【完結】とある再起の悪役令嬢(ヴィレイネス) 作:家葉 テイク
「状況は?」
合流した徒花さんは、開口一番にそう問いかけてきた。
徒花さんの方も、けっこう情報が錯綜しているらしいが……生憎、俺達もあれから情報を得られたわけじゃなかった。
ただ、状況は刻一刻と悪くなっていく一方だ。
『もう既に塗替脱獄の報は一般の
「チッ……。あるいは、この事件が収まった後も塗替の所在を盾にお前の行動を縛る思惑かもしれんぞ、ブラックガード嬢」
「その場合は塗替を切り捨てますわ」「ちょっとレイシアちゃん……」
あまりにも冷たい一言に俺は思わずレイシアちゃんに待ったをかけるが、レイシアちゃんはすぐさま内心で、
《お馬鹿。こういう風に言っておかないと、この会話も
《…………な、なるほど……》
た、確かに……。
そっか、レイシアちゃんは外面も気にせず、本当に塗替さんが助かる為に何をすればいいのか既に考え始めていたんだ。…………俺も、状況に流されるだけじゃいられない。
なんでもいい。積極的に、状況を変えるための材料を探さないと!
……といっても、状況を変える為の材料ねぇ……。
実際、塗替さんの脱獄が『表』でも大々的に報道されてしまった以上、事はかなり厄介な状態になっているのだ。
何せ俺達は、塗替さんが政治犯として処断されそうになっているのを一回止めたという経緯があるからね。
そして世論は、その時点で大分塗替さん憎しの方向に傾いていた。俺達がお涙頂戴の一芝居を打ったり、塗替さんを政治犯に仕立て上げることで巧妙に人質にしたヤツがいたこととかを暴露した(この流れで幻生さんも収容する予定だったんだけど、なんか途中で暗部に掻っ攫われてしまった形だ)ことによってなんとか政治犯の部分は取り下げることができたんだけど……。
世論からしてみれば、元々ろくでもないヤツだと思っていたのが今回の脱獄大暴走なわけで、今度こそ『それ見たことか!!』で塗替憎しが決定的になりかねない。
……これ、事件が落ち着くまでかかりっきりになってたら取り返しがつかないことになるかも。
…………。
「あの」
意を決して、俺は馬場さんに通信を送る。
こういうのは、ちょっとズルかもしれないけど……、
『どうした?』
「情報を攪乱していただきたいのです。具体的には、脱獄の原因についての情報。
「……なるほど。手としてはアリだな。だが……」
『ああ。もちろん問題はないけど、それにしたって世論が災害への恐怖でパニックに陥っていられるのは数時間が限度だぞ。夜が明けて状況が把握できるようになる頃には情報も出揃ってしまう。それまでに収拾がつかなければ……』
「ええ。分かっています。……この夜の間に、全てを終わらせる。そして裏で糸を引き、状況を操っている真犯人を、この手で捕まえてみせます。そうすれば、塗替の汚名も雪げるでしょう?」
もともと、塗替さんを止めるためにも、彼を操っている『何か』との対峙は必須だったんだ。
倒すついでに、捕まえて真犯人コイツです! ってやったって良いだろう。
『……しかし』
俺の話を一通り聞いて、馬場さんはどこか感慨深げに話し始めた。
『シレンの口から情報戦の提案が出てくるとはね。順調に搦め手の経験値も上がっているようで何よりだよ』
「……馬場、もうお前ブラックガード嬢の人格の見分けがつくのか?」
『…………、』
「馬場も順調にわたくしの相棒としての経験値が上がっているようで何よりですわ」
『……………………!!!!』
──前略、上条当麻は上空五〇メートルからの自由落下中であった。
さらに上条の不幸は続く。
落下した彼の着地地点──つまり暫定的死に場所には、ちょうど噂の脱獄犯──塗替斧令がいたのだ。
「────ば、馬鹿野郎ッ!?!?」
落下中に塗替と視線があった上条は、無駄と知りつつ右手を眼前に掲げる。
宵闇の中で上空から落下してくる上条にピントを合わせた塗替は、にんまりと不気味な笑みを浮かべ、
「
不可視の力を、振るった。
直後、思考しか許されない上条の脳裏を様々な思惑が駆け巡る。
(能力ッ!? 回避──できない! 右手で防御ッ? ──この感じ、何か……ッ!?)
それは、咄嗟の判断だった。
本能、と言い換えてもよかったかもしれない。上条は右手で不可視の力を受け止めるのではなく、その力を撫でるようにして手を滑らせ、側面を『掴んだ』。
ゴガガガガギギギギギギ!!!! という異音と共に上条の身体は減速し、不可視の力の側面を滑るようにして地面へと降り立つ。
九死に一生を得た上条だが──それは同時に、今放たれた不可視の力が
「……おやおや。また小器用になっているねー。打ち消しきれない出力の場合は、触れるようにして干渉ができるんだねー」
「お前…………」
それに対し、塗替はあくまで分析するような口調で、冷静に能力を観察していた。
その姿は──上条の知る塗替斧令の姿とは程遠い。
(ワイドショーで悪し様に叩かれてる姿か、あの事件のときに見た横顔くらいしか印象がねーけど……それにしたって、この右手でも打ち消せないほどの出力だって!?)
それでも上条が必要以上に動揺せずにいられたのは、先日の『ドラゴン』との戦闘経験があるだろう。
あの威力は、これの比ではなかった。──もっともこれは空中落下という死亡確定の状況から生還したことで一時的に恐怖が麻痺しているだけなのだが、そこはそれ。ともかく上条は奇跡的に『生き残るための次の一手』へと瞬時に思考をシフトさせることができた。
即ち。
「──まぁ、今君に興味はない。ただ、一応ついでに、行きがけの駄賃として『メインプラン』は破壊させておいてもらおうか」
ドウッッッ!!!! と。
当然、そのまま受け止めようものなら、上条の右手は打ち消しきれなかった異能の力によってよくて骨折、最悪右手ごと弾かれて挽肉どころかピンク色の肉ジュースになってしまっていただろう。
だから上条も、無理に右手に頼らなかった。
「ッ!」
全身を使って跳躍し、転がるようにして物陰へと潜り込む。
回避できた──と思ったところで背後から発生した余波の暴風に背中を叩かれた上条は、そのままふわりと風に煽られて頭から地面に突っ込んだ。
辛うじて地面を転がるようにして受け身をとった上条は、与えられたプレッシャーを吐き出すように勢いよく悪態を吐く。
「ぐ……ッ! なんつー威力だ……
「それは当然だねー。彼は優秀だが、それはあくまで個としての強さ。群体の強さにはやはり劣るよー」
微笑みをたたえながら言う塗替の足元には、くっきりとさきほどの攻撃の『余波』が残っていた。
(なんだ、アレ……)
まるで、型抜きをした後のような『余波の跡』。
塗替の目の前でぽっかりと直径一メートルほどの半球状の穴が空き、そこから直線状に地面が抉れていた。……とてもじゃないが、個人の『能力』によって生み出せる範疇の攻撃ではない。
上条も真正面から
(確か、アレは
たとえば、
多数の能力者の脳波を術者のものに合わせることで無理やりにAIMのネットワークを構築、それによって複数の能力を自在に操るという手法だが……複数の能力を意図的に暴発させることで
『木原幻生の遺産』。それが本当に使われているのであれば──今回も同じ方式である可能性は高い。
つまり……。
(どういうわけか、発現した『
つまり、目指すは
「ほう、考えたねー? だけどいいのかい? あの戦闘では、『
「強がるなよ」
走りながら、上条は言う。
「どんな力だって、強くなれば強くなるほど取り回しは難しくなる。俺は知っているぞ。レイシアだってそうだった。二つの人格で能力の出力を跳ね上げたあの方法は、アイツらがとびきり器用だったことや、他の色んな奴らの手助けで成り立ったんだ。……いくら
証拠に、塗替は未だにもう一撃を撃ってこない。
それは慢心や矜持ではなく、単に撃てないだけなのだ。幻想殺しの出力を上回るほどの一撃を暴走させずに安定して撃つためには、きちんと時間をかけて準備する必要がある。それが、上条の付け入る隙になっている。
「──ふむ」
それに対し、塗替は笑ってみせた。
「このまま行けば次の第二射も上条君は上手く乗り越える、か……。そうすれば僕の詰みは確定的になってしまうねー。……ならば」
その笑みは、
「
直後。
塗替の眼前に揺蕩っていた『不可視の力』の塊が──起爆した。
今回の