大本営第二特務課の日常   作:zero-45

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前回までのあらすじ

 祝勝会で行われるカオス、そして羊羹。


 それでは何かご意見ご要望があればお気軽にどうぞ。

(※)御注意

 前回とは違い色々暗い話になっています、また今回に限り一人語りの物になっています。

そして最後は救いの無い内容になってますが、過去のお話なのでその点御注意下さいませ。


ある研究者の手記

○○月○○日

 

 以前から請われていた海軍からの要請を受けて大阪鎮守府にやって来た、元々は乗り気では無かったが夫がここに配属されると聞いて単身赴任させるのは可哀想だと娘にせがまれ仕方なく同行する事にした。

 

 この手記は研究ノートとは別に日々の色々な出来事をメモ程度に残す備忘録的な物として気が向いたときに書き記す事にする、まぁ膨大な予算を好き勝手出来るいい機会だし環境も特殊なので色々忘れない為のメモ書きは必要になるだろう。

 

 しかし今回は仕方なく仕事を請け負った訳だが、これ絶対私に仕事を押し付ける為の人事だよな、クソ海軍め、いつか仕返ししてやる。

 

 

○○月○○日

 

 前任者より施設の引継ぎを行う、流石最先端医療と技術が詰め込まれたラボだ、話にしか聞いた事のない設備が目白押しでテンションが上がる、しかしこの程度では私をハメた軍部に対する怒りはとんと収まらない。

 

 そして件の艦娘という者達とは明日会う予定だがその辺り少し憂鬱ではある、私は医療研究者であって精神科医では無い、メンタルサポートと言われても何をしていいのか判らん。

 

 しかし夫の昇進と年金の増額確定という老後の安定を考えると止む無しだ、まぁ今も絶賛子育て真っ最中だから似た様な事をすればいいんじゃないかとは思っている。

 

 

○○月○○日

 

 艦娘とやらと引き合わされる、海から来た謎の敵性生物とタメを張れる者と聞いていたからどれだけイカついツラをしているのかと少し緊張したがアレは何だ?

 

 ウチの紅葉(もみじ)(さくら)とほぼ変わらん背格好をした小娘では無いか、あんな子供にドンパチをさせているのか軍は、狂っているとしか言い様が無い。

 

 しかし話してみるとアレだ、どいつもこいつもニコニコとしているが大人顔負けの達観した考えをしていて正直引いた、性格自体は年相応の子供のソレなのに何と言うかアンバランスさが際立っている。

 

 あ、叢雲とかいうガキ、アイツだけは許さん、私は確かに経産婦ではあるがまだ二十台だ、お肌もまだピチピチのガールとも言っていい年代だ、それを人の事ババア扱いしやがって、いいだろう戦争だ、どっちがボスか判らせてやる。

 

 

○○月○○日

 

 艦娘用メディカルセンターの機材を一通り確認する。

 

 見た目は人用のそれと変わらないが使用する薬品や細々とした道具が何か工業用品なのに戸惑いを覚える。

 

 て言うかメインになる治療設備が風呂とか何だ? 正直ドン引きなのだが…… こんなので本当に治療が可能なのか?

 

 

○○月○○日

 

 電という小娘が血だらけで緊急搬送されてきた、見た目体の欠損箇所は無い物のオペが必要な程重篤な状況である事は間違いない。

 

 なのに風呂にドボンして暫くするとみるみる傷が癒えていく、ゆっくりとだが目に見えて傷が消えていくそれは間違い無く現代医学をあざ笑うかの様なバカげた光景だった。

 

 痛くは無いのかと聞いたら、もう慣れたとかほざいていた。

 

 自分の娘と同年代に見える小娘が血だらけで笑う姿は見ていて複雑な心境だ、そして痛い物を痛いと言わせないこの環境は間違っていると思った、クソッ。

 

 

○○月○○日

 

 色々な下準備が完了したので本格的に研究を開始する。

 

 艦娘から得た細胞サンプルと、fairyと呼ばれる不思議生物からもたらされた情報を元に、艦娘の入れ物になる素体を作る。

 

 現況あの小娘達だけではいつか損耗してドン詰まりの状況になる、なので我々は我々の手で艦娘という存在を作って海を取り返そうという訳だ。

 

 現況fairyから得られている情報では、適切な入れ物を用意して適切な手順を踏めば艦娘という存在を造る事は可能らしい。

 

 しかし適切なとか言われている部分の物は話があやふや過ぎて何も判らないらしい、ナメテんのかあの小人共は、肝心の部分が何も判らん情報なんかどうにもならんでは無いか、嗚呼不幸だ。

 

 

○○月○○日

 

 瀬戸内海から敵性生物を駆逐する事に成功したらしい。

 

 軍による膨大な支援があったとは言えあの小娘五人が居なければ成し得なかった戦果だ、正直舐めていた艦娘スゲー。

 

 しかしその代償も少なくは無い、この瀬戸内海奪還の為軍所有の艦艇がどれだけか知らんがかなりの数を喪失し、艦娘自体も傷だらけで風呂が血だらけのスプラッタ状態だ。

 

 笑うな、痛いなら痛いと言え、子供がそんな顔で我慢するモンじゃない。

 

 

○○月○○日

 

 研究の方が思いの外順調に推移している、まぁ造るサンプルが丸ごとそこに居るのだから、それを模して培養させればいいので当たり前と言えば当たり前か。

 

 研究の片手間に小娘共と触れあい交流をやってみる、ウチの娘二人と息子も参加させて情緒教育というヤツだ。

 

 保育施設や学校が休みで預け先が無いから連れて来たのでは無い、これは情緒教育だ。

 

 てか妙に馴染むのが早いな我が娘よ、母はソイツ達とまともに話して貰うのに三日を要したのだが……まぁいい。

 

 そして叢雲、お前は人の事ババァ扱いするクセに何故(めぐみ)を抱く時にはデレデレしてるのか? 年下の男が好みなのかお前は、だがしかしウチの息子はやらん、ソイツには将来安定した職に就いて貰って老後養って貰わんといかんからな、鬼嫁はいらん。

 

 

○○月○○日

 

 艦娘になる為の素体が完成した。

 

 細胞の構成、内臓器官、容姿は別としてそれ以外の全ては同じ物が出来た訳だが、fairyが何故か首を横に振ってダメ出しをしやがった。

 

 何が駄目なのか、私としては人ならざる者でも人型の物を造るのは正直気が進まない、だからあの小娘達と見た目が同じ者を造るのは正直勘弁して貰いたいのだが…… やはりその辺りが問題なのだろうか。

 

 

○○月○○日

 

 研究が行き詰る、あれから何体か素体を完成させてみたものの"精神が降りてこない"、ただの空っぽが幾つか出来ただけだ。

 

 何が足りない? ムカつく気持ちを抑えて小娘共と同じ容姿の素体を作っても駄目だった。

 

 何が足りないのかfairyに聞いても訳の判らない事をほざくだけでどうにもならん、まるで無地のパズルのピースを山積みにした物を前にした心境だ、ああムカつく。

 

 恵でもイジって癒されようとしていたら吹雪の膝の上で御満悦な表情をしている息子を見てしまった、くそう、何と言うかくそう。

 

 

○○月○○日

 

 研究は相変わらず、どうもこっちの進捗が芳しくないという事を聞いた軍部が新たに研究者を寄越す事にしたらしい。

 

 最近ワーカーホリック気味だったので人が増えるのは在り難いのだが、来るヤツがどうも胡散臭いと言うか余り歓迎出来ない輩という事を聞いた、何でも医療研究者ではあるが専門は深海棲艦の者らしい。

 

 まぁ同じ専門の者を集めても余り有用とは言えないが深海棲艦の研究者と我々を混ぜるとか色々迷走し過ぎだろう、軍上層部に居るヤツは皆アーパーばかりなのか?

 

 

○○月○○日

 

 最近煮詰まっているので子供も連れて小娘共とピクニックへと洒落込む、近々呉周辺の敵性生物とのデカい戦いがあると言う事でこんな事はもう今しか出来ないからな、まぁ夫の休みも重なって良かった、荷物持ちが確保できた。

 

 で、ピクニックと言っても鎮守府端の岸壁でバーベキューをするだけなんだが、思いの外小娘共のテンションは高かった。

 

 色々子供に囲まれて、はいはいと酒をかっ喰らいながらやってたら、電がウチの娘共につられたのか私の事を"お母さん"と呼んだ、まぁ集団心理が引き起こすありがちな出来事というヤツだ。

 

 だけどあの時私の事を母と呼んだ直後の電と小娘共の顔は何だ、あのしまったと言うか、取り返しのつかない事をしてしまった者がする顔は、何故そんな泣きそうな顔をするのか。

 

 私は知ってしまった、あの小娘共は普段は達観した顔で戦ってはいるが、中身は見た目と同じくガキなんだと、そして私を母と呼んでしまい今までの関係が崩れてしまうのでは無いかという不安があの顔をさせたというのを。

 

 ああムカつく、なんでこんな子供が我慢してそんな顔をしなくてはいけないのか、並んでいるウチのガキ共と何が違うというのか。

 

 ムカついたので以後小娘共には私の事を"お母さん"と呼ばせる事にする、最後まで叢雲は抵抗していたが必殺の恵アタックで篭絡させた、ハハハ勝った、だが息子はやらんからな。

 

 

○○月○○日

 

 ヘンタイが来た、深海棲艦がダイスキな研究者だ。

 

 何だかタカピーで高慢ちきな女だったが取り敢えず同僚となるので仕方なく組んでやる事にする、色々思う処があるが、同じ研究者としてやる事に対する責任と情熱はあるという事は見て取れたので仕方なし。

 

 色々と施設を案内しつつ情報交換をしてみるが思いの外私の研究と被る部分があったので仕事の話はすんなりいきそうだ、だが深海棲艦を語るその目は正直ドン引きだ、近寄るなヘンタイ。

 

 

○○月○○日

 

 ヘンタイと色々な情報交換をする、この話の中で色々衝撃的な事実が浮上した。

 

 先ず艦娘と人間と深海棲艦の生態的特徴を並べると、精神的な並びは人間-艦娘-深海棲艦という物になるのだが、体の造りは人間-深海棲艦-艦娘という並びの特徴になるという事、あの水上スキーの出来損ないが小娘達より人間に近いというのは違和感しかない。

 

 体を組成している細胞は艦娘と深海棲艦との類似点がかなりあり、艦娘素体の研究に使えそうな物が多い状態だった、もしかして双方の物を掛け合わせれば無敵生命体が出来るのではとヘンタイが言ってた、憲兵さんコイツです、ヤバい思想のマッドを引き取って下さい。

 

 

○○月○○日

 

 ヘンタイがやりやがった、艦娘用の修復溶液に深海印の謎物質をぶち込んで緑のゲロゲロを生成していた。

 

 消火用と書いている赤いバケツの中に謎の緑の液体がタポンタポンとしている、何考えてるんだコイツ。

 

 とか引いてたら、試しに艦娘の細胞サンプルへこれを使用したら高速で細胞が増殖するのが確認されたという、なんだコレ鬼才現る、もしかして小娘共の傷を癒す特効薬が作れるんじゃないかコレ? 試してみる価値はある。

 

 

○○月○○日

 

 結局ちょっとした調整をしたら艦娘の傷を高速で癒すブツが完成していた、自分でも何を言っているのか判らないが私も何をしたのか今一判らなかった、まぁ研究なんて結果はこんなもんだ。

 

 で、問題のブツはそのまま消火用バケツと書いた物にそのまま入れておくのは正直どうかと思ったので中身と同じ緑に塗ったバケツに修復と書いて入れておく事にした、我ながら適当だと思ったがまぁ後からちゃんとした容器を用意するまでなので構わないだろう。

 

 

○○月○○日

 

 件の緑の液体の反響は大きくアレが出来たお陰で呉周辺の掃討作戦が本格的に実施される事になった、マジか。

 

 それに付随して小娘達はローテを組んで出撃し、ボロボロになって戻って来てはバケツで回復、恵をモフモフしてモチベーションを回復した後出撃するという生活をしている、待て、なんでウチの息子がそんな軍事的ローテに組み込まれているんだ。

 

 戦況はまあ好意的に見れば順調、それに比例して物資や人の命をジャブシャブと海に垂れ流している事に目を瞑れば近い内にあの辺の敵も掃討して瀬戸内海の蓋になってくれるだろう。

 

 そして呉周辺が安全となり九州周辺に手を付ける段階になったら拠点をあっちに移す為、我々もこの関西国際空港を要塞化した大阪鎮守府からあっちにお引越しになる、今の内に色々手を回して施設やら住居やら夫の給料やらの便宜を計って貰う事にしておこう、うん、福利厚生は大事だ。

 

 

××月××日

 

 全てが燃えた。

 

 戦力が総出撃してる間に見た事が無い個体が大阪鎮守府へ攻めてきた。

 

 今これを書いている現在負傷者の処置の為寝る間を惜しんで働いている、まだ家族とは連絡は取れていないが今はそんな事言ってる場合では無い、私は医者だ、目の前に居る怪我人を放置する事は出来ない。

 

 

××月××日

 

 あれから数日が経過した、大阪鎮守府の地上施設は全て薙ぎ払われただの更地になっている。

 

 夫は迎撃に出たまま音信不通、娘二人は地上にあった学校に居た事は確認されていたが、その学校は消し飛んで影も形も無い。

 

 唯一恵は避難をしてICUに搬送されているが、果たしてあれを生きていると言っても良い物だろうか、色々短時間で地獄にどっぷり浸かっていたせいなのか感覚がおかしい、何も考えられない。

 

 

××月××日

 

 傷病者の処理が落ち着き始めたので息子の治療に専念させて貰う。

 

 長期間放置された為か全身の皮膚が爛れ壊死が始まっている、内臓もショック症状で壊滅的、搬送されるまで心肺停止状態だったので脳障害の疑いもある。

 

 しかし機械に頼っているとはいえ死んではいない、夫と娘が居ない今、この子すら居なくなったら私は一人になってしまう、何としてでも助けたい。

 

 

××月××日

 

 皮膚の壊死は皮下組織まで及んでいた、これでは人工皮膚は定着せず全て腐り堕ちてしまう。

 

 初手から現代医療では詰んだ状態となってしまった、なら諦めるか? 自ら息子に繋がる管の弁を閉じて楽にさせてやるのか?

 

 いや、まだ手はある筈だ、私は医者であり研究者だ、現代医療で駄目なら研究で得た物で命を繋ぎ止める、例えそれが禁忌の領域に触れる物であってもだ。

 

 

××月××日

 

 私の事を見かねたヘンタイが手伝いを申し出てきた、正直現況は芳しくない状態なので別の見地からアプローチできる彼女の存在は在り難い。

 

 素直に申し出を受ける事にする。

 

 

××月××日

 

 やった、やったぞ、色々無茶はしたが皮膚の定着に成功した、内臓関係もヘンタイのお陰でなんとかなりそうだ、まさか艦娘素体の物を移植する事になるとは思わなかったがそれでも希望は見えてきた。

 

 流石に再生不可の器官は幾つかあったが、以前から研究していた医療用機器を埋め込む事で代用は可能な筈だ、血液のろ過の為に恒久的なメンテと投薬は必須だが従来の治療法に比べれば体への負担は少ない筈だ。

 

 心配していた小娘達にも綺麗になった顔を見せる事が出来た、もう夫も娘も居なくなってしまったがこの子は命を繋いだ、彼女たちは恵を"弟"と呼んで涙して撫でていた。

 

 今回の襲撃は軍の不手際であって彼女達の責任は一切無い、なのに色々思う処はあったのだろう、私は彼女達のメンタルケアもしなくてはいけない立場なのにそれを放置していた事に今更気付いた、猛省せねばならない。

 

 

※※月※※日

 

 私は知っていた、心の片隅にその可能性があったにも関わらずにそれを目の前に転がる希望に縋って無視していた。

 

 人が人として成すのは体だけでは無く記憶もセットなのだ。

 

 見た目が元通りになっても、そこに息づいていても心がなければそれは只の肉塊に過ぎないのだ。

 

 恵の体は機能不全を幾つか残してはいたものの生体機能はほぼ回復はしていた、しかしそれとは逆に中身全てを失っていた、記憶や言葉、そしてそれまで築いてきた人としての常識さえも。

 

 破壊された脳細胞は復元された、しかしそこに入っていた物は復元なんか出来やしない、もはや今目の前で赤子の如くもぞもぞと転がる存在は、私の息子の形をした見るに耐えない何かに過ぎなかった。

 

 私は何をしていたのだろうか、何を目指して日々を注いできたのだろうか。

 

 無くしてしまった物を取り返そうともがき、寝食すら忘れ没頭し、漸く成ったと思ったらそこにあったのは何も無い絶望だった。

 

 もし誰かがこの手記を見たなら笑うがいい、そして繰り返すな。

 

 自然の摂理に反して歪な事を行えば、必ずしっぺ返しが訪れる。

 

 研究ノートと共にこれを残すが、繰り返す、私の様になるな。

 

 

 もう疲れた、何もする気力が残っていない、研究者として失格だが、私は私の作った物に責任を負えそうに無い、全てを放棄する事に決めた。

 

 夫と子供達に会いに行く事にする、こんな狂った世界にもう居たくない。

 

 

 狂っているのは私か…… 願わくばあの少女達の未来に幸あらん事を、途中で逃げ出す私が言う事では無いのかも知れないが……

 

 

 




 それでは何かご意見ご要望があればお気軽にどうぞ。


 誤字脱字あるかも知れません、チェックはしていますが、もしその辺り確認された方は、お手数で無ければお知らせ下さい。

 また、拙作に於ける裏の話、今後の展開等はこっそりと活動報告に記載しております、お暇な方はそちらも見て頂けたらと思います。


それではどうか宜しくお願い致します。

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