俺は気付かなかったんだ! 答えは……最初から目の前にあったじゃないか!! 人間の肉体では御しきれないなら、どうすればいいか。そのシンプルな回答が……!!
「ヤバいですわ……! 幻生さんの狙いが分かりました!!」
人間の肉体では飛躍的に向上した魂の出力を受け止めきれないなら、どうすればいいか。
受け止められる器を、用意してやればいいんだ。
そしてその器は……あるじゃないか! 鉄の肉で作られた、お誂え向きの器が!!
「ドッペルゲンガーです!! 木原幻生は、彼女を己の器として狙うはずですわ! 馬場さん!!」
噛みつくように、俺は携帯機器に叫ぶ。
携帯機器の先では馬場さんがガサガサと資料を漁る音と共にこう言ってきた。
『くそ、人使いが荒いな……。ドッペルゲンガーと第三位の攻防については、T:GDを差し向けて追ってはいる。……連中、今は第二一学区にある天文台の方へ向かっているようだ』
……第二一学区の天文台? なんだか急に遠い場所に飛んだような気がするな。
ともあれ、場所が分かったのなら急いで出発しないと──、
「ヤバいわ……!」
そんな風に考えていた俺達だったが、先ほどの俺の台詞をなぞるようなフレンダさんの一言で、一旦思考が止まる。
見てみると、フレンダさんの方は顔を蒼褪めさせ、目を泳がせまくっていた。……何がマズいの?
「第二一学区の……天文台! それって結局! 微細のアジトじゃないの!!!!」
……結局、微細って誰?
そんな疑念とその場の勢いのせいで、浜面さんの『やっぱこうなるんじゃねえか……』という呻き声は、夜の闇に溶け込んでいった。
原作キャラ紹介
名前 | 微細乙女 |
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初出 | とある魔術の禁書目録SP 上条当麻編(通称『火星SS』) |
設定 | |
学園都市の学生にして、研究施設『 火星探査機に付着して火星にて突然変異を起こした『密着微生物』からメッセージを受け、『彼ら』を受け入れる為に研究をしている。 『正史』においては彼らを受け入れる為のモデルケースとして、火星でも繁殖可能なほどの爆発的な繁殖力を持つ微生物を開発したことを外部の魔術師に危険視され、戦闘に。結果的に巻き込まれた上条当麻に敗北し、『 何気に新約四巻でも地の文にのみ登場している。『ナチュラルセレクター』の参加者の一人。 『密着微生物』とは、繊毛の動きによってスプリング式コンピュータを再現した知性体。作中でも、『誰かの悪戯である可能性もある』と言われており、実在するかどうかは定かになっていない。 なお、この世界線では |