大本営第二特務課の日常   作:zero-45

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前回までのあらすじ

 ロボでコップ、歩く魚雷発射管、セルフ艦娘ロケット、そんな愉快な仲魔が勢揃い、どうするクマ、やばいぞクマ、このままでは給料査定がピンチだ!


 それでは何かご意見ご要望があればお気軽にどうぞ。


2017/02/21
 誤字脱字修正反映致しました。
 ご指摘頂きました坂下郁様、黒25様、じゃーまん様、有難う御座います、大変助かりました。



第二特務課水雷戦隊発足(3)

「そんな訳で水雷戦隊との演習をして欲しいクマ」

 

 

 大坂鎮守府執務棟提督執務室。

 

 提督用執務机脇に設置されている応接セットには数人の艦娘が集っていた。

 

 第二特務課艦隊総旗艦長門、副艦大和、榛名、加賀、大鳳、そして水雷戦隊旗艦球磨である。

 

 

「艦隊運用の方向性を決めるために装備更新中と聞いていたが……これは」

 

 

 長門は少し渋い顔で手にする水雷戦隊員の定期報告書に添付されていた各員の装備表に目を通しつつ厳しい色を表に出していた。

 

 他の者も概ね似た様な表情であまり芳しくない雰囲気がそこに漂い、執務机に座る吉野は黙ってその話し合いを傍観している状態である。

 

 

「装備兵装に対しての不審もあるだろうクマが、それは長門達の艦隊が他の拠点から受けている評価を考えれば他人の事は言えないクマよ」

 

「それはそうなのだが……」

 

「そっちが胸を張って戦っていると言うクマなら、あいつらの事も少しは理解出来るんじゃ無いクマ? なら、本気であいつらと戦ってあげて欲しいクマ」

 

 

 暫し無言の時間が流れる。

 

 現在ここに集っている艦隊員は五名だが、もし艦隊規模の模擬戦をするという事になれば、現在同室内で事務処理を行っている妙高を入れた水上打撃部隊系の編成、若しくはグラ子を編入した空母機動艦隊を編成しての仮想敵艦隊を水雷戦隊に充てる事になる。

 

 それは戦力差は歴然とした物になり、一方的展開になるのは必至の物であったが、勝敗という物を排除した上での教育と考えれば球磨の要求も妥当だと思われる。

 

 

 うむ、と小さく言葉を漏らし、長門は球磨へと了承の意を返そうとしたが、その前に加賀が無言で立ち上がり全員の顔を見渡して手にしていた書類を机の上に置いた。

 

 何事かと周りが見詰める中、いつもの如く表情の読めない彼女は踵を返し、ずっと脇で様子を見ていた吉野の前に歩み出てきた。

 

 

「今回の演習、私が仮想敵を務めようと思うのだけれど、構わないでしょうか、提督(・・)

 

「単騎だと? おい……加賀、お前一体」

 

「長門、今回の球磨が必要としている演習結果を出すには貴方達では情が過ぎるでしょう、だから私が出ます」

 

 

 後ろを見ないまま淡々と口から出る言葉に長門達は押し黙り、再び室内は事務処理が続いているだろう微かな物音だけが響き、自然と視線は加賀とそれに対峙する吉野に集中する。

 

 いつもの相だが黙って加賀を見る吉野、微動だにしない加賀、刻々と時間だけが暫く過ぎていく。

 

 

「そっかぁ、加賀君が出るのかぁ」

 

「ええ、まぁちょっとした老婆心みたいな物かしら?」

 

「何か必要な物は?」

 

「演習終了後に間宮で消費する物に対する経費の捻出と、一航戦加賀では無く、加賀型一番艦(・・・・・・)としての出撃許可を」

 

「前者は確約は出来ないけど、無理ならポケットマネーで出させて貰うよ、後者は……自分に許可を貰う物でもないだろうに」

 

「演習に於いての艦隊編成と装備の最終許可は鎮守府司令長官が出すものではなくて?」

 

「……ああ、そうだったね、では申請を許可します、書類としての指示書は記録編纂の際そちらに添付するので今は省略し口頭にて、でいいね?」

 

 

 加賀はそのまま黙って部屋を出る、球磨もそれに続き退出し、残された者は皆難しい顔のまま二人が出たドアに視線を向けたままであった。

 

 

「提督……榛名達は色々、その……間違っていたのでは無いでしょうか」

 

「ん~ 色々君達にも思う処はあるだろうけど、何かあったらそれは全部運営方針を決定してきた自分の責任だから、あんま気にしなくてもいいよ? それに答えはまだ現段階で出す状態じゃない」

 

 

 室内で唯一軽い雰囲気を醸し出す吉野は時雨から受け取ったドクペのプルタブを跳ね上げつつ、演習の様子が見えるだろう窓へ視線を移してそこから見える空を眺めつつ呟いた。

 

 

「まぁ加賀君が行くのは自分も正解だと思うよ、ちょっと荒療治になっちゃうかも知れないけどね」

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 大坂鎮守府西側大規模演習海域、現在そこは深海棲艦という脅威が出現して以降軍関係の船舶、若しくは民間へ軍が発注した護衛付きの船団しか通過が許可されていない海域である。

 

 その多くは警戒網が厚い友ヶ島近辺から淡路島付近へと急激にコースを変える歪な物が選択されており、大坂鎮守府付近を通るコースは皆無となっている。

 

 それは壊滅して以降、軍がこの鎮守府再開発まで呪われた人工島に人が近付く事を嫌い接近を頑なに許可しなかった結果であり、それが現在大坂鎮守府の演習海域を広く取れる物へと繋がっている。

 

 

 海域には夕立を先頭に時津風、陽炎、朝潮、球磨、殿は不知火という単縦陣の形で展開を終えている、そして其々は更新された試作装備を身に纏って鎮守府から北に10海里程の位置にて演習開始の時間まで待機している状態であった。

 

 

「今回仮想敵は航空母艦1、指示が無い限り基本単縦陣での電撃戦を行うクマ、艦隊の足は朝潮を基準にして、敵が有視界距離に入ったらポイヌ(夕立)子犬(時津風)のみ横並びで展開、他は単縦陣のままで切り込んで速やかに敵を排除しに掛かるクマ」

 

「えっ、相手の人って一人なのぉ? てっきり長門さん達の第一艦隊とやる物だと思ってたけど……」

 

「それってすぐに終わっちゃうっぽい、何か訳があるっぽい? 例えば伏兵がババーンとか」

 

「それは無いクマ、でも相手は単騎とは言っても空母クマ、こっちよりアウトレンジから攻撃できるから油断はダメクマよ」

 

 

 其々のインカムからは演習開始のアナウンスが聞こえてくる、そこで球磨は言葉を切り艦隊出撃の撃を飛ばし、六つの艦が一本の線となって南へ駆け始めた。

 

 左に鎮守府、右に淡路島を視界に捉えながら第二戦速というややハイペースな速度で移動する。

 

 幾ら艦娘の目でも何も無い大海原からたった一人を探すのは困難であり、その為電探の情報から詳細位置を割り出して目視というのが水雷戦隊での基本となっている。

 

 そうして暫く、不知火が銀のヘルメットの耳の辺りを押さえつつ電探に感のあった位置情報を艦隊員へ報告する。

 

 それは球磨達から見て正面である南方、そして暫く進まないと視界に捉えられない程の距離であった。

 

 

「航空機の展開を確認、動きから判断して……え?」

 

「どうしたクマ?」

 

「いえ、何だか飛行速度が極端に遅いので機種の特定が難しいです」

 

「艦載機の展開が遅いならそれに越した事は無いんじゃない? 一気に距離を詰めてこっちの間合いで戦わせて貰えばいいのよ」

 

「……不知火、その機影が今居る位置はどの辺りクマ?」

 

「ここから南へ15海里、そろそろ目視可能距離になる筈です」

 

 

 速度はそのまま暫く進む、不知火が言う辺りに近付きそろそろ艦載機が見えてもおかしくは無い位置に近付いてる筈なのに一向にその姿が確認出来ない。

 

 流石にこれはおかしいと思う水雷戦隊の面々の内、球磨だけは何かに気付いたのだろうか険しい表情になり空を見上げる。

 

 

「しまったクマ、速度が遅いんじゃなくて高度を稼ぐ為に上昇してたんだクマ、総員対空準備! 敵機の急降下爆撃に備え第二戦速のまま之の字運動を開始するクマ!」

 

 

 まだ直上では無いものの艦載機はギリギリ確認出来る程の高々度を飛行しており、距離的には既に爆撃の為こちらへ降下を開始していてもおかしくは無い状況であった。

 

 

「前方に敵艦見ゆ、艦種航空母艦か……何アレ……」

 

 

 仮想敵を一早く捉えた陽炎は言葉に詰まった。

 

 

 青い色が印象的な弓道着、横に纏められたサイドテール、それは陽炎も良く知る物であった。

 

 しかしそれが肩に添えているのはいつも目にしていた唐色の長くしなやかな飛行甲板では無く、暗い灰色の短い無骨な物、そしてそれは微かに確認出来る背部艤装よりアームで支えられた物になっている。

 

 そして弓を空に向けて放つその人物の腰には単装砲らしき物が懸架されていた。

 

 

 加賀型一番艦 航空母艦加賀

 

 その艦は軍が計画した八八艦隊計画三番艦として1919年に戦艦として建造を開始された。

 

 しかし1922年、ワシントン海軍軍縮条約締結に伴い正式に建造が中止され、水雷実験の標的艦として使用後部分解体を経て川崎造船所へ曳航、解体を以ってその生涯を閉じる筈であった。

 

 しかし1923年、世界に先駆け航空戦力の重要性に気付いた日本軍が天城型巡洋戦艦であった赤城・天城二隻を航空母艦として再利用する計画を発令、改装を開始するもその内の一隻である天城が横須賀海軍工廠で改装中関東大震災の被害を受け大破。

 

 その結果改装が断念され廃艦、急遽解体処分延期となっていた加賀を代わりとして航空母艦へ改装する計画へ変更された。

 

 そうして改装された加賀は先に航空母艦として改装された赤城と同じく三段式甲板を備え、五十口径1号20cm単装砲10門で武装した航空母艦として竣工された。

 

 しかし艦載機運用のデータが乏しい草創期に作られたその設計は数々の問題を抱え、後に開発された艦載機を運用するのが困難な物になった為、船体上部構造物をほぼ新規に作り上げるという大改修を経て一航戦加賀として知られる今の形となったのである。

 

 

 現在艦娘として生まれてくる加賀はこの大改修を経た後の姿を模した物であったが、第二特務課に居る加賀は当時の大本営一番ドックで建造され、生まれた時は三段式甲板を戦艦に酷似した背部艤装に接続し、弓の他に1号20cm単装砲を装備していた。

 

 後に第一艦隊に所属していた赤城の教えを受け、改修を経て現在のスタンダードな形の武装を使用しているが、元から砲撃戦を想定していた装備を使用していた時期もあり、他の個体よりもそういった装備の扱いに長けている。

 

 

「あれ、加賀さん……よね?」

 

 

 陽炎が困惑する視線の先では加賀が弓を背部へ戻し、代わりに左腕へ三段式甲板を装備しつつ、腰に懸架していた砲を右手に装備していた。

 

 周囲には爆撃の第一陣による余波で飛沫が立ち上り、前と後ろとで速度差が激しい艦隊の距離がまばらになってくる。

 

 

「朝潮! 魚雷管を投棄するクマ! 誘爆するクマよ!」

 

 

 装備重量の増加が激しく一番足が遅い朝潮は最初に腕部魚雷管に被弾し誘爆判定により大破、武装の投棄によって轟沈は免れたものの航行不能となる。

 

 それを庇い球磨が対空戦を行うも真上から凄まじい速度で飛来する艦攻全てを捌ききれる訳もなくその場に釘付けとなり、殿(しんがり)にいる不知火の武装も雷撃・対潜装備のみなので空から一方的に攻撃を受ける状態になっていた。

 

 

 一方それを確認しつつも夕立と時津風は更に速度を一杯に上げ加賀へ攻撃を加える事を選択、対空も出来ない訳では無かったが駆逐艦二隻が防衛に回るよりも加賀を沈黙させる方が良いと考えた結果だった。

 

 そして陽炎は球磨をカバーしつつも先行する二人を援護する為砲撃を繰り出していたが、留まるか進むかの選択を出せないでいた。

 

 

 肉薄する夕立、砲撃をしつつも速度を目一杯上げ接敵した時の為に左腕のパイルバンカーに炸薬を装填する。

 

 回避をする加賀の動きを捉え、必殺の間合いに飛び込む、そして榛名に繰り返し教わった渾身の一撃を、必滅の気合を乗せて叩き込んだ。

 

 その左腕より放たれた一撃は、加賀が振り抜いた三枚重ねの飛行甲板を貫きはしたものの致命傷には至らないという判定に留まった。

 

 そしてカウンター気味で放たれた加賀の20cm単装砲は、夕立に寄り添う様に接敵していた時津風の盾によって阻まれる。

 

 

 しかしその直後、加賀を正面に捉えつつ旋回していた時津風に背後から襲ってきた艦攻の爆撃が艤装へ直撃し、轟沈判定となる。

 

 妖精さんの手によって体の自由を奪われた時津風は崩れ落ちるが、それを(いと)わず加賀の背後に抜ける形となった夕立と、ブースト全開で漸く追いついた陽炎が放った雷撃は挟み撃ちの形となって襲い掛かり、魚雷の直撃を多数受けた加賀は轟沈判定となった。

 

 

 短時間ながら濃密な演習が終了して暫し、体をペイント液の黄色に染めた者達が集まっていた。

 

 其々は苦笑し、また笑いつつも互いの健闘を称えつつ、新しく更新した装備に付いて高揚した様を隠そうともせず語り合っていた。

 

 

 そしてその駆逐艦の輪を挟んで対極にいる二人、球磨は黙ってその様子を眺めている、そしてもう片方に居る加賀もいつもの如く無表情でそこに居た。

 

 

「最後はパイルバンカーで決めたと思ったのに、攻撃が浅かったっぽい……」

 

「夕立ちゃんはまだいいよぉ、私なんか轟沈だもん、これ片手だけじゃなくて予備の盾必要かも」

 

 

 そんな駆逐艦達を眺めながら加賀は艤装の固定アームを操作して三段式甲板を収納し、右手にある20cm単装砲へ演習弾を一発装填すると足元の海面へそれを放った。

 

 ビクリと肩を震わせ加賀を見る駆逐艦達。

 

 いつもと同じに見える無表情、日を背に受けて影が差す顔にある相貌。

 

 注意してみればそれだけはいつもと違い怒りが読み取れる程の視線を目の前に向けている、ほんの僅かな変化であったがそれはここで生まれ毎日加賀達と接してきた彼女達にとって始めて見る恐ろしい物であった。

 

 

「……夕立、陽炎、隣を見なさい」

 

「え……隣?」

 

「今そこには誰がいるのかしら?」

 

「え……誰ってトッキー」

 

「違う、時津風は死んだ、彼女は貴方を庇って艤装を破壊され、暗い海の底へ沈んでいったわ、そして陽炎が迷ってなければ援護が間に合ってその攻撃は無力化できた筈」

 

 

 加賀の静かな声に誰も何も言えず、その言葉の意味も判らずただ前を見る。

 

 

「朝潮、球磨を見なさい、貴方を庇った艦隊旗艦は指揮を執る事もままならずに爆撃に身を晒し続けた、全身に染まる黄色は本来流した筈の血の赤と知りなさい」

 

 

 朝潮は黙って苦笑する球磨を見て絶句し、絶望の色を表情に滲ませ始める。

 

 

「不知火、もし貴方が本来の能力を目一杯発揮していたら艦爆をもっと手前で補足出来ていた筈だし、急上昇している事も判った筈です」

 

 

 言葉が刃となって其々に突き刺さる、それは言われて初めて気付く自分達の今、勝敗の結果だけに浮かれ、死と無縁な歪な戦いしかしてこなかった自分達に初めてそれを実感させる状況。

 

 隣の者を見ればペイントの黄色にまみれた戦友が居る、もしそれが黄色では無く赤だったら、笑っていた同胞が居なくなっていたとしたら、本当はそうなっているのだという事を自覚して身を震わせる。

 

 

「こんな旧式の空母(・・・・・)一隻に半壊する、それがどういう意味を持つのか考えなさい、そしてここが戦場ならまだ戦いは終わってはいないわ、沈んだ時津風の認識票を回収し、血だらけで動く事が出来ない朝潮を引き摺って、敵がうようよと居る海域を抜けて拠点か母艦へ帰還しなければいけない、そんな状態の貴方達の中で最後は一体何人の者が生きて拠点に辿り着く事が出来るのかしら?」

 

 

 痛みを伴う体に鞭打って、動けない者を曳航して敵の只中を往かねばならない、それは考えるだに恐ろしい地獄に違いない。

 

 戦う事に全てを注いできてはいた物の、演習というそれは戦場という世界の一部を切り取っただけの物に過ぎず、実際それが終わるのは生きて拠点に辿り着くまで続くのだ。

 

 考えてみれば当たり前の事、しかしそれを考える余裕も、そこに答えを出す時間も彼女達には無かった、そう考えれば彼女達の事だけを責められはしないだろう、それが判っていたからこそ長門達は悩み、そして対峙すれば迷ったであろうと加賀は結論を出した。

 

 そうして成った今の彼女達に現実を見せ、本当の戦場という物を判らせるには戦った後に自分達の歪さを自覚させる程度には結果を残す必要がある、そう思った末に球磨は第一艦隊へ仮想敵として演習を願い出たのであった。

 

 他ならぬ自分達が異質だと自覚している彼女達ならそれを言葉にしてくれるだろうと期待して。

 

 

「球磨、貴方は優秀だけど部下を甘やかし過ぎてるわ」

 

「……判ってるクマ」

 

「まぁどこの長女もそうなんでしょうけど…… でもその優しさは必ず誰かを殺すわ、そしてそれはいつか貴女を殺す事になる、そんな物貴女や甘過ぎるあの連中に背負わせる訳にはいかないの」

 

「……そういう加賀こそそんなポンコツ引っ張り出してきてペンキまみれになるとか、ダダ甘クマ」

 

 

 球磨の返しに少し苦笑し、黙ってその場を後にする背中にはいつもの感情が読めない雰囲気が戻っていた。

 

 残された駆逐艦達は言葉も無くそれを見送り、ただただ言葉無く佇むしか出来ないでいる。

 

 そんな部下を見渡した艦隊旗艦は短い指示を出して全員を整列させる。

 

 

「お前達は強いクマ、そんじょそこらの鎮守府の駆逐艦と戦っても負けない能力を持ってるクマ、でもそれは長門達が必死でお前達に全部を注いできたからクマ」

 

 

 無言で己を見るその目を順番に眺めつつ、アホ毛を風にユラユラ揺らして球磨はゆっくりと、諭す様に言葉を続ける。

 

 

「アイツらは不器用クマ、もっと教える事が他にあった筈なのにお前達の錬度上げに奔走して、鍛える事を優先したクマ、それは強くなって欲しかったからクマよ」

 

「でも……強さだけに拘ると誰も助けられないっぽい……」

 

「そうクマね、それは今から覚えていくといいクマ、でも忘れちゃダメクマ、アイツらがお前達を強くしようとしたのは敵を倒せるようにする為クマが、それで戦果を上げさせる為でも名誉の為でも無いクマよ」

 

「じゃ、なんで強くなれって言ってたんですか」

 

「そんなの簡単クマ、敵を倒せるならこっちは死なない、強ければ生きて帰れるクマ、アイツらはお前達を強くしたいんじゃなくて、死なないで欲しいって思ってるクマ、アイツらアホだからそれしか生き残る方法を知らないクマよ」

 

 

 戦う事に拘り、数々の戦場を渡り歩いた彼女達は地獄を生き抜き強くなった、それは誰にも教わる事なく身につけた生きる術であり、それが普通であった。

 

 しかしそれは体験から来る物であり、他人に伝える術を持たない不器用な彼女達は自分達が持てる術を全てこの少女達に叩き込む事で生き抜く強さを伝えるしかなかった。

 

 強くなって欲しい、生きる為に。

 

 強くなって欲しい、死なないで欲しいから。

 

 

 そんな歪な愛情が彼女達の無垢な心を歪ませ、暴走とも言える艦隊行動の元となった。

 

 誰も彼もが優し過ぎ、甘過ぎたが為に結果として今日の演習へと至ったのであった。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

「今回は加賀一人に泥を被せる結果となってしまったな」

 

「ですね、それだけじゃなくて球磨さんにも手間を取らせました」

 

 

 未だ執務室で外の様子を見ていた長門と大和は帰還する加賀の様子を見て言葉を吐き出していた。

 

 本来なら出て行く加賀を無理にでも押し留めて自分がという衝動はその場に居る全ての者の心にあった。

 

 しかし加賀が言った言葉を噛み締めるとそれは出来ないという自制心の方がより大きく働き、結果として言葉すら出せない葛藤が誰もそこから動けないという状態にさせていた。

 

 己達の甘さが問題を引き起こした、そしてそれを持つ限りはあの少女達と対してもそれを解決する事は出来ないだろうという事を自覚していたが故に。

 

 

「教導ってのは教えるだけじゃなくて学ぶ事でもあるんだって事に君達は気付けた、それだけでも充分喜ばしい成果なんじゃないかなぁと提督は思うんですけど」

 

「ああ……部下を育てた事はあったがそこは常に死が前提にある戦場だった、でもそこから離れた処で誰かを鍛えるのはこんなに難しい物だとは思わなかった」

 

「はっきり言って何が正解とか間違いなんて答えなんか出ないと思うよ、だから学んで頼って丁度いい落とし処ってヤツを見つけるしか無いんじゃないかなぁ」

 

 

 いつに無く真面目な相をした鎮守府司令長官を見て、彼女達は苦笑いのまま首を一度縦に振り、心新たに進むことを決めた。

 

 

 

 大本営麾下独立艦隊第二特務課。

 

 そこは常識を無視した戦いを繰り広げる武闘派の第一艦隊と、軍でも屈指と称される水雷戦隊が居ると言われる存在となるのだが、そうなるのはまた随分と後の事である。

 

 

 




 誤字脱字あるかも知れません、チェックはしていますが、もしその辺り確認された方は、お手数で無ければお知らせ下さい。

 また、拙作に於ける裏の話、今後の展開等はこっそりと活動報告に記載しております、お暇な方はそちらも見て頂けたらと思います。


それではどうか宜しくお願い致します。

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