GATE(ゲート) 自衛隊 彼の地にて斯く戦えり ~帝国の逆襲~ 作:異世界満州国
皇族墓地――宮殿の裏庭から少し北へ向かった場所にある小高い丘には、歴代皇帝の遺体が安置されている。場所が場所なだけあって、めったに人が近寄らない場所だ。
(ここなら警備兵も少ないはず……)
墓石の林の中を、伊丹たちは足早に進んでいた。
レレイの説明によると、帝都に集められていた魔術師たちは地下にある宮廷図書館で寝泊まりしていたという。図書館は湿気対策として地下に造られていたのだが、非常時には出口を塞ぐだけで即席の地下牢にもなる。
「……止まって!」
その時、テュカの長い耳がぴくりと動いた。片手をさっと上げ、周囲に警戒態勢を促す。
「どうした?」
「叫び声が聞こえる……。大勢で戦っているみたい」
緊張した面持ちでテュカが告げる。寝耳に水だった。
「いったい何が起こっているんだ……?」
伊丹が首をかしげる。だんだんと音は大きくなり、伊丹たちにも聞こえるようになった。
一人や二人の騒ぎではない。そのうち何かが爆発する音まで聞こえ、明らかに喧嘩や混乱の叛意を超えている。
「とりあえず、進むしかない」
伊丹はそう判断して先へ進む。帝国兵を警戒しつつ、慎重にだ。
あの抜け目ない皇帝の事だ。今頃は自衛隊が侵入していることぐらい気付いているはず。
だとすれば普通、見張りは怠らないだろう。それすらいないとなると……。
「反乱でも起こったか?」
なんとはなしに呟いた言葉。伊丹は冗談のつもりだったが、それを聞いたレレイはハッと顔を上げた。
「……ありえる」
帝国は一枚岩ではない。利害の異なる様々な集団を、帝国軍という重しが押さえつけることで「帝国」は保たれている。だが、その重しとなる帝国軍が遠征でいなくなったとすれば……。
しばらく進むにつれ、レレイたちの疑念は確信へと変化した。
廊下に、いくつもの死体が転がっている。だが、死に方が普通ではない。全身が焼けただれたように焦げていた。
それもロケット弾や手りゅう弾によるものではない。まるで体内から発火でもしたように、人間だけが焼き尽くされている。そんな芸当ができるのは、それこそ「魔法」ぐらいのものだ。
「やっぱり、反乱みたいだな」
状況から、ある程度の推測はつく。ヘリボーンの混乱に乗じて魔術師が逃げ出そうとしたか、自衛隊の作戦を見破った帝国が“リスク処理”に動いたか。あるいはその両方だ。
その間にも、宮殿からは爆音が聞こえてくる。続いて、悲鳴と金属がぶつかる音。魔術師たちが魔法を放ち、帝国兵が突撃しているのだろう。
「――テュエリ卿、そちらに一人逃げたぞ!」
再び爆音が轟き、悲鳴があがった。
今の声には聞き覚えがある。忘れるはずもない――それは皇帝モルト・ソル・アウグスタスのものだった。
**
モルト皇帝は大勢の衛兵を引き連れ、反乱を起こした魔術師たちと対峙していた。
目の前では剣を抜いた近衛兵と、杖を手にした魔術師が二手に分かれて戦い続けている。追いつめられた魔術師たちが手当り次第に城を吹き飛ばしているため、どちらが勝っているのか分からない。
魔術師たちの反乱がこうも上手くいったのは、帝国軍内部に手引きをした者がいたからだ。
帝権擁護委員部「オプリーチニキ」……ゾルザルの設立した秘密警察で、帝都では絶大な権力をほこっている。ゾルザルが戦地へ出向いた今では、奴隷兼秘書のテューレというヴォ―リアバニーが代理で指揮をとっていた。
そのテューレが、クーデターを起こしたのだ。
彼女は皇位継承権を持つ皇弟ランドール公爵の娘レディ・フレ・ランドールを旗頭に担ぎ上げ、軍拡と集権化を強めるモルト皇帝を「独裁者」と弾劾。共和派の議員や現状に不満をもつ役人、戦時下で重い税をかけられた貴族に虐げられていた少数民族に奴隷といった勢力がこれに呼応した。
しかも本来これを取り締まるはずのオプリーチニキは、テューレが主な指揮官クラスを買収していたため鎮圧に回るどころか反乱軍に加勢、次々に奴隷たちを解放して武器をもたせている。監視対象であるはずの魔術師を脱獄させたのも彼らだ。
反乱の首謀者・テューレはかなり以前から計画を慎重に練っていたらしく、不意を突かれたモルト皇帝は苦戦していた。忠実な近衛軍団だけが頼りだが、主席百人隊長ボルホス率いる部隊の大半は市街地で自衛隊と戦っている。
(迂闊であったか………儂も老いたかも知れん)
混乱に乗じてクーデターが起こる可能性を考えなかった訳ではない。
しかし皇帝にはやることが多すぎ、とても一人の人間で処理できる量ではなかった。たった一人の指導者に全ての国家運営をゆだねる、帝国という国家そのものの弱点ともいえよう。
「陛下!」
「今度は何だ!」
振り返ると、兵士の一人が廊下の向こうからやってくるところだった。顔の半分は血に塗れ、鎧も血に染まっている。
「奴隷たちが……!」
その一言で、皇帝は何が起こったか悟った。見れば、奴隷たちが大勢押し寄せてくるではないか。
「――皇帝はそこよ!よく狙って!」
長身の女性が、彼らを扇動している。顔には見覚えがあった。この反乱の首謀者――ウォーリアバニーのテューレだ。
「おのれ、奴隷どもめ!」
親衛隊長が憎々しげに吐き捨てる。
「陛下、ここは危険です!お下がりください!」
モルト皇帝は口を開きかけたが、次の瞬間、すさまじい音と白煙が廊下を覆い尽くした。魔法使いの一団がいっせいに魔法を放ったからだ。兵士が4、5人まとめて吹き飛ばされる。
「早く、早く外へ!」
皇帝は部下に庇われるようにして、ひとかたまりになって別室へと向かった。
**
「何してるの? 早く進まなきゃ」
茫然としていた伊丹たちに、ロゥリィが呆れたように声をかける。
「こうなった以上、魔術師たちに加勢して一緒に脱出するしかないわぁ」
ロゥリィの言うとおりだ。帝国の増援が到着したら、ますます不利だ。想定外の状況だが、使えるものは何でも利用するしかない。
「いくぞ!」
伊丹は銃を構え、ひとかたまりになって戦場へ加勢した。
「はああぁぁぁぁ――ッ!」
伊丹の横を、弾丸のような速さでロゥリィが駆けてゆく。向こうも気付いたのか、一瞬おどろいたような表情が浮かぶ。
が、すぐに事態を把握し反撃してきた。
「敵の新手だ! 一度にやられないよう、散開するんだ!」
とっさに叫んだのは、テュエリ卿と呼ばれていた30代前半ぐらいの貴族だ。彼が、この場の指揮官らしい。
ざっと見たところ、帝国兵は20人以上はいるだろう。対して反乱軍は、魔術師が3人と武器をもった奴隷が10人ほど。
見渡していると、ウサギのような耳をもった亜人の女性と目が合う。切れ長の瞳が印象的な、整った顔の美人だ。
とっさに帝国兵に向かって銃を撃ち、味方であることをアピールする。向こうも理解したらしく、小さく頷くのが見えた。
「イタミ! 敵が来る!」
テュカが叫んだ。
時をおかず、帝国兵が剣を振りかざし、死体を飛び越えて一斉に突っ込んできた。数の優位があるうちに、一気に攻め潰そうというのだろう。
「こっちも一気に行くわよ! ついて来なさい!」
ウサギ耳の亜人女性――テューレの声だ。すぐに「おう!」と奴隷たちが立ち上がり、それぞれの武器を振り回しながら突進していく。
斬り合いの中に駆け込むのロゥリィを見て伊丹も加勢しかけたが、ふと思い出してポーチの中を探る。
(あった!)
取り出した手りゅう弾を握りしめ、伊丹は帝国兵の背後にそれを投げつけた。狙い通り帝国兵の大半が吹き飛ばされ、指揮をしていたテュエリ卿の姿も見えなくなる。
手りゅう弾の効果は大きく、陣営を崩した帝国兵は瞬く間に制圧されていった。最後の一人の首をテューレが撥ねると、彼女は伊丹たちの方に振り向いた。
「どうも。助かったわ」
あっさりとした感謝の言葉は、まるで伊丹たちが来て当然とでも言わんばかりだった。
実際、そうなのだろう。皇帝同様、彼女たちのような帝国内の抵抗勢力もまた自衛隊による帝都急襲を予想していた。そして実際にヘリボーンが始まると、それにタイミングを合わせて反乱を起こしたのだ。
「他の魔術師たちは?」
レレイが質問すると、テューレはかぶりを振った。
「戦闘の余波で、宮殿の1区画が崩れたの。その後はみんな散り散りよ」
彼女によれば、押し寄せる帝国兵を倒そうと必死になり過ぎた若い女魔術師がやらかしたらしい。話を聞いたレレイの顔が引きつる。表情から察するに、彼女の知り合いなのだろう。姉かも知れない。
「グズグズしてる暇はないわ。皇帝を殺しましょう」
有無を言わせぬテューレの声。魔術師の救出が先だと伊丹が主張するも、テューレは「同じことよ」とそっけなく言う。
「皇帝さえ殺せば帝国軍の士気は崩れる。この広い宮殿で魔術師を一人一人探すより、そっちの方が効率的よ」
ピニャたちが敵になる→敵の敵は味方→ならテューレさんは伊丹たちの味方だよね!
伊丹たち自衛隊が近衛兵を引きつけてくれたおかげで、警備の目が薄くなった結果、テューレがクーデターを起こしました。
タイムリーな話題、いま流行りのクーデター。どこの国とはいいません。