大本営第二特務課の日常   作:zero-45

317 / 329
 半エタ状態で四か月。こっそり続きを上げてみる今日この頃。

 色々あったんです……色々。

 イベントとか狩人とか。

 で、続きと言うか、書いてた本人すら流れが判らず数十話読み返して内容の把握し直したとか秘密だかんな!


 それでは何かご意見ご質問があればお気軽にどうぞ。


2020/02/01
 誤字脱字修正反映致しました。
 ご指摘頂きました酔誤郎様、_if_様、水上 風月様、CB様、Jason様、リア10爆発46様、柱島低督様、有難う御座います、大変助かりました。


来訪、欧州連合技術研究所②

 

「いやはや色々想像はしていたのだが聞きしに勝るバイタリティと言うか、あの発想は中々稀有な物だね。艦娘にしておくのは惜しい程に」

 

「はぁ、まぁ……お気に召されたようで何よりです」

 

 

 ヴィルムスハーフェンに居を置く欧州連合技術研究所。

 

 施設群は研究施設の寄り合い的な形になっており、欧州連合の実務面、つまり軍事力という部分で中枢を担うドイツ連邦海軍第2機動隊群を盾とする事で内包するそれらは機能している。

 

 

 髭眼帯はν夕張重工謹製艦娘用追加兵装(武装未設定状態)の説明会という名のサバトを終えた後、施設中枢に位置する研究所の所長室、つまり今回の催しを主導するランプレヒト・ビルングの私室に通され色々諸々お話の真っ最中であった。

 

 

「まぁこの手の事は確かに吉野君の管轄なのは納得するよ? でもさぁ、なぁんで僕までこっちにお呼ばれされちゃったりしてる訳?」

 

 

 リンガ泊地司令長官、斎藤(さいとう)信也(しんや)と共に超豪華なソファーにセットでシッダウンしつつ。

 

 

「いやその辺りの事情は自分も聞かされてないんですが」

 

 

 今回髭眼帯を欧州に招致したのは欧州連合技術研究所ではなく、欧州連合の議会からの要請であり、出張の主目的は日欧資源環送航路連絡会の発足というものであった。

 

 そもそもこの集いがお題目の通りの物であれば、日本側としては軍閥の実務権限者と政府筋の代表者が居れば事足りる話である。

 

 

 ただそこには通常の筋だけに留まらず、深海棲艦という戦力を有し、更にはそのテリトリーに居を構える軍事拠点という特異な、しかも外部に依存しなくとも活動が可能であり、ほぼ独立した拠点として活動する西蘭泊地との繋がりを欲する者達の要望が多分に含まれる事で話はややこしい事になっていた。

 

 

 西蘭は単に戦力面だけではなく、新エネルギーを輸出する程に埋蔵している領域を有し、深海棲艦をも麾下に置く事でオーストラリア近海限定であったが、周辺海域に存在する海路の安全を確保するに至っている。

 

 つまり現在の西蘭泊地を国というレベルで見れば、資源の産出だけに留まらず、現在世界が最も欲する資源の大量輸送を確実にこなせる能力も持っている有用な取引相手という位置付けにあった。

 

 

 故に、今回の日欧資源環送航路連絡会の発足に髭眼帯を招致したというのは欧州連合側にとって単なる建前であり、本音で言えば石油エネルギーに代替え可能なメタンハイドレートや、東部オーストラリア地域の開発を主導している日本の企業連合と関係を繋ぐ為の手段に他ならない。

 

 

 何せ西蘭泊地は海路が分断されている欧州から見れば世界の最果てであり、更には深海棲艦のテリトリーの内にある。

 

 幾ら外事課が設置されたとはいえ、おいそれとは交渉もままならない存在であり、同時に金の卵みたいなものでもある。

 

 

 そんな下心満載の集いだけでも数か国の思惑が絡み複雑怪奇に状態となっている処に、この欧州連合技術研究所が全力で横入り状態。

 

 結果として当事者の吉野にしてもワケワカメな事になっていた。

 

 

 更には地理的にも立場的にも日本を離れられない大隅(海軍大将)の代わりに、連絡会の発足に参加している南洋海域の総司令官である斎藤まで贅沢にブッキングというこの現状。

 

 元々軍の代表という立場で赴いている斎藤と、ぶっちゃけ営業の為にお呼ばれしている髭眼帯とでは立場も立ち位置も、欧州側から見れば全然違う。

 

 そんな訳で髭眼帯にも斎藤にも現在このビルングさんの私室にお呼ばれしている理由が読めないのは当然と言えよう。

 

 

「ふむ、まぁ確かに事前の通達も段取りも無しに呼び付けた形になっている訳だから、斎藤君も吉野君も戸惑うのは無理からぬ話ではあるのだろうね」

 

「そうですね、そちらさんと吉野君の絡みはまぁなんとなく想像はつくんですけど、その……僕が、その辺りに絡むのは逆に不味いんじゃないかなって思うんですよね」

 

 

 言ってしまえば今回の欧州連合に招致された立場で言えば、斎藤は一軍団の司令長官ではなく軍の代表。対してこの場限りの立場で言えば吉野に対しては恐らく深海棲艦関係の技術や生態関係の話に終始する事が予想される。

 

 

 軍の立場で言えば頭を飛び越しての話は当然認められないが、今回の立場に限って言えばビルングが招致しない限り斎藤はこの場に同席する事は叶わなかっただろう。

 

 本来であれば邪魔な横槍が入らず差しで話を進められるであろうこの場に、敢えて斎藤を呼ぶという行為自体が不可解だと、そんな事情を鑑み現在斎藤と吉野はビルングの真意を掴めず首を捻っていた。

 

 

「研究所……という組織的には確かに吉野君と直接交渉が望ましいのだがね、まぁそれは技本(海軍技術本部)を通せばできなくはない。ただ今回はどうしても斎藤君……リンガ泊地司令長官である君にも関係する話なので、今回は少し強引ではあるが同席して貰った訳だよ」

 

「それは軍の代表として赴いている立場にですか? それとも僕個人に対して?」

 

「有体に言ってしまえば、()()()()()()()()()()かつ()()()()()()()()()、どちらも外せない……というところかね」

 

「……どうにも良く判らない状況ですけど、何か御用なら伺いますよ、事の是非は別として」

 

 

 足を組み、ソファに浅く身を沈めるビルングに対し、訝しみつつもやや刺す様な視線を投げる斎藤。

 

 そしてその横で場違い感を察知して空気感を遺憾なく発揮する髭眼帯。

 

 

 そんなビルングさんの私室は現在、妙に緊張した、しかしこんな交渉の席に漂いがちな圧迫感はやや薄いという微妙な場が出来上がっていた。

 

 

「今から確か十六年前の西暦2002年、リンガ泊地では当時の司令長官主導での大規模作戦がインド洋で行われたそうだね?」

 

 

 不意打ち気味にビルングの口から出た言葉。

 

 それを聞いた斎藤の表情は一瞬だけ凍り付き、しかし言いたい事の意味をはっきりと理解したのだろう明らかに不快の色を滲ませつつ、ビルングが口にする話を肯定する。

 

 

 西暦2002年、当時のリンガ泊地の司令長官は(かつら)正則(まさのり)海軍少将であった。

 

 大隅巌が大将の位を受け大本営に詰める事になった後、リンガ泊地を中心とした南洋の戦線を継いだ司令長官である。

 

 

 またこの年は()()()()()()()()()()()()()()行われた作戦は失敗して本人は戦死、また同泊地の主戦力はほぼ壊滅。副司令長官であり当時大佐であった斎藤が後を引き継ぐ形でリンガ泊地の司令長官の任に就いた。

 

 

 本来鷹派が強硬した方針が前線の危機へと繋がり、それを収拾する為敢えて玉砕紛いの作戦を桂が慣行。最後は大隅含む上層部が黙殺したという一連の負の歴史。

 

 しかし内情がどうであったかの記録は改竄され、それと引き換えにした鷹派への粛清が結果的に鷹派と慎重派による軍閥間のパワーバランスを拮抗する切っ掛けとなる。

 

 

 この様な軍閥間の駆け引きと多大な犠牲とを引き換えに、戦力的に限界であった各前線、特に南洋では戦力的な見直しが早急に行われ、現在に続く一大防衛網が確立されるに至る。

 

 

「……えぇ、前任である桂が当時の主力である艦娘達と母艦を擁し、泊地近海の掃討作戦を行いましたが、それの作戦が何か?」

 

「ふむ、結果として多大な戦果を挙げたとあるが、艦隊はほぼ壊滅。艦娘の損耗に至っては全滅だったそうじゃないか」

 

「作戦詳細は機密を伴う物なので、ご返答は致し兼ねますね」

 

 

 眉間に深い皺を寄せつつも、言葉尻と表情に慇懃な皮を被せて。

 

 しかし明らかに苛立ちを隠そうともしない視線を斎藤は投げる。

 

 

「別に君達の傷を抉ろうなんて悪趣味な事はしないさ、ただね……ふむ、言葉だけでは胡乱に過ぎるな」

 

 

 ビルングは髭をしきりに擦りつつ、何かを思案する素振りを見せた後内線でどこかへ連絡を取ると、苦笑を表に張り付けたまま紅茶で口を湿らせた。

 

 

「自分で言うのもおかしな話なのだがね、誰ぞと対する時はついつい答えありきで話をしてしまう。悪癖なのは理解しているのだがね……、繰り返しになるが君達に来て貰ったのはどちらにも関係する事で、尚且つ私の研究テーマに必要な処置だと理解して頂きたい」

 

 

 まるで自重する様に、しかしそれでも真っ直ぐな視線を斎藤に向けたビルングは言葉を続けていく。

 

 

「恐らく君達も聞いているだろう。我が国は以前より深海棲艦の、それも上位個体の襲撃を数度に渡り受けている。それも海からではなく陸側から」

 

 

 ビルングが言う深海棲艦からの襲撃。

 

 確かにそれは吉野も感知していた情報であり、最近ではエメリヒ・ザールヴェヒタードイツ連邦共和国国防大臣からも直接の裏を取ってあった話である。

 

 そして斎藤にしても吉野程ではないにせよ、同盟国周辺で勃発している深海棲艦絡みの情報はビルングが予想する通り掴んでいる状態にある。

 

 

「ここ十年で回数にして六回、何れも南部……チェコ、若しくはオーストリア方面から侵攻してきたものと判明はしている」

 

「……六回もですか? 上位個体が単体で?」

 

「うむ、内三体は鹵獲、残りの三体は撃退という結果になってはいるがね」

 

「え!? 鹵獲!? ドイツは上位個体を三体も鹵獲してるんですか!?」

 

「そうだね……馴れない陸上での砲撃戦を行ったせいでこちらの戦力もかなり削られてしまったが、結果としては想定以上の大事にはならずに済んでいるよ。まぁ肝心の鹵獲した上位個体は三体とも自害という形で損失してしまっているが」

 

 

 吉野が知る情報では、深海棲艦上位個体がドイツに侵攻してきたのは四度。しかも鹵獲したという情報は全く掴んでいなかった。

 

 しかも戦闘した地域がドイツ北部を含む事から、恐らく北海辺りからそれらは侵攻してきたと予想をしていた。

 

 しかしビルングは隣国、しかも陸続きである南方からそれらは来たと言っている。

 

 

 地理的に地中海は欧州連合の本拠地に面している関係上、侵攻ルートとは考えにくい。

 

 例え時系列的に連合が樹立していなくとも、十年以内という事であれば、そこはドイツ連邦海軍の約半数が展開している海域である。更にその先は欧州資源環送航路の要である紅海が存在する。例え個の戦闘力が高くとも単体でそこを打通する事は不可能である。

 

 

 ならドイツで確認された上位個体はどこから来たのか。警戒網が分厚い地中海──スエズ運河を避け、かつ南側の陸路。

 

 

「こちらの得た情報では、信じられない話ではあるが彼女達はペルシャ湾より上陸し、そこから一旦陸路を移動しつつ、更に黒海を通過してドイツを目指したようだ」

 

 

 ビルングの情報に斎藤は絶句し、吉野は脳内でドイツ周辺国の位置情報を思い浮かべる。

 

 もし今の情報が正確な物であったなら、ペルシャ湾からドイツまで最短で国を八つは打通しなければならない。しかも途中には要警戒地域である地中海付近の国も存在する。

 

 もし吉野が完全に感知されない事を前提に安全策を採用するとすれば、中東を抜け黒海の東側を大回りし、更に人口密集地を避ける為に平野ではなく山岳地帯を移動するルートを選択する他はないという結論に至る。

 

 しかしそれを単艦で成すには、想像以上の困難が伴う。例え艦娘とは違い補給手段に様々な選択が手が使える深海棲艦であろうとも、それは不可能に近い行動と謂わざるを得ない。

 

 

「確かに中東は警戒が強い海岸線をパスできたなら陸路を進むのは容易い、しかしそこからドイツへのルート……特にウクライナ/モルドバ──ルーマニア間の国境は親ロシア筋と欧州連合が牽制している関係で其々の軍が緊張状態にありますよね」

 

「うむ、斎藤君の言う通りあの辺りは武力衝突をしていないだけで、実質紛争地帯になっているような物だ。そこを気取られずにドイツへ至るのは不可能に思える。しかし……彼女達はそのルートを数年掛けて静かに、執念深く進み我が国に至っているのは事実なのだよ」

 

「数年単位もの時間を掛けて、ですか。何故そうまでして……」

 

「その答えはこれから本人から聞かせて貰おうじゃないか。丁度彼女も来たようだしね」

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 部屋の主であるビルングに、招かれた吉野と斎藤。

 

 少し前まで三人が居た空間には、現在呼ばれて来た艦娘が一人加わり部屋の主の横に腰掛けていた。

 

 

 その艦娘を見る吉野と斎藤は怪訝な表情を表に張り付け、視線を受ける艦娘からは特に感情の隆起を感じる事はできない。

 

 

「ビルング卿……この艦娘は……」

 

「うん? 見ての通り夕雲型駆逐艦、確か十七番艦だったかね」

 

「はい、夕雲型駆逐艦、その十七番目、早霜です」

 

「いやそれは判っているんだけど……君は一体……」

 

 

 夕雲型十七番艦である早霜は吉野からの質問に答えつつも、視線は主に斎藤へ。正確にはそのやや脇に釘付けになっている。

 

 

八重畳(やえだたみ)……そうですか、お手にそれがあるという事は、今リンガの司令長官に就いているのは斎藤さんなのですね」

 

 

 世間話でもするかの如く、するりと早霜の口から出た言葉に斎藤は目を見開き絶句する。

 

 

 依然早霜が見る、斎藤の脇に()()()()()()()()()。銘を八重畳(やえだたみ)

 

 備前長船清光に師事し、後に薩摩へ備前伝を伝えた刀工が鍛えし一振りであり、元は細川幽斎の差料であった。

 

 

 後世、深海棲艦との戦争に突入した当時は坂田一の腰にあり、その後は大隅巌が、次いで桂正則へ、そして現在斎藤信也へと受け継がれる南洋の長、リンガ泊地司令長官の証たる一振り。

 

 

「ビルング卿が言う、僕に関係があるという話はまさか、いや、でも早霜はあの時に……」

 

 

 夕雲型十七番艦早霜。その銘で呼ばれる、今吉野達の前に居る艦娘は所属をリンガ泊地第四艦隊所属とする艦娘。

 

 嘗て桂正則少将が率い、そして()()()()に参加した、現在では轟沈艦として軍から抹消された艦娘であった。

 

 

 言葉に詰まり、早霜を見る斎藤。そんな無言の空間を敢えて無視しビルングは話を進め始める。

 

 

「何故、どうしてという疑問が当然あると思うのだがね、ここは先ず事実だけを伝えようと思う」

 

「……事実?」

 

「先ず彼女、早霜はここ()()()()()()()()()()()()()()()個体でね、まぁ所謂ドロップ艦に分類される」

 

「ドロップ艦? ドイツ国内でって……」

 

「斎藤君はある意味当事者だから仕方がないとして、ここまで話を聞いておいてまだ状況が掴めないとは、正直どうかと思うんだがね? 吉野君」

 

 

 ビルングが少し苦い相を滲ませ溜息を吐きつつ首を左右に振る。

 

 そして吉野は投げられた言葉に反応し、それ程長くはなかったここまでの会話を頭の中で並べ始めた。

 

 

 先ず今回の話は嘗てリンガ泊地で実施された大規模作戦に端を発する。

 

 次に深海棲艦上位個体がドイツへ侵攻してきた話に変わった。それも唐突に。

 

 この間ビルングは何度も『斎藤は関係者』だと繰り返し念を押している。

 

 最後に早霜が場に呼び出され、しかもそれは嘗てリンガで実施された作戦で沈んだ艦であり、邂逅はドロップであると明言されている。

 

 

 深海棲艦は陸を侵攻してきた。

 

 鹵獲はしたが、それらは自ら命を絶った。

 

 そして早霜は()()()()()()()()()()()()艦である。

 

 

 吉野は話を並べただけで出てしまった答えに顔を歪め、更に以前から得ていた情報を繋ぎ合わせ、思わず天を仰いだ。

 

 

「ビルング卿、確か貴国に侵攻してきた上位個体の内、確認されのは三種であったと自分は記憶しています……」

 

「ほう、流石元情報将校、耳聡いね。確かに我が国内で発生した深海棲艦上位個体との戦闘で確認された種別は三種だが」

 

 

 六度の襲撃に対し、確認された種は三種。

 

 回数としての母数は少ない為統計的な答えは出せないだろう。

 

 

 しかしそれでも、恐らくはという考えに至った時、吉野の考えを肯定するかの如くビルングが語り始める。

 

 

「本来なら早霜が説明するべきなのだろうが、どうにも本人にはそのつもりがないようなので私が語るしかないようだ」

 

 

 ビルングが語る話は、これから開示される情報は現在欧州連合技術研究所の一部でしか共有されていないという前置きから始った。

 

 

 嘗てインド洋で実施された()()()()

 

 出撃するも、帰還を想定せず、艦隊をその物を餌として誘き寄せた敵艦を母艦諸共水底へ沈める。玉砕を前提とした作戦。

 

 

 投入された戦力は艦娘十八隻と母艦が一隻、対して深海棲艦は最重要目標としていた姫級三隻全てが出てきたものの、その他の船を含めた数は当初予想していた数のほぼ倍に膨らんでいた。

 

 この作戦の肝は集めた深海棲艦を如何に効率良く母艦の自爆に巻き込むかという事にあり、それを達成するには是が非でも予定していた海域まで敵を引き付け続けないといけないという事情が絡む。

 

 水深は深過ぎず、海底が泥土ではなく岩礁である事。その条件を満たして初めて母艦に搭載した爆薬の効果が発揮される。

 

 

 しかし敵が作戦で予想した数を超えた時、母艦の位置はまだ予定海域に僅かに届かず、また水深は深過ぎた。

 

 全艦隊は全力での撤退戦を繰り広げていたが数の暴力には抗えず、敵数は時間の経過と共に沈めた数を上回る事になってしまったらしい。

 

 

「そのまま撤退しつつの誘引は予定海域に至らずという判断をした司令官()は、少数の艦による逆進撃を以て敵の進行を遅延させ、母艦を予定海域まで進める作戦を慣行しました」

 

「少数の……艦による逆進撃?」

 

 

 この時点で総戦力比は倍以上、そして逆侵攻という名の()()に投入された艦は僅か三隻。

 

 足の速さに優れ、尚且つ打撃力のある艦種。更には撤退戦という事情から母艦の防衛に向かない(装甲値薄い)艦種が任に就くのが望ましい。

 

 

 結果その任を受けたのは当時第三艦隊に編成されており、武装全てを魚雷管で埋めていた早霜、巻雲、朝霜であったという。

 

 

 数にして五十対三。単純な戦力比で十七対一。

 

 そして求められる戦果は五分の足止め。

 

 姫鬼を含む五十もの敵を相手に、駆逐艦三隻での遅延作戦。

 

 

 普通ならできる筈がない、それ以前に出撃を拒む程の無茶と言わざるを得ない。

 

 

 しかしそれでも彼女達姉妹は命令に即応し反転、敵陣の只中へと飛び込んでいった。

 

 

 彼女達の行動は今の艦娘達から見ても異常な程に割り切りが過ぎる物と謂わざるを得ない。例えそれがそれが事前に言い含められていたとしても、普通なら命令が下った瞬間は何かしらの迷いや躊躇いが現れる筈である。

 

 しかし彼女達は突発的な命令であったにも関わらず、即断即応し、詳細な指示も受けていないにも関わらず敵陣へ対し一番効果的であろう部分へ切り込んでいる。

 

 

 これは彼女達が特別なのではなく、日本の軍特有の事情が生んだ、世代の背景が関係している。

 

 

 日本という国は深海棲艦の出現初期からこれまで、艦娘を投入しての反航戦を延々と繰り返してきた。

 

 深海棲艦という敵が何かを知らず、また戦力の核である艦娘すら何者かも判らず。戦いは全て手探りであり、戦術も戦略も常に変化し続けてきた。

 

 戦い続けてきた三十幾年、短くも苛烈な歴史に於いて、それでも転換期は幾度か訪れている。

 

 

 『最初の五人』と共に日本近海の海域を奪還するまでの戦い。

 

 初期の建造艦を率いて、日本海を奪還するまでの戦い。

 

 内需が危機的状態に陥り、資源を求め南を目指した戦い。

 

 そして現在、国の安定を目指し効率化が常とされる戦い。

 

 

 最初の五人が戦っていた頃は誰も生き残るのに必死であり、また人はまだ「戦争を知らない世代が中心」の戦力であった為、軍という組織形態は上手く回っていなかった。

 

 日本海奪還作戦時は減り過ぎた人的リソースを投入する事はできず、国内に残る資源を全力投入しつつの建造と、艦娘の逐次投入という無茶で海を取り戻した。西蘭の鳳翔や僅かに残る大本営の古参組がこれに当たる。

 

 南洋に打って出た当時。これらは攻める事に特化し、また航空母艦や駆逐艦等の装甲が薄い艦は余り徴用されず、目に見える結果が判りやすい大艦巨砲主義が横行した。長門を筆頭に"二つ名"を持つ艦娘の多くはこの世代に当たる。

 

 そして南洋を獲った後。制海権の維持と周辺海域の殲滅という二面性を達成する為、軍はより強固な組織運営を必要とした。

 

 何物にも屈せず、無茶な命令にも疑問を持たずに戦い続ける鉄の意志を持つ兵による軍隊。それらを達成する為に組織は極端なトップダウンの形を成していく。

 

 

 嘗ての大日本帝国海軍の如く、強く、己の正義を疑わず、しかし理不尽な。そんな艦隊。

 

 

 今吉野達の前に居る早霜という少女は、そんな時を生き、戦いに命を捧げる事に疑問を感じない。それが当たり前の時代からやってきた。

 

 

「指揮官たるもの人でなしでなくてはならない。これは私の持論ではあるのだがね、この早霜達が生きてきた時代ではそれが当たり前であり必要だったのかも知れないね」

 

「しかし……それでも駆逐艦がたった三隻で、姫鬼を含む艦隊に突貫なんて……」

 

「問題はそこではないのだよ斎藤君、彼女……いや、もう吉野君は気付いているようだから敢えて真実を述べると()()()()()()は今も作戦行動中であり、生と死を繰り返している」

 

 

『母艦を予定海域まで進める為第三艦隊を解体。当該艦隊より抽出した早霜、巻雲、朝霜を第四艦隊として再編成し、現海域にて敵艦隊を迎撃せよ』

 

 彼女達三姉妹が受けた命令はそういう内容だったという。

 

 

 その後桂少将率いる艦隊は誘引した敵艦隊諸共爆散し目的を達成。そして水底へと没した。

 

 

 それから十六年。作戦はとうに達成されていた。しかしそれを彼女達に伝える者は居らず。彼女達に命令できる者も存在せず。

 

 あれから十六年。故に戦い続けてきた。強固な意志と絶対の命令に従い。尚折れる事無く、生と死を繰り返し。

 

 

「そんな馬鹿な……十六年もの間、あのインド洋で君は戦っていたっていうのかい」

 

「……馬鹿な? 私達が戦ってきた事が? それを、貴方が(リンガ泊地司令長官)が言いますか?」

 

 

 斎藤の呟きに反応した早霜の目は、純粋な、それでいて冷たく深い怒りを湛えていた。

 

 作戦の実施から既に十六年。継続して戦い続けていたと言葉にしてもそれは単純な物ではない。

 

 

 轟沈してから()()()()()()()()()()()、そのタイミングは様々な要素が加味され、そして偶然という絶対不可避の現象も関わってくる。

 

 例えば、三姉妹が戦っているといっても()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()……

 

 

「生と死を繰り返す、それは当然深海棲艦として黄泉還る事も含まれる訳だ。彼女達は艦娘として還った時は海で死ぬまで戦い、深海落ちした時には海を渡り、ただひたすら我が国を目指したそうだよ」

 

 

 ビルングの言葉に吉野は予想した事実を噛みしめ、斎藤はある事を思い出す。

 

 

 嘗て桂がまだリンガ泊地を率いてた頃。繰り返すように口にしていた夢物語。

 

 

『今はまだ現状維持がギリギリだがよ、なぁ斎藤。これから軍はこんなトコで足踏みしちゃいけねぇ、もっと先を、取り敢えず欧州の同盟国であるドイツまで制海権を伸ばしていかなきゃ人類はドン詰まりだ。だから俺は必ず行くぜ、ここ(リンガ)を越えて、その先にあるドイツによ』

 

『ドイツですかぁ、先は長いですね。で? 桂さんはドイツまで行けたら何をするんです?』

 

『取り敢えず黒ビールとやらと本場のソーセージだな。昔を知るジジイ共が自慢するんだよ、ドイツと言えば黒ビールとソーセージだってよ』

 

『欲望駄々洩れの夢ですね、まぁ僕としてはのんびりできればそれで満足ですよ』

 

『けっ、嫁を貰ったら途端に大人しくなりやがって。なぁ翔鶴この夢も何もないフ〇ャチンの話聞いてどう思うよ?』

 

『気概は人其々だと思いますが。それよりも提督……仮にもここは作戦指揮所であり泊地の中枢です。駆逐艦も多く居ますし公序良俗を鑑みた発言をお願いしますね?』

 

『痛てぇっ!? おい翔鶴! 足! 足を踏むのは辞めれ! って言うかソコ! ガキ共も笑ってねーで助けやがれっ!』

 

 

 不確定要素が多く、多大な犠牲を払わなければ交われない同盟国。ドイツ。

 

 世界的に縁が切れ、陸路も絶望とあっては、海を渡っていかねば届かぬ遠い国。

 

 

 ドイツが重要なのではなく、海を自由に渡る事を可能とするのが夢だと語る海軍少将の周りには、斎藤のみならず麾下に居た艦娘達も多く居た。

 

 

 信の置ける司令長官であり、絶対的な上官であり。そして彼女達が笑顔でそれを聞いていた事からも、彼らの関係は生死を共にする父であり兄であり、そして愛する人であったのは間違いない。

 

 

 艦娘にあっては、孤独で暗い海を沈むまで戦い続け。

 

 深海に落ちた後であっても、恐らく自我もない筈なのにドイツを目指し。

 

 

「指揮を執る者は人でなしでなければならない。でなければ情に押し潰され彼女達の犠牲も無駄にしてしまう」

 

 

 ビルング言う様に己を人でなしとし、死ねと命令した司令長官。それでも全てを受け止め、己の存在理由と心に落とし込んだ早霜や姉妹は延々と生と死を繰り返してきた。

 

 そして深海落ちした彼女達は、恐らくドイツへと至った事で己の心に焼き付いた悲願を達成した事を悟り、自身の現状(深海落ち)を認識する事で()()()()()()()()

 

 

 そんな繰り返すだけの十六年という時間を、()()()()()()()吉野は知る事はできても理解する事はできないと顔を歪める。

 

 余りにも理不尽で、真っ直ぐで、しかし理解できなくともそれが彼女達だという事は納得していたから。だから放置はできないと行動に出る。それが当事者である斎藤を差し置いての行動であったとしても。

 

 

「……例えそれが受けた命令の内であろうとも、君の行動は現時点の軍に於いては戦力を無駄に浪費する行為に他ならない」

 

「……貴方は? 見た処斎藤さんと同じ少将殿でしょうか」

 

「日本海軍海上護衛総司令部長官、東部オセアニア資源還送航路総括、並びに西蘭泊地司令長官も兼務する……と、やたら長ったらしい肩書ではあるけど、君の上官である桂さんと同じ少将を賜っている吉野という」

 

 

 それがどうしたと、何故お前が私達を否定するのかと。言葉にしないが早霜の視線が吉野に刺さる。

 

 筋としては吉野の言葉が正しく。しかし早霜の置かれる立場も状況を鑑みると正しい。

 

 どちらも間違ってはいないが、軍という組織に於いて上下関係は絶対である。そういう風潮が強かった時代を生きた早霜にとっては特にそれは強く作用する。

 

 

 だから可能であっても余り行使しない手を吉野は使う事にした。

 

 理屈ではない。生き様を認め、それでも過去に縛られたまま死に続ける者をどうにかする為に。

 

 

「君達の上官であり、命令を発布した桂正則少将は既に靖国に入られた。そして君が所属した艦隊も壊滅し命令系統も復帰するべき原隊も現在は存在しない」

 

 

 当時のリンガ泊地ならいざ知らず、現在のリンガには彼女の居場所は無いだろう。現に今リンガには()()()()()()()()()()()()

 

 

「事此処に至り、君の処遇を含めた問題は緊急性を要する物と自分は判断する。よって戦時特例により桂少将と同じ階級を持つ自分が君達の指揮権を引き継ぎ、ここに当該作戦の終了を通達すると共に艦隊の解散を宣言する。この命令に不服があるなら大本営艦隊本部へ異議申し立てを行うように。いいね?」

 

 

 筋で言えば指揮権の引継ぎも、処遇も階級は吉野と同じ、しかも原隊が属していた泊地の司令長官である斎藤がするべきであろう。

 

 しかしそれを吉野がさせなかったのは、既に西蘭にはこの作戦で没したとされる翔鶴を保護しているという事情と、それ以上に早霜を欧州連合との取引材料に利用させない為でもあった。

 

 現状ビルングの言葉が真実なら、この早霜の素性を知る者はまだこの研究所の限られた者しか知らない筈である。しかしその事実が表に出れば当然話は当事者の手を離れ国家間での物となってしまう。

 

 そうなった場合早霜はおろか、恐らくこの先邂逅の機会があるだろう巻雲と朝霜にも()()()()()()が訪れるかも知れない。

 

 だから吉野にはまだ話がこの場で収まっている状態で、強引ではあったが早急に話を進めてしまう必要があった。

 

 

「……そうですか、判りました。リンガ()()()()()()、早霜。戦時特例に基づき現任を離れ吉野少将の麾下に就きます」

 

 

 早霜の命令復唱を受けた髭眼帯は斎藤に確認の視線を送るが、恐らく吉野とは別の事情もあるのだろう、予想とは違い無言での肯定を意味する頷きを確認する事になり取り敢えずの形は整う事となった。

 

 

 だが問題は現状早霜を鹵獲したのはドイツ連邦共和国であり、恐らく所有権はかの国にある。

 

 しかしビルングからはこれまでその権利を主張する言葉は出ていない。

 

 

 なら以降はそれと引き換えに何かしらの要求、若しくは交渉が出てくるのだろうと、吉野は相手の反応を窺うのであった。

 

 

 

 




・誤字脱字あるかも知れません、チェックはしていますが、もしその辺り確認された方は、お手数で無ければお知らせ下さい。
・誤字報告機能を使用して頂ければ本人は凄く喜びます。
・また言い回しや文面は意図している部分がありますので、日本語的におかしい事になっていない限りはそのままでいく形になる事があります、その辺りはご了承下さいませ。

 それではどうか宜しくお願い致します。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。