【完結】とある再起の悪役令嬢(ヴィレイネス)   作:家葉 テイク

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八四話:誤算

 『インディアンポーカー』の首謀者が操歯さんであると認識した、その翌日。

 物語は、明確に動き出した。

 

 

「え!? ドッペルゲンガーが脱走した!?」

 

 

 夜のことだった。

 操歯さんに会いに行く段取りを色々と整えていたところ、突然暗部の情報網にそんなニュースが流れたのだった。

 ……もちろん、ドッペルゲンガーさんの脱走という異常行動は気になるが。

 

 バタバタと人員が右往左往している状況で、俺は一か所に集まった『メンバー』の正規人員に指示を送っていく。

 

 

「査楽さんは脱走したドッペルゲンガーさんの調査を。暗部の情報網にそんなニュースが流れるということは、周辺に暗部組織が潜んでいるやもしれません。本体には接触せず、周辺の調査をメインに考えてください」

 

 

 調査とはいえ、周辺には暗部組織(の斥候)がいることが想定される。

 万一の衝突に備えて、小回りの利く戦力でもある査楽さんに出てもらうことにした。博士も単体戦力としては多分『メンバー』最強なんだけど、いかんせん札として万能すぎるがゆえにちょっと出し惜しみしちゃってね……。純粋に戦力が必要な局面なら俺が出ればいいかなって思っちゃうし。

 ちなみに、徒花さんはGMDWの面々と『メンバー』の橋渡しをしないといけないので今回は留守番確定だ。

 

 指示に従って現場に向かった査楽さんを見送り、俺自身も操歯さんへ接触をとるべく上着を羽織っていると、

 

 

「……裏第四位(アナザーフォー)

 

 

 不意に、馬場さんが俺達に話しかけてきた。

 上着を羽織り終えて、俺は馬場さんの方へ視線を向ける。

 

 

「馬場さん? どうかしましたの?」

 

「いや……少し、違和感があってな。脱走したドッペルゲンガーは、操歯涼子が直近に参加していた実験の機材の()()なんだろう? その周辺に、どうして暗部組織がいたんだと思って……」

 

「…………、」

 

 

 ……言われてみれば。

 

 

「論理的な根拠が生まれる段階じゃないが、それでも警戒はしておいた方がいい。…………ひょっとしたら、操歯涼子の方にも暗部の人間の手が伸びているかもしれないぞ」

 

 

 確かに、馬場さんの言う通りかもしれないな。

 ドッペルゲンガーさんと操歯さんでラインが繋がるなら、操歯さんの周辺も既に『暗部の世界』になっている可能性がある。

 前もって忠告してもらっておいて本当によかった。現場で鉢合わせたら、もう大混乱は必至だったぞ。まぁ、流石にまた麦野さんとバッタリ……なんてことはないと思うけどさ。

 

 

「ご忠告感謝しますわ。……もしも暗部の手の者が潜伏しているようなら、操歯さんを保護しないといけませんわね」

 

「まぁ、僕達も『暗部』だけどな」

 

「わたくしの配下にいるのですから『暗部』ではありませんわ! ですからもちろん人死に・人攫いはNGですわよ!! 分かっておりますわね!」

 

「はいはい、心配しなくてもそのへんは下部組織含めて厳守してるよ。お陰で僕の暗部生活史上最もクリーンな日々を過ごさせてもらってる」

 

 

 呆れたと言わんばかりに肩を竦める馬場さんを見て、俺も矛を収めた。

 いや実際、『メンバー』の人たちはまだ自分たちが暗部の人間で、たまたま依頼で俺達の下についていると認識している層が多そうなんだけど……俺達は別に暗部の人間でもなんでもないからね。

 GMDWの面々と関わっている下部組織の人たちはお行儀のいい人たちが多いって聞くけど。

 

 

「では、行ってきます」

 

 

 声をかけて、俺達は夜の闇へと飛び立つ。

 

 …………暗部組織、か。

 

 何事もなければいいけど…………。

 

 

 


 

 

 

第三章 魂の価値なんて下らない Double(Square)_Faith.

 

 

八四話:誤算 Bad_Timing.

 

 

 


 

 

 

「……あれ、アンタ」

 

 

 現場に急行してみると、そこにいたのは操歯さん──ではなく、どういうわけか、美琴さんだった。

 ……いや、え? なんで???

 

 

「み……美琴さん? どうしてここに? っていうか……そちらの方々は……?」

 

 

 そして、それだけではなく。

 美琴さんの足元には、黒髪の少女が一人、金髪の少女が一人、茶髪の少年が一人。

 計三人の少年少女が、微妙にコンガリしながら転がっていたのだった。

 

 ……黒髪の子の方は分からないけど、金髪の少女と茶髪の少年って多分これフレンダさんと浜面さんだよね。うつ伏せで倒れてるから全然分かんないけど……。何、戦闘になったの?

 

 

「知らないわ。なんか操歯さんを狙ってたから()っといた。アンタも此処に来たってことは操歯さんに用があるのよね」

 

「ええ……。わたくしはちょっと、『インディアンポーカー』の件で……」

 

 

 多分、美琴さんもそこについては掴んでいるから此処にいるのだろう。

 既に交戦して美琴さんも気が立っているはずだから、変にぼかさず正直に話すことにした。それが功を奏したのか、美琴さんは明らかに肩の力を抜いて、

 

 

「ああ、そっち?」

 

「そっち……? ……ああ、美琴さんはドッペルゲンガーさんの方を追っているんですのね」

 

 

 得心がいった。

 美琴さんは、『インディアンポーカー』みたいなそういう裏方の事件を止めるために動いたりはしなさそうだもんなあ。偶然ドッペルゲンガーさんの脱走にかち合って、流れでそっちを追っていると考えていいだろう。

 

 

「もちろん、ドッペルゲンガーさんの方も部下に追わせていますわ。わたくしは……『インディアンポーカー』を根絶しないといけませんので」

 

「…………根絶? なんで?」

 

「詳しい話は……移動しながらしましょう。まずは操歯さんを追いかけるべきですわ。彼女の周辺には、危ない方々が集まっているようなので」

 

「いや。それよりも緊急の問題が発生しているわ。それこそ、移動中に話したいから……ちょっとついてきてもらえるかしら?」

 

 

 …………。

 なんだか、脇道に逸れそうな感じがするが……。

 

 

《レイシアちゃん、どうしよう》

 

《んぇっ? ……いいと思いますわよ? もしかしたら地続きの問題かもしれませんし……》

 

《…………レイシアちゃん、話あんまり聞いてなかったね?》

 

 

 ちょっと呆れつつ言うと、レイシアちゃんは慌てて言い訳をする。

 

 

《気を抜いてたとか、そういうわけではありませんのよ!? ただ、ちょっと考え事を……。フレンダと浜面がわざわざ操歯さん確保に向かったのは、いったいなぜなのかしら。『アイテム』は元々『インディアンポーカー』そのものについては利害関係のない組織だったはずですわ》

 

 

 確かに、レイシアちゃんの考察の通りだ。

 『アイテム』は『インディアンポーカー』を悪用した第三者と俺達との接触を断つ為に雇われただけで、『インディアンポーカー』そのものをどうこうする任務は帯びていない。

 これは、『メンバー』の情報網で後から確認したことなので間違いない事実だ。

 

 つまり、昨日の段階で『アイテム』は『インディアンポーカー』の首謀者──操歯さんに対してどうこうする動機は一切なかった。

 にも拘らず、その『アイテム』の一員である浜面さんとフレンダさんが操歯さん確保に動いたのは納得がいかない。……任務じゃない、プライベートで遊びに来たとかならまだ分かるけど……。

 ……任務に関係ない、か。

 

 

《たとえば、『アイテム』が現在抱えている敵対関係絡みに操歯さんが関わっている……とか?》

 

《現在抱えている……、……あ!!》

 

 

 そこでレイシアちゃんは、何かに気付いたらしい。

 

 

《そうでしたわ……すっかり忘れていました! 先の暗部抗争、確か砂皿緻密の前任は…………『アイテム』に殺されていたはずですわ!!》

 

 

 …………、そうだったっけ?

 …………。……ああ!! そういえばそんなこと言ってた気がする!! そして俺達、その前任の人とこの前戦ったよ!!

 そうか、あの人……もう殺されちゃったのか。

 ……出会っていたのに。手を差し伸べる機会は、あったはずなのに。……なんとか、助けてあげられなかったのかな。まだ俺達と同じくらいの年の頃だっただろうに……。

 

 

《シレン。悔やんでも仕方がありませんわ。わたくし達は万能のヒーローじゃありません。取りこぼしてしまうことだって、ある。それでも前を向かなくては》

 

《…………うん、そうだね》

 

 

 こういうとき、レイシアちゃんと一心同体で本当によかったって思う。

 もしも俺一人だったら、こういう重圧に負けてしまっていたかもしれない。でも二人一緒なら、お互いに支え合って、こんな俺でも前を向くことができる。

 

 

《……とはいえ、構成員を殺されているのです。『スクール』としては当然『アイテム』は敵ですし、『アイテム』も報復のリスクがあるのですから、先手を打って『スクール』を叩き潰したいと思っているはず。そこに、操歯が持つ何らかの事情や技術──たとえば『インディアンポーカー』が関わってくる可能性はあるのではなくて?》

 

《さ……流石レイシアちゃん! めちゃくちゃ冴えてるんじゃない!?》

 

《ふふん……》

 

 

 ちょっと調子に乗っているようだが、それも許せるくらい冴えた推理だと思うよ。

 見た感じどこにもボロはないし、筋も通ってる。これ、マジで『アイテム』の思考読めちゃったんじゃないかな……。

 そしてここから、操歯さん拉致が失敗した『アイテム』の残存戦力が打つ手を考えてみれば……。

 

 

《…………俺は、フレンダさんと浜面さんを倒した美琴さんに釣られて麦野さんが出てくると思う》

 

《わたくしもそう思いますわ》

 

 

 だって麦野さんだもんねぇ。不倶戴天の第三位が自分の作戦を邪魔したら、絶対に出張ってくると思う。

 でも、一方で。

 

 

《俺達が、美琴さんに同行していれば……麦野さんは出てこれないんじゃない?》

 

 

 折しも、麦野さんは俺達に敗北を喫したばかり。

 いくら麦野さんでも多少は慎重になっているはずだし、そこに第三位と裏第四位(アナザーフォー)が連れ立って動いていれば、流石に手出しはできないだろう。

 

 かといって麦野さんの性格上、そうなればもう操歯さんはそっちのけになりそうなので、タゲを分散することで襲撃リスクを上げるよりも、一緒に行動して麦野さんを宙ぶらりんにした方が安全ということもある。

 

 

 ──そこまでを高速で脳内会話した俺達は、時間にして一秒で、美琴さんに回答を返す。

 

 

「分かりましたわ。まずはドッペルゲンガーを追いましょう」

 

「よし来た。じゃあ、道中情報交換しましょう」

 

 

 


 

 

 

「………………行った?」

 

 

 静寂に包まれた夜の街にて。

 無様に倒れ伏していた金髪の少女──フレンダ=セイヴェルンは、微動だにしないまま隣で倒れている浜面仕上に呼び掛けた。

 

 

「……行った、みてぇだな」

 

 

 顔を上げ、あたりを見渡した浜面は、そう言って完全に立ち上がる。

 続いて、フレンダも同じように立ち上がった。

 

 ──確かに、二人は美琴の電撃を浴びせられた。だが、そこには色々な経緯の省略がある。

 たとえば、二人は美琴の前に現れる前に彼女の存在を認識していたとか。

 たとえば、フレンダは過去の経験から、超能力者(レベル5)とかち合っても絶対に勝ち目などないことを承知していたとか。

 たとえば、それゆえに二人は事前に『負けたふり』をする為のガジェットを準備していたとか。

 

 そんなわけで、浜面の発案によるアースによって電撃の威力の大半を地面に逃がしていたフレンダと浜面は、『わざと負ける』ことで美琴と、さらにはレイシアの目も欺いていたのだった。

 見た目は完全に電撃にやられている様子だったので、レイシアも気流感知を怠っていたのが功を奏した。

 

 

「…………ふぅぅぅぅぅ~~~~~~!!!! 結局、生きた心地しなかったって訳よ! っていうか何!? なんで裏第四位(アナザーフォー)まで来る訳!?」

 

「んなこと俺が知るかよ! こちとら最弱の無能力者(レベル0)なんだぞ!」

 

「私だって無能力者(レベル0)だっての! レベル言い訳にするんじゃないわよ!」

 

「……うぐぅ……!!!!」

 

 

 フレンダとしてはコメディのツッコミとして放った一言が心の柔らかいところに突き刺さった敗残者浜面は、鳩尾のあたり(浜面の心は鳩尾にあるのかもしれない)を抑えつつ、

 

 

「とはいえ、だ! これで無事に操歯に接触できるな。……正直、無理やり攫うことになるかと思うと気が重いけど」

 

「……言わないでよ。私なんて、結局この前まさにそれを阻止した側だったのよ? やーねぇ、この業界、結局ヒーローになれる人間なんていないって訳ね」

 

 

 肩を落とすフレンダと浜面。

 そこで二人は、殆ど同時に、同じことを思った。

 

 一応アースで電撃のダメージは最小限にしたが、当然身に着けているスマホなどは破壊されてしまっている。つまり今の二人は、外部と連絡を取る手段もない。

 もちろん他の構成員から行動を察知されることもない。

 であれば──無理に操歯涼子の身柄を確保するという本来の役目を果たさなくてもいいのではないか? というか、操歯涼子の身柄を確保すればどう考えてもレイシア=ブラックガードの逆鱗に触れることになる。

 あれだけ万全の状態で戦ったのに一蹴されるほどの実力差があったのだ。『アイテム』の総力を結集させたとしても、勝てるかどうかと言われたら……微妙なところだと思われた。

 

 

「もちろん……麦野の勝ちは疑わないけども! でも、操歯涼子を誘拐すれば向こうはきっと準備も何もなしにこっちを潰してくるはずよね」

 

「……ああ。そしてそうなれば、真っ先に潰されるのは末端の俺達……」

 

 

 フレンダは、下部組織の下働きばかりやらされているフラストレーションから。

 

 浜面は、長くスキルアウトをやっている中で蓄積されてきた被害者意識から。

 

 それぞれ、非常にダメな動機から……しかしそのダメさで、己の中に残っていた小さな小さな勇気を奮い立たせる。

 『割に合わないから』と言い訳をすることで。

 

 

「だからさ……誘拐、やめちゃわない?」

 

「…………賛成だ」

 

 

 ──本来であれば、『この時点のこの二人』が、この選択肢を選ぶ可能性は限りなく少ない。

 確かに二人の中には明確に良心があるし、その輝きは時としてヒーローと呼ぶに足るものとなる。だが、現時点の浜面仕上とフレンダ=セイヴェルンの魂は泥に塗れており、本来の輝きを取り戻すには相応の試練が必要なはずだった。

 

 だが、何の間違いか、様々な要因が組み合わさったことで二人は異なる選択肢を選び取った。

 栄光に続く選択肢を。

 

 

 …………もっとも、栄光に至るまでの道のりは、重大な難問(ヘヴィーオブジェクト)続きだろうが……。




・『アイテム』が操歯を狙ったのは任務関係ないプライベートの理由←正しい
・操歯の持つ何らかの事情が関係している←正しい
・つまり、『アイテム』は『スクール』との敵対に備えている!←お前を誘い出す為の罠やで

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