魔王の玩具   作:ひーまじん

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エピローグ

 

ジリリリリリ。

 

仕掛けていた目覚ましが鳴り響き、意識を深い闇から一気に現実へと引き上げる。

 

微睡みながらも、右手で……止めようとして、右腕が動かないことに気づいた。

 

というか、身体に布団とは別の重量感と柔らかさがある。

 

まだ覚醒しきっていない思考で考えていると、もぞもぞと布団の中の何かが動き、中から手が伸びてくる。

 

それは俺の顔の横を通過すると、けたたましく鳴り響く目覚ましのスイッチを叩き、そのまま手を引っ込めた。

 

ここで問題が一つ。

 

俺は一人暮らしである。当然、この家には俺以外の人間が存在していないし、いるとしたらそれはもう不法侵入者と幽霊の二択。後者に関して言えば、そもそも手で止める必要はないので、必然的に前者になるわけだが、その前者とて、ただの不法侵入者ならば、一緒のベッドに潜り込んで寝る道理はない。

 

そう。ただの不法侵入者なら。

 

「……陽乃。なんで俺のベッドにいるんだ」

 

おそらく、布団の中に潜り込んでいるであろう人物の名を呼び、動く左腕で、布団を軽くめくる。

 

俺の予想通り、というか最早こんな事をするのは一人しかいない人物は、何故かよりにも寄って俺の冬用のパジャマを着て、布団に潜り込んできていた。

 

「……眩しい」

 

まだ寝惚けているのか、陽乃はぐいっと掛け布団を引っ張り、潜ろうとする。

 

その様子は無防備なことこの上ない。

 

「朝だぞ、起きろ」

 

「…後、二時間」

 

「長えよ。行きたいところあるんだろ」

 

意識が覚醒してきたおかげで思い出した。

 

今日は、陽乃が行きたいところがあると言い、途中で合流するのも煩わしいから泊まらせて、とお願いされたんだ。

 

俺としては理性の方が危ないので、どうしたものかと考えていたが、上目遣いでお願いされたのでもう受けるしかなかった。それに、やる事はやってしまっているわけだし。

 

陽乃との交際がスタートして三ヶ月。

 

それまでに俺達の間ではいろんな事があった。

 

まず、陽乃。

 

実家を出て、一人暮らしをしたいという名目で俺の家に突撃してきた。無論、その目論見は雪ノ下母にあっさり見抜かれていて、半日もしないうちに連行。どういった経緯からか、一人暮らしをしている雪乃ちゃんのところに住むようになった。もっとも、陽乃は頻繁に泊まりに来るし、雪乃ちゃんの方にも事情はあって、住んでいると言っていいのか、怪しいところだ。

 

そして、俺も思春期の男。同棲なんて色々困ることしかない。

 

おまけに陽乃は『いつでもどうぞ』みたいな感じで、よく俺をからかってきていた。

 

それが一月を越える辺りで限界が来て、俺も陽乃も大人の階段を登ってしまったのである。

 

いや、しょうがないじゃん。いつもの陽乃ならともかく、付き合い始めてから、陽乃はでれでれだし、しおらしくなった時のギャップがヤバイ。ちょっと前までなら誰お前ってレベル。

 

そんな感じに大きく変わった陽乃ではあるものの、普段から常にと訊かれればそうではない。

 

学校にいる時は今までのように仮面をつけている。

 

それは完成度という面で言えば、以前よりも遥かに劣るが、それでも周囲の人間にはあまり感じ取られない程の些細な変化だ。

 

何でまだ演じる必要があるのか、それを問うてみたらーー。

 

『本当の私を知ってるのは景虎だけでいいもん』。

 

だそうだ。

 

そっか、といつも通り返したものの、正直言って顔が熱くなった。よくもまあ、そんな恥ずかしいことを言えるなって思いだ。

 

その分、二人きりの時は仮面は全く被ってない。思った事は言うし、感情も顔に出やすい。特にプラスの嬉しいや楽しいといった感情はわかりやすいことこの上ない。

 

だからだろうか。

 

友人達から俺もよく笑うようになったと言われた。

 

昔はともかく、今はかなり笑っていると思っていたのだが、どうやらそうではなかったらしく、最近になって漸く普通レベルなんだとか。何をもって普通なのかは知らんが。

 

「……ちゅーしてくれたら、起きる」

 

それ、普通は俺が言う側の気がするんだが。

 

しかし、それは冗談ではないらしく、陽乃は顔をこちらに向けた。もちろん、目は瞑っている。眠いんだろうし、なんかこう……雰囲気的に。なんだかんだ言って、哲平の読み通り、陽乃はピュアな面もある。雰囲気とかは大切にするんだそうだ。

 

因みに余程の理由がない限り、これを断ると拗ねる。その拗ねたのがまた可愛いんだが、時間的に遊んでいるとマズいので今日は普通に応じることにした。

 

左腕を腰に回し、陽乃のお望み通り、口づけを交わす。

 

最初の頃は恥ずかしかったものの、二桁に乗ると慣れたものだ。羞恥心なんて微塵もない。その代わり、日々充足感だけは募っていく。

 

…………ヤバイな、俺。陽乃に対して、よく変わったって言ってるが、俺も相当変わったな。ちょい前なら絶対にそんなことは思わなかった。完全にバカップル思考になってる。

 

十数秒して、顔を離すと、陽乃が目を開ける。

 

「えへへ、おはよ、景虎」

 

「ああ。おはよう、陽乃」

 

おまけにこんな嬉しそうな顔をされると、なんとも言えなくなる。

 

「ところで陽乃。出来れば早く俺の上から降りて欲しい。背中が痺れ切らせて大変な事になってるから」

 

後、右腕も。

 

陽乃は体重的に軽い方だが、それでも一般的な女性の平均体重で何時間も人の上に乗っていたら、痺れも切らす。背中なんてもう殆ど感覚ない。

 

「……やだ、って言ったら?」

 

「一週間、俺の家を出禁にする」

 

「じゃあ、降りる」

 

言うが早いか、陽乃はすぐに俺の上から降りた。

 

俺も上半身を起こそうと試みるものの、やはり動かない。もう少しは寝転んだままの姿勢を要求されるようだ。

 

それを陽乃も察したのか、ひょいっとしゃがみこんで、俺の頬を突いてくる。

 

何がしたいのか。おそらくは深い意味なんてなく、単に突いてるだけなんだろうが、男相手にそれをやる意味があるのだろうか。逆ならわからなくもないが。

 

……と、その時、腹の虫が鳴いた。割と大きめに。

 

それを聞いた陽乃は一瞬思案するような素振りを見せて、何気なく言う。

 

「私食べる?」

 

「それだと腹は膨れない上に、今日は絶対家から出なくなるけどいいのか?」

 

「普通に朝ご飯作ってくるね~」

 

真顔で返したら、とてとてとキッチンの方に歩いて行った。

 

もうその手の冗談は本気になってしまうので、俺にはあまり意味がない。もちろん陽乃にも。

 

……それにしたって、朝からこんな頭の緩い会話をしているなんて、一年前の俺は予想していただろうか。

 

そもそも、陽乃を好きになっていることすらも想像できていなかったはずだ。あいつにはずっと利用されるだけの関係だと思っていた。

 

それがどういうわけか、こんな感じになっている。

 

きっと一年前の俺が知れば『洗脳でもされてんじゃねえの?』と言うに違いない。随分失礼な奴だな、俺。

 

それぐらい変わってしまったわけだが、これが存外に悪くないし、充足感がある。

 

今日も今日で、俺の日常には陽乃の空気が渦巻いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

朝食を摂った後、俺達二人が向かったのはららぽーとだった。

 

そういえば、最近は来ていなかったな。なんて思っていると、着いて早々に陽乃が辺りを見回し始める。

 

「?何やってんの?」

 

「んー?人探し」

 

どうやら待ち人がこの辺にいるらしい。

 

二人きりのデートじゃない、という事実に少しだけショックを受けている俺がいる事に内心で苦笑する。

 

本当に、俺も陽乃の影響を強く受けているような気がする。共依存とでも言えばいいのか。あまり宜しくない傾向かもしれないが、何せお互いに初恋である。少しぐらいは多めに見て欲しいところだ。

 

「あ、いた!」

 

陽乃の言葉に俺も視線をそちらの方に向ける。

 

待ち人とはいえ、俺が知っている人間とは限らないのだが、こと今回は俺の知っている人間だったようで……というか、比企谷くんと雪乃ちゃんなんですが……?

 

「おい、陽乃。待ち人って……」

 

「そ。大好きな妹とその恋人(・・)さんでーす」

 

「へー……は?え、恋人?」

 

さらっと流されたが、今陽乃はなんて言ったか。

 

あの二人が……恋人!?

 

「いきなり呼び出して、何のつもりなのかしら?」

 

俺が軽く混乱している内にこっちを見つけた比企谷くんと雪乃ちゃんが近づいてきて、開口一番、雪乃ちゃんが言い放つ。

 

「ごめんねー、雪乃ちゃん。比企谷くんとデートするつもりだったのに邪魔しちゃって」

 

「ええ、全く。用があるのなら最低でも一ヶ月前には言っておいてほしいものね」

 

多少なり苛立ちが込められた言葉ではあるものの、不思議とこの姉妹に感じていた距離感というか、切迫感が微塵も感じられない。

 

構い過ぎる姉に辟易する妹。

 

そういう風に表面上は見えていただけの二人が、表面上だけでなく、まさしくその通りに振舞っていた。

 

「それで?用というのは何かしら?くだらない事なら、私はすぐに八幡とのデートに移行したいのだけど」

 

比企谷くんを一瞥して、雪乃ちゃんは言う。

 

ごく自然に比企谷くんを下の名前で呼んでいる事になんだか妙な感動を覚えた。

 

なんだかんだ言って、比企谷くんは常に雪乃ちゃんに罵倒されているというか、貶められているような場面しか会ってなかったような気がするからだろうか。

 

「雪乃ちゃんは早く比企谷くんとのデートに戻りたいんだ。それは好都合」

 

「?何が言いたいの?」

 

眉根を顰めて、雪乃ちゃんが問うと、陽乃が言う。

 

「今からダブルデートしよっ♪」

 

「「「はあ?」」」

 

思わず陽乃以外の三人の声がハモった。

 

それも仕方ないだろう。

 

友人同士ならともかくとして、二人は姉妹。しかも大の仲良しというにはちょっとばかり誇張され過ぎている上に相手は全然乗り気じゃない。

 

何言ってるんだ、と思っている内にも陽乃は続ける。

 

「ほら。もう一年ぐらい前になるのかな?私が比企谷くんと、雪乃ちゃんが景虎と出会ったのがこの場所だったでしょ?」

 

「そうね」

 

「その時に言ったでしょ?『雪乃ちゃんの彼氏なら相応しいかどうか見極める』って」

 

「……そんな事を言っていたような気もするわね。けれど、姉さんも八幡の人となりは知っているはずよ。今更見極めるような事でもないと思うのだけれど」

 

確かに。

 

ここで会った時から、陽乃は俺の知っているところでも知らないところでも比企谷くんにちょっかいをかけていたはずだし、それでどういう人間かも理解していたはずだ。人を見抜くという点において、陽乃ほど長けた人間を俺は見た事がない。なら、今更見極める必要もなく、二人が交際している事を容認している時点で陽乃は比企谷くんを認めているんだろう。

 

「まあねー。でもね、お姉ちゃんとしては、少しだけ心配な事があるの」

 

「……何かしら?」

 

「ほら、比企谷くんの周りって不思議と女の子が集まるでしょ?いくら雪乃ちゃんが世界一可愛いって言っても、比企谷くんが目移りしないとは限らないでしょ」

 

「そんな事は……」

 

否定しかけて、雪乃ちゃんは顎に手を当てて考え出した。

 

え?何、比企谷くんってそんなにモテモテだったわけ?俺ガハマちゃんぐらいしか知らないんだけど。

 

「……そこはいつも通り即否定して欲しいんだが」

 

流石にその反応に比企谷くんも思うところがあったらしい。

 

「そうしたいのは山々だけど、あなたの場合、実績があるでしょう?」

 

「……気のせいだろ」

 

あ、心当たりあるんだ。

 

「ね。だから、今日はダブルデートでそこのところを見極めようかと思って」

 

「……はぁ。それは別に構わないけれど、私はその間どうすれば良いのかしら?」

 

「そこはほら。今日だけ特別に景虎を貸してあげるから。雪乃ちゃんも私の彼氏がどんな人か気になるでしょ?」

 

「いや、貸し出されても困るんだが」

 

「私も特に気になるわけではないのだけど……」

 

俺と雪乃ちゃんに共通の話題があるかと訊かれればそういうわけではないし、ともすれば陽乃のようにどんな相手でも社交的に接する事ができるかといえばそうではない。比企谷くんとセットならまだしも、雪乃ちゃんとセットになると無言の時間が長くなりそうだ。

 

「……まあいいわ。けれど、あまり長い時間八幡は貸し出すつもりはないわよ。見極めたと思ったら、すぐに私に返してちょうだい」

 

「もちろん。私も景虎の方がいいしねー」

 

俺たちの許可を得るまでもなく、姉妹の間で一時的な恋人交換が行われる事になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

始まった恋人交換ダブルデートなわけだが、正直言って、とても気まずい。

 

陽乃が比企谷くんにちょっかいを出すたびに、俺の隣を歩く雪乃ちゃんのフラストレーションが目に見えて溜まっているのがわかる。俺はあれが遊びなのをわかっているし、雪乃ちゃんもわかっているのだろうが、それでも割り切れていない部分があるのだろう。

 

そしてその隣を歩いている俺はハイパーに居心地が悪い。

 

「あ、あのさーー」

 

「何?」

 

「い、いや、なんでもない、です……」

 

年下なのに思わず敬語になる程の威圧感が雪乃ちゃんにあった。こ、怖え……。

 

陽乃のような底知れぬ怖さでなく、直接的というか、こう視覚的に訴えてくるというか。何はともあれ、違う方向性だからか。

 

こういうのには慣れていたが、最近は無かったからなぁ……。

 

「はぁ。あなたって見かけによらず小心者なのね」

 

「見かけによらずって……俺がヤンキーみたいな言い方はやめてほしいな」

 

「見たまんまじゃない」

 

見たまんま……いや、確かに元ヤンっていうか、不良だった時期もあったけど。

 

そんなに俺って柄悪そうに見えるかね。

 

「もっとも……私にはそう見えるだけで、きっと姉さんには違って見えているのでしょうね」

 

「雪乃ちゃん?」

 

「姉さんから全部聞いているわ。フェイクだったのよね」

 

「うん……まあ」

 

「おかしいと思ったのよ。姉さんが、あなたみたいな平々凡々な人間を選ぶとは思わなかったもの」

 

耳が痛い話だが、全くその通りだと言わざるをえない。俺もその自覚はあった。

 

俺は何か突出して出来たわけでもない。少しばかり腕っぷしが強いだけで、それも全盛期には劣る。あの頃なら喧嘩は誰にも負けないぐらいは言ってのけた。

 

今はガスが抜けたように平々凡々な人間だ。特筆すべきものはないと思う。せいぜい運動神経ぐらいか。

 

「けれど、私の勘違いね。平々凡々な人間なら、姉さんはあなたに興味を持たなかったでしょうし」

 

「いいや。俺はどこにでもいる凡人だよ。ま、他の人間とは少しだけ着眼点が違ったかもしれないけど。後、感性」

 

「良いことを教えてあげるわ。俗にあなたみたいな人の事を奇人または変人と呼ぶのよ?」

 

すごく良い笑顔で変人呼ばわりされた。

 

「まあ、姉さんもそういった意味では奇人変人の類だから、気にやむことはないわ。類は友を呼ぶ、と言うでしょう?」

 

「……否定できない自分が悲しい」

 

自分でも自覚はあるし、陽乃にもおかしいと言われている以上、否定しようにも否定できない。

 

もっとも、そのズレてる感性のお蔭で今があるわけだから、思いの外、変人というのも悪くない。言葉のニュアンスや響き以外は。

 

それはそうと、雪乃ちゃんは人を罵倒してる時、凄くいい顔するな。水を得た魚のよう、とはまさにこの事だ。

 

「だから、姉さんがあなたの事を話すたび、とても嬉しそうだったわ。初めて自分を理解してくれる人間に出会えたって」

 

陽乃の背中を見つめ、雪乃ちゃんは言う。

 

「私にも、その気持ちはわかるわ。八幡や結衣さんが居てくれたから……」

 

「前と比べてかなり素直になってるじゃないか。変わったんだな、君も」

 

「ッ……そういうところ、姉さんにそっくりよ。あなた」

 

ジロリと横目で睨まれた。

 

ほほう。陽乃と似ているか。昔はともかく、今はむしろ褒め言葉に近いな。

 

「全く……ゆくゆくはあなたの事を『義兄』と呼ばなければならないと考えると、頭が痛くなるわ」

 

「随分俺の事を買ってくれてるんだな。結婚するのが俺かどうかなんてわからないぞ?」

 

「馬鹿にしているのかしら?あなたが何かの間違いで死なない限り、確定事項よ。それぐらい、姉さんの態度と鬱陶しい惚気話を聞かされ続ければ容易に理解できるわ」

 

そう言って、雪乃ちゃんは嘆息する。

 

一体、陽乃は雪乃ちゃんに何を話したのか。大学では仮面をつけているから惚気話はしないだろうし、惚気話なんて雪乃ちゃんか平塚さんぐらいのものだろうから、どれぐらい酷いのかがいまいちピンとこない。

 

「……それでも、一応あなたには感謝しているわ。姉さんのことも、私達のことも」

 

「それってどういう……」

 

「そろそろ八幡を返してもらいにいくわ。彼も姉さんの相手に疲れている頃だろうから」

 

俺が追及する暇もなく、雪乃ちゃんは歩みを速めて、比企谷くんの隣に行った。

 

出会った頃に比べると、雪乃ちゃんも確かに変わった。

 

根本的な部分も含めて、今の方が活き活きとしているような気がするし、いつの間にか、陽乃への拒絶感や羨望が無くなっているように見えた。

 

比企谷くんやガハマちゃんのお蔭か、はたまた俺の知らないところで雪乃ちゃんと陽乃の間に何かあったのか。

 

気になるところであるものの、本人が話す気は無さそうなので、後はもう一人の方から話を聞いてみるしかない。それでダメなら潔く退くだけだ。

 

「ちぇっ。折角比企谷くんで遊んでたのに、雪乃ちゃんに取り上げられちゃった」

 

拗ねたように頬を膨らませて、陽乃がこちらに歩いてきた。

 

こっちもこっちで根本はそこまで変わってないものの、今の方が活き活きとしている。まあ、窮屈そうなら初めから俺達は付き合ってなんかないわけだが。

 

「後ろから見てても、比企谷くんが困ってるのがわかったんだが、何を話してたんだ?」

 

「うん?雪乃ちゃんとのいちゃいちゃ高校生活はどうなのとか、私の事を『お義姉ちゃん』って呼んでいいよとか」

 

「……それだと俺は比企谷くんにも『義兄さん』って呼ばれる可能性があるのか」

 

「兄貴の方が景虎は呼ばれ慣れてるんじゃない?」

 

「いや、まあそうだけどよ……って、そうじゃねえよ」

 

「呼ばれてたんだ……」

 

どうやら陽乃は冗談で言ったらしい。俺だって好きで呼ばれてたわけじゃない。なんかこう……成り行きで舎弟が勝手に出来ていただけだ。

 

「で、どうだった。比企谷くんはお眼鏡にかなったのか?」

 

「かなうも何も、私は初めから雪乃ちゃんには比企谷くんしかいないと思ってるよ?私には景虎しかいないのと同じように、ね」

 

「じゃあ、なんであんな事言ったんだ?」

 

「理由は三つ。比企谷くんの周りに色んな女の子がいるのは確認済みだからその事で、二つめは比企谷くんを久しぶりにからかいたくなったから、三つめは雪乃ちゃんと景虎を話させたかったから」

 

「前半二つはともかく、三つめはどういう意味だ?」

 

「実は少し前に比企谷くん達はいざこざっていうか、色々あってね。その時に私が軽く助言をあげたというか、一石を投じたみたいな」

 

「それ意味違うよな。一石を投じちゃいけないだろ」

 

「そうでもないよ。だからこそ、今の比企谷くん達があるわけだし」

 

そういうものなのか。

 

一体彼らがどんな問題に直面し、それを乗り越えたのかは俺にはわからないが、それを知っている陽乃がそういうのだから、今の比企谷くん達は前に進んでいるんだろう。

 

「……ん?待てよ。ガハマちゃんはどうなった?あの子も奉仕部だし、比企谷くんの事好きだったろ?」

 

修羅場とは言わないまでもその辺に関しても何かしらあったはずだ。何もなく、話がまとまったなんてことはないだろう。

 

「その辺の事は雪乃ちゃんも教えてくれなかったけど、多分二人の間で決め事でもしてたんじゃないかな?静ちゃんに様子を聞いても上手くやってるって言ってたし」

 

親友同士だから為せる事……か。

 

いや、親友同士でも恋愛事があって、仲違いしてしまうなんてケースは世の中に腐るほどあるはずだ。

 

だから、この場合は親友同士というよりも、雪乃ちゃんやガハマちゃんが強かったんだろうな。でなければ、今まで通りに関係を築いていくなんてのは至難の技だ。

 

「それで?正直、一番気になってるのは陽乃が何をしたのか。って事なんだが」

 

「私?うーん、特に何かをしたわけじゃないよ?ただ、ちょっと面白くない事になってるみたいだし、雪乃ちゃんの悪い癖が出てたから。逃げ道を潰して、真実を突きつけた……みたいな?」

 

「え、えげつねえ事するな。お前……」

 

いくら本人達のためとはいえ、やり過ぎだろ、それ……。

 

「私はあくまで私だからね。それに私が優しい言葉をかけても意味ないもん」

 

「……そりゃそうだ」

 

ギャップ云々の話ではなく、陽乃の人間性の問題だ。

 

比企谷くんや雪乃ちゃんには陽乃の暗黒面。仮面と本心の間くらいのところが見えていたわけだが、その陽乃がいきなり彼等に優しく諭したところで猜疑心を募らせるだけで、何の意味もない。

 

なら、今まで通りに彼等の知る雪ノ下陽乃として振る舞い、変化を促す事を陽乃は選んだ。

 

結果として、彼等は前に進んだわけなのだから、その行動自体は色んな意味でいい方向に働いているんだろう。

 

「何を言っても、あの子達には借りがあるし。私にしては、結構気を遣ってたと思うよ?」

 

「借り?」

 

「うん。でも、もう返したから」

 

それ以上言うつもりはない、とばかりにそこで陽乃は話を切った。

 

目的地であるららぽーと内にある映画館に着いたからということもあるが、そればかりは陽乃の中で留めておきたい事案らしい。そして訊かれたくない、というのなら俺は訊かない。

 

「ねー、何が観たい?」

 

映画館の前で足を止めた比企谷くんと雪乃ちゃんの前に回り込み、問いかけると、二人は別々の映画を指差す。

 

比企谷くんは……ぷ、プリキュア?

 

これには思わずずっこけそうになったが、成る程。比企谷くんはプリキュアを信仰する人間らしい。

 

片や雪乃ちゃんはというとミステリーサスペンス。なんとも雪乃ちゃんらしいチョイスだ。

 

……しかし、何故だろう。ラストに行く前までに犯人が判明されちゃいそうなんですが。

 

「はぁ……二人とも。チョイスがダメダメだなぁ。景虎は何がいい?」

 

「俺か?……まあ、強いて言うならあれだな」

 

俺が指差したのは今流行りのラブコメ。少女漫画を実写化した、テレビのCMでよく見かけるやつだ。

 

「さっすが、景虎。わかってるね」

 

「お、おう。まあな」

 

単に観たいものがなくて、消去法でこれになったとは口が裂けても言えまい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

映画の内容は至ってシンプル。というか、かなり在り来たりな展開……ではなかった。

 

まず主人公の女の子。

 

幽霊が見える、という設定らしいのだが見えるというか除霊とかも出来るらしく、作中ではなんか悪霊に襲われていたイケメンをかっこよく助けていた。

 

これだけならまだ良いが、この主人公。やる事なす事イケメン過ぎる。

 

悪霊を素手でねじ伏せ、好意を寄せてくる男の子には『私といるとあなたが危ないから』と言ってさりげなく振り、傘を忘れた男の子には傘を投げ渡して、自分は雨の中を走って帰る。

 

あの……あなたヒロインですよね。なんてつっこみたかった。そして周りの男子。お前らなよなよし過ぎな。

 

チョイスミスったか、と思っていたら、どうやら陽乃は始めからこういう内容のものだとわかっていたらしい。隣で超笑ってた。比企谷くんは目が死んでた。雪乃ちゃんは時々俯いて肩を震わせてた。この姉妹、感性は近いらしい。笑いのツボがよくわからん。

 

今はちょうど小腹も空いてきたということで近くの喫茶店で軽めの昼食を摂りつつ、さっきの映画について批評会じみたものを行っている。

 

もっとも、それは簡単なもので、批評会とはいえ感想を述べているだけだ。

 

「最後は感動的だったねー」

 

「ええ。好意を寄せてきていた男の子が実は昔助けた猫が化けていた、というのはあり得ないけれど、良い話だったと思うわ」

 

「あはは、雪乃ちゃんてば、猫の回想シーン食い入るように見てたもんね」

 

「そ、それはストーリーの重要部分だったようだから、そこから後の展開を考察しようとしていただけで、それ以上それ以下ではないわ」

 

本当に猫好きだな。多分、そういう視点であの作品を評価してくる人間がいると監督は思ってないだろうが。

 

「二人はどうだった?ラストは良い感じだったと思うけど?」

 

「……まあ、途中までのぶっ飛び展開から最後は綺麗なラブコメに収束した事に監督の手腕を感じざる得なかった、ですね」

 

「確かに。終わってみれば普通にラブコメしてたな。ハッピーエンド……って言うにはちょっと違ったぐらいで」

 

最後は男の子が猫に戻り、主人公に拾われるところで終わった。定番のカップルが成立して、なんて事はなかったが、あれはあれで綺麗な終わり方の一つとも言える。

 

なので終わってみれば、それなりに良かった。

 

……最初は金返せと思ったけどな。

 

「そういや、この後どうするんだ?服でも見に行くか?」

 

今回、陽乃があえてノープランで行こうと言い出したため、さっきの映画然り、今日は行き当たりばったりのダブルデートという事になっている。

 

俺は元々計画性があるかと訊かれれば、ゲームとかだけと答える人間なのでさして問題はないが、一応、三人は行きたいところがあるかもしれないので訊いてみる。

 

「うーん。それも良いけど……何か面白い事したいなぁ」

 

面白い事……な。

 

そういえば、今日はまだ在り来たりな事しかしてないな。そりゃ陽乃が耐えられるわけないか。

 

しかし、面白い事とはいっても、そう簡単には……ん?

 

窓の外を見たとき、少し離れた柱にある張り紙の文字が目に飛び込んでくる。

 

なになに……ペット、ショー。触れ合いって書いてるな。

 

「あれなんかどうだ?ペットショーやるらしいぞ、参加するのが何かは知らねえけど」

 

「本当に?じゃあ、それにしよ。なんか珍しいのがいるかもしれないし!」

 

「いや、流石にそんな珍生物みたいなのはいないと思うんですけど……」

 

陽乃の反応に、さりげなく比企谷くんがツッコミを入れる。まあ、確かに陽乃のいうような珍しいのはいないと思う。いてもせいぜいリスとかフクロウとか辺りが関の山だろう。一般家庭で飼える動物なんて限られてくるしな。

 

「そうね。けれど、どうせこの後する事は決まっていないのだし、行ってみる価値はあるのではないかしら」

 

「猫がいるかもしれないしねー」

 

「ッ……べ、別に関係ないわ。私はする事が決まっていないなら、と進言してみただけで……」

 

「別に否定するような事じゃないと思うーー」

 

「何か?」

 

「何でもない、です」

 

睨まれた。

 

目をそらして、比企谷くんを見ると、比企谷くんは肩を竦めるだけだった。そういう弄りは雪乃ちゃん的に好まないらしい。

 

「……それで、あとはあなただけよ、八幡」

 

「良いんじゃねえの?俺も服見て回るよりかはそっちの方が楽でいい」

 

「はぁ……そういうところ、本当に変わらないわね」

 

呆れたようにため息を吐きつつも、雪乃ちゃんはどこか嬉しそうだった。

 

彼女は彼女なりに、比企谷くんの良さを感じているようで、それらを含めて、比企谷くんを愛しているのだろう。去年がどんな感じだったのか知っているだけに微笑ましく思う。

 

「景虎。なんだか、孫の成長を感じてるおじいちゃんみたいな顔してるよ」

 

「まだお前との子どもも見てねえのに、そりゃねえだろ」

 

少しばかり気が早すぎるというものだ。せめて『近所の子ども』ぐらいにしてほしい。いや、近所に子どもの姿なんてあんまり見ないけど。

 

「あ、あはは……ほんと、景虎って真顔でそういうのいうからタチ悪いよね……」

 

「あ?何が?」

 

「何でもないよ……姉妹揃って色んな意味で大変だね、雪乃ちゃん」

 

「遺憾だけれど、今回ばかりは同意せざるを得ないわね……」

 

「「?」」

 

もう一度。深く息を吐く雪ノ下姉妹に俺と比企谷くんは顔を見合わせて首をかしげるだけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

で、次にやってきたペットショーというのは、俺の予想通り、普通に犬や猫ばかりだった……なんてことはなく、寧ろ珍生物の巣窟だった。

 

ヨツユビハリネズミ、フクロモモンガ、エボシカメレオン、ナマケモノなどなど。金持ちの巣窟か、ここは。

 

犬や猫、ハムスターもいる事にはいるが、俺としてはなんでまたそんな珍しいのばっかいるのかわからないが、これはこれで良い経験であるし、陽乃的にも嬉しそうだった。

 

雪乃ちゃんは猫がいるから満足そうで、比企谷くんもそれを見て、どことなく満足そうだ。

 

俺はというと、ちょっとハリネズミに興味があるので、触ってみたのだが、人間に慣れているのか、初めて触れる人間でも針を立てない。いや、本当に可愛いな。癒されるわ。

 

これ頭の上とかに乗せてみてえな。なんか、小動物って、頭の上に乗せたい衝動に駆られるんだよな。俺だけかもしれないけど。

 

「景虎って、小さい動物好きだよね」

 

「癒されるからな。見てみろ、この人畜無害な表情、心が休ま……うおっ!?」

 

「あはは、驚いた?」

 

振り向いたら、目の前に緑色の生物……つーか、カメレオンの顔面があった。思わず、持っていたハリネズミを放り投げなかった俺を褒めてほしい。多分、中学の時なら条件反射でぶん殴ってたな、カメレオンを。

 

「阿呆、心臓止まるかと思ったわ!?」

 

「いぇーい、大成功!あ、でも景虎が死んじゃうと私が困るからやめてね。多分、罪悪感と喪失感で後追いするから」

 

「笑顔で恐ろしい事言うなよ……」

 

重い。愛されるのは嬉しいが、陽乃にはそこはかとなくヤンデレの気質がある。おまけにその病みは俺だけに対してじゃないので、なおのこと。悪い気はしないが怖い。

 

「見て、八幡。あんなところにあなたと瓜二つの子がいるわ」

 

「……いや、どうみてもあれナマケモノだよね?そもそも種族が違うよね?」

 

「そうかしら?あの微動だにしないところなんて、あなたそっくりだと思うのだけれど」

 

「俺も出来るならあんな生活してみたいな。食う寝るだけだし」

 

「流石にそれは困るけれど、どうしてもというなら養ってあげてもいいわよ」

 

あの二人は二人ですごい会話してんな。恋人になってからか、はたまた前からだったのかは知らないが、少なくとも言葉に棘はないし、さしずめ照れ隠しといった具合か。つーか、視線はナマケモノに向けても、猫を触る手は止まらないところにガチ勢っぽさを感じざるを得ない。

 

「そういや、陽乃はカメレオンとかでも全然嫌がらないんだな」

 

「なんで?普通に可愛いでしょ?」

 

「可愛い……か?」

 

まじまじとカメレオンを見つめてみる。

 

うーん、いまいち可愛さがわからん。面白いってのならまだ分かるんだが……っ!?

 

顔を近づけてみていたせいか、カメレオンに顔を舐められた。うへぇ、なんかぬめっとして生温かくて気持ち悪いぞ。

 

「良かったね、景虎。この子は景虎の事好きみたいだよ?」

 

「マジか……俺はあんまり得意じゃねえんだが」

 

舐められたところを袖口で拭いていると、カメレオンを元いたところに戻し、今度はーー。

 

「ん?そいつって」

 

「そ。私が苦手だった、フェレットちゃんでーす」

 

陽乃に抱きかかえられていたのはフェレット。

 

半年ぐらい前に克服できないかと触らせてみたのだが、もう完全に克服しているようだった。もふもふするどころか、頬ずりしている。

 

「あ、でも、この子雄だから、くんになるのかな?」

 

「その辺はどっちでもいいだろ。それより、普通に触れるようになってんだな」

 

「うん。景虎のお蔭で、ね?」

 

改まってそう言われると、ちょっとばかり恥ずかしい。あざとさがあろうが無かろうが、こいつは普通以上に可愛いんだから余計にだ。

 

「あ、照れてる」

 

「うるせー。自分だって、顔赤いくせに」

 

「それはそれ。私は照れてるわけじゃないからいいの。ちょっと思い出して、嬉しいだけだから」

 

「っ……だから、そういうはずいのはやめろって」

 

マジで直視できなくなるからやめてほしい。

 

「えへへ、さっきの仕返し。どう?」

 

「俺は何もしてねえだろ……」

 

「してるもん。自覚がないだけで。それで高校の時は色んな子落としてたんでしょ?」

 

「?いや、落とすってそんな技術俺にはねえぞ」

 

「じゃあ、訊くけど高校のバレンタイン。チョコは何個もらってたの?」

 

高校のバレンタイン?……確か。

 

「もらってないな」

 

「………へ?」

 

「いやな。うちの高校。どういうわけか、二月十四日に高校受験しててよ。その日は誰も学校に行かねえんだわ」

 

懐かしい。周りの奴らがよく抗議してたっけ。流石に生徒会を駆使しても、高校受験の日程までは変えられないから、前日とか後日に渡す奴が多かったっけ。

 

陽乃に説明すると、「あー納得いった」みたいな複雑な表情をしていた。いや、なんでだよ。別に俺は関係なかったし、全然嬉しかったんだけど。やっぱり女子は嫌なもんなのか?

 

「だから、前に陽乃に貰ったのが何気に人生初だな。めちゃくちゃ美味かったし、言うことなしだ」

 

「……ま、いっか。結果的にだけど、いないに越したことはないもんね」

 

「うちはヤンキーみたいなのは少なかったしな。俺みたいなのは基本避けられるんだよ。話しかけても逃げられるし」

 

「多分、それ怖いから逃げてるんじゃないと思うよ?女子に限っては」

 

「じゃあ他に何があるんだよ」

 

「ノーコメント。景虎がそれに気づく必要はありませーん。ていうか、気づいちゃダメでーす」

 

「なんだそりゃ」

 

話しかけたら後ずさりして、こっちの顔も見ずに逃げるんだぞ。それのどこに怖い以外の要素があるんだよ。まあ、俺の校内での噂を考えると当たり前の反応だったから気にも留めなかったけども。

 

「まあまあ、それは置いておくとして、この子と一緒に写真撮ろうよ」

 

「いいのか?」

 

「フラッシュが無いなら大丈夫らしいよ。携帯のフラッシュ機能オフにすれば、問題ないんじゃない?」

 

「そうか。ちょい待てよ」

 

ポケットからスマートフォンを取り出して、カメラのフラッシュ機能を自動からオフにして、そのままカメラを起動させたままにしておく。

 

「で、誰に撮ってもらうんだ?自撮りってやつにするのか?」

 

「それもいいけど、ここはほら。私達と一緒に来てる子達もいることだし。比企谷くん、ちょっと写真撮ってー」

 

名前を呼ばれると、一瞬びくりと背筋を震わせて、キョロキョロと周囲を見回した後、こちらに向き、自分を指差す。

 

それに陽乃が頷くと、肩を落とし、雪乃ちゃんに一言声をかけてこっちに歩いてきた。

 

「あの、大声で呼ぶのはやめて欲しいんですけど」

 

「えーっ、でもそうじゃないと聞こえないし、君無視しそうだし」

 

「無視はしませんよ……聞こえないふりはするかもしれませんが」

 

「それを人は無視してるっていうの。景虎とこの子と一緒に写真撮りたいから、比企谷くん撮って」

 

「……それは別に俺じゃなくても、その辺の人とか自撮りとかあるでしょう」

 

「何の為のダブルデートだと思ってるの?使えるものは最大限有効に使わないと。比企谷くん達も後で撮ってあげるから、先に私達を撮ってよ」

 

「……まあ、いいんですけど」

 

俺がスマートフォンを渡すと、比企谷くんはカメラのレンズをこちらに向けて、数歩下がる。

 

俺は特にポーズをとることなく、陽乃の隣に立っていると、陽乃がフェレットを俺の左肩に乗せ、左腕に抱きついてきた。柔らかい感触に挟まれつつも、俺の肩の辺りでぷるぷる震えているフェレットを見ていると、なんだか必死さが伝わってきて、それどころじゃない。飛び降りれない辺り、このフェレットはかなり命懸けの状況を強いられているということになる………陽乃に。

 

「いきますよ」

 

はい、チーズ。なんて比企谷くんは言わず、その一言だけで写真を撮る。

 

シャッター音が聞こえた後、比企谷くんがこちらに歩いてきて、画面を見せてくれる。

 

……自分の顔を見ていると相変わらずの写真映りの悪さを感じる。昔から、ガン飛ばしてるみたいだとか言われるんだよな。

 

「笑顔が足りてないよ、景虎」

 

「自覚はあるさ。まあ、俺らしいっつーことで勘弁な」

 

「それもそうだけど……」

 

むむむと写真を見て、唸る陽乃。なんだかんだ言って、二人だけで写真を撮るのはこれが初めてだっけな。だから二人とも笑顔が良い、って事なのかもしれないが……笑おうとすると顔が引きつるんだよなぁ。

 

「しょうがないから今回は許してあげる。次の機会があったら、無理矢理でも笑わせるからね」

 

「努力する。じゃあ、次は比企谷くん達だな。雪乃ちゃん呼んできなよ」

 

俺が言うと、比企谷くんは数巡迷うような素振りを見せたあと、雪乃ちゃんのところに行く。

 

彼女の肩を叩き、事情を説明していると、露骨に雪乃ちゃんが嫌そうな顔をしていた。まあ、陽乃がいるし、わからなくないが。からかわれるのは確定だからな。気の抜けている、というか、デレているところを見られたくはないのだろう。

 

猫を両手で抱き上げたまま、雪乃ちゃんはこちらに歩いてくると、距離にして三メートルぐらいのところで止まる。

 

「さあ、早く撮りなさい。私は忙しいのだから」

 

嫌がってたのは、猫に癒されるのを邪魔されたからか……。そんな親の仇みたいな目で見なくても。

 

「比企谷くん、雪乃ちゃんの隣にーー」

 

「比企谷くんは雪乃ちゃんの後ろに回ってねー。で、後ろから抱きしめる感じに行こー!」

 

と、俺の指示をかき消すかのごとく、陽乃からの指示が飛んだ。

 

当然、比企谷くんは『何でだよ』みたいな顔をしてるわけだが、雪乃ちゃんとしては早く猫を可愛がりたいのか、どちらでもいいから早くしろと視線だけで比企谷くんを催促する。

 

結果、陽乃の希望通りの体勢となっていた………うわっ、こんなの絶対人目が多いところで出来んぞ、俺なら。

 

案の定、比企谷くんも、雪乃ちゃんも頬が赤い。そして陽乃はぷるぷる肩を震わせている。いや、笑ってやるなよ、首謀者。

 

早く解放してあげたかったので、すぐにシャッターを切る。

 

写真が撮れたのがわかった二人はその格好をすぐにやめるものの、まだほんのり赤い。

 

これが若さか……まあ、歳はほとんど変わらないんだけどね。

 

「いいなぁ、青春してるなぁ、二人とも」

 

「そんな目でこっち見ても、俺は絶対にやってやらねえ」

 

チラチラ見てくる陽乃にそう言うと、拗ねたように頬を膨らませる。だが、絶対に嫌だ。公衆の面前で誰があんな事するか。

 

「……景虎の意地悪」

 

「なんとでも言え。こんな公衆の面前じゃしねえよ」

 

「ちぇ……あれ?じゃあ二人きりならしてくれるって事?」

 

「……知らねえよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その後も珍しいペットショーに続いて、服やアクセサリーを見に行ったり、ゲーセンで遊んだり、本屋に寄ったりと、世にも珍しいダブルデートを楽しんだ。

 

去年の出来事を再生するかのように、陽乃が俺をランジェリーショップに引きずり込んだときは、店員さんが俺の事を覚えていたらしく、苦笑いしていたのが印象的だ。今回に関してはほっぽり出されはしなかったものの、「試着したの、見る?」なんて聞いてくるもんだから、居心地が悪いってものじゃない。

 

アクセサリーを見ていたときは気に入ったものが陽乃と雪乃ちゃんで同じだった時は、姉妹なんだなと思わず笑ってしまい、雪乃ちゃんに睨まれた。それで陽乃が嬉しそうに抱きついたら一層鋭さが増した。喉に刃を突きつけられた感覚というのはきっとああいうのを言うんだろう。

 

本屋じゃ、比企谷くんと一緒にラノベ談義に花を咲かせ、お互いにオススメのラノベを貸借りしようなんて事も決めた。これには雪ノ下姉妹はついてこれないらしく、呆れた様子で俺達を見ていた。見かけで判断するのは良くないと言ってみたものの、最強姉妹の前では俺や比企谷くんは無力らしく、五分くらいで論破された。

 

ゲーセンはゲーセンで俺も含め、負けず嫌いが集まっているために、シューティング、レース、格ゲー、音ゲーさらにはUFOキャッチャーと勝敗がつくもの全てを網羅し、ほそぼそとやっていた比企谷くんを尻目にかなり熱中していた。だが、そこはゲーマーの意地。最終的な勝率は俺が高かったのは言うまでもない。切り上げるのに苦労した。

 

二人と別れる頃には時刻は七時過ぎをさしており、そろそろ腹が減ってくるから、晩飯でも買いに行くかな。と思い始めていた頃。

 

「ねえ、景虎。ちょっと寄り道していかない?」

 

その一言で、寄り道をする事になった。

 

そして、来たのは千葉の有名なデートスポット……ではなく、どこかの海岸。九十九里浜ってわけでもない。なんでこんなところに来たのかはわからないが、陽乃の気まぐれはいつもの事だ。

 

「今夜は月が綺麗ですね」

 

空を見上げて、陽乃がふとそんな事をつぶやく。

 

「どうしたんだ、急に?」

 

「知らない?夏目漱石」

 

「普通の小説とか読まねえからな……」

 

「だよね。ライトノベルだっけ?」

 

「まあな。で、そう言う時はなんて返事すりゃいい?」

 

「うーん。どうなんだろう、基本的に男の子がいう台詞だし……その場合、景虎が女の子の台詞を言わないといけないからいまいちカッコつかないと思うよ」

 

「そうか。で、それってどういう意味だ?」

 

「ん?『I love you』」

 

けろっとした表情で言い放った一言に一瞬間の抜けた表情をしてしまう。

 

「……お前って、言う時は余裕だよな」

 

「そこはほら、私だから。攻めは強いよ?」

 

「妙に説得力あるな」

 

押して押して押しまくれ、だしな。押してダメならぶち壊せ的な。

 

まあ打たれ弱いっていっても、そもそも当たらないし。的が小さすぎるから。

 

……だからこそ、的が当たった時のテンパり具合はなかなか面白いけどな。

 

「僕は君に会うために生まれてきたのかもしれない」

 

「へ?」

 

「お前が有名な小説家の言葉を借りるなら、俺は有名なアニメの言葉を借りる。その方が俺らしいしな。使うタイミングは違うかもしれねえけど、お前がそう言うなら、俺が言える事なんて大体こんな感じだ」

 

アニメ故か、陽乃の言う夏目漱石のそれと違い、言ってる事はかなり直接的だ。だが、含んだ物言いは好きじゃない。特に自分の思っている事を伝える時は尚更。

 

「知ってるか?攻めるのが得意なのは俺も同じなんだぜ?」

笑みを浮かべながら、陽乃の方を見やる。

 

一呼吸おいて、頬を紅潮させた陽乃はふいっとそっぽを向く。相変わらず照れてるところを見られるのは嫌いらしい。初々しいやつだ。それも可愛い。

 

「……知ってる。いつもやられてるから」

 

「いつもはやってねえよ。偶にだ偶に」

 

「ううん。いつもだよっ」

 

と、そっぽを向いていた陽乃が抱きついてくる。

 

顔は胸にうずめているから見えないものの、変わらず月明かりに照らされた耳は赤い。

 

こんな姿を見るたびに思う。

 

陽乃に出会った頃に抱いていた印象は、勘違いなんじゃないかと。

 

でも、そうじゃない。あれも陽乃だし、こちらも陽乃だ。

 

違う点があるとすれば、陽乃自身の感情の強さとか、周囲の陽乃に対する意識だと思う。

 

誰かが踏み出せば、陽乃はもっと早くに自分を出せていたかもしれない。窮屈な想いをする事はなかったかもしれない。

 

……まあ、それが無かったおかげで今があると考えると、一概に周囲を否定する事はできないが。

 

「ねえ、景虎」

 

「なんーー」

 

俺が問いかえす前に、陽乃に唇を塞がれる。

 

何の前触れもないキス。

 

触れるだけの、陽乃にしては随分珍しい。優しいもの。

 

「一つ訂正。私は私の言葉で伝えるよ」

 

「……おう」

 

「景虎。大好きっ!ずっと一緒にいよっ!」

 

満面の笑みで放たれた一言は、さっきの台詞よりもずっと心に響き渡る。

 

ああ、全く。

 

俺はどうしようもなく雪ノ下陽乃に惚れているらしい。

 

借りた言葉じゃなく、本人の言葉になるだけで、こんなにも満たされるのだから。

 

「言われなくてもずっといるっつーの」

 

照れ隠しに仰いだ夜空には、無数の星と満月が輝いていた。




どうも!

約五ヶ月続いた『魔王の玩具』も今回でいよいよ最終回でした。

何度も何度も書き直し、一ヶ月近くかかりましたが、読者の皆さんに納得のいって頂ける最後になったかはわかりませんが、作者としては物語の一つの終わりとしては、いい具合に出来たと思います。

原作ではそれこそ魔王じみた風格を漂わせていた陽乃。

私の読ませていただいてきた作品でも、多くその異常性を取り上げられてきたキャラという事で、挑戦してみようと始めてみた今作でした。

メインキャラに近いとはいえ、描写自体は決して多くないキャラに初めから挑むという事もあり、かなり難しいと思う事もありましたが、皆さんのおかげで最終回を迎える事ができました。ありがとうございます!

最終回詐欺みたいになってしまいますが、また時間をおきまして、以前取らせていただいたアンケートの元、『陽乃と景虎が同じ総武校生だったら』というのをやってみたいと思います。

ですので、最終回といえど、最後ではないので、これからもよろしくお願いします!

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