大本営第二特務課の日常   作:zero-45

306 / 329
 連続して結構お堅い話が続く予感なので、冒頭はちょっとしたネタがINします。

 え、出張に同伴する権利を勝ち取ったのは誰かって?

 ハハハそれはうん、まぁその、はい。


 それでは何かご意見ご質問があればお気軽にどうぞ。


2019/04/14
 誤字脱字修正反映致しました。
 ご指摘頂きました水上 風月様、柱島低督様、じゃーまん様、リア10爆発46様、有難う御座います、大変助かりました。


メルボルンでの話し合い・壱

 

 オーストラリアのメルボルンから南東へ約三百海里の洋上。

 

 強行潜水母艦泉和(いずわ)の甲板では小粋なビーチチェアーにシッダウンした髭眼帯が資料の紙束を片手に、怪訝な相を浮かべながら目の前で繰り広げられている掛け合いを眺めていた。

 

 現在吉野達は英国より通達があった新たな艦娘の引渡しという名の会談へ向かう為、西蘭泊地からオーストラリアのメルボルンへ移動中にあった。

 

 泉和(いずわ)は叢雲の艤装を仲介する事で一極集中型の操船機構になっている為、必要最低限の乗員しか必要としない。

 

 操船全てを一手に賄う叢雲。出撃中の衣食を担当する伊良湖。会談へ参加する吉野を警護する時雨に対外的な調整を行う担当の矢矧。

 

 それに加えて、色々諸々の折衝の末に出張の同伴という席を勝ち取った艦娘が一人と、深海側の代表として飛行場姫。計六人が今回泉和(いずわ)に乗り込んでいる全てになっていた。

 

 

「……あー、うん、色々聞きたい事が山盛りなんだけど、何で師匠が今回の出張に参加しているのかの訳を聞いても?」

 

「改装航空戦艦、日向だ。うん、さらに航空艤装を強化した。なに、心配するな。瑞雲の運用も可能だ。いけるな」

 

 

 先日姉の伊勢に続き第二次改装を受けた航空戦艦日向。

 

 よりズイウンの運用に長けた五スロット艦という触れ込みで存在感を増した、ズイウンの国から来たズイウンの使者である。

 

 

 そんなズイウン的な師匠は第二次改装を終えた後、更なる新たなズイウンの運用を模索し、工廠付近で装備の運用試験だの新たなズイウンを開発だの精力的な活動を行っていたらしい。

 

 

「まぁそんな訳でズイウンを作ったり運用したりしていたら、何故か母艦に乗り込んでしまっていてな」

 

「何で瑞雲を運用してたら艦娘母艦に乗ってたとかイミフな状態になるのよ……」

 

 

 操船をオートに切り替え、休憩の為に甲板へ上がってきた叢雲は師匠の独白を聞き苦い相でため息を吐きつつ首を左右に振っていた。

 

 

 西蘭泊地は深海棲艦のテリトリーの内に居を構える関係上、侵入者に対しての備えはやや緩い状態にあると言えなくはない。

 

 しかしそれでも工廠周り、特に艦娘母艦の管理に対してはそれなりのセキュリティを施し、間違いの無いよう運用がされている。ある意味泊地の要であるそんな場に、ズイウンを色々やってたら紛れ込んでしまったとか普通あってはならない事だが、師匠のズイウンに対する愛と執念はそれらのセキュリティを無視し、時間や時空すら捻じ曲げてしまうというレポートが夕張より上がってくる程のアレなので、今回の事はある意味仕方のない事かも知れないと髭眼帯は無理やり納得するしかなかった。

 

 

 

「挨拶が遅れたな、私が改装航空戦艦、日向である」

 

「いやそれさっきも聞いたし、寧ろ何でそう堂々と艦内で艤装を展開してんのアンタ」

 

「むっ、では聞くが君はそのナリ(ムチムチ)で何者なのだ」

 

「え、私はこの母艦を預かってる叢k……」

 

「私の伝説は2019年3月27日に始まった、君は見たところムチムチしてはいるが駆逐艦のようだな、どこから来た?」

 

 

 ズビシといつの間に取り出したのだろう、手に持つズイウンをムチムチ叢雲に突きつける師匠と言う絵面(えづら)

 

 そのやり取りに何故か髭眼帯は嫌な予感メーターをピコンピコンさせつつ怪訝な相を深めていく。

 

 

「いきなりそんなの突きつけるんじゃないわよ、て言うかどこから来たって、そんなの西r」

 

「そーだ、いい物を見せてやろう」

 

「人に質問しといて結局返事を聞かないとか、マイペースにも程があるわね……」

 

「ん? 私の伝説が聞きたいのか?」

 

 

 再び師匠はズビシとズイウンをムチムチへ向ける。

 

 

「だからそんなの人に向けてグイグイしないっ!」

 

「武勇伝が聞きたいか?」

 

「だーかーらぁ! 危ないからズイウンを人に向けないっ!」

 

「君はどこから来た?」

 

「だから西蘭泊地からって言ってるでしょっ!」

 

「六と三と四の中なら好きな数字はどれだ?」

 

「はぁ? え……えっと、その三つの中限定で選べば四かしら、四葉のクローバーとか割と幸運が……」

 

「ヴァカめ! 君に選択する権利はない、私の伝説は2019年3月27日に始まったのだ」

 

「今好きな数字を選べって言ったのアンタでしょっ!」

 

「私の伝説を聞きたいか?」

 

 

 師匠のズイウンがよりムチムチへとグリグリされていく。更に会話の内容に何故か少しだけ既視感を感じる髭眼帯はプルプルし始める。

 

 

「いい加減にしなさいよアンタ……」

 

「私の伝説は2019年3月27日に始まった……私の朝はズイウンから始まる、そして私の午後はズイウンから始まる、そして夜は……」

 

「ハイハイどうせまたズイウンなんでしょ、ホントそればっかりね」

 

「ヴァカめ! 夜は12型に決まっているだろう、で? このズイウンを知っているか?」

 

「なんでアンタの感性から出た答えでバカ扱いされなきゃなんないのよ、って、え……それって普通の瑞雲じゃないの?」

 

「ヴァカめ! 知らないのなら教えてやろう、ズイウンとは金星五四型よりも金星六二型を搭載した機体の方が偉いのだ」

 

「それはつまり、フツーの瑞雲じゃなく12型の方が偉いという事を言いたi」

 

「ヴァカめ! 誰が12型が一番だと言った? 嘗て私に搭載されていたのは瑞雲六三四空だ!」

 

「もぉぉっ脈絡が無いって言うか支離滅裂と言うか一体何を言いたいのよアンタはっ!」

 

「あ~知ってるぅ、そのネタ超知ってるぅ。てか何で師匠は叢雲君相手にエクスカリバーさんネタで煽っちゃったりしてんのぉ?」

 

 

 こうして何故か某所では有名なエクスカリバーさんネタを使って自身の存在価値を無理やりゴリ推しする師匠と、煽り耐性が極めて低いムチムチ叢雲との不毛なやり取りを聞きつつ、吉野はメルボルン入りをするのであった。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 ボート・フィリップス湾を望むメルボルン港。

 

 嘗てスーパーコンテナ船の運用を視野に入れ浚渫されたそこは、現在吉野商事が所有する物資輸送船やタンカーが主に運用しており、プリンセス・ビアの海岸線を含む一体は西蘭泊地が徴発した軍事施設が立ち並ぶ。

 

 港には大型の荷卸設備や倉庫が建ち並び、嘗ての中心街であった場は再整備され、本拠地では外部との折衝ができない西蘭泊地の業務が行えるよう迎賓施設もこの範囲に用意されている。

 

 

 緑と住宅がメインだったそこは、現在全ての建物が撤去され、ザ・ブルーバードに隣接した一角に自然公園と迎賓館が存在するのみ。

 

 外交全てを賄う施設の最奥。収容人数が僅か十名に届かない別室は、ある意味吉野が会談に使用する専用の部屋として存在していた。

 

 

「今回はご無理を聞いて頂き感謝しています。私この度の艦娘引渡しと調整の為議会より派遣されました、リチャード・シーカーと申します」

 

 

 ローテーブルを挟み握手の手を差し出す男。やや肥満気味で人の良さそうな顔を表に貼り付けた議員。

 

 そして右隣にはパンツスタイルのスーツを着込んだ、金髪をボブカットに揃え、縁なしメガネを掛けた女が並び、更に右隣には今回の一応主役となっている件の艦娘、Nelson級 一番艦Nelsonがティーカップを傾けるという形で並んでいる。

 

 対して西蘭側は吉野を中心に右側には飛行場姫改め汐里(しおり)が右側に、左に矢矧という形で対している。

 

 

「西蘭泊地メルボルン駐屯地にようこそ、自分が西蘭泊地司令長官をしております吉野三郎です。どうか宜しくお願い致します」

 

「王立研究所、深海棲艦研究室所属主査、アイラ・クリスティーヌです」

 

「余がNelsonだ。貴様が余のAdmiralになるという訳か、宜しく頼む」

 

 

 其々が一応笑顔を表に貼り付けてはいるが、英国側の二人は思惑の違う物を腹に抱え、更にはそっけない態度を取るネルソンは意外にも場を静観する態勢のまま吉野を値踏みする。

 

 リチャードという男は英国庶民院議員の肩書きを持ちながらも他国へ数々のパイプを持つ商人、という中々に面倒な男であったが、今回ネルソンに同伴してきたアイラという女はモーリス・ウィンザーと同じく王室に関係した人物であり、肩書きも研究員ではなく主査(・・)とあるように、組織の管理運営側の者であった。

 

 

「早速ですが今回の主題になりますネルソンの引渡しにつきまして、先にお送りした書類には目を通して頂きましたでしょうか?」

 

「はい、様式は王立研究所の譲渡契約に則った物であり、今まで譲渡された艦の時と同じ内容の物と確認しています」

 

 

 アイラが差し出した書類に対し、矢矧が事前に署名・捺印をした同様式の書類を渡し、其々は内容に不備がないか確かめていく。

 

 今まで英国側が日本へ艦娘を譲渡する際は貴族院の主導で王立海軍から譲渡されるというのが殆どで、今回の様に王立研究所から艦娘の譲渡がなされるのは初の事であった。

 

 譲渡内容はこれまでと変わらず、発布元が違うというだけの手続きが続く。

 

 

 それらは特に問題もなく進み、確認後は書類の確認と引渡し書の作成に充てられ、僅か十五分程でそれらは終了した。

 

 

「Mr.吉野、恐らく判っているとは思うのですが、今回の譲渡手続きは私の我侭と幾らかの独断の末進められた物なんです」

 

「我侭……と言いますと、もしやネルソンの譲渡は予定されていなかったと言う事でしょうか?」

 

「いいえ、そちらは前から話に上がっていたので前倒し的に譲渡をねじ込んで、その代わり担当を王立研究所という形にしました」

 

 

 足を組み、時雨が淹れ直した紅茶に口をつけ、「あらおいしい」と笑顔を見せつつ王立研究所所属の主査と名乗る女は吉野と対峙する。

 

 

「今回こんな無茶を通したのは、以前一度申し入れをしましたそちらとの合同研究の件について、今一度ご検討して頂けないかという事にありまして」

 

「以前……モーリス卿とお話させて頂いた件(・・・・・・・・・)ですか」

 

「はい、当事は情勢が不透明であり、本国筋からの指示も実は一貫した物ではなく、モーリス卿自身も強硬な態度に出なくてはいけない状況にありまして……」

 

「本国筋からの指示は一貫したものではない? と言う事は王室からの指示というのは無かったと言う事で?」

 

「いいえ、王立研究所の深海棲艦研究室は、関わる職務や重要性から一部王室が決定権を握っています。そうしなければ方針が定まらないという事が多々あったので」

 

「成る程、で、以前はウチの秘書艦を研究の為に譲渡して欲しいという内容の物でしたが、今回もまた同じ内容の話になるんでしょうか」

 

 

 テーブルの脇で控える時雨を前に、以前会談で揉めた内容を再び口にして、それでも目を細めて目の前の主査を吉野は睨む。

 

 対してアイラは首を左右に振った後一枚の書類をテーブルに出し、彼女の本来の目的である話を口にしていく。

 

 

「現在地中海を取り巻く深海棲艦の分布は以前と変わらず……いえ、やや増加傾向にありますが、強力な上位個体自体は他海域程頻繁に出現してはいません。ただ、そこを抜けた外洋、つまり大西洋は地中海の数倍から数十倍の数が存在していると思われ、上位個体もそれなりに確認されています」

 

 

 現在大西洋の北側は嘗て北方棲姫が、南側は恐らく船渠棲姫が支配していたと思われる。

 

 だが現在北海が閉鎖され、北大西洋も実は船渠棲姫の手を離れている現在、大西洋横断航路はスペインからアメリカ合衆国への一本が精々で、船渠棲姫が支配力を強めている南大西洋、つまりアフリカ大陸沿岸は未だ制海権を奪取していない。

 

 資源の輸入先の分散化に掛かっている欧州連合、とりわけアラビア諸国とは折り合いが悪いとされている英国にとって、アフリカ大陸沿岸の航路開拓はある意味悲願であり、避けては通れない問題であった。

 

 

「北大西洋打通航路は不定期ながら運用が可能となりました。しかしモーリタニア以南のアフリカ諸国に対し、資源還送航路の開拓は見通しが立たず、陸路を通すにも小国が密集しており難しい状況にあります」

 

「成る程、英国はアラビア諸国ではなくアフリカへ資源の供給を求めると」

 

「はい、もうそちらにも情報は渡っている筈ですので本音を言わせて頂くと、アラビア諸国はドイツ筋の強い影響下にあり我が国が食い込める余地はありません。そして必要資源を西蘭泊地が推し進めるメタンハイドレートへ切り替える方針を今この瞬間打ち出したとしても、結果は数年先まで先細りしたままの資源状況になってしまいます、そこで……」

 

 

 吉野はアイラから手渡された書類を手に取り、書かれている内容に目を通す。

 

 そこには深海棲艦上位個体の共同研究を推し進め、鹵獲作戦の効率化と、最終的には艦娘と同時に配備するという構想が綴られている。

 

 

「深海棲艦上位個体……鬼や姫を鹵獲して、戦力として配備する、ですか」

 

「既に西蘭泊地ではそれに成功していますよね? 他所ではノウハウやそれに付随する組織運営は未だ理解の及ばない物になってますが、もしこの構想が成功した場合、深海棲艦の駆逐は無理だとしても制海権の大幅な奪取は可能になると思うんです」

 

 

 アイラの言う構想は成功すれば確かに人類は生存圏を大きく広げ、嘗てのように人が地球の覇者に納まる事が可能だろう。

 

 しかし深海棲艦の鹵獲は一定の条件が整っていないと成しえない。

 

 

 先ず対象が元艦娘であり、かつ吉野自身の麾下に置くという事。

 

 加えて他人がそれを成せたとしても、奪取可能な海域の範囲が微々たるものである事。これは以前大坂鎮守府に於いて静海(重巡棲姫)が鎮守府の面々に説明した事があるが、深海棲艦は現状人類の動きを静観している状態なだけであり、広範囲の制海権奪取は深海側からの総攻撃の恐れがある。

 

 故に吉野が当初目指した海域のボスを麾下の者と入れ替えていくという手段は取れなくなり、現状維持に努めるという苦しい状態に陥っている。

 

 

 だがこれらの情報は深海側との取り決めにより秘匿する事となっており、上位個体の鹵獲から麾下へ編入する為の条件や手法も吉野は一切公開していない。

 

 むしろ情報を公開しても鹵獲後の戦力転換は西蘭以外は不可能であり、それに関係した混乱と厄介事が発生するとあって深海棲艦の戦力化という部分はこれからも開示の予定はない。

 

 

「あー……上位個体の鹵獲から戦力としての編成、この部分を成す為の共同研究と言う事で宜しいのでしょうか?」

 

「はい。現在西蘭泊地が独占……失礼、運用可能としている深海棲艦の戦力化は、一部艦娘が存在しない国に対しても大きな影響を齎しますし、安全保障という面では人類の存亡に関わると言っても大袈裟な話ではない筈です」

 

「えぇまぁ仰っている事は理解できます、しかし共同研究と言われても何をどうするという指針がなければ話は進まないでしょう?」

 

 

 吉野としては深海棲艦の鹵獲から戦力化に対する情報は一貫して出さないつもりでいた。

 

 しかしその生態や戦力、艦娘が戦うと想定した場合に有用な情報については、話次第では提供しても良いとこの時は思っていた。

 

 

 紅茶を口に含み、その辺りの情報をどれだけ開示したものかと思案し始め、視線を彷徨わせた時、ふと何気なく横に居る汐里(飛行場姫)に目がいった。

 

 

 普段と変わらない佇まい、最近のお気に入りである扇子を顔の前で開いては閉じるという行動。確かにそれはいつもと変わらない仕草なのに、明らかにいつもとは違う違和感を感じる。

 

 そんな様に首を傾げ、どうしたのかとアイコンタクトを取った時、扇子の影に隠れた口が、面白くなさそうに歪むのが見えた。

 

 

「のぅそこな者よ、人を含め、生き物というのは同族の死に対し殊更敏感になるという通説は知っておるかの?」

 

「……同族の死? えぇまぁ俗説程度なら知ってますが」

 

「そこに死骸があったとして、同族とそうでない物が並んでいた場合、例えそうでない物の方が強い死臭を放っていたとしても、臭いという匂いは同族から出ているそれの方を強く感じるのじゃ。それは生物の根源に織り込まれた本能であり、危機を感知する術でもある」

 

「えぇそういう話は聞いた事がありますが、それが?」

 

 

 突然投げられた姫級からの言葉。それも何かを見透かしたような、ゆっくりとした口調。

 

 アイラは汐里(飛行場姫)が何を言いたいのかという視線を向けたまま、続きの言葉を待つ。

 

 

「そなたは我ら深海の者を()ろうと探求しているのじゃったな、ならば我々の性質(たち)を知る有用な話しを一つしておこうかの。先ず我々は存在の上下としての区別はあっても深海の者という縛りでは単一、情報の伝達は時間こそ掛かるが全ての者へ伝播する」

 

「深海棲艦が持つ情報拡散のシステムという物ですね、研究自体は進展してませんけどそういう現象があるという事は確認しています」

 

「まぁそれは本能に刻まれた(さが)性質(たち)によるもの、それでの、我々は人と違うて同族の残り香を感じる事ができる」

 

「……残り香?」

 

「人はオカルトなぞと呼ぶがの、怨念から生まれ(いで)でた我らは死す時強い意志を殺した相手へぶつける事が多いのじゃ。海で艦娘と対峙した時、その相手からこの"残り香"を強く感じる時は、それだけ多くの同胞を殺した強者と……まぁそういう判断をしたりする訳よの」

 

「それは興味深いお話ですね、もしそれが本当なら研究すべきテーマの一つになりますよ」

 

 

 割と食い気味で汐里(飛行場姫)の話に乗るアイラ。それに対して扇子に隠れた口は、声色とはかけ離れた侮蔑の色が乗る物だった。

 

 

「ところで、そなたからは我が同族の血の匂いを濃く感じるのじゃが、それは何故かの? 殺すだけではなく腹を割り、臓物を腑分(ふわ)けでもしたのかの? でなければそこまで濃い匂いは残らん筈じゃがのう」

 

 

 汐里(飛行場姫)の言葉に場は言葉をなくし、問われたアイラ自身は目を見開いて笑顔が固まっている。

 

 これは当然吉野達は知らない情報であったが、王立研究所の主査という任に就いている者は深海棲艦の鹵獲を差配し、生態調査という物を主導する立場にある。全体的な任務は研究という部分として扱われるが、汐里(飛行場姫)が言うように鹵獲した対象を切り刻み、実験を繰り返すというのもアイラの主だった仕事の一つでもあった。

 

 

「真摯に話を持ってくるのは良かったのじゃがの、相手がそなたであった場合深海の者から協力を得るのは難しかろ。これから先深海の者と手を取り合う可能性があったとしても、そなたでは話は纏まらん。何せ我らは見えてしまうから(・・・・・・・・)の」

 

 

 吉野達は認知していない、しかしアイラにしてみれば今までの自分を見透かした様な汐里(飛行場姫)の言葉は、国の為と働いてきた矜持を傷つける事となり、穏やかだった表情に影が差す。

 

 確かに公務で行ったソレは彼女の愛国心と正義の上に行われた物であったが、汐里(飛行場姫)を始めとする深海棲艦達にとってそれらは忌むべき行為である。

 

 

「……私は英国に命を捧げ、人類の存亡を賭けて公務に就いてきました。貴女達深海棲艦にとってそれは忌むべき行為だったのかも知れませんが、それは立場の相違の範疇であり、責められる謂れはありません」

 

「あー……汐里(飛行場姫)君の思う処も理解できるけど、なるべく穏便な対応を提督は求めます」

 

 

 一旦は食って掛かるような仕草を見せたアイラであったが、仲裁に入った吉野の言葉に思う処があったのか、一旦体をソファーに預けて深呼吸を一つ、冷静になろうと勤める。

 

 それを見た汐里(飛行場姫)は尚もアイラを感情の篭らない目で見つめたまま、差し出がましい事を言ったと取り敢えずは謝罪を口にした。

 

 

「立場の違いから出た些細な問題です、私としては今回の共同研究の申し入れに対し、一考して頂ければ何も……」

 

「現時点では、ですがお申し出を受ける事はできません」

 

「……え、それは何故でしょう?」

 

「全ての情報は開示できませんが、我が泊地以外に鹵獲後の運用は不可能な状態にありますし、もしそちらに協力という形で彼女達を引き渡したとして、そこから可能な深海棲艦の研究と言っても、現状そちらができるのは上位個体を配備して戦闘データを拾う程度のものでしょう? それならウチが現在関係各国へ提出しているデータで事足りる。違いますか?」

 

「その出せないと仰っている鹵獲後の運用方法を開示し、多角的な研究を行おうと提案してるんです、何故頑なにその情報の開示を拒むのでしょう」

 

「情報を開示しても同じ事を再現するのは不可能だからです、これらの現象は我が西蘭泊地でしか発現できないものでありますので」

 

「……では深海棲艦が無理という事なら、以前申し入れたそちらの駆逐艦時雨の研究依頼なら、どうでしょうか」

 

「そちらも既にお断りしていた筈ですが」

 

「以前にあった話し合いの内容は把握しております、それを含め、今回は正式に王立(・・)研究所の依頼という形でご一考頂けませんでしょうか?」

 

 

 少し前にモーリス・ウィンザーが本国筋からの指示が今ひとつ纏まらなかったという話から始まり、このアイラが言う王立研究所からの正式な依頼にという流れ。それは以前とは違い明確に、王室が絡むぞという意思表示であった。

 

 

「貴女は何か勘違いをしているようですね」

 

 

 それに対し答えたのは、今までずっと吉野の隣で話し合いを傍観したままだった矢矧だった。

 

 国としての象徴を持ち出し、話を押し通すやり方。外交という面では恐らく彼女の取った行動は正解ではあった。只一つの忘れてはならない事実を除けば、であるが。

 

 

「勘違い……ですか?」

 

「貴女が王室に関係し、その意思を持ってこの話を推し進めたとしましょう。その要求はここに居る西蘭泊地筆頭秘書艦時雨の譲渡、これに間違いはありませんね?」

 

「えぇ、そうなります」

 

「貴女が持ち出す王室という権威、それは自国にあっては何物にも変えがたいものなのでしょう。しかし我が日本国は貴国と同じく皇室を(いただ)き、軍にあって全ての兵は皇尊(すめらみこと)の為に戦う臣民であります。そして我が国の皇室は過去から現在まで一度も途絶えることなく続く、世界最古の皇室でもあります。その臣民であり尖兵である艦娘を譲渡せよと迫り、あまつさえ研究というものに充てる……戦う為に生まれた防人(さきもり)に対する存在意義を蔑ろにする行為。貴女はこれら侮辱ともとれる言葉について、我々を納得させ得る言葉はお持ちでしょうか?」

 

 

 英国は今も尚王室が一定の力を持つ国家形態で存続している。

 

 対してこの世界の日本は、二次大戦後から深海棲艦の出現まで皇室は国の象徴としての役割しか持たなかった。だが深海棲艦の出現以降海を隔てた国々との連携が断たれ、独力で生き抜く為に軍は再び皇尊(すめらみこと)現人神(あらひとがみ)として(いただ)き、そして軍人はその臣民、尖兵と言う立場で戦う道を選んだ。

 

 一般の市民にはそれ程強い感情は確かに存在しない。しかし深海棲艦という不倶戴天の敵と戦う軍人は嘗ての大日本帝国海軍と同じ程には、心の支柱として皇室へ対する崇拝に近い畏敬の念を持つ。

 

 更に日本の皇室は、真実はどうあれ公式的には一度も途絶える事無く、二千六百年以上続く世界最古の皇室である。

 

 その事実を認識していれば少なくともアイラの自国至上主義的な物言いは無かった筈であり、日本の軍としての有様を理解していれば時雨に対する譲渡という要請も無かったかも知れない。

 

 

 同時にこの返しは、嘗て吉野とモーリス・ウィンザーとの間で衝突があった際、全てを丸く収める為の最良の一手であった。

 

 モーリスにしても当時は王室を持ち出したなら、返しは日本の皇室となるだろう、なら他国の前で英国と日本が"似た環境の特別な国同士"と見せる事で立場の違いを演出し、他の国よりも一歩リードした形の交渉が可能だと判断していた。

 

 だがこれに対し吉野はあくまで力推しで通し、全てを拒絶した。意地が半分以上、そしてほんの少し、以降に発生するだろう他国との交渉を均一化する為の布石として。

 

 

 矢矧の言葉はそれを自覚している吉野に対するあて付けも幾らか含まれ、「あの時ちゃんと穏便に纏めなかったから今面倒な事になってんだぞ」という態度に一瞬だがビクッと肩を跳ね上げ、プルプルし始めた。

 

 

 矢矧の言葉にアイラは何かを口にしようとしたが、それ以上言葉を重ねればどのような内容でも英国王室に対する傷となる。何せ相手は王室に対して皇室という存在を持ち出し、更に軍は皇尊(すめらみこと)(いただ)く尖兵であるとも口にした。

 

 これ以上の交渉はどちらにも易はなく、また西蘭側が明確に共同研究の申し入れを拒否したという事実が、ある意味彼女の今後行くべき道を覚悟させる事となる。

 

 

 

 こうして大体予想していた案件は矢矧の言葉でピシャリと収まる事となったが、次に控えるのは庶民院議員の肩書きを持つ者との交渉である。

 

 こちらも凡そとしての予想は立てていたものの、英国やロシアという本来なら通じない筈の国を繋げてしまった存在を前に、吉野は気合を入れ直し個別の会談へ望むのであった。




・誤字脱字あるかも知れません、チェックはしていますが、もしその辺り確認された方は、お手数で無ければお知らせ下さい。
・誤字報告機能を使用して頂ければ本人は凄く喜びます。
・また言い回しや文面は意図している部分がありますので、日本語的におかしい事になっていない限りはそのままでいく形になる事があります、その辺りはご了承下さいませ。

 それではどうか宜しくお願い致します。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。