魔王の玩具   作:ひーまじん

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どうも、ひーまじんです。

まずはすみません!投稿が遅れましたことについては何度も書き直していたことと就活の影響です。

今回はかなり重要な回でしたので、書いては消しての繰り返しでした。今後もそういうことはあると思うので、ご理解いただければ幸いです。

さて、今作もいよいよ大詰め、終盤に近づいてきました。

それではどうぞ。


唐突に雪ノ下陽乃は自覚する。

「ねー、景虎。何するー?」

 

「何するって言ってもな……」

 

雪ノ下陽乃が俺の家に泊まると言い出してから一時間。

 

俺達は正月の定番料理ことお雑煮を食べながら、そんな話をしていた。

 

正月といえば、やはり炬燵に入ってお雑煮を食べる。これにちゃんちゃんこ?みたいなのでも着れば、死角はないが、残念ながら家にそんなものはないし、そもそもエアコンという素晴らしい文明の利器がある。

 

因みにお雑煮を作ったのは俺である。俺の家に泊まると言い出した魔王雪ノ下陽乃は「お腹減ったー、お雑煮食べたいー」と実に身勝手なことをおっしゃった挙句、家主に作らせるといつ暴挙に出たわけだ。そこは泊まらせてくれるからとか言って作ってくれよと思った。しかし、雪ノ下陽乃にそんな事を言っても無駄。例年通りにお雑煮を作り、今に至る。

 

珍しい事に雪ノ下陽乃は「普通に美味しい」とあまり皮肉めいた事を言ってこなかった。普段なら「普通すぎてつまらない」くらいは言いそうなのに。一応泊めてもらっているという自覚を持っているのだろうか。その割には無茶振りはやめないみたいだが。

 

「景虎はいつもお正月は何してるの?」

 

「テレビ見て、ゲームして、飯食って寝る」

 

「……駄目人間だね」

 

「うるせー」

 

俺にとってそれだけ素晴らしい日々はないのだよ。朝から晩まで好き放題ゴロゴロできるんだぞ。しなきゃ損に決まってるだろ。

 

「そういうお前は何やってるんだよ」

 

「懇意にしたり、してもらってるところに挨拶回りとか、色んなイベント出て、後は雪乃ちゃんの誕生日会かな。もちろん、普通のじゃないけど」

 

「あー……マジで怠いやつじゃねえか、それ」

 

「そ。だから、今年はすっぽかしてきちゃったゾ☆」

 

キラッとばかりに良い笑顔で言い放つ雪ノ下陽乃。

 

いや、すっぽかしてきちゃったって……そう簡単にドタキャンしていいモンでもないだろうに。

 

「携帯の電源は切ってるし、行き先もデタラメ言ったから音信不通。今頃、お母さん達は血眼になって探してるかもね」

 

あははー、と笑う雪ノ下陽乃だが、その実多分ただ事じゃないだろう。

 

束縛性の高い雪ノ下家の母が自分の娘が音信不通状態で是とするはずがない。本格的に血眼になって探している可能性も僅かに存在する。

 

しかし、だ。

 

「まあ、いいんじゃねえの。別に『彼氏』の家に泊まってるだけだしな。世間体的には何一つ問題ないだろ」

 

「てっきり景虎の事だから、この話に食いつくと思ったけど、意外だね。私がここにいる事に肯定的だなんて」

 

「肯定的ってわけじゃねえ。ただ、会ったことはねえけど、おまえのお袋さんには否定的っつーだけだ」

 

「なんで?」

 

「お前の話を聞く限り、碌な人間じゃねえって思っただけだ。勝手な思い込みかもしれんが」

 

少なくとも、自分の勝手で子どもの将来を決めようとしてる親が良い人間なわけがない。そんな人間を俺は好きになれない。

 

「ふーん……じゃあ、私は?」

 

「お前?面倒くさい、厄介、疲れる……別の意味で碌な人間じゃない」

 

「あはは、景虎は少し歯に衣着せた方がいいよ~?」

 

「俺が歯に衣着せないような人間だから付き合ってるんだろうが」

 

「そう言われると、ちょっと言い返せないかも」

 

むむむ、と雪ノ下陽乃は言い淀んだ。

 

当たり前だ。そういう人間だからこそ、雪ノ下陽乃に目をつけられたのだから。

 

気を使うような人間なら、雪ノ下陽乃の周りには腐るほどいる。俺のような人間には目もくれなかっただろう。

 

「そういうことだ。気を利かせろっていうなら諦めろ。俺はお前にだけは媚びへつらうつもりはない」

 

「それは結構。あ、ところでさ、する事ないなら外に遊びに行かない?」

 

「え、嫌だよ。寒いだろうが」

 

「そんな心の底から嫌がらなくても……じゃあ、ゲームする?」

 

雪ノ下陽乃にしては珍しい譲歩。

 

ようは暇つぶしさえできれば、なんでもいいという事だろう。

 

「二人でやるならいいやつがあるぞ……これとか」

 

俺が手にしたパッケージは某ゾンビゲーム。

 

最初のCMがトラウマだとか、軍隊無能すぎ、主人公強すぎとか言われてるあのゲームだ。ああ、後グラサンかっけえみたいな。

 

初めはソロプレイしか出来なかったこのゲームも家庭用ゲーム機が進化する中で協力プレイする事も可能となった。科学の進化って凄い。

 

「三つストーリーがあって、一つのストーリークリアで三時間か四時間くらいは潰せる」

 

「新年早々、ゲーム三昧かぁ………うん、なんだか駄目人間になったような気もするけど、これはこれで新鮮かも」

 

だから駄目人間とかいうな。休みの日くらいはゲームしかしない時間があってもいいだろう。休んでるんだから。

 

「よし、今日は一日ゲームするぞー!」

 

「おー!」

 

二人揃って拳を突き上げ、高らかに宣言すると、俺達はゲームに臨んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ゲームが全ストーリーをSランククリアし終えたのは、既に時計の針が本日二度目の数字の6を指した頃だった。

 

あまりにも本気になりすぎて、昼飯はすっ飛ばし、あまつさえ晩飯の用意も買わず、ひたすらゲームに熱中していた。これはあれですね、やっぱり駄目人間ですね。

 

「景虎ー、お腹減ったー」

 

「うるせえ、俺も腹は減ってんだよ」

 

そしてこれである。

 

俺は執事じゃねえっつの。腹減ったと連呼されたところで「かしこまりました、すぐに用意します」なんて言わないし、そんな人間うちにはいない。

 

「何か作ってー」

 

「生憎だったな。今現在、うちの冷蔵庫の中には調味料とプリンとアイスしかない」

 

「じゃあ、プリン食べながら待ってるから、適当に材料買ってきて作って」

 

「お前舐めてんのか」

 

「うん」

 

口元をひくつかせながら聞くと、即答された。ですよね、お前が俺のことを舐めてたのは知ってました。ええ、それはもう。むかつくが事実だ。

 

「お前も行くぞ」

 

「えー、寒いからやだー。ここから動きたくなーい」

 

「動きたくなーい、じゃねえよ。お前も食べるんだから動け」

 

一度ならず二度までもタダ飯を食らわせてなるものか。金はともかく、労働はしてもらう。

 

「ぶー、景虎ってば本当に頑固なんだから。私を動かした罪は重いよ?」

 

「なんでお前を動かすと犯罪みたいになってんの?」

 

寧ろ、働かない事が罪だと思うんですが。

 

そんな常識も雪ノ下陽乃には通じるわけもないのは百も承知だが、そう思わずにはいられなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

駄々をこねまくっていた雪ノ下陽乃をなんとか説得して、近くのスーパーに連れてくる事に成功したのはさらに三十分が経った頃だった。

 

バイクを走らせて、デパートに行けなくもないが、スーパーの方が安い。近い。運が良ければ値引きがある。一人暮らしにとても強い味方なのである。そう、俺のようにゲームに金を使い込んでいるような人間には特に。

 

「さて……と。何にする?」

 

「何でもいいよ。景虎が作るものはなんでも甘んじて食べるよ」

 

「甘んじてで食うなよ。後、なんでもは止めろ」

 

「んー、じゃあ、手間のかからないもの!」

 

「手間のかからないものって………」

 

本当に適当だな………自分も食うって事をわかってんのか?嫌いなものとかねえのかよ。

 

まあ、手間のかからないものっていうのは俺も同意だ。腹減るし、時間がかかるものなんて作ってられない。待ってるだけの人間なら………雪ノ下陽乃は文句言いまくるだろう。そしてストレスがたまる。ついでになんで俺が作ってやらなきゃならないんだとさらにストレスがたまるの悪循環。

 

腹は減るし、ストレスは溜まる。そんな踏んだり蹴ったりはごめんだ。

 

「じゃあ………鍋にでもするか」

 

「あ、いいね。ついでにお酒も飲もうよ」

 

「おい、未成年だろうが」

 

「今更そんな事気にしちゃう?」

 

「全然」

 

というよりも、雪ノ下陽乃が提案した時点でお察しである。それにこういうスーパーとかじゃ、結構年齢確認なんてものは曖昧で適当な部分もあるので、買おうと思えば買える。というか、俺も買った事があるから、余裕だ。

 

「何鍋にするよ?闇鍋以外の」

 

「キムチチゲか寄せ鍋か……あ、おでんっていうのもあるよ」

 

「おでんはダメだ。俺大根の芯まで汁に漬かってないと嫌だから時間がかかる」

 

おでんにおける大根はそれこそ至高だ。ちょっとだけしか染まってない、芯の方は普通に白い大根なんてただの大根だ!おでん大根じゃねえ!心の中で持論を展開しているが、多分大体の人はそうに違いない。

 

「じゃあ、キムチチゲにするか。久々に辛いやつが食いてえし」

 

「私はどっちでもいいから、それにしよ。具は適当に決めておいて、私お酒持ってくるから」

 

「適当って……お前苦手なやつは……ねえか。天下の雪ノ下陽乃だもんな」

 

苦手とか弱点とか、そういうのには無縁の人間だ。以前の文化祭じゃ、雪ノ下陽乃の数少ない苦手を見つけたものの、あれだってなかなか見つけられないようなものだ。食べものなんて露骨過ぎるものなら大体のものは克服しているだろう。それこそ、アレルギーみたいに克服以前の問題でもない限り。

 

「豆腐、白菜、豚肉、にら、もやし、きくらげ……は俺が嫌いだから無しにして、代わりにしいたけでもぶち込むか。あ、後鍋の素買わないと」

 

鍋ってのは男料理の集大成だと俺は思う。

 

適当に切って、適当にぶち込んで、いい感じにできたら完成。

 

手抜き感は具材が多ければあまり感じないし、パーティーも出来る。今日は雪ノ下陽乃と二人だけだが、四人から七人ぐらいで鍋パをすると酒も入って超盛り上がる。闇鍋だと盛り上がるが、事と次第によっては後処理が大変な事になるので注意しよう。鍋パがゲロパにシフトチェンジするから。

 

「締めはうどんにするとして……ハルのやつ戻ってくるの遅くないか?」

 

二人しか飲まないし、あくまで飯食べるだけなんだからそこまで買う必要は……。

 

「景虎ー、持ってきたよ」

 

向こうから歩いてきた雪ノ下陽乃の左腕にはさっきまでなかった籠が。

 

そして中を見なくてもわかるほどに雪ノ下陽乃は酒を買っていた。何故なら缶の頭がはみ出しちゃってますから。

 

適当に入れたとしても十は超えてる。綺麗に並べて入れたなら二十ぐらいあるかもしれない。

 

結論。馬鹿かこいつは。

 

「おい、まさかとは思うが、それ全部買うつもりか?」

 

「うん。余るのはともかく、足りないのは嫌じゃない?それに好き嫌いもあるだろうし」

 

「……一応聞くが、それは誰が買うんだ?」

 

「え?私が買うよ、それが?」

 

「だろうな……は、え?今なんて……」

 

ダメ元で聞いてみたら、まさかまさかの自分で出すとか言い出した。一瞬、俺の耳がぶっ壊れたのかと思った。

 

「流石に何から何まで景虎にしてもらうのはね。貸しを作ったって思われるのは癪じゃない?」

 

「あー、オーケーオーケー。実にお前らしい理由で何よりだ」

 

理由を聞いたら納得した。今更その程度で貸しを作ったとは思わないが、そういう事にしておこう。ここで変に口を出すと俺が買わなきゃならん羽目になる。別に買ってもいいのだが、一人暮らしをしている以上、無駄な金は払いたくないし。

 

……あ、でもウ○ンの力は買っておこうかな。二日酔い待った無しな未来があるから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「かんぱーい」」

 

場所はまた変わって我が家。

 

帰ってくるともう二人とも空腹の極地だったので、ただ無言でテキパキと飯の準備をした。

 

買い物やら準備でかかった時間を含め、約一時間半後のことだった。なかなか早いと思う。

 

まあ、生物の三大欲求には誰も勝てないということだ。腹が減っては戦はできぬ、なんてよく言ったもんだ。

 

「しかし、晩飯の挨拶が「乾杯」じゃ、完全に宅飲みだな」

 

「あはは、机の上にこれだけお酒があればね。新年から、こんなにお酒を飲むのなんて初めてだよ」

 

「全くだ。元旦に酒を飲むなんて、実家にいた時くらいだな」

 

「景虎のお家は屠蘇散してたんだ?」

 

「そういうのを気にする親父だったからな。絶対にやってたよ」

 

子どもとしちゃ、酒なんてものは上手くもなんともないから勘弁して欲しいもんだったが、これが意外と後々になって良かったらしい。身体は大分丈夫に育ったもんだ。前はうっかり風邪を引いたものの、それぐらいだろう。

 

「お前のところはやってなかったのか?」

 

「そうだね。そういうのはしなかったけど、飲まされることはあったよ。高校の頃からだけど、何かその場の空気みたいなものでね。例えるなら、酒豪の社長同伴の新入社員歓迎会みたいな」

 

「相手の顔を立てるため……か。まあ、わからなくはないな。それにお前は断れないもんな」

 

「まあね。私だから」

 

会話をしているうちにも箸はどんどん進む。

 

何せ、昼飯を食っていなかったから、胃にはどんどん入る。熱いから冷まさないといけないが、多少の熱さはなんのその。旨いし、腹は減ってるし、飲んでは食うの繰り返し。

 

いつの間にやら中身をペロリと平らげ、その締めのうどんすらもあっという間に食いつくしたというのに、俺達はまだ酒を飲んでいた。

 

正月にテレビ番組を見ながら酒なんて、最早独身貴族のやりそうな残念すぎる過ごし方だが、これがまたお互いによく喋るもんだから、ただの宅飲みになる事はない。

 

雪ノ下陽乃も、本人に自覚があるのかどうかは知らないが、かなり鬱憤が溜まっているのだろう。息を吐くように愚痴を語りだし、俺もそれに同調したり、或いは俺の愚痴を話したりと愚痴祭りと化している。テレビ番組も見ているというよりはBGMに近い。

 

と、愚痴祭りの最中、雪ノ下陽乃が思い出したように言う。

 

「そういえばさ。景虎って、どんな子が好みなの?」

 

「唐突だな」

 

「だって、私や雪乃ちゃんを見て、素で普通にしてる人間なんて今まで見たことないよ。それこそ男の人が好きなのかと思った」

 

「心外っつーか、とんでもない誹謗中傷だな。別に何も思わなかったわけじゃねえよ。ただ、天使とか神様相手に恋したり、好意をもつ奴はいねえだろ?信仰心はともかくとしてな」

 

「つまり、私は景虎にとっての天使や神様ってわけ?きゃー、景虎ってば大胆」

 

「そういう意味じゃねえ。住む次元が違うって事だ」

 

「じゃあ、結局どんな子がいいの?」

 

「そりゃあ……」

 

そう言われて見て、俺は思った。

 

そういえば、好みのタイプなんて今まで考えた事がなかった。

 

確かにモテたいとは思うし、リア充になりたいと思う。

 

だが、それを行動で示した事はないし、好きな子がいた試しはない。

 

じゃあ、好みのタイプはいないのかと聞かれて、はいと答えるわけにもいかない。普通に女性が好きなわけだし、考えてみればどれか一つくらいは大事にしたい事が……あった。とても簡単なものが。

 

「……あれだ。心が綺麗な子」

 

「えーっ、そんな子いるー?」

 

「知らん。あくまで好み。理想みたいなもんだ。大体理想ってのはありえないことの方が多いもんだ。俺の友達なんて『オタク文化に理解のあるカッコいい年上の女性』だぞ。そんなピンポイントに攻めて当てはまる人間がいるわけ……」

 

「いるよ。その人」

 

けろっとした表情で、雪ノ下陽乃は言ってのけた。

 

おいおい、マジか。絶対にそんな人間が身近にいるわけねえって、哲平の奴に言ったのは記憶に新しい。

 

「誰だよ、それ」

 

「静ちゃん。あ、景虎には平塚って言った方が伝わるかな」

 

「………あのなんでモテないかわからない先生の事か?」

 

「多分それ」

 

あの人オタクだったんだ……見た感じ、オタク文化だけは理解できんとか言いそうな見た目してるのに。人は見かけによらないという事か。

 

しかし……そうか。あいつの理想は夢じゃなく現実に存在したのか。

 

「なら、俺も現実にいる可能性は」

 

「ないよ。いるわけないじゃん。大きくなると皆綺麗なままじゃ生きていけないんだから」

 

「ぐっ……何も言い返せねえし、妙に説得力あるな……!」

 

「経験者は語るっていうしね。伊達に色んな人見てきてないよ」

 

そう言って、雪ノ下陽乃は視線を俺から外す。

 

ふと思う。その色んな人の中に、俺も入っているのだろうか、と。

 

俺は自分が綺麗な人間だなんて思っちゃいないし、それこそその辺にいる社会で生きていくために汚れざるをえなかった人間のその一でしかない。多分、雪ノ下陽乃が一番目にしてきた人間だ。本当に取るに足らない。

 

だから気になることもある。未だに雪ノ下陽乃が俺といる事が。

 

退屈させないから、という点なら正直比企谷くんもいるし、俺以外にもいるのではないだろうか。俺は出来た人間じゃないから、そう思ってしまう。

 

「……じゃあ、お前の好みのタイプってなんだよ」

 

「うん?面白い人」

 

すぐに返ってきた答えは以前雪ノ下陽乃が言った言葉だ。面白ければ万事OK。ようは暇でさえなければいい。

 

一見、酷く低いハードルのように思えるが、その実雪ノ下陽乃が求める面白い人間というのは『3K』にアイドル並みのイケメンさに更に聖人君子ばりの人間の良さがないとダメなくらい難しい。

 

こいつの面白いは普通の人間とは違う。大衆が面白いと感じても、こいつだけは面白くないと吐き捨てる事も多々あるだろうし、ぶっちゃけた話。雪ノ下陽乃のこれも理想でしかない。

 

「さっきの言葉、そのまま返してやる。お前を永遠に楽しませられる人間なんて、世の中に一人もいねえよ」

 

「だよね」

 

さっきのお返しとばかりに言ってみたが、雪ノ下陽乃はそれを当然とあっさりと認めてしまった。

 

そういえば、こいつが現実主義であることを思い出す。自分の言っている事が理想であり、夢である事を本人が誰よりも理解しているのだ。

 

しくじった、と俺がまた酒を飲む。

 

その後に雪ノ下陽乃は「けど」と続ける。

 

「長く楽しませてくれそうな人はいるよ。私の理想に一番近い人が」

 

「誰だよ、そいつ」

 

「今、私の目の前にいる人」

 

「……」

 

酒を一気に飲み、ふうと息を吐く。

 

ほうほう、雪ノ下陽乃にとって理想に近い人間はいたのか。それは良いことだ。

 

で、それが今目の前にいる人間?凄いな、結構身近にいるじゃないか。

 

………って、はぁぁぁぁああああっ!?!?

 

「顔真っ赤だよ、景虎♪どうしたの?もしかして照れてる?」

 

「う、うるせえ!照れてねえ!」

 

照れるわけがない。落ち着け俺。よく考えろ、俺。

 

雪ノ下陽乃のこれはいつものことじゃないか。俺をからかうための嘘だ。そうに決まっている。そうやってこいつは俺の慌てふためく姿を見て、愉しむつもりなんだ。その手には乗らねえぞ!

 

「因みに今言ったことは本当の話。全然嘘じゃないから」

 

いつものようなからかう様子ではなく、雪ノ下陽乃にしてはらしくないような真面目すぎる答えに俺はもういろいろ限界だった。

 

手元にあった缶のお酒ではなく、瓶に入ったものを手に取り、羞恥心を隠すようにがぶ飲みする。

 

そこから、俺の記憶はなかった。

 

side out

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おい……雪ノ下……。てめーには言いたい事が山ほどある」

 

瓶に入ったアルコール度数の高いお酒をがぶ飲みした後、さっきまでの照れが嘘のように景虎は据わった目でこちらを見てそう言う。

 

一見してみるととても怒っているように見えるけれど、手の中にある酒瓶と真っ赤になった顔から見て、完全に酔いで意識が飛んでいる事がわかる。

 

そうなると、今から景虎が言うのは私に対する愚痴とか文句だろうか。日頃溜まっている鬱憤を吐き出すのだろうから、きっと……。

 

「ずっと前から密かに思ってたんだよ……おまえ、めちゃくちゃかわいいよな」

 

「……はい?」

 

一瞬、我が耳を疑ってしまった。

 

あの景虎が。

 

いつも私を褒める時は皮肉を込めてくる景虎が、私の事を素直にほめた。

 

「前は綺麗な方だって……言ってたけどよ。よくよく考えたら、おまえ凄えかわいいよな」

 

ずずいっと私の顔を覗き込み、真剣(目は据わってる)な表情で言ってくる景虎。

 

これはチャーンス!後で遊ぶためにもっと喋らせよう。

 

……と、いつもの私なら思っていたはずだった。

 

けれど、何故か景虎のその言葉が脳内で反復して……顔が異常に熱くなるのを感じた。

 

「あ?顔赤いぞ、陽乃。もう酔っちまったのか?」

 

「よ、酔ってるのは景虎でしょ……?……え、今名前で……」

 

「何かおかしかったか?」

 

「おかし……くはないけど」

 

景虎の役回り的に名前で呼ぶことはおかしくない。

 

ただ、名前で呼ばれるのは今回が初めてで、今まで頑なに私の名前を普通には呼ばなかった景虎が、いきなり名前を呼んだという事はおかしい。

 

でも、今の反応を見ると、景虎は何がおかしいのか、わかっていない。酔いすぎて、色々とごちゃ混ぜになっているみたいだった。

 

「まあ、それは置いとくとして。あんまり飲み過ぎんなよ、倒れられたら焦るから」

 

一体誰のせいでこんな初々しい反応をさせられたと思っているのかな。

 

そう思うとなんだかやられっぱなしの気がして釈然としない。いつもはこっちが殆ど一方的にしているし。

 

「大丈夫。もう前みたいな事にはならないし……あ、でも景虎はそっちの方が嬉しいんじゃない?今ならお酒のせいにして襲えるわけだし」

 

いつも通りの笑みを浮かべ、私は景虎に言葉を投げかける。

 

ここからは私のターン。一瞬でも私を慌てさせたことを後悔させーー。

 

「は?酒のせいになんかしないっつーの。襲ったら普通に責任取る」

 

あ、あれー?なんで慌てないの?というか、なんで真面目に答えてるの?

 

酔うと気が大きくなる?それにしてはなんだかいつも以上に冷静な気はするし、自分を大きく見せようとか、そういった風には見えない。さっきからお酒を飲む勢いが衰えていないのが心配だけれど。

 

「つーか、それ。誘ってるのか?言っとくけどな、俺だって溜まるものは溜まるし、定期的にはーー」

 

「はい、ストップ。景虎、そういう下品なのはダメ」

 

「自分は色仕掛けありの癖に良く言うぜ。……それじゃあ」

 

景虎は手に持っていたお酒を机の上に置くとこちらに来る。

 

「下品なのは無しにして、お望み通り襲ってやろうか?」

 

「あはは、景虎に出来るのー?やれるものならどうぞー」

 

なんだかんだ言っても、景虎は私に手を出したことがなかったので、少し小馬鹿にしたように言う。

 

いつもなら、ここで景虎は苦々しい表情で引くけれど……今日は違った。

 

「上等だ。今ので言質とったからな。後悔しても知らねえぞ」

 

景虎が私の肩に手を置く……え?

 

「は、え?ちょ、ちょっと待って景虎。今のは冗談で……」

 

「覚悟は良いな?言っとくが、手加減はしねえ。怖かったら目でも瞑ってろ」

 

景虎は本気だった。お酒の勢いとはいえ、本気で私を襲う気だった。

 

甘く見ていた。ここまでこっち方面には全くのヘタレだった景虎が、行動に移してくるなんて露ほども思っていなかった。

 

私が慌てている間にも、景虎と私の距離はどんどんと縮まっていく。

 

ここで一発ビンタでもすれば、景虎の行動は止まるかもしれない。

 

投げとばすだけで組み伏せる事が出来るかもしれない。

 

けれど、今までの駆け引きで、私が実力行使で止めたら、それは私にとっての負けだ。

 

相手が勘違いしただけならまだ良い。でも、今回は売り言葉に買い言葉。景虎がヘタれるか、私が美味しく食べられるかの二つに一つだった。そしていつもは前者にもかかわらず、今回に限っては条件が違い、結果が変わった。勢いまで計算に入れていなかった私のミスだ。

 

そうしている間にも、景虎と私の顔の距離は数センチまで近寄る。

 

目を逸らしちゃダメ。わかっていても、数秒後に来る私の初めてに身を強張らせる。

 

恥ずかしさのあまり、ついに私は目を瞑ってしまった。

 

……が、景虎が私の唇を奪うことはなかった。

 

内心で首を傾げていると、すぐに私を押し倒すように景虎の身体が倒れこんできた。

 

押し倒してきたわけじゃない。力が入っていなかったし、もたれかかるように景虎は私に向かってきた。

 

「景虎?」

 

私が名前を呼んでも返事はなく、私の顔のすぐ隣からは寝息が聞こえてきた。

 

……どうやら、私を襲う前に潰れてしまったらしい。

 

意識が飛ぶくらい飲んでいたのだから、当然といえば当然。寧ろ、普通に会話できていたのが不思議なくらい。お酒の臭いも凄いし。

 

重たくのしかかる景虎を横にずらし、身体を起こそうとして……ふと思った。

 

……これはこのまま横で眠って、朝景虎に適当な事を言っておけば、さぞかし焦るのではと。

 

閃いた。これはやるしかない。

 

お風呂に入りたいところではあるけれど、このままやられっぱなしで一日を終えるのだけはどうにも気に入らないし、それなら景虎で遊んだ後、更にお風呂上がりにまた遊べるという二段構えも出来る。

 

思い立ったが吉日。私は横で眠っている景虎に身を寄せる。

 

すると、景虎の腕がゆっくりと動き、私を優しく、包み込むように抱き締めた。

 

一瞬ドキリとしたものの、それが景虎が寝返りをうっただけだとわかっているので、すぐに冷静になる。

 

完全に密着した状態で伝わってくるのは景虎の心臓の鼓動と温もり。

 

この鼓動がとても私の心を落ち着かせる。そしてこの温もりが私を癒してくれる。

 

今まで、ずっと一人だった。完璧であるが故に孤高。けれど、それは偽りで、それを見抜けたとしても、誰も私の本性を批判しない。多くの人間が肯定してきた。敵対する者もいたけれど、相手にもならなかった。

 

肯定した者も、私についてくることなんて出来なかった。雪乃ちゃんでさえ、私の辿ったレールを走るだけの劣化模造品でしかない。

 

結局、私は一人だった。景虎に出会うまでは。

 

決して景虎が人一倍優れていたわけではない。

 

運動神経には目を見張るものの、頭は平凡。ゲームに熱中するオタクでしかない。

 

そんな景虎が私の傍に今もいるのは、ただ景虎が雪ノ下陽乃を、今まであった人間の中で誰よりも理解しようとしていただけ。知ろうとしていただけだった。

 

それは途中からではあったけれど、それでも今まで会ってきた人間誰もがしようとしなかった事を景虎はしてくれた。

 

誰も歩み寄ろうとしなかった私の心に、九条景虎は歩み寄ってくれた。偽りの関係であると理解しながら、いつかは終わる関係だとわかっていながら、自分の口では早く終わらせたいと宣いながら、景虎は理解しようとしてくれた。もう私自身にもわからない。本当の雪ノ下陽乃を。

 

それが酷く嬉しくて、楽しくて、面白いけれど難解で。

 

少し前までの私なら思わなかったようなことも、今となっては思ってしまう。

 

『本当の私はなんだったのか』と。

 

いつか、遠い日に埋もれていた記憶を思い出す。

 

日々完成されていく仮面をかぶりながら、その仮面を見破り、本当の私を、雪ノ下陽乃を見つけてくれる人間と出会う事を夢見ていた事を。

 

そして、自分が優れすぎているが故に、周りとの圧倒的な差に失望し、決して『私』を見つけてくれる人間はいないのだと悟った時を。

 

きっと私は……白馬の王子様でも探していたのかもしれない。

 

私を雪ノ下の呪縛から救ってくれる人間。

 

そんな人間はいないとわかりながら、私はそんな夢みたいな存在に縋っていたのかもしれない。

 

事実、白馬の王子様なんていなかった。

 

いたのは、ただ一人の青年。ゲームっぽく言うなら、村人その1。

 

魔王を倒す力なんてないし、弱いモンスターにすら殺されてしまうような存在。

 

けれど、それでいい。

 

例え白馬の王子様じゃなくても、魔王を倒せなくても。

 

九条景虎は私にとっての『本物』だから。

 

ーートクン、と胸が高鳴るのを感じた。

 

安心感を覚えながらも、鼓動は早さを増していく。

 

景虎に抱き締められていると言う事実が、私の胸を締め付ける。

 

気がつけば、私も景虎を抱き締めていた。

 

景虎の胸に耳を当てると、その優しい鼓動が聞こえてくる。ずっと傍にいると伝えるように。

 

「……うん。私もずっと傍にいさせて欲しいな」

 

自然と口から零れた言葉は、まぎれもない本心。

 

どんな時でも、例え相手を利用する時でも使わない言葉だ。こんなことを言ったことは今まで一度たりとも無い。

 

だからこそ、これは私の、わからなくなってしまった本当の私の言葉。

 

「……あ」

 

そこで気付いた。気付いてしまった。

 

空っぽだった私の心が満たされている事に。

 

ずっと頭の中をついて離れなかった悪夢を今しがたまで忘れていたことに。

 

私の中で今まで感じたことの無い感情が芽生えていることに。

 

それは散々私が踏みにじり、利用してきた感情だ。

 

理解出来ないと心の中で吐き捨て、幻想だと決めつけていた想い。

 

私はーー

 

「ごめん、景虎。私、好きになっちゃったかもしれない」

 

その瞬間、私は確かに恋に落ちてしまっている事を自覚した。

 

 


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