GATE(ゲート) 自衛隊 彼の地にて斯く戦えり ~帝国の逆襲~ 作:異世界満州国
エピソード34:増援到着
帝都での戦況が大きく変わろうとしていた頃、アルヌスでもパワーバランスが変化しようとしていた。
その日の午後にゾルザル皇子率いる軍団が到着し、帝国軍は大幅に増強されたからである。
「帝国の勇者たちよ! この私が来たからにはもう恐れることは何もないッ! 帝国第一皇子の名にかけて、蛮族を打ち滅ぼすことをここに誓おう!」
増援の数は8万。それも、無傷の部隊である。加えてゾルザルがこの決戦のために準備した、新兵器がいくつも用意されていた。
ゾルザルの軍団はピニャの隣、アルヌス要塞東部に陣取った。まもなくピニャ軍団と交代するように総攻撃が開始され、ピニャ軍団が5日の戦闘で開けていた穴――東門に主力を集中した。
「機は熟したり! 今のアルヌスは腐った納屋に過ぎん! ドアを蹴飛ばせば一撃で崩れ落ちるだろう!」
しかしこの総攻撃も、アルヌス要塞の守りを破ることはできなかった。正確に言えば、ゾルザルの作戦ミスに助けられた。
この日は5万の兵がアルヌスの防衛線に殺到したが、それだけの大軍が突破するには東門の穴は小さすぎた。このために帝国兵は自由を失い、味方同士でもみ合っている帝国兵を守備側は思う存分撃ち殺していった。
それでも帝国兵は味方の死体を乗り越え、鬼のような形相で立ち向かってきた。彼らの背後には、抜刀したオプリーチニキが督戦している。だから後に退くことはできない。
ゾルザルはピニャと違って、慕われるより怖れられることで戦力を高めていた。
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攻囲戦から、十日が経過しようとしていた。しかし未だアルヌスの壁を越えた帝国兵はおらず、要塞はなんとか持ちこたえている。その壁は厚く、空前の大軍を前にも小揺るぎもしないかに見えた。
要塞司令部作戦室では、狭間陸将ほか10名ほどが集まって状況の推移に対応している。
「弾薬の消費量が滅茶苦茶です」
第4戦闘団隊長の健軍が電卓を放り投げながら言った。
「すでに手持ちの砲弾のうち、4割以上を撃ち尽くしました。この調子なら日没までにはもう1割、つまり明後日には弾切れですな」
帝国軍の手の平で踊らされているのではないか、というのが全員に共通する思いであった。
帝国軍の狙いは飽和攻撃による、弾薬および燃料の枯渇。いかに自衛隊が最新鋭の武器を持ち込もうと、その2つがなくなれば後は銃剣突撃でもやるしかない。
実際、帝国軍はそのように行動していた。それが最も確実で合理的であるというのもあるし、厳しい言い方をすれば「それしかできない」という理由もある。
ベテラン兵士の多くを銀座事件で失った帝国軍は数こそ徴用兵で埋め合わせたものの、質の低下には目を覆うものがあった。
そのため第3皇女ピニャをはじめとする帝国軍指揮官は、部下に自主的な判断や臨機応変な対応などは望まなかった。彼女らが出した命令は実質的に「突撃」、そして「退却」の2つだけであった。
「第11軍団が再編成を完了しました」
帝国軍の陣地では、苦りきった顔のハミルトンが第3皇女ピニャに報告をしていた。
「南角に投入するのがよろしいかと。代わりに戦闘中の第12軍団を下がらせて、休息と再編成を行うべきです」
「11軍団の投入は許可する。が、12軍団の後退は認めない。何としても今日中にあの陣地を落とすのだ」
「しかし、それでは12軍団が……!」
「今日一日で磨り潰しても構わぬ。敵にも被害は出ているのだ」
この無慈悲な命令は、ピニャの残酷さというより焦りから出ていた。
当然と言えば当然である。なにせ4日間、不眠不休でローテーションを組みながら波状攻撃を繰り返しているというのに、未だ戦果を挙げられずにいるのだから。
すでにピニャ配下の部隊は大損害を受けている。
この日、先陣を切った第24軍団はわずか2時間で1000人を超す戦死者とその3倍の負傷者を出して敗走。引きついた第12軍団もじりじりと被害を増大させていき、士気崩壊の可能性すら危惧されていた。
だが、今更になって作戦方針の変更もできない。となれば消耗戦を継続するよりほかはなく、その代価は人命で支払う事となる。
「橋頭堡は今日のうちに確保する。攻城戦は、一番外の壁さえ破壊してしまえば戦術目的は達成される」
戦争における勝利とは、人命の多寡をもって決まるのではない。目標を達成したか否かで決まるのだ。
その意味では、ピニャはこの戦いを目的を正しく理解してた。
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同じころ、帝国軍本営にいる第1皇子ゾルザルの元にも続々と報告が届けられていた。
空気は重いどころの話ではない。なにせ既に2つの騎兵部隊が敗走し、4つの軍団が戦闘能力を喪失しているのだ。損害は戦死・負傷を合わせて1万5000を超えている。
衝撃は大きく、将軍たちの間では自衛隊に対する恐怖が再燃し始めていた。それはゾルザルとて例外ではない。
しかし恐怖は必ずしも敗北主義とは結びつかない。むしろ逆であった。
臆病者は時として、恐怖ゆえにそれから逃れようと死にもの狂いになる。根が小心者であるゾルザルも改めて自衛隊の強さを実感することで、却って今のうちに潰してしまわねばと強く決意していた。
あるいは、単純に“慣れた”というのもある。銀座事件、諸王国連合軍による第1次アルヌス攻防戦の悲惨な結果をみれば、むしろ「少ない方」とまで言い切ってしまえるほど、帝国軍上層部は人的被害に対して寛容になっていた。
「第9軍団は何をしている!?」
ゾルザルは怒気を隠そうともしない。攻撃が順調に進んでいるとは言えなかったからだ。
彼の配下である第9軍団は比較的ベテラン兵の充足度の高い部隊で、ゾルザルも大きに期待していた。
すでに数度、アルヌスへと突撃している第9軍団はそのたびに敵の防護射撃を受けて押し戻されている。朗報といえば、ベテラン部隊らしく被害が少ない事ぐらい。
もっとも負け戦において被害が少ないという事は、必ずしも手放しで喜べないのだが……。
「つまり、やる気が無いという訳か?」
やる気のある部隊ならば、すでに大損害が出ているはずなのだ。
「先ほど、『10分の1』刑をガイウス隊とアントニウス隊、そしてアポロニウス隊にて執行しました。罪状はいずれも敵前逃亡です」
ゾルザルの前でヘルム子爵が淡々と報告する。帝国軍に敗北はあれど、逃亡は許されない。
『10分の1』刑とは、罰則対象者の中から抽選で10人に1人を選び、その1人を他が棍棒で処刑するという極刑である。いくら見せしめとはいえ、単純計算で戦力の1割が減ってしまうため余程の事が無ければ執行されることは無い。
逆に言えば、ゾルザルら帝国軍もそれだけ切羽詰っているという事だ。アルヌスの堅い守りを前に、兵の戦意が衰えている――しかしゾルザルが作戦中止を命じることは無かった。
「……ヘルム」
ゾルザルは顔色を青ざめさせたまま、鋭い眼光でヘルムを見据えた。
「第13軍団に支援をさせろ」
ゾルザルの言葉に、ヘルムはハッと顔を上げた。
第13軍団は、様々な新兵器を有するいわば実験部隊である。本来ならば切り札として扱われるべき軍団であり、ヘルムにはいささか時期尚早に見えた。
「急げ。二度も言わせるなよ」
が、そんな懸念も有無を言わさぬゾルザルの視線の前に四散する。ここで怒れる主君に反論する勇気をヘルムは持っておらず、その判断は往々にして正しかった。
帝国兵A「もう着いたのか!」
帝国兵B「早い!」
帝国兵C「ゾルザル来た!」
帝国兵D「これで勝つる!」