今回、突然の思いつきでオリ×はるのんを書いてみることにしました。
なかなか雪ノ下陽乃は動かし辛いキャラではありますが、頑張って投稿していきたいと思います!
古今東西、人間には様々な属性がある。
天然、ツンデレ、兄貴肌、姉御肌、オカン、真面目、ヤンキー、妹、etc…。
これらの属性とは、誰しもが一つは必然的にもち、属性を持たない人間はいないと言ってもいい。
そしてそれらの要素は何れにしろ、どこかの誰かには需要があり、ギャルゲーや乙女ゲーにおいては萌え要素と呼べるものだ。因みに俺はクーデレ派。ギャップ萌えが堪らん。
まあ、それはともかくとして、萌え要素を秘めるこれらの属性だが、俺は大学に入って初めて、新属性というか、誰も萌えない、誰も必要としない属性を発見した。してしまった。
それ即ちーー魔王属性である。
傍若無人、自由奔放、八方美人を絵に描いたような人間であるのだが、前者二つを帳消しにしてしまえるほどの優秀さと圧倒的なカリスマと扇動力。世が世なら天下統一でもなし得た……というか徳川家康辺りの生まれ変わりなのではないかと言うほどにそいつは『人の上に立つ』という観点において、トップクラスの人間だった。それはもう、総理大臣にでもなれよと思う程に。
強い光の下に虫は集るが、そいつの周囲の人間こそ、まさにそれだった。
容姿に惹かれたもの、口車に乗せられたもの、利用されるだけのもの……と碌な奴はいない。そして俺は最後の項目に該当する。事実、本人からはそう告げられた。
俺としては割とどちらでも良かったし、何なら関わってくれなくて結構なのだが、そこは流石の魔王様。下々の声が届くはずもなく、今日も今日とて、気分次第で振り回されるのが常なのである。これが魔王が魔王たる所以であり、目下、俺の頭を悩ませている問題だ。
そしてその栄えある魔王の名を、人はこう呼ぶ。
雪ノ下陽乃と。
〜〜♪
着信メロディーにより、俺の日曜日の安眠は妨害されていた。
時計を見れば、時刻は九時半。日曜日なら十一時までは睡眠時間だろうが、誰だ俺の安眠を害するイカれた野郎は。
と、普通なら思うところであるが、着信メロディーが『ダースベイダーのテーマ』の時点でスマホの画面を見るまでもなかった。
「……おかけになった番号は現在使われておりません」
『おはよー、五分後に駅前集合。じゃあ、また後でね』
ガチャッ。プー、プー。
俺の言葉などそっちのけ。突っ込みもせず、非難もせず、ただ要件だけを述べて一方的に切られた。俺の家は駅から歩いて三分ではあるが、何の準備もしていないどころか、そも今起きたところである。つまりは無理ゲー。眠いしもう一度寝る……という選択肢は残念ながらない。取る事も可能だか、そうした場合、俺は俺の通う大学の男共に物理的に、女共に精神的に殺され、今こうしている間にも増え続けている死亡者の中に名を連ねる事になる。そして言われもない俺の不評ばかりが世間に流れ、最早死んでも当然の人間扱いになるところまで見えた。やめろ、俺のことはいいが、俺の父ちゃんと母ちゃんまで非難するな。
そういうわけで、俺の人生は疎か、俺の家族全ての人生を背負っている以上、無視することは許されないし、そもそも魔王様がそういう気分になった時点で、それ以外の選択肢など存在しない。何時だって、魔王様は魔王様の世界で回っているのだから。
「……はぁ。着替えるか」
微睡みを振り払い、俺は死地へと赴く兵士のように覚悟を決めた瞳でベッドから這い出た。
……やべえ、行きたくねえよ。
そこそこ急いで準備をして、駆け足で駅前に着いた時は既に時計の長針は9の所に差し掛かり、およそ十分の遅刻となっていた。
とはいえ、元々間に合う時間を要求してきてないし、そもそもあちらは俺が慌てふためいて寝起き丸出しで来ることを望んでいるため、そちらに細心の注意を払って出てきた。
「もう〜、遅いよ。十分の遅刻だゾ☆」
語尾に星がつきそうだな。どこのメンタルアウトさんですか。いや、ある意味じゃ他人のメンタルをアウトどころか、ブレイクしちゃうけどね、あなた。
キラッとか言いそうなウインクと猫撫で声全開+『男が萌える怒り方その1:怒ってますポーズ』を取っているのは、現代に生きる第六天魔王、RPGの世界ならレベル1の勇者を自ら潰しに行き、かつその血を根絶やし、そして王国を蹂躙して、ゲーム開始前に世界が終わるという最早ゲーム要素など全くない展開に持って行きそうな人間、雪ノ下陽乃だ。
こうして見れば、外面は完璧で通りかかる男に俺が非難の目を浴びせられるのだが、これはもう慣れた。
「彼女とのデートに寝坊してくる彼氏さんは、お仕置きしちゃうゾ☆」
「お仕置き?せめて、楽に死ねるのにしてくれよ」
「嫌だゾ☆」
嫌なのかよ。ていうか、冗談で言ったのに殺されちゃうのかよ。
「……何奢ればいい?」
「お任せにするんだゾ☆」
くっ……また面倒な事を。
「何がいい?」という問いに対して「何でもいい」って答えるやつ何なんだよ。何がいいか聞いてるんだから何がいいで答えろよ。後、何でもいいって言っておいて文句言うなよ。じゃあ、お前が決めろよ。
「その話し方、鬱陶しいからやめろ」
「えーっ、こういうのが好きなんでしょ?九条くんは」
このこの、とばかりに肘で腹を突いてくる。う、うぜえ……。
「それは可愛いから許されるものだ。断じて、お前みたいな可愛くはないやつに似合う言葉遣いじゃない」
「へぇ〜。可愛く『は』ないなら、綺麗ではあるのかな〜?」
しまった。墓穴を掘ったか。
「……ああ、そうだな。見てくれはいいよな、お前」
「女の子に対して『見てくれはいい』は失礼じゃないかな。しかも彼女に」
「はいはい。ごめんなさい、お姫様。で、今日は何をご所望ございますか?」
半ば投げやり気味に問いかけると、魔王様は意外な単語を口にした。
「今日はららぽーとかな」
「は?ららぽ?なんで?」
「なんでって……定番でしょ?」
その言葉が一番似つかわしくない人間が使ってるから聞いたんですがね。
ららぽーとは様々なショップが入っており、映画館もあればイベントスペースもある県下最大のレジャースポットで、千葉の高校生辺りはデートスポットによく使う……とテレビでやっていた。
暇をしない事にはしないが、この魔王様がお求めなのは一般的な娯楽じゃない。確かに何人も引き連れて遊ぶのなら、『表面上は』楽しく振る舞うだろう。だが、そうでないのなら、そんな場所に向かう必要性はこいつにはない。
とはいえ、それが俺の思い過ごしで、実は本気で普通のデートとやらを味わいたいというのなら、その限りではないが。
何せ、俺達は少々特殊な関係だからだ。
「なんだか、今日はららぽーと辺りで面白いものが見れそうな気がして」
「あー、はいはい。納得したわ。一瞬でも普通の女の子かもとか思った俺が馬鹿だった」
前言撤回。思い過ごしじゃなく、ビンゴだった。
「というわけでっ、ららぽーとにレッツゴー!」
最早、何がというわけでなのか皆目検討もつかないのだが、歩みを進めた魔王様を止める術はない。ただ、本能的に察知した何かめがけて突っ走るその横をとぼとぼ歩く事だけだ。
俺が魔王こと雪ノ下陽乃と出会ったのは大学に入学して間もない頃だった。
『超美人でスタイル抜群、おまけに性格も良い男の夢みたいな子がいる』。
入学してすぐに噂になったそれを耳にしたのは、高校からの友達の口からだった。
そんな阿呆な、と思っていたが、雪ノ下陽乃と初めて出会った時は不覚にもそれが真実であると錯覚しそうになった。
コミュニケーション能力の圧倒的な高さ。どんな人間に対しても、満遍なく、親しく会話をし、かつ決して嫌そうな顔をしない。裏では……なんてことはなく、女子にもかなり好かれていた。
まさに人気者という言葉が相応しい雪ノ下陽乃に誰もが好意や羨望を向ける中、俺は特にそういうこともなかった。
別に雪ノ下陽乃の本質を見抜いていた、などというかっこいい理由ではなく、ただ単に雪ノ下陽乃とは住む世界が違い、言うなれば対岸の火事のように、俺とは全く関係のないことだと考えていたからである。
そんな人間には期待も希望も抱かず、だからこそ、絶望も失望もしない。
だから俺はごく普通に、同じキャンパス内にいる友達とゲーセンに行ったり、カラオケ行ったりしていた。ただそれだけの事。
しかしながら、何故か雪ノ下陽乃に目をつけられ、呼び出された。
そして何事かと思えば開口一番にーー。
『九条景虎くん。私と付き合ってみる気はある?』
なんのこっちゃ。
それが俺の感想である。
是非、よろしくお願いします。だなんて言葉は出てこなかった。寧ろ、ドッキリでもしようとしてんのか、思ったよりも性格悪いなこの女くらいにしか考えてなかった。
まあ、結論から言えば、それは当然のことながら雪ノ下陽乃の本意ではなかった。
本人曰く、最近はそろそろ告白とナンパが鬱陶しくなってきたらしく、彼氏役が欲しい。けれど、今いる友人達では、本気にしてしまいかねない奴等ばかり。なので、都合の良いときだけ彼氏面をしてくれる人間が欲しいとのこと。
この時、初めて雪ノ下陽乃の暗黒面を見た気がした。それと同時に言い得ぬ悪寒が走ったのだが、それは生存本能が告げていたに違いない。
もちろん、すぐさま拒否したのだが……魔王様は逃してはくれず、結局は大学内において『九条景虎との雪ノ下陽乃は付き合っている』という認識は浸透し、要らぬ怨みを買うようになった。一体俺は男達の脳内で何度八つ裂きにされたのか。
そうして都合の良い彼氏になった俺はその名目から、今日のように事あるごとに振り回されることになった。魔王様はそれがお気に召したらしく、さらに振り回す。当日にいきなり俺の予定をぶっ潰してデート(名前だけ)に連れ回すなどザラである。最早彼氏役ではなく、玩具役だろと突っ込みたい。
「不満タラタラって顔してるよー、どうしたの?」
ららぽーとに着いて、間も無く魔王は俺の表情を見てそう告げた。不満がないとでも思っているのか、この女は。
「訊くまでもない事を訊くな。そういうのは嫌いなんだろ」
「そうだね。でも、君を遊ぶ時は良いかも。ね、か・げ・と・ら?」
きゃぴっ、という擬音がどこからともなく聞こえるような物言いだ。だが、残念ながらそれを魔王がしているのだから、萌える要素は一つもなかった。それにこれは『名前で呼べ』という合図である。
「なんで『俺と』じゃないのかは聞くまでもないが、今日は何するんだ?ハル」
因みにどうでも良いことだが、俺はこいつのことを「ハル」と呼ぶようにしている。別に電人ではないが、それに近いし、何より普通に呼ぶと負けた気がするから。
「んー、景虎は何かしたい事はある?」
「取り敢えず、飯食いたい」
「そっかー、じゃあ服でも見に行こっか」
「おい、俺に意見を求めた意味は?」
「私は「したいことある?」とは聞いたけど、それにするとは一言も言ってないけど?」
ですよね。したい事を答えたら、寧ろそれだけは何がなんでもしようとしないのがお前だもんな。
そこから俺と雪ノ下陽乃との間に会話はなかった。
単に話す必要もなければ、俺から話しかけて事故る必要もない。いかにして被害を少なくするかの皮算用をしているのに、被害を甚大にするのは愚の骨頂だ。
しかし……黙ってれば普通に美人で通りそうなんだけどな、こいつ。
いや、喋ったらもっと評価は上がるのか。外面の完成度の高さは尋常ではない。おそらく、それを初見で気づける人間がいるのだとすれば、そいつは余程人間観察に優れた人間か、人間を信じる事の出来無くなった猜疑心に溢れた人間かのどちらかだ。どちらにしたって、そいつは雪ノ下陽乃に目をつけられるのは確定だが。
知り合ってまだ二ヶ月弱なのだが、雪ノ下陽乃は面白い人間を見つけると必要以上に構う。そして壊す。本人の話から推測してみたが、おそらくは間違ってはいないだろう。だが、つまらない人間もその限りではないらしい。事実、俺はそういう人間を二、三人見てきたが、見るに耐えなかったので不評を覚悟で彼女をその場から引き離したぐらいだ。
以上の事から考えて、俺も警戒しておく必要はあるのだが、果たして俺はどちら側の人間に該当するのだろうか。わからないが、どちらにしても明日は我が身。単に興味を失くされるのはありがたいが、叩き潰されるのだけはごめんだ。
と、いよいよ目的地に着いたのか、不意に歩みが止ま……る……?
って、ここランジェリーショップじゃねえか!?
何考えてるんだ、こいつは!?俺をこんなところに引きずり込んで、社会的に抹殺したいのか!?
はっ!しまった。こんな露骨に嫌がってるとこいつは……。
「あはは、どうしたのかなー?景虎?」
「な、何がだよ?何もねえよ」
「声が引きつってるよ?隠すならもう少し平常心を保たないと♪」
超嬉しそうだこの野郎!
明らさまに俺がテンパってるのを見て楽しんでやがる……!
「決ーめた。さっ、行こっか」
「そうか。じゃあ一人で行って……痛い痛い痛い!無言で関節決めんな!」
ひ、肘が砕ける!側から見れば腕組んでるようにしか見えないけど、肘がミシミシいってるんですけど!
そうして引きずり込まれたランジェリーショップはまさに地獄だった。
当然だ。いくら彼女がいるとはいえ、男が入ってきたら白い目で見られるのが当然である。
出て行きたいのは山々だが、それを雪ノ下陽乃は許さない。
拘束自体は解かれているが、それだけはわかる。
「ねえねえ。こんなのどう?」
「さあな。良いんじゃねえの?」
「えーっ。なんかテキトー。やっぱり試着してるの見る?」
「ばっ!?阿呆か!」
「ふふっ、景虎慌てすぎ。そんな事するわけないでしょ?恋人じゃあるまいし」
面白そうに雪ノ下陽乃は言う。じゃあ、とっとと解放してくれませんかね。
「あっ、こういうの景虎好きそうじゃない?」
見せてきたのはやたら布面積の少ない下着。まあ、こういうのが好きなのもいるんだろうな。俺はどうでも良いが。
「別に。興味ねえ」
「ふーん。じゃあ、こっちなんだ?」
次は黒のレースの入ったもの。こいつに似合っているといえば似合っているだろうか。一瞬だけ下着姿を想像しかけた。
「はぁ……だから興味ねえって言ってるだろ」
「へぇ……じゃあ、これにする」
やたら意味深な笑みを浮かべて、雪ノ下陽乃はそう言った。
「買ってくるから、ちょっと待っててね」
「いや、俺がここで待つ必要「待っててね」……了解」
有無を言わせず、待てというのはさながら飼い主とペットの関係を彷彿とさせる。いや、実際問題そんな関係なのかもしれない。まあ、それよりもなお酷い可能性の方が高いが。
ていうか、視線が痛いんですが。
彼女の付き添いという側面から見ても微妙に辛かったのに、さらに男一人ポツンといるとなるとより一層視線が痛い。
さっさと帰ってこいよ。これ以上ここにいたら俺の胃に穴が開くっつーの。
そんな事を思いながら、放置されること十分弱。
待てど暮らせど雪ノ下陽乃は帰ってくる素振りを見せず、スマホをいじって突っ立っていると不意に声をかけられた。
「あのー……」
「はい?」
声をかけてきたのは店員さんだった。流石に男一人は不審がられるか?
「いや、これは彼女の付き添いで……」
「彼女さんなら少し前に出て行かれたのですが……」
……………は?
「え。あの、はい?」
「ですから。彼女さんならほんの十分前ほどに出て行かれました」
ゆ、雪ノ下ぁぁぁぁぁぁぁぁ!
俺は無言でランジェリーショップを出て、何処ぞに行ってしまった雪ノ下陽乃を追いかけた。
あの馬鹿野郎!俺を社会的に抹殺したいのか!?あのままだと確実に男一人でランジェリーショップに入ってくる変態になって、完全にアウトなやつじゃねえか!?
探し始めて五分。
雪ノ下陽乃の背中を見つけた。通りのど真ん中で誰かと話をしているみたいだが、遠巻きには誰かわからないし、俺には割と知ったことではない。
「何やってんですかぁー?雪ノ下陽乃さん?」
苛立ちを滲ませながら話しかけるも華麗に雪ノ下陽乃はスルーする。何こいつ?人を放っていておいて、神対応過ぎるだろ。一瞬人違いかと思っちゃっただろ。
と、その時。何故か雪ノ下陽乃ではなく、二人いた男女のうち、話していたツインテールの女の子が俺に視線を送る。
「そこの人。あなたの知り合いでしょう?無視するのはどうかと思うのだけど」
「大丈夫大丈夫。雪乃ちゃんとのお話が終わるまで待たせとくから」
「おい。それは本人がいるのに言って良い言葉じゃねえよ。つーか、この子達誰?ハルの知り合いか?」
「見ればわかるでしょー?」
「いや。これっぽっちもわからん」
「しーまーいーだーよっと」
………なに?こいつと今話してる子が姉妹?
チラリと視線を送ってみれば、ツインテールの女の子は否定もせずに溜息を吐くだけ。となると、雪ノ下陽乃の発言は嘘ではなく、そういえば本人も可愛い妹がいると言っていたのを不意に思い出した。
「え?姉妹?全然似てねえな」
「まったまたぁ!小さい時から瓜二つって言われて育った私達が似てないわけないでしょ?大丈夫?目が腐ってるんじゃないの?ね?比企谷くん?」
「いや、それを俺に振られても困るんですけど……」
振られた男の方は心底面倒くさそうにそう答えた……うん?
雪ノ下陽乃を相手にして、照れるでもなく、見惚れるでもなく、ただただ面倒くさそうにしている人間が……いる?
「っていうか、そっちの人は彼氏さんじゃないんですか?デート中に妹に構ってたら愛想つかされますよ」
明らかに陽乃の意識を俺へと向ける比企谷と呼ばれた男の子の発言。
残念だが、その発言は特に意味をなさないのである。
「さっきも言ったじゃん。大丈夫。景虎はそういうのに文句は言わないから」
「ああ。寧ろ、デートというもの自体に文句があるからな。なんなら今すぐ帰りたいぐらいだ」
「それはダメ」
笑顔で拒否された。まあ、そうですよね。あの程度じゃ終わりませんよね。
そんな俺達のやり取りに妹ちゃんはというと……何故か驚いているように見えた。何故?カップルっぽくないからか?まあ、仮面だからな、所詮は。
「あ、そうだ。比企谷くんに雪乃ちゃん。よかったらダブルデートしない?お姉ちゃんとしては雪乃ちゃんの彼氏に相応しいか、よく知っておかないといけないのです」
むん、と胸を張るような姿勢をとって、雪ノ下陽乃は軽くウインクをした。
大体の人間はこれで魅了されるものだが………比企谷くんとやらは訝しむような視線を送るだけだった。
これは決定的だな。完全ではないにしろ、直感的にしろ、この比企谷くんは雪ノ下陽乃の内側にそれとなく気づいている。どういう理屈か、理由かは知らないが、このごく自然に繰り出される可愛いらしさは全て上っ面のものだと気付いているのだ。
「……しつこい。姉さんは知らないけれど、私達はただの同級生よ」
そして妹ちゃんはというと、さながらブリザードのように冷たく苛烈で刺々しい声で雪ノ下陽乃の冗談を一蹴する拒絶を示した。確執がある……というよりも妹ちゃんの方が一方的に嫌っていると見たほうが良い。
だが、そんなことなど御構い無しに雪ノ下陽乃はにやっと笑ってそれを跳ね除けた。
「だって、雪乃ちゃんが誰かとお出かけするのなんて初めて見たんだもん。そしたら彼氏だって思うじゃない?それが嬉しくて。せっかくの青春、楽しまなきゃねー」
「その瞬間だけ同意を求めるのはやめろ」
まるでお前と同じ人間と思われるだろ。そんな器用な人間じゃないぞ、俺は。
「一人暮らしのことだって、お母さんまだ怒ってるんだから」
普通の、ごく何気ないフレーズ。
その「お母さん」という単語が出た瞬間に、妹ちゃんの身体が強張った。
いや、より正確に言うなら、雪ノ下陽乃の声音にさえ、ほんの僅かに妙な緊張感があった。それは本当に雪ノ下陽乃に振り回されていなければわからないような微かなもの。
だが、確実にその「お母さん」とやらはこの姉妹にとって、強大な存在らしい。
………は?この魔王様を超越する存在ってなに?裏ボス?永遠の闇とかそういうの?
「……別に、姉さんには関係のないことよ」
強気に否定するつもりだったのだろうが、確かめるようにぬいぐるみを抱いて言う様はとても弱々しいものだった。それを見て、ますます似てないなこの姉妹と思ったのは言うまでもない。
かたや男性の理想全てを兼ね備えた女神の皮を被った悪魔の姉。かたや冷血さを感じさせてはいるがその実芯は弱そうな妹。
そもランクが違う。全てにおいて妹ちゃんは雪ノ下陽乃に勝てる要素が見当たらなかった。
この短時間でなにがわかるのかと聞かれれば、それまでだがそんな気がした。
「ハル。もう良いだろ。妹ちゃんがちゃんと考えてそうしてるなら、余計なお世話だ。シスコンもわかるが、深く突っ込みすぎると嫌われるぞ」
「……ん。そうだね。余計なお世話だったかな、ごめんごめん。じゃ、またね」
へへっと誤魔化すような笑みを浮かべてから雪ノ下陽乃は比企谷くんに華やぐような笑みを浮かべて、ばいばいと胸の前で小さく手を振り、とてとてと去っていった……って、おい。
「なんで俺置いていくかね……まあいいか。こっちのほうが都合がいい……えーと、比企谷くんだったっけ?」
「……そうですけど……なんですか?」
「はい」
俺が手渡したのは一枚の紙切れ。それを見た比企谷くんは眉を顰めた。
「俺のメールと電話番号。ハル関連で何かあったら連絡してきな。強制退場はさせられ無いが、被害を最小限には抑えられる」
「……言ってる意味がよくわからないんですけど」
「端的に言うと、君はハルの妹ちゃんと一緒に出かけるくらいには信頼関係が出来ている人間だ。なら、これからも絡まれるだろうし、何よりハルが君に目をつけた。なら、被害を被るのは当然の結果だよ」
寧ろ、雪ノ下陽乃に目をつけられた人間で良い方向に転んだ人間などいるのだろうか。いや、おそらくいないだろう。現在進行形でそれを俺が味わっているのだから。
「じゃあね。この調子だとまた近いうちに会うと思うからそのつもりで」
そう言って、俺はその場を後にし、雪ノ下陽乃を追いかけた。
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