GATE(ゲート) 自衛隊 彼の地にて斯く戦えり ~帝国の逆襲~   作:異世界満州国

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エピソード37:矢尽き刀折れるまで

    

「おのれ帝国軍め! 次から次へと卑怯な小細工を!」

 

 嫌らがせとも思える(実際そうだったのかもしれないが)帝国軍の戦法を受け続けたアルヌス守備隊は、時間が経つにつれて明らかに精彩を欠き始めていた。

 

 日を経るごとにアルヌス守備隊の疲労は増していくばかり。対して帝国軍はその大量の兵数をいかして軍団をローテーションさせ、ほとんど二十四時間連続の戦闘行動を継続させていた。

 

 ここで帝国軍の戦法を、「兵員数にモノを言わせた損害度外視の力押し」という一言のもとで切って捨てるは容易い。

 

 だが、ここまで兵数差が開いている場合、そうした「力押し」はむしろ「取り得る戦術の中で最善策」となる。

 

 今やアルヌスの守備兵は仮眠すらもままならず、肉体と精神の限界に達しつつあった。「兵の交替によって疲労を抑える事ができない」という寡兵の弱点は、長期戦においてボディブローのようにじわじわと効いている。

 

 

 腹が減っては戦はできぬと言うが、寝不足でも、物資不足でも戦はできぬ。これには歴戦の戦士であるヤオや狭間中将が悲鳴をあげるのも無理からぬことであった。

 

 

 **

 

 

 以前に比べて、アルヌス守備隊の反応が悪くなっている――その事実は、ここ数日で帝国軍将兵の全員が感じていた。

 

「あと一息だ……もうすぐアルヌスは墜ちる」

 

 ここに来て慎重派のピニャも自軍の優位を確信し、総仕上げの布石に取り掛かろうとしていた。

 

 

 ―-先ずは敵の士気を下げる。どこに隠れようと、我らの剣からは逃れられぬという事を連中に教えてやるのだ。

 

 

(待ちに待った出撃だ……!)

 

 百人隊長の一人、ワルド子爵は久々の出撃命令に心を躍らせていた。

 

 血気逸る己の翼龍に跨り、自分の帯革と鞍を金具で留める。鞍は飛龍の首の付け根あたりにつけられており、そこから長い手綱が轡まで伸びている。

 

「さて、開発部の新兵器とやらの効果を見せてもらおうか」

 

 ワルドが軽く鐙で叩くと、彼の飛龍は短い両手を使って地上に置かれた球状の物体を掴む。

 

「みんな、準備はいいか!」

 

 周囲を見渡し、安全と部下たちの様子を確認――問題はなさそうだ。ワルドは右手を高く上げ、三度大きく振る。

 

「異世界の連中から、俺たちの空を取り戻しに行くぞ!」

 

 手綱を強く引くと、飛龍は高い声で啼き大きな翼を広げた。強い後脚で助走するように駆け出した後、強く地面を蹴って地上を離れた。

 

 ワルドは空気抵抗を減らす為、飛龍に体を密着させるようにして上半身をかがめる。飛龍はしばらく必死に翼を動かしていたが、やがて風に乗って高度をあげてゆく。

 

 

 彼の部隊を先頭に、それに続くように何頭もの飛龍が空に舞い上がる。帝国全土からかき集められた、空の英雄たち――合計で900羽もの飛龍が続々と飛び立つ様子は、まさに圧巻の一言であった。

 

 事実、これは帝国の保有する、稼働状態のほぼ全ての飛龍の数に等しい(ちなみに稼働率は3割ほどで、残りのほとんどは調教中の若い飛龍か妊娠中の母親である)のだ。

 

 

 月明かりだけが頼りの夜だが、運よく迷子になった者は皆無だった。目標であるアルヌス駐屯地がそれだけ目立つ目標であることが幸いしたのだろう。

 

「行くぞ! 夜を照らせ!」

 

 ワルドは首にかけていた笛を摘むと、一瞬だけ体を後方に向けて突撃の音を鳴らした。それに応じるように何羽もの飛龍が鳴き声をあげ、次々と連鎖した鳴き声は夜空を不気味な喧騒で満たす。

 

 ワルドは手綱を引き、乗龍に降下を命じた。笛の音を耳にした部下たちもそれに続き、目標へと近づいていく。

 

(………見えた!)

 

 目標は斜め上に向けて設置されている鉄筒――大砲と自走砲だ。

 

 急降下に入ったワルドは地上までの間合いを計算し、敵兵の輪郭がはっきりしたところで強く手綱を引く。上昇の合図だ。

 

 飛龍は降下を止め、翼を羽ばたかせて再び上昇姿勢に入った。そして訓練しさとおりに、地面に腹を向けた瞬間、両手に持っていた物体を離す。

 ワルドの飛龍が落とした物体は地上に落下し、地面に激突すると一気に炎上した。

 

 

 これこそが帝国軍の新兵器――『モルト・カクテル』であった。

 

 

 この新兵器の構造は至って単純で、壺の中に度数の高い酒や鯨油などの可燃性物質が混合してある。表面には燐を膠で張り付けてあり、地面に激突した衝撃と摩擦で発火、それが可燃性混合物に引火して炎上するというものだ。

 

 構造が構造なだけに命中率・発火率もそう高くは無いものの、うまく燃え上がった炎が不発に終わったものに引火したり、難民の使っている簡易木造住宅や布製テントに燃え移る事で、瞬く間に火災が発生していった。

 

 

 **

 

 

(なんだ、今の音は!?)

 

 物音で目覚めたヤオが物見櫓に登ると、要塞のあちこちで黒煙が立ち上っているのが見えた。宿舎からも火の手があがり、診療所までもが真っ赤な炎に包まれていた。

 

 あれほど平和だった町が……ヤオは拳をぎゅっと握りしめた。火災が起きている建物には、大勢の人々がいる。彼らは無事なのだろうか。

 

「っ……!」

 

 風が鳴る奇妙な音が耳に入り、とっさに身をかがめるヤオ。その直後、突風が耳を掠めたかと思うと、背後で衝撃音が轟いた。肩越しに見ると城壁の一部が崩壊している。

 

(投石器!? いつの間にあんなものまで……!)

 

 敵からの投石はひっきりなしに行われていることから、相当な数を持ち込んだのだろう。自衛隊も残った数少ない迫撃砲と自走砲で反撃するも、大量の煙が視界を覆ってうまく視認できない。

 

(連中、自分で煙を焚いて目くらましを……)

 

 これでは帝国も見えないはずなのだが、投石機の数が多く、かつ城壁のように目立つ目標にあてる分にはさほど問題はないのだろう。

 

 実にしぶとい相手だ、とヤオは思った。

 

 帝国軍の掘る塹壕は深いし、土木工事技術も優れている。しかも合理性が通用しない。兵員の損失を無視して執拗に攻め込むのだ。負け戦ならいたずらに損害を出すだけだが、勝ち戦で非合理に攻め込む積極性は、時として予想外の打撃を自衛隊に与えていた。

 

 街路を進む彼の視界に飛び込んで切るのは、悲惨な町の様子ばかりだ。見渡す限り、瓦礫と死体の山ではないか。家屋が燃え盛る乾いた炎の音と負傷者の低いうめき声。充満する煙と血の匂い。

 

「ママ!どこにいるの?ママ!」

 

 親からはぐれた男の子が泣きながらさまよい、その隣ではある家の主人が家族に叫ぶ。 

 

「急いで荷物を纏めろ!ここから逃げるんだ!」

 

「ああ、足が!」

 

 道端にうずくまる老人は血だらけだ。燃え盛る家の前で男が茫然と立ち尽くし、「誰か水を!このままじゃ全部焼けちまう!」と叫んでいる。

 

 (くそっ……!)

 

 仕立て屋の横を通過した時、店主が骸となって転がっているのを見つけ、ヤオは衝撃を受けた。腕によりをかけていいものを作りますよ、と笑っていたのはつい先週のことだ。彼に採寸を依頼することはもうない。

 

 業火に包まれた屋台の前で茫然とする亜人の店主の姿も視界に飛び込んできた。目の前で財産が焼き尽くされたことに衝撃を受けているのだろう。平和は打ち破られ、人々は狼狽し、絶望の淵に追いやられている。

 

 

 いますぐ助けを求める民衆一人一人に答えたいが、敵の侵入を止めるのが先だ。一刻も早く応戦し、進行を阻止せねばならない。民衆の悲痛な叫びを耳にこびりつかせたまま、ヤオはやりきれない思いでひたすら走り続けた。

           




 モルト・カクテル

概要
 モルトとは当時の帝国皇帝であったモルト・ソル・アウグストスのことで、彼はアルヌス攻防戦での守備隊に対する最初の空爆行為に関し、「自衛隊に搾取されている帝国の労働者への援助のため、パンを投下した」などと発言した。
 これを皮肉って、実際に投下された小型火炎瓶のことを「モルト(に捧げる特別製の)カクテル」という皮肉のこもった通称で呼びはじめたという。

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