GATE(ゲート) 自衛隊 彼の地にて斯く戦えり ~帝国の逆襲~   作:異世界満州国

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エピソード30:『紅き翼』作戦

   

 その報告は、帝国軍にとっては可能性の一つとして既に考えられていたものであり、同時に元老院を凍りつかせるに十分な衝撃をもっていた。

 

 

「10匹もの飛行機械が帝都に向かっている……!?」

 

 

 護民官の息を飲むような声。警備隊長が緊迫した表情で告げる。

 

「間違いありません。西から狼煙が上がっているのを、この目で確認しました。」

 

 宮殿に衝撃が広がっていく。敵は本拠地であるアルヌスが攻められているという状況で、なおも攻撃をしかけてきたのだ。

 

 

「帝都防衛隊に臨戦態勢を発令。飛竜騎士隊も半数を使って、全力で迎撃するよう命じろ」

 

 

 皇帝は迷いなく命じた。瞳には強い意志が宿っている。

 

「追いつめられた兎は狼を蹴る――我々とて、この状況を想定しなかったわけではない。対策はとってある」

 

 

 皇帝の言葉とおり、帝国軍は自衛隊の一部が機械化部隊による反撃を行うリスクを想定した上で遠征軍を出していた。

 

 帝国軍は自衛隊と違って機動力に乏しく、また原始的な通信手段しかもたない事から部隊間の連携が難しい。であれば大軍をもってアルヌスに攻撃をしかける事で、敵を陣地に縛り付けたほうが各個撃破のリスクを減らせる――それが皇帝の判断だった。

 

 仮に逆襲があったとしても、敵も本拠地の守りをおろそかには出来ないため、それは最小限となるだろう。小人数であれば市街戦に持ち込むことで反撃のチャンスが生まれる。

 

 

(狙うは“門”の復活か……)

 

 いかつい表情で命令を下しながら、皇帝は内心で自衛隊の大胆さに驚きを覚えていた。

 

 並みの指揮官なら、貴重な機械化部隊を防衛線から引き抜いてでも攻撃に回すことにためらいを覚えるだろう。その火力と機動力をもって、まずは目の前の脅威――遠征部隊に打撃を与えてからにするのが常識だ。

 

(だが、これは逆に好機でもある……)

 

 敵が機械化部隊の主力を帝都に向かわせたということは、アルヌスの防御力は低下しているはずだからだ。

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

「70mmロケット弾発射筒発射用意――目標は敵側防塔!」

 

 AH-1S対戦車ヘリコプター、愛称コブラのほこる最大火力が、帝都外壁につくられた側防塔に向けられる。

 

 側防塔とは、城壁カーテンウォールから外側に突出した塔状の防衛拠点である。壁面に取り付く敵を狙い撃ちにしたり、高い塔から監視を行ったりと用途は広い。

 

 帝国の側防塔はさらに改良されており、屋上に360度回転可能なバリスタや投石器を備え付けているものさえあった。

 

 しかし、コブラの最高速度は200㎞をゆうに超える。軽々と敵の攻撃を躱しつつ、操縦士はトリガーに指をかけた。

 

「発射!」

 

 一斉に放たれたロケット弾が城壁の各所に着弾し、盛大に爆発が起こった。搭載されていたのは対人・対物用のHE弾頭命中した榴弾は城壁を粉砕するだけでなく、その爆風と破片によって更に被害を増大させる。

 

 炸薬の爆轟によって生じる爆風、つまり衝撃波は時として近くにいる人間を切り裂くことすらあると言われているほど。

 更に炸薬の爆轟によって生じる高圧力は弾殻が破裂させ、その断片を散弾のように周囲へ四散させる。これが人体に命中したときの効果は言うまでもないだろう。

 

 

 対して、帝国軍の反撃は散発的なものとなった。

 

 というより、反撃しようにも射程と威力に差があり過ぎて不可能という状況にある。城塞の各所に雨あられと砲弾が降り注ぐ現状では、下手に反撃するより市街地に逃げて兵力を温存した方がマシ、と判断する守将さえいた。

 

「うろたえるな!秩序を保って後退せよ!」

 

 帝都東門を守るキケロ卿も、早い段階で対空防御を諦めた者の一人であった。先の帝都攻防戦にも参加していた彼は自衛隊の持つ武器の威力を目の当たりにしており、帝国が勝つには市街戦に持ち込むしかないと結論付けていた。

 

(帝都に攻撃を仕掛けてきたという事から考えるに、敵の狙いが陛下と魔術師たちにあろうことは間違いない……)

 

 議会の重鎮でもあるキケロは、皇帝の計画の全貌を知る数少ない一人でもあった。それだけに自分のなすべき事をよく理解している。

 

「皆の者!敵に余力なし!帝都さえ守り切れば我らの勝ちだ。何としても守り抜け!」

 

 

 **

 

 

 『紅き翼』作戦と名付けられた、自衛隊の空中機動作戦ではヘリボーン部隊は2組に分かれて行動することになっていた。

 

 

 1:まずOH-1観測ヘリコプターで帝都の防衛状況を確認し、その情報をもとにAH-1S対戦車ヘリコプターが敵の迎撃部隊を排除する。

 

 2:次にCH-47JA大型輸送ヘリコプター2機、およびUH-1J多用途ヘリ2機からなる「レイヴン」小隊が宮殿の四隅に上陸、占拠し目標周辺の安全を確保する。

 

 3:続いてUH-60JA多用途ヘリコプター3機からなる「イーグル」小隊がヘリから宮殿中庭に迅速に降下し、生きたまま対象人物を捕らえる。

 

 4:目標を達成したら、AH-1S対戦車ヘリコプターの支援を受けつつ、全員がヘリに収容・脱出する手はずになっていた。

 

 

 

『――見えたぞ。あれが上陸地点だ』

 

 予定の通り、最初に敵の本格的な反撃を受けたのは帝都中庭に降下した部隊だった。攻撃ヘリで宮殿ごと破壊しないのは、捕虜になっている魔術師たちの身を案じての事だ。

 

『――到着まで残り60秒! 準備はいいな!』

 

 帝都市街の中心は北側で、城門から伸びる大通りの左右に、古代ローマ風の街並みが広がっている。目標とする皇宮、その道沿いにあった。古代ローマを彷彿とさせる重厚な石造りの宮殿だ。

 

 それから30秒と経たずして、ヘリコプター部隊「イーグル」は全機が中庭の四方でホバリング――屋敷を完全に包囲した。

 

 

『――イーグル1、降下する!』

 

 

 先陣を切ったのは、自衛隊最精鋭と名高い特殊作戦群。帝都街路の上空20メートルでホバリングするヘリコプターから、流れるような動作で兵士が下りてくる。相変わらず、帝国軍による迎撃の兆候は無い。

 

 

 一方、機体の下および屋敷の周辺では突然のヘリの出現によって大混乱が生じていた。路上や屋敷にいた使用人や衛兵が逃げまどい、悲鳴を上げながら屋内や大通りに退避している。

 

『――全機、路上と屋敷周辺を封鎖しろ!敵は恐らく屋内に潜んでいる!怪しい人影を見たら迷わず撃ち殺せ!』

 

 複数のローター音が唸りをあげ、突入部隊を乗せた「レイヴン」隊が地面に近づいていく。開かれたキャビンから垂らされた足が地に着くと同時に、勢いよくフル装備の自衛隊員が飛び出していく。

 

 

 

「次は俺たちだ。ロープを下ろす用意をしろ」

 

 地面を見下ろしていた栗林に、機長が指示する。彼女の乗るイーグル2は地上からかなりの高さにいたが、ローターブレードに撒かれた風によって砂埃が入り込んできた。

 

「ロープを下ろせ!」

 

 機長が合図すると、陸曹長の桑原がドアのそばに置いてあるロープを蹴り落とした。このヘリでは伊丹の代理として、彼が指揮官を務めている。

 

 

「降下、降下ッ!」

 

 

 桑原が叫ぶと同時に、富田を先頭に隊員がいっせいに降り始める。

 

 

 栗林も降下しようとゴーグルを掛け、ドアから身を乗り出した、その時だった。

 

 

(ッ! あれは……!)

 

 

 半壊し、露出した塔の内部に巨大なバリスタがあるのが見えた。帝国兵が大きな槍をセットし、別の兵士がこちらに狙いを定めている。

 

 

「10時の方向に敵バリスタ!!」

 

 

 栗林が瞬時に叫ぶ。最悪だ、とも思った。

 

 

 現在、イーグル2では勝本3等陸曹が降下している。

 

(だけど動かないと、あのバリスタにやられる……!)

 

 いくら相手が古代兵器のバリスタとはいえ、ホバリング状態の最新兵器――ブラックホークに当てるのは容易いはず。

 

 これを千載一遇のチャンスと考えたのは帝国兵も一緒だったらしい。機長の「掴まれ!」という叫び声と、バリスタのボルトが発射されるタイミングは同時であった。

 

「くっ……!」

 

 ガクン、と機体が持ち上がり、体重の軽い栗林は思わず振り落とされそうになる。いや、事前の警告を受けて備え付けのパイプ椅子を掴んでいなければ、間違いなく振り落とされていたに違いない。

 

 しかしその甲斐あってか、バリスタから放たれたボルトは機首スレスレのところを通過、向かいの建物に当たった。

 

『――あそこです! 向かいのステンドグラスのある塔に、バリスタがあります!』

 

 栗林は指で敵の居場所を指し示しつつ、無線に向かって叫んだ。大丈夫、再装填にはまだ時間がある。

 

「聞いたな!? 撃て! 撃ち殺せ!」

 

 先に降下していた富田の合図で、地上に展開していた隊員たちが発砲を開始する。帝国兵が倒れ、力を失った身体がボロ人形のように落ちてくる。

 

「急げ! さっさと降りろ!」

 

 伏兵の排除を確認すると、ゴーグルをかけ直した栗林はロープをしっかり握って飛び降りた。

 

 

 **

 

 

 彼女が降下を終えると、一足先に降りていた富田がしゃがみ込んでいた。彼の前には、顔面蒼白になってオア向けに倒れている勝本3等陸曹の姿がある。何が起こったのかは、一目瞭然だった。

 

「栗林!衛生兵を呼べ! さっきの機動で振り落とされたんだ!早く衛生兵を!」

 

 すぅ、と栗林の顔から血の気が引いていく。

 

 あの時、ブラックホークは上昇してボルトを回避していた。であれば、勝本は相当な高さから振り落とされた事になる。脳震盪に全身打撲ないし骨折、打ち所が悪ければ死に至ることもあり得た。

 

『――こちらイーグル2、応答願います! 繰り返します、こちらイーグル2……』

 

 慌てて無線に連絡をとる栗林の頬を、帝国兵の放った矢が掠めた。ますます銃撃と矢の雨は激しくなっている。

 

 

 まもなく、この場所にも敵兵が殺到してくるだろう。栗林の見立てでは、それはそう遠くないはずだった。

    

   




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