【完結】とある再起の悪役令嬢(ヴィレイネス) 作:家葉 テイク
「…………チッ」
その時。
垣根帝督は、上空から全ての顛末を見ていた。
上条当麻は、塗替斧令の戦力を見極める為の当て馬。潰されようが生還しようがどうでもいい程度の存在でしかなかったが、標的諸共爆死されるとなると話が変わってくる。
ゆえに、音速の挙動を持って上条を救出すべき局面ではあったのだが……垣根には、それを逡巡する理由があった。
(あの野郎……俺の
上条が紐なしバンジーを敢行したとき、垣根も当然ながらそのまま落下死させる気などはなかった。
落下する上条に
(あの戦いの中で、『ドラゴン』とやらの攻撃を何度か捻じ曲げたのを見てはいたが、まさか俺の
レイシア=ブラックガードの協力者ということでできれば彼女との繋がりとして確保しておきたかったし、塗替に関しても『遺産』への手がかりでできれば生かしておきたかったが、それはあくまでも『できれば』の話でしかない。
ゆえに垣根はドライに二人を『見捨て』ようとしていたが──
瞬間、白黒の稲妻が虚空を引き裂いた。
(…………ッ!? この能力──
一瞬にして起爆寸前の力の塊が『亀裂』に覆われたのを見て、垣根はすぐさま地上に降り立ち、イチかバチかで右手を突っ込もうとしていた上条当麻を地面に引き倒し、翼で以て身を包み込んだ。
直後。
音が消し飛ぶほどの爆発が、発生した。
(チィ……! 降りてきておいて正解だったな。流石に爆発を密閉しておいて防ぐのは
一瞬そう考えた垣根だったが、第二位の頭脳が、そうではないという計算を叩き出した。
確かに、『亀裂』は強化された
だが、一方であの戦いにおいて、
「ふう……なんとか、間に合いましたわね」
「守る必要あったか? 第二位がいたのだから傍観していてもよかったような気がするが」
「いえ。……そうですわよね? 第二位さん」
「テメェら…………」
つまり、レイシア=ブラックガードは『あえて垣根たちの側の「亀裂」の強度を落とした』のだ。
おそらくは……。
「そう恨みがましい視線を向けないでくださいます? 塗替と当麻、二人を生還させるにはそれしか方法がなかったのですから、しょうがないでしょう」
『自爆』の衝撃を上条側に来るように、『亀裂』の一部分だけを弱くしていたのだ。
おそらくは、上条が生還する目があれば垣根の利害計算の天秤が救出に傾くことを予測して。
「
「アナタだって当麻を見捨てようとしていたのですからお相子ということにしませんこと?」
「シレイシア! 垣根も……助けてくれたんだな、ありがとう!」
上条が起き上がってきたのを見て、レイシアはゆっくりと後ろを振り返る。
砕け散った亀裂と噴煙が過ぎ去った後に──塗替斧令は、忽然と消えていた。
「だが、まぁちょうどいい。俺の目的はテメェだ、
ピッと人差し指を向けて、垣根は言う。
「簡単なインタビューだ。
「ハァ? なんでわたくしがタダでそんなこと、」「別にいいですわよ」
……垣根的にはもうちょっと剣呑な問答をしておきたかったのだが、そんな常識は目の前の脳内お花畑令嬢には通用しなかったらしい。
「…………まんまとハメられたな」
それに対し、レイシアはきょとんとしながら首を傾げる。
「どうかしましたの? 研究データならば別にわたくし、全部提供しても構わないですわよ。アレはウチの派閥の研究成果ではありませんので、わたくしの独断で渡しても問題ありませんし」
「…………そうじゃねえ」
『人命がかかっているなら是非もありませんわ』などと宣う相変わらずの聖女サマは論外だが、垣根が言いたいのはそこではない。
「……
もともとの
その点において、林檎には彼女自身の人格と
だが、問題はレイシアの口から告げられた実験の経過にあった。
「…………実験中、
魔術の存在を認めていない垣根に事の次第を説明するにあたり、レイシアはそういう表現をしていた。
実際、レイシアにはステイルや神裂の処置を真似することができないので、再現性がないという意味では間違いではない。
だが……。
「つまり、俺がそのことを知らずにデータだけ見て
それは、単なる死よりも数段惨い。
希望が絶望に反転し、なおかつ『彼女だったモノ』が歪な形のまま暴走して牙を剥く。なるほど、木原らしい精神をズタズタに引き裂く悪意の戦略である。
だが一方で、垣根は希望を見出してもいた。
「ただ……生還したっていう実例は、今俺の目の前にいる。幻生もただ検証しただけでは嘘がバレないと分かっているからこの情報を俺への撒き餌に使ったんだろう。つまり……」
「木原幻生の頭の中にあるっていうデータを手に入れることができれば、垣根の救いたいヤツを助ける方法が見つかるかもしれない。……そういうことか」
上条当麻の、決意を秘めた言葉。
それを聞いて、垣根はハッとする。情報を聞いていく中で、うっかり『誰かを助けようとしている』という事実を二人(とショチトル)に分かるように話してしまっていたのだ。
もちろん『スクール』の本拠地にいる彼女に危害を加えるなど、他の暗部組織でも難しいが……それでも、他人に弱みを伝えるなど『裏』の人間にあるまじき失態だ。
(……チッ。善人どもに絆されちまったか? 気を引き締め直せ。コイツらは利用できる駒にすぎねえんだから)
人知れず考える垣根の前で、上条は眉根を寄せて困った表情を浮かべていた。
「でもなあ。肝心の木原幻生ってヤツは、今どこにいるのかも分からないんだろ? この街の偉い人がどこかに連れて行っちまったって……。……今から探すのか? 塗替の脱獄のことも何とかしなくちゃいけないしさ……」
「何言ってんだ」
困ったように言う上条に、垣根はむしろ好戦的な笑みを浮かべながら、こう返した。
「いるだろ。木原幻生。……気付かなかったのか? 言動、戦闘パターン、そしてあの『悪意』」
嘲るように言う垣根の言葉を引き継いで、今度はレイシアが、重々しい口調でこう締めくくる。
「……塗替斧令。おそらくは今、彼は木原幻生に『乗っ取られて』いるのですわ」
「いやー、まだ調整が必要だねー」
学園都市、某所。
塗替斧令──いや、彼の肉体を乗っ取った木原幻生は、そう言って若い身体で伸びをした。
あたりには人はいない。木原幻生は、どさくさに紛れて廃工場の中に潜伏しているのだった。
レイシアが周辺を気流感知で精査していれば第二ラウンドが始まっているところだったが……どうやら彼女としても、まずは垣根と上条と足並みを揃えることを優先しているのだろう。
────AIM思考体。
あるいは
0と1ではなく、流体の『濃淡』によって情報を表現する『流体コンピュータ』の理論。これに、AIM拡散力場を適用した概念である。
この存在を認識していれば、己の思考をAIM拡散力場に『深化』することでAIM思考体となることもできる。
あの時──木原幻生は、肉の器から解き放たれていた。
「分裂によって『AIMのみの存在』という状態を経験していたのはプラスだったねー。お陰で、咄嗟に『思考をAIMに移す』という作業ができたよー」
つまり、今アレイスターによって確保されているのは何の価値もない肉の器のみ。
要するに、統括理事長はまたしても細かいところで敗北を重ねていたというわけだ。
そして、他者の肉体に憑依するという案も──戦闘したレイシア=ブラックガードのケースからの発案だった。
「『彼女』がどこから生まれ出た存在なのかは知らないが……『多重人格』は本来能力の向上は齎さない。分割しようが『能力の元』は結局増えないからねー。つまり、『彼女』はレイシア=ブラックガードとは別のどこかから調達されてきた『能力の元』を持ち合わせている」
そのことに、幻生は易々と気付いていた。
とはいえ、彼の興味はシレンが『どこから来たのか』には決して向かないが。
「──憑依。本来であれば荒唐無稽なこの考え方も、AIM思考体を経由して考えれば、納得がいくねー」
つまり幻生は、学園都市内で発生した死者が何らかの形で偶発的にAIM思考体となり、それがさらに偶発的にレイシア=ブラックガードの肉体に憑依したと、そう考えているのだ。
──それで
「しかし、『肉の器』はアレイスター君の手の中だからねー。
──それが、
AIM思考体として塗替に『憑依』するということは、能力の出力が増大するということ。その状態で
その一撃は、まともに振るえば大陸を真っ二つにすることすら可能だろう。ただし……、
「……ふむ。問題といえばこちらも、だねー」
幻生が視線を落とした先。
塗替斧令の掌。
そこには──生物であれば有り得ないような、無機質な『亀裂』が走っていた。
一つは、二つの魂による同調。杠林檎の場合、ここで躓くことによってそもそも魂の出力増強が上手くいかず、二つの魂が同化して暴走する可能性が高かった。木原幻生はその技術力によってその可能性を踏み越えたが、ここでもう一つのハードルがある。
それが、魂の容量の問題である。
「……うーん。今はなんとか抑えきれているけど、タイムリミットとしてはあと三時間といったところかねー」
だが、木原幻生の精神状態に焦燥というパラメータは生まれない。
何故なら。
「『器』の強度が安定すれば、もう少し出力も安定するんだけどねー。…………ん、そういえば……
そうして、木原幻生は笑みを深める。
この街で鍛え上げられた老獪な笑みを浮かべながら。
「ドッペルゲンガー。専用に整備した鉄の器が望ましいねー。アレさえあれば……もっと面白い実験ができそうだねー?」