GATE(ゲート) 自衛隊 彼の地にて斯く戦えり ~帝国の逆襲~   作:異世界満州国

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反撃編
エピソード28:アルヌス攻防戦


  

平野を埋め尽くす6万の軍勢は、まさに壮観の一言だった。

 

 古代ローマを彷彿とさせる板金鎧(ロリカ・セグメンタタ)は照りつける陽光を反射し、金属同士がぶつかり合う音は聞く者を圧倒する。大軍勢を誇張するように打ち鳴らされる太鼓の音は、鬨の声と重なって大気をびりびりと震わせていた。

 

 その前に立ちふさがるは、難攻不落のアルヌス要塞――。

 

 

 いや、要塞というには多少の語弊があるだろう。かつてアルヌスで威容を誇っていた駐屯地、通称:六稜郭はその大半が瓦礫の山へと変化している。

 

 しかし難民たちの協力によって、かろうじて陣地と呼べるまでは回復していた。

 

 不眠不休で野戦陣地構築に勤しみ、強靭な防衛線が同心円状に配置されている。塹壕や瓦礫を積み上げた堡塁、偽装された蛸壺……それらがアルヌスの防衛で果たした役割は小さくなかった事を、まもなく帝国軍は思い知ることになる――。

 

 

「第8軍団、前進!」

 

 

 ぎらぎらと照り付ける太陽の光を浴びながら、蟻の大軍にも見えるほど大勢の兵士たちが攻撃準備に取り掛かった。前面に盾を構え、隊列を揃えたまま要塞に向かって進み始める。

 

 

 彼らの後ろではオナゲル、カタパルト、マンゴネル、トレビュシェットといった攻城兵器が、一斉に支援砲撃を開始していた。600を超す投石器から放たれた鉄球は、アルヌスへと吸い込まれていく。

 

 射程は最大で300メートルほどと短いが、こちらも林や丘陵地の窪地に隠れて間接射撃を打ち込むことで可能な限り接近している。

 

「修正急げ! 敵の弱点に投石を集中せよ!」

 

 自衛隊からの反撃は無い。帝国軍をそれをいいことに、目標の中でもっとも弱体であると判断した堡塁へ集中砲火を打ち込む。

 投石の命中と共に土煙が舞い、空に補強用の板やら鉄板やらが放り上げられる。慌てて退避する自衛官や難民兵の姿も確認できた。

 

「よぉーし! 軍団兵、前進ッ!」

 

 軍団長はその結果に満足し、投石を継続すると共に彼の率いる全ての歩兵に移動を命じた。

 

 現代風に言えば、移動弾幕射撃だ。投石によって敵の反撃を抑え込みながら、味方歩兵を安全に前進させるための戦術。

 

 帝国重装歩兵の隊列は前進を続け、要塞との距離はみるみるうちに詰まっていく。筆頭百人隊長は隊列の戦闘に立ち、下位の百人隊長たちは陣形を維持するために兵士を叱咤激励し続ける。

 

 相変わらず要塞からの反撃は無い。帝国軍はこれ幸いとばかりに、100メートルほどの地点で雄叫びをあげ、一斉に突撃を開始した。

 

 

 これまで沈黙していた敵が、反撃を開始したのはその瞬間だった。

 

 

 塹壕内部に設置された迫撃砲が唸り、歩兵の肩に据えられたロケット弾が高速で飛翔する。それは帝国軍の最前列にたどり着くと、一瞬のうちに数百名が命を金属片と共に飛び散らせた。

 

「怯むな! 退けば末代までの恥と思え!」

 

 しかし帝国軍は引かない。彼らは出撃前に興奮作用のある麻薬を服用しており、痛みと恐怖の感覚を鈍らせている。砲弾を浴びつつも、彼らは目標に向かって突進した。

 

(下手に引くと、敵に背中を見せることになる。そちらの方がかえって危険だ……)

 

 帝国軍は蛮族との戦闘から、経験的に「前方へ撤退」することが結果的にもっとも安全だと知っていた。しかし、今回ばかりは相手が悪かった。

 

 

 次の瞬間――突撃銃、分隊支援火器から重機関銃に至るすべての火器が一斉に火を噴いた。彼らは、自衛隊の設置したキルゾーンへ知らず知らずのうちに足を踏み入れてしまった。

 

 殺戮地帯(キルゾーン)はその名に恥じぬよう、誰一人活かして返さぬよう命を奪っていく。避けることの出来ない鉄の嵐が突進した帝国兵へと叩きつけられ、無数の人生が連続して途切れていった。

 

「あ……ぁ………」

 

 嵐の後に残されたのは、呻き声と血の香り。、地面には、打ち砕かれた盾、折れた槍に、砕けた剣。華麗な鎧はガラクタとなり、かつて生物であった肉体は畜生の餌となっている。

 

「ひぃ……ッ」

 

 負け戦になると、人間の本性が現れる。新規に徴募された兵士が武器を捨てて逃げ出す一方で、歴戦の熟練兵は突撃を継続する。

 

 彼らは目の前に迫った自分の死を知りつつも、決して退こうとはしなかった。長きにわたる苛烈な訓練の日、その中で作り上げられた連帯感という狂気が兵士たちを包む。

 

 一人は皆のために、皆は一人のために。彼らは誰一人として見捨てず、誰一人として見捨てられることを許されず、死に向かって突撃していく――。

 

 

 ** 

 

 

「被害は」

 

 無数の阻止砲火によって事実上壊滅し、壊走同然の醜態を晒して退却する自軍の様子を、ピニャは苦々しい表情で見つめていた。

 

「3000人ほどかと。得られた結果は、敵が未だ侮りがたい火力を有しているという情報のみです」

 

 部下のハミルトンが応じると、ピニャは「はぁ」と大きくため息を吐いた。疲労の色が濃い顔をしかめる。日焼けした顔にしわが刻まれ、心なしか増えたかのようだ。

 

 イタリカでの戦闘を経た結果、ピニャは自衛隊の戦い方について最も詳しい帝国軍人の一人となっていた。

 

 

 曰く、自衛隊は機械の軍隊であり、その技術力は想像を絶するものであること。

 

 機動力は抜群であり、辺境の騎馬民族をも凌駕する速度と輸送能力を有すること。

 

 火力は絶大で、ひとたび集中運用されれば帝国軍のいかなる部隊をもってしても到底阻止できないこと。

 

 そしてピニャはこの日、さらに新しい教訓を得た。自衛隊の火力は、衰えたとはいえ使いようによっては帝国軍を打ち破れる力を残している。

 

(手も足も出ない、とはよく言ったものだ。敵の圧倒的な力を前に、我々は肉弾で応ずるしかない……なんと情けない話だろうか)

 

 これまでの戦闘に比べて、二桁も戦死者が多い。もちろん勝利の判定は人的損失ではなく目的達成の如何であるから、死者の数それ自体が問題視される事はないだろう。

 

(だが、対して役に立たぬ兵であろうと妻子がいるのだ……)

 

 ピニャは膨大な数の戦死者を脳裏から追い出すことが出来ず、心中で彼らの家族に詫びる。もっとも、だからといって戦いを止めるという選択肢はない。

 

 死者に報いるためには、更なる死者を出そうとも勝利するしかないのだ。

 

 

 ◇

 

 

「ハミルトン、生還した兵を集めろ。見舞いを行う」

 

 ピニャの発言に、ハミルトンは顔をしかめた。医者でもない人間が見舞いに行ったところで、何かの役に立つわけではない。

 

「そんな顔をするな。異世界の軍ならいざ知らず、帝国がある限り我ら皇族は必ず陣頭に立つ。兵士の背中に隠れて安全な御殿から戦いを指揮することはないのだ」

 

 

 もっとも、ピニャの発言は勇ましいヒロイズム、ノブレス・オブリージュから来るものだけではない。彼女はそうすることが、軍事的に有効であることを熟知していた。

 

 伝統に支えられた皇族への敬意は、まったく不合理だがそれゆえに使い方次第では強力な武器となる。かくいう伊丹たちだって、もし今この場で天皇陛下から直々に労ってもらうようなことがあれば、瞬く間に士気も回復するに違いなかった。

 

「それに、私だって兵士に薄めたアヘンを呑ませるぐらいの事はできる」

 

 現代人からつれば物騒な台詞だが、ピニャは皇族であって麻薬の売人ではない。古代の様々な王朝と同じく、帝国でもアヘンは薬として扱われていた。

 

 

 もともと、徴募兵が数の上で主力を占める帝国軍の士気は低い。その上、自衛隊の銃が作る銃創は刀や槍の切り傷より治りづらいと来れば、士気の低下は免れないはず。

 

 だからこそ、怪我をしても味方が見捨てることはないというアピールが重要になる。軍の一体感を維持し、指揮統制をより強靭なものにするには不可欠なのだ。

 

 そのため、ピニャの軍団は怪我をした兵士に治療を施すことを義務づけていた。

 

「殿下みずからですか? それは危険です」

 

 ハミルトンが反射的に応じる。

 

「心配ない。今の戦いでもう一つ、分かった事がある」

 

 ピニャは指を一本立てた。

 

「敵は我らの兵をギリギリまで引き付けてから、確実に命中する距離でしか発砲しなかった。つまり敵は弾薬の消耗を恐れている。無駄弾は使わないはずだ」

 

「そこまでおっしゃるのでしたら」

 

 ハミルトンの慧眼に、ハミルトンは一礼した。

 

 その顔には、純粋な敬意が現れていた。

 

  ……姫様は成長なされた。あれだけの戦いで、そこまで見抜くとは。

 

 

 冷静な判断力と、兵への気遣いに、危険をいとわぬ勇敢さ。

 

 ――やはり、この国には皇族が必要だ。

 

 帝国という長く続いた歴史が生み出す、伝統が必要なのだ。

    




コロシアエ―

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