GATE(ゲート) 自衛隊 彼の地にて斯く戦えり ~帝国の逆襲~   作:異世界満州国

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壊滅編
エピソード22:嵐を待ちながら


                  

 炎龍の撃破の後、伊丹たちは何とかアルヌス駐屯地まで帰還した。すぐに尋問が行われ、レレイと伊丹には取り調べが行われた。

 

 

「“門”への遠征が失敗した後、帝国は大急ぎで大陸中の魔術師をかき集めた。“門”の先から攫ってきた人を尋問して情報を集めて、魔術師と技術者にその対策を研究させた。私と師匠も、そのために帝都まで呼び出された」

 

 

 レレイの証言は、上層部に驚きをもって受け止められた。

 

 もし彼女の話が事実ならば、早急に手を打たねばならない。

 

 

 伊丹もまた、怪我の治らぬうちに事情聴取がなされ、そこで拉致被害者の存在を報告した。実際にノリコという証人がいたこともあって、上層部は伊丹の報告を重く受け止めたらしい。

 

 その後ノリコは病院に搬送され、治療のため(あるいはマスコミに嗅ぎ付けられると面倒なので)しばらく療養生活を送ることになった。

 

 

 **

 

 

「今回の作戦で、帝国上層部に和平の意思が無いことはハッキリした。彼らは周到に戦争の準備をしている」

 

 柳田が悔しそうに唇を噛む。勝利したとはいえ、イタリカ攻防戦は自衛隊にとって屈辱的な結果として受け止められていた。

 

「優秀な隊員をたくさん殺された……それもはるかに文明レベルの劣った土人国家にだ!」

 

「……すまない。俺の指揮がマズかったせいだ」

 

 俯く伊丹に、柳田は慌てたように「お前を責めているんじゃない」と付け加える。

 

「菅原さんの方はどうだったんですか?」

 

 慌てて話題を変えようと、柳田は外務官僚の菅原の方を見やる。

 

 強硬な態度を崩さない帝国に見切りをつけた日本政府は、代わりに属国にアプローチをかけることで反帝国同盟を結ぼうとしていた。

 

 

「うん。ちょっと予想外の結果でね」

 

 菅原の表情は冴えない。

 

「全滅だよ。どの国も適当にはぐらかすだけで、態度が煮え切らない。この状況でそんな態度をとるって事は、帝国側に付くと決めたも同然だ」

 

 苦々しげにつぶやく菅原の言葉に、伊丹は絶句した。とても信じられない。属国の大半は、あのアルヌス攻防戦に参加していた。そこで自衛隊と自分たちの圧倒的な戦力差を嫌というほど思い知らされたはず。

 

 そもそも、あの戦自体が帝国の陰謀だという噂もある。だとすれば被害者であるはずの属国が、どうして帝国への忠誠を貫いているのだろうか……。

 

(やつら、帝国が自衛隊に勝つとでも思ってるのか? 馬鹿な、技術レベルが500年は違うんだぞ……)

 

 そこで、伊丹は唐突に思い出した。銀座事件のあと、被害者のために建てられた慰霊碑の前で、写真を持っていた親子のことを。アルヌス攻防戦の跡地で、家族の絵を握りしめながら死んでいた兵のことを。

 

 こんな事例もある。とある警官が人質ごと犯人を射殺した時、人質の遺族が真っ先に恨むのは犯人ではなく、その警官だという。

 

(どんな理由であれ、直接手を下した相手は許せないって訳か……)

 

 日本でも、銀座事件の後に設立された「銀座事件被害者の会」は、帝国への復讐を訴える最強硬派となっている。であれば、特地においても同じような事態が発生していてもおかしくは無い。

 

 

「ですが、例のレレイって娘の話が本当なら状況は変わってきます」

 

 声のトーンを落とす菅原。

 

「あの後、彼女の発言を裏付ける証拠が次々に見つかっています。帝国の至る所で魔術師が行方不明になったり、何らかの理由で帝都に招かれている。それも、銀座事件の後に――」

 

 これが全て偶然だと思うほど、菅原も伊丹たちも楽観的ではなかった。

 

 

「間違いありません。帝国は魔術を使った、何らかの大量破壊兵器を有している可能性がある」

 

 

 菅原の言葉に、伊丹はゴクリと唾を呑む。もし彼の言葉が真実であるなら、戦争反対派とて沈黙せざるを得ないだろう。

 

「このまま帝国を放置することで却って被害が増すのなら、我々も毅然とした対応をとらなければなりません」

 

「帝国と戦争するって事か」

 

 柳田が捕捉すると、菅原は意地の悪い笑顔を浮かべる。

 

「いえ、政府は特地を『日本国』と見なしております。であれば特地における自衛隊の活動はすべて『国内における活動』と解釈でき、国会の承認が無くとも内閣総理大臣の命令さえあれば治安出動および国民保護派遣が可能になるのです」

 

 つまり外国との戦争ではなく、あくまで国内における治安維持活動。そして嘉納大臣らは、すでにその方向で動いている――伊丹たちにそう告げた菅原の表情は、何かを確信しているようだった。

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

 戦争が始まる――そう思うと黒川の気持ちはまったく晴れなかった。

 

 なにせ多くの自衛隊員が犠牲になったのだ。その中には知っている顔もある。

 

 

 部屋に閉じこもっていても憂鬱になるだけだったので、伊丹はレレイを誘ってボロボロになった彼女の服を新調しに行くことにした。

 

 しかし娘ほど年の離れた女の子、それも文化の違う相手の好みの服にはちょっと自信がない。そこでテュカとロウリィも呼んで、一緒にアルヌスの商店街に繰り出すことにした。

 

 

 

 久しぶりに街に出かけた黒川は、その変わりように驚嘆した。

 

 

 前に足を踏み入れた時はまさに「難民キャンプ」といった感じで、人々は少ない仮設住宅にぎゅうぎゅうに押しこめられ、排水溝が無いため排泄物やゴミがそこら中にまき散らされていた。

 

 もしこれをマスコミが見れば、すぐに「強制収容所」だなんだと騒ぎ立てるに違いない。実際、そう揶揄されても仕方ないほど不衛生な環境だった。

 

 

 だが、今では徐々に状況が改善されつつある。仮設住宅の数も増え、排水溝やゴミ焼却炉に水道などの社会インフラもだいぶマシになった。

 

 それだけではない。道行く人々の雰囲気もがらりと変わった。

 

 もはや食い詰めた難民の群れではなく、ごく普通の民衆といった程度には表情が明るくなっている。栄養も行き届いたのか顔色も悪くない。

 ざっと見た限り、アルヌスは順調に発展しているようだった。

 

 

「いらっしゃいませ。本日はどういった用事で?」

 

 仕立て屋に向かうと、気立てのよい中年の主人が愛想よく挨拶をしてきた。作業台で熱心に手を動かしており、鮮やかなブルーの織物が目を引く。どうやらローブを縫っているらしい。

 

「……服を作りたいから、見繕って欲しい」

 

 要件を告げたレレイを頭から足先まで眺め、仕立て屋は苦笑しながら言った。

 

「こりゃまた、随分と元気な娘さんで」

 

 もともと魔法使いの服はあまり丈夫でないものが多い。イタリカでの逃避行で、レレイの服はところどころ破れたり擦り切れたりして酷い有様になっていた。

 

「それじゃあ、採寸から始めます。その後で生地を選んでください」

 

 仕立て屋の勧めで、ローブは保湿性と保温性が高い羊毛にし、肌着は柔らかく通気性のいい綿を選択した。

 

「今日中に終わりますか?」

 

 黒川の質問に、仕立て屋は渋い顔になった。

 

「先約が3つほど入ってましてね。その後にお作りすることになるので、どれだけ早くても明日の夕方ですね」

 

 それから表情を緩ませ、先を続けた。

 

「もし明後日の昼までお待ちいただけるのでしたら、腕によりをかけて上等な新品をお作り致しますよ」

 

 黒川がレレイの方を見ると、彼女はこくんと小さく頷いた。

 

「分かった。明後日まで待つ」

 

 礼を言って仕立て屋を後にし、町の中心部にさしかかると広場のようなものが出来ていた。

 難民たちの憩いの場となっているらしく、木に寝そべったり屋台で食事をしている人々の姿が目についた。

 

 

「私たちも何か食べましょう」

 

 レレイも頷き、二人は近くの屋台に座る。店の奥には石で作った小さな竈があり、そこで串に刺した鳥を焼いていた。脂が焼ける香ばしい匂いに、いてもたってもいられなくなる。

 

「鳥の串焼き2つと、茹でたジャガイモを3つお願いします」

 

「あいよ!」

 

 屋台はなかなか繁盛しているらしく、亜人の店主の顔もどこか生き生きとしている。伊丹は店主から串焼きを受け取り、こんがりと焼かれた鳥肉に食らいついた。

 

(熱いっ……! でも塩気がいい感じに効いて、やっぱり美味しい)

 

 すぐに食べてしまうと、店主は「いい食いっぷりだがね!若いの!」と大声で笑う。

 

「店主さん、やっぱり繁盛してるんですか?」

 

 黒川が聞くと、店主は嬉しそうに笑い声をあげた。

 

「そりゃそうよ!なんせ俺の腕がいいからなぁ!」

 

 すると隣の席に座っていた客の一団がヤジを飛ばす。

 

「なーに言ってんだか。繁盛してるのはどこも一緒じゃねぇか。アルヌス中がちょっとした好景気、みたいな」

 

 店主は「うるせぇ」と返すも、その表情はほころんでいた。

 

「最初はエライ目にあったと思ったんだが、慣れてくりゃ案外悪くないもんだよ、ここの暮らしも。帝国都市みたいに変な規制がないから、オレみたいな亜人でも安心して商売できるのがいい。アルヌスは本当にいい街だ」

 

 そう言われ、黒川も満更でもなかった。

 

 

 やはり、街に出てよかった。

 

 

 ここは今、平穏な空気に包まれている。こうした住民とのささやかな交流で、アルヌスの街の温かさを改めて感じていた。

 

 

 最近ではやっと国会の予算審議で特地への追加支援が認められ、物資も充実してきている。

 

 ホドリューたち生活協同組合の頑張りも大きい。支援物資を公平に分配し、自警団を作って治安の向上に努めたことで、アルヌスは豊かで安心して暮らせる街になった。

 

 人々の顔には笑顔と活気が溢れ、互いに余裕が生まれた事で徐々に自衛隊員との交流も増え始めている。

 

 いい流れだと思うと同時に、彼らの安全と生活を守ることも自分の役割だと黒川は再認識した。

  




 皇帝「全国の魔術師集めて帝国版マンハッタン計画や(適当)!」

 戦時中に科学者と技術者を総動員するのは基本。たまにレレイみたく良心の呵責に耐えられず止める人もいるけど、そういう連中は非国民扱いされる。
 なお、戦後には手のひらを返した政府と民衆によって英雄に祭り上げられる模様。

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