【完結】とある再起の悪役令嬢(ヴィレイネス)   作:家葉 テイク

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八七話:遺産

「な……なんですって!?」

 

 

 塗替さんが脱獄した。

 その信じられないニュースに付け加えるように、馬場さんの通信はさらなる事実を叩き込む。

 

 

『それも、大分派手に脱獄したみたいでね……。負傷者が大量に出ている上に、他の犯罪者どもまで便乗で脱獄して、軽いパニックになっている。学園都市上層部は即時、塗替斧令を指名手配したらしい。……裏にも出回っているぞ。生死は問わない(デッドオアアライヴ)だとさ』

 

「…………!!!!」

 

 

 思わず、言葉を失う。

 生死を問わないって……そんな!

 

 

「…………美琴さん」

 

 

 その報を受けて、俺は静かに美琴さんに呼び掛けた。

 美琴さんの方も、神妙な面持ちで俺の言葉を待っている。

 

 

「すみませんが、わたくしは一時離脱させていただきます。……この状況で、彼のもとへ向かわないのはありえませんので」

 

「なッ!? 待て白黒鋸刃(ジャギドエッジ)、今の通信を聞く限り、アナタの元婚約者が脱獄をはたらいたのは分かった。だがそこについては法的機関に任せるべきではないか!?」

 

 

 マスクの少女が、そう言って俺達のことを制止してくる。

 ……まぁ、言いたいことは分かる。ただでさえ『アイテム』や木原数多まで出てきているんだ。此処で超能力者(レベル5)に抜けられるのは困る。それは分かる。でも……。

 

 

「法的機関に任せては、おそらく取り返しのつかない結末になりますわよ」

 

 

 俺には、そんな確信があった。

 

 

「何を言って……、」

 

「そもそも、塗替さんが脱獄したとして──彼はそれをどうやって実現したのですか? 塗替さんは能力開発を受けているわけでもなければ、突出した科学を持ち合わせているわけでもありません。彼自身は学園都市協力機関の元社長という経歴を持っているだけの、ただの一般人ですわ」

 

 

 脱獄の動機はあるだろう。だが、彼はよくも悪くも能力については『スケールが小さい』。世間を巻き込んでGMDWを失脚させようという発想を持っているくせに、その失脚のネタはレイシアちゃんの自殺未遂であり、そのネタを獲得するために違法行為をはたらいていたというところからも分かるだろう。

 彼自身には、彼の我儘を通すための材料がないのだ。だから、ダーティな方法をとってでも彼の我儘を通す為の材料を獲得する必要があり、そこが弱みになっていた。

 そんな彼が、単独で脱獄を成功させるだけの──ましてその後学園都市全域で指名手配を受けても逃げ切れるだけの『強み』をこの短期間で獲得できるとは到底思えない。

 

 良くて、協力者がいる。

 

 悪ければ──

 

 

「……何者かに操られている可能性、ね」

 

「その通りですわ」

 

 

 美琴さんの推測は、俺の目から見ても的を射ていた。

 

 

「私はアイツがどこまで改心したか分からないけど、あれでもアンタに命を救われて、色々話をしたんでしょ? なら今更こんな方法で色々フイにしたりはしないでしょ」

 

 

 それはどうだろうね……。塗替さん、どんな手を使っても俺達に復讐するって言ってたような気がするし。

 

 

『ああ、僕もそう思う。加えて言うなら……現場の状況を見る限り、おそらく「木原」が関わっている』

 

 

 …………木原が?

 そんな、現場を見ただけで木原の関与が分かっちゃうくらい、とんでもない現場だったんだろうか。

 

 

『まず、現場の留置所は、独房の壁面を含め半壊状態だった。にも拘らず、留置所内部にいた犯罪者の大半は傷一つ負っていなかった。……つまり、爆発物による脱獄ではなかったのさ。破壊された建造物の大半は、何故か()()()()()()()()()()()()らしい」

 

 

 ……あー、なるほどね。

 それは、確かに木原だわ。建造物が夏場に放置されたアイスみたいにドロドロに溶けるなんて、そんなのまともな科学じゃない。とすると……この街の傾向を考えると、木原の関与を疑うのは自然な流れだ。

 ただ、それだけなら少し安直というか、あまりにも結論を急ぎすぎのような気がするけど……?

 

 

『もちろん、それだけじゃない。「木原幻生の遺産」が使われていたんだよ。この脱獄には』

 

「…………木原幻生の、遺産?」

 

 

 剣呑な響きに、俺が何か言う前にレイシアちゃんが反応する。

 馬場さんは『ああ』とそれを認めて、

 

 

『留置所からの脱獄。ここまでは負傷者が出るような状況じゃないだろう? ならばどこで負傷者が大量発生したと思う?』

 

「…………、」

 

『起きたんだよ。乱雑解放(ポルターガイスト)がな』

 

 

 …………!!

 

 暴走。

 犯罪者といっても、学園都市のそれであれば多くは学生、あるいは能力開発経験者であることが想定できる。

 たとえ強度(レベル)が低かったとしても、彼らには当然AIM拡散力場が備わっているわけで……。能力の暴走は、十分起きうる。

 そして、乱雑解放(ポルターガイスト)といえばテレスティーナさんの研究だが……そもそも、能力の暴走はもとをただせば幻生さんの研究テーマ。さらにあの一件では、幻生さんは乱雑解放(ポルターガイスト)による能力の暴走を己の手足のように操っていた。

 そのノウハウは、もはや『木原幻生の遺産』と言ってもいいだろう。

 

 

『ただでさえ外壁が溶解して耐久力が落ちていた留置所は完全に倒壊。この倒壊に巻き込まれて内部に詰めていた看守の警備員(アンチスキル)や脱獄していなかった犯罪者どもが大勢負傷。幸いにも死者はいなかったようだが……さらに便乗して脱獄した犯罪者どもが応援の警備員(アンチスキル)と衝突して大量の負傷者が出て、肝心の塗替はあっさりと脱獄したというわけさ』

 

「…………手際が良すぎますわね」

 

 

 とてもじゃないが、塗替さんにそんな怪物じみたスマートさはない。

 これは塗替さんを低く見ているというわけではなく──こんな凶悪な手段に及ぶほど、塗替さんは取り返しがつかない人じゃあないと、俺は信じている。

 

 そして、もしも。

 何者かが塗替さんを隠れ蓑にして、彼を脱獄させたのであれば──

 

 

「いいわ、こっちは大丈夫だから、アンタは自分のやりたいことを」

 

「えぇッ!?」

 

 

 美琴さんは、真っすぐにもう一人の操歯さんが消えた方を見ながら言った。

 もちろん、美琴さんだって俺にはいてほしいだろう。絹旗さんですら電撃を無効化してくるというのに、加えて木原さんにもう一人の操歯さんまでいるとなると、戦力的不安は否めない。それでも、

 

 

「私を誰だと思っているの? この街の第三位、超電磁砲(レールガン)の御坂美琴よ。……超能力者(レベル5)になりたての『ルーキー』なんかいなくても、このくらいの問題はどうにかしてみせるわよ」

 

 

 不敵に笑う美琴さん。

 自分を下に見られたのだし、普段ならレイシアちゃんもそれに反抗するところだけど、今回ばかりは落ち着いていた。

 

 

「なら、この場は任せましたわよ、美琴」

 

「がってん!」

 

 

 言って、美琴さんはまだ食い下がりたそうなマスクの少女を連れて夜の闇へと消えていく。

 その後ろ姿を見送り、俺は『亀裂』の翼を展開する。

 

 

『そうだ、シレイシア。そっちのサポートに徒花が向かっている。位置情報を送っておくから、途中で拾っておけ。一応アイツも戦闘タイプだからね……何かの役には立つだろう』

 

「了解」

 

 

 頷き、俺達は『亀裂』を操って空に浮かぶ。

 超音波による疑似念動能力(テレキネシス)を会得してからというもの、飛行にもそれを応用しているので、比較的静かに飛ぶことができる。いやあ本当に、超能力(レベル5)の応用力様様だ。

 

 ……さて。

 

 軽く十数メートルほど上昇した俺達は、塗替さんが脱獄したという留置所の方向へ視線を向ける。

 今はまだ現場も遠く、喧噪すらも届かない状況だが──

 

 

「助けに、行きますわよ」

 

 

 あの人の『再起』の物語は、もう始まってるんだ。

 どこの誰だか分からないが、自分の為だけにそれを足蹴にして利用するなんてつまらない真似、全世界の誰もが許そうと、俺達が許さない。

 

 

 


 

 

 

第三章 魂の価値なんて下らない Double(Square)_Faith.

 

 

八七話:遺産 His_Malicious.

 

 

 


 

 

 

「……なんだと誉望。それ、マジか?」

 

 

 飛行中。

 完全にグロッキー状態となっていた上条は、もうろうとした意識の中で垣根の声を聞いた。

 スッ──と、一切の慣性を殺して空中に静止した垣根は、上条に言う。

 

 

「事情が変わった。ちょっと寄り道するぞ」

 

 

 そう言って、垣根はゆっくりと進行方向を転換する。

 そこで初めて、上条は遠くから喧噪のようなものを聞いた。

 

 

「おい、垣根! 寄り道ってなんだよ? 常盤台に行くんじゃなかったのか?」

 

「それなんだがな……やめだ。悪いな上条。先に叩き潰さなくちゃならねえヤツができたようだ」

 

 

 叩き潰さなきゃいけないヤツ……? と首を傾げる上条だったが、垣根はそれ以上説明しなかった。

 さっさと歩いていく垣根に置いて行かれないように、上条は小走りでその背中を追う。

 

 

「ちょっと待てよ! 何も説明してくれなきゃ、俺だって納得できないぞ。それに、叩き潰さなきゃならないヤツってなんだ? 誰かのことを襲うってことなのかよ!?」

 

「……おいおい、人聞きが悪いぜ上条。そんな悪党みてえな真似をするツラに見えるかよ?」

 

 

 へらへらと笑って言う垣根。

 当然ながら、傍から見れば『見える』と答える者が大多数だったが、上条はというと少しも怯まずに垣根の目を見返していた。

 垣根は面白くなさそうにその視線から目を逸らし、

 

 

「……チッ。俺の仲間から情報が来たんだよ。塗替斧令。テメェの知り合いのレイシア=ブラックガードの元・婚約者が脱獄したってな」

 

「な、なんだって?!」

 

 

 そしてこれは、上条にとっては驚愕の事実もいいところだった。

 垣根がそれを潰すと言っているのも含めて、だが──。

 

 

「ま、待ってくれ。脱獄!? 塗替の野郎は確かに悪人だと思うけど、学園都市の司法のセキュリティはめちゃくちゃ厳重だって、俺でも知ってるぞ!? 『外』の人間がそんなの突破できるもんなのか? 何かの間違いじゃ……」

 

「『遺産』だよ」

 

 

 それに対し、垣根はあっさりと答え、ゆっくりと前進を始める。

 静止していた夜の景色がゆっくりと後ろへ流れだし、そして遠くだった喧噪が徐々に近づいていくのが分かった。

 

 

「俺がただの木っ端脱獄犯ごときを叩き潰しに行くほどの暇人に見えたか? ……武力を持たねえ『外』の人間が脱獄できた理由。そこに『木原幻生の遺産』の関与を見出したからに決まってんだろ」

 

 

 垣根が得た情報は、馬場からレイシアに齎された情報のそれとほぼ等しい。

 ゆえに垣根は塗替と『木原幻生の遺産』との間にある種のラインを見出し、彼を拿捕することで情報源として使おうと考えたわけである。

 それだけ話すと、垣根は緩めていた速度をさらに上げていく。

 

 

「そういうわけで、もうすぐ塗替がやってくるが……おそらくヤツは何らかの科学を備えている。俺が馬鹿正直に出てくれば、ヤツはその科学をフル活用してさっさと逃げるだろうな。この宵闇の街並みを逃避行ってのは、まあ別に問題はないが、ちと面倒くせえ」

 

 

 そこで不意に、上条は奇妙な浮遊感をおぼえた。

 

 

「というわけで」

 

 

 次に感じたのは、ゆっくりと下から吹き付ける風と、奇妙な方向への慣性。

 まるでジャンプした直後に感じるそれを数十倍に増幅させたときのような──。

 

 

「ォ、」

 

 

 そして、バタバタとはためく制服の裾を感じて、上条はようやく現実を認識する。

 

 

「お、ォォおおおおおおおおおおおおおおッッ!?!?!?」

 

 

 高校生、上条当麻は──夜の上空五〇メートル地点から墜落を始めていた。


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