大本営第二特務課の日常   作:zero-45

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前回までのあらすじ

 とりあえず悪巧みを駆使して既成事実を作る事に成功した提督、しかしXなカイゾーク風味に変身した途端JAS○ACからの魔の手が迫る。


 それでは何かご意見ご要望があればお気軽にどうぞ。


2019/04/04
 誤字脱字修正反映致しました。
 ご指摘頂きましたMWKURAYUKI様、じゃーまん様、orione様、有難う御座います、大変助かりました。


そして彼女は旗艦になった

 長門は目の前で起こっている事に目を見開いて驚愕の相を表に表していた。

 

 

 揺らめく熱気に包まれ唸りを上げるモーター、パントマイムの様に小刻みに動き、炎を吐き出す砲身。

 

 前を向けば遥か遠く、それでも艦娘から見れば充分可視範囲である十海里程向こうでは、水柱と共に砕けた標的が宙を舞っている。

 

 数射ごとにモーターを冷却する為に気化した窒素が噴射される音がプシっと響き、給弾される派手な音がそれを掻き消す。

 

 

 強襲揚陸艦轟天号、その甲板では"試製50口径14cm速射砲"の運用試験が行われていた。

 

 それは単装砲でありながら、基部から弾薬を吸い上げ給弾し、毎分40発の砲弾を吐き出す事が可能になっている。

 

 オリジナルの約四倍の速度で砲弾を吐き出すこの単装砲の特徴は、速射能力では無く複数の大型モーターにより在り得ない速度で駆動する砲の動きにあった。

 

 標的に狙いを定め、砲撃をするのは舳先(へさき)プローン(伏射)の姿勢で寝そべる吉野三郎中佐(X)、その手にあるのは狙撃銃を模した火器管制用デバイスコントローラー。

 

 そのデバイスの動きを忠実にトレースする為、複数のモーターが20tを超える鉄の塊を鋭敏に動かし、まるでそれが生きているかの如く敵を定め、それに向かって炎を上げていた。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 運用試験が始まってすぐ、数射した時点では、吉野の脇で双眼鏡を構えた時雨が弾着状況を確認しては外れを示す赤い旗をフリフリと振っていた。

 

 

「弾着、近、距離-12、右8」

 

 

 それに伴い逆に居る不知火がその状況を数値化して報告を行い、更に夕張が一射ごとのデータを何かの機械へ入力し、補正の為のデータを更新していく。

 

 

 長門はそれを見つつ顔を(しか)め、次射の為に狙いを定めている対爆スーツに身を包んだ男を睨んでいた。

 

 射程距離ギリギリでの砲撃、これは熟練の艦娘でも当てるのは難しく、妖精さんの補助と長年の経験、そして幾らかの勘処(かんどころ)を要してやっと当てる事が可能な程難しい物であった。

 

 例えそれが出来る性能があったとしても、経験の浅い艦娘では射程距離の半分も内でなければ当たらないのが普通である。

 

 

 そして目の前にあるのは最新の技術を注ぎ込んだといっても只の単装砲、それも機械の補助を受けているとはいえそれを操っているのは、裸眼ではほんの1km範囲程しか有視界距離がない人間である。

 

 当たる訳が無い、もしそんな事が可能だったならば人は前線から退(しりぞ)き、早々とその縄張りを艦娘に明け渡すはずがない。

 

 彼らは賢い生き物だ、そして良い指揮官は物事を良く理解している、自分達に出来る事と出来ない事の境界線はちゃんと心得ているし、最も戦いに適した戦力と配置になる様常に努力をしている。

 

 

 しかし目の前の男はそうでは無く、大袈裟な装備に貴重な資材を投じ、そして艦娘を横に(はべ)らせ、ただ盛大に火を吐き出すだけのガラクタを使って前に出ようとしている。

 

 

 『無能』

 

 

 人柄は悪くない、物事の道理も弁えている、どちらかと言えば好ましい類の人物ではあるが、艦娘を指揮し、戦端を開く艦隊を指揮する提督(・・)としては使い物にならない人間。

 

 自身の力を把握する事無く、無闇に前に出ては艦娘に負担を掛け戦いの足を引っ張る典型的な役立たず。

 

 長門はそういう評価を下した。

 

 

 それでも周りの艦娘はそれに従い、共に運用試験に付き合っている、更に技術者の夕張自身もこの砲での狙撃は難しいと評してはいたが不可能とは言ってなかった。

 

 ならば納得いくまでやらせ、現実としての状況を飲み込んだ辺りの頃合を見て諌めるのが今の自分の役割だろうと、長門は黙ってその様子を見ていた。

 

 そしてある程度考えが纏まった頃、長門は着任前に心当たりから聞いていた話に思考を向け始める、吉野三郎という新任の指揮官、この男に対する周りの評価は高い者と低い者が見事に半分に分かれている、何故こうも極端な評価を受けているのか。

 

 戦術を立てる手腕、人を説き伏せ引き込む事が出来る話術。

 

 ほんの少し前では長門の吉野へ対する評価はむしろ高い物だった。

 

 しかしこの装備を見学し、運用試験が始まった時点でこの男に対する評価が何故こうも極端なのかが判ってきた。

 

 

「成る程、吉野三郎という男は文官(・・)なのだな、しかも己はそれに気付いておらず、艦隊指揮という立場に舞い上がって回りを巻き込んでいる…… が、もっと戦場を知れば或いは……」

 

 

 誰に聞かせるでも無くそう呟いた長門は、これから自分がすべき事、そして各々の立ち位置について考えていた。

 

 指揮官としては無能でも能力自体は低くない、ならば艦隊運営と戦略に注力して貰い、戦闘指揮に関わらなければ問題は無い、そして現場指揮は長門なり榛名なりが代行すれば艦隊の体は崩れないはず。

 

 本人からすれば"おかざり"的な提督という事で面白くは無いだろうが、話をした感じ聞き訳が良い類の人間という印象を受けた、なら後で腹を割って話せばその辺りは納得して貰えるだろう。

 

 

「己の指揮官になるだろう男に酷い扱いをしようとしているな、私は……」

 

 

 とりあえずの考えを纏め、自嘲気味の笑いを浮かべた長門は尚も続く砲撃に再び目を向けた。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 変化は砲撃が50を超えた辺りから見え始めた。

 

 それまで弾着位置を告げる時雨の言葉が遠・近のみだった最中、命中の一言が上がった。

 

 成る程、これだけ撃てば一発や二発は命中弾が出てもおかしくは無い、人の技術も捨てた物では無いなと、もう少し夕張が技術的に詰めれば威嚇程度には使えるかもしれないなとほんの僅かだが認識を改める。

 

 しかしこの長門の認識は、すぐに驚きと共に崩れ去る事になる。

 

 

 砲撃が三桁を超える頃には静止目標に対する命中率は八割を超え、更に途中から始めた動標的に対する命中率も五割を超えた。

 

 しかもそれは確率が落ちる気配は見えず、現在進行形で命中弾のコールが増え続けている。

 

 

 20,000mを超える距離での命中率が五割超え、これができるのは熟練と言われる艦娘のみであり、停止標的といえど命中率八割と言うのは弾着観測射撃での長門に並ぶスコアであった。

 

 

 何が起こっている、これは一体何だと自分の予想とは違う結果に混乱する。

 

 組んでいた腕を解き、前のめりに水柱が上がる水面(みなも)を凝視する長門。

 

 

 ほんの少し前には当たらないと核心していた。

 

 数発当たったところで威嚇程度にしか使えないと評価したはずだった。

 

 

 そしてそんな物に意味も無く労力を注ぎ込む男を無能と評価し、冷めた目で見ていたはずなのに、たった数時間、半日も満たない間に自身と並ぶ程の命中精度を叩き出すこの男は一体何をした? 思わず耳に当てているイヤーマフを外して弾着を知らせるスピーカーから聞こえる情報へ耳を傾ける。

 

 

「命中率八割…… だと……」

 

 

 自身の横にある単装砲を見る、性能的には駆逐艦が使うそれとほぼ同じだという、そしてそれは長門が使う41cm連装砲より火力も、そして何より射程距離に於いて大きく劣る性能(・・・・・・・)しか有していない。

 

 つまりそれは、自身が同じ距離の目標を打ち抜くよりも難易度が高く、それでいて命中精度が同じという現実を長門に突き付けた。

 

 

 自分の常識とは掛け離れた状況、しかし周りの艦娘におかしな様子は無く、自分が良く知る少女、時雨すらさもそれが当たり前(・・・・・・・)という様に黙々と弾着観測を続けている、その顔に微笑みすら浮かべながら。

 

 その場でこの結果を異常と感じているのは只一人自分だけなのだと確認した長門は、再び視線を珍妙なスーツで舳先(へさき)に陣取った男へ戻した。

 

 頭部を覆う装備の為に表情を伺い知る事は出来ない、しかし今も尚止まる事無く駆動を続けるモーターの音は、常に狙う位置を修正している事を示している。

 

 薄っすらと空に朱が混じり始め、昼から夕闇へと変わりつつある海。

 

 数時間、休む事無くこんな神経をすり減らす行為を続けても尚、命中精度は落ちる事無く、逆にスコアは伸び続けている。

 

 

 夕張の修正するデータの影響はあるだろう、そして周りでサポートする少女達の力も影響してるのは確かだろう。

 

 それでも、その力を生かしているのは紛れも無く目の前に居る男であり、限定された条件下であっても既に自分の能力に並んでいるのは間違い様のない事実だと、長門は知らず握り締めた拳に力を込めた。

 

 

 遥か彼方で動く標的、何時の間にかその数は増え、更に水柱が立つ間隔が最初と比べ明らかに短い時間になっている。

 

 そしてその標的は実戦に於ける味方と敵の数に見立てられており、敵に当てるという単純な狙いでは無く味方のサポートと思われる位置への砲撃が含まれていた。

 

 それはぎこちなく、お世辞にも有用だとは思えない物であったが、それでもそれは援護射撃と判る程には機能している。

 

 

「何故、こんな事が出来る(・・・・・・・・)人間が後方で、こそこそと諜報なんぞしていたんだ」

 

 

 苦々しい声色と共に一筋汗が流れ落ちる、そしてその言葉とは裏腹に口角は吊り上り、愉しげに、それでも不自然な笑いを長門の顔に貼り付けていた。

 

 

 それから暫く、空が完全に青から朱へ変わった頃に漸く砲が沈黙し、長門型一番艦に何時か振りに冷や汗を掻かせた張本人は集中し過ぎた為かそのまま立つこともままならず、背に負われて執務室へ運ばれたという。

 

 

「長門型一番艦の乗り心地はどうだ提督?」

 

「何と言うかその言い方はちょっと誤解を招きそうなので提督はどうかと思います、てか、快適では御座いますが……」

 

「だろう? 大和ホテルや武蔵旅館には及ばんが、これでも世界のビックセブンだからな、当然だ」

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

「なぁ提督、あの単装砲の働きは見事だった、アレはその…… 何だ、実戦で援護として使用するのか?」

 

 

 夕食の後、第二特務課秘密基地屋上。

 

 施設建設の際どさくさに紛れて金剛型長女がリクエストした海が見える屋根の上のテラス。

 

 壁にもたれ、吉野は今だ気だるい体を夜風に晒してぐったりとしていた。

 

 その太ももを枕にしてスースーと寝息を立てる小さな秘書艦と、体に寄りかかるように体を預け、同じく寝息を立てている陽炎型二番艦。

 

 昼に吉野の手伝いをした報酬という事で、夕涼みの付き合いに借り出された吉野は何故か枕っぽい扱いになっていた。

 

 

「あ~ 使用するかと言われれば使用するつもりではいますね、ただまぁ……」

 

「ただ? 何だ?」

 

 

 枕状態の吉野に何か思う事があるのだろうか、少しジト目の長門は昼に自分を驚かせた者とは思えない程だらけた男の言葉を待っている。

 

 

あれ(・・)はまぁ手札を稼ぐ為の物なので、戦力としてカウントするにはちょっと頼りないですねぇ」

 

「あれだけの命中率を叩き出しておいて、良く言う」

 

「使う可能性があるなら当たる状態にするのは当然でしょう、けどですね、何と言うか……」

 

「何だ、言い難い事か? 配属されて日が浅いとはいえこの長門、今はここの艦隊の旗艦だ、心配事なら遠慮無く話して貰った方が有難いのだがな?」

 

 

 何かを考える風に言葉を選び、それでも結局だらけた格好のまま、吉野は長門を真っ直ぐ見ながら自嘲の笑みを浮かべていた。

 

 あれだけ大袈裟なモノを(こしら)えて、時間と労力を注ぎ込んどいて言う事では無いがと前置きしつつ、口から出た言葉は色好(いろよ)い物では無かった。

 

 

「自分の仕事は艦隊指揮であって戦闘に介入する事じゃ無いと思ってます、如何に効率的に、損耗無く勝ちを拾えるか、その為には使える物は全て使う、そしてアレ(・・)はその為の手段…… 持てる手札を増やす為の物ですよ、頼り無さ過ぎて常用の戦力としては使えない」

 

「ふむ、成る程、勝つ為の手段を増やす…… か」

 

「何を言っても自分ら人間より艦娘さんのが深海棲艦との戦いに向いている事実は変わりませんよ、餅は餅屋ですって」

 

「ははっ、偉く気弱な発言じゃないか」

 

「そりゃそうでしょ、ポッと出の、しかも指揮経験が殆ど無い新任なんですから、身の程は弁えてますって、ただ……」

 

「ただ、何だ?」

 

 

 雰囲気は変わらずだらけ切った体勢、それでも長門を見る目には明らかに強い光が浮かんでいる。

 

 

「自分のやるべき事とやれる事ってのは別物ですよ、そこを履き違えなければ多少の無理も勘弁して貰えるかなと」

 

 

 長門の胸中には今まで苦い思いが漂っていた。

 

 例え戦える能力があったとしても指揮官が前に出るのは、その指揮官が没し、頭を無くした艦隊の崩壊という危険が孕むならばするべき事では無いと思っている。

 

 指揮という物は代理でも何とかなるが、指揮官という存在は艦娘にとって心の支えであり、換えの効かない存在であるからだ。

 

 

 しかし第二特務課の艦娘が吉野の参戦を認めてしまえばそれが旗艦としての意見であろうと止める事は難しい、そしてもしそれを自分が否定した場合、逆に周りとの関係に齟齬が生じ艦隊としての体を崩す恐れがある。

 

 だから長門は昼に結果を出してしまった(・・・・・・・・・・)吉野が前に出て戦うと言い出しても止める事は難しいと考えていたし、最悪そうなった時は自分が盾となっても守らねばならないと覚悟はしていた。

 

 先に吉野に掛けた言葉は、それを再度確認し、己の覚悟を決める為の物であった。

 

 

「自分は貴女達に守られているのは充分承知しています、だから邪魔はしませんよ、存分に暴れ回って下さい」

 

 

 この男はやはり文官(・・・・・)だ、何があっても理詰めで行動している。

 

 

 しかし最初に下した無能という評価は間違っていた、この男は身の程を充分弁えている、部下であり、人でも無い艦娘であるにも関わらず、その自分に対して守られているとまで言い放った。

 

 プライドが無い訳では無いのだろう、無論自分の職務を放り投げた訳でもない。

 

 

 この男はただ酷く現実を受け止め、それに対し己が取れる最良を選択しているだけなのだと。

 

 己の事を数段下げたとしても、それが最良ならばそれでいい、そんな人間だったのだ。

 

 

 "邪魔はしないから存分に暴れ回れ"

 

 

 戦艦として、長門型一番艦としてこれ程指揮官から言われて奮い立つ言葉は他にない。

 

 自分の力を認め、その上で全てを任される、これ以上の誉れは他にあろうかと心が震えた。

 

 

 成る程、人から見れば海の男としては腰抜けな考え方に違いない、艦隊を指揮する者としても頼り無い。

 

 そう評価されていたとしても不思議では無かった。

 

 事前に聞いていた、この男に付きまとう評価が両極端な物であったのも今となっては頷けた。

 

 

 そして長門がこのだらしない格好で情けない言葉を吐いた男に対し、最後に下した評価、それは

 

 

 

「いいだろう、ビッグ7の力、侮るなよ」

 

 

 

 この先(つい)ぞ言葉として語られる事は無かったという。

 

 

 

 こうして"人修羅(ひとしゅら)"と呼ばれ、大本営第一艦隊旗艦も務めた大戦艦は、後に第二特務課艦隊に於いて不動の旗艦として、そして指揮官を支える忠勇無双の者として広く知られる事になるのだった。

 

 

 




 誤字脱字あるかも知れません、チェックはしていますが、もしその辺り確認された方は、お手数で無ければお知らせ下さい。

 また、拙作に於ける裏の話、今後の展開等はこっそりと活動報告に記載しております、お暇な方はそちらも見て頂けたらと思います。


それではどうか宜しくお願い致します。

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