大本営第二特務課の日常   作:zero-45

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前回までのあらすじ

 最先端のタッパのあるカッパとオッパイなクリオネ。


 それでは何かご意見ご要望があればお気軽にどうぞ。

(※)御注意

 今回も長いです……何故だ、コピペした段階で気付きました、もう何か燃え尽きてます申し訳ないです、そんな話でもいいよと言う菩薩な提督様はゴー、ムーリーという提督様はブラウザバックで宜しくお願い致します。


2017/04/03
 誤字脱字修正反映致しました。
 ご指摘頂きました京勇樹様、坂下郁様、拓摩様、orione様、ワタソンティウス様、有難う御座います、大変助かりました。


初仕事、のちょっと前

「うむ、教導カリキュラムの内容は大体把握した、こちらはそれで問題は無い」

 

 

 大坂鎮守府執務棟応接室、吉野の前には三十過ぎであろう二種軍装に身を固めた男がソファーに深く腰掛けまだ纏め切ってない状態の資料片手に難しい顔をしている。

 

 男の名は飯野健二(いいの けんじ)大佐、海軍の太平洋側最前線に位置する中部海域の拠点であるクェゼリン基地の司令長官を務める者である。

 

 世界最大と言われている環礁に設けられたそこは、元々アメリカがマーシャル諸島共和国政府より賃借して軍事施設を置き、主に弾道ミサイル等の長距離兵器の打ち上げ実験を行っていたが、深海棲艦出現と共に撤退もままならず壊滅、以後日本が海域を奪還するまでは深海棲艦の一大拠点としてそこにあった。

 

 海域奪還後暫くは激しい攻防が繰り返されたがここ数年それも落ち着き、無闇に進軍しなければ小競り合いが年に数度しか発生しない状態になっており、現在は防衛寄りの活動をしているが戦力的にはリンガに次ぐ数の艦娘を抱える一大拠点である。

 

 飯野の横には特徴的な改造巫女服に身を包んだ秘書艦である金剛型四番艦 霧島が二人の会話に耳を傾けつつ控えている。

 

 

「いやウチはまだ正式に教導活動を開始する時期は決めてませんし、受け入れ態勢は整ってない状態なんですが、それでも飯野司令は教導を施せと?」

 

「ああ、幾ら準備が整ってないからと言って訓練が出来ないという事はないんだろう? 現に設備はここにあるし、君の艦隊には錚々(そうそう)たる面々と姫や鬼という仮想敵が揃っているじゃないか」

 

「確かに飯野司令が仰る通りある程度の教導活動は可能な状態にありますが、それはまだ完全では無く、教導後の艦娘さん達が前線に出ても安全性を保障出来る程のレベルではありませんから……」

 

 

 飯野は吉野の言葉を聞きつつ、明らかに苛立ちの相を表に出しつつ前のめりになりトントンと指をローテーブルに叩きながら尚も己の意見を押し通そうとする。

 

 このクェゼリン基地司令長官の言い分を簡潔に述べれば、己の艦隊に所属する艦隊をまだ準備段階状態の大坂鎮守府に寄越し、所属する深海勢を専属に宛て鍛えろという物であった。

 

 同基地周辺は平時に於いて掃海任務が主な活動としているが、一定の周期で空母棲姫を含む敵連合艦隊が出現する要注意海域であり、鬼が出現した場合は大本営麾下第一艦隊がこれの撃滅に当たっている。

 

 この形の防衛に今の処問題という物は発生していない状態であったが、最前線の指揮を執りつつも肝心のボスの相手をするのは大本営の艦隊が務めるという事に飯野は常々不満を感じていた、いつか自力での海域維持をする事に並々ならぬ執念を持ち、それに向けて日々艦隊を鍛えてきたのである。

 

 そんな飯野にある情報がもたらされる、本土に教導を専門に扱う拠点が設けられ、更にその拠点には仮想敵として深海棲艦、それも今自分が最も倒すべき相手とする者に近しい空母棲鬼が居るというのだ。

 

 

 艦隊の錬度は充分という自信はある、しかし経験が足りない、それを積もうとしても鬼級と会敵する機会を与えられていない。

 

 

 そんな状況と不満が飯野という男を突き動かし、基地司令自ら秘書艦を伴って準備段階の大坂鎮守府へ訪れるという行為に及び、現在大本営独立艦隊第二特務課艦隊司令の吉野に食って掛かるという事態になっていた。

 

 

「安全? 兵を鍛える場でそんな事を考える必要は無い、教導を担う君達が優先するべき事は確実なる勝利を得る為の戦力を育成する事であって、学校ごっこでは無いと思うのだが?」

 

「それは違いますよ飯野司令、教導とは導く物、正しい知識と戦い方を学び、少しでも戦力の損耗を減らす為に尽くすのが我々の責務です、そこには手順がありルールが存在します」

 

「ルール? 理性の無い化け物相手にそんな甘い考えで戦いを挑むと君は言うのか?」

 

「貴方はモノを知らなさ過ぎる、相手が何者か理解し充分な策を用意した上で対峙しなければ余計な被害を被るだけですよ」

 

 

 吉野が言った最後の言葉に飯野だけでは無く、横に控えていた霧島の顔色も厳しい物に変化する。

 

 確かに彼女達は深海棲艦上位個体との戦闘経験こそないが、仮にも最前線で戦う精鋭と言われる艦娘である、その自覚と誇りを以って日々戦いに身を投じてきたという矜持を否定されたのだから心中穏やかでは無いだろう。

 

 目の前の基地司令以外からの視線にも気付いたのか、吉野はボリボリと頭を掻いて大きく溜息を吐く、色々な意味でこの手の視線には慣れてはいるもののそれが気持ちが良いと感じる程吉野の性癖はM的に歪んではいないのだ。

 

 フと朔夜(防空棲姫)の顔が一瞬頭を過ぎったが首を振ってそのイメージを振り払い、目の前の二人に集中する事にする。

 

 

「飯野司令、貴方の艦隊が弱いと自分は一言も言ってません、ただ貴方達は知るべき事をすっ飛ばし急ぎ過ぎてると言うんです、それは良くない、とても良くない物なんですよ」

 

「なら逆に聞くが、君の言う我々に足りない手順とは一体何かね?」

 

「深海棲艦上位個体、飯野司令が担当の海域では艦隊規模の個体を引き連れてソレは出現するんですよね?」

 

「ああ……そうだがそれが?」

 

「なら取り巻きをどうにかするのに一艦隊、上位個体のみを屠るのにもう一艦隊、ウチで教導を完了した後と仮定してもこれが必要最低戦力と思って下さい」

 

 

 飯野の顔が更に険しくなる。

 

 現況クェゼリン周辺に出没するボスの艦隊を相手にしているのは大本営第一艦隊である、そして飯野が指揮する艦隊は周辺の深海棲艦を叩きつつ第一艦隊が戦うエリアへザコを近付けない様立ち回るというのが常となっていた。

 

 そして吉野が言うにはボスの艦隊を叩くのには最低二艦隊の戦力が必要だという、それはつまり大本営第一艦隊ならそのまま倒せる敵であっても、飯野の持つ戦力では例え教導を受けたとしても二倍の戦力を投入する必要があるという話であった。

 

 それは言い換えてしまうと、自分の指揮する艦娘達は大本営所属の艦娘達より大きく能力が劣っていると言われているのと同義である。

 

 例え姫や鬼を相手にした事が無いと言っても錬度はカッコカリも含んだ者を多く含めた最前線クェゼリン艦隊である、それが教導を受けても尚第一艦隊の倍の戦力を要すると言うならそれは飯野自身の指揮能力が低いと言っているのと変わらない。

 

 そしてそれを言う者が目の前の吉野三郎という男、つまり今まで深海棲艦上位個体の艦隊を撃破し、尚もそれを鹵獲してきた艦隊を指揮してきた者から発せられた物であれば自分達は数段下に見られていると考えてもおかしくは無い。

 

 

「……教導を受けてもウチの艦隊……俺では大本営の艦隊や君の艦隊の様には戦えないと、そう言うのかね」

 

「実際幾らか戦って経験するまではという前提でとなりますが、そうなります」

 

 

 霧島が無言で前に出そうになるのを手で制した飯野は数度深呼吸をし、再び目の前のヒョロ助を睨むと余程腹に据え兼ねているのか、静かに肩を震わせながらその言葉に耳を傾けている。

 

 

「次に上位個体を相手に戦うのは基本装甲が厚い艦種を前に、空母棲姫相手なら戦艦3、艦戦ガン積みの正規空母2、後は三式積みの重巡か若しくは戦艦をもう一人、この編成でのゴリ押しでいくしかありません」

 

「大本営の第一艦隊は確か戦艦1、航戦1、航巡1、雷巡1、正規空母1に駆逐艦1という編成だった筈だが?」

 

「あの艦隊は個々の能力が極めて高い艦娘で構成されています、戦艦と言っても大和型の、それも捨て身に近い戦い方をする武蔵ですし、赤城の航空機運用の異常さは無論駆逐艦の秋月さえも対空特化装備に絞ったら重巡2隻以上の能力を発揮します」

 

 

 飯野が擁するクェゼリン第一艦隊は旗艦霧島、副艦伊勢、以下那智、川内、翔鶴、瑞鶴という編成になっている。

 

 大和型と比べれば見劣りするものの戦艦は倍の二人、防空駆逐艦は居ないが代わりに正規空母が二人なら差はそれ程無いといってもおかしくは無かった。

 

 

「正規空母が二人居ればギリギリ制空権は拮抗に持っていけるかも知れませんが、取り巻きに空母系が居ればそれも難しいでしょう、そして何より金剛型と伊勢型だけでは火力が足りない、空母棲姫を()とすならば短時間で畳み掛けないと難しい、だから変則になりますが戦艦空母のみの編成をする必要があるんです」

 

「しかし君の艦隊が空母棲鬼を仕留めた時は戦艦は金剛型の榛名だけだったと聞く、それに正規空母は加賀一人だったと記憶しているが?」

 

「それに加えて防空棲姫、レ級が我々と共闘しました、仮に空母棲姫と対するとしても状況が整えばウチの榛名君なら削り切れる可能性はあります、しかしそちらの霧島君では単騎でそれをするには攻撃力が足りないでしょう」

 

「同じ金剛型でもそちらの榛名と比較すればウチの霧島の方が劣ると?」

 

 

 同型艦と比較され劣ると言われた事で我慢が出来なくなったのだろう、今まで黙っていた霧島も飯野と同じく厳しい表情で吉野を睨んでいる。

 

 確かに色々噂がされている第二特務課の艦娘達であるが、結局は自分達と同じ艦娘という存在であるという認識は間違いでは無い。

 

 

 それが普通(・・)の装備や戦い方をする者達であったらの話であるが。

 

 

 一度目の前の二人を黙って見詰め根本的な前提が違うんだよなぁと呟きつつ何かを考えると、渋い顔でテーブルに据えている電話を手に吉野は執務室へ何事かを伝える。

 

 暫く後、相変わらず睨んだままの二人を前に苦い顔の吉野は一度茶を啜って一息付くと、再び目の前の二人へ視線を戻してゆっくりとした口調で話を続ける。

 

 

「艦隊としての完成度で言えば恐らくウチより飯野司令の艦隊の方が安定していると思います、ただウチは極端に攻撃力に偏重した艦娘さん達で構成されてますから、相手が固い相手でもなんとか戦えてるんですよ」

 

 

 吉野の言葉が終わるか終わらないかという時、応接室の扉が四回ノックされドアが開かれる。

 

 そこにはニコニコとした榛名がお代わりであろう茶と胡麻団子を盛った皿を載せた盆を片手に入室してくる。

 

 一体彼女は何がそんなに楽しいのだろうかと言う程のキラキラ顔で失礼しまーすと一声掛けながら、盆の上の物を配膳し終わると(おもむろ)によいしょと呟いて吉野の膝の上に横座りの状態で腰掛ける。

 

 

 極自然に行われた一連の動作に榛名以外の者は全員怪訝な表情で黙ってそれを見る。

 

 更に榛名は胸の辺りをゴソゴソと弄ってひやしあめの缶を取り出し、プルタブを跳ね上げるとジルジルジルとそれを啜ってあまーいと一言呟く、気のせいだろうかキラが更に盛大な物になった気がする。

 

 

「……榛名君」

 

「はい、ご指名がありましたので急いで伺いましたが何か榛名に落ち度がありましたでしょうか?」

 

「いや何でぬいぬいの決め台詞をってかここに呼び出したのは確かなんだけど……何で膝の上に?」

 

「え? いけませんか?」

 

 

 暫く無言でジルジルとひやしあめを啜る彼女を凝視していた吉野だが、流石に来客中にこれは不味いと思ったのか榛名を抱えて横に据え溜息を吐いた、移動された榛名は不服そうな表情をしているがそれはこの際スルーする。

 

 心なしか前から飛んでくる視線が先程とは違った類の痛い物になっている気がするがそれも敢えて気にしない事にする。

 

 

 そしてやれやれと一息付いた吉野は榛名の事を飯野達に紹介しようとしたが、そのタイミングで再び応接室のドアがノックも無しに開き何者かが入室してきた。

 

 

 白く長い髪に血の気が感じられない程に冷たく見える肌、黒い襟のセーラーから伸びる手足には鈍く光を反射する漆黒の装甲、それは飯野が仇敵と定めた深海棲艦と同じ上位個体、空母棲鬼とされる異形がその姿を見せていた。

 

 世の消費者から"ある意味炭酸飲料の王様"と称されるドクペをジルジルと啜りながら。

 

 

 その深海棲艦上位個体は引き続き口元からジルジルと音をさせながら、怪訝な顔をするクェゼリン基地司令とその秘書艦に見られつつも特に気にした様子も無くトコトコとそのままソファーに近付き、何故か吉野の膝の上にドカリと腰掛けるとケプリと口からゲップを一つ吐き出した。

 

 再び無言になる応接室、更に(空母棲鬼)がジルジルという炭酸飲料を啜る音だけが場を支配する、ほんの少し前に似た様な事があった気がするのは何故だろうか。

 

 

「あの……(空母棲鬼)君?」

 

「何よ? 呼ばれたから来てあげたけど、何か用?」」

 

「いやその、何と言うか何で膝の上なの?」

 

「は? いけないって言うの?」

 

 

 予告も無しに鬼級が入室、更にその深海棲艦上位個体は炭酸飲料を片手にゲップをかまし、しかも目の前の男の膝に横座りという状況を前に流石のクェゼリン基地司令とその秘書艦も何と言葉を掛けたものかとその様を凝視する。

 

 

「で、コイツら誰?」

 

「あ、えっとクェゼリン基地司令殿とその秘書艦さんです」

 

「ふ~ん、あ、テイトクも飲むでしょ? はい」

 

 

 (空母棲鬼)は目の前のクェゼリン基地司令とその秘書艦に何の興味を示す事も無く、胸元から赤いメタリックの缶を取り出してそれを吉野に押し付ける。

 

 胸元から出した物の筈なのにヒエヒエのそれをイタダキマスと受け取る吉野であったが、今度は隣に座る榛名が笑顔のまま黙って(空母棲鬼)を持ち上げドカリと己とは反対側に投げ捨てて元の位置に座り直す。

 

 何故か二人の間には戦場で対峙する類の殺気と言うか空気と言うかそんな風味が漂い、その間に挟まれた吉野は虚ろな表情で乾いた笑いを口から漏らし現実逃避の姿勢に入る。

 

 

「吉野司令……その艦娘と深海棲艦が……」

 

「ええまぁ、何と言いますか空母棲鬼の(空母棲鬼)君と、(くだん)の話に出てた榛名君です」

 

「深海棲艦が名前を?」

 

 

 霧島の一言に初めて(空母棲鬼)の視線がテーブルを挟んだ向こうへ移る、ジトリと睨むそれには明らかな不機嫌という感情を乗せたまま、口元はいつもの△の形をして。

 

 

「この名前が何? 何か文句があるワケ?」

 

「いえそう言う訳では……でも化け物が自分の名を持つというのは聞いた事が無かったものですから」

 

 

 何かに(ひび)が入るが如く軋む空気、底冷えを感じる程に漂う視線、そして息をするのを忘れてしまう程の殺気が霧島に向けられその隣に座る飯野もその身を硬直させ二人は固まった。

 

 遠慮も何も無く向けられたそれは殺気と言うには生易しく、余りにも突然に変貌した白い異形を前にクェゼリン司令長官もその艦隊旗艦も思考を停止したまま何も考えられなくなった。

 

 

「私の事化け物呼ばわりするのは別に構わないけどアンタ……この名前の事云々言うのは許さない、次に同ジ事言っタラ……ココカライキテカエレルトオモウナヨコムスメ?」

 

 

 何かが目の前に居る異形の逆鱗に触れたのは理解出来たがそれ以上思考を働かせる事がままならない。

 

 固まる霧島の前では感じたことの無い程濃密な殺意の固まりがそこにあり、その殺意の隣に居る男はハハハと苦笑いの相でボリボリと頭を掻き、更にその隣ではあろう事か同じ金剛型である艦娘が缶飲料を呑気に啜ってはプハーと満足げな表情で笑っている。

 

 異様な空間、そう表現するしかない、中部海域の最前線を守護する艦娘代表とそれを指揮する主は、嫌な汗が噴出すのを感じつつも身動きするのもままならない状態で殺気を受け続ける事しか出来なかった。

 

 

(空母棲鬼)くんちょっと」

 

「……ナニ?」

 

「うん、気持ちは判るけどちょっとやり過ぎだと提督は思います」

 

 

 白い無表情な顔から徐々に感情の篭った視線へ戻り、再び口の形を△にした(空母棲鬼)という存在が吉野をジト目で睨む。

 

 殺気という戒めが解かれた飯野と霧島は揃って首を振り、少し乱れた息を整えつつ改めて目の前の異形を見ると何かを言いた気に口を開くが、その言葉が中々口から出てこない。

 

 ほんの数秒の間に起こった出来事であったがそれは余りにも理不尽で、一方的で、そして絶望的過ぎた。

 

 そう、只殺気を向けられただけなのにそれは絶望を認識するには充分過ぎる程の出来事だったのだ。

 

 

「"気中(きあた)り"……まぁ殺気ってヤツですね、たったそれだけの行動が経験した事の無い者に対して致命的な隙を生む物になる、これが深海棲艦上位個体との戦いですよ、飯野司令」

 

 

 もし今あった事が戦場で起こったとしたら、自分の秘書艦ですら動けず飲まれた状態が艦隊員全てに降りかかったとしたら、それは間違い無く致命的な隙となって戦いの流れを大きく変えてしまうだろう。

 

 そして飯野は知っている、殺気という物だけで相手を怯ませる事を成そうというのならば、双方にはある程度以上の実力差があるという事が無ければ出来ないである物だと。

 

 

「しかしこの辺りは慣れでどうにでもなるモンなんですよ、それを知っていれば恐れる事も警戒をする物でもありません」

 

「ああ……確かに、確かに君の言う通りだ」

 

「そういう経験を積んで貰い、更に最善な選択が出来る知識を覚えて貰う、それがウチの教導方針になります」

 

「……成る程、君の言いたい事は理解した、しかし吉野司令、それを説明する為にその……(空母棲鬼)君だったか、彼女をここに呼び出したのは判ったが、そこの榛名を同席させたのは何故だ?」

 

「あー……それは、えっと榛名君」

 

「はい、何でしょうか」

 

「すまないが艤装を展開してみてくれるかな?」

 

「え、いいんでしょうか?」

 

「お願いします」

 

 

 吉野の言葉に戸惑いつつも榛名は席を立つと少し離れた場所に移動し、精神統一をする様に深呼吸すると静かに息を吐き出した。

 

 圧縮された空気が弾ける音と共に、ダズル迷彩と呼ばれる灰と黒が縞に塗られた砲塔が乗せられた、金剛型の艤装というには歪な物が榛名の背部を包む様に現れる。

 

 それは色こそ飯野と霧島の知るそれであったが、砲塔の大きさが恐ろしく巨大であり、左右に展開されるシールドアームと呼ばれる部分には鋭角に叩かれた板状の補強材が無骨なリベット打ちで固定されていた。

 

 バランスも考慮されず、見た目も()()ぎだらけに見えるそれはただただ異様であり、そして異質であった。

 

 その様を見た飯野もそれを凝視するだけで言葉を口にする事が出来ず、霧島に至っては艤装に乗った砲をから視線を外せないでいた。

 

 

「51cm連装砲四基、シールドアームは陸奥鉄で補強、彼女はこれで相手に近接戦を挑み、この前の捷号作戦では戦艦棲姫を単騎で仕留めました」

 

「は? ……何だって?」

 

「ウチの榛名君はこの装備で単騎で戦艦棲姫にガチの殴り合いを挑み、それをぶっ飛ばして鹵獲してきました」

 

 

 吉野の言葉に再び固まる飯野と霧島、そして榛名は吉野の言葉を聞き顔を赤らめ、テレテレと巨大な艤装をブンブン振りつつ身をよじっている。

 

 

「51cm連装砲って……そんなバカな、そんな物積んでも使用なんて出来ない筈です」

 

「まぁ霧島君が言う様に普通はそうなんだけど、実際にウチの榛名君はそれを使って戦っている、しかも砲は至近距離でバンバン使用するという徹底ぶりだったり」

 

「……武蔵殺し、ああ、そうだったな、そこの榛名は武蔵殺しと呼ばれる艦娘だったか」

 

「ですね、さて榛名君、もし君が(空母棲鬼)君とタイマンしたとしたらどうだろう? 勝てそうかな?」

 

「あ~ 正直榛名単騎では難しいです、流石に(空母棲鬼)さんの航空兵力は数も質も桁違いですし、近付く前に足を潰されてしまって近接能力も半減しますから」

 

 

 苦笑いでそう言う榛名の言葉にフフンと胸を張る(空母棲鬼)、先程殺気を振り撒いていた威厳はそこに微塵も無く、代わりにチョロさ的な何かが滲み出していた。

 

 吉野に言われ艤装を解除した榛名はトコトコと戻ってきて再び吉野の膝の上に腰掛けようとしたが、チョロい深海棲艦上位個体にそれを阻止され、仕方なく頬を膨らませつつ吉野の隣に座り直す大艦巨砲主義の権化娘。

 

 そんな攻防を苦笑いで見つつ吉野はさてと一言吐き出して、改めて目の前の二人に向き直る。

 

 

「戦艦棲姫を単騎で仕留められる戦闘力を有していても空母棲鬼にはそれが通用しない、これは戦闘力というより相性の問題です、しかも理不尽な事に空母棲姫に対し対空という面では戦艦はほぼ無力ですし、三式を積むとしても空母棲姫という存在を仕留めるには打撃力が低下する事になってしまいます」

 

「それで戦艦4に空母2か……」

 

「はい、それも空母棲姫一体に対してです、取り巻きの相手は含まれてません、空母の航空戦力で空からの攻撃を防ぎ、戦艦の打撃力で叩く、それも可及的速やかにです、長期戦は姫や鬼相手には分が悪い」

 

 

 飯野は難しい顔のまま俯き、顎に手を当て何かを考えている。

 

 再び室内はひやしあめとドクペを啜る二重奏に包まれ時間だけが刻々と過ぎていく。

 

 

 難しい相のままのクェゼリン基地司令と口を(つぐ)み俯く秘書艦、そこには先程までの刺々しい雰囲気は無く、ジルジルという音が無ければ時間が止まったかのような様がそこにあった。

 

 そうして暫し、漸く飯野が何かを決めたのか、身を僅かに前に出し真剣な相を吉野に向ける。

 

 それは意地に駆られた訳でも焦りを浮かべた物でもなく、とても静かな、それでも何かを決めた者特有の雰囲気が見て取れる物であった。

 

 

「話は充分に理解したよ吉野君、しかしそれでも我々は早急に君達の教導を受けたいと思うのだがどうだろうか」

 

「……準備は万全ではありませんし、どれだけ仕込めるかの保障はありませんが?」

 

「それは承知している、しかし君は言ったね、我々には姫や鬼を相手にするには経験が足りないと、それと同じく今の君達に足りないのは準備や体制なんかじゃなく、誰かに戦いを仕込んで送り出すという経験が足りないと言えなくはないだろうか?」

 

「あー……そう言われるとまぁ、そうですね」

 

「完璧に仕込んでくれとは言わん、それでも君達には現段階の命一杯をウチのヤツらに仕込んで貰いたい、まぁお互い"お試し"という形で試験的に教導を施すという事でどうだろうかと思うのだが」

 

 

 飯野の言葉に溜息を吐き隣を見ると、榛名がにこやかに微笑み一度だけ首を縦に振る、そして逆側に視線を移せばフンと鼻を鳴らした(空母棲鬼)が上等と一言だけ呟くのが見える。

 

 ある意味周りを固められた状態の吉野にはこの話に断りを入れる言葉も理由も無いが、この先結果がどうなるかという予想は余り芳しくないというのが正直な予想である。

 

 それでも流れはこの依頼を受けるという物に傾いているのなら成る様にしか成らないと諦め、吉野はクェゼリン基地司令の願いを聞き入れる事にしたのであった。

 

 

 

 こうして大本営独立艦隊第二特務課初となる教導任務は、中部海域から二艦隊分の人員を受け入れつつも色々な問題を抱えたままスタートする事になる。

 

 

 




 誤字脱字あるかも知れません、チェックはしていますが、もしその辺り確認された方は、お手数で無ければお知らせ下さい。

 また、拙作に於ける裏の話、今後の展開等はこっそりと活動報告に記載しております、お暇な方はそちらも見て頂けたらと思います。


それではどうか宜しくお願い致します。

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