正道ではなく。アストレイ物語   作:ファーファ

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混迷は極まれれど、続くは平穏、深まるは焦り

混迷は極まれれど、続くは平穏、深まるは焦り

 

 年が明けてC.E.56年。

 11カ国はコーディネイターに対して、否定派と寛容派、そして中立派の三派にわかれた。

 否定派の筆頭に立つのはユーラシア連邦や大西洋連邦といった、議定書加盟国の中の超大国群である。それに彼らに牽引される形で、南アメリカ合衆国やアジア共和国といった、事実上の衛星国家達が続く。世界の大多数の地域がこの派に属すると言っても良い。

 

 寛容派の筆頭は真っ先に反対声明をだしたオーブ首長国連邦だ。

 そしてその声明に便乗して懸念という形で、スカンジナビア王国が反対の意を示した。否定派とは違い、派閥を構成する国家はその全てが小国家である。

 

 残りの他国が中立派となる。中立と言っても国として反対も賛成も表明しなかっただけだったが。国内でのコーディネイターの処遇は然程否定派と違いはない。それを公式でやるか非公式でやるかの違いだけだ。

 

 コーディネイターにとっては不幸なことに世界が否定派で固まらなかったのは、寛容派や中立派の国家が彼らに同情的だったのが主要因ではない。

 世界情勢を分析する評論家たちの多くは今回の事態を冷めた目で見ていた。

 

『寛容派の筆頭であるオーブや、他の他国がコーディネイター達に同情的だったのは、純粋な善意の発露によるものではない。それらの国家は単に邪魔者たちの檻を用意できなかったに過ぎない。否定派とその他の国家との違いは、プラントとという、彼らを繋ぎ閉じ込める籠があったかどうかだけなのだ』

 

 この意見は国家群が抱える事情の一側面を正しく突いている。

 全ての国家にとってコーディネイター達は今や扱いに困る勢力だ。40年代から紛糾する所謂『生まれの差』問題で彼らに対する他国民の感情は良くなかったが、現情勢は好ましく無いどころではない。最早他国民、ナチュラル達と隣り合わせるだけで治安は悪化の一途を辿っていた。

 

 だが排除しようにもそう簡単にいかない。40年代には先進国を中心に、コーディネイターの人口は公式に1000万を突破。非公式を合わせればその倍はいるのではないかと推測されていた。

 人権が手厚く保護されている先進国で、それだけの人口を排除するなど不可能に近い。彼ら先進国国家が仰ぐ憲章や憲法は生まれや門地で人を差別していない。法理は世論を圧殺する。法治国家とはそういうものだ。

 

 またその当時には彼らの才幹が社会には必要不可欠になっていた。

 

 以上の事情ががんじがらめに国家を縛った。

 幾ら事態が悪化しようが無理なものは無理な以上、各国は自国の仰ぐ理念の元彼らを平等に扱うしかなかった。

 

 

 事情が変わったのは40年代後半。空に浮かぶプラントが量的増大をしだした時だ。L5コロニー群の完成と共に砂時計は大人口を支えることが可能な箱舟に変わった。

 プラントはその当時からコーディネイターの楽園であった。厳しい宇宙環境にナチュラルはプラントには根付けず、世論の圧迫を嫌う彼らの理想郷になっていたのだ。

 

 そこに先進国国家、理事国は眼を付けた。

 

 彼らを排除できないのならば、彼らが自ら国を出ていくように仕向ければ良い。それも自らが目に付く場所に。

 

 大国は理想郷を牧場にあしらえようと動き出した。

 自治権を与えた。彼らが望む楽園を造れるように。自分達がいつでも踏みにじれる程度の物を。

 仕事を与えた。彼らが飢えないように。自分達が望むものを完成させられるだけの物を。

 

 家畜が快適に暮らせるだけの環境を整え終わったら、次にすることは羊を追い立てることだ。抑えていた世論の蓋を取り去り、柵に追いやる法律のラッパを鳴らした。

 

 それがこの騒動の顛末だった。

 

 つまりはだ。否定派とはコーディネイターの排除に算段がついた勢力であり。

 寛容派と中立派は未だ排除する術を持たない勢力である。ただそれだけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 デスクで少年、ユウナはぼやく。

 

「うーん。やっぱり人型ってのは難しいね」

「それだけやりがいがあるってことです。登る山は高ければ高い方が良い」

 

 そう会話しながらユウナとアナイスはガラス越しに下を見やる。

 そこでは彼らが造る巨人、アストレイが前のめりで倒れ機能停止する光景があった。巨人に群がるように作業員たちが彼の点検をしている。転倒の衝撃により関節部など、可動部分の故障がないかを確認している。

 

 今の彼は、バックパックを除き正式ロールアウト時の外観に近い格好になっていた。フレームがただ剥き出しになっていた各部には、装甲めいた物が施されていた。まあ本来の防弾、防備のためではなく、転倒による破損防止用のカバーに過ぎなかったが。

 

 そして性能は、眼の前で機能停止していることからも察せられるだろう。

 

「最終的には山も川も渡ってくれないと困るんだが。建物内でこれじゃあ先が思いやられる」

「人間の脳がする処理の何倍も難しいものをCPUに要求するんです。我々にとって小石を踏むみたいな何気ない操作さえ、彼にはあっぷあっぷです。それに…」

 

 話を中断させて近くのパソコンに取り付く。

 操作しているのは現場とデータリンクしている台で、今も作業員たちが打ち込む情報をリアルタイムで吐いていた。それを何気なくかたかたと操作してくと、やっぱりと彼女は両眉を下げた。

 

「……関節部が既に摩耗しきっています。交換するしかありません。あまりに早すぎる。これは……設計のし直しかなあ」

 

 仕事一筋の彼女からはあまり見られない溜息が零れた。それもさもありなんという状況ではあったが。アストレイの開発がすこぶる難航していたのだ。見える問題は一向に解決されず、解決しようとすると新たな問題が噴出する。そんな無間地獄に突入している。

 

「しょうがないんだろうけどねえ」

 

 開発とはこういうものだ。思考錯誤。トライ&エラーが要求される。

 こうして間違いをしらみつぶしにしていった結果、漸く完成品ができあがるのだ。

 

「まあ今すぐ完成させないといけないわけではないし」

 

 何もユウナは独力で、史実におけるオーブ国産主力機『M1 アストレイ』を完成させようとは思っていない。そもそもアストレイは、太平洋連邦とモルゲンレーテ社の技術が無ければ完成しないのだ。

 

 幾ら自分が未来知識を元に金を稼ぎつぎ込もうが、一個人が国家や国営企業に適う訳がない。ここにはビーム兵器も、MSに必要とされる高出力バッテリーも開発できる人間はいない。

 彼がやりたいことはOSの開発と、MSに関する基礎理論の研究だけだ。この両者は史実において、初期におけるオーブのMS運用を妨げる二大障壁だった。これらを事前に研究するだけで、オーブは数か月早くMSを手に入れられるだろう。

 

「たかが数か月、されど数か月だ」

 

 できるなら、彼は一度たりともオーブを戦火に巻き込みたくは無かった。

 

「大丈夫だ。これならば、大丈夫のはずだ」

 

 呟いたところで彼は思考をいったん中断する。時計を見れば随分と経っていた。

 ここにいたとしても、彼には開発に口を挟める知識などない。

 悩むアナイスを軽く労うと、外で待たせている車へと素早く向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 暫く経ってから気付いたこのなのだが、ユウナはこの世界で、何故か史実よりも10年早く生まれたことになっている。理由などそもそも皆目見当が付かないので、早々に考えるのを止めてしまったが、この10年は彼にとって非常に役立つことになった。

 

 政治に必要な最低限の学歴を最速の期間でとりきり。

 未来知識という反則の手段を用いて投資市場で暴利をむさぼり。

 父に連れられて会った様々な人物たちや大学の知り合いの伝手を探り、必要な人材を集めた。

 

 そして今や、こうして車に同乗しているセシリアを主とした、彼が自由に動かせるスタッフ陣が構築され。来るべく戦争に備えてMSの研究も行われている。

 

「完璧だな……」

「頭の決まり具合がですか?」

「…独り言に口を挟むな」

 

 少年の独り言に反応し、操作しているタブレットから顔を上げ口を挟んだ彼女に、ユウナは声を漏らした。彼女は有能で非常に役に立つ人材だ。最低限の忠義もある。その美点の前には彼女がコーディネイターだと言う事実など、ユウナには何の障害にもならなかった。

 問題は口の悪さだ。

 

「それよりも頼んだ仕事はやってくれたのかい? モルゲンレーテやプラントの人間の手は早いぞ」

「既にめぼしい人物には連絡を取っています。後は彼らがどれだけユウナ様に妥協できるかと」

「僕に妥協とはどういう意味だ」

「私にも分りかねます」

 

 馬鹿にしているというかは、此方を試す様に彼女は挑発まがいの発言をしてくる。

 経歴と写真で選考し、彼女と初の面談をしたときはユウナの表情筋は引きつりっぱなしだった。しかし当時一桁の彼は、彼女並の能力を持つ人間を捕まえることは至難の業だった。だからこそこの欠点を泣く泣く飲み、現在に至っている。

 その買い物が得だったかどうかは、誰もが判断しかねる。

 

「冗談は程々に許すが、仕事の手抜かりは許さないぞ。僕はこれから本格的に社交界に出ることになるだろうし、アナイスの方も更に人材を欲しがるだろう」

「承知しております」

「本当かな…」

 

 不安がりながらも大丈夫と言われてしまえば、彼としてはどうしようもない。

 タブレットを取り出し慣れた手つきで操作する。映し出されるのは5、6人の人物データだ。これから向かい先で、父と一緒に食事を取ることになっている。

 失礼のないようにと、事前に会う人物たちの情報を頭に入れるのは社交の基本だ。

 

 また基本的に忙しい彼は同時操作でメールのやり取りもこなす。両手を動かす様は、見慣れない人物からすると曲芸師の様だった。

 いつもはそれをこなしている内に次の目的地へとつくのだが、その日は違った。会う人間は顔見知りなので軽い確認だけですみ、メールも数件だけだった。

 

 移動の半ばという時にやるべきことがなくなってしまった。

 そんな時は大体彼はセシリアに話しかけ、彼女がうんざりするのを無視して色々なうんちくを話す。嫌味で彼が辟易し、無駄話で彼女がうんざりする。そうやって暇を潰してきた。ある意味win-winの関係だったのだが。

 

 セシリアは覚悟を決めていたが、一向に話は始まらない。

 五分が経ち彼女が不思議に思っていると、なにやらトントントンと靴音がする。見れば眼の前の少年が足踏みをしていた。自分がどう見られるかには煩い彼が、こうして自分がいるというのにこのようなことをするのは初めてだ。

 

 彼女は思わず聞いた。

 

「何か焦っておいでですか?」

 

 それをきくと彼は何時ものニヒルな笑みを浮かべ。

 

「焦ってなんてないさ」

 

 そう返した。しかし足踏みは止まらず。彼女はそれをこれからよく眼にすることとなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから数年は世界も彼の周りも劇的な変化は無く、じりじりと動いていくことになる。

 

 世界はユウナが予想した通りに、そして史実通りにコーディネイターを排斥する方向へと向かっていた。C.E.57年にはプラント理事国のユーラシア、大西洋連邦、アジア共和国の三国がプラントへと進駐。量的膨張が進むプラントへの引き締めが行われる。当然プラント評議会は抗議の上撤兵を要求するが拒否された。

 しかし大きな騒動と言えばそれくらいで、道を転がり落ちるように情勢は悪化すれども、未だ世界は敷かれた線路を走り続けた。

 

 オーブは各地でコーディネイターが排斥される中、逆に彼らを吸収していった。多くはプラントに流れたが、地球を離れたくない一部はオーブや寛容派国家を頼った。その成果はモルゲンレーテの躍進と、軌道エレベータ「アメノミハシラ」の建設着工に現れることになる。

 

 緩やかに、だが確実に情勢が変わっていく中ユウナはどうだったかと言えば、あまり芳しい成果が得られていないのが正直な所だった。

 例えば政治面では漸くスタート位置に立ったところだ。才能を活かし、顔をオーブ財政界に広く浸透させることには成功させたが、『将来が嘱望される』という域をでれなかった。C.E60年にやっと15歳に達したその若年が、彼を阻んだのだ。

 最初はすぐさま首長であるとウズミと懇意になってみせると息巻いたが、多忙な彼に、少年は声を掛けるどころか姿を二三度拝むだけに終わった。

 

 

 アストレイの方も未だ玩具の領域を出ない。

 この頃になればコンスタントに投資で勝てるようになり、資金面では安定を見たのだが、肝心の成果の方はお寒い限りだった。漸くモグラの如く飛び出る機体の問題は解決できる目途が立ったが、OSは初期のままだ。

 

 

 C.E.60年。ユウナの焦りは最高潮に達しようとしていた。

 前世の様に周りに当たり散らしたり、狼狽することは無かった。その点では彼は随分と成長したと言える。だが焦燥を周りに隠せていたとは言い難かった。

 ここ半年ほど見るからにどんよりとしている主人を見て、セシリアの眉間の皺の深さは五割程増していたし。アナイスはもしや成果が出ないので援助が打ち切られるのではないかと恐怖し、二倍ほど狂乱した。

 

 彼の周囲が切れるのが先か、彼がはちきれるのが先か。

 無意味な賭けが彼ら以外の従者やスタッフの間で行われたが、事態は第三者からの横やりが入ることで急転する。

 

 

 

「いい加減にして下さい」

 

 その日もひたすら考え込むユウナに、遂にセシリアは諫言を入れた。

 

「貴方はどうしていつもそうなのですか。喋っていても黙っていても周りに迷惑をかけて。何を考えているのか分かるだけ、未だ喋っていた方がましです。おしゃべりになりなさい。協力は致しませんが、話せば私の心が幾らかましになります」

 

 そう嫌味の一つもたれたのだが、ユウナは聞いているのか聞いていないのか分からない態度で。

 

「喋る、喋るともさ。問題ないさ、問題ない。僕は全力で打ち込んできたし、客観的に見て事態は上々さ。あと10年。後十年ちょっとある」

 

 と全く返事になっていない。職務はしっかりとこなし、社交の時にはこれをどうにか隠すことに成功しているが、それ以外は万事これだ。頑強な精神力があると自負する彼女も、流石に我慢の限界だった。

 

「いい加減になさい!」

 

 勢いよく机を叩く。驚いた少年が彼女を見た。

 頭に血が上り、眉が吊り上がっている。彼は思わず東洋の般若を思い出した。

 

「貴方が何を悩んでいるかは分かりませんが、数年前自分が言ったことを覚えておいでか! 貴方はこう言いました!『泥を啜ってでもこの国を守ってみせる』と。それが何ですか! ちょっと冷めたスープが出た位の状況でぶつぶつ文句を垂れて! そんな暇があるんでしたらね、外行って一$でも多く稼いでくるか、政治家共の靴を一足でも多く舐めてきなさい!」

 

 毒舌だが汚い言葉を使ったことが無い彼女の口から、盛大な罵倒が飛び出す。

 もう我慢ならんといった感じに汚らしい言葉は留まることを知らない。

 やれ『フニ○チン野郎』だの、『パーマがかった髪がウザったい』だの、『見込んだ私の脳は腐りきっていた』だの言いたい放題だった。

 

「なっ!」

 

 想像だにしなかった光景にユウナは絶句しきった。

 反論をしようとする思考さえ浮かばなかった。そうこうする内にセシリアは彼に迫って、それこそ掴みがからんとする。

 

 だがそれを救う者があった。外部からの声である。

 

「ユウナ様?」

 

 彼女以外に雇ったスタッフの一人だ。少し狼狽しているのが気になるが、天の助けだとユウナは全力で応答した。

 

「なんだ!」

 

 大声に驚愕したのか、返答は随分と震えていた。

 

「御父上から連絡が…ユウナ様に面会を希望する方がいるから来い、と。そ、その相手、は。ウズミ・ナラ・アスハ様。代表首長です!」

 

「!」

 

 雷鳴に打たれたかの様に彼は立ち上がった。

 眼が大きく見開き、肩は力が入って固くなっていた。

 

「今行く! 待ってろ!」

 

 そういって飛び出した。アドレナリンが出ている状態で、夢にまでみた首長との会談。彼は我を忘れて走り出した。ドアを勢いよく開けて、スタッフを跳ね除けたのなど気にもならない状態で、廊下を駆けていった。

 

 取り残されたのはセシリア一人。そんな彼女は深々と、そう。本当に深々と溜息を大きく長くつくと、優雅にドアに向かって一礼をした。

 

「行ってらっしゃいませ。手間がかかるユウナ様」




え、へこたれる挫折イベントが早い?
ユウナ様だぞ! いい加減にしろ!

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