ビブリア古書堂 事件の裏で 作:ayaka_shinokawa
九月。五浦さんはあっという間に優秀な古書店店員になってしまったので、あたしは普段通りに学校に通うことにした。
そのためほぼ一日店番、メールの分類、姉の入院している病院に査定する本の運搬などをお願いしている。
あたしはと言うと、学校から帰った後で店番の交代に入って五浦さんに査定の本を病院まで運んでもらっている。
ここでうちの場合であるが古書店の仕事を記しておく。
古書店の仕事は新刊書店と違い販売することだけではなく、お客さんからの買取も業務に入る。
そのため店番の仕事は意外と書類仕事になる。販売をするときはPOSレジなんてものはないので何を何冊売ったのかノートにメモを残し、時間のあるときにエクセル形式の販売台帳に記入する。買取は複写式の買取伝票に記入することになる。姉がいるときはすぐに査定ができるので3枚複写の伝票。あたしや五浦さんのときは一旦「預かり」になるため、4枚式の伝票になる。4枚つづりのうち一枚がお客さんへの預り証になる。で、預かった本と伝票を持っていくことになる。
この4枚つづりの伝票を作るときには暗黙のルールがあって、備考欄に鉛筆で補足情報を書くことになっている。普段はお客さんが査定を急いでいるのか、そんなに急いでいないか。また、値段がつかないときには処分して欲しいなどといった依頼も記入する。
他に、持ち込んできたお客さんの情報なども記入されていることもある。これは万が一持ち込まれた品物が盗品だったりしたときに、警察から協力依頼を受けたときの情報源になったりするからだ。
ちなみにボールペンで書いてしまうと、万が一複写式のところにペン先が行ってしまったときに書き込んだ情報がうつってしまうかもしれないから。
そして、査定から帰ってきた本は伝票と一緒に保管され、電話または来店してきた時にお伝えしている。
査定額に納得いただいたときには、そのまま現金をお渡しして伝票のつづりの中にある領収書にサインかハンコをもらい明細書をお渡しする。
伝票はそのままファイリングすると古物台帳になるというすぐれもの。
で、今日は帰宅してみたら五浦さんが難しい顔をして座っていた。
あたしは制服のままカウンターに滑り込んで、店番交代の引継ぎにはいる。
「なんかあった?」
と聴くと、難しい顔のまま、
「あぁ、それなんだけどね…」
と言って買取伝票を指差す。
勢いのある字だけど住所や連絡先がなんとなくはみ出ているような坂口さんの伝票。
備考欄には50歳くらいの男性、紳士風、銀行員?アナウンサー?明日来店予定。と鉛筆書き。それにプラスして赤鉛筆で書かれた備考が。これは至急に姉と相談すべきことなどだ。「妻と名乗る人より電話あり、買取を中止して欲しいとのこと」
と書かれている。
「これって、どういうことなんだろうね?」
と聴くと、
「わからん」
と言いつつ、どのような感じだったかをかいつまんで話してくれた。それだけでも、その奥さんと言う人が変わった人であるらしいことはよくわかった。
「おおかた、奥さんの本をだんなが売ってしまおうとしてるんじゃないか?」
「でも、紳士風の人なんでしょ?紳士がそんなことするかな?」
と問い返すと
「まぁ、そうだな。でも見かけじゃわからないじゃないか。んじゃ、今日の分もって病院行ってくる」
と言って出かけてしまった。
そんなもんかな?なんて考えつつ今日の分の販売台帳の作成と、晩御飯の献立を考えつつ店番についた。
しばらくすると、
「五浦さんいらっしゃる~」
と言う大きな声とともに引き戸の開く音がし、
「あら~バイトちゃん?五浦さんはいらっしゃるかしら~?」
と声をかけられた。
「あ、あの~五浦は外回りに…」
と言い終らないうちに、
「そうなの~。いつごろ帰ってくるのかしら、近く?近くならわたしから訪ねていっちゃおうかしら…ねぇ、バイトちゃん?あなた、高校生?大変ねぇ」
「は、はぁ…」
この人があの赤鉛筆の注意書きの人だな…と思う。五浦さんはこれに圧倒されたんだろう。あたしですらたじろいでるんだから。
「実は、査定をできる店長が入院しているもんですから、五浦は病院に言ってしまったのですが」
と答えると、
「あら、そうなの?もしかして、うちの人の本も持っていっちゃったのかしら?」
「そうですね、一応買い取りでこられていますから報告を兼ねて…」
と言うとまた言い終らないうちに、
「病院ってどこかしら?鎌倉?大船?あ、そう大船ね?大船のどこ?大船中央病院ね?ありがとう。バイト、がんばってね!」
とマシンガントークであたしから情報を取り出すとさっさと行ってしまった。
五浦さんが戻ってきたときに事の顛末を聞き、伝票には赤いマジックでバッテンを書いてファイルに綴じた。