【完結】とある再起の悪役令嬢(ヴィレイネス)   作:家葉 テイク

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八五話:受難

 ──御坂美琴から聞き出した事件のあらましは、シレンの頭を抱えさせるには十分な惨状だった。

 

 

 ある日。

 美琴は食蜂操祈から、操歯涼子が所属していたという研究所での実験について潜入調査依頼を受けた。

 実験──というのは、人体を『分割』し、サイボーグ技術によって『二人の人間を生み出す』というもの。それ自体はつつがなく成功し、分割した肉体も一つに戻ったのだが──この時、副産物が発生した。

 それが、『もう一人分』のサイボーグこと『ドッペルゲンガー』であり──ドッペルゲンガーは、もう一人の操歯涼子として、己を操歯涼子と認識したまま動き続けているらしいのだ。

 

 こんな一歩間違えば『闇』の世界にも結び付く実験は、当然ながら被験者などそうそう見つかるはずもない。実験の有用性が確認されたら、今度は罪のない子供たち──あるいはクローンが──という食蜂の口車に乗せられた美琴は、その日の夜に潜入捜査に乗り出し──そして、ドッペルゲンガーの逃走現場に鉢合わせたのだった。

 

 

「……で、その後は操歯さんを解放してー、離れたところで心を読んでた食蜂から操歯さんの本当の事情を聴いてー、気になったから後を追ったら、変なヤツに襲われてるところを見つけてー、さっきの金髪と茶髪が乱入してきてー……かるーく電撃流しといてー」

 

「……」

 

 

 『ドッペルゲンガー』の事実だけでもシレンとしては頭を抱える事実だった。

 何せ、操歯の話によれば『ドッペルゲンガー』の中に宿るとされる『もう一つの魂』は、器が破壊されれば学園都市全域に拡散する可能性がある──という話なのだから。下手に破壊しただけでも終わり。一応、サイボーグとしての防護機能から己を破壊することはできないセーフティが存在しているらしいが。

 

 しかし、今回はそれだけではなく、明らかに暗部の人間が絡んできている。

 ただでさえオカルトめいた現象が報告されているというのに、この上暗部の多角的な利害関係まで絡んでくるとなると、本格的にシレンやレイシアだけの手には負えなくなってくる。

 

 

《…………学園都市全域に、魂の拡散……かぁ》

 

《まぁ、そんなことにはならないと思いますけどね》

 

 

 重い口調のシレンの懸念をはねのけるかのように、レイシアはあっさりと言った。

 

 

《……? どうして? わりと有り得るラインの話だと思うんだけど》

 

《どうしてって……もしも、もしも器を壊された魂が拡散するとして、ですわよ?》

 

 

 レイシアは噛んで含めるように、

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?》

 

《…………あ》

 

 

 言われて、シレンも気付いた。

 彼女がレイシアの身体に憑依した経緯は不明だが、何も突然レイシアの体内に発生して、そしてそのまま憑依したというわけではないはずだ。

 おそらくどこかに発生して──そして、吸い寄せられるようにレイシアの肉体に漂着した。そう考えるのが自然である。

 そしてこの時のシレンの魂は、まさしく今『ドッペルゲンガー』が仮定されている『魂の拡散』と同じ状態ではないだろうか。

 

 だが、実際にはシレンは学園都市全域に憑依するような事態には陥っていない。

 

 それはつまり、『魂の拡散』仮説が誤っているという証明でもあるのだ。

 

 

「つっても、シレンさんの方もなかなか厄介よね」

 

 

 とはいえ、それはシレンとレイシアのみが知る特殊な情報あっての推理。

 美琴にその事実を伝えることはできないが──とシレンが思考したところで、美琴の方は苦笑しながらそんなことを言ってきた。

 

 

「……私、インディアンポーカーにそんなリスクがあるなんて思ってもみなかったわ。考えてみれば、ぞっとしない話よね」

 

「まぁ、わたくしは学園都市の広告塔を目指しているという事情もありますので、余計に慎重になっているという部分もありますが……」

 

 

 というか、アナタももう少し気にした方がいいのではなくて? 仮にも学園都市の看板なのに……。

 とまでは、説教くさくなってしまうので流石に言わないシレンだったが。

 しかし美琴の方は気にせず、ズカズカとそのへんを突き進んでいく。

 

 

「広告塔? あんなの別に良いものでもないんだけどなぁ。なんか色々忙しいし」

 

「あァ? こっちはそれを目指してるっつってんですのよイヤミでして?」「まぁまぁレイシアちゃん、美琴さんも親切心で言ってるんだと思うし……」

 

 

 噛みつきかかるレイシアに対し、宥めるシレン。

 この百面相も、美琴は何度も見てきたが……何度対面しても慣れない。レイシアだけならまだいい。ツンケンした態度で来られるのは美琴としても扱いやすいし、気が楽だ。シレンだけでも……まぁ良いといえば良い。あまり強くは出づらいが、話していて安心感のある人柄だし。

 だが、両方いっぺんに来られると心の距離がバグるというか……接し方が一瞬分からなくなるのだ。せめて急に来るのは勘弁してほしいと、美琴は思う。

 

 

「わ、悪かったわよ……。それより。先を急ぎましょう。なんか良く分からないヤツらが操歯さんの周辺を嗅ぎまわっているみたいだし、何か、嫌な予感がするのよねー……」

 

「…………美琴さん」

 

 

 バツが悪そうな謝罪から、話を逸らすように言った美琴に対して。

 シレンは非常に嫌そうな顔をしながら、こう返したのだった。

 

 

「…………そういう発言は、フラグになるのでやめてくださいません?」

 

 

 


 

 

 

第三章 魂の価値なんて下らない Double(Square)_Faith.

 

 

八五話:受難 Unlucky_Day.

 

 

 


 

 

 

 ──同時刻。

 

 屍喰部隊(スカベンジャー)は、窮地に立たされていた。

 正史において、彼女達は『ドッペルゲンガー』と交戦するも……未知の『憑依』に全く歯が立たず、なんとか一部を破損させるも、逆に『真の力』を引き出してしまい敗走する──という窮状だったのだが、今回はそれとはまた毛色の違う『危機』だった。

 

 

「…………まったく。どうしてこんな超面倒臭い依頼が『アイテム』に回って来てるんですかね」

 

 

 絹旗最愛。

 

 たった一人の少女によって、暗部のプロ三人はあっけなく倒れ伏していた。それも──さしたる負傷もなく、である。

 

 

「しかし、流れで全員倒しましたが……彼女達の依頼も超捕獲のような雰囲気でしたね。にしてはけっこう破壊する気満々のようでしたが……いったいどういうことだったんでしょう?」

 

 

 絹旗は既に屍悔部隊(スカベンジャー)から完全に意識を逸らしている。油断──といっても差し支えないほどであったが、しかしその油断を差し引いてなお余りあるほどに、彼我の戦力差は絶対的だった。

 紙も、薬品も、隙のない窒素の壁の前ではすべてが無力。ゆえに敗北は、必定だったと言えるだろう。

 

 ……もっとも、絹旗自身も敵にかかずらっているうちに『ドッペルゲンガー』を逃がしてしまったのだが……そこについては、下部組織の人間が今も『ドッペルゲンガー』を追っている為、大した問題ではないのだった。

 

 ただし──運命の女神というのは、誰に対しても平等に試練を与えるものである。

 

 絹旗が『ドッペルゲンガー』の後を追おうと進路を決めた、次の瞬間だった。

 

 ザザッ──と、二つ分の足音が、彼女の耳に届いた。

 

 

「…………アンタ」

 

 

 聞こえてきた声の含む感情の色で、絹旗は状況が一触即発に類するものであることを迅速に認識した。

 振り返れば、そこにいたのは金髪の少女と、茶髪の少女。

 より正確に言うならば──この街の、第三位と第四位。

 

 

(もっとも、麦野あたりは『裏』第四位と言わないとキレますが……)

 

 

「……何してんのよ。その人たちは…………いったいどうしたの?」

 

「ハァ……。説明して、納得してくれるとは超思いませんけどね」

 

 

 『超電磁砲(レールガン)』と『白黒鋸刃(ジャギドエッジ)』。

 本来、この局面で二人に睨まれて生き残れる能力者は同格の能力者か、空間移動(テレポート)系などごく限られた能力者に限られる。

 無理もない話だ。超電磁砲(レールガン)の攻撃速度は光速に等しいし、白黒鋸刃(ジャギドエッジ)は音速で対象を隔離できる。

 だが、それを操るのはどちらも中学生くらいの少女であるという点を、絹旗は理解していた。

 

 

「たとえば──()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、」

 

 

 そう言いかけた、まさにそのタイミング。

 絹旗は足元で転がっていた少女を軽く蹴り上げ、二人の方へと吹っ飛ばす。たったそれだけの動作で、善良なる超能力者(レベル5)の全意識は蹴り上げられた哀れな少女に集中する。

 さらに片手で少女を抱え上げた絹旗は、そのまま建物めがけ直進し──、

 

 

「ええい美琴ッ! この女の子はフェイクですわ! 早くあっちを狙いなさいッ!」

 

「ダメよ! アイツ、他の女の子を抱え上げてる……ここからじゃあの子に当たっちゃうかもしれない!」

 

 

 レイシアと美琴の声を背中に聴きながら、絹旗は建物の壁を適当にぶち壊し、少女を建物の中にそっと置いて逃走する。

 ──保険の為に盾として少女を使っておいてよかった、と絹旗は思った。

 普通の『表』の人間であれば、突然女の子が蹴り上げられたらそちらへの対応に集中してしまうに決まっている。実際、レイシアと美琴は一瞬だがそちらに気を取られた。

 だが──絹旗は知っている。レイシア=ブラックガードは二重人格である、と。もし片方の人格が虚を突かれたとしても、もう片方の人格が冷静な思考を働かせる可能性がある。

 その危険を警戒しておいたのだが、正解だったようだ。

 

 

「それよりも……早いところ『ドッペルゲンガー』を捕獲しないといけませんね」

 

 

 自分が抱え上げてきたマスクの少女に軽く視線を落とし、絹旗は跳ねるように夜の街へと消えて行った。

 

 

 ……なお。

 

 狸寝入りを決め込んでいたマスクの少女──飯棲リタが、その極大の恐怖からまた一つ『不名誉』な実績を人知れず獲得してしまったことについては、触れないでおこう。

 

 

 


 

 

 ──第七学区、とある学生寮。

 

 上条当麻はその日も、いつも通りの日常を送っていた。学業を終え、帰宅し次第インデックスの夕飯を作ってやり、テレビを見ながらいつもの談笑──そうして、その日も終わる予定だった。

 

 

「だからね! とうま。このさんまの塩焼きに一番合うのはポン酢じゃなくて醤油かも。何故なら醤油は日本人が編み出した最高のご飯の──」

 

「ハイハイ分かりました。でも上条さんはポン酢派なんですお前の指図は受けねえドバーッ!!」

 

「あーッ!? と、とうま……! なんてことを……! 嗚呼、主よ、おばかなとうまをお許しください……」

 

「敬虔ぶってんじゃねえこの暴食シスター! お前そのさんま何匹目だよ!」

 

「何おう!? まだ三匹しか食べてな、」

 

 

 ぴんぽーん、と。

 賑やかな食卓は、一旦そこで中断させられる。

 廊下の方へ視線をやった上条は、うーんと唸りながら怪訝な表情を浮かべた。

 

 

「……なんだ? 配達か何かか? インデックス、お前何か頼んだ?」

 

「ううん? 特に何も頼んでないかも。とうまこそ、何か忘れてるんじゃない?」

 

「うーん、何かの不幸で女の子が梱包されて……みたいな可能性も考えられなくもなさそうなんだけどなぁ……まぁ出るか」

 

「もしそうだったら許さないかも」

 

「落ち度ゼロなのに!?」

 

 

 適当に言い合いながら、上条は廊下を小走りで駆けていく。

 

 

「はいはーい、今出ますよーっと」

 

 

 扉の先に声をかけながら、ドアノブを回して扉を開いた上条の前に立っていたのは…………。

 

 

「よお。久しぶりだな。……覚えてるか? 俺だよ俺」

 

 

 茶髪。

 滲み出るような笑みと、対照的に鋭い眼光。

 ワインレッドのニットシャツの上に、着崩したワイシャツとブレザー。総じてホストか、或いは明るい街の不良。ヤクザやギャングのような見る者に警戒感を抱かせる『悪』ではなく──人懐こさを感じさせる、這い寄るような『悪』に属する男。

 

 超能力者(レベル5)

 

 学園都市、第二位。

 

 『スクール』を統率するリーダー。

 

 その名は────

 

 

「垣根帝督だよ。……ああ、名乗ってなかったっけか?」

 

 

 ────幻想を生み出す翼と幻想を殺す右手が交差するとき、物語は始まる。


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