大本営第二特務課の日常   作:zero-45

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前回までのあらすじ

 交わる筈の無い物語、邂逅する筈の無い者達が集う事になる世界、其処に至る其々の思惑が動き始めた。

(※)御注意

 今回も引き続き坂下郁様の作品世界とコラボレートしたお話になります(未だ邂逅前)。

坂下郁 様 連載
【逃げ水の鎮守府-艦隊りこれくしょん-】
https://novel.syosetu.org/98338/

 一応内容としては互いの世界観を崩さず、更に作品世界の物語を絡ませつつも、別作品との絡みという話では無く、どちらかと言うと今まで続いている連載の中に自然な形として組み込む話を目指した展開にしようという試みで進行する努力を致します。

 また『大本営第二特務課の日常』側ではこのコラボ展開に絡む話は、サブタイトルは『日常という名の非日常の始まり』に統一する予定で御座いますので、それを目安に読んで頂けたらと思います。
 
 以下の内容に興味が無い、又は趣味趣向が合わない方がおられましたらブラウザバック推奨になります。


 それでは何かご意見ご要望があればお気軽にどうぞ。


2018/03/20
 誤字脱字修正反映致しました。
 ご指摘頂きましたじゃーまん様、柱島低督様、有難う御座います、大変助かりました。


日常という名の非日常の始まり(3)

「色々ややこしい問題が絡みすぎて正直提督、頭パーンになってます」

 

 

 大坂鎮守府執務室、ソファーに腰掛け吉野が手にした書類の束に視線を落としつつ頭をガリガリ掻いている。

 

 その周りには長門、朔夜(防空棲姫)、電、更には妙高とグラ子というある意味珍しい組み合わせの面々が集っていた。

 

 

「例の査察部隊に関する話か? 確かまだ対策の為の情報が出揃ってないという話しだったと記憶しているが」

 

「そそそ、現況先日の会議で打ち合わせした以上の対策を立てれる程情報は出揃って無いんだけど、それに関する別の情報と、それに加えて別口からの厄介事が重なってきちゃってまぁ……てんてこまいの状態なんだよねぇ……」

 

「別口か……ふむ成る程、電殿と妙高がここに居るのはその関係でと言うことか」

 

「そうなるね、ちょっとややこしくなるから先ずは巡を追って話をするから聞いて貰えるだろうか?」

 

 

 現況吉野言う厄介事の数々というのは

 

・査察部隊"MIGO(ミーゴ)"による大坂鎮守府の監査目的、及びその背後にある艦隊本部の主目的が未だ不明瞭な点

・上記組織の情報収集段階に判明した艦娘の"新たなる深海棲艦化発現"の存在

・岩川基地司令長官染谷文吾(そめや ぶんご)少将の勇退により同基地で発生した人事による問題

・艦隊本部とは直接的に関係の無い他勢力からの直接的な介入の情報の入手

 

 この様な問題が現在同時進行で大阪鎮守府に降りかかっている状態なのだという。

 

 査察部隊の関係は公式にも通知があった為に表・裏共早急に対策を立てる必要性があったので、それに対する対策は不十分ではあったが現在進行形で行われてはいる。

 

 そしてまだ不確定情報であるが、これまで確認されていなかった艦娘の新たなる深海棲艦化という情報が(もたら)された、これに付いてはまだ事例が少ない物であったが、それが信憑性の高い物という事実確認は既に行われている、が、それによって新たな問題が生まれていた。

 

 その為艦娘の深海化、その事象の解説と説明をする為に電が同席、同時に深海棲艦を擁する大坂鎮守府に対してその件が査察に繋がるという予想が大いに関係してくる事が考えられるので艦隊総旗艦の長門が、そして朔夜(防空棲姫)が呼ばれている。

 

 加えて査察部隊、及び"別方向からの介入"には人が所属する実働隊が絡むだろうと思われた為、対人部隊に所属していたグラーフも同席し、更には岩川基地の問題の解決の為に、元々そこ(岩川基地)から第二特務課へ異動してきた妙高も会議に参加と、参加人数は少ないものの議題は厄介かつ雑多という混沌とした物になっていた。

 

 

「……艦隊本部からの査察という事だけでも頭が痛いと言うのに、そこにまだこれだけ色々と問題が山積するともう訳が判らんようになるな」

 

「まぁ普通は優先順位を決めて順にって考えるんだけど、査察と深海棲艦化、更に別口からチャチャ入れてくるヤツらはどうも纏めてって感じで来ちゃう雰囲気だし、岩川に関しては実は既に内部関係は収束しつつあるんだけど、その関係で色々人事異動が発令されて、その絡みで岩川からウチに二人程受け入れる事になっちゃったんだよね」

 

「こんな立て込んでいる時期なのにご迷惑をお掛けして申し訳ありません、でも染谷長官が勇退した以上早急に人事を処理しないと不味い立場になってしまう者が出ましたので、提督と相談して先に異動手続きを進めてしまった関係で皆さんへの説明が後回しになってしまいました」

 

「ああ、基地司令が変わるとそれに近い者は入れ替えになるのは仕方が無い話なのは判るが……そうなるとやはり次の司令長官は染谷殿と別の派閥の者になるのか?」

 

「別のと申しますか、染谷司令はどこの派閥にも(なび)かないお人でしたから、あの方が居なくなったら後はどの派閥が岩川を取り込むのかという問題だけでしたので、どの道この手の問題は発生していたと思います」

 

 

 岩川基地は南方、及び中部海域への兵站集積・分配を担う国内最大の要所である、染谷の様な個人的発言権が無い者がそこを治めるにしても、そこを取り込んだ派閥がこの先戦略的に於いて大きな影響力を及ぼすのは間違いない。

 

 その為後任人事は基地クラスの物としては異常に長い準備期間を要し、更に基地内部の人員整理はほぼ刷新に近い状況になっているという。

 

 その基地の事務方を仕切っていた妙高が第二特務課へ異動してきたのはそんな事情が絡んでいたのだが、その問題は染谷が事前に予想していたよりも根が深く、大きく広がっていった為に立場的に危うくなる者が出る事態に及び、その艦娘の身の振り方を案じた染谷からの打診を受けた吉野が、件の艦娘二人を引き取るという事になったのである。

 

 

「そうか、まぁ岩川を抑えれば南方と中部への影響力が強まるのは確かだろうし、色々な方面が躍起になるのも納得はいくな……それで? ウチには誰がやってくるのだ?」

 

「はい、岩川で主計方を仕切っていた鳳翔さんと、護衛艦隊の差配をしていた龍驤さんです」

 

「む……岩川の鳳翔と龍驤と言えば基地を初期から支えてきた屋台骨ではないか、その二人を手放すと言うのか後任の基地司令は」

 

「その辺りに色々問題があったんだけど…… 着任はまだちょっと掛かるし、先に片付けない問題があるから今は着任予定だけ通達しておくって事で」

 

「皆様にはご迷惑をお掛けすると思いますが、どうか宜しくお願い致します」

 

 

 今は大坂鎮守府に所属し、新しい生活に馴染んだ妙高であったが、この後岩川から着任してくる二人とはある意味立場が同じとあって、どうしても直接各所の責任者へ事情を説明したいとこの会議へと参加していたのである。

 

 こうして岩川基地より新たに軽空母二人が大坂鎮守府へ着任する運びとなったが、それに絡む騒動が発生するのはまだずっと後の事になる。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

「岩川の件はとりあえず横に置いといて、目下一番問題になっているのは今回の査察の元になっていると思われる"艦娘の深海棲艦化"の話なんだけど、その情報関係は電ちゃんに解析して貰ったんで、取り合えず皆にも現状把握の為にその話は聞いて貰おうと思う」

 

 

 吉野の言葉に頷いた電は、脇に置いてあったファイルの中から薄い紙束を全員に配り、現在判明している艦娘の深海棲艦化の解析結果の報告を始める。

 

 

「現在こちらには三郎ちゃんから貰った情報の他に、研究機関から断片的に収集出来たデータを下にして色々調べたのです……しかし結果として解析が出来る程の物は揃わなかったので、これから話す事は予想と分析を基にしたお話になると言う事を前提に聞いて欲しいのです」

 

 

 艦娘の深海化

 

 現在電が得ているそれの情報は、以前朔夜(防空棲姫)から(もたら)された『艦娘が轟沈した際、海域に存在する何か(想念)が作用して低確率で深海棲艦となる事例』という物であった。

 

 それは意図して起こる現象ではなく、またそれが成った場合は必ず対象は人と意思疎通が出来る程の高度な知能を有する上位個体になるという事実、更にその際は前世で己は何だったかという自覚はあっても、記憶や人格は基本引き継がない、また他の深海棲艦に見られる様々な生態や社会性は薄くなる傾向にあるという特徴を有していた。

 

 しかし今回新たに得た情報の中にある『艦娘の深海棲艦化』はそれとは大きく違った物であり、どちらかというと人為的な物による影響でそれが成される可能性を示唆する物であったという。

 

 

「その話だと瑞鶴……この前のトラックの秘書艦も人為的に深海棲艦化させた物だというのか」

 

「解析する為のデータが殆ど無いので状況的な結論しか言えませんが、そうなのではないかと予想されるのです」

 

「ねぇ、それって艦娘の体に何か施して深海棲艦にするって事なのかしら?」

 

 

 電の話しに少しだけ朔夜(防空棲姫)が反応つつ眉を顰めた、そこに至る(深海棲艦化)方法が違うとは言っても結果がそうであるなら、自分達と色々重なる部分があるの為、その話は彼女の興味を引くのは当然と言えば当然である。

 

 しかしその言葉に電は少し困った相を滲ませ、手元の資料をに視線を落としつつ首を左右に振って朔夜(防空棲姫)の言葉を否定した。

 

 

「正直何とも言えませんがその現象は"フォールダウン"と呼ばれ、外科的処置も特別な機材も使わずに行われているみたいなのです、但し最初に言ったとおり技術的な情報は殆ど入ってこないのでその辺りは断言出来ないのです……」

 

「フォールダウンねぇ……結局の所今はそんな事があって、更にそれには人間が何らかの形で関わってる可能性がある、だけどその内容は現在何も判っていない……って状態でいいのかしら?」

 

「その通りなのです、事前にお話すると変なイメージを与えるのが嫌だったのでお話ししませんでしたが、噂ではその"フォールダウン"で深海化した艦娘は艦娘の頃の記憶を有し、任意で艦娘から深海棲艦へとシフトする事が可能らしいのです」

 

「まるで時雨みたいな状態だな……っておい、今回の査察というのはまさか?」

 

 

 その現象に於ける真意は判明していない、しかし艦娘の記憶を有し任意で深海棲艦としての力を奮う、それは第二特務課秘書艦時雨の事と同じ存在という印象を持っても不思議では無いだろう。

 

 そしてそんな現象が人の手で成されるという話、更に深海棲艦との戦いが始まってから凡そ30年、今までそんな現象は一度も確認されず、更には現在吉野は現在一艦隊を編成出来る程に深海棲艦という存在を取り込んでいる。

 

 

「フォールダウン、その結果生まれたのが私達で、それをテイトクが主導して行っていると……そんな疑いがあっての査察と言う事なのね?」

 

 

 朔夜(防空棲姫)が言う事は現況間違いでは無いという状況的な情報が揃っていた、そしてこのタイミングでの査察である、それは軍が大坂鎮守府を叛旗を翻す勢力として危険視しているという事であり、もうすぐ行われるであろう査察の目的はその辺りを目的に発令された物と考えるには充分な理由になっていた。

 

 

「……巫山戯(ふざけ)てるわね」

 

「あー、朔夜(防空棲姫)君としてはやっぱそうなっちゃう?」

 

「当然でしょ? 艦娘が深海化するのか何なのかは知らないけど、私達は元はどうであったとしても深海棲艦として生まれてきたわ、人や艦娘が自分に誇りを持ち、私達の事を忌諱する様に私達も自分という存在に誇りを持ち、本来艦娘や人を憎む存在よ?」

 

 

 言葉を続ける朔夜(防空棲姫)、その口から出る言葉は静かに深く、徐々に暗い色に染まっていく。

 

 "艦娘の人の手による深海化"、"人に作られ支配される存在"、そんな存在と同じに見られる事は本来人類の天敵として深海棲艦として生まれ、海の覇者として生きてきた彼女にとって侮辱以外の何物でもない、。

 

 彼女達姫や鬼は現在吉野と邂逅して行動を共にしているが、彼女達にとって不可侵条約というものは単に吉野との関係の先にある"ついで"であって恭順という物ではない、言い換えればそれは人類に対して"協力してやっている"だけの関係であり、そして人が産み出した存在と同質と見られると言う事は自分達が支配下に置かれているという事を言われているのと同義であった。

 

 

「たかが人間風情がこの深海の王に向かってそんな扱いをした上に、私達とテイトクの関係をそんな下らない感情を通して見ている……」

 

 

 もうそろそろ慣れてきたとは言え、その発する殺気を間近に受けて平然としてられる程執務室に集った者は無神経では無い、更に今回のそれは脅しでは無い。

 

 

「ホントフザケテルワネ……ソンナヤツラナンカゼンブコロシテシマオウカシラ……」

 

 

 へたをすると全てを引っ繰り返し、全て殺し尽くすという"本気"を含む物であった。

 

 全員殺気に圧され無言でその様を見る、その辺りまだ慣れていないグラ子に至っては吉野の影に避難し青い顔でプルプルしている始末、そして彼女とそれ程短くはない付き合いがある者は、そのままいくと恐らくだが良くない状況になるという程には思わせる様を朔夜(防空棲姫)は滲ませていた。

 

 

 いつもと違い目に見える程に立ち上る瘴気と燐光、殺すべき者を前に、あの戦艦棲姫と戦った時にさえ見せなかったそれは矜持と誇りを踏み躙られた怒りと、それに加え吉野との繋がりを汚されたという今の彼女にとって許せない心根から出た様であった。

 

 

「あ~朔夜(防空棲姫)君?」

 

 

 そんな激オコプンプン深海棲艦な防空棲姫に吉野は頭に手を置いて撫でくり回す。

 

 朔夜(防空棲姫)からのギロリと表現する程の視線を受けても手を止めず、務めていつも通りの口調で深海の王を撫で続ける。

 

 

「……ナニ? テイトク……」

 

「君の怒りの元は何かってのは充分判っているよ、だからまぁ……何と言うか、ありがとう、でも出来たらそろそろ勘弁してやってくんないかな、でないと若干一名程ヤバい状態の子が……ねぇ」

 

 

 そろそろ殺気に耐え兼ねたのか、グラ子は錯乱して吉野の頭にパイパイを乗せたままプルプル振るえ、縦揺れバインバインの煽りで吉野の頭がシェイクされるという緊急事態が起こっていた。

 

 そんな間抜けな状態を見て、そして今言った"ありがとう"の言葉が朔夜(防空棲姫)の中にある吉野との縁から来る怒りに対しての物だと察した事で、静かに燐光が霧散していき、それと共に殺意も消えていく。

 

 

「……テイトクって卑怯よね、いつも"ここぞって時に殺しに来る"んだから」

 

 

 朔夜(防空棲姫)の言葉にその場に居た者は全員深く頷いた、こうして一応防空棲姫の怒りは収まり、ある意味国家的危機は脱したものの、その代わり吉野に対するタラシという認識が強固になってしまうという結末を生んでしまったのであった。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

「で、まぁ査察の裏にある理由っていうか思惑はまだ確定では無いにしても、ウチに取っては歓迎せざる事であるには変わりない、そして問題は今回その査察に関わる実働部隊に関する事になるんだけど……」

 

 

 真面目な相で会議を進める吉野だったが、色々問題を解決した結果、現在それを収めた吉野にグラ子が色んな意味で思う処があるのか真顔のキラキラという不思議な状態で、いつもより押し付け度が増した頭on the おっぱいで固定状態。

 

 更に朔夜(防空棲姫)も何故かソファーから吉野の膝の上に移動し、所謂お姫様だっこの形で会議に参加しているというカオスが展開されていた。

 

 

「件の監査部隊"MIGO(ミーゴ)"について、もう遠慮はいらないなって思ったからちょっとバレてもOK的に探りを入れてみた結果、まぁほんの少しだけど新たな情報を得る事が出来た」

 

「ふむ、艦隊本部付けの部隊という事だったか」

 

「査察艦隊は春雨、羽黒、ビスマルク、鹿島、秋月、龍驤という何れも高錬度の艦娘で構成された部隊……なんだけど、なんと言うか設立時に集められた異動の経緯とかその辺りが無茶苦茶不透明で、前歴もちょっとおかしい部分があって正直どんな評価をしていいのか判らない状態なんだよね」

 

「ほぅ? そうなのか、しかし一拠点に査察という事で出向いてくると言う事は、出自がどうであれそれなりには出来る者達なのは間違い無いのだろう?」

 

「まぁ予想しか出来ないけど普通じゃないという認識はしておいた方がいいだろうね、それよりもこの部隊を率いている槇原南洲という特務少佐……この人もまぁ何と言うか、すんごい胡散臭い人物というか……」

 

「胡散臭い?」

 

「そう、彼自身の経歴を洗っても偽装されたと思われる物しか出てこなかった、多分だけど身元を調べられる事前提の、それはもぉ徹底的に改ざんされた状態の物しかなかった、で、その経歴は隠すのでは無く作り変えたというやり方だから裏をそこから探るのは不可能って事で……まぁその手の特務に携わる者は普通こんな感じではあるんだけど、それにしても徹底し過ぎてるって言うか……」

 

 

 現状を説明しつつ、それでも何か考え自分の中にある情報を咀嚼しているのだろう、言葉尻が歯切れの悪い物になり、更に視線は前を向いているが、それは誰を見る物ではなかった。

 

 特務に携わる者は素性や経歴を書き換えて表に登録するのは普通と言えばそれまでである。

 

 しかしこのMIGOという部隊に関しては所属する艦娘の経歴自体がそもそもおかしい、建造履歴も所属していた艦隊も判明してはいるが、一部の者を除外し以前所属していた拠点が揃いも揃って監査された前歴があり、その監査報告書は恐らくだが全て改ざんを臭わせる物であった。

 

 更にその報告書にあった担当者……つまり査察を行ったのは槇原南洲という特務少佐である事。

 

 しかもその人物を大本営のデータベースを中心に洗ってみても恐らくはそこに存在しないのだろう、表に出す為の経歴以外何も出てこない、プライベートに関する事が一切記録されていなかったのである。

 

 

 どこで生まれ、どう生きてきたか、偽であってもそんな物すら用意していないというのは、裏を返せば軍務というのに就く為に必要な幾つかの物に触れられない状態であり、在り得ない事であった。

 

 但し、査察やそれに伴う戦闘行為、又は荒事に限定するならそれらは特に必要な項目では無いとも言えるが。

 

 

「そんな訳でこの槇原南洲という特務少佐は、実務をこなすけど後ろにはそれなりに大きなバックボーンを抱えた人物であり、更にその枝葉は辿る事が出来れば軍のトップに近い辺りに繋がっている……とこう予想できちゃったり、ねぇ……」

 

「偉く大層な話になってきたな、まぁ事は深海棲艦との不可侵条約という問題も関わって来るだろうし、その辺りは判らなくもないが、たったそれだけでその特務少佐が普通では無いと提督が言い切ると言うことは、何か他に理由があるんだろう?」

 

 

 吉野は普段情報が出揃っていない件に於いては何か確信的な物が無い限り言い切ることは無い、それは情報という物を重視する生き方をしてきた時の癖であり、またその言葉が周りに及ぼす影響の大きさという物を理解しているからである。

 

 そんな慎重派の吉野が少ない情報を元に槇原南洲という特務少佐を普通では無いと言い切った、普段からそんな性格の提督を良く知った艦隊総旗艦はそこにはまだ何か裏があるのだという考えに至っていた。

 

 

「本部筋の物には引っ掛かる物は無かった……ってよりそれすら除外されていた、けど以前閉鎖された鎮守府を指揮していた司令長官の名前に槇原南洲という人物の名前があってねぇ……」

 

「拠点が閉鎖だと? 移転や併合ではなくてか?」

 

「そう閉鎖、まぁ割とこの辺りは非公式的にはぼちぼちと聞こえてくる話だね、曰く深海棲艦の攻勢で壊滅した、若しくは内部運営に問題があって粛清された、そんな噂だけは色々あるけどその詳細は出てこない、大抵は眉唾物のレベルを出ない話ではあるんだけど、稀に信憑性の高い情報が出てくる事があるんだよね」

 

「しかし軍の拠点で公式に深海棲艦によって壊滅したと記録が残っているのは確か……」

 

「そう、一応公式記録では軍で壊滅した拠点ってのは国内に限っては大阪鎮守府だけって事になってるんだよね、でもまぁここは国内だから隠蔽は無理だった訳だけど、前線みたいな目の届き難い場所や、国内でも人里離れた拠点に限定すれば情報を隠蔽する事は容易だし、そもそもその情報をどう取り扱うかの権限を持つのは"大本営の例の機関(艦隊本部)"だからまぁその辺りはお察しって事で」

 

「ふむ……そしてその指揮官だった人間が今大本営所属の査察部隊の長を務めている、しかも現所属が艦隊本部か」

 

「まぁこの辺りは断言出来ないけど、臭い繋がりは実際ある訳だし……そんな情報を繋ぎ合わせていけば同一人物っていう確率は高いかなと思うんだよね、名前も特徴的だしさ」

 

「しかしその特務少佐の情報は中央で徹底的な情報改ざんがされているのに、何故そんな情報がそのままになっているのだ? 偽名も使わずそのまんまだと、意図してそういう人物だというのを認識させるブラフという事も考えられるが……」

 

「いやぁそこなんだけどさぁ、その辺りの情報は普通表に出ない別方面から出た物なんだよね」

 

 

 吉野の視線が長門の隣に座る者に移る、それを受けた電はコホンと一度咳払いをして「これはオフレコですが」という一言を付け加え、情報源となった話の説明を始める。

 

 

 軍には様々な機関が存在する、運営に関わる部署や対外的調整を主に活動する部署、そんな大本営に存在する数多の組織の中には研究機関というのも当然存在する、さらにそれらは扱う目的に応じて別の命令系統に細別され、其々別の研究機関として運用されていた。

 

 

 それらの中でも特に規模が大きく艦隊本部と繋がりの強い機関が存在する、それが大本営技術本部と呼ばれる機関である。

 

 表向き艦娘の装備の開発から始まりメディカルケア、そして深海棲艦の生態までと扱う物は幅広く、また独自の病理施設も持つ軍の中では最大の研究機関である。

 

 一時期電もここの医療系研究機関に所属していた事はあったが、そこは彼女が目指す未来とは余りにも掛け離れた物を目指していた、そしてそこで行われていた物は医療研究とは銘打っているが、それは治療技術の研究というより医療技術を用いた生体実験を中心とした研究を行っていた為、後に電が中心となり純粋な医療機関及び研究施設群として医局が設立される事になる。

 

 何かを成すという目的の為に行う研究ではなく、研究の為の研究という物は目的が知的欲求を満たす為の物にすり替わり、結果として倫理的ハードルが低い物になったその組織は人体実験すら厭わない非人道的組織として活動するに至った。

 

 

「その技術本部のちょっと表に出せない機関に関わっている、というか被験者の中にその槇原南洲さんという方のお名前があったのです」

 

「……ちょっと待ってくれ、なんだか話がややこしくなってきたぞ、その槇原という男が色々な過去があり胡散臭いのはなんとなく判るが、結局我々は査察に関して何を注意すればいいというのだ?」

 

「ぶっちゃけ電ちゃんは医療関係の一部門を受け持ってるから技術本部の内部情報は幾らか触れる立場にある、という前提で……えっと、何だっけか電ちゃん」

 

「この槇原南洲って人は恐らく三郎ちゃんと同じ深海棲艦か艦娘に関わる生態研究の被験者である可能性が高いと思うのです、それも延命という医療目的の物ではなく、軍事的用途の技術実証を目的としたプロジェクトに関わっていると思われます」

 

「だそうです、まぁ要するにその特務少佐さんはもしかしたら君達とガチでやりあう能力を有しているかも知れないと言う事で」

 

「成る程……そういう事か、つまり我々は査察部隊の艦娘だけでは無く、その指揮官も戦力としてカウントした上での警戒をする必要があると……こういう訳だな?」

 

「まぁそんな感じかな、まぁそれくらい特殊でなきゃ査察なんて周りが敵だらけになる可能性があるお仕事は出来ないだろうしねぇ」

 

「言いたい事は了解した、それでこの情報はどこまでの者と共有すればいいのだ?」

 

「変に警戒した雰囲気を相手に見せたくないし、腹芸が出来る子ってウチにはそんなに居ないでしょ、だから取り合えず球磨ちゃん叢雲ちゃん、後は加賀君辺りに伝えておけばいいんじゃないかな」

 

「ふむ、了解した」

 

「後はそれらと関係ない筋からもちょっと粉掛けられてる件はグラーフ君、後で色々相談しようか」

 

「判った、では引き続き私はここで待機すればいいのだな?」

 

 

 グラーフがそう言うとその勢いでプルルンとアレが縦揺れし、何故か最後は空気になってた朔夜(防空棲姫)が口を△にしてジト目で吉野を睨んでいた。

 

 お姫様だっこ状態で。

 

 

 

 こうして断片的に真実を拾い集めてしまった結果、其々の思惑にすれ違いが生まれるという結果に至ったまま第二特務課と査察部隊MIGOは邂逅する事になる。

 

 そして其々に誤解したままの認識は最終的に対立という不可避の事態を招く結果となり、より混沌とした流れが生まれてしまうのであった。

 

 

 




 それでは何かご意見ご要望があればお気軽にどうぞ。


 誤字脱字あるかも知れません、チェックはしていますが、もしその辺り確認された方は、お手数で無ければお知らせ下さい。

 また、拙作に於ける裏の話、今後の展開等はこっそりと活動報告に記載しております、お暇な方はそちらも見て頂けたらと思います。


それではどうか宜しくお願い致します。

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