GATE(ゲート) 自衛隊 彼の地にて斯く戦えり ~帝国の逆襲~   作:異世界満州国

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エピソード24:大災厄

  

『――中隊各機、目標まで距離4000だ!爆弾投下準備、目標座標合わせ!』

 

 伊丹達の遥か上空、快晴の青空を疾駆するF-4ファントム中隊にとって、それは実に食欲をそそる光景だった。獲物から自分たちを遮るものは何もなく、獲物は自分たちに無防備な背中を向けている。

 

『――各機、我々はこれより目標である帝国議会に対し、JM117誘導爆弾を投下する!帝国が我々のメッセージを正しく受け取ってくれる事を期待しよう!』

 

 4機のF-4は帝国議会の真上から、一斉に誘導爆弾を投下する。高度15000フィートから放たれた誘導爆弾が、雲を切り裂きながら帝国議会へと吸い込まれてゆく――。

 

 ◇

 

 爆発の衝撃は、宮殿にいるピニャと元老院議員たちの元にも達していた。目も眩むような閃光の一瞬後に対気がおののくように震え、わずかに遅れて轟音が部屋を震わせる。

 

 どうやってそれが起こったのかは分からない。だが、何が起こったのかは明白だった。

 

「そんな……元老院が一瞬で……」

 

 信じかねるようにピニャが呻く。側近のマルクス侯爵も、あまりの事に言葉が出ない。強気なゾルザル皇子でさえ、蒼ざめた顔で冷や汗が出るのを隠せなかった。

 

「これが、ジエイタイ……彼らの持つ最先端の技術の力か……」

 

 驚愕と感嘆と恐怖――様々な感情が駆け巡り、心の動揺を抑えられない。元老院議員たちは、初めて目にする火力戦に完全に気圧されていた。

 

 だが、それは同時に彼らの中でひとつの共通認識を作り出していた。

 

(この戦い、絶対に負けるわけにはいかぬ……奴らの増援が“門”から到着すれば、我らの命運は尽きたも同然。何としてもその前に、決着をつけねば!)

 

 

 ―—こうして。

 

 

 帝国議会は満場一致で、“ある議案”を可決させる事になる。 

 

 

 **

 

 

「――わかりました」

 

 知らせを聞いて、彼女はわずかに瞳の色を揺らめかせた。

 

 しかし、たったそれだけだ。拒絶など微塵も見せず、彼女は静かに立ち上がる。

 横から心配そうな視線を送る老婦人には、小さい笑顔で返した。

 

「ミモザ、ありがとうね」

 

 彼女はテントから静々と歩み出ると、幾人もの衛兵がそれに続く。

 

「こちらに」

 

 兵士たちに言われるままに、彼女は地下へと続く階段を下る。やがて重厚な鉄扉に突き当たり、さらに一歩奥へと足を踏み入れる。

 

 静まり返ったその場所が、彼女の晴れ舞台。

 

「準備の方をよろしくおねがいします―—導師アルペジオ・エル・レレーナ」

 

「はい」

 

 魔方陣に立った彼女は俯くようにして頷く。

 

 部屋には彼女の他にも、大勢の魔法使いたちがいた。不安そうな顔、期待に胸を躍らせる顔、厳つい顔……中には見知った顔もある。皆、導師クラスの大魔法使いばかりだ。

 

「では、始めようか」

 

 そう言ったのは、レレイの師匠であるカトー老師だった。

 

 アルペジオは知っている。彼が最後まで、魔法を戦争に使う事に反対していたことを。

 

 険しく心配そうな視線を向けるカトーにも、彼女は淋しげに微笑んでみせた。

 

 カトー老師は頷くと、歌うように詠唱を並べはじめた――。

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

 最初に異変に気付いたのはテュカだった。

 

「え……?」

 

 弾かれたように、ハッと目を見開く。キィン、と甲高い耳鳴りに襲われて、吐き気を覚える。体中の五感の全てが違和感を訴え、恐怖に震える。

 

「―――なに?」

 

 おもしろいくらいに声が震えるのを感じて、テュカは自らの体を抱くようにする。心臓をわし掴みにされたように身の毛がよだち、寒気による不快感がその全てを支配していた。

 

「―――なに、これ……」

 

 もう一度テュカは消え入りそうな声で、誰にともなく尋ねていた。

 

 がたがたと肩が震えている。空気はこんなにも冷たく重いものだったろうか?

 

 呼吸すらままならないほどに大気が張り詰めている。足の裏から凍りつくような嫌な予感が、背筋を這い上がる――。

 

「……何か、おかしいわ」

 

 ロウリィも同じことを感じていたらしい。強気な彼女にしてはめずらしく、何かに怯えているのか、肩を抱くようにして震えている。

 

「なんだろう……空気の流れが、なんか変だよ」

 

 その時、司令室の電話が鳴った。狭間陸将が受話器を取ったが、徐々にその表情が険しくなっていく。

 

「なに……? 難民の間で原因不明の頭痛が多発している……!?」

 

 ゴトリ、と何かが地面に落ちる音がした。音のした方角に全員の視線が向く。

 

「――うそ」

 

 ぽつり、と呟いたのはレレイだった。地面には愛用の杖が落ちている。

 

「そんな……アルペジオが、どうして……」

 

「……レレイさん?」

 

 柳田が異変に気付いたその瞬間、彼女はわめくようにして叫んでいた。

 

 

「逃げてっ!!」

 

 

「――っ?」

 

 突然のレレイの剣幕に、全員が目を瞬かせる。

 

「此処から離れて!出来るだけ遠くに逃げないと!」

 

 何かに怯えるその様は、事態が尋常でないことを全員に悟らせたようだ。

 

 

 真っ先に動いたのはロゥリィだった。

 

 彼女は弾けるように走り出すと、ドアを開けて跳躍―—建物の上に着地する。厳しく細められた視線は、ある一点を見据えていた。

 

 野戦病院―—いつでも患者を本国に搬送できるよう、“門”にほど近い位置にある。昼間だというのに、その窓からは毒々しい閃光が漏れていた。

 

 そして、その光の中心部には―—。

 

(ノリコ……だったかしら)

 

 伊丹がイタリカから保護してきた拉致被害者の女性。光の発生源は彼女のいる病室だ。その事実は、ロゥリィの頭に浮かんでいた最悪の予想を確信させた。

 

(帝国軍に何か仕込まれたわね……)

 

 恐らく、彼女だけでは無いだろう。

 

狭間陸将の言葉が本当ならば、複数の人間が自覚のあるなしに関わらず、帝国によってなんらかの工作をされている可能性がある。

 

(っ……!)

 

 次の瞬間には、体が勝手に動いていた。

 

 何としても、アレを止めなければならない。さもなければ、とんでもない事が起こる。

 

 ほとんど衝動に近い感情に突き動かされるようにして、ロゥリィは一直線に外に飛び出した。そのまま閃光が走るかのごとく、空へと飛び上がる。

 

 どうか、間に合って欲しい―—―—この日、彼女は生まれて初めて、本心から神に祈った。

 

 

 ◇◆◇

 

 

 ふわり、と足元から風が生まれた。

 

 亜麻色の髪が舞い上がり、詠唱を続けるアルペジオを中心に天井へと昇華していく。瑞々しい唇を震わせるだけで、大地をも揺るがせるほどの力が紡がれる。

 

 その手が、わずかに動く。それだけで彼女の周囲に光が満ち、部屋全体を満たしていく。髪の一筋一筋に宿った煌きは、彼女を天使のように彩る。

 

 それは他の魔術師も同じ――生じた光は目を焼き尽くさんばかりに輝き、あたかも太陽が誕生したかのよう。

 

 やがて長い詠唱のあと、全員の手がゆっくりと振り下ろされる――。

 

 

 **

 

 

「――来た」

 

 目の前に突然闇が広がったかと思った次の瞬間、レレイは“それ”を見た。

 

 

 目も眩むような、禍々しい光の渦――。

 

 

 突如として生じた光の渦は、まるで竜巻のように唸りをあげて周囲にあるものを次々に飲み込んでいく。

 

 だが、呑み込まれているのは塵や葉などではない。時空そのものだ。

 

 レレイはとっさに近くにあった樹木につかまり、吸い込まれまいと全力で掴まる。全身の骨が悲鳴を上げて、きしむ。

 

 彼の放った光の膜にその塊が触れると、そこから幾重にも折り重なった光の筋が放出される。

 

 激しい力のぶつかり合いに、世界中の空気が轟音をあげて震えた。荒ぶる風が容赦なく叩き付け、体を引き裂かんばかりの引力が四方から襲い掛かる――!

 

「――くぅっ…!」

 

 四肢が引きちぎれるような激痛を感じる。ほんの少しでも気を抜いたら最後、意識を失いかねない。。

 

 

「………っ……う?」

 

 

 やがてそれは、始まった時と同様、唐突に終わりを告げた。

 

「終わっ……た?」

 

 視界が、ゆっくりと戻っていく。

 

 体中に激痛を覚えながらも、レレイは周囲を確認した。狭間中将に菅原、テュカ、ロウリィ――全員、息はあるようだ。ほっと胸を撫で下ろす。

 

「……もう大丈夫、みんな起き――」

 

 仲間に声をかけようとしたレレイの言葉は――途中で、途切れしまう。

 

「あ………」

 

 言葉を失う。紺碧の瞳はレンズのように引き絞られてたまま、ある一点を見つめていた。

 

 アルヌス駐屯地、その中央部には“門”がある。しかし今、そこにあるのは……。

 

 

 ――虚無。

 

 

 完全なる『無』がそこに広がっていた。

 

 

 ほんの数分前には、『基地の半分があった』場所に。外壁とその周辺施設の一部だけを残して、まるでごっそりと抜き取られたように、基地の中央部が消え去っていた。

 

 

「………なに……これ」

 

 起き上がったテュカたちも同じ光景を捉えていた。虚無、すなわち基地が跡形もなく消え去った後に残されたクレーターを。

        

        




 皇帝「ゲートって帝国の魔法使いが魔術で固定したんだよね?だったら魔術で解除すればよくね?」

 なお、正規の手順ではなく無理やり封じたから時空のゆがみが生じた模様。

 ゲートを固定している魔法を「解除」したというより「ぶっ壊した」に近いです。

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