大本営第二特務課の日常   作:zero-45

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前回までのあらすじ

 提督が髭と眼帯というダンディズムを手にしたが、中身は相変わらずだったという話。

 それでは何かご意見ご要望があればお気軽にどうぞ。


2017/02/18
 誤字脱字修正反映致しました。
 ご指摘頂きました拓摩様、黒25様、じゃーまん様、鶴雪 吹急様、有難う御座います、大変助かりました。


動く世界、留まる意地

「会談に入る前に先ず我が国を取り巻く現状を確認しておきましょう」

 

 

 剃っているのか天然なのか不明なスキンヘッドの男がソファーに身を沈めたままそう言葉を発した。

 

 そこは大本営執務棟地下にある会議室、本来ならば作戦活動中にしか開かれない強固なセキュリティが施された軍の中枢である。

 

 

 壁面には大小様々なモニターが並び、中央には円形の巨大なテーブルが鎮座する、妖精さん由来の技術がふんだんに盛り込まれたそこは盗聴が不可能とされ、地上施設が吹き飛ばされても食料の備蓄さえあれば数ヶ月は篭城が可能な造りになっていると言う。

 

 今回会議の場所としてこの軍事施設然とした、ある意味客を持て成すには不向きな場所が選ばれた理由は二つ。

 

 

 一つは盗聴が出来ず、要人が集っても軍が反旗を翻すという愚考を犯さない限り安全が手放しで得られる為。

 

 二つ目はこの部屋に据えられたテーブル。

 

 

 部屋の造りと家具の配置には面倒臭いが様々な意味が込められている、向きや大きさ、そして椅子の位置等。

 

 良く聞く物だと『上座、下座』という呼称が存在する、この良く聞く単語こそがこの部屋が選ばれた二つ目の理由となる。

 

 

 この辺りの説明はざっくりすると、部屋のドアから近い位置が下座、遠い位置が上座と呼ばれ、其々そこに座す者の位が高い者程上座に、低い物が下座に座るというのが一般的な常識となっている。

 

 そしてそれと似たような思想は海外にも存在し、御伽噺にある『円卓の騎士』の中では王であるアーサーが他の騎士達と共に卓を囲む際、其々の立場が対等であるという事を示すために上座、下座が存在しない円卓を用いたという話が存在する。

 

 稀に聞く『円卓会議』と言うのはこの物語を模した状況である事が多く、意味もそのまま『卓に着く者は全て対等である』という意思表示となっている。

 

 

 そして現在地下会議室では円卓を囲み、十三人の者が座している。

 

 

 海軍からは元帥坂田一(さかた はじめ)、大将大隅巌(おおすみ いわお)、大将三上源三(みかみ げんぞう)、それから吉野三郎。

 

 陸軍からは大将大田忠則(おおた ただのり)、少将池田眞澄(いけだ ますみ)、少将田所秋宗(たどころ あきむね)

 

 内閣からは総理大臣鶴田栄(つるた さかえ)、官房長官菅原藤次郎(すがわら とうじろう)、外務大臣石橋義文(いしばし よしふみ)

 

 元老院からは経団連会長である豊里重工業取締役会長豊里庵(とよさと いおり)、日本銀行頭取目黒真一(めぐろ しんいち)、沢村産業グループ総裁砥部才蔵(とべ さいぞう)

 

 

 軍部、経済界、内閣という要所の代表とされる面々、この様な会談は幾らか催されたとしても代理の者達が、若しくは各界の誰かがという事があったとしても、この様に全ての関係者が一同に会する機会はこれが初という異常事態。

 

 もしこの場で何か不幸な出来事が発生し、部屋の中に居る者が亡くなれば日本という国が立ち行かなくなるといっても過言ではないメンツ。

 

 そんな者達が集う理由が今議事進行を受け持った外務大臣の口から説明されている状態である。

 

 

「先ず国外では米国にて新たな艦娘との邂逅に成功し、現在戦艦と正規空母という二種ではありますが深海棲艦に対する戦力を得たという情報が入りました、この辺り総戦力という面ではまだまだ我が国との比較に上がらない程度の話ではありますが、先の大戦の事を考えると保有数、艦種の面で考えますと潜在的戦力は注視に値する物だという報告を受けております」

 

「ふむ、我が国もそうであった様に、もしかするとある時を境に艦娘が爆発的に増え戦力配備に足る数が整う可能性があると?」

 

「あくまで可能性の問題ですが、その時に対応する為の事を考えておいた方が良いという事ですね」

 

「成る程」

 

「そしてそれに伴い先より技術提携の一環として行ってきた艦娘の性能評価試験が米国より打診されまして、既にその内の一人Iowa(アイオワ)級ネームシップ一隻を受領、現在横須賀鎮守府での運用を開始しています」

 

 

 アイオワ級ネームシップアイオワ、米国で初めて邂逅を果した戦艦級の艦娘であり、性能的な物で言うと高速戦艦の部類に入り、ビスマルク級戦艦よりやや砲火力に優れた性能の艦娘である。

 

 現況艦娘という戦力に乏しい米国が建造可能な艦娘の内の一人であり、資源に任せ建造をしているが本国に取り合えず配置が完了したとあって、それ以上に建造した数隻を日本へ技術提携という形で着任させ、変わりに他艦種の幾らかを派遣するという話は幾らか存在するが、実際の所艦娘の上限がかつかつである日本にその余力が無く、しかし潜在的戦力の大きさを考えればその話を袖にする訳にはいかず。

 

 現在はその米戦艦を海軍のある意味顔である横須賀鎮守府第一艦隊旗艦に据えるという形で、取り敢えずの顔を立てるという形で茶を濁しているというのが実情であった。

 

 

「まぁこの辺りの話はまだ手を着ける段階ではありませんので取り敢えず報告までに、次に本会談の主題となる情報なのですが、現在我が国と最も軍事的結び付きが大きいドイツに於いて"深海棲艦との友好的な個体と接触を果し、協力関係を築く事に成功した"という情報がもたらされました」

 

 

 外務大臣の言う情報に場の空気が重くなる、話を聞いた反応では苦々しい雰囲気ではあったものの驚きという色を見せる者は居らず、それは既に認知しているといった反応を示す物でもあった。

 

 

「……まぁ我が国でも似た様な状況になっておるしそれは別に驚く事では無いですな」

 

「確かに、しかしその情報を正規のルートで政府に伝えてくるという事は……石橋君、ドイツから伝えられた情報はそれだけではあるまい?」

 

「はい、かの国は協力関係に漕ぎ着けた深海棲艦の存在及び関係性を国民に発表すると言う事です……」

 

 

 外務省にもたらされた一報は、今すぐでは無いものの、同盟国であるドイツが深海棲艦と友好関係を結んだと言う事を公表するという情報。

 

 事の詳細はまだ不明瞭な部分が多いが、それは現状の日本と同じ状況にありながら、それでもその情報を秘匿せずに公の元に晒すという行為、長年人類の敵として認知され友好的な関係を築く事が困難とされてきた相手との融和。

 

 それは諸手を挙げる様な事案では無く、開戦当初から戦ってきた世代にとっては怨嗟を、生まれた時から敵として教育されてきた世代では常識的にその関係は受け入れ難い物である為に、恐らく共に歩むのは不可能だろうという考えがあったが為に日本では情報を伏せてきた。

 

 

「今回ドイツが情報の公開に踏み切った裏にはある事情が絡んでおります、それは……」

 

「ヨーロッパ連合の樹立が現実の物となった、という事かね?」

 

「はい、元々艦娘の運用に長け技術力が高いドイツと、資源はあってもそれを消費するだけで有効活用が出来なかった諸国が其々の得意分野を共有しつつ互いを補う、ヨーロッパのみならず中東をも視野に入れた広域連合、恐らくはその素地が出来上がった事による動きではないかと……」

 

 

 深海棲艦との融和、そして協力関係というある意味衝撃的な事実は一国が背負うにしては重大な事案ではあるが、それを上回る改革と、それによって関わる国が増えれば少なくとも外交面でのリスクは軽くなる、若しくは場合によっては連合という大きな集団の中ではプラスに働く可能性も秘めている。

 

 そんな駆け引きと、ある意味どさくさに紛れてこの大事をついでに処理してしまえば少なくとも爆弾は弾けず上手に処理出来る可能性も秘めている。

 

 その結果現在ドイツを中心に艦娘の運用に成功しているイギリス、イタリア、フランスを巻き込んだヨーロッパ連合と、それに追随する様に周辺各国が巨大な連合を組もうとしているのであった。

 

 

「……で、ドイツからわざわざ我が国にその情報が事前に来るという事は、その広域連合に日本も加われという打診であると?」

 

「内閣ではそういう受け取り方をしています、現況何を於いても艦娘の総数、そして支配海域は日本が群を抜いて高く、またヨーロッパ広域連合に日本が参加すれば現在の支配海域を利用してアジアへの進出も容易になりますし、彼らにとってはぜひとも欲しいカードの一枚に日本という国は入っていると思われます」

 

 

 ヨーロッパ諸国が舵取りをし、資源を周辺各国から賄い、その代わりに現在陸路でしか運搬出来ていない補給線を、艦娘を運用している国が構築・維持する、そうすれば現在数カ国に跨いで輸出している物資の価格も安定し、売る側も買う側にも易になる部分が多い。

 

 そしてその形をアジア圏まで伸ばす事が可能なら、現況狭い地域に閉じ込められた国々の国力は深海棲艦が出現する前に近い程には盛り返し、再び列強としての地位を取り戻せるという思惑も絡んでくる。

 

 

「我々内閣としての立場で言えば、我が国の支配海域はインド洋の深くまで食い込んでいる現状、ヨーロッパ広域連合との繋がりを持てば国益としてはプラスになる部分が多く、また深海棲艦と密約を交わしているというリスクも公表し易くなるという利点もあります、しかし……」

 

「元老院としては、経済の活性化が成せる提案は積極的に受け入れたいとは思うが、素直に首を縦に振るには解決しておかなければならない事案が幾つか存在する、先ずは軍事経済をヨーロッパまで伸ばして協力関係を結ぶとして、その輪に加われないアジア圏の大国との関係性をどうするかだ」

 

「隣国……ですね、確かに我が国がその辺りを無視してヨーロッパと繋がれば紛争……といかないまでも、今までより関係性は緊張した物になるのは確実だと思います」

 

「そして僅かながら海へ手を付け始めた米国、今までは艦娘という戦力という物での繋がりでドイツやイギリス等と交流は持っていたが、それが連合という形で関係を持てば、かの国は面白くは無かろうな」

 

 

 現在日本は資源の確保を中心に、一番繋がり易い国との交易を主眼に置いてアジアへの海域を維持している状況である。

 

 これは単純に資源を産出する国との距離という物でアジア圏という選択肢を持っているだけで、例えばこの距離がアメリカ大陸の方が近ければそちらに、アラブ圏が近ければそちらに戦力を向けていただろう。

 

 恐らくその方針は基本変わらない形になるだろうが、しかし現在は更にその先を考えなければいけない段階を迎えていた。

 

 

 日本が選ぶこの先の形としては、現況のままどこにも組せず海域を維持しつつ各方面と断片的な繋がりを持つという形。

 

 ヨーロッパ広域連合と連携し、ヨーロッパ-アジアという経済圏を作り上げるという形。

 

 周辺諸国と関係性を築き、アジア連合という物を作り上げ、そこから各方面との繋がりを模索する。

 

 

 現況実現可能な物は大筋でこの辺りとなるだろうが其々は一長一短の面が存在する。

 

 

 この選択に於いて政府側は今までの付き合いと、発言権の確保が見込めるヨーロッパ連合との関係性を重視し、元老院は地盤を固め、後顧の憂いを絶つ意味も込めて先ずは大陸を含むアジア圏の地固めをしたいという意向を示している。

 

 それは今まで継続して繋がりがあったヨーロッパと、殆ど国交が途絶し、或いは仮想敵国に近い関係性の大陸側との折衝を嫌っている政府側。

 

 そして現況繋がりのある国だけでは旨みが無かった為、市場の新規開拓と、少なからずそちらと繋がりがある企業が存在する経済連が力を持つ元老院側。

 

 

 其々の思惑が絡み対立とまではいかないが、その意見の調整を長々としている時間は現況無く、またどちらの選択肢を取るにしても片付けておかなければいけない共通の問題がここにあった。

 

 

 大坂鎮守府という存在。

 

 世界で最も艦娘保有数が多く、最も広い制海権を持つ日本に於いて、鍵となると同時にアキレス腱にもなるこの存在。

 

 

 この存在を取り込めば日本周辺海域の安全という担保を所有する事となり、戦力的には軍の一拠点程度にしかなくとも発言権は大きな物となる。

 

 それ故この国の一大事となる話し合いに一介の佐官である吉野は呼び出され、そして末席に加えられている。

 

 

「まぁ我が国がどのような選択肢を選ぶ事になったとしても、ヨーロッパ連合が発足する時にはあちらの深海棲艦との関係性は世界へ発信されるだろう、そして我が国もそれと同じく現在密約を交わしている深海棲艦との関係を公表せねばならないのは吉野大佐、君も理解して貰えると思う」

 

 

 元老院側の代表である豊里は、こっそり目立たず空気になろうと小さくなっていた髭の眼帯である吉野を名指しして、話の中心へ引きずり出した。

 

 その言葉に場の視線は吉野に集中し、それを受けた髭眼帯は頭をボリボリと搔く仕草を見せた。

 

 

 通常この様な話し合いに軍部が絡めば元老院との折衝は元帥である坂田が出るのが通例であったが、事深海棲艦の処遇が絡む話となると、この歳若い髭眼帯に直接交渉をしないといけないという事は既に周知されていた。

 

 それは深海棲艦側より不可侵条約を結ぶ際出された条件、それは条約とは基本この大佐との関係の先にある物であり、言い換えれば彼女達はぶっちゃけ国では無くこの髭眼帯との付き合いがあるから日本とも関係性を保っているという事実があるからである。

 

 

「そこでだ大佐、この深海棲艦との関係を世間に公表するには(いささ)か問題になる部分があってね、この融和体制、不可侵条約の窓口が軍部では無く日本国主体でなされている形で無いと色々困るのだよ」

 

「仰る事は理解出来ます、国益に繋がる関係が執政機関では無い所で繋がっている、国民から見ればこれは少し歪な関係性に見える上にそれを軍部が握っているという状況」

 

「そうだ、有体に言ってしまえば軍部に力が集中するというのは国民は良しとしない、そしてそれは諸外国に対してもマイナスイメージを与える事になる」

 

 

 国という物を紐解いて軍の立ち位置を述べれば、国防というのが本来の存在ではあったが、国民という視点で言えばそれは武器を持ち戦う集団である。

 

 その集団が国を左右する程の力を持つと言うのはあらぬ不安を抱く事になり、太平洋戦争時に暴走した軍部のイメージがあってか日本では未だにその部分ではデリケートな状態になっている部分でもある。

 

 

「そこでだ、我々元老院側としては君の所属を海軍では無く政府直轄の一部門として立ち上げた部署へと考えている」

 

「自分が……ですか?」

 

「そうだ、君が政府の一部署の所属となれば、君と行動を共にしている深海棲艦達もそちらの所属という事で話は進められるだろう?」

 

「要するに彼女達が軍では無く政府、国の機関へ属しているという形にしたいと言う事でありますか?」

 

「うむ、難しく考える事は無い、現在君が居る鎮守府、人員、環境はそのままで、所属が変わるだけ……という事でどうだろうという提案なのだがね」

 

 

 形がどうであれ、彼らが欲しいのは深海棲艦の情報を公表する際、その存在は国民に近い政府筋に置いていた方が都合が良く、またその存在が国政として、諸外国へ喧伝出来れば交渉にも優位に働く。

 

 正直所属がどこであれ実情は変わらない物であったが、建前が重要な要素を含む世界ではそれは譲れない話になるのだろう。

 

 

「仮に自分の所属が変わったとして、命令系統はどうなるでしょうか?」

 

「内閣と事前に調整はしてあるが、独立機関、内閣直轄の組織と言う事になる」

 

「直接の命令権は政府にある、成る程、では実際我々に命令を出す方はその筋の方と言う事になるんでしょうか?」

 

「基本軍と協力して動いて貰う形となるが、作戦の立案、発令はその辺りに明るい人員を選んで執り行う形になると思うので心配しなくても良いよ」

 

 

 豊里の言葉に同席している軍関係者からの言葉は無く、その話を黙って聞いている状態である、一応そこに居ると言っても恐らくは事前に話は通達されているのだろう、それに対する選択権は筋として軍上層部にあるものの、実際深海棲艦が絡むとなれば決定権はこの大佐が鍵を握っている現況、意見を差し挟む余地が無いのはこれまでの話し合いで理解をしていた。

 

 

「その指揮を執る方は軍部と関係がある方でしょうか?」

 

「うん? いやそれは……鶴田君、どうだったかね?」

 

「現在内務省の次官を勤めています大幡君に当たりをつけております、彼なら従軍経験はありませんが軍との調整経験が豊富で、かつパイプが太い為に適任なのではと言う事で」

 

「ふむ、だそうだよ吉野君、その辺りは何も心配しなくとも良い状態になっている」

 

「ああいや、それ無理ですから」

 

 

 真面目な相の内閣総理大臣の話に満足気に答える経団連会長を前に、髭の眼帯は顔の前で手を左右にパタパタと振ってそう答える。

 

 

 国の代表格とも言える人物二人を前に、胡散臭い髭眼帯がさも軽く手をパタパタする会議室は水を打ったかの様に音が消え去る。

 

 言った言葉もそうだが、まるで友人知人にするかの様なその態度に周りは絶句し、坂田は俯いて笑いを堪える為にしかめっ面に、大隅は額に手を当て天を仰ぎ、艦隊本部の元締めである三上は眉をピクピクとさせてその様を睨んでいた。

 

 

「な……何が無理と言うのだね?」

 

「いえ、要するにその方、従軍経験が無いのでしょう? そんな人が発令する作戦に自分の部下を従事させるなんて無理ですから」

 

 

 再びパタパタと手をさせる吉野に怪訝な表情の内閣総理大臣と経団連のジジイ。

 

 立場的な物もそうであるが、その在り得ない仕草に呆気に取られ二の句が告げないというシュールな絵面(えづら)が展開される。

 

 

「吉野君……幾ら従軍経験が無くとも彼は軍事に明るい、我々が知る人材の中では恐らく彼が一番適任だと……」

 

「ならその方は坂田元帥と同じ程度に取り纏めた案件を政府筋と折衝出来ると、大隅大将の様に戦力分析をした上で海域維持のプランが練れると、三上大将の様に艦娘の運用を包括的に判断し指示が出せると」

 

「い、いやそれは」

 

「その方が軍部の長並みの能力を賄える方ならば喜んで自分はそちらに移りましょう、しかしそうでなければこの話、お断り致します」

 

 

 断る。

 

 その言葉は本来この場で出す言葉ではない、むしろ拒否権という物が存在しない場に於いてそれを言うのは暴論を超えた戯言である。

 

 この男は何を言っているのかと呆気に取られる面々を前に、更に畳み掛ける様に髭の眼帯の言葉が続いていく。

 

 

「軍は深海棲艦と会敵してから30年、寝ても覚めてもその戦いのみに明け暮れてきました、それだけの為に存在し、それだけの為に死者の山を築いてきました」

 

 

 パタパタを止め何とも言えない表情をした男の口からは、当たり前の様に言葉が流れ、怪訝な表情の者達は自分達からしてみれば取るに足らない小物が演説をぶっている、そんな異常な空気を眺めるというのに戸惑ったままその言葉を黙って聴いていた。

 

 

「軍以上に深海棲艦を知っている組織はありません、軍以上に深海棲艦との戦いに向いている組織はありません、そこを離れ戦いの素人の指揮下に入ると言うのは自分には在り得ない選択肢になります」

 

「待ちたまえ、我々の選んだ者が素人だと君は言うのかね」

 

「30年からなる殺し合いの歴史、その年月を淡々と練り上げ続けた者達を前に、その方が出来る者と仰るのなら自分は何も申し上げませんが?」

 

「君は勘違いしていないか? 今君に選択権は存在しない、国という物を前にたかが一介の佐官が……個人が何かを決める事など出来る筈はなかろう!」

 

「あ、じゃいいです、自分辞表を出して軍辞めますから」

 

「はぁぁ!?」

 

 

 再びパタパタを開始する髭の眼帯、顔に青筋を立てつつ半身を乗り出す経団連会長。

 

 周りはこの異常事態を怪訝な表情で眺めながらも、剣幕を増していく元老院の重鎮の剣幕に口を挟めないでいた。

 

 

「いや、自分納得いかない件で部下を危険に晒す事は出来ませんし、駄目なら軍辞めますから、深海棲艦の方達との交渉はどうかそちらでやって下さい」

 

「何だと!」

 

「待ちたまえ吉野君、君が交渉から外れた場合彼女達は我々との対話はしないと以前言ってなかったか?」

 

「ああ鶴田閣下はあの席に居たんでしたね、まぁ自分が軍を辞めた場合ですけど、ぶっちゃけ後々面倒になると思うのでどうしようって話したら、大坂鎮守府全員で国外逃亡でもしてどこかでのんびり余生でも過ごそうかって話になりまして」

 

 

 爆弾発言である。

 

 自分の意見が通らなければちゃぶ台返しした挙句逃亡するという宣言をする髭の眼帯、暴論を超えた言葉に場は静まり返る。

 

 

「自分達は滅私の精神で国に全てを捧げる覚悟であります、しかしその国が我々からその機会を取り上げると言うのなら、本懐を遂げさせずに本来の道に外れた道具として使うと言うのならば」

 

 

 静かに残った一つの目を細め、ゆっくりと息を吸い込み、そして今までとは違った低い、そして怒気を孕んだ言葉がそこから漏れ出てくる。

 

 

「我々は戦ってナンボです、そこに理不尽があっても納得出来る理由があるなら死んでいける、それが軍人であり、艦娘であり、深海棲艦です、しかし国がそれを良しとしないなら、我々は我々の矜持に従い己の信じる道を往くしかありません」

 

 

 施設人員全てが今のまま、指揮系統が変わった程度では実務的には特に問題は無いだろう。

 

 それは吉野も理解する処であり、例えそうなったとして自分が承諾すれば朔夜(防空棲姫)を始めとした深海棲艦も行動を共にするのは確実である。

 

 それでも髭の眼帯の中では譲れない部分が一つだけあった。

 

 

「殺した事も無い者に、殺せと命令されるのは道具として、物として扱われているのと同義であります」

 

 

 国を守る、それは即ち敵と戦い、その命を刈り取るという行為。

 

 守る為に殺し、また殺される、そんな地獄を常とする最前線の者が、守ってきたと自負する存在に道具として利用され、それ以外の目的でまた地獄を往く事になる。

 

 国益と呼ばれ道具となる行為は生きるために、生かす為の物からは外れた道であった、そんな物の為に自分は戦地へ部下達を向かわせる為にはいかない。

 

 

 恐らく自分の命令ならばどの様な物でも彼女達は実行しようとするだろう、例えそれが『死んでこい』という言葉であってもだ。

 

 ならその命令を下す者は彼女達の死に意味を持たせる、それが人の呼び掛けに応じ現界した、人の為に存在すると自負する彼女達(戦舟)に報いる物であるというのは大なり小なり海軍士官ならば誰でも持っている矜持である。

 

 

「……坂田君、大佐はこう言っている訳だが、それを管轄する君達の意見はどうなのかね?」

 

「深海棲艦の事に関して我々は発言権が無いと事前に聞いておりましたが……敢えて言うなら13:1と言う戦力比、その鍵を握るのが大坂鎮守府でありますなぁ」

 

「13:1?」

 

「はい、日本近海、大坂鎮守府に居る深海棲艦達が抑えている戦力は凡そ四万程、対して国内に居る戦力三千程、戦力比が三倍を超えた時点で戦いは質では無く数で計る事になります」

 

「もしこの話で深海棲艦達が敵に回った場合、その数が一斉に日本を襲うと?」

 

「いいえ、彼女達は何かあっても直接的な攻撃はしないと確約しておりますよ、気に入らない事があればそのコントロールを手放し彼女達は日本を去る、しかし元々潜在的に日本近海にはその数の深海棲艦が生息していたと言う事は豊里さん、そのコントロールを握るのと、潜在的な敵として対峙するのは国としてどうなのか、今までの日本という物を考えれば答えは出ているでは無いですか、そして……」

 

 

 海軍元帥大将、その傷の髭が静かに室内を見渡し、そしてその中心に居る人物、元老院代表に再び視線を戻して言葉を繋ぐ。

 

 

「彼女達深海棲艦は吉野大佐に服従の立場では無い、協力者と言う事をお忘れなく、もし大佐が彼女達の求める事から外れた道を進んだ場合、彼がどうのとかは関係なくこの条約は破棄されるでしょうな、そうなれば再び日本近海は有象無象が跋扈(ばっこ)する海域に戻り、軍はそれに注力する事になり現在振り分けている戦力を国内に戻さなければならない事になる、そうなれば日本に待つのは緩やかに死を待つのみです」

 

「つまり、彼が今拒否しているのはその問題も絡んでいると?」

 

「どうなのかね吉野大佐」

 

 

 髭の傷の前で髭の眼帯が少し考える仕草を見せ、恐らくはという前置きを置いて話し始める。

 

 

「彼女達は基本利用されるというのを物凄く嫌う傾向にあり、その知能指数も高い物にあります、その彼女達に今回の一件を伝えた場合、自分達は政治に利用される駒だという認識をするでしょう、つまり……」

 

「それは君が説得しても無理な事なのかね?」

 

「いえ、それ以前に自分がヤダですから説得もクソも無いです、むしろそんな事言ったら彼女達に自分、折檻くらっちゃいますし無理です」

 

 

 再びパタパタが開始され、経団連会長の額に青筋が浮かび上がる。

 

 片や国内経済と国の舵取りをしている一派の親玉が国の行く末を見据えて話をし、片や帰ったら怒られるからヤダとダダを捏ねる髭。

 

 微妙に噛み合っていなく、更に神経を逆撫でする様な受け答えに悶々する元老院代表を横で見つつ、終始無言を貫く大隅巌(おおすみ いわお)は渋い顔をしていた。

 

 

 こうして答えが出ないまま会議は終わりを迎え、結論としては吉野含む第二特務課は今までと変わらず活動を続けていく事となる。

 

 そして深海棲艦という存在は後に政府の発表の元その存在を明らかにされ、それに対するゴタゴタが発生するのだがそれはまた随分後になっての事になる。

 

 

 

 そんな会議が終了した後、大隅の執務室に於いて吉野的には本番と位置づけしている話し合いと折衝が行われる事になった。

 

 

 

 




 それでは何かご意見ご要望があればお気軽にどうぞ。


 誤字脱字あるかも知れません、チェックはしていますが、もしその辺り確認された方は、お手数で無ければお知らせ下さい。

 また、拙作に於ける裏の話、今後の展開等はこっそりと活動報告に記載しております、お暇な方はそちらも見て頂けたらと思います。


それではどうか宜しくお願い致します。

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