大本営第二特務課の日常   作:zero-45

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前回までのあらすじ

 提督のメガンテが発動し、もしやボスかと思われた金のヲっさん達はモブと化した。


 それでは何かご意見ご要望があればお気軽にどうぞ。


2016/09/23
 誤字脱字修正反映致しました。
 ご指摘頂きました坂下郁様、黒25様、有難う御座います、大変助かりました。


決戦前の色々諸々

 矢継ぎ早に撃ち出される砲弾、熱を持つ砲身。

 

 立ち上る陽炎は直近で上がった水柱からの飛沫で掻き消され、金肌の熱を奪いながら水煙となって霧散する。

 

 

 戦端を開いてから幾許か、既に時間の感覚は麻痺し、繰り返される駆け引きは積み重なるも進展せず。

 

 それは戦艦棲姫率いる艦隊の前に沸き続ける有象無象、既に沈めた数は覚えておらず、回避の為に立ち回れば沈みきらない敵艦の(むくろ)が主機にゴリゴリと当たっていく。

 

 

 弾薬が枯渇し始めた為、第二特務課艦隊の面々は交代で母艦(轟天号)へ補給へ行き、現在は最後である加賀の合流待ちで戦線を維持している状態。

 

 長門は脇から突貫してきたイ級(駆逐艦)の頭を蹴り飛ばしつつそのままの勢いで横に滑り、飛来してきた砲弾を器用に躱していた。

 

 

「……何だこの敵の数は、沈めても沈めてもキリがないな」

 

 

 少し離れた位置では榛名が放った砲撃でホ級(軽巡)が炎を上げ、その並びに居たチ級(雷巡)に肉薄した冬華(レ級)が尾の主砲を使っての零距離射撃で吹っ飛ばす、パワープレイと言うには生温い蹂躙で敵を屠るが、その勢いですら敵の壁は崩れない。

 

 

「突破は可能ですけど、戦艦棲姫の艦隊と対峙する時は周りを囲まれる覚悟をしないといけないようですね」

 

 

 新たな獲物に狙いを定め徹甲弾を叩き込み、榛名は軽やかに水柱の間を縫う様に回避しつつ、彼方に居座る異形の戦艦を睨んでいた。

 

 

 現状の配置で言うと榛名と冬華(レ級)が前に出て有象無象を駆逐、そのやや後方で長門がそれを援護。

 

 その少し後方では(空母棲鬼)が龍鳳と共に陣を張り、それを援護する様に陽炎と時雨が別方向から流れてくる敵を迎え撃っていた。

 

 

「ガツンとやってやりたいけど、流石に戦艦棲姫二人相手だと周りを囲まれた状態じゃ分が悪いわね」

 

 

 渋い顔で上空の艦載機を叩き落す朔夜(防空棲姫)は丁度長門と(空母棲鬼)の中間辺りで前後の航空戦力を牽制しつついつでも前に出れる様に準備はしていたが、やはり敵の数がネックで立ち回りを大きく制限されていた。

 

 更に戦艦棲姫の艦隊には空母系の深海棲艦は居なかったが、沸いて出る敵の中にはヌ級(軽空母)がそれなりに混じっている為に対空を一手に引き受ける形になっている朔夜(防空棲姫)は前に後ろにと多忙を極めていた。

 

 

 榛名の言う通り前を塞ぐ敵艦隊にはそれ程強力な艦が居ない為に突破は容易であったが、手前の敵を殲滅せずに前に出れば当然挟み撃ちの形となり、戦艦棲姫の相手をする間に数で圧殺されてしまうだろう。

 

 かと言ってこのまま留まっていても損耗するだけで進展の芽は無く、例え加賀が補給を終え合流しても戦局の打開には至らないと長門は予想していた。

 

 進むか退くかの分水嶺(ぶんすいれい)、戦いとは何事も機が存在し、進むよりも退く方が数段難しい。

 

 

朔夜(防空棲姫)よ」

 

『何? 今ちょっとこっち手が離せないからそっちの援護は少し待って貰う事になるけど』

 

「いや、それはいい、それよりもこの後の事なのだが……」

 

『この後? 何か妙案でも浮かんだのかしら?』

 

「いや、加賀が合流した後の事なのだが、お前と(空母棲鬼)、そして冬華(レ級)は陽炎と時雨と共にこの海域からの撤退を開始しろ」

 

『撤退? 後退じゃなくて? まさか尻尾巻いて逃げるとか言い出さないわよね?』

 

「尻尾は巻くつもりは無いがこのままではどうにもならん、戦線の維持は攻略艦隊が下がるまで今暫く続けるがお前達(深海棲艦組)をここで使い潰す訳にはいかんからな、後ろに一旦下がって様子見をして貰う」

 

『使い潰す? はっ……軽く見られたものね、私達がこの程度のザコ相手にどうにかされるとでも?』

 

「いや、万が一の事を想定しての……」

 

『アンタ達はどうすんのよ』

 

 

 長門の声を遮って(空母棲鬼)の不機嫌な声色が聞こえてくる。

 

 その言葉はいつもの(・・・・)と言えばそう聞こなくもないが、長門から見えない(空母棲鬼)の顔には明らかな怒りが貼り付いていた。

 

 

「残った我々は戦線を維持する事に専念し、攻略艦隊が引き上げる時に戦局を確認してどうするか決めるつもりだ」

 

『その間アンタとハルナ、それとカガとリュウホウ四人でこの数を相手するっての?』

 

「回避にだけ専念すれば押し留める程度は可能だ」

 

『ふ~ん、ねぇナガト、もしテイトクが今指揮執ってたとしてこの状況であの人がそんな命令、出してたと思う?』

 

 

 その言葉に返答は無く、暫くは砲撃と水が飛び散る音だけが耳に届く。

 

 

 今艦隊の指揮は長門に一任されている、そしてそれは長門にとって提督である吉野からの信頼の証であり、同時に失敗が許されないプレッシャーでもあった。

 

 それが先立ち臆病な差配に傾いているのは自覚があったが、艦隊指揮としてはこの判断は間違ってはいないはずだと思っていた。

 

 しかし(空母棲鬼)が言う『この状況であの人(提督)がそんな命令、出してたと思うか』という言葉。

 

 

 先ず吉野なら艦娘や深海棲艦組問わず人的損耗を第一に考えるだろう、自分達(艦娘)彼女達(深海棲艦)が人ではなくともだ。

 

 その上であの男(吉野)なら自分には思い付かない方法でこんな絶望的な状況でさえ何とかしただろうと断言は出来た、現に今しがたたった一発の砲撃で崩れ掛けた戦況を立て直してみせたのだ。

 

 しかし自分には同じ程の事は出来まい、だがそれでいいのか? まだ足掻いてでも前に出る手を模索するべきでは無いのか? 

 

 今指示しようとした撤退とは作戦の失敗を意味し、これからの捷号作戦に於ける動向を歓迎しない形で大きく変える事になるだろう。

 

 しかしそれを覆し前に出るとなれば艦隊員の命と任務を天秤に掛ける事になり、更に勝ちの薄い博打的要素を含む危うい橋を渡る事になるのは充分予想される。

 

 往くべきか退くべきか、選択肢は二つだけ、それに至る方法は限られている筈であったが、長門にはそれこそ数限りなく並ぶ選択肢を選んでいかなければならない錯覚に陥り二の句が継げなくなっていた。

 

 そんな迷いは無言を生み、注意力を欠いて周りからの猛威から身を逸らすのを疎かにさせる。

 

 動きの鈍くなった長門の後ろからは敵艦攻が狙いを定め魚雷投下のコースに入っていた、もしそれに気付かず被弾したとしてもそれが単機からの物であるなら長門型の頑強さで致命傷は負わないだろうが、継戦という事を考えれば間違いなくそれは貰ってはいけない一撃である。

 

 後僅かでそれは行われると思われた時、それを斜め上空から急降下してきた緑の艦戦が叩き落す。

 

 

 後方の爆音で我に返り自身を追い抜き空へ登る機影を目で追えば、端から白い尾を引く翼には赤くペイントされた『空技廠』の文字が確認出来る。

 

 

「烈風改…… 加賀か、戻ってきたのか」

 

『これでさっきの(代理指揮)と合わせて貸し二つ目ね、まぁ戦果としては伊良湖最中ってとこかしら? とても気分が高揚します』

 

 

 後方に居るだろう声の主を確認すれば、予想通りの青い弓道着に身を包んだ正規空母の姿と、その隣には母艦へ運ばれたはずの重巡の姿が見えた。

 

 

「摩耶、出てきたのか?」

 

「ああ、バケツ引っ被ってとんぼ返りさ、獲物を横からかっ攫われた上母艦で留守番なんかしてたら何しにここに来たんだか判かんねぇからな」

 

「艤装の調子はどうだ? いけるのか?」

 

「予備パーツと換装はしたけど調整してる暇は無かった、だから対空兵装も積めなかったんで仕方なしに砲・砲・魚雷の突っ込め装備だ」

 

 

 自嘲の笑みが浮かぶ摩耶の艤装は幾らか無理をしたのだろう所々継ぎはぎ感が目立つ修復跡が目を引く、そしてそこには先程とは違い対空装備の代わりに3号砲が二門据えられていた。

 

 その姿は二次改装される前の姿を彷彿させ姉の高雄達と似た姿になってはいたが、唯一つ特徴的な見た目をさせている背中の長い筒を投棄する様を見ると、予備の中継筒を運搬してきたらしく手元にあった端末を調整してラインの切り替えを行い、ソナーの機能を復帰させようとしていた。

 

 

「っとそれよりもダイチ(第一艦隊)から連絡が来たぜ、向こうの敵がいきなりトンズラして消えちまったそうだ、一応敵影が無いか周囲の確認は終わったそうだからもう少ししたらこっちに合流するとさ…… クッソやっぱソナー効かねぇな、コレ妨害されてるぜ?」

 

「そうか…… 第一艦隊が合流するならザコの押さえは何とかなる、ならばこのまま作戦は続行しても良いが…… 向こうの被害はどうなんだ?」

 

「なんも聞いてねーけどザコ相手にどうにかされる様なヤツらじゃないだろ、っと時雨、コイツを預かってきたぜ」

 

 

 一旦退いてきた時雨は頬から流れる血を袖で拭い、摩耶から差し出された物を見て訝し気な表情を見せる。

 

 それは傷の目立つ年代物と判る一振りの刀であったが、自身の記憶が正しいならそれは今作戦の間ずっと吉野の傍に置かれていた物であったはずだ。

 

 それは伊58から預けられたお守りと聞いてはいたがその刀の由来も、ましてや深海棲艦を切れる代物だとも時雨は聞かされてはいなかったので何事かと訝しんでも不思議では無いだろう。

 

 

提督(・・)からの伝言だ 『無茶も大概に』 だってよ」

 

「先に無茶したのはどっちなんだいって僕は言いたいね……」

 

 

 苦笑いで受け取った刀を鞘から抜き放つ、腰にある関孫六とは違い生物的な艶かしさを感じるそれからは冷気の様なモノが手を伝って体の芯に通る感覚があった、更に薄っすらとだがその刀身からは青みがかった淡い光が揺らめいていた。

 

 

「なんだそれ…… 夕張の新兵器か?」

 

 

 器用に敵弾を躱しつつ抜き身のそれを振り抜くと、目の前で上がった水柱が上下に両断されたまま水面に落ちる。

 

 感覚的にしか判らないが吉野から届けられたその刀はただのお守りでは無く、目の前に跋扈(ばっこ)する敵を両断するに足る力を有している事は理解出来た。

 

 

 鞘を右腰に括りつけ、抜き身は左手に、右手には愛刀(関孫六)を。

 

 そのまま体を回転させ脇をすり抜けてきたロ級(駆逐艦)へ切り結ぶ。

 

 

「さあ……これで手数は倍になったよ、君達はここから先には僕が絶対通さないからね」

 

 

 水面を蹴り再び次の獲物へと牙を剥く時雨の後ろでは、四つに断たれた肉塊が勢いを落とす事も無く水面(みなも)を跳ねた後沈んでいった。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

「中々しぶといわねアイツ等、これだけ押しても退こうとしないなんて……」

 

「早々にヲの字が沈んじゃったから戦力がこっちに集中しちゃってるもの、仕方が無いわ」

 

「て言うかあのバカ今何してるの姉さま、一応ザコの誘導はしてるみたいだけど」

 

「一応仲間を呼び続けてはいるみたいだけど、手酷くやられたお陰で上手く命令通り動かす事は無理みたいね」

 

 

 二人の異形が16inch三連装砲で彼方の敵を狙い撃つが、それは悉く水面に吸い込まれ、弾着と同時に盛大な水柱を上げるだけ。

 

 人と積極的に事を構えるつもりは無かったものの、これまで数年色々な海域を巡りやっと落ち着く先を確保した姉妹は、棲家や物資諸々の供給を受ける代わりに定期的に軍の拠点へ攻勢を掛けるという約束をヲ級と交わしていた。

 

 海域のボスは他に存在してはいたが、支配下に置く勢力の数という点ではヲ級もかなりの物であり、特に取り決めはされていないがヲ級は軍の防衛ラインに接する海域一帯を自由にしている状態であった。

 

 ヲ級の真意は二人の戦艦棲姫には判らなかったが居場所と生きる為に必要な物が全て揃う、そんな事情と思惑が手を結んだ結果、この海域の戦力密度は他海域と比べ前例が無い程に高い物になっていた。

 

 

「はぁ……空はあんなに青いのに……」

 

「嗚呼……私達はただまったりと過ごしたいだけなのに……不幸だわ」

 

 

 溜息まじりのスローモーな愚痴とは裏腹に、吐き出される砲弾は雨あられと第二特務課艦隊へ向けて降り注ぐが、当たれば間違い無く仕留められる程の攻撃であっても躱されれば水柱を上げるだけの徒労に過ぎない。

 

 

「また外れたわ、なにアイツエスパーなの? それとも幸運艦ってヤツなの? 妬ましい……」

 

「こっちも外れたわ…… でもこうすれb…… はぁ、空はあんなに青いのに……」

 

「嗚呼、姉さまが思考を途中で止めて現実逃避に入った…… 不幸だわ」

 

 

 戦艦棲姫達は割りと砲撃には自信を持っていたが、ここまで攻め立て戦果無しというのも経験が無く、通常なら戦意を駆り立てられるか焦りを感じる物だが何故か淡々と戦いながらも色々ポッキリと折れていた、主に精神的に。

 

 ここまでモチベーションが底這いなのに深海棲艦上位個体を擁した第二特務課艦隊を翻弄するのは流石姫級と言うべきか、それともこの感じが彼女達の普通なのかは判らないが、実際その攻撃は戦果こそ出してはいないが精鋭とも言える艦隊を釘付けにしているのは確かである。

 

 

 そんな彼女達の片割れ、不幸という言葉を連発していた戦艦棲姫の表情が一変、殺意を帯びた物に変化した。

 

 彼女が見る彼方、そこには新たに出現した艦隊が見えたからだ、それは"金のヲ級"が戦線を離脱した事で統率が取れなくなり、足止めが出来なくなった大本営第一艦隊が合流する瞬間であった。

 

 

「姉さま新手が来ました!」

 

 

 いつに無く緊張した声色に、何事かと姉と呼ばれた戦艦棲姫は新たに現れた艦隊を目を細めて確認する。

 

 

「空はあんなにあo……あれは……まさか伊勢型? それも日向ね」

 

 

 虚ろでどんよりとした瞳に光が灯り、無表情だった顔が本来あるべき"戦艦棲姫"と呼ばれる者へと変貌していく。

 

 棒立ちでだらけていた(からだ)に力が篭り、敵意を滲ませつつ自然と前傾姿勢を取る。

 

 

「ヤマシロ…… どうやら私達超弩級戦艦の力、見せる時が来たようよ?」

 

「ええそうですね姉さま、()ってしまいましょう、ここであの艦娘をケチョンケチョンにしてやるわ、絶対に……欠陥戦艦とは言わせないし!」

 

 

 

 戦況を打開するだろう大本営第一艦隊の合流。

 

 それは確かに第二特務課にとって頼りになる援軍であったが、同時に何故か戦艦棲姫二人の色々な諸々を引き出し更に艦隊殲滅ミッションの難易度を上げてしまった事など彼女達は知る由も無かった。

 

 

 




 誤字脱字あるかも知れません、チェックはしていますが、もしその辺り確認された方は、お手数で無ければお知らせ下さい。

 また、拙作に於ける裏の話、今後の展開等はこっそりと活動報告に記載しております、お暇な方はそちらも見て頂けたらと思います。


それではどうか宜しくお願い致します。

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