GATE(ゲート) 自衛隊 彼の地にて斯く戦えり ~帝国の逆襲~   作:異世界満州国

14 / 46
エピソード14:帝国からの逃亡者

    

 何台もの馬車で構成された車列が、物々しい警護の帝国兵に守られながら進んでいる。巻き上がる膨大な土煙は、舗装されていない道路を何台もの馬車が通ったために、表面の土が削り取られたからだ。

 

 

 車列の中には、レレイと彼女の師匠が乗る馬車もあった。帝都で行われていた研究は最終段階に入り、後はいよいよ成果を試すだけ、と言うところまで進んでいる。

 

 

 レレイの師匠・カト-老師が窮屈な馬車でこわばった体をほぐしながら言う。

 

「しかしイタリカか……また微妙な場所を。年寄りに長旅はキツイわい」

 

「仕方ない。あの研究の完成には巨大な設備も必要だし、帝都からだと遠すぎて魔力の減衰が大きい」

 

 

 

 彼女たちの目指す都市イタリカは、そこそこ大きい地方都市といった位置づけだ。この街を治めるフォルマル伯爵家では、幼い当主が後を継いだばかりという事情もあって、帝国による保護を二つ返事で受け入れていた。

 

(あれは……)

 

 馬車から外を覗いていたレレイは、思いもよらぬ情景に息を飲む。

 

 イタリカへ続く道の至る所に、破壊された家屋や倉庫が放置されている。家財道具が一部残されたままになっているのは、持ち出せるほどの余裕が無かったからなのだろう。

 

 農村地帯はほとんど廃墟と化しており、畑からは多数の黒煙が揺らめき、完全に焼け野原へと変貌していた。イタリカが豊かな穀倉地帯として名をはせていた頃の面影は何処にもない。

 

 

 

 イタリカの街に入ると、大通りには避難民の群れがごったがえしていた。人々の表情は皆一様に硬く、馬車や露店の数は激減している。帝国政府が有事に際して食糧統制を始めたからだ。

 

「師匠、これは一体……」

 

「焦土作戦じゃ……」

 

 カト-老師のしわがれた声が、レレイの疑問に答えた。

 

「アルヌスで『門』が開いている事は知っておるじゃろう? 帝国軍と諸王国軍は、その先にいた相手によって壊滅させられた。

 

 カトー老師の表情が、まるで苦虫を噛み潰したかのように歪む。

 

「帝国は焦っておる。自らが先に手を出して、こっぴどく返り討ちになったのじゃからな。怒り狂った異世界の軍が、報復にくれば帝国は終わりだと」

 

 だからこその、焦土作戦。レレイは軍事に明るい方ではないが、それでも補給抜きではどんなに強力な軍隊でも機能しないという事ぐらいは知っている。

 

「それだけではない。巷ではもう知れ渡っている事じゃが――炎龍がアルヌス付近で目覚めたらしい」

 

 師匠の言葉に、レレイの瞳が見開かれる。自分がずっと宮廷の研究室に籠っていた間に、そんな大事件が起こっていたとは。

 

「炎龍を倒す事は不可能じゃ。だから帝国は自ら街を焼くことで、帝都とアルヌス周辺に人口空白地帯を作り出し、出来るだけ帝都から遠ざけようとしている」

 

 街や村のような人口密集地帯は、人を餌とする炎龍にとって絶好の狩り場だ。しかもその生態はイナゴにも似ていて、人を根こそぎ食い荒らすと次の餌場を求めて移動していくというもの。

 

 

 ――裏を返せば、餌場さえ無ければ炎龍は近づかない。

 

 

 帝国はアルヌスから帝都までの村や町を焦土にすることで、炎龍の進行方向を逆に向けようとしているのだ。

 

 しかし、それでもレレイには疑問点が一つ残っていた。

 

 街を焦土化すれば、当然ながらそこに住んでいた人たちは難民化する。だが、帝都からイタリカに来るまで、その類は全く目に入らなかった。帝都でも、避難民が殺到したというような話は聞かない。 

 

 

 ――だとしたら、難民たちは一体どこへ?

 

 

 つい2月前まで住んでいた、コダ村の住人たちはどうなったのだろうか。

 

「師匠、その……家を無くした人たちは……」

 

 レレイが問うと、カト-はフーッと大きく息を吐いて、観念したようにかぶりを振った。

 

 

「アルヌスじゃ。帝国は難民たちに、アルヌスへ向かえば食べ物と家が手に入ると吹聴しておる」

 

 

 事前に情報を集めていたらしく、カトー老師の声に淀みは無かった。

 

「アルヌスに避難民が集まれば、そこが新たな炎龍の餌場となる。あわよくば異世界の軍もろとも食らい尽くしてもらおう、という魂胆なのじゃろう」

 

 容赦のない現実に、レレイの視界が暗転し始めた。

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

 イタリカの夜は暗い。戦時中ということもあって夜間外出禁止令が敷かれている事が原因だ。時折、帝国兵が巡回しており、違反者は容赦なく処罰される。

 

 

「急いで……急いで皆に知らせないと……」

 

 

 イタリカにある帝国軍駐屯地から逃げ出したレレイは、監視の目をすり抜けながら夜のイタリカを走っていた。

 

 目的地はただ一つ、アルヌスである。一刻も早く辿り着いて、集結しつつある難民たちをアルヌスから遠ざけなければならない。

 もしかすると今この瞬間にも、人の匂いを嗅ぎつけた炎龍はアルヌスに向かっているのかもしれないのだから。

 

(馬鹿だ……私は)

 

 自らの人生を振り返り自嘲する。生まれたその時点から魔法の他には関心がなく、ひたすら研究に打ち込む人生。生まれて初めてコダ村を離れ、帝都に向かう時も寂しさなどは感じなかった。

 

 でもそれはきっと、心のどこかで「自分には帰る場所がある」と信じ切っていたからなのだろう。

 

 知らない間に故郷が無くなったと聞かされ、そこにいる人たちが命の危機に晒されていると知って、レレイは初めて感じた。誰かを助けたい、という思いを。

 

 

 だからこその自嘲だった。失って、失いかけて。初めてその事への恐怖を自覚したのだから。これを嗤わずに何と言えばいいのだろうか。

 

 

 たとえ帝国と敵対する事になっても構わなかった。もし生き残っている人がいるというのなら、何としてでも助け出さなければならない。

 

 

「レレイ」

 

 

 こっそり抜け出そうとしていると、不意に背後から声をかけられた。

 

「師匠……」

 

「助けに行くつもりか? 村の者たちを」

 

 レレイが頷くと、カト-はやれやれ、と言わんばかりに首を振った。

 これでも長い付き合いだ。彼女の思惑など、とうにお見通しだったらしい。

 

「よく考えるのじゃ、レレイ。今ここで村人たちを助けるという事は、即ち帝国を敵に回すという事じゃ」

 

 カト-老師の言葉に、レレイはわずかに逡巡した。いま逃げ出せば、もう帝国に住むことは出来ない。家族にも会えなくなるかもしれない。それはきっと辛くて、厳しい道のりになるに違いない。

 

「今ならまだ、引き返せるぞ?」

 

「……いま見て見ぬ振りをしたら……きっと一生後悔する」

 

 一言づつ、絞り出すように告げた。カト-老師は弟子の決断を黙って聞いた後、おもむろにローブの中から小さな包みを取り出した。

 

「師匠、それは……!」

 

 レレイの目が見開かれる。包みの中から現れたのは、小さな装飾用の短剣だった。

 

 アゾット剣――学都ロンデルで厳重に保管されている、古代の貴重な魔術礼装だ。その剣には特殊な性質を持つ魔力が宿っている。

 

「レレイよ、これを持ってゆくがいい。いつか役に立つ時が来るやもしれん」

 

 師匠から渡されたアゾット剣を、恐る恐る掴む。思っていたより重くて、ひんやりと冷たい。しっかり掴んでいないと、どこかへ落としてしまいそうだった。

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

「――魔術師が逃げ出したぞ!何としても捕まえるんだ!」

 

「――絶対に逃がすな!捕えた者には褒美を弾むぞ!」

 

 帝国軍もレレイが逃げた事に気づいたのか、捜索隊が叫ぶ声が響く。距離はそれほど近くないが、向こうにはピニャ皇女率いる騎士団がいる。油断は禁物だ。

 

「はぁ……はぁ……」

 

 どこまで来ただろうか。路地の一角で足を止める。

 

 レレイは筋金入りの魔術師であり、激しい運動とは無縁の生活を送ってきた。こうして懸命に走るのは生まれて始めての経験といえる。当然直ぐに息が切れ始めた。

 

 それでも、無理やり筋肉を動かして足を踏み出す。自分の命への執着もあるが、こっそり自分を逃がしてくれた、カトー老師の覚悟を無意味なものとしたくないという思いが背中を押していた。

 

 だが、想いだけでどうにかなるほど現実は甘くなかった。

 

 ずっとコダ村に住んでいたレレイには土地勘が無い。一体どうすればアルヌスへ辿り着けるのか、どこに隠れて帝国兵をやり過ごせばいいのか。それが分からなくなってしまった。

 

「あっ」

 

 ぐらりと視界が暗転する。石に躓いたのだ。レレイの体は走った勢いのままに地面に叩きつけ――られなかった。

 

 

「おっと……大丈夫か」

 

 

 転びそうになる彼女を支えたのは、緑色の服を着込んだヒト種の男性。どこか頼りなさげだが、優しそうな顔の男を見て、レレイは思わず驚きの声を漏らす。

 

 

「平たい……顔」

 

 

 悲しいかな、東洋人の宿命である。異世界に来て何度目かになる感想に、「うるせぇ!」と伊丹は返したのだった。

 




 平たい顔族……だってモンゴロイドだもん(ただし阿部寛は除く)。

 帝国はどうもコーカソイド系らしいので、初めてモンゴロイドの日本人を見た反応はこうなるかなぁと。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。