大本営第二特務課の日常   作:zero-45

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前回までのあらすじ

 摩耶様旗艦の第二艦隊と敵勢力圏内へピクニックなドイツ駆逐艦と潜水艦隊、寄せ集め艦隊が今抜錨する。


 それでは何かご意見ご要望があればお気軽にどうぞ。


アマゾンと握り飯スキーな不思議ちゃんの話・参

 黒に染まる視界、波を切る複数の音だけが聞こえる世界は深海棲艦が支配する死のエリア。

 

 摩耶率いる第二艦隊は母艦くにさきより強速にて西へ進みつつ、ドイツ艦が最後に通信を発した地点へ向かい、こちらを目指しているはずの艦娘を保護する任に就く今も母艦で待機している本隊(・・)の為の索敵を行っていた。

 

 

 西を目指しつつ、時折微速へ落としては、その度に龍驤が何か筒の様な物を海へ投下し辺りを探る。

 

 軽空母である彼女はWW2の艦だった時と同じく夜間では艦載機を離発着させる事は出来ない、夜間であるなら通常航空母艦は戦場には出ないものであるが、しかし彼女が所属する第二艦隊は大本営麾下では切り込み隊であり、同時に何でも屋という活動を旨としていた。

 

 航空母艦は精度がどうあれ航空機の運用が出来ずとも電探の搭載は可能であったし、その気になれば小口径ではあるが砲や対空兵装も積む事が出来る。

 

 最適解として運用されるのでは無く、出来る事をして艦隊の体を成す、それが常なのがこの第二艦隊であり、夜間であろうが軽空母であろうが副艦である彼女が艦隊を離れ、後方でのんびりと小ぶりな尻で椅子を暖める事は無いのである。

 

 

「中継筒二本目投下、作動確認感度良好や、五十鈴、ソナーの方はどないや?」

 

「今の処……感無し、静かな物ね、深海棲艦も夜はおねむなのかしら」

 

「そうだと面倒が無くていいんだけどな、さてそろそろドイツ艦を沈めたヤツらとカチ遭ってもおかしくねぇ位置だし、本隊(・・)もそろそろ母艦を出る頃合だ、お前ら気合入れて行くぜ!」

 

 

 摩耶が不敵な笑みを浮かべ艤装左側に固定された20.3cm3号砲を軽く叩き気合を入れ直す。

 

 彼女らが居るのはドイツからU-511を輸送してきた艦が沈んだと思われる地点から東へ約30海里の位置、ここまで深海棲艦と思われる存在は確認出来ず、また母艦とのデータや連絡をやり取りする為に投下された"中継筒"から送られてくるデータにも変化が見られなかった。

 

 

「はぁ、はよこれ(中継筒)全部降ろして身軽になりたいわ、一本でも大概やのに五本も担がなならんて何の罰ゲームやねん」

 

「それ無いと秘匿通信出来ないしぃ、後から来る本隊の目印代わりにもしてるししゃーないっしょ、何ならそれ両手にアップ・ダウン運動でもしてみれば? モリっと念願のバストアップしちゃうかもよ?」

 

「アホ、それチチやのーて筋肉や! ウチが欲しいんはそんな硬ったいモンやのーてやなぁ、もっとこう……フカフカでバイーンとした……」

 

「んもぅ、何で鈴谷と龍驤が話を始めるとどんな話題でもおっぱいの話になっちゃうかな~」

 

「うっさいわ、持つモンと持たざるモンの格差が生み出す悲哀はエロ駆逐艦にゃ判らんやろ!」

 

「エロ駆逐艦って照月の事!? 変な言い方しないでよぉ」

 

 

 敵勢力下真っ只中でする話題にしてはとても不適切な言葉をポンポンやり取りしつつも各々の役目はキッチリこなす、それ故旗艦の摩耶は溜息を吐きつつもそれに口を挟む事は無い。

 

 やる事をちゃんとこなせば後は好きにすればいい、そんな摩耶のスタンス故の自由度がこの艦隊をどんな任務でも要求された結果以上の戦果を叩き出す"なんでも屋"として成立させていた。

 

 

 そして彼女達第二艦隊が暗い海を哨戒している時、作戦の主目的であるU-511救出を担う役目のゲスト(本隊)は母艦くにさきから抜錨する為準備を整え、発艦位置に着こうとしていた。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

『先行する第二艦隊がドイツ艦沈没地点から手前30海里の地点を通過した、お嬢ちゃん達もそろそろ用意してくんな』

 

「こっちはいつでも行けるでちよ、出るタイミングはそちらに任せるでち」

 

 

 伊58が準備を整え、発艦位置に並ぶレーベとマックスの間に割り込み二人に何か銀色の固まりを手渡しながら、艦内放送の問い掛けに答えていた。

 

 気合を入れ海を睨んでいたドイツ艦娘達は突然手渡された手の中の固まりを見て怪訝な表情を浮かべつつそれを渡してきた主の方を確認すると、伊58等の潜水艦娘達の手にも其々同じ物が握られており、包みをめくった中身に大口を開けてそれに齧りついている姿が見えた。

 

 

「……お握り?」

 

「でち、腹が減ってはなんとやらでち、出撃前にコイツを一つ食べるのがウチの伝統なんでちよ」

 

 

 通常作戦に従事する艦娘は出撃前に食べ物を口にする事は無い、何故なら被弾した際内臓、特に消化器官系にダメージを負った際、そこに未消化の食べ物が残っていれば腹腔内にそれをぶち撒けてしまう恐れがあるからである。

 

 もし口に何か入れる事があってもせいぜい飴かガムの類であり、この様にムシャムシャと何かを頬張るという行為を避けるというのは艦娘としてある意味常識的なものであった。

 

 その為握り飯をムシャムシャと頬張る潜水艦娘達を前にレーベが怪訝な顔をするのは当たり前の事であったが、その顔を見た伊58はニヤリと口角を上げて齧りかけの握り飯を見せつけつつ、挑発的な視線を向けてきた。

 

 

「出撃前から被弾する事にビビって縮こまるなんてナンセンスでち、そんなチキンプレイする位なら腹一杯にして全力で戦える準備してから出撃する方がよっぽど生産的だとは思わないでちか?」

 

 

 言っている言葉は勇敢に聞こえるが、結局の処それはただの虚勢であり、道理もへったくれも無いその行動にレーベは同意する事は出来ず反論しようとしたが、その言葉は隣に居る筈の相棒が居る位置から聞こえてきたガサガサという音によって遮られる事になった。

 

 

「ちょっとマックス、何してるのさ」

 

「え? お握り食べてるんだけど?」

 

「そんなの見れば判るよ、何で出撃前に食事なんてしてるのかって僕は聞いてるんだけど」

 

 

 呆れた表情のレーベの前では、何食わぬ顔で握り飯を頬張る杏色の髪の相棒、彼女は普段自己主張を好まない物静かな艦娘であったが、たまに何を考えているか判らない突飛な行動をする事があり、それを問いただしても訳の判らない返事しか返って来ない事が多いという困った一面を持っている。

 

 呆れ顔のレーベをじっと見つめつつもモリモリと握り飯を咀嚼する相棒に溜息を吐きつつ、手にあるそれを捨てる訳にはいかず結局包みを開け始めた時、開口されたままのゲート上のランプが赤から青に切り替わる。

 

 慌てて包みの中身を口に押し込みつつ体勢を整えると、硬い船底を蹴り飛ばして海へ躍り出る、真っ暗な世界は全てを拒絶する様な圧迫感をその身に与えてくるが、その遥か先には遠く離れた祖国よりこちらを目指す同胞が居るのだと思えば自然と体が前に出る。

 

 

 後発の艦隊6名の内伊168と伊19はこのままくにさき護衛の為ここに留まり、U-511識別の為にレーベとマックスが、そして潜水艦隊旗艦である伊58とドイツとは縁浅からぬ存在の伊8が保護の為に第二艦隊が露払いした海域を進む事になる。

 

 役割的には第二艦隊が露払いと共に水中に居るであろうU-511の位置を探る、そしてそのデータを受け取ったドイツ艦二人がその存在を確定させ、伊58もしくは伊8がU-511を保護、撤退戦を開始する事になっている。

 

 ただここは敵の支配海域下であり、最近は進撃していなかった関係で敵の数はかなりの物と予想され全ての相手をするのは無謀であるし殲滅は難しい。

 

 

 そうした事から第二艦隊は接敵した際は殲滅より囮としての動きを優先、保護対象が離脱した後は母艦と速やかに合流する事を目指す。

 

 勿論母艦は艦娘や深海棲艦よりも足が遅いので離脱の際は多少追撃を受けるだろうが、それを見越して艦娘発艦用甲板には機雷をありったけ積んできている、また上部甲板にも爆雷が山の様に積み上げられていた。

 

 恐らく深海棲艦相手にはダメージは殆ど与えられないだろうが、その装備の殆どは爆発ダメージを狙った物ではなく音響爆雷やフラッシュパン的な物であった為、母艦の護衛をしている艦娘の攻撃を最大に生かせる環境を作り出せるはずである。

 

 

「さてと野郎共、こっちは迎撃準備を始めるぞ、第一班から三班は速やかに下層甲板に移動、レールを引き出して固定した後機雷を転がす準備を整えろ、爆雷投射装置の方はどんな感じだ?」

 

『装填は既に完了しています、後は深度設定して射出するだけにしてありますよ』

 

「うっし、後は摩耶共を追ってくるヤツらを確認したら噴進砲ぶち撒けてとっととオサラバだ、間違ってもあいつ等が合流する前に機雷撒くんじゃねーぞ、後から仕返しでタコにされても俺は知らんからな」

 

『ははっ、あいつ等がこんな玩具でどうにかなるタマですか、今回は普段好き勝手やらかしてる分こっちが被った数々の意趣返しするいい機会なんじゃないですかねぇ、ほら、何でしたっけ? 一発位なら誤射の範囲とかなんとか』

 

「ちげぇねぇ、だが一応あいつ等は天子(すめらみこと)より賜った大事な兵である、その事を旨に諸君らには奮戦して貰いたい、ってなもんだ、程々にしとけよ?」

 

『程々にですか、了解、後部噴進砲装填完了、いつでもイケます』

 

 

 作業中でも光源の使用を制限された暗い船の上で静かに武装を展開する直下の水中では、二人の潜水艦娘が複雑な表情のまま展開を完了していた。

 

 今回に限り索敵は母艦に依存している為兵装は魚雷のみの攻撃に偏った物であり、機雷敷設予定である為船のやや左右に位置する場所で待機する彼女達の周りは、水上より更に暗い世界が広がり、耳に響く音はくぐもった独特の物になっている。

 

 同じ戦場に居ながら別の世界に身を置く彼女達が狙うのは水の上を来る筈であろう水上艦、WW2の武装基準という兵装は水中で使用できる武装を魚雷のみに限定させ、潜水艦同士の戦闘を成り立たない状況にしていた。

 

 

 魚雷は感知され難く、水上艦にとっては絶大な威力を発揮するが、水中でそれを見る潜水艦にとっては誘導性能も無い物が真っ直ぐ進んで来るだけの物体であり、感知も回避も容易である、余程の事が無い限りそれは有効打になる事は無い。

 

 潜水艦は水上艦を叩く事は出来るが、その潜水艦を叩けるのは水上艦だけなのだ。

 

 

『いつも思うんだけど、くにさきのクルーってちょっとネジがぶっ飛んでるわよね……』

 

『なのね、"おおすみ"とか"しもきた"の人達は紳士的なのに、この船って何か海賊船みたいな雰囲気なのね』

 

『聞こえてるぜ嬢ちゃん達、内緒話なら個別回線でやってくんねぇかなぁ』

 

『聞こえる様に話してるの、今更そんな気にする事でも無いでしょ? 一応乙女にも聞こえてるんだからあんまり過激な話はしないでよね?』

 

『おっと乙女と来たもんだ、こりゃ失礼しましたってか、まぁ無駄口もいいがそっちもそろそろ気合入れてくれや、今第二艦隊から会敵の報が入った、向こうに行く援軍がこっちを補足する可能性もある、警戒態勢を取ってくれ』

 

『了解なのね、少し展開位置を前に取るのね』

 

『おう、頼んだぜ』

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

「摩耶、11時の方角10海里に感6や、今んとこそれ以外に敵は見当たらへん」

 

「水中は相変わらず何も反応なし、少なくとも半径5海里に対象は居ないわね」

 

「こんだけ近付いても撃ってこないって事は雷撃狙いかも知んねーな、一応ここに中継筒一本投下して残りは投棄、戦闘態勢に入る、状況的に戦艦や空母が居ない可能性は高いが念の為に照月は長10cm砲ちゃんを展開してくれ、五十鈴と龍驤は索敵を続行、残りは砲雷撃戦準備」

 

 

 号令一下、摩耶と鈴谷を先頭に複縦陣を成し船速を上げ東を目指す第二艦隊、捉えた敵との彼我の距離は駆逐艦であっても既に射程内のはずであったがまだ砲撃による発砲光は確認されない。

 

 龍驤と五十鈴の索敵結果相手は全て水上艦という事なので現段階で潜水艦からの雷撃の心配はほぼ皆無、幾ら精度が高い索敵手段があったとしても20km近く離れた人と同じサイズの目標に魚雷を命中させるのはほぼ不可能である現況、警戒すべきは砲撃による被害である。

 

 凡その位置関係は判明している、しかし艦載機を下ろして来た状態では弾着観測もままならない、そんな状況下での発砲は相手にこちらの位置を知らせる様な物である為今は相手との距離を詰めるのが先決であった。

 

 目的が殲滅なら夜偵を出し照明弾による視界を確保しての砲雷撃戦でも仕掛けるのがセオリーではあったが、今回の目的は後から来るであろう別働隊から敵の目を眩ませる陽動である、無理に無駄弾を撒く事は無い。

 

 本番は今では無い、牙を剥くのは撤退戦の時で充分なのだ。

 

 

「相手さんナンか動き鈍いなぁ、こっちの事はとっくに判ってる筈やねんけど…… なぁ摩耶コレもしかして」

 

「チッ、お姫さんの居場所はあいつ等の足元かよ、艦隊最大戦速、あいつ等をひっぺがすぞ! 龍驤、後ろの本隊に位置知らせてくれ」

 

「よっしゃ判った」

 

 

 最後尾の龍驤だけやや少し距離を開け、残りの者は敵艦目指し突き進む、互いの距離が縮まっていき、夜であってもその姿が捉えられる程の物になった時、漸く砲から炎が迸る。

 

 微かに見える敵艦隊は恐らく水上打撃部隊、確認してみると戦艦ル級1、重巡リ級2、軽巡ヘ級1にホ級1、そして駆逐ニ級という編成、空母こそ居ないが夜に出くわす相手としては割りと最悪に近い部類である。

 

 

「おいおいおい、戦艦まで混じってるじゃねーか、面倒くせーな……ここで一気に叩いちまうか」

 

「何を言ってるんですの、ここでドンパチなんか始めたりしたら後から来る本隊を巻き込んでしまいますわよ?」

 

「わーってるよ、ったく全艦砲撃開始! 取り敢えず当てるだけでいい、そのままヤツらの脇を抜けて反転、南へ誘導すんぞ!」

 

 

 第二艦隊は複縦陣のままスピードを落とさず之ノ字運動を開始、飛来する砲弾を物ともせず敵艦の脇をすり抜ける。

 

 そのまま敵艦隊が追ってくるのを確認し、敵を視界の左に捉えつつ回頭、横腹を晒したまま南に駆ける。

 

 

「位置転換! あたしと鈴谷が殿(しんがり)に就く、先頭は熊野と五十鈴だ、頼んだぜ」

 

 

 追ってくる敵艦に対し振り切るギリギリの速度で南下し誘導する、敵艦隊に戦艦が存在するので被弾のリスクはあったが、追撃という事に関しては高速艦で固めた第二艦隊が先を行く為一応主導権を握った形になる。

 

 戦略としては北の大陸へ向け進む方が敵の出現が低く有利であったが、それだと後から来る本隊が危険に晒される。

 

 現況では敵艦隊を牽制しつつ一旦南に進み、緩やかに北西から円を描く形で元の地点へ戻るコースで誘導しつつ時間を稼ぐ他はない。

 

 

「頼んだぜゴーヤ、早いとこお姫さん見つけてくれよ……」

 

 

 牽制の為まばらな発砲を繰り返しつつ、第二艦隊旗艦は暴れる主機を押さえ込む。

 

 

 そうして大本営の何でも屋が敵艦隊を相手に追い駆けっこを展開している最中、ドイツ駆逐艦を含む別働隊が漸く敵艦が哨戒していた位置まで辿り着いていた。

 

 時刻は既に0100を回っている。

 

 

 

 

 安全が確保された制海圏まで撤退を開始するまでのタイムリミットはこの時点で殆ど残ってはいなかった。

 

 

 




 誤字脱字あるかも知れません、チェックはしていますが、もしその辺り確認された方は、お手数で無ければお知らせ下さい。

 また、拙作に於ける裏の話、今後の展開等はこっそりと活動報告に記載しております、お暇な方はそちらも見て頂けたらと思います。


それではどうか宜しくお願い致します。

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