GATE(ゲート) 自衛隊 彼の地にて斯く戦えり ~帝国の逆襲~ 作:護衛艦レシピ
――そして、“彼ら”は。
視線の先には、どこまでも続く草原。テュカ、レレイ、ロゥリィ、そして伊丹は広大な草原を歩いていた。徒歩で歩く長旅は、やはり体に堪えるものだ。
「疲れた………もうだめぽ」
「イタミぃ? 動かすのは口じゃなくて足だと言ったでしょう?」
このままじゃ日が暮れるわよ、とロゥロィは情けない顔をする伊丹に溜息を吐く。
「いや、だって一人おぶってるんですよ? もう少し配慮ってもんを……」
バックパックの代わりに伊丹に背負われているのは、杖をもった青髪の少女。
「……快適」
「いいなぁ~、私もイタミに背負ってもらいたいなぁ」
ドヤ顔でサムズアップするレレイを、テュカが羨ましそうに見つめている。彼女たちもまた、父ホドリューや姉アルペジオと分かれ、違う道を歩むことを選んだ。
――皇帝を倒した後、伊丹たちは誰とも合流せずに旅へ出る事になった。
あの後に帝都で起きた大混乱を考えれば、人知れず脱出する事はそう難しい事ではない。世間では自分たちも混乱の中で行方不明になったとされている。
自分たちはこれから、“ゲート”の謎を探しに向かう。ロゥリィの話では、冥王ハーディのいるベルナーゴ神殿に行けば、その謎が解けるかもしれないとの事だった。
「……イタミぃ?」
ふと声に面を上げれば、目の前にはロゥリィの顔がある。長い黒髪を揺らし、覗き込むようにこちらを見ている。
「あ、いや……何でもないんだ。気にしないでくれ」
伊丹はそう言って、止めていた足を再び動かす。大地を踏みしめる感触と、背中にいるレレイの重みを感じながら。
(……軽いな)
自衛隊時代につかっていた、手りゅう弾や弾層の入ったバックパックはもう無い。愛用していた64式小銃もだ。ゲートが閉じた今となっては、もはや無用の長物でしかないからだ。
(だが……コイツがある)
その存在を確かめるように、伊丹は胸ポケットのナイフを軽く指で弾く。皇帝モルト・ソル・アウグストスに留めを刺したナイフだ。
そしてもう一つ。腰に下げているのは、あの時モルト皇帝が使っていた剣だった。
そこらの軍団兵と変わらない、「スパタ」と呼ばれる長剣。現実主義者のモルト皇帝らしい、ごく普通の質素な剣だ。
しかし伊丹はこの剣に、どこか特別なものを感じずにはいられない。皇帝を倒してその剣を手に取った時、同時に皇帝の意志のようなものも受け継いだ気がしたからだ。
最新鋭の銃が無くとも、剣が一本でもあれば人は戦える……銃を持たなかった、モルト皇帝はそれを成し遂げた。
ならば銃を失った自分にも、きっと出来るはず。どんな武器を持とうとも、最後にそれを扱うのは生身の人間なのだから……。
結局のところ、皇帝も、特地の人々も、自衛隊も。身ぐるみ剥がされれば一人の人間でしかない。
誰もが生きるために、何かを犠牲にして何かを得る。思い通りにならない世界に対して、人はあがき続ける。
――皇帝モルトがゲートの開いた世界に対して、必死に抵抗を続けたように。
今度は、自分たちが。
ゲートの閉じた世界に対して、抗い続ける番だ。
「ほらほら!みんな早くー!」
とっくに先へ進んでいたテュカが、大きく手を振って呼びかける。あれこれ考えている内に、引き離されてしまったようだ。
――自分も、また。取り残されないように、歩いて行こう。
これからの世界がどうなるは分からない。ただ1つ分かる事は、誰もが今までと同じではいられないという事だ。
例えこの先ゲートが再び開くようなことがあっても、完全に元の自分に戻ることは無いだろう。
世界が変わっていくように、人もまた変わっていく。いや、変わらねばならないのだ。
「――さてと、難しい考えはこの辺までにして」
伊丹は小さく呟いて、再び顔を上げた。
視線の先には、何処までも続く緑の地平線――空は澄み渡り、鳥のさえずりが響いている。日本では見たこともない世界が、目の前には広がっている。
少し先には、じぃーと不満げに目を細めるロゥリィ。
隣にいるエルフの娘は、ちょこんと首をかしげて不思議そうな顔をしている。
そして自分の背中には、いつの間にか寝息を立て始めた魔法使いの少女。
伊丹の胸に、どこか温かいものが染みる。この情景を大切にしたい、と強く思う。
たとえ多くのものを失ったとしても。
――得られたものも、確かにあるのだと。
そしていつの日か、「これで良かったのだ」と思える時も来るだろう。
「行くとしますか。この先へ――」
伊丹は後ろを振り返ることなく、彼女たちの後を追って走り出した――。
伊丹「生きねば」
「俺たちの戦いはこれからだ!」エンドを強引に良い話風にまとようとする作者の意図が透けて見えるエピローグ。
どうなったのか触れられなかった人物も多いかと思いますが、読者の皆様の想像にお任せするという事で。
さて、アニメ2期放送後から執筆を続けてきた本作ですが、今回のエピローグをもって完結とさせていただきます。
ここまで読んでくださった読者の皆様に、感謝の言葉を申し上げたいと思います。
途中で長らく中断したりとご迷惑をおかけすることも多かったと思いますが、読者の皆様の応援やコメントもあって、こうして完結させる事ができました。
本当にありがとうございました。