【完結】とある再起の悪役令嬢(ヴィレイネス)   作:家葉 テイク

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八六話:凶報

「『遺産』について、聞き覚えはあるか?」

 

 

 夜の第七学区にて。

 上条と共に歩きながら、垣根はそう切り出した。

 歩いている姿だけ見れば、夜遊びをしている悪友二人のような構図に見えたかもしれない。もっとも、実態も、会話の内容も、単なる悪友からはかけ離れていたが。

 

 

「遺産……って誰のだ?」

 

 

 上条は、きょとんとしながら首を傾げる。

 流石の上条も、目の前の少年が自分と同じような世界の住人でないことは、何となく想像がつく。なんというか、雰囲気で分かるのだ。土御門元春やステイル=マグヌスのような……世界の裏側で戦っている者達と同じような『距離感』が、目の前の少年にはある。

 ただし、それは垣根に対する警戒や不信には繋がらない。だって彼は、あの時、あの場所で、どんな思惑があったにせよ、確かに上条と共にこの街を守るために戦っていたのだから。

 

 

「…………チッ。脳の緩み具合についちゃ気にしても仕方ねえか。木原幻生だよ、木原幻生。お前にブン殴られたことで完全に策略が崩壊した木原幻生は、今も学園都市のどこかに幽閉されていやがる。死んじゃいねえだろうが──ま、諸々の戦力は潰されてる。死んだと言っても過言じゃねえだろうさ」

 

 

 適当そうに言う垣根の言葉に、上条は少しだけ視線を落とした。

 死んではいないということで、そこは上条にとっても一安心だが──やはり正規の法では、彼のことは裁けないのだろうか。法律のことは上条には良く分からないが、事件の最終解決が自分たちの手の届かないところに行ってしまったことに、なんとなくモヤモヤする気持ちはあった。

 

 

「ともかく。『木原幻生の遺産』っていうのが、この街の至る所に残されている。俺はちょいとソイツを調べる必要があってな。最近まで、色々と調査していたわけだ」

 

 

 そう言う垣根の口調はやはり軽薄なものだったが、不思議と瞳には真剣さが宿っていた。何かを想う、真摯な輝きが。

 そこに、上条は舞夏のことを想う土御門に似た雰囲気を感じ取り、少し嬉しくなった。

 

 

「……ああ? 何笑ってんだ。今の話に笑いどころなんかどこにもなかっただろうが」

 

「悪い悪い。……で、その幻生の遺産っていうのがどうしたんだ。こちとらどこにでもいる平凡な高校生だぞ。遺産どころか、お年玉の心当たりだってないんだけど」

 

「あーあー、知らねえならそれでいい。ま、こっちも遺産の一つは探り当ててるしな。…………『人格励起(メイクアップ)』。この言葉に心当たりは?」

 

 

 人格励起(メイクアップ)

 垣根の一言に、上条は思わず息を呑んだ。

 

 心当たりがある……なんてものじゃない。

 上条は実際に、その計画に巻き込まれた妹達(シスターズ)を救い、その計画を潰したことがある。そしてその計画のデータを使って、とある少女を救ったこともあった。

 

 

「あるよな。そいつは知ってんだ。俺の本題は此処から。……その情報、俺に教えてくれねえか? ソイツがねえと、ちょいと困ったことになっちまってな」

 

 

 上条は気付かないが──そう迫る垣根からは、同じ『闇』の人間であればだれであろうとたじろいでしまうくらいのプレッシャーが放たれていた。

 垣根の常識において、計画に干渉するということは当然その実験データ諸々を獲得しているということ。そしてこの科学の街において、秘匿された実験データとは値千金の『財産』である。

 実際にその計画に踏み込み中止に追い込んでいる以上、そのデータの重要性については重々承知しているだろう。たとえいくら積まれようが、暗部の人間である垣根に提供するとは思えない。

 

 即ち、垣根にとってこの交渉は最初から破綻するのが前提なのであった。

 その上で、垣根は己の目的の為に、上条当麻を叩き潰し、そして情報を毟り取ろうと考えていたのだ。

 

 そんなこととは露知らず、上条は少しだけ気まずい笑みを浮かべながら頬を掻いて、

 

 

「あー、悪いな、垣根。実は俺も、その時は後からちょっとだけ手伝っただけで、実験データとかはよく知らないんだよ。たぶん、御坂とかレイシアとかなら詳しいと思うんだけど」

 

「……………………」

 

 

 対する垣根はというと、心底拍子抜けしたと言わんばかりの微妙な表情で、上条の告白を聞いていた。

 そして、悟る。

 コイツや、レイシア=ブラックガードのような人種には──『闇』の常識など通用しないということを。

 思えば何度も何度も、この『空気感』の違いには肩透かしを食ってきたではないか。であれば、いい加減その為の距離感をとるべきだろう。

 

 悪意を上回るならば、その為の悪意を。

 

 善意を欺くならば、その為の悪意を。

 

 思考を切り替えた垣根は、人好きのする笑みを浮かべて、話題の方向を切り替える。

 背中を刺す刃を、心の裡に隠しながら。

 

 

「なら悪いんだけどさ。白黒鋸刃(ジャギドエッジ)のとこまで案内してくれねえか? 俺、アイツの連絡先とか知らなくてよ」

 

「別にいいけど……今じゃなきゃダメなのか? 流石にまだ消灯時刻じゃねえと思うけど、お嬢様学校だし接触をとるのも大分……」

 

「今じゃなきゃダメだ」

 

 

 垣根がそう言うと同時に、その背中から真っ白な三対の翼が噴き出した。

 

 

「それと、心配するな。お嬢様学校の校則なんてモン──」

 

 

 ふわりと、どういう理屈なのか、上条当麻の身体が浮かび上がる。

 それを見届け、垣根は不敵な笑みを浮かべてこう締めくくった。

 

 

「俺には通用しねえよ」

 

「──いや、カッコつけてるけどそれ完全に俺達が不審者としてしょっぴかれる流れだからな!?」

 

 

 上条の()()()なツッコミは────。

 

 当然ながら、第二位には通用しなかった。

 

 

 


 

 

 

第三章 魂の価値なんて下らない Double(Square)_Faith.

 

 

八六話:凶報 Scientific_Occultist.

 

 

 


 

 

 

 ところ変わりレイシアと美琴。

 絹旗に一本取られて逃走を許してしまった彼女達は──リーダーの少女こと飯棲リタを連れて行動していた。

 

 あのあと絹旗を追おうと建物内に入った美琴は、そこで倒れている飯棲を発見した。(『不名誉な実績』については、飯棲の機転によって露呈を免れた)

 その後、とっさの判断により風紀委員(ジャッジメント)を詐称した飯棲は、ドッペルゲンガーを追う美琴・レイシアと利害が一致したため、一時的に行動を共にすることになったのだった。

 

 

《コイツ絶対暗部組織の人間ですわよ》

 

 

 一方で、二人を先導して歩く飯棲の背中に、レイシアはあからさまに疑いの視線を向けていた。

 

 

《だって怪しすぎますもの。風紀委員(ジャッジメント)が現地協力者を募る? そんなバカな話があったら上条当麻は今頃学園都市の治安維持の象徴ですわ》

 

《いやあ、当麻さんはそういうことにはならないと思うけど……》

 

 

 吐き捨てるようなレイシアの言葉に、シレンは苦笑しながら返すが、一方でシレンもレイシアの疑いを否定するようなことはしなかった。

 というか、そもそも暗部の情報網がようやく事件の発生を察知できるような(=情報封鎖がなされている)状況で、風紀委員(ジャッジメント)という『表の組織』がここまでスピーディに関与できるわけがない、という当たり前な推察なのだが。

 とはいえ、現状どうやら飯棲は美琴とレイシアに対し害意らしい害意は持っていないらしい。探査に有用な能力の持ち主ということで、今はあえてツッコミを入れたりせず泳がせている、というのが現状だった。

 

 

「あそこだ……」

 

 

 夜の工場。

 高圧ガスホルダーや冷却材などが並ぶ施設の上で、飯棲は囁くように言う。

 

 彼女達の眼下には、一人の少女がひたひたと足音を立てて歩いていた。

 手術衣を身に纏う少女は、既存のあらゆる人種とも違う灰色がかった肌をしている以外は普通の少女のようでもあるが──普通の少女のような姿で、夜の工場施設を無造作に歩いているその光景自体が、既に人間離れしていた。

 

 

「レイシア。アンタの手は借りないわよ」

 

「お待ちください。荒事に出る前に、彼女と少し話をさせてください」

 

 

 磁力を使ってコンクリートごと鉄骨でドッペルゲンガーを閉じ込めようとする美琴を、シレンが制止する。

 この期に及んで……と少し呆れた表情をする美琴だったが、まぁ確かにまだドッペルゲンガーは破壊されていないわけだし、今なら言葉で止まるかもしれない。

 仮にドッペルゲンガーが『操歯涼子と同じ精神性を持っている存在』だとするなら、元々知り合いである彼女であればドッペルゲンガーとの和解の道を見出せるかもしれない。

 

 

「ドッペルゲンガーさん!」

 

 

 ビルの上に立ったシレンは、そう言ってその背後から白黒の『亀裂』の翼を展開し、ドッペルゲンガーの前に降り立つ。

 あまりにも戦闘を考慮していない行動にその場の全員が毒気を抜かれたが、シレンは構わずに話を続ける。

 

 

「研究所脱走の件、操歯さん襲撃の件、聞きました。アナタの自意識が操歯さんそのものであるとするなら、痛ましい限りだと思います。……わたくしは、アナタを実験動物のように扱うつもりはありません。一緒に歩める道を模索できませんか?」

 

 

 ──ここまで、登場人物の全てがドッペルゲンガーのことを『危険な怪物』として扱ってきた。

 だがここに、一つの前提を付け加えてみよう。

 ドッペルゲンガーは、脱走するまでは己のことを『操歯涼子』だと認識していた。

 つまり、自分のことを一個の人間として認識していたのだ。そんな『人間』が、突然自分が人間ではないと突きつけられたなら──そう考えると、ここまでのドッペルゲンガーの行動に同情的になってしまっても無理はない。

 

 むしろ。

 

 その事情を聞いた()()()()()()()が、まず対話に固執するのは当然の流れではないだろうか。

 

 

「…………白黒鋸刃(ジャギドエッジ)か。まさかこの期に及んで……いやこの時点でそんな話が出てくるとは、少し想定外ではあるが……」

 

 

 タン! と。

 ドッペルゲンガーは軽やかに跳躍し、レイシアとの距離を詰める。

 それは事実上の対話の拒絶だった。その上で、白黒鋸刃(ジャギドエッジ)の攻撃速度を考えれば、距離を置ききる前に拘束されるから、それを嫌っての先手必勝というわけだろう。

 

 

《浅はかですわね……飛んで火に入る夏の虫ですわ!》

 

《いやレイシアちゃん……違う!》

 

 

 余裕をもって『亀裂』による捕縛で応えようとしたレイシアに対し、シレンは否定の声を上げて『亀裂』の翼による空中への回避を敢行する。

 超能力者(レベル5)の機動能力の前では、人の領域を超えた移動速度も関係ない。ドッペルゲンガーの突撃が届く前に、レイシアの身体は中空へと逃げ切った、が──。

 

 

「…………フム。どうやら相応に慎重な性格のようだ。これは骨が折れる」

 

 

 ドッペルゲンガーは、不自然な場所で静止していた。

 そう──あのままレイシアが攻撃を加えていれば、捕縛に使おうとした『亀裂』によって自身がバラバラにされかねなかった位置で。

 

 

《やっぱりだ……。どういう理由かは分からないけど、ドッペルゲンガーさんは機能停止にならない範囲で自分から破壊されにいっている。『魂の拡散仮説』に関しては眉唾だけど……それはそれとして、破壊がトリガーで何らかの現象を起こそうとしているのは間違いないんじゃないかな》

 

《…………破壊せず捕縛、ですか。白黒鋸刃(ジャギドエッジ)なら容易ですが、先ほどのように『自分から破壊されに行く』動きを徹底されると……少し厄介ですわね》

 

 

 ある程度であれば『亀裂』の動きも制御できはするが、向こうが自分から破壊されに行くとなると、それも計算に入れて動かなければいけなくなる。

 そしてシレンとしてはまずは対話がしたいのであって、それすらままならない状態というのがそもそもあまり望ましくない。

 

 

「何故自分から破壊されに行くような動きを!? 目的を教えてください! このままではきっと、アナタはただ破壊されてしまいます! お互いに歩み寄れば、もっと別の道が……!」

 

「悪いが問答に応じるつもりはない。超電磁砲(レールガン)についても──」

 

 

 言葉を止めると、ドッペルゲンガーは軽々とした身のこなしで飛び跳ねる。すると直前までドッペルゲンガーがいた場所に、磁力によって引きちぎられたコンクリートの壁が殺到した。

 

 

「──研究所ですれ違った時点で、交戦の可能性は予測していたが……この状態では、少し状況が悪いな」

 

「なら私が超協力しましょう」

 

 

 ザッ! と。

 そこで、暗がりから一人の少女が現れた。

 

 絹旗最愛。

 

 屍喰部隊(スカベンジャー)と同じく、ドッペルゲンガーを追う勢力の一つだが──。

 

 

「…………、」

 

「『依頼主』から、オーダーの変更が超ありましてね。ひとまずアナタの希望に沿った状況展開をするように、と。安心してください。私は超味方ですよ」

 

 

 それに対し、ドッペルゲンガーの返答はシンプルだった。

 

 ゴッッッ!!!! と、絹旗の横顔に拳を一撃。

 

 

「…………()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 それに対し絹旗はギロリと目線を投げかけると、ドッペルゲンガーの横っ腹に蹴りを叩き込む。

 それだけで数メートルは吹っ飛ぶドッペルゲンガーだが──上手いこと手加減されているのか、機体が破損している様子は見られない。蹴るというよりは、『脚で推し飛ばす』ような一撃だったのだろう。

 

 動き出したのは、美琴だった。

 突然の乱入で呆気に取られていた美琴だが、このままだとドッペルゲンガーが絹旗に攫われかねないことは把握できた。であれば止まっている理由などない。ここには、先ほどの戦闘のように彼女が盾に使えるような人員はいない、となると……。

 

 

「……とりあえず、アンタは寝ときなさいッ!!」

 

 

 紫電一閃。

 迸る雷撃の槍が、絹旗に一直線に伸び──

 

 

「私が一旦距離を置いた理由、超分かりませんかね?」

 

 

 ブワッッ!!!! と、絹旗の懐から銀の羽毛のようなものが舞い上がり、電撃はそれによって散らされてしまう。

 銀色の雪が舞い散る中で、絹旗は言う。

 

 

攪乱の羽(チャフシード)。本来は電波攪乱用の兵器なんですがね、こうやって扱えば超電撃対策にもなるって訳です。……これでも、『アイテム』ですからね」

 

「チッ……!!」

 

 

 つまり、電撃は無効化された。

 とはいえレイシアの気流操作があればその防御も貫くことが可能なのだが──彼女たちの目的は絹旗の打倒ではなく、ドッペルゲンガーの捕獲である。

 レイシアは一旦絹旗を捨て置き、吹っ飛ばされたまま距離を置こうとするドッペルゲンガーに肉薄するが……、

 

 しかし、乱入者の登場は絹旗だけで終わりではなかった。

 

 屍喰部隊(スカベンジャー)とは別系統の依頼を受けての、『アイテム』の参戦。

 暗部の事情に詳しくないシレンとレイシアは特に深く考えなかったが、これはよく考えるとおかしい話なのだ。

 依頼主が同じなのであれば、たとえ部隊が別であっても依頼が競合することはない。現場で屍喰部隊(スカベンジャー)が絹旗によって倒されるという事態にはなり得ないのである。

 つまり、依頼の競合が起きている時点で、別の依頼者がドッペルゲンガーを捕獲しようと動いていたことになる。

 

 それはいったい、誰?

 出自こそ変わっているとはいえ、単なる暴走サイボーグに対し、それほどの価値を見出す、そんな酔狂な人間は────

 

 

「──よおよお。意外とピンチなんじゃねえの? 流石に超能力者(レベル5)二人組はよー……チトオーバーキルすぎるよなあ。この辺のレベル帯には」

 

 

 逆立てた金髪に。

 顔面の半分を覆う入れ墨の。

 白衣を身に纏った。

 粗暴な雰囲気漂う男────。

 

 

「……木原、数多……ッ!?」

 

「ピンポーン! 正解、よくできましたァ! ンでもってちゃーんと予習してきた良い子ちゃんにはご褒美だぜェ!」

 

 

 ピュイ、と数多が口笛を吹いた瞬間。

 

 

「な、がッ!?」

 

 

 『亀裂』の翼による空力的エネルギーによって宙に浮いていたレイシアの身体が、左右に激しくブレる。

 何をされたのか、レイシアにもシレンにも分からなかった。

 それまで手に取るように扱えていた気流の流れが、数多の口笛一つで完全にかき乱されていた。いったいどういう原理かも分からないが、『木原数多ならやりかねない』という投げやりな納得だけが、彼女の心に残った。

 

 

「く……ッ! なんでアナタが……ッ!」

 

「なんで? ンなもん、面白そうだから──このまま終わらせちまったら面白くなさそうだから。それだけに決まってんだろうが。なあ、木偶人形。テメェも此処で終わっちまうのは面白くねえだろ?」

 

「…………、」

 

「ま、テメェもこの状況じゃ判断のしようがねえわな。仕方ねえから優しいおじさんが一つだけ、重要なパラメータをインプットしてやる」

 

 

 突然の急展開が連続し、流石に判断を決めあぐねているドッペルゲンガーに対し、木原数多は小さな声で何事かを囁く。

 それで、ドッペルゲンガーの心は決まったようだった。

 スッと右腕を数多の前に差し出すと、

 

 

「さあ、科学少女ども。────オカルトの時間だぜ」

 

 

 木原数多は、何の躊躇もなくドッペルゲンガーの腕を引き千切った。

 

 直後。

 

 周囲に転がる瓦礫が、独りでに浮かび上がり始めた。

 

 

 


 

 

 

 ──その後は、美琴とレイシアに打つ手はなかった。

 

 レイシアの機動力が木原数多によって失われた以上、錯乱の羽(チャフシード)によって電撃を無効化した絹旗に手を取られている美琴とレイシアにドッペルゲンガーを追う手立てはなく。

 さらに『魂の拡散』によって発生した物質への憑依への対応に追われた結果、ドッペルゲンガー及び木原数多は悠々と二人の超能力者(レベル5)から逃げおおせたのだった。

 

 そして絹旗もまた、レイシアが戦線に復帰したと見るやすぐさま逃亡し、結局まともに戦うこともできないまま、三人はドッペルゲンガーを取り逃がしてしまった。

 

 しかしレイシアと美琴は、そことは別のところで衝撃を受けていた。

 

 

「ちょっと……どういうことなの!? さっきのアイツって、幻生と戦った時にいたヤツよね!? なんでアイツが……!?」

 

「そんなことわたくしに聞かれても分かりませんわ!」「というか、なんで数多さんがドッペルゲンガーさんを……? サイボーグ技術による完全なロボットは確かに面白いテーマかもしれませんが、『木原』が目をつけるような代物ではないはず……?」

 

 

 そこもレイシアとシレンにとっては分からない部分だった。

 木原数多が、ドッペルゲンガーを狙う理由が分からない。

 

 これについては、レイシアもシレンも知らないことだが、木原数多自身は特に科学的なテーマがどうこうという指針では動かず、あくまで『即物的な理由』で動くことが多いのだが……それはさておき。

 

 

「(……うう、なんで木原一族まで出てくるんだ……。こんなところで……)」

 

 

 完全に滅入ってしまっている飯棲は、それでもめげずに能力を使ってドッペルゲンガーの行方を追う。 

 彼女としても、今回の依頼に失敗すれば後がないのだった。というか地味に腕が吹っ飛んでしまっているので、鹵獲任務的には怪しい状態なのだが……。

 

 

 と。

 レイシアに通信が届いたのは、そんな混乱のさなかだった。

 

 『メンバー』とのやり取りをする為に常時繋いでいる通信端末から、彼女達の相棒──馬場の、切羽詰まった報告が届く。

 

 

『レイシア! シレン! よかったすぐつながった……。いいか、落ち着いて聞けよ』

 

 

 その報告は、それまでのレイシア達に降りかかっていた苦境全てを塗りつぶす、圧倒的なインパクトが秘められていた。

 

 

 

『────塗替斧令が、刑務所から脱獄した!!!!』


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