魔王の玩具   作:ひーまじん

20 / 21

どうも!ひーまじんです。

色々言いたいことはございますが、その前に一つ謝罪を。

勝手に消してしまって申し訳ありません。感想にあったこともありますが、私自身も少し作品の完成度が低いと思い、前に投稿していた三話分を消しました。ちょっと見切り発車過ぎたと思いましたので、もう少し考えて書きたいと思います。

そんなわけで今回はタイトル通り『陽乃が景虎の後輩だったら?』というイフの元、一話だけの番外編を書いてみました。アンケートに答えてくださった方のお礼も兼ねておりますが、あくまでもアンケート結果は陽乃と景虎が同級生ルートなので、こちらは反響次第で、二、三話に増える程度です。その辺りはご了承ください。


ちょこっとIF編
番外編:今日もうちの後輩は性格が悪い(陽乃年下ver)


 

「あ゛~、どうすっかなぁ……」

 

パイプ椅子に座り、足を机の上に乗せて組み、深く溜息を吐いた。

 

冬と呼ばれる期間も折り返し地点を過ぎ、より一層寒さが増し増しになる今日この頃。

 

俺こと九条景虎は孤独の学校を満喫させられていた。

 

別に俺はしたくねえ。さっさと家に帰り、炬燵に潜ってゲームとかしたいに決まってる。

 

それが出来ないのは偏に俺が『生徒会長』という大変名誉あり、かつ非常に面倒くさい役割をさせられているからである。

 

もちろん、俺がなりたくてなったわけじゃねえし、なんなら生徒会に立候補する気などさらさらなかった。いや、それどころか選挙日当日まで(・・・・・・・)俺は自分が立候補してる事に気づいていなかった。

 

忘れていたとかではない。そんな大層な天然具合は発揮してないし、それは天然どころの騒ぎじゃない。立候補したんなら、やる気があるんだろ。忘れんなよって怒られる。

 

では、何故俺が生徒会長なんかに立候補し、剰え就任する羽目になったのか。それはというと……。

 

「失礼しまーす!あ、会長。不景気ヅラ下げてどうしたんですか?」

 

すぱーん、と勢いよく扉を開けて入ってきたのは、俺をこの地位に祭り上げた全ての元凶。雪ノ下陽乃だ。

 

品行方正、才色兼備、眉目秀麗、頭脳明晰、文武両道etc…。

 

完璧超人という言葉がこの世で最も相応しい人間であり、人の上に立つ事を決められている人間だ。

 

そんな雪ノ下陽乃と出会ったのは高二の春。

 

『超絶美少女新入生現る!』との題名が描かれた校内新聞を見て、興味本位で見に行った時の事だった。

 

入学して間もないというのに、雪ノ下陽乃の人気は絶大だった。三年も二年も教室の入り口から覗き見したり、呼んできてもらったりして話しかけるという行為に出る始末で、雪ノ下ってのも大変だな。ぐらいの感じだった。

 

どんなものかだけを見に来た俺は、そそくさと退散しようとしたその時に不意に雪ノ下と目があった。

 

その瞬間に、形容しがたいものを感じた。深い泥に沈んでいくような、仄暗い何かを感じ、俺は思わず、びくりと肩を震わせてしまった。今考えても、なかなかの変人だったと思う。

 

逃げるようにその場を離れた俺だったが……その後からだ。雪ノ下陽乃に付きまとわれるようになったのは。

 

よくもまあ、毎日来るなと言わんばかりに教室に来る。屋上に逃げた日にはクラスメイトに訴えかけて、学級裁判が起きた。完全無罪なのに有罪になった時は民主主義の横暴さを理解した。

 

その結果。学校にいる時はほぼ四六時中一緒にいる羽目になったのだが、その都度わかる事があった。

 

雪ノ下陽乃の一見完成されたように見えるものは確かに能力だが、人格的な部分は『万人ウケする為の』外面だということ。その実、いたずらとかちょっかいをかけるのが好きで気まぐれであることがわかり、雪ノ下陽乃といるだけで神経をかなり使ったと言える。なんでご機嫌取りみたいなことするかって?そんなもん簡単だ。クラスに味方がいないからな。

 

そうして周囲を固められたものの、俺自身は決して雪ノ下陽乃に心を許したわけではなかった。

 

いや、寧ろより警戒していた。それに関しては雪ノ下も気づいていただろう。

 

だからこその突然の行動だったのかもしれない。

 

俺を生徒会長なんてものをぶち込んだのは。

 

土壇場で生徒会長に立候補していることに気づいた俺は、すぐさま先生のところに行って事情を説明された。要約すると『九条先輩が生徒会長に立候補したいらしいので、私が応援演説を頼まれました』という俺の与り知らないところで雪ノ下が周囲に吹き込んでいたらしい。

 

当然、俺はそんな事を知らない。すぐに取り消そうとしてみたものの、先生が『お前を慕って、立候補してくれたんだから出るだけ出てみたらどうだ』と言われ、やむなく参加。結果として生徒会長になるに至った。

 

もう頭が痛い。出るだけ出てみるかで納得した俺を殴りたい。よくよく考えればわかることだ。雪ノ下が応援演説をしている時点で、当選必至という事を。

 

そこからはまあ……御察しの通りというやつだろう。

 

なった以上、余程の理由がない限り辞めるとはできない。

 

俺はこの総武高校生徒会長として、やりたくもない事を一年間やらされる事になった。

 

それだけならまだいい。一年間、惰性になるがやってやる。

 

俺が文句を言いたいのは別のところにある。

 

「なんでいるんだよ……お前生徒会の人間じゃねえだろ……」

 

勝手に生徒会長に立候補させたやつが、よりにもよって生徒会役員ですらないという事だ!

 

ふざけてるとしか言いようがない。なんでこいつは一般生徒なんだよ!お前も生徒会やれや!役職持ちじゃなくていいから!

 

「いや、だってほら。私って、九条先輩の輝かしい経歴の立役者ですし。後、生徒会のマスコット……的な?」

 

「誰が立役者だ誰が。人に面倒ごと押し付けた挙句とんずらしたかと思ったら、客ヅラして邪魔しに来てるだけだろ」

 

「邪魔だなんて酷いこと言わないでくださいよ。私がいたら暇なんてしないでしょ?」

 

「暇はしないが、忙しけりゃいいってもんじゃねえんだよ。つーか、敬語抜けてんぞ、一年生」

 

この雪ノ下。年上には基本的に敬語なくせに、どうにも俺と話してる時だけ敬語が抜ける時がある。気を許してるって事なのか、はたまた嘗められてるのか。友達だと思われてる……って事はないだろう。よくて暇つぶし要員ぐらいか。

 

「文句言いながら、ちゃんと紅茶淹れてくれるんですよねー」

 

「お前が毎度毎度『喉渇きましたー』とかなんとか言うから癖になってんだよ」

 

てきぱきと、勝手に雪ノ下が持ち込んだカップにインスタントの紅茶を作って、注ぐ。こいつのせいで生徒会役員以外の人間が来ると、殆ど無意識のうちに紅茶を用意するという癖がついてしまった。まあ、そのせいか、俺を見てびびる人間も多少なり気を許してくれるわけだが。

 

「今日は九条先輩だけですか?」

 

「まあな。掃除は昨日したし、今日やる事つったら、まとめた資料の再確認だけなんだが……その時に余った予算があるのがわかってな。その使い道を適当に考えとくぐらいでな」

 

生徒会つっても、毎日毎日集まって何かをやるわけではない。そんなにする事なんてねえし、やる事がない日は俺を含め、各々の日々を過ごしている。

 

先週から昨日にかけては年度末が近いって事もあり、三月の頭にある卒業式の準備やらに被らないようにする為にも、なるたけ早くやっておくかとの事で色々やった。

 

しかし、どうも手違いかミスがあったらしく、微妙に予算が余っちまったってわけだ。

 

余るに越した事はねえが、そうなると減らされる可能性もあるわけだし、今回たまたま余っただけでいざ減らしてみれば、足りなくなったなんてのはお世辞にも笑えない。来年度には体育祭や文化祭もあるし。

 

「意外に真面目ですよね。そんな顔をして」

 

「おい。人を見かけで判断すんな。つーか、真面目にやらねえと結局俺が怒られるんだよ、生徒会長だから」

 

「トップは大変ですね」

 

「誰のせいでこんな事になったと思ってやがる……」

 

苛立ちを込めて言うものの、雪ノ下は大して気にする素振りを見せず、机にぐでっともたれかかる。まあ、こいつに皮肉や嫌味は通用しねえもんな。その癖本人のものは絶大だが。

 

「それで?その予算っていうのはどれぐらい余ってるんです?」

 

「何か特別な事ができるほど余っちゃいねえよ」

 

「何か適当に足りないものでも買い揃えればいいんじゃないですか?」

 

「それも考えたんだがな。どうも、それ込みで余ってるっぽい」

 

「じゃあ、お菓子買いましょう」

 

「お前はどんな高級菓子買うつもりだよ……つーか、自分が欲しいからって経費で落とそうとしてんじゃねえよ……」

 

「あ、わかっちゃう?」

 

「当たり前だろ……後、また敬語抜けてんぞ」

 

雪ノ下が来る前と同じようにパイプ椅子に腰を下ろす。

 

どうしたもんか……やっぱ俺だけで考えるより他の役員にも考えてもらったほうがいいか……。え?雪ノ下?いや、論外。自分が楽しくないと全然やる気ねえから。

 

「そういや、なんでお前家帰らねえの?」

 

「それはもちろん。九条先輩に会いたかったからですよ♪」

 

きゃるーん、と言わんばかりにいつも以上に猫撫で声全開で雪ノ下は言う。はいはい、可愛い可愛い。

 

「狙いすぎだ、馬鹿。それが通用すんのはお前を『生徒会に出入りする可愛く健気な先輩を慕う後輩』って勘違いしてる奴らだけだっつーの」

 

「やっぱり?でも、九条先輩に会いに来たのは本当ですよ?特にする事も無かったので、一緒に遊ぼうかと思って」

 

「そんなこったろうと思ったぜ」

 

もう納得。暇つぶし以外でここに来るって事はねえだろうな。それどころか、それ以外の理由で来たってのを聞いた事がねえ。

 

「友達と遊べばいいじゃねえか。お前に限って、ぼっちなんてことはねえだろ」

 

「九条先輩も友達ですよ?」

 

にぱっと笑ってそんな事を口にする雪ノ下。いやいや。俺がいつお前と友達になったんだっつーの。どう足掻いても先輩後輩の関係の域を出ないだろ。

 

「なんでだよ。友達以外の関係への改善を要求する」

 

「……じゃあ、恋人?」

 

「意味不明すぎるわ……」

 

なんで『じゃあ』が恋人になるんだよ。お前の中では友達よりも恋人の方が重要度が下回ってんのか。凄え価値観してるぞ。

 

「えー……もしかしたらあるかもしれないよ?私、九条先輩の事は普通に好きですもん。なんだかんだで甘やかしてくれるし。全然デレデレしないし」

 

「そりゃ、お前の本性知ってたらな。デレデレしねえよ。甘やかしてはねえ。そりゃ強制させてんだよ、お前が。それにな、お前と恋人になったらただの男避けかつどこでも暇つぶし要員になる未来しか見えねえよ」

 

なんとなく、そんな気がした。俺の平穏が害され、雪ノ下に振り回される日々が。そしてその被害者たちの尻拭いを俺がさせられてるような気が……うっ、頭が。

 

しかし、雪ノ下はわざとらしく頬を膨らませ、こちらを非難するような視線を送ってくる。

 

「そんな事しないもん。普通に甘えたりしますよ、多分」

 

「多分って言ってる時点でありえねえな」

 

「そんな事ないですってば。お願いされたらハグくらいは許しましょう」

 

「……お前って意外すぎるくらいピュアなところあるよな」

 

こればかりは作ってないというか、雪ノ下は狙ったような言動をする割に本気でガードが固い。全然ボディータッチもするし、男心を弄ぶ癖に少女漫画かってくらいにガードがガチガチに固められている。それはその外面を抜きにしてもだ。まあ、普通にいいことだとは思うし、俺が唯一雪ノ下をからかう事ができる内容でもあるのでいいんだが。

 

「あ、今の私の事馬鹿にした?九条先輩の癖に?」

 

「癖には余計だ馬鹿。寧ろ褒めてんだよ。口先だけでもハグまでしか許さないお前のピュアなところは女としてはいいんじゃねえの。やるじゃねえか、素でも作っても騙せて」

 

「……九条先輩って、何気に酷くないですか?こんな可愛い後輩捕まえて」

 

「酷くねえよ。日頃されてることに比べればな」

 

第一、見た目しか可愛くない後輩は必要ねえの。俺にひたすら迷惑かけてくるような自分第一で動いてる人間の完成系みたいなやつは尚更。

 

「むぅ…………私だって、その気になればキスぐらいできるもん」

 

「ほぉ……出来るもんならやってみな。有言実行がモットーなんだろ、学校の人気者さん?」

 

つっても、ここに雪ノ下の恋人はいないわけだし、かといって好きな人間もいない。ハグならまだしも、流石にキスに関して言えばすぐに見れたもんじゃ……ん?

 

ちょんちょん、と雪ノ下に肩をつつかれ、そちらを見る。

 

「……その……ちょっと、立ってくださると……ありがたいというか……さっさと立てといいますか……」

 

ややうつむき気味の様相で、ぽしょぽしょと雪ノ下は言う。さっきから敬語とタメ口が混同してんな、こいつ。まあ、今に始まったことじゃねえし、仕方ねえから立つか。

 

「立ったぞ。で?なんだよ」

 

「顔の角度は下に、あ、後目は瞑ってくれた方が気まずさも無くていい……かな?」

 

「?おう。わかった」

 

何もわかってません。何もわからずにやらされるのも今に始まった事ではない。だが、目を閉じなければいけないので、もしかしたら驚かせる系の悪戯でも仕掛けてくるのかもしれない。

 

一瞬、ぐいっと襟を引っ張られる。

 

俺は突然のことに半ば反射的に後ろに仰け反る……が、引っ張られると仰け反るという真反対の行為でバランスを崩して、後ろに倒れた。パイプ椅子の方に倒れなかったのは奇跡だ。机の方にもな。

 

「痛ってぇ………お前何やって」

 

抗議をしようと目をあけると、すぐそこには雪ノ下の顔があった。

 

目と鼻の先、少しでも動けば触れてしまいそうな程の距離で雪ノ下は静止していた。

 

「九条先輩……」

 

ほんのりと頬を赤く染め、雪ノ下の僅かに潤んだ瞳が俺の目と交差する。

 

……なんだこれ。どんなラブコメ展開だよ。

 

ちょっといい匂いするし、そんな初々しい反応されると、例え嘘だとわかっていても、ドキドキするんですが。そして何故か顔を背けるのはマズい気がするのは何故だ。

 

無言で視線を交わすこと数秒。

 

一層雪ノ下の顔に赤みが差し、ゆっくりと目を閉じたその時。

 

「ちーっす、九条。用事終わったかー」

 

ガラガラッと扉が開かれ、入ってきたのは声から察するに今日遊ぶ約束をしていた友達の一人だ。つーか、完全に忘れてた……!

 

「雪ノ下、ちょっと伏せてろ……!」

 

この状態を見られるのはマズい。

 

ただでさえ、『デキてるんじゃないか』とありえない噂が広がってるってのに。もしこんなところ見られたら、確実にアウトだ。

 

ほぼ密着状態だった距離を抱き寄せて、辛うじて死角になっている長机に身を隠す。頼むから、探そうとしてくれるなよ……!割と捨て身で隠れてるんだからよ!

 

「あっれ?あいつ生徒会室にいるって言ってたよな……職員室にでも行ったのか?」

 

そういう事にしておいてくれ!つーか、とっととどっか行ってくれ!

 

「……ま、いっか。多分すぐに帰ってくるだろうし。探しに行くの面倒だし、待……ん?」

 

俺の祈りというか願いは全く通じず、そいつはこっちに歩いてきて………目があった。

 

「な、な、な……」

 

「よ、よう」

 

「お、おま、お前……それ雪ノ下さん……だよな?」

 

「待て、勘違いするな!早まるな!これは断じて事故であって、お前が思ってるようなやましい事はーー」

 

「一人で済ませるなんて珍しく殊勝なこと言ってると思ったら、連れ込んでいちゃいちゃしやがって!死んじまえ、ちくしょー!」

 

説得虚しく、そいつは悔し涙を流して走り去ってしまった。

 

お、終わった……言い訳のしようがないシーンを見られちまった。

 

「最悪だ……これ、明日から学校来れねえぞ……」

 

「どういう意味です、それ……」

 

「……言葉通りなんだが?」

 

深く考えるでもなく、明日から俺が何と言われるか想像に難くない。元からグレー扱いだったわけだから、これで完全に黒。駄目だこりゃ。

 

「無理矢理に抱いたのに?」

 

「おい、その言い方語弊があり過ぎるだろ。聞く人間によりゃ俺性犯罪者扱いだぞ」

 

「きゃー、襲われるー」

 

「棒読みすぎてツッコむ気にもならねえよ……」

 

さっきまでの言い知れない緊張感は何処へやら。空気が先程のように緩みきったものへと戻っていた。

 

しかし……これ本当にどうすりゃいいよ。俺の命日明日じゃねえの?

 

「つーか、そろそろどけよ」

 

「えー、まさかこんなか弱い女の子を捕まえて、『重い』なんていうつもりじゃないですよね?」

 

「いや、それはねえけどさ………色々、困るっつーか……」

 

見てくれがいいってことは、その体つきも尋常ではないってこと。こいつ顔もスタイルも抜群だからな、ちくしょう。乗っかられてるとこう……本当に困る。

 

雪ノ下はきょとんと首を傾げたものの、すぐにその意味を理解したらしい。にやにやと実に底意地の悪そうな笑みを浮かべた。

 

「何が、どう、困るんですか~?」

 

体をより一層押し付けてくる雪ノ下。ああ、くそっ。柔らかいのが当たってんだけど。男だから嬉しいけど、雪ノ下だって考えるとその嬉しさが微妙に腹立つんですけど!

 

「ちっ……わかったよ。俺の負けだ。だからどけ」

 

はぁ、と溜息を吐き、そう告げるものの、雪ノ下はなおも体を密着させたままだった。

 

「え~?何のことかわからないなぁ」

 

「調子乗んな、馬鹿」

 

「あうっ」

 

びしっとデコピンをかますと、雪ノ下は小さく悲鳴を上げる。あうっ、ってなんだ。悲鳴まであざといぞこいつ。

 

「痛いんですけど……普通、女の子にデコピンとかする?」

 

「お前が調子に乗るからだ。拳骨じゃなかっただけありがたく思え」

 

「流石に九条先輩の拳骨は女の子にするものじゃないと思いますけど……」

 

立ち上がって額をさすりながら、文句を垂れる雪ノ下を一蹴し、軽く服を払う。

 

因みに俺の拳骨。どういうわけか、周りの奴らには罰ゲームの一つとして認識されている。なんでも『身長が三センチぐらい物理的に縮む』と言われている。んなわけあるか。どんな威力だ。

 

……なんか、こいつといると本当に精神的に疲れるな。

 

ただでさえ、余った予算はどうしたもんかと考えてたってのに、それとは別の悩み事を増やされちまったわけだから、尚更。明日から全面警戒で学校生活送らねえといけないんだけど。

 

……良し。決めた。今日は帰る。もう余った予算の使い道はみんなで相談。それがいい。

 

「つーわけで、外に出ろ。雪ノ下」

 

「何がどういうわけですか?」

 

「帰るんだよ。疲れたし、考える気も起きねえから明日全員集めて適当に予算の使い道決める」

 

生徒会室の隅に置いてあった鞄を持ち、その上に置いてあった鍵を掴み取る。

 

雪ノ下はというと、カップを持って、ぱたぱたと生徒会室の外に出た。多分、洗いに行ったんだろう。てっきり『水冷たいし、洗って下さいよ』ぐらいは言われるかと思ってたが、今日はそういう気分だったのか?

 

そんな事を思いつつ、雪ノ下を待つ。

 

ぶっちゃけ雪ノ下の鞄を外に出して、戸締りしたいところなんだが、そうなるとカップの方が中に置けなくなる。あいつの私物だし、どうでもいいんだけど。文句言われるの嫌だし。

 

少し待つと雪ノ下が帰ってきて、元々置いてあった場所(勝手に雪ノ下が決めた)に置いた後、こっちに向かって、少し駆け足で寄ってきて……俺の頬に伸ばしてきた両手を掴んだ。

 

「……何やろうとしてんだ」

 

「いや、手が冷たくなったので、九条先輩のほっぺた温かそうだし、あっためてもらおうと」

 

「ふざけんな。俺のほっぺたの方が冷たくなんだろ」

 

「むぅ………じゃあ、手で譲歩してあげます。九条先輩って手もあったかいし」

 

「なんで俺が譲歩されてる側なんだよ……まあ、そっちの方がマシなことにはマシだけどよ」

 

断ると背中に手を突っ込まれたりしそうなので、仕方なく手を差し出すと、ひんやりとした柔らかい手に包まれる。つーか、冷た過ぎるだろ。

 

「さっさと帰るぞ。どうせ、今日も送ってけとか言うんだろ」

 

「話が早くて助かります♪」

 

「生憎と学習能力は高いもんでな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うー、寒」

 

「雪まで降り始めましたよ……」

 

凍えるような寒さに身をぶるりと震わせ、しんしんと降る雪を恨めしげに見やる。

 

千葉は雪自体さして降らないと聞いていたし、去年も今年も滅多に降らなかったが……何故よりにもよって今日降る。しかも帰りに合わせて。

 

こんな中、俺が雪ノ下の手を温めるために手を握る必要も効果もなく、手袋をはめ、マフラーを巻き、防寒着として持ってきていたコートを着るという大体完璧な防御で寒空の下を歩いていた。

 

雪ノ下はというと、俺同様に手袋、マフラー、コートの三つで防御を固めてはいるものの、スカートであるため、足はとても寒そうだ。この寒さでニーソックスなんてモノは焼け石に水。かといって、ジャージを履くなんて選択肢はおしゃれ優先型の女子にあるわけもなし。俺にはいまいち機能よりも見た目を重視する人間の感性が理解できないが、特に人に迷惑をかけているわけでもないので、そこにはつっこまない。

 

「九条先輩。寒い」

 

「そうだな」

 

「そうだな……じゃないですよ。『俺があっためてやるよ』ぐらいは言ってくださいよ」

 

「やだよ。寧ろ俺があっためて欲しいんだけど」

 

純然たる事実。つーか、本音。雪ノ下をあっためる前に俺があっためて欲しい。防寒対策をしていても、雪が降ってりゃ、まあ寒い。だって雪降ってるし。

 

「はぁ……変なところで女々しいんだから」

 

「うるせえ。自然現象の前には俺達人間は無力なんだよ」

 

対策は出来ても撃退なんてできるはずもない。だからこそ人間は天災を恐れるというものだ。まあ、寒さに関しては天災でもなんでもないし、それどころか俺の横にいるこいつの方が天災っぽい気がするんだが。抗えない脅威って辺りが。

 

と、その時不意に雪ノ下がこちらに寄ってくる。

 

ギリギリどころか、ほとんど密着状態。雪ノ下の肩が時折、俺の二の腕の辺りに当たる。

 

「……今度はなんだよ」

 

「寒いなら固まればあったかくなるかなー、的な?」

 

「普通に歩きづれえから。また暇つぶしに嫌がらせしてきてんのかと思った」

 

「しませんよ。九条先輩は私の事を何だと思ってるの?」

 

「…………………………………………面倒くさい後輩」

 

「それだけ考えた上でそこに落ち着いたんだ……」

 

言葉を選んでも、結局行き着いたのは大体そんなところだった。雪ノ下は面倒くさい。大体何をするにしても怠い。出来れば誰かに投げたい。けど、それはそれで俺が逃げたみたいで気に食わないので絶対に言わない。雪ノ下の方が諦めるまで、俺は諦めない。

 

「はぁ……まあ、いっか。そんなこと言ってくれるのは九条先輩ぐらいだし。なんだかんだ言っても、面倒見てくれるし」

 

俺が目を離したら、お前好き勝手やるだろ。後で事態の収拾に回るの俺だぞ。なら、最初から取り返しがつかなくならないように見張るのが妥当だろ。

 

そう言ってやりたいところだが、これを言うと、俺の見えないところで何かをしでかす気がする。つーか、やりやがった。前科持ちだ。

 

「ところで九条先輩。そろそろバレンタインが近いですね」

 

「そういや、そうだな。つってもまだ日はあると思うし、俺は関係ねえけど」

 

「へ?なんでですか?」

 

雪ノ下にしては、珍しく素でそんな事を聞いてきた。いや、普通に考えなくてもわかるだろ……それとも何?世の中にはバレンタインと無縁の男子がいるはずがないとでも思ってんの、こいつ。

 

「モテないからだよ。それぐらい気づくだろ」

 

「またまたぁ。九条先輩がモテないわけないじゃないですか」

 

「なんでだよ。現に告白された事はねえし、去年一応チョコもらったけど『義理だから!』って念押しされるぐらいだぞ?」

 

「……あー、それはなんというか、ご愁傷様です…………お相手の方が」

 

「いや、そこは俺だろ」

 

全力で本命の可能性を絶たれたせいで、淡い希望すら抱かなかった。もう三人目ぐらいから『あー、はいはい。義理なんだろ義理』ともう投げやりだった。

 

「因みにその『義理チョコ』は何個ほど?」

 

「何個だったっけか………十個ぐらい?返すのすっげー面倒くさかった」

 

「意外。本命じゃないから返さないかと思ってましたけど……」

 

「義理でも一応な。貰いもんだし、返した方がいいだろ」

 

あっちも雪ノ下と同じ考えだったのか、返した時は喜ばれたな。おかげで三月に出る新作ゲームを翌月に見送る事になって、涙ながらの購入だったから、俺としては喜んでもらえて何よりだったけど。

 

「そういうところ、義理堅いですよね。九条先輩は」

 

「まあ、うちは義理と人情を大切にしなきゃやっていけない家業だしな。俺もそういうものは大切にしてんだよ」

 

だから、どれだけ見え透いた下心があっても、一応俺に対して何かしら贈り物をされるようならお返しはするし、助けてもらったら助け返す。幸いにも、うちの高校は不良っぽいやつはいないので、俺に貸しを作って喧嘩の助っ人やらせようなんてやつはいない。中学の時は何回かやらされたもんだが、それは地元での話。ここに来てからはもうない。

 

と、雪ノ下は一瞬顎に手を当てて、思案する素振りを見せてから、無言で自分を指差す。

 

どうやら『自分はどうなのか?』と聞きたいらしい。

 

俺も俺で、少し考えてみる。

 

この面倒くさい後輩に対し、義理や人情といったものが存在するか否か。

 

理由不明のまま生徒会長に祭り上げ、自分は部外者として出入りし、仕事中でも関係なく構ってくる。最近一人暮らしを始めたってところで帰り道が同じになり、通学さえも時々被るし、休みの日なんかには二週間に一回ぐらいのペースで連れ回される。

 

「まあ……そうだな。だいたい面倒くせえけど、お前もアレだ。一応可愛い後輩だしな。頼られたら助けるし、借りは返す。だから本気で困ったら迷わず俺のところに来ていいぜ。暇つぶし以外で」

 

「…………最後のが無かったら、口説き文句としては完璧だったのに」

 

ぽんぽんと頭を撫でてやると、もにょもにょと雪ノ下がマフラーに顔を埋めて呟く。断片的にしか聞き取れなかったが、どうせ『かっこつけすぎ』とかそういうのだろう。心なしか顔が赤いが、大丈夫か?早めに帰らねえと流石にこいつでも風邪引きそうだな。

 

「……こほん。それはそうと、九条先輩。今年のバレンタイン。日頃の感……暇つぶしのお礼を兼ねて、九条先輩にもあげようかと思ってるんだけど、甘いのと苦いのどっちがいい、ですか?」

 

気を取り直すように一つ咳払いをして、雪ノ下が問いかけてくる。

 

「ちょっと苦いぐらいがいいな。後、普通に日頃の感謝って言えねえのか、お前」

 

「それはまあ……感謝よりもお礼の方が合ってるかと」

 

「……そう言われれば、そんな気がしなくもねえな」

 

まあ、バレンタインのシステムを考えるとそっちの方が合ってるような気がしなくもないが、理由が『暇つぶしの』とつくのは如何なものだろうか。普通に日頃のお礼じゃ駄目なのか?

 

そこから会話が一旦途切れ、無言の時間に入る。

 

俺と雪ノ下との間では特に珍しくない。大体は話題提供者が雪ノ下なのだが、その代わりに雪ノ下が一度黙ってしまうと会話が途切れる。もちろん、俺からも話題提供をする事もあるが、今は特にない。ただ、無言の時間が続く。

 

しかし、これもそこまで悪いものではない。別段気まずいわけではないし、気を使う必要性もない。俺と雪ノ下だから、といえばなんだかカップルのように聞こえなくもないが、決してそういう意味ではない。気兼ねしないでいい間柄。特別親しいわけでもないが、気を許せない相手でもないということだ。実に微妙な立ち位置である。

 

そうして歩いているうちに、別れの時間が近づいてきた。

 

と言っても、単に分かれ道に入るだけの話だ。別に俺と雪ノ下の家が隣同士にあるわけでもないしな。暗かったら送っていくが、今日はまだ日が沈んでない。ましてや、合気道を嗜んでいる雪ノ下なら、悪漢の一人ぐらい瞬殺だろう。

 

「じゃあな。気をつけて帰れよ」

 

「はい。九条先輩も悪漢に間違われないように気をつけて帰ってくださいね」

 

「どんな気をつけ方だよ」

 

相変わらず一言多い事で。俺はそんなにヤンキーみたいな顔も格好もしてないし、かといって変質者っぽくもないっつーのに。

 

つっても、ここで言い返したらまた話が長くなりそうなので、俺はあえてその言葉を心の中に留め、足を自分の家に方に向け、雪ノ下も同様に自分の家の方にーー。

 

どんっ。

 

いきなり背中に誰かが飛びついてきた。

 

いや、誰なのかなんて火を見るよりも明らかなんだけどな。

 

「なんだよ」

 

「いえ。そういえば一つだけ、言い忘れていたことがあったので」

 

「はぁ?」

 

「ーーバレンタイン。楽しみにしててくださいねっ♪」

 

「っ!?!?!?」

 

ふと耳元で呟かれた言葉に思わず、俺は振り返るものの、既に雪ノ下は俺から離れていて、いつも通りの笑顔でこちらに手を振るだけだった。

 

……全く。

 

この後輩はどこまで男心を揺さぶるのに長けているのか。

 

俺じゃ無かったら、絶対に期待してるぞ。今の一言は確実に勘違いを引き寄せる要因になる。しかし、それをわかってやっているのでタチが悪い。

 

まあ、俺はこう見えても人を見るっつーことには一日の長があるわけだし?雪ノ下の本心と建前ぐらい余裕でとまでは言わないが、ある程度わかる。

 

………わかるんだが。

 

「さっきのアレは反則だろ。せめて義理だから、ぐらいは言えっつーの」

 

ものの見事に惑わされていた。

 

今日も、うちの後輩は性格が悪い。

 





というわけで番外編でした。

一話分に収めるということで、話を広げすぎないようにするのがなかなか難しかったです。

特に陽乃は一度も敬語を使ったことがないキャラ、というだけに本人のキャラを考えて、敬語とタメ口を混ぜてみるという結論にいたりました。それでもかなり難しかったです。

前書きでも書きましたように、皆さんの反応次第で続きを書くかもしれませんが、あくまでも番外編ということをお忘れなく。流石に長編にならないようにしたいので。本命忘れちゃいそうになるんで!

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。