【完結】とある再起の悪役令嬢(ヴィレイネス)   作:家葉 テイク

100 / 190
天賦夢路(ヘヴィーオブジェクト)編のスタートです。


おまけ:深刻なる難問 ①

 ガタガタと、忙しない物音が連続した。

 大柄な男たちが大型家電のような荷物を運びこんでいるのを尻目に、一人の少年がソファに腰かけてゆったりと脱力している。

 

 

「あー……なんつーか、残念だったなあ」

 

 

 少し気まずそうに視線をやると、そこには不気味な笑みを浮かべるツーサイドアップの少女と、真っ青な顔をしたヘッドギアの少年がいた。

 明らかに、異常。少年──垣根帝督は同情というより、面倒ごとに巻き込まれたくないときのような消極的思いやりを見せつつ、

 

 

「『()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 その一言には、様々な前提の崩壊という意味が含まれていた。

 もっとも、そのことを知るのはこの世界ではレイシア=ブラックガードのみであり、この場に彼女がいない以上、誰もそれを知ることはないのだが。

 

 

「まぁ、まだ次がある。お前らも切り替えろ。今回は相手が悪かったんだ。……あの女は、俺が直接出なくちゃ潰せねえわな」

 

 

 しかし垣根は穏やかな口調で、自分の座るソファからも見えるベッドで眠る少女のことを見ていた。

 ベッドに仰向けで横たわる少女の胸元は、今も緩やかに上下している。──結論から言うと、杠林檎はまだ目覚めてはいなかった。

 あの、『ドラゴン』との対峙の折、垣根帝督が戦場に現れたのは、幻生の持つ情報から杠を救う手立てがあると考えたからだった。そして確かに、幻生が『簒奪計画』を実行するに至った研究──人格励起(メイクアップ)は、杠の救済に一定の効果を上げた。

 それまでは未元物質(ダークマター)の力で肉体を仮死状態にしなければすぐさま内臓が機能を停止して死んでしまうところだった杠の身体が、今はこうして機材なしでも生命を保てる状態にまで落ち着いた。

 

 

「……安らかな寝顔ね」

 

 

 じいっと少女を見つめる垣根に、横合いからドレスの少女が声をかけた。

 少女──獄彩の方に視線だけを寄越すと、垣根は面白くなさそうに目を伏せた。

 

 

「こんなんじゃ及第点にも満たねえよ。脳の機能を『励起』させることで、生命維持は問題なく行えるようになったが……覚醒にはまだまだだ。だがさらに励起させるにはあのジジイが遺していた不完全な資料だけじゃ到底足りねえ」

 

「つまり……その足りないピースを『彼女』から獲得するということですね!?」

 

 

 ぱあっと顔を明るくするのは、ツーサイドアップの少女──弓箭だ。

 陶酔したような表情を浮かべ、弓箭はさらに言葉を重ねていく。

 

 

「あの圧倒的なチカラによる蹂躙……いつでもわたくしを殺せたはずなのに、彼女はわたくしをあえて生かした! これはもう、友情です!! 朋友です!!」

 

「…………その話、()げえか?」

 

「そして彼女はあの後『アイテム』と事を構えたらしいじゃないですか! 暗部と戦闘をするほどの『何か』を目的に据えているということは、必然的にまた我々『闇』の領域と交差するということですよね!? ふふふ……向こうからわざわざ、こちらの領域に踏み込んでくれるのです! 全身全霊を以て持て成さずして、朋友は名乗れません!!!!」

 

 

 垣根は呆れた調子で最早聞いてすらいないが、弓箭のテンションは上がっていく一方だ。こうなった弓箭は、垣根が本気でキレない限りは止まらない。垣根は弓箭から一切の興味を外して、傍らで同じように呆れていた誉望に視線を向ける。

 

 

「んで、誉望。裏第四位(アナザーフォー)が何を目的に『アイテム』と戦闘していたのか、調べはついたか?」

 

「は、はい。裏第四位(アナザーフォー)はどうやらインディアンポーカー関連の情報を探ってあの研究所に行き着いたようです。……インディアンポーカーは、元々才人工房(クローンドリー)で開発された技術なので」

 

「あ? ……あー。なるほどな、自分の城の情報漏洩を引き起こしてるクソ迷惑な玩具の出どころを潰そうって訳か。だが……」

 

 

 同じく『暗部』の情報網を持っている垣根もまた、事の顛末は知っている。

 今出回っているインディアンポーカーの『設計図』の持ち主は、才人工房(クローンドリー)跡地に座す『闇』の人間ではなかった。

 真犯人の名は、操歯涼子。

 何も後ろ暗いところはないにもかかわらず、『表』の世界にいながら己を両断し全身サイボーグとなったという異色の経歴を持つ少女だが──この場合、才人工房(クローンドリー)という『闇』に触れてしまったのが運の尽き、といったところだろうか。

 

 

「…………コイツは、使えるな」

 

 

 操歯涼子の顔写真を見ながら、垣根は薄く笑みを浮かべる。

 情報によれば、操歯涼子はレイシア=ブラックガードと個人的な交友関係を持っているらしい。となれば、あのどうしようもない善人にとっては()()()()()()()()()()()()()()()()()()守るべき隣人としてカウントされるに違いない。

 第二位は、その頭脳で極めて悪辣な計算を叩き出すと、相変わらず楽しそうにレイシアとの友情を語る弓箭と、ベッドで横たわる杠を眺めている獄彩に言う。

 

 

「お前ら、操歯をちょっと捕まえてこい。──『情報交換』と行こうじゃねえか」

 

 

 


 

 

 

第三章 魂の価値なんて下らない Double(Square)_Faith.

 

 

おまけ:深刻なる難問

>>> 第二一学区方面操歯涼子争奪戦 

 

 


 

 

 

「……あ~、もう散々な訳よ」

 

 

 学園都市・某所。

 ムサい男どもがひしめく廃倉庫で、今を時めく花のJKことフレンダ=セイヴェルンは溶けだしそうな表情で呻いていた。

 彼女の目の前には、一つのテーブルがある。

 否、テーブルというのは正確には幾つかの木箱を横に並べ、その上に天板を乗せただけの簡素な『即席テーブル』である。

 その上には、いくつものマガジンや拳銃弾が無造作に置かれている。

 フレンダが行っているのは装填作業だった。

 下部組織の人間が扱う銃器というのは、それこそ湯水のように弾丸を消費する。それらは最初からマガジンに入っていて、拳銃に差し込んで引き金を引けば人の頭をスイカ割りの後のスイカよりもバラバラにできるようになっているわけではない。

 こうして、下働きの人間がちまちまとマガジンに拳銃弾を装填し、いつでも使えるマガジンを大量に用意しているわけである。

 

 そして、こうしたちまちまとした作業は文字通り下部組織の人間が行うような業務なのだが……、

 

 

裏第四位(アナザーフォー)には負けるし、麦野には怒られるし、下部組織に混じって仕事するハメになるし……」

 

「つっても、あの剣幕の麦野にその場で粛清されなかっただけでもマシだろ」

 

 

 ぼやくフレンダの横で、同じようにカチャカチャと手を動かしている少年が一人。

 そう、ご存じ浜面仕上である。

 彼はあの後、意識を取り戻した麦野の怒りようを知っているので、むしろこの程度で(しかも五体満足で)済んでいるフレンダの贅沢っぷりに呆れていた。

 

 

『……んで、黙って逃がしたって? フレンダ……お前それ本気で言ってんのか? こっちの目的まで教えて?』

 

『ひぃ、で、でも……私じゃ止めようとしても速攻で気絶させられてたと思うし……』

 

『命乞い……ねぇ。オイ、テメェ「アイテム」の面ァ汚したって分かってんのか?』

 

『ひぃぃぃぃ!!!!』

 

 

 …………あの剣幕は、冗談抜きに腕の一本や二本は吹っ飛ばしかねないレベルだった、と浜面は思う。

 あそこで咄嗟に浜面が麦野の興味を『なぜレイシアが才人工房(クローンドリー)にアタックを仕掛けたのか』に逸らさなければ、今頃フレンダは廃倉庫ではなく病院で時間を潰すハメになっていただろう。

 

 

「まぁ、アンタには感謝してるわよ。アンタが仲裁してくれなかったらまた麦野にオシオキされてたと思うし……」

 

 

 オシオキで済むのか……と思いつつ、浜面は手を動かす。

 ちなみに、ぶつくさ言っているもののフレンダの手は早い。浜面よりも、そもそも器用さのステータスの次元が違うらしい。ただ、それもそろそろ限界らしく。

 

 

「だぁーもう!! 飽きた!! 完っ全に飽きたって訳よ!! 何よ! 結局、麦野だって真っ先に裏第四位(アナザーフォー)にダウンさせられてたのに! 無傷で万全の超能力者(レベル5)なんて私の手でどうにかなるはずないって訳よ!!」

 

「そのペナルティとして、下部組織の監督役って名目で俺達と仕事してるわけだもんなー……」

 

「ホントよ。実質的な降格処分じゃないこれ? ギャラも少ないし、結局こんなんじゃやる気出ないって訳よー」

 

「(……まぁ、実際には俺がコイツのお守りをしてるようなモンだけどな……)」

 

 

 かれこれ数時間。フレンダの愚痴を聞かされ、仕事を投げ出そうとする彼女を宥めたりを繰り返している浜面はフレンダには聞こえないように呟く。

 こんな損な役回りにも拘わらず、周辺の非モテ野郎からしたら『当たり前にあるモノの有難みを知らない贅沢クソ野郎(ブルジョワジー)』の誹りを受けるのだ。世界はかくも理不尽であると浜面は強く思う。

 

 

「……だぁー!! もう無理!! もうヤダ!! 結局、こんな創造性のない反復作業は私という才能ある人材の時間を使うには全く見合わないって訳よ!!」

 

「文句を言うなよ。っていうかお前工兵みたいなポジションなんだからこういう細々とした作業は得意なんじゃねーの?」

 

「得意だけども!! 私の場合はそういう細々とした作業は終着点(ゴール)に全部ぶっ壊すっていうご褒美があるの! 爆破もなしにちまちました作業なんてやってられないって訳よ!!」

 

「歪んでんなあ……」

 

「あっ浜面、今そのマガジンのスプリング歪んだわよ。音で分かる」

 

「何なんだよテメェ!!!!」

 

 

 嫌だ嫌だと言っておきながら、真面目にやっている自分よりもスペックは遥かに高い。改めて、高位能力者がひしめく戦場で今まで生き残ってきた『アイテム』の一角なんだと思い知らされる。

 普段自分が接している分には、ただの生意気な女子高生にしか見えないのだが。

 

 ともあれ、そんなワガママ生意気JKはもうこれ以上の単純作業は無理です! という構えを崩さない気のようだった。

 ここでフレンダが問題を起こせば、フレンダ自身はもちろん、半ば成り行きで彼女のお守りを任された自分も麦野にボコボコにされかねない。

 

 

「ならこのビデオ見るといいぞ。単純作業のときに見ると不思議と作業が捗るっていう伝説の……」

 

 

 そう言って浜面は適当に木箱をごそごそと漁って、中にしまってあったビデオをフレンダに見せる。

 そこにあったのは、

 

 

 『バニー女軍人㊙おっぱい猛特訓』……というタイトルのパッケージ。

 

 

「…………浜面。セクハラで爆破するわよ」

 

「いやァァああああ!? そこはせめて訴えて!?」

 

 

 浜面は殆ど反射でパッケージを木箱の中に突っ込み、

 

 

「い……いや違う! 違うんだ! 俺が出したかったのはこれじゃない! この前絹旗に押し付けられたC級映画をだな……! あまりに詰まらなさ過ぎて鑑賞から逃避したくなって仕事の能率が上がるって出そうとしただけであって、あれは別に……!」

 

「……っつか、バニー女軍人って何な訳? 既に属性が迷子じゃない?」

 

「うるせえ!! バニーは何にでも合う万能食材なんだよッッッ!!!!」

 

 

 熱弁する浜面だったが、フレンダは冷めた目でそんな彼を見るだけだった。心の柔らかい部分をバッサリ切られた浜面は、しくしくとしゃがみこんで作業を再開してしまう。

 いたたまれない雰囲気になったフレンダが別の話を切り出そうとした瞬間、木箱の上に置いてあったフレンダの端末が着信を告げる。

 

 着信の主は、『麦野沈利』。

 

 

「……もしもし!? 麦野!? いやぁーようやく任務終了!? 長かったって訳よ、」

 

『仕事よ、フレンダ』

 

 

 麦野はピシャリとそう言って、さらに続ける。

 

 

『人攫いだ。「操歯涼子」。『表』の研究者よ。この女を、下部組織の連中と一緒に誘拐してきなさい。……コイツは、裏第四位(アナザーフォー)のアキレス腱になりうる存在よ』

 

 

 それだけ言い切ると、麦野はさっさと着信を切ってしまう。

 残されたのは、非常~~~に微妙そうな表情のフレンダと、同情するようなウンザリしたような表情の浜面のみ。

 

 

「……と、とりあえず、弾込め作業からは解放されてよかったな?」

 

「結局下部組織の低ギャラ任務からは解放されてないって訳よ~~~~!!!!」

 

 

 とほほ、敗北はコリゴリだわ……と嘆くフレンダは気付かない。

 この一見するとヌルい任務が、実はどんな任務よりも過酷な『争奪戦』であるということに…………。




☑金髪で線が細い顔の良い爆弾魔
☑根は優しく意外と面倒見のいい不良

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。