魔王の玩具   作:ひーまじん

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言うまでもなく、問題はそこにある。

「あ~……眠い……」

 

大きくあくびをしてから、俺はそう呟く。

 

昨日新作のゲームが出たから、うっかり完徹してしまった。しかも二日連続だ。割と辛い。全講義寝倒そうかな……いや、待て。ただでさえ、雪ノ下陽乃のせいで講義を途中退席する事があるというのに、これで寝たら先生からの評価は最悪だ。単位落としてしまうかもしれない。

 

「だ~れだ♪」

 

ふと視界が真っ暗になった。というか、された。

 

俺の視界を遮るように柔らかな質感の手が覆い、ついでに背中にはこれまた柔らかいものが当たっている。

 

「すみません。人違いじゃないですかね」

 

「残念でした。景虎みたいな人は早々間違えられません」

 

適当言って乗り切ろうとしたら、俺が超個性的な人間もとい変人みたいな物言いをされた。失礼な雪ノ下陽乃だ。じゃなかった。失礼な奴だ。

 

「じゃあ、もう一回。だ~れだ♪」

 

飛びっきりの猫なで声で再度問いかけてくる。いや、俺に公衆の面前でこんな事してくるのは一人しかいないんですけどね。

 

「……ハル。注目を集める行為はやめてもらおうか、俺がいつか刺される」

 

「だーいじょうぶ。刺されるのは私に捨てられてからだから」

 

「すまん。どの辺が大丈夫なのか、教えてくれるか?」

 

それだと解放された瞬間、人生エンドするじゃねえか。誰が人生のしがらみから解放されたいって言ったよ。

 

「今日はなんだ?つーか、これから講義あるんだけど」

 

「そうだね。で、その講義、私も同じなんだよね」

 

「………なに?」

 

「やっぱり気づいてなかったんだ。景虎ってば、講義中大体寝てるか、ゲームしてるかのどっちかだもんね。私がバレないように根回ししたのもあるけど、あんまり気付かないから、これ以上は面白くないなぁって」

 

………なんと。この魔王と同じ講義とな?

 

つまり、俺の平和な時間が地獄の時間にクラスチェンジするわけですね。嘘だ!!!!

 

「今日は景虎の横に座ってあげるから。今日も面白いの、期待してるよ?」

 

「なんでだよ。授業中だぞ、面白いも何もあるか」

 

「えー。他の男の子は頼んだら、必死に考えてつまらない事してくれるのに」

 

「なんだそりゃ。面白くねえじゃねえか」

 

「違うの。必死に考えてる様が面白いの。なんとかして、私の好感度上げようと躍起になってるところなんて、滑稽じゃない?従順なだけの犬には興味ないの」

 

「朝から爆弾発言をどうも。つーか、いい加減離せ。何も見えねえっつの」

 

「さっきから当ててることについては何も言わないの?」

 

「あえて無視してんだよ」

 

こいつは魔王と言い聞かせれば、自ずと煩悩は弱まる。いくら役得状況でも、反応したらその後に地獄が待っているとしたら、全然耐えれ……っ!?

 

「無視とはいただけませんなぁ~。私程の美人を差し置いて」

 

雪ノ下陽乃はあろう事か、手を離したと思うと、更に強く抱きついてきた。それと同時に飛んでくる嫉妬と殺意の入り混じった負の視線。そしてそれを上回る煩悩。押し付けられてわかる。こいつマジでスタイル良いのなっ!

 

「ほらほらぁ~、何か、言うこと、ないの?」

 

「は、離れろ……っ!」

 

「え~?聞こえなーい!」

 

「んなわけあるか!?この距離でそりゃねえだろ!」

 

「私の場合、都合の悪い事は聴こえないようにしてるの。もう一回聞くけどいい?何か言う事は?」

 

「……言わないとダメなのか?」

 

「もちろんっ!」

 

なんでそんなにイイ笑顔なんですかね……。公衆の面前でこういう事をするのはやめていただきたいんですけど。まあ、ゲーム中じゃないだけマシといえばマシか。

 

「………柔らかいです」

 

「んー?なぁにぃ?」

 

「何処とは言わねえけど、色々柔らかい。男としては超役得だと思う。見てる奴らからの視線さえなければ。終わり」

 

包み隠さず、感想を述べた。二人きりの時にされたら、いくら俺でも超動揺するし、何ならもう一人の僕が反応する。けれど、そうならないのはやはりこの飛ばされる殺意と相手が雪ノ下陽乃だからに他ならない。

 

「変態」

 

「何とでも言え。俺も男なんだよ」

 

「むぅ……開き直った。面白くなーい」

 

そう言うとパッと雪ノ下陽乃は離れた。どうやら俺の反応がお気に召さなかったらしいが、俺だってそんなしょっちゅうこいつの思い通りになってたまるか。

 

「阿呆な事言ってないで、とっとと行くぞ」

 

時間がやばい。ちょっと余裕があったのに、こいつのせいでかなりギリギリになってしまっていた。

 

「景虎が冷たーい。私悲しいなぁ」

 

「そう言うのは俺に涙の一つでも見せてからにするんだな」

 

口先だけでどれ程悲しんでも、こいつのわざとらしい嘘泣きはすぐにわかる。出会った当初ならまだしも、今更こいつの外面と本心を見分けられないほど、鈍くないし、振り回されているわけでもない。

 

「やだよ。景虎の前で泣いたら負けな気がするし」

 

「どういう勝敗基準だよ……」

 

そもそも、こいつが泣くような事なんてあるのか?生まれた時から泣いてなかったんじゃないのかと思う程なのに。二次創作物の転生者みたいな奴だな。マジチート。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ……今日はマジで疲れた……」

 

溜め息を吐きながら、俺はサイゼで遅めの昼飯を食べていた。

 

今の今までどうやってあの通り過ぎるだけでも存在感を示す魔王が自分の存在を誤魔化してきたのかは知らないが、まさか今日の講義全部にあいつがいたとは……しかも全部隣に座ってきてちょっかい出してくるし。

 

昼飯を食おうとしたら家に財布忘れてたし、雪ノ下陽乃に金を借りたら返すまでの間に何を要求されるか分かったものじゃないから我慢した。お蔭で空腹がマッハだし、金を割と使うから飯を食いに行くのは避けているんだが、本能に抗えなかった。

 

案内された席にどかっと腰を下ろし、ミラノ風ドリアを注文してから、鞄から携帯ゲーム機を取り出す。

 

どれだけ腹が減っていようが、暇があればゲームをするのが俺の信条。なんなら、死ぬ間際までゲームをしていたい。オタクにとってクラナドが人生なら、俺のゲームもまた人生なのだ。

 

因みに今やっているのは俺にしては珍しくギャルゲーでかつ俺の所持品ではない。

 

付き合い始めてかれこれ半年以上が経過したが、当然の如く、雪ノ下陽乃と俺の関係に進展など存在しない。それは至極当然のことで、誰にも文句を言われる筋合いはないのだが、うちの友人ギャルゲーマスターこと哲平くんは俺の『雪ノ下陽乃はピュア』という台詞を真に受けたらしい。『女をリードするのがデキる男だぜ』とかちょっとプレイボーイな発言をして、自分のギャルゲーを押し付けてきた。いらないと言ったのに。

 

しかし、経緯はどうであれ、ゲームを渡されたのなら、俺にクリアしないなんて選択肢は存在しないし、なんだかんだ言って、哲平は他の連中とは違って、俺と雪ノ下陽乃の交際を是としている数少ない人間の一人だ。一応俺達のためを思って行動を起こした以上、蔑ろにするわけにはいかない。

 

そうしてピコピコしていると、注文していたミラノ風ドリアが運ばれてくる。

 

いつもならゲームをしながら食べるところだが、ここは一応人の目もあるし、何より今回ばかりは空腹の方が強く、とっとと胃に飯を詰め込みたいので食を優先する事にした。

 

「じゃあ、いただき「あれれ?九条さんじゃないですか?」はい?」

 

ふと、名前を呼ばれた気がしたので振り返る。

 

辺りを見渡してみても、特に見知った顔はないように思える。つーか、俺の事を苗字でさん付けとかする奴はほぼいないし……ん?

 

二、三度見回したあたりで気がついた。

 

ぴょんとはねた髪に幼い容姿。それでいて、どこか雪ノ下陽乃を彷彿とさせる雰囲気を纏った少女。雪乃ちゃんとは別の意味で、雪ノ下陽乃の妹であると言われても遜色ない人間。

 

「えっと、約二ヶ月ぶりくらいかな?小町ちゃんであってるか?」

 

「はい!以前は良いものを見せていただきました。不肖の兄、比企谷八幡の妹、比企谷小町です!」

 

不肖の兄って………酷い言われようだ。後、良いものってなんだ?

 

「いやー、それにしても、ちょうどいいところで会いました。今は色んな人の力を借りたいところだったので。もし良ければ、九条さんもお力を貸していただきたいんです」

 

「俺の?まあ、別にいいけど」

 

知らない仲ではないし、打算的な所があるようなないような気がしなくもないものの、この子はまだ雪ノ下陽乃程に酷い人間じゃない。せいぜい入門したてと言ったところだ。しなくてもいいんですけどね。

 

しかし、俺の力が必要だと言われてもな。俺を通じて雪ノ下陽乃の力を当てにしているのなら、見当違いも甚だしいところだ。

 

「取り敢えずこちらに……あ、ドリア食べてからにします?」

 

「いや、そっちのテーブルにこれと会計の紙持っていけば大丈夫だと思うよ」

 

やった事はないけど。あちらとしてもいないのにテーブルを占拠されているという状態よりはずっといいに決まっている。

 

小町ちゃんに言われるがまま、ついて行くとそこには比企谷くん、材木座くん、戸塚くん、そして見知らぬ二人の人物がいた。

 

「九条さんもいたから手伝う事にしてもらったよ!」

 

「お前な……この人に関してはマジで関係ない人だぞ」

 

「いいじゃんいいじゃん。考える人が多いに越した事はないし」

 

「それはそうだけどな……」

 

そう言って、比企谷くんは少し申し訳なさそうにこちらを見た。比企谷くんは口ではあーだこーだと言うが、なんだかんだで他人に貸しを作りたがらない。申し訳ないというのは多かれ少なかれあるかもしれないが、それ以前に他人に任せる事自体を是としていないのだろう。彼のライフスタイル的に。

 

「別にいいよ。比企谷くん達には迷惑もかけたし、頼られて悪い気はしない」

 

後、強いて言うならあの二人……雪乃ちゃんと由比ヶ浜ちゃんがいないのが気になる。話の内容に関係あるのかはわからないが、比企谷くんとあの二人は他の人間に比べて仲は良さげであったし、ある一定の信頼はあったと思っている。その二人がいない、あるいは頼れない状況なら、事態はよほど切迫しているのだろう。

 

「あ、沙希さん、川崎くん。この人は九条さん。雪乃さんのお姉さんの彼氏さんです」

 

「よろしくお願いします!川崎大志っす!こっちは姉の川崎沙希っす」

 

男の子が元気に挨拶をする傍ら、姉の方は無言で会釈するだけに留まる。この温度差は比企谷兄妹に通じるものがあるな。

 

「俺は九条景虎。一応大学生。よろしく」

 

「顔合わせも済みましたし……というわけで、雪乃さん結衣さん流出阻止だいさくせーん!」

 

こほんと咳払いをした小町ちゃんは先程の予測を吹き飛ばすかのように、答えをぶっ込んできた。

 

つっこむと話の腰を折りかねないので、そのまま質問はしないでおこうと思っていたら、青みのかかった髪をポニーテールにしているやや目つきの悪い女の子が頬杖をつき、そっぽを向いて疑問を口にした。

 

「あたし、呼ばれた意味ある?」

 

「総武高校の事ですし、是非沙希さんのお力をお借りしたく♪」

 

「ふーん、でもあたし役に立たないと思うけど」

 

「それを言われると俺に立つ瀬が無くなるよ」

 

総武高校の人間でもない、ともすれば知人程度の人間だ。役に立たないどころの騒ぎじゃない。

 

「どっちにしても、お前にも、九条さんにも意見を聞かせて欲しい。役に立たないなら、初めから頼ったりはしねえよ」

 

「………そ、そう。じゃあ、別に、いいけど」

 

うん?沙希と呼ばれた女の子の様子がおかしい。なんか顔が赤いし、ひょっとして照れてるのだろうか?

 

「悪いな」

 

「……いいよ。あんたはあの部活でやってる方が……、合ってるし」

 

「はぁ?なんで?」

 

「な、なんでもない。最近らしくなかったから思っただけ」

 

「そうそう。お兄ちゃんは捻くれてるから、やっぱり悪あがきしないとね」

 

話から察するに何やら一悶着あったらしい。そしてその問題に雪乃ちゃんや由比ヶ浜ちゃん達も関係しているようだ。

 

とはいえ、やはり憶測でモノを考えていても意味がないので、取り敢えず話がある程度進むまで黙っておく事した。

 

その結果見えてきたのは、雪乃ちゃんと由比ヶ浜ちゃんが生徒会長になろうとしている事。元を辿れば、それは一色と呼ばれる少女の『惨めな思いをせずに生徒会長にならない』という依頼から始まった事。その他諸々の状況が折り重なった結果、三人は対立する道を選んだ。

 

「要するに最初のアプローチが間違ってるって事なんだろうな」

 

今まで、比企谷くんの中ではその一色ちゃんとやらが生徒会長にならないということを最優先事項としていた。

 

しかし、ここでのやり取りの結果、最優先事項を小町ちゃんの願いである雪乃ちゃんと由比ヶ浜ちゃんの残留になり、かつ誰もダメージを負わないという条件となった。

 

ならば、後は割と簡単かもしれない。

 

一色ちゃんを生徒会長にせず、かつ雪乃ちゃんと由比ヶ浜ちゃんも生徒会長にしない。さらに他の候補の擁立をする、というのは葉山くんのような人間がこの場にいれば可能なのかもしれないが、それはできないし、それでは傀儡政権に近いものがある。何の意味もないだろう。

 

「だから、そうなると……」

 

「その一色ちゃんと交渉するしかないね。生徒会長になってもらうために」

 

「でも、一色さんて人は生徒会長になるのは嫌なんじゃないっすかね。依頼をしてくるくらいですし」

 

大志くんの意見に俺は頭を横に振る。

 

「俺にも詳しくはわからない。でも、話を聞いてるとその一色ちゃんは生徒会長自体になることは拒んでいないように聞こえた。なら、生徒会長になった時の利点さえ大きければ、案外承諾してくれる……と俺は思う」

 

比企谷くんに目配せすると、比企谷くんもまた同じ事を思ってたらしく、頷いていた。

 

「ううむ………しかしな、八幡よ。相手は女子だぞ?話し合いができるのか?」

 

「一色さん次第だよね。どんな感じの子?」

 

戸塚くんが問うと比企谷くんは顎に手を当て、数瞬悩んだ後、ポンと手を叩いた。

 

「例えるなら、全然可愛くない可愛げもない小町。九条さんに分かりやすく言うならついに外側も可愛くなくなって暴挙にしか出ない雪ノ下さん、みたいな」

 

「あ、それヤバいっすね」

 

「それヤバイわ。俺死ぬわ」

 

帳尻も取れなくなった雪ノ下陽乃なんてただの魔王だ。どちらにしても魔王であることに変わりはないが、可愛げがある方がいいに決まってる。

 

「お兄ちゃん、それどういう意味かな?」

 

「あれだな。小町は可愛いってことだ」

 

「それで?話は通じんの?」

 

「多分大丈夫だ」

 

比企谷くんの妙に確信じみた肯定はなんとなくわかった。

 

小町ちゃんと雪ノ下陽乃。二人に通じるのはレベルの違いはあれど、キャラクターの計算高さだ。男の目から見て、可愛く見えるように計算し尽くされたキャラクターは男に夢を見せる。

 

しかしながら、その一色ちゃんとやらは致命的に可愛げがない。小町ちゃんや雪ノ下陽乃のように一部の人間にしか見抜けない人間と違って、その『演技』が大多数の人間にわかってしまう。狙っているのがバレバレということなのだろう。

 

だから、交渉次第ではそのキャラクター性に『生徒会長』を組み込む利点を見出せれば、なんとかなるのかもしれない。

 

「川崎、お前が生徒会長にいいかもって思う奴、名前あげてみてくれ」

 

「へ?ちょ、い、いきなり言われても……」

 

「ゆっくりでいい」

 

そう言われると沙希ちゃんは「そういうことなら」と少しずつ名前を挙げていく。

 

雪乃ちゃんや由比ヶ浜ちゃん。隼人くんや意外にも相模ちゃん。何人か知らない人間が名ざしで否定されたものの、候補としては全員知ってる人間だ。そして……。

 

「あと、……あんたとか」

 

「ああ、そりゃ面白い。けど、三十人も推薦人集められねえんだ」

 

「知ってる。言ってみただけ」

 

まあ、確かに比企谷くんが生徒会長になるっていうのも面白そうではあるが、先の文化祭で見事悪役を演じ切った比企谷くんを支持する人間も、推薦する人間も、殆どいないだろう。面白そう、と思ってしまうあたり、俺もそろそろ雪ノ下陽乃の影響を受けてしまっているのだろうか。

 

そこからトントン拍子で話は進んでいく。

 

今挙げた人間の名を借り、当て馬とか噛ませ犬とし、推薦人を集める。おそらくはそれを一色ちゃんの推薦人とするために。さっき比企谷くんの言った通りなら、雪乃ちゃんや由比ヶ浜ちゃんの推薦人が三十人集められなければ、二人は生徒会選挙に出る資格さえもないのだから。

 

そしてそれをツイッターで行う。リアルに存在する架空の人物で応援アカウントを作り、ネット上で推薦人を集める。ルール的には無しだが、そもそも提出しないし、ネットだけの物としてありといえばありだ。

 

アカウント運用を材木座くんと行い、この三日間で出来るだけ名前を集める。

 

作戦としては申し分ないどころか、出だしをミスらなければまず勝てると思っていい。

 

ただ、ここで一つ気になることがある。

 

「なぁ。一つ聞きたいんだけどな」

 

「はい」

 

「由比ヶ浜ちゃんは知らないが、雪乃ちゃんの方だ。あの子、生徒会長になる気はないのか?」

 

俺が疑問に思ったこと。

 

それは雪乃ちゃんが依頼の為に生徒会長になると受け入れたとしたこと。

 

そもそも雪乃ちゃん達の部活内容を知らないが、以前の文化祭で雪乃ちゃんは雪ノ下陽乃に対して「あなたの出来ることは大体出来る」と言っていた。

 

何気ない姉妹の会話に聞こえなくもないが、歴戦のゲーマーである俺にはわかる。ああいう事を言うキャラ程、優秀すぎる姉を意識し、姉を超えるために姉と同じ事をし続ける。得意分野も、得手不得手も、好き嫌いが違ったとしても、それらを無理矢理捻じ曲げて。

 

こういうものは決まって、最後にはそれらに気づき、自分の特徴を活かした事をするものだが、あの姉妹に限ってはタチが悪い。大体の事をなんでもできてしまう。

 

だから、もしそうだとして、雪乃ちゃんは、その周りの人間はそれに気づいているのだろうか。

 

「雪ノ下は一色を生徒会長にしないようにする為には自分が生徒会長になる方が良い、と言ってました。奉仕部自体は依頼人はあまり来ませんし、両立もやろうと思えば出来る……雪ノ下もそう言ってました。実際出来なくはないんです。ただ……」

 

「なら、君も由比ヶ浜ちゃんも、生徒会に入るってのはどうだ?放出を止めるんじゃなく、君ら奉仕部が放出に乗っかるのは?」

 

我ながら意地の悪い質問をしているとは思う。

 

だが、全ての問題がクリアされつつある今、原点の問題の裏側とも言える雪乃ちゃんの意図は知っておくべきだ。もし、仮に雪乃ちゃんの目的と手段が逆だったとしたなら……。

 

「……いや、悪い。さっきのは忘れてくれ」

 

違うな。ここで俺達がその答えを求めても意味がない。その答えを探すというのなら、ここに比企谷くんと雪乃ちゃん、由比ヶ浜ちゃんの三人が揃うべきだ。今俺に求められていることはあくまでも第三者としての意見。それ以上は誰も求めていない。

 

「話は戻るがやり方自体は間違ってないと思う。そのやり方なら、犯人はわからないし、そもそも問題として露呈しない可能性が高い。戦って勝てないなら、戦わずして勝つ。いいやり方だ」

 

冷めたドリアを一気に平らげ、会計の紙を持って席を立つ。

 

「俺はこの辺でお暇させてもらうよ。悪いね、最後の最後でわけわかんないこと言っちゃって」

 

「……そんな事ありませんよ。こっちこそ関係ないのに手伝ってもらってすいません」

 

そう言って、比企谷くんは軽く頭をさげる。

 

関係ない……か。

 

案外、関係ないとは言い切れないかもしれないな。

 

言いかけた言葉を飲み込んで、俺はその場を去った。

 

……やっぱ、冷めたドリアは美味くねえな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから数日後。

 

比企谷くんから一通のメールが届いた。

 

それは先日決めた作戦が見事成功し、雪乃ちゃんでも由比ヶ浜ちゃんでもなく、一色ちゃんが生徒会長になったという事だ。

 

犯人もばれていないどころか、そもそもその事態すらも殆どの人間には知られていなかったそうだ。問題は問題と認識されない限り、問題とはならないというが、今回のそれはまさしくそうだった。

 

比企谷くんの取った手段は正道ではない。邪道だ。

 

けれど、そうでなければ二人には勝てなかっただろう。故に比企谷くんにとっての邪道はある意味勝つ為の正道ではある。褒められた手段ではないが、勝てない相手に勝つにはそれしかないだろう。

 

雪乃ちゃん達も参加資格を失い、そもそも依頼自体が消失した事で手を引いたそうだ。参加する意味は一応なくなったわけだしな。

 

しかし、そうなると気になってくるのは雪乃ちゃんの本心。

 

はたして、彼女が生徒会長になろうとしていたのは依頼だけの為だったのか。それとも、依頼なんてなくても彼女は……。

 

「へぇ〜、雪乃ちゃん、やっぱり生徒会長にならなかったんだ」

 

「うおっ!?」

 

ひょこっと顔を出したのはいつの間にか近くにいた雪ノ下陽乃。

 

つい先程までは近くにいなかったのだが、どうやら俺がボーッと考えているうちに近づいてきたらしい。というか、ここ大学じゃなくカフェなのになんでこいつと出くわすんだ。ついてなさすぎる。

 

「人のメール覗くんじゃねえ」

 

「メール内容の抜き打ち検査も彼女の務めでーす。それ以前に景虎が私が近づいてくるのに気づかないくらい気になるメールなんて、私も気になるでしょ?」

 

「お前は単に気配消してただけだろ」

 

「それもあるけど、景虎なら気付くでしょ?」

 

ごもっともで。こいつの接近なら気配を消していても生命の危機を感じてすぐに気づく。ここが戦場なら雪ノ下陽乃は暗殺部隊でありながら戦力はワンマンアーミー。背後を取られたら最後。無事に生還できるはずもない。

 

「それで?やっぱりってのはどういうことだ」

 

「景虎も薄々気づいてるんじゃない?雪乃ちゃんの抱える問題」

 

「……なんとなくはな。お前の近くにいなきゃ、まず気がつかなかった」

 

そう。これは雪ノ下陽乃の近くにいたからこそ気づいた問題。雪ノ下陽乃の事を勘違いせず、その本性を垣間見ているからこそ、雪乃ちゃんの言動に違和感を覚えた。そうでなければ、ただ姉に対抗心を燃やしているだけの負けず嫌いの妹で終わったはずだ。

 

「…………雪乃ちゃんにはね、自分が無いの。雪ノ下の家の影響もあるのかもしれないけど、いつも雪乃ちゃんは自分で決めた道を歩いてこなかった。どんな小さな事でも、絶対に誰かの歩いてきた道を歩いてきた」

 

「で、今の雪乃ちゃんが歩いてるのがお前が通ってきた道だって事か?」

 

「そ。そういう意味では雪乃ちゃんはお母さんにそっくり。誰かにやらせたり押し付けるの。自分じゃ何も選べないから。誰かにやらせて、押し付けて、先を歩かせて自分はその後を追いかける……こんなに簡単な人生、他に無いと思わない?」

 

確かにそうだ。

 

二番煎じというのは批判的に見られる事が多く、劣化模造品とされるが、こと人生という点においては余程のことで無い限り、そこには確かな安全がある。

 

何せ、暗い夜道の歩くかのような手探りではなく、既に明かりの灯された道に沿って歩くだけだ。器用な人間なら、それこそ前人と同じように道を歩いていくだろう。

 

「ひょっとして、嫌いなのか?」

 

「雪乃ちゃんが?そんなわけないよ。妹の事が嫌いなお姉ちゃんはいません!」

 

と、雪ノ下陽乃は豪語する。シスコンですか。世の中には妹の事が嫌いな姉ちゃんはわりといると思うけどな。

 

「でも……」

 

「ん?」

 

「ああして、自分で何も選ぼうとしないところはすっごく嫌い。私とは違うのに、私と同じフリをしてるところも」

そう言う雪ノ下陽乃からは初めて嫌悪感が伝わってきた。

 

雪ノ下陽乃自身、本当に雪乃ちゃんの事は好きなんだと思う。時折してくるシスコン発言もそれは偽らざる本音といったところだろう。

 

しかし、そのシスコンを度外視して、雪乃ちゃんの生き方が許容できない。

 

妹は姉と比較されることを煩わしく感じるだろうが、それは姉も同じだ。同じ道を歩けばそれは尚更。より優秀な方が持ち上げられ、劣る方は貶される。世の中とはそう言うものだ。ソースはサブカルチャー全般。

 

まあ、それはそれとしてだ。

 

「意外。お前でも愚痴ったりするのな」

 

「私だって人間だもん。喜怒哀楽はあるよ?」

 

「俺まだその二つしか見たことねえんだけど」

 

「意図的に見せてないからね〜。それとも見たい?」

 

「お前が本気で怒ると世界が破滅しそうだからパス」

 

「それはどういう意味かな……」

 

だって魔王が怒るんだよ?つまりは世界破滅。はっきりわかんだね。

 

さっきいったことではあるが、こいつにだって喜怒哀楽があることぐらい俺にもわかる。雪ノ下陽乃が仮面を被り、意図的に負の感情を見せようとしていないことも。だからこそ、その内面を覗き込むと今まで見た事のない負の面が垣間見えるがゆえの恐怖もあった。比企谷くんが雪ノ下陽乃を避けるのもそのギャップゆえだろう。初めから負の面全開なら、あそこまで避けないはずだ。

 

だからこそ、意外だったのは愚痴るという負の面を見せる行為を雪ノ下陽乃が俺に対して行ったということ。そしてその意外な一面を見て、満更でもない俺がいるということだ。バレるとからかわれるので何も言わないが。

 

「そういや、お前って生徒会長とかした事ねえの?」

 

「しないよ。私は私のためにしか動きたくないの。ましてや、面倒を自分から請け負うなんて馬鹿らしくてやってられないもの」

 

なんともまあ、こいつらしい事で。自分に正直すぎて尊敬するわ。

 

「景虎は……した事なさそうだね」

 

「人の上に立つのは嫌いじゃないが、面倒なのは嫌いなんだよ。お前と一緒だ。第一、ゲーム出来ねえだろ。ゲームする時間を削ってまで他人のために働きたくねえ」

 

「景虎らしいね。でも、もし景虎が総武高校にいたら、私が生徒会長になって景虎を副会長に指名してたよ」

 

「はぁ?生徒会って立候補制だろ?生徒会長が指名できるのかよ」

 

「そこはほら。無能な人間に用はないから。私が直々に選ぶようにできるようにするから。役職をこなせる力のない人間に与える仕事はないよ」

 

成る程ね……。自分が頑張らないといけない状況にはしないわけですか。人を動かす事に長けた人間は違うね。どんな駒でも最上の方法で使うが、使える駒は有能な人間がいいわけだ。

 

「ん?なら、俺が副会長になったらマズいだろ。全然優秀じゃないぞ」

 

「いいのいいの。多少器用なら、後は私が面白い人間と思ったら即OKだから。それに副会長っていうからには私の思考を理解できる人間じゃないとね」

 

「………そうかよ。まあ、仮に俺が総武高校に通ってて、お前に指名されても、生徒会には絶対に入らねえけどな」

 

「もし私が『生徒会に入ったらいつゲームしてもいい』ってルールを作っても?」

 

「はっはー。是非、副会長にならせていただこうか。補佐だろうが、ピエロだろうが、なんだってやってやるよ」

 

「現金だね〜。そういうところ、嫌いじゃないよ?」

 

「人生はギブアンドテイクだからな。正当な報酬が与えられるなら、仕事はこなすぞ」

 

俺からしてみれば、いつゲームをしてもいいというのは、まさしく天啓に等しい。特にうちの高校では漫画・ゲームは禁止だったから、隠れてやるのに苦労した。抜き打ち検査の日が来た時の対策に何度頭を悩ませたか。

 

しかし、さっきああは言ったが、生徒という立ち位置からは、雪ノ下陽乃政権の学校というのはそう悪いものではない。というか、寧ろ歓迎すべき事実だ。より自由に。ルールに縛られない学生生活を送れるだろう。苦労だって、それが自分達に直接的に繋がる利益が存在するなら、誰だって頑張る。俺も当然頑張る。

 

とはいえ、こいつと同じ高校か………。案外、悪くねえかもしれねえな。

 

楽しそうに話す雪ノ下陽乃を見て、なんとなくそんな事を思った。


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