魔王の玩具   作:ひーまじん

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年が変わっても、九条景虎の扱いは変わらない。

最近の私は少しおかしい。

 

長年培ってきた仮面。理想像という名の仮面を被っていた雪ノ下陽乃が、最近はよく外れそうになる。

 

今まではそういう事はなかった。意図的に外した事はあったけれど、意図せず、自然と外れそうになった事はこの仮面を被り始めた最初の頃ぐらいしかなかった。

 

あの時はまだ未熟だったで説明がつく。今のように女性ではなく、幼い女の子だったから。

 

でも、今は違う。

 

年を重ねるたび、成長するたびに色んな経験をして、どんどん完成されてきていた。

 

なのに、今になってからその完成された仮面が外れそうになる。

 

原因は……なんとなくわかっている。

 

九条景虎。

 

私の偽りの恋人。言い寄ってくる男を体良くあしらう為の道具。その程度の利用し、利用されるだけの関係のはずだった。

 

それなのに最近は景虎の事を無意識のうちに考えてしまうことがよくある。

 

そしてその度に疑問に思う。なんで景虎の事を考えているんだろうと。

 

最近の私がおかしいのは景虎のせい。でも、その理由がいまいちよくわからない。

 

今だってそう。

 

一月一日。

 

世間一般で元旦と呼ばれる今日のこの日。

 

「うわっ、初詣に久しぶりに来るけどすげえ人いるのな」

 

私は本来家族と行かなければならないイベント全てをほっぽり出して、景虎と一緒に初詣に来てしまっていた。

 

誘ったのは当然私。景虎は大晦日にしているテレビ番組を観た後、朝まで録画していた裏番組を観ていたらしく、私が電話をした時、今から寝るなんて言っていた。

 

そこからはいつも通り、私が呼んで、渋々ついてきた感じ。

 

最初は眠たいとか寒いとか文句を言っていた景虎も、人混みを見るとついそんな事を口にしていた。口ぶりからして、最近は初詣に来ていないらしい。

 

「それで。まさかこれを突っ切って行くのか?」

 

辟易した様子で景虎が訊いてくる。

 

いくらなんでもこの人混みの中を突っ切ったりはしない。私もルールやマナーは大事にするタイプだから。

 

「このまま流れに乗るよ。まずお参りして、その次におみくじ買って、美味しいもの食べるの」

 

「あー、まあだいたいそんな感じだよな」

 

と景虎は言うけど、実際のところ、私は三ヶ日の全てを雪ノ下の長女として過ごすのでそれが当たり前のことなのか、よくわからない。友達が話しているのを聞いて、言ってみただけ。

 

人の流れに乗って、ゆっくりと歩みを進めていく。

 

歩いている最中、私達に会話はない。

 

そこでふと思う。私達は本当に無意味な話をした事はないような気がする。

 

無言の空間に耐えかねて話すなんて事はなく、いつも私が話させるか、景虎が気になった事を聞いてくるか、それともその逆かのいずれか。

 

そう考えるとやはり私達の関係は普通じゃない。

 

普通じゃないけれど、その分居心地がいい。気を遣わずにいられるから。

 

こんな事が出来る相手は景虎か静ちゃんくらい。雪乃ちゃんだと黙ってるなんて私が絶対無理だから。比企谷くんは………どうだろう。どっちかといえば遊んでしまうかもしれない。

 

と、その時。

 

ドンと私に誰かの肩がぶつかる。

 

完全に気を抜いていたところに受けたのですぐに体勢を立て直すけれど、さっきとは違い、境内に向かう方ではなく、その逆方向の流れのある人波に捕まってしまった。

 

こうなったらもうどうしようもない。一度流れに乗って、外に出てからもう一度行くしかないだろう。

 

そう思い、景虎に声をかけようとした時、ぐいっと手が誰かにひかれた。

 

「何やってんだ。そっち逆だろ」

 

私の手を引いていたのは景虎だった。一歩後ろを歩いていたから気づかないと思っていたけれど、景虎は私がいなくなった事にすぐに気づいたらしい。怪訝そうな表情でそう言った。

 

「さっき他の人とぶつかっちゃって……もう少しで外に連れてかれそうになったよ」

 

「そうか。気をつけろよ」

 

そう言ったまま、景虎はまた前を向いて歩き出した。私の手を握ったままで。

 

……やっぱり景虎の手は温かい。さっきまではポケットに手を突っ込んでいたその手は元旦の寒空の下でもとても温かかった。それこそ、本人の心を示すように。

 

それにしても、景虎は今のこの状況をどう思っているだろう。多分、はぐれないようにとかその辺りだと思う。しかも、待つのが面倒とかそういうの。別に私が心配なわけじゃない。だからドキドキもしないし、やっぱり景虎だなぁ、なんて思って、ちょっと残念だったり。

 

石段を上って境内に来ると、人混みも少なからず緩和される。

 

手をつないだまま、流れに乗って社の前までやってきて、私達は手を離す。

 

「景虎は何お願いするの?」

 

「俺?今年こそ平和な大学生活が過ごせますように、だな」

 

「それだと去年は平和じゃなかったみたいだね」

 

「平和なわけあるか。つーか、原因お前だぞ」

 

心底うんざりした様子で景虎は言う。

 

確かに去年は景虎にとって波乱も波乱の一年だったかもしれない。おおよそ普通の学生生活と称するにはあまりにも自由がなかっただろう。思い返すと、ちょっと悪い事しちゃったかなぁと思う。

 

けれど景虎はその後にニッと笑ってこう言った。

 

「けど、まあ。楽しかったよ。暇じゃねえってところは良かったんじゃねえの」

 

「………じゃあ、景虎も私と同じだね」

 

「そりゃ違う。暇しないのは結構だけどよ。今年は精神的に疲れないのがいい」

 

「うーん。どうしよっかな~」

 

私だって何も際限なく、自分の為だけに他人を振り回しているわけじゃない。それこそ使い勝手のない人間と敵対してくる人間はその限りでは無いけれど、景虎はそのどちらでもない。ただ、一緒にいると楽しいから加減を忘れてしまうだけで。

 

「一応考えておいてあげる」

 

「そいつはありがたいが、期待しないで待っとく」

 

そこで会話を切って、二人揃ってお参りする。

 

別に初詣のお参りはお願いするものじゃないけれど、私も景虎に倣って、お願いをしてみる。

 

今までしたいと思った事はしてきたし、欲しいものも手に入れてきたから、神頼みなんてした事もない。それは心の弱さだと思ってしまっていたから。自分の力だけで叶えられないことを神なんて抽象的な存在に頼って、叶えようなんてどうかしてる。

 

だから今、私がこうして神頼みをしているのは心が弱くなってしまった証左かもしれない。

 

でも、たまにはこう言うのもいいだろう。少しは弱い女の子というのもステータスになる。弱みさえも武器にできるのは女の特権だ。

 

もしも、本当に神様なんているのならーー

 

「………よし。次行こっか」

 

「ああ。そういや、随分長かったみたいだが、何のお願いしたんだ?」

 

「ん。なーいしょっ♪」

 

「だよな。俺が教えたからって教えてくれるような奴じゃねえもんな」

 

始めから私が答える気がないことを景虎も理解していたようで、それ以上問い詰めてくる事はしなかった。

 

いつもなら教えてあげてもよかったけど……今回はやめておく事にした。今回だけは景虎に聞かれるのは少し恥ずかしかったから。

 

ーー来年も一緒に初詣に来れますように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

参拝が終わって人の流れから解放されると、次に私達が向かったのはおみくじを売っているところだった。

 

「……今年最初の運試しか。大吉っていきたいところだが、凶しか出る気がしねえ」

 

「なんで?」

 

「さあな。自分の胸に手を当てて考えてみろ」

 

それは私のせいと言いたいのだろうか。

 

頬を膨らませて抗議の視線を送ると、景虎は「あざとい」と言って苦笑した。大体の男の子はこれでイチコロだけど、景虎にはあまり効いた試しはない。

 

六角形の木箱をがらがらと振って、出てきた棒の番号を巫女さんに伝え、貰ったおみくじを開いた。

 

「あ、大吉」

 

「俺もだ。大吉」

 

二人揃って出たのは大吉だった。

 

折角、景虎をからかおうと思っていたのに二人とも大吉だと意味がない。ある事にはあるけど、からかえないのが残念。

 

「大吉が出たっつー事は今年はなんかいい事あるかもな」

 

「新年早々、私とデートできた事は?」

 

「ははは、何の冗談だ」

 

目が笑ってなかった。私も時々「目が笑ってねえから怖いんだよ」と景虎に言われるけど、目が笑ってないってこんなに異様だとは思わなかった。怖いというか変な感じだ。

 

私としては、今の状況は良いことだと思うのだけど、大吉というからにはもう少し面白い事を……ん?

 

「景虎、こっち来て」

 

「は?いや、おい、引っ張るな!」

 

景虎の手を引き、私は足早に目標へと歩いていく。

 

まだあっちは気づいていない。気づいたとしても逃さないけど。

 

「ひゃっはろー。雪乃ちゃん」

 

「……姉さん」

 

私が見つけたのは雪乃ちゃん。でも、雪乃ちゃんだけじゃない。ガハマちゃんに比企谷くん、それに小町ちゃんもいる。

 

四人で初詣か……仲が良い事で何より。と言いたいところだけど……。

 

「雪乃ちゃん。お家に帰ってなかったんだー?」

 

「見ればわかるでしょう。それに私は別にいてもいなくても関係ないもの」

 

確かに雪乃ちゃんの言う通り。雪乃ちゃんはいてもいなくても、特に問題はない。

 

問題はないけど、それが逃げていい道理にはならない事に未だに気づいていないのだろうか。

 

「第一、姉さんも帰っていないじゃない」

 

「私は彼氏がいるから。雪乃ちゃんとは事情が違うもん」

 

そう。雪乃ちゃんとは事情が違う。

 

彼氏がいたところで、母の都合には何一つ関係ないし、そもそも景虎が仮に本物の彼氏だと仮定しても、結婚出来るわけがない。それこそ、母のお眼鏡に叶う人間か、母を圧倒できる人間でもない限り。

 

だから、私は何も言わず、音信不通状態でこうして初詣デートを楽しんでいる。

 

「新年早々、変なちょっかい出すな」

 

「ちょっかいじゃないよ。スキンシップスキンシップ♪」

 

「相手が嫌がってるならそりゃちょっかいだ。あ、四人共、あけましておめでとう」

 

「……あけましておめでとうございます」

 

「……あけましておめでとう」

 

「去年はお世話になりましたっ!今年もよろしくお願いしますっ!」

 

「あけましてやっはろーです!」

 

各々が景虎の挨拶に返していく。結衣ちゃんは相変わらず個性的だなぁ。

 

「四人で初詣?仲良いな」

 

「はいっ。雪乃さんも結衣さんも小町のお友達ですからっ!」

 

「あー、比企谷くんがプラスαってこと」

 

「……まあ、そんな感じですね」

 

景虎の言葉に比企谷くんは肯定する。

 

「お二人も仲良いですねー」

 

「え、ああ……まあね」

 

「なんでそういう曖昧な反応するかなー?そこは頷くところでしょー」

 

「頷いただろ………一応」

 

ふいっと視線を逸らして、景虎はぼそりと呟いた。

 

相変わらず景虎はぶれない。少しぐらいはデレても良いと思うけど、この関係を始めた頃から一貫して、景虎は彼氏を装う姿勢は貫いているものの、私を相手にデレる事がほぼない。

 

比企谷くんの事を理性の化け物といった事があったけど、景虎はそれとは違う。理性や自意識が高いというよりも本能的に避けている。危機察知能力が高いというところかな。

 

「今はそれは置いておくとして……四人は初詣を兼ねて小町ちゃんの合格祈願に来たってところ?」

 

「ええ、まあ。神頼みっていうのも違う気がしますけど、頼めるもんには頼んでおいて損はないかと思いまして。つーか、こういう時くらい働いてくれないと神とかいる意味ないでしょ。小町の為に働かない神なんてこの世界に必要ない」

 

「あはは、相変わらずのシスコンっぷりだね。私も小町ちゃんの合格祈願しておこうかな~♪」

 

「お前が言うと、なんだか神頼みっつーか、権力行使しようとしてるようにしか聞こえないんだから、凄いよな」

 

「景虎はいつもそうやって私を悪者扱いするよね」

 

使える物はなんでも使うだけなのに、何がダメなんだろう。

 

景虎に言ったら、きっとそれがダメなんだって言うのだろう。

 

でも、ここで納得するわけにもいかないのが、私が私である所以。

 

そーっと手を伸ばして……えいっ。

 

「はうあっ!?」

 

脇腹を指で思いっきり突くと、景虎は変な声をあげて仰け反った。

 

「は、ハル、てめえ……」

 

「ぷっ、あっはっはっは!は、は、はうあっだって!か、景虎可笑しすぎ!」

 

「脇腹突かれたら誰だってそうなるんだよ……」

 

睨んでくる景虎を尻目に私は笑う。

 

今までもこういう事をしたときに変な声を上げる人はいたけど、それにしても景虎の悲鳴はおかしかった。

 

「つーか、笑い過ぎだコラ。お前もこうしてやるっ」

 

景虎がこちらに手を伸ばすのを見て、私はすぐに脇腹を守る。

 

本当なら投げ飛ばしても良いけど、人が大勢いるところでするわけにはいかないし……あれ?

 

景虎の伸ばした手は脇腹に来ることはなく、そのまま私の頬を摘んでいた。

 

「はひほへ?」

 

「甘いな、ハル。俺がそんな馬鹿正直な反撃に出るとは思わなかっただろ」

 

私からしてみれば、そもそも景虎が反撃してくることも意外だったけど、さらにこんな衆人環視で恥ずかしげもなく、こんな事をしてくると思っていなかった。

 

そう言う意味では私の見立ては甘かったと言わざるをえない。

 

「ははひへ」

 

「嫌だね。えーと、比企谷くん。この顔写メって俺の携帯に送ってくれ」

 

「はぁ……俺を巻き込まんでください。後で何されるか、わかったもんじゃないんで」

 

「確かに……じゃあ、雪乃ちゃん。俺の右ポケットに携帯あるから。それで写真撮って」

 

「……命令されるのは癪だけれど……そうね。姉さんの醜態を残しておくのも悪くないかもしれないわね」

 

そう言って雪乃ちゃんが景虎のポケットに手を入れる。

 

今のこの顔を記録媒体に残すわけにはいかない。

 

私はいつも完璧で完全な人間を演じてきたのだから。おふざけであったとしても、こんな状態の写真を残されると困る。そんな事をしてしまったら、私の演じる私に傷がつく。

 

ーーあれ?そもそも私ってなんだっけ?

 

パシャッ。

 

抵抗を試みようとした時に私の中に生まれた疑問は思考をフリーズさせ、敢え無く景虎によって生み出された間抜け面を景虎の携帯に残す形となってしまった。

 

side out

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いやー、今日はそれなりに楽しかったな。面白いものも撮れたしな」

 

雪乃ちゃんに撮ってもらった雪ノ下陽乃の写真を見て、俺はそう呟いた。

 

おそらくはかなりレアな写真だろう。どれだけ友人と戯れようと、どれだけ理想の人間を演じようと、雪ノ下陽乃はわざとでも醜態を晒す事はしなかったのだから。これは当分イジるのに使えそうだ。

 

比企谷くん達と別れた後、近くにあった屋台で甘酒を買い、ちびちびと飲みながら、来たとき同様に流れに任せて神社の外めがけ歩いていた。

 

しかし、来たときと同じという点で言えば、俺と雪ノ下陽乃の間に会話がないこと。

 

そして違う点があるといえば、どこか雪ノ下陽乃がむすっとした表情でいることだ。

 

さっきのやり取りはお互い様。いつもの軽口から、オールした結果の謎テンションによる反撃と続いただけだ。それ以上それ以下でもないわけだが、このお姫様は飼い犬に手を噛まれたようでお気に召さなかったらしい。甘酒を渡したときも俺を一瞥して小さく「……ありがと」としか言わなかった。

 

とはいえ、これはこれで新鮮だ。

 

怒ると言っても、どちらかといえば拗ねているのに近い雪ノ下陽乃は普通に女の子をしている気がする。大学生を捕まえて、女の子というのは些かおかしい気もするが、雪ノ下陽乃はその内面性を考慮して、やっぱり女の子の方が表現としては正しいだろう。

 

「そろそろ機嫌直せよ。いつまで拗ねてんだ」

 

「……拗ねてないもん。いつも通りだし」

 

そう言ってる割には不機嫌そうですが。

 

「ああ、わかったわかった。今回は俺が悪かったよ」

 

お手上げのポーズを取って、素直に頭をさげる。今回ばかりは仕方がない。雪ノ下陽乃が攻められる行為を好んでいないことを知りながらもやってしまった行為だ。俺に非があるかと問われれば、こと今回に限ってはあるのが現状。雪ノ下陽乃からしてみれば、自分がした行為は棚に上げているのでそれを問うたところで無駄だ。

 

「……本当に悪いと思ってる?」

 

「思ってるよ。なんでもしてやるから、機嫌直せ」

 

「本当になんでもする?」

 

「ああ、なんでも……あ、いや、ちょっと待ーー」

 

ものすごく嫌な予感がして訂正しようとしたものの、時すでに遅し。顔を上げてみれば、いつも通りの雪ノ下陽乃の顔がそこにはあった。

 

「じゃあ、何をしてもらおっかなー?なんでもするって言ってくれたしなー?」

 

「お、おい。なんでもするって言っても限度が……」

 

「んー?景虎、もしかして『なんでもする』って言ったのに、私のお願いに文句言うの?」

 

「………いえ、言いません」

 

つーか、言えません。また不機嫌になるし。

 

しかし、不思議な事に今回は雪ノ下陽乃から圧力を感じないような気がする。

 

……もしや、こいつ。怒ったフリをしていただけなのではなかろうか。

 

この機嫌の直る早さや拗ねていたところを鑑みるにその可能性はなくも無い。寧ろ、それしかない。つまり、雪ノ下陽乃は俺の反撃に対して更に反撃を重ねてくるという所業に出たわけだ。やられたらやり返す。そしてやり返されたら叩き潰すが、雪ノ下陽乃クオリティ。これは酷い。

 

さっきとは打って変わって鼻歌まじりに歩く雪ノ下陽乃と肩を落として歩く俺。

 

早く神社から出てお開きにしたいところだが、人の流れはそこまで早いものでも無いし、そもそもその程度で雪ノ下陽乃が見逃してくれるはずも無い。大人しく、雪ノ下陽乃が少しでもマシなお願いをしてくる事に賭けるか。

 

そうして甘酒を飲み干した時、神社から出た。

 

殆どそれと同時だった。

 

「うん。決まった」

 

「ほーん。何に?」

 

最早抵抗は無意味。さっさと聞いて、さっさと終わらせよう。

 

「この三ヶ日の間……私、景虎のお家にお泊まりするね♪」

 

「そうかそうか。………はい?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

雪ノ下陽乃のお願いの結果。

 

こいつは俺の家に泊まる事になった。

 

さしもの俺もそれだけはマズイと説得を試みたのだが、口論において、俺が雪ノ下陽乃に勝てた試しなんて一度も無い。当然のようにいい負けてしまい、今現在雪ノ下陽乃は俺の家にいた。

 

「あれ?前とちょっと変わってるね」

 

「ん?まあな。俺の部屋はエアコンあるけど炬燵を置くスペースがないしな。ちょっと前からベースキャンプを変えてみた」

 

「だから机の上がゲームだらけなんだ……景虎って本当にゲーム好きだよね」

 

半ば呆れた様子で雪ノ下陽乃は苦笑するものの、机の上にあったゲームを物色し始めた。

 

「面白そうなのがあったら、借りてもいい?」

 

「おう。そこにあるのは大体クリアしたからな。どれでも貸してやる」

 

こうして雪ノ下陽乃が普通にゲームを物色しているのも、実は以前の俺との闘いに負けたことがきっかけというのが、なんとも雪ノ下陽乃らしい理由だ。ただ、理由はどうであれ、サブカルチャーの普及に努めることができたことに俺は喜びを隠せない。

 

それに雪ノ下陽乃には内緒だが、週一でこっそりテニスの練習をしていたりする。

 

仮にまたゲームで勝った時、テニスでその腹いせとばかりにボコボコにされないために練習しているわけだ。

 

もちろん、ちょっと練習する程度で勝てる相手ではないことは重々承知の上だが、それでも何もせずに惨敗というのは俺としても腹がたつ。

 

だから、なんやかんやで俺はゲームを、雪ノ下陽乃はテニスを相手に教えることで共有できる趣味を生み出したことになった。

 

こうなると恋人関係(仮)も殆ど死角がなくなってきた。あるとすれば、お互いのボディコンタクトぐらいで今回のお泊まりが終われば、ほぼ疑いの余地はなくなるだろう。

 

しかし、まさかここまでやる事になるとは。この関係が始まった頃は露ほどにも思っていなかった。

 

どうせ、すぐに終わると思っていたら、別荘に行ったり、母校の文化祭に行ったり、その打ち上げに参加したり、看病されたり、初詣に行ったりだ。普通にカップルとして成立している。

 

これが吉と捉えるべきか、凶と捉えるべきなのか、なんとも微妙なところである。

 

ただ、俺もあいつも苦労とか負担という部分を無視すれば、愉しいと思える時間を共有しているのも事実。あまり悲観的になることもない。そう、マイナスに目を瞑れば。

 

「そういや、俺の家に泊まるのはいいんだが、着替えとかどうするんだ?」

 

突発的に決めた事だろうから、着替えなんてないはずだ。そう思って聞いてみたのだが……。

 

「えーと……確かこの辺りに……あった」

 

雪ノ下陽乃は箪笥の一番下を漁ると……その手には女性物の下着が……はあ!?

 

「おいおい、なんで俺の家の箪笥にそんなものが……」

 

「景虎の看病に来た時にこっそり入れておいたの。打ち上げの時みたいに景虎のお家で寝ても、次の日シャワーを浴びれるようにね」

 

なんと用意周到なことか。雪ノ下陽乃をして、もう一度酔い潰れるなどというヘマをするとは思えないものの、もしものために備えておくのはなんともこいつらしい。

 

しかしだ。こいつは一つ見落としている点がある。

 

「備えあれば憂いなし。それはわかる。けどな、もし俺の家に友達が来て、かつ何かの間違いでそれが見つかった時、俺はなんて言い訳すればいい?」

 

「んー、趣味?」

 

「お前は俺を女装野郎にしたいのか?」

 

「冗談冗談。偶にお泊まりしてるでいいんじゃない?」

 

適当だな、おい。そしてそれはそれで問題がある事に気付け。

 

「下着があるのはわかったが、着替えは?」

 

「そこはほら。景虎ってジャージ結構持ってるでしょ」

 

「まあな……ん?お前まさか……」

 

「そ。景虎のジャージ着て過ごすから」

 

やっぱりか……!

 

いや、確かジャージは十着ぐらいある。高校の頃は基本的に動きやすさを重視していたから、とにかくジャージを着ていた。今となってはほぼ部屋着としてしか使う事はほぼ無い。

 

だが、ちょっと待ってほしい。

 

雪ノ下陽乃は女性にしては背が高い。

 

中肉中背くらいの男子ならば、少しサイズが大きいくらいだろう。普通に着ても何の問題もない。

 

しかしながら、俺は中肉中背というわけではない。

 

多少なり筋肉質だし、背も百八十一センチと高めだ。雪ノ下陽乃とは十数センチの差がある。

 

高校の時のものは少しぐらいは小さいから着れなくはないと思うが……。

 

「かなりデカいからすぐに脱げるぞ」

 

「こういう時は着てる服が大きい方が男の子は萌えるんでしょ?裸ワイシャツだっけ?してあげよっか?」

 

「結構だ」

 

いくら雪ノ下陽乃相手とはいえ、襲わないでも溜まるものはある。この三日間、耐えきるためにも何としてでも性欲を刺激してくる行為だけは阻止しなければ……!

 

かくして、雪ノ下陽乃との(ある意味いろんなものを賭けた)三日間の同棲生活が始まることとなった。


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