大本営第二特務課の日常   作:zero-45

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 タイフー休み落ち着きました。

 更新再開です、一週飛ばしたカンジですので二話分詰め込んでます、ご注意を。

 あ、それと足の指脱臼しました。

 ハハハ殺せ_:(´ཀ`」 ∠):


 それでは何かご意見ご質問があればお気軽にどうぞ。

2018/10/21
 誤字脱字修正反映致しました。
 ご指摘頂きました柱島低督様、水上 風月様、リア10爆発46様、有難う御座います、大変助かりました。



いつもの祭りと諸々と。

「提督。雨が上がったね。今日は、僕にも大切な日さ」

 

 

 日本で十月と言えば秋真っ只中。

 

 だが南半球では季節の流れは反転し、旧ニュージーランドである西蘭島では短い春の訪れとなる。

 

 

 年間平均気温が15℃~20℃、夏であっても真夏日になるのが珍しいそこ(西蘭泊地)は、十月になって漸く12℃から15℃まで気温が上がる。

 

 

 明石園芸誰でもできるシリーズ『超ソメイヨシノ』が植えられた泊地内は、満開の花びらが風に舞い、全てを桜色に染め上げている。

 

 

 そんな泊地の一角、松浪港港湾施設に隣接した屋外宿泊施設群『熊の郷』では白露型姉妹を筆頭にくちくかん達が集い、春の訪れに喜びつつ西蘭島ブートキャンプ(仮)を開催していた。

 

 

 例のブルーなシートやダンボール的な部材で作ったハウスを建てて野外泊をしつつ。

 

 

 言ってしまえば今回はくちくかん達による例のキャンプと言うかアニモーな森活動であったが、今回は時雨が復帰し、また近日大規模な遠征が計画されてるとあり、いつものゆるキャン染みたアレではなく、今回はそれなりにサバイバリーなお泊り会をするという形のお泊り会である。

 

 

 尚ブートキャンプ中は泊地施設の利用は禁止。

 

 食料の調達は当然自前であり、持ち込み装備も携帯できる物だけという指定もされていた。

 

 そんな割とガチなブートキャンプが開催されている中、髭眼帯はくちくかん達に誘われ(強制)て訓練の視察に赴いていた。

 

 

 右を見ればアライグマ、左を見ればレッサーパンダ。

 

 

 確か持ち込みを許可されている装備は携帯可能な物だけと聞いていた髭眼帯は、ものっそ怪訝な相で彼女達を見ていたが、着衣に関しては装備したままなら手荷物として圧迫しないからという事を聞き、なる程なと納得しつつも同時に「それって訓練に必要な装備なのだろうか」と釈然としないまま、いつもの如く諸々に流されていたのであった。

 

 

「うっし、今日は秋刀魚が内地から大量に送られて来たし、メシはそっち系でやっちまうか」

 

「ふむ、ならこっちの秋刀魚は磯風が下拵えしておこうか」

 

 

 もはや夕雲型の制服よりも見慣れた感があるエプロン姿で、長波様が例の磯風と秋刀魚の下拵えをやっちゃっていた。

 

 

 そう、例の磯風と。

 

 

 この時点で食の安全が50%程レッドゾーンに突入した事になる。

 

 それを見てプルプルを開始すると、つい先日治療を終えた時雨が髭眼帯の隣に腰掛ける。

 

 熊の着ぐるみもといパジャマを装着した姿で。

 

 

「ん~……久し振りに外に出たけど、いきなり野外訓練だから上手くやれるか心配だよ」

 

「あー、一応ハカセからは徐々に慣らしてけって言われてるんでしょ? あんま無理しないでね」

 

「そうだね、まだちょっと色々と違和感があるけど、陸戦用装備が諸々をサポートしてくれてるから多分大丈夫じゃないかな」

 

「陸戦用装備? そんなの開発してたんだ」

 

「うん、ほらコレ、見た目頼りないけど結構しっかりしてるんだ」

 

 

 下から覗き込むように髭眼帯を見つつ、満面の笑みを浮かべて時雨はピコッと自分を指差した。

 

 

「ん……んんんん? コレ? どれ?」

 

「え? ほらコレ」

 

 

 コテンと首を傾げた時雨は、改めてピコッと自分を指差す。

 

 何度も言うが時雨はいつものアニモーと言うかブラウンなベアーの着ぐるみ姿で髭眼帯の隣にシッダウンしている。

 

 

「え……着ぐるmもといそれってパジャマなんじゃ」

 

「え、違うよ? ほら手の肉球の柔らかさが違うでしょ? これは明石さんと夕張さんが共同で開発した『陸上戦闘服森林迷彩壱型』って言うんだ」

 

「陸上戦闘服ぅ? 森林迷彩ぃ? なぁにそれぇ?」

 

「僕達艦娘ってほら、基本海でしか戦わないから陸での装備ってないよね?」

 

「あー……まぁ、そうかも知れないねぇ」

 

「まぁ大坂に居た頃は余り必要なかったけど、ここだと敷地が広いし外はほら、人も居ないからそういう装備も整えておいた方がいいんじゃないかって言われたから」

 

「……明石に?」

 

「うん」

 

 

 くまさんフェイスからニッコリした顔をコクリと縦に振る時雨を見て、プルプルを一時停止した髭眼帯はポッケにINしていたスマホを取り出して流れるようにピポパを開始する。

 

 

「あーもしもし明石酒保? 自分だけど、え? もうそういう対応って面倒だからお客様番号を登録してくれ? は? そんなのあるの? いやいや初耳なんだけどどこでそんなの登録したらいいの? へ? 松のホットステーション? あーあそこで…… いやいやそうじゃなくてね、明石居る? え? 留守ぅ? はい? 西蘭泊地の名義でオーストラリアに仕入れ交渉に行ったぁ!? ナニシテンのアイツぅ! はい? 支出を薄くして儲けを厚くせよぉ? なにそれ島津さんなの!? 義久さんなの!? てか武将さんの有り難い格言をそんな欲に塗れた言葉で汚すのどうかと提督思うんだけど!? え? ……うん、うん、そうなの? はい? ちょっまっ! なにそれ怖い! うんうん……え~ そっかぁ……そうなんだぁ……」

 

 

 色々妖精さんから聞いた髭眼帯はスマホの通話を切り、ハイライトを薄くしつつハハハと乾いた笑いを口からもらしつつ、今も夕餉の支度をするくちくかん達へ視線を戻して現実逃避を開始するのであった。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

Allez(アーレ) cuisine!(キュイジーヌ)

 

 

 ブートキャンプエリア中央、丸太を真っ二つにして組んだそこそこ大きいテーブルにはくちくかん達が集い、夕餉の席が出来上がっていた。

 

 所狭しと並ぶ料理は秋刀魚を始めとする魚介を中心に、恐らく狩りの獲物であろう肉肉しいブツもてんこ盛りという、かなりボリューミーな物になっていた。

 

 そんなテーブルの端ではエプロン姿の長波様、例の磯風、悪飯艦(おめしかん)のヒエー、そして何故かごーやというシェフがニコニコと料理を運んでいた。

 

 

 説明するまでもないがこの時点で当たり外れの確率は50/50、いや品数で言えば四つの内二つは命の危機が伴うブツと言えるかもしれない。

 

 そして冒頭の某クッキングスタジアムで良く聞く系のセリフを吐いたのはあの陽炎である。

 

 もう食べ物どころかもしかして飲料すら危ういかも知れないと髭眼帯はプルプルを増してしまった。

 

 

 何故例の磯風にあの陽炎がセットなのだろうか、それ以前にくちくかんとは最も遠い艦種の筈なのに何故ヒエーが当たり前の如く給仕をしているのだろうか。

 

 そんな全力で殺しに掛かっている気がしてやまない夕餉の風景に髭眼帯を始め、数人のくちくかん達が目のハイライトをOFFにしてテーブルを囲んでいる。

 

 

「……何故くちくかんの野外訓練にヒエー君が参加しているのかの理由を聞いても?」

 

「えっとお姉さま(金剛)が陣中見舞いにと言う事で料理を作ったので、それを届けるついでに私もカレーを差し入れに来ました!」

 

 

 そう言って先ずテーブルの中央に置かれたのは金剛の手作りである Stargazy(スターゲイジー) pie(パイ)

 

 和訳すると『星を見上げるパイ』となるその物体は、イギリスで受け継がれる伝統的な料理である。

 

 

 十六世紀初頭、海が荒れ狂うクリスマス直前、魚を主食としていたとある漁村では長期間漁に出る事がままならず、飢餓状態に陥っていた。

 

 時は十二月二十三日、飢餓に喘ぐ村民を見て心を痛めた漁師のトム・バーコックスさんが、勇敢にも嵐の中海に出て村人全員に行き渡る程の魚を獲ってきたのだという。

 

 その後命懸けの漁に出た彼からフィッシュを受け取った村人達は感謝の気持ちを込めて、獲ってきたフィッシュがちゃんと見える形のパイを作ってしまった。

 

 そう、作ったと言うか作ってしまった(・・・・・・・)のである

 

 

 ビジュアル的にパイとおぼしき円形のブツからはフィッシュのヘッドがひょっこりと林立し、それがあたかも空を見上げて(スターゲイザー)いるように見えるという事で「星空を見上げるパイ」と名付けられた。

 

 ロマンチックな名称のそれはパイからフィッシュのヘッドが複数出ている見た目という事で壊滅的にメーであり、死んだお魚さんの目を見つつパイを食するのはとてもアレだと思うのだが、そこはバーコックさんを称える感謝の一品。

 

 正に美談で押し通してしまったソレは、関係ない者から見れば負の遺産とも言えてしまう料理だろう事は想像に難くない。

 

 

 こうして感謝と勇気を称えるパイは後に英国全域に広がり、伝統料理という名の地獄絵図を垣間見せる事となった。

 

 現在このスターゲイジーパイにウナギのゼリー寄せ、そしてパンジャンドラムの三つはイギリスという国を如実に表す「英国面」という言葉で今も尚諸外国を恐れ戦かせている。

 

 

「それとこれが特製カレーです、どうぞ!」

 

 

 フィッシュの頭が林立するという呪いのパイの隣に悪飯艦手作りのカレーがコトリと置かれる。

 

 

「……比叡君、何故カレーにスイカがトッピンクされちゃってるのだろうか」

 

「えー、今日は駆逐艦の皆さんが食べるという事で、辛さがマイルドになるようフルーツをトッピングしてみました、ほら、酢豚にパイナップルとか、そうめんや冷やし中華にサクランボ的な?」

 

 

 髭眼帯は思った、酢豚にパイナポーとかそうめんにチェリーというブツに辛さの緩和的意図は微塵もないのではと。

 

 寧ろから揚げにレモンと同じ程、酢豚にパイナポーという仕様は紛争を生んでしまう組み合わせではないのかと。

 

 それ以前にカレーにスイカはもはや議論に値しない組み合わせなのは間違いないと静かにプルプルを開始した。

 

 

「ちゃんとパイナップルにチェリーも入ってますから」

 

「ちゃんとぉ? カレーにパイナポーとかスイカとかチェリーってフツーINする事がないから「ちゃんと」って語句を今の説明に含めるのは不適切だと提督思ったりするんですが……」

 

「そして金剛さんの料理をリスペクトしたのがこの磯風の料理、『スターゲイザー・パンプキン』だ」

 

 

 悪飯艦の脇に立つ例の磯風は、やはり秋刀魚タイプの着ぐるみを着装したままコトリを皿を髭眼帯の目の前に置く。

 

 

 皿の上に鎮座する黄色いカボチャ。

 

 ヘタを囲むように秋刀魚の頭が星を見上げるが如く乱立し、まごう事なき金剛のパイをリスペクトした感が見た目で判る仕上がりになっているそれ。

 

 

 リスペクトした料理がもうアレなので、万歩譲ったとしてもそれの見た目と言うか仕上がりが呪われたブツ風味なのは仕方がないと言えるかも知れない。

 

 だがそれ以前に、何故、そんな暗黒の儀式に必要なカンジのブツをリスペクトしようなんて過ちを彼女は犯してしまったのだろうか。

 

 寧ろ秋刀魚がカボチャを貫通する形の料理を作るのは何気に難易度が高いのではないだろうか、テクニック的に。

 

 それなのにどうして秋刀魚の頭がほぼ炭のようにコゲコゲなのだろうか、もしかしてそこは意図しての事なのだろうか。

 

 

 どこからどう突っ込みを切り込んでいいものか迷う髭眼帯は、例の磯風に曖昧な相のまま乾いた笑いで対する事しか出来なかった。

 

 

「ここで好評を得たらこの料理はハロウィンにも出そうと思っているんだ、さぁ遠慮せず食べて欲しい」

 

「え……ハロウィンに出すの? これ……を?」

 

 

 秋刀魚がニョキニョキ生えたカボチャ。

 

 そう称する事しかできない料理は、なる程「トリックオアトリート」の言葉と共に差し出された場合、余りの邪悪さ故手持ちの飴ちゃんを袋ごと渡してしまう程のインパクトはあるなと髭眼帯は現実逃避する。

 

 

「カボチャの中身はくり抜いた物を煮た物と、秋刀魚、後はスイカとパイナップルとさくらんぼだ」

 

「ちょっと何で中身の殆どがヒエーカレーの具と一緒なの!?」

 

「材料費の兼ね合いで、どちらの料理にも使える物をと考えたらそうなってしまったんだ」

 

「普通そのフルーツってどちらの料理にも使わないからねっ! てか材料選びの段階で大きな過ちを犯してるのに気付いて!? ねえっ!?」

 

「ハロウィンと言えばカボチャ、カボチャと言えばジョーンズソーダ、って事ではいこれ司令」

 

 

 例の磯風へ突っ込んでいる最中にも関わらず、お茶会テロリスト筆頭の陽炎が髭眼帯の前に瓶入りの何かをコトリと置いた。

 

 透明の瓶の中に色付く赤身がかったオレンジの液体。

 

 一見オレンジシュースにも見えるそれは、陽炎が愛してやまない米国(実はカナダ)の雄、ジョーンズさんチの例の飲料。

 

 

 ハロウィンの為に用意したブツは、何か思う物でもあったのか。

 

 秋から冬に掛けて存在感を増す緑黄色野菜であるカボチャ。

 

 

 ビタミンA・C・E等を多く含み、コトコト煮る事で皮まで食べれてしまえるお得なベジタブル。

 

 甘み成分も含む為に野菜ジュースに入れたりする事があるかも知れないそれは、しかしソーダというシュワシュワとの相性は壊滅的なお野菜でもあった。

 

 他のベジタブルとミックスすればもしかして……と思えど、それ単品では恐らく悶絶物というソーダを「ハロウィンだから」と供するジョーンズさんと、その狂信者の陽炎。

 

 しかもそのソーダはただのカボチャソーダではなく「ハンプキンパイ味のソーダ」であった。

 

 

 ハロウィンだからカボチャなのか、スターゲイザーパイと合わせてのパンプキンパイなのか。

 

 

 どちらにしても悪意が混在せずにはいられないブツの数々を前に思わず動きを止め、瓶を見たまま髭眼帯は固まってしまった。

 

 

「……提督、僕退院してまだ体調が整ってないから、これ、お願いするね」

 

 

 時雨がツイと寄せてきたそれも、例のジョーンズさんチから齎された逸品。

 

 緑の毒々しい色にクリスマスを彷彿させる絵柄のラベル。

 

 それは幻とも言われているジョーンズソーダクリスマスツリー味。

 

 

 テイスト的な物を解説すれば木材、丸太の味をベースに表現不可能な隠し味がソーダと共にフレーバーする。

 

 あのギャラクシーがケミカル満載のベニア板とすれば、このクリスマスツリー味は自然を大切にした、正にモミの木を再現した味といえなくはない。

 

 

 ヒエーカレーにスターゲイジーパイ、スターゲイザーパンプキンにパンプキンパイソーダ、そしてクリスマスツリーソーダが並ぶ。

 

 

「中々個性的な料理が並んでるでちね、それじゃごーやは海軍に伝わる由緒正しい手料理を振舞うでち」

 

 

 いつの間に近くへ寄ってきたのだろうか、ごーやがスイっと髭眼帯へジュラルミンの器を手渡した。

 

 見た目白米の上に刻んだハムが乗っただけのそれ。

 

 ナニコレと良く観察すると、シンプルな飯の見た目に反し、そこからは米酢独特のすっぱい匂いが漂ってきた。

 

 

「これは海軍潜水艦隊に伝わる由緒正しい戦闘糧食、『ハム鮨』でち」

 

 

 ハム鮨

 

 水上艦とは違い、限られた空間で長期活動を余儀無くされた潜水艦隊。

 

 艦の規模も水上艦のそれに及ばず、持ち込める食料も限られたそこは、食糧事情が優遇されていた海軍にあって、陸軍とはまた違った劣悪な環境に置かれていた。

 

 長期保存が利く物が殆どであり、缶詰がその多くを占めていた潜水艦内では、独特の食事が糧食として供されていた。

 

 酢飯の上に刻んだハムだけを乗せてちらし鮨と言い張るそれも、潜水艦隊の事情を如実に表していた。

 

 テイストは酢飯+ハム、まさにシンプルと言うかまんまなメシ。

 

 

 それがハム鮨と言われるブツであった。

 

 

「食うでち」

 

「え、なにそれは、え? ちょっとでち公提督の口にグイグイしないで?」

 

「食うでち、そして潜水艦隊の悲哀というものをその身で味わうがいいでち」

 

「いやいやいや酢飯にハムのっけだだけでしょそれってちょっと待って!」

 

「いいから食うでち」

 

 

 髭眼帯は思った、何故野外ディナーに無理矢理招かれた上で、ここまで心がささくれ立つおもてなしを受けているのだろうか。

 

 夕食時は誰かしら膝の上に乗りつつというのが髭眼帯のいつもであったが、何故か今日は誰も来ない。

 

 寧ろテーブルはおもてなしする側がハイテンションで、おもてなしを受ける側がお通夜という空気が蔓延し、プルプル率がパないというテーブルがそこにはあったという。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

「へ~ あの坊っちゃん結局フランスに渡ったんだ」

 

「まぁ米国に渡っても手間の割には旨みがないでありますし、大陸や北へは渡れないでありますからな、日本を離れ、尚且つ提督殿から縁遠い場所、それでいて利権に食い込めそうな国と言えばそうなるのは当然と言いますか」

 

 

 奉行所(執務棟)内に居を置く特務課の執務室。

 

 大規模支援作戦に向けて情報収集の為欧州へ出ていたあきつ丸が、収集してきたそれらを纏めつつ、課の者達へ内容のすり合わせを行っていた。

 

 

 本来なら艦娘だけで他国へ渡るのは難しい。

 

 しかし来週には編成された艦隊がアラビア海へ向けて抜錨するとあり、また欧州連合ともある程度連携した動きをしないといけない上に、吉野自身が色々と仕事を抱え込んで泊地を離れられない関係で、今回だけは特別という事と、軍部筋に顔が利く矢矧を伴う事で話をつけたあきつ丸は欧州情勢に探りを入れていた。

 

 

 現状で言えば西蘭と真の意味で繋がっているのは欧州連合で限定すればドイツのみ、イタリアは中立的な立場で対応しており、イギリスとフランスは表面上の繋がりはあっても、実際は腹を探りあう関係に収まっている。

 

 

「吉野陽四郎……元吉野商事代表取締役、今は横領した資金を用いてフランスに潜伏中……っと、んでやっぱりこの後は……」

 

「まぁ商売を始めるでありましょうな、どういう形になるかは予想できないでありますが」

 

「提督としてはそうなるよう仕向けたんでしょ? 前にそんな感じの事言ってたし」

 

「自分の足元で余計な事をされるよりも、目の届く場所の、それも厄介な相手と組んでくれた方が一括管理という形を執れる分だけ御し易い……と、提督殿の腹の内はこういう事になってるでありますな」

 

「フランスはある意味イギリスを相手するよりもやり難いって言ってましたし、面倒事は一纏めにしてしまえって考えは中々妙手だと思いますよ?」

 

 

 ソファーでだらける川内の脇には手帳を片手にした青葉、向かいにあきつ丸と矢矧という四人。

 

 其々は其々に得意分野が違えど、どれも諜報という面では有用なスキルを持つ者達。

 

 

 川内は現場での隠密を担い、青葉はそれの補助や表での情報収集。

 

 軍関係に顔が利く矢矧にそれらを統括するあきつ丸。

 

 内務は漣を筆頭に妙高とプリンツが回し、もしもの為の実働員として榛名、グラーフ、神通が控え。

 

 

 これに提督の補助として時雨が秘書課兼任として随伴という形が西蘭泊地特務課の人員であった。

 

 

「後はイギリス主導で大本営と何か企んでるようだけど、こっちは提督がどれだけ手の内を見せるかで対応が変わってくるわね」

 

「ん? また変な事始めたりするの? あの国」

 

「ウチを日本から切り離して、独立した組織として運営させようとしてるみたいよ?」

 

 

 矢矧の返事に川内は苦々しい相を滲ませ、青葉も「あちゃ~」と言いつつ耳の裏を指でポリポリと搔く。

 

 

 日本海軍拠点西蘭泊地。

 

 オセアニア東部資源還送航路を航行する船団の護衛任務、及び緊急時の戦力供給の為の拠点。

 

 軍に於ける表立っての立ち位置はそういう事になっている泊地。

 

 

 実際の処内地に居を構えるには増えすぎた深海勢の受け入れ拠点であり、経済的な枝葉を各国に広げ、諜報関係に強い者が司令長官に就く拠点というのが西蘭泊地であった。

 

 日本を含めた国々からは、それなり以上の戦力を持ち、深海棲艦の支配海域にある為武力行使が不可能な厄介な存在として認識されているのが現況とも言える。

 

 

 それは日本の軍部も持て余す存在であり、欧州連合、特にイギリスから見れば目の上のたんこぶとも言えるかも知れない。

 

 

 ただかの国々からしてみれば、不可侵で、かつそれなりの戦力は持っているが、軍事活動に於ける最重要物資の弾薬は大坂から異動した為日本に依存しており、以前よりも危険度が低くなったという認識も同時に持っていた。

 

 

 日本としては内地に爆弾がなくなり、欧州側としては邪魔者との位置関係が遠くなると同時に日本と組し易くなった。

 

 そして弾薬というキモを軍部が握っているとあって、ある意味吉野達が西蘭へ居を移したのは歓迎する状態にある。

 

 

「まぁ日本の軍部から切り離せば、大坂や舞鶴と内々で動く事は難しくなる形になるでありますし、弾薬の融通を軍が握ればある程度のコントロールが出来るでありますからな」

 

「それに責任の所在も軍部から離れるから、完全独立した拠点という形は大本営としても歓迎する形になるんじゃないかしら?」

 

「更にそういう形にしてしまえば、大坂、舞鶴、クェゼリンとクルイ、この拠点との関係も切る事が可能……って考えもありそうですね」

 

 

 幾ら深海棲艦を擁するといっても艦娘が主戦力となれば、弾薬を供給しないと軍事行動が停滞する。

 

 勿論日本エリアの深海棲艦を纏めている以上無体な事はできないが、それでもメタンハイドレートという次世代燃料を握られている関係上、ある程度優位な条件は握っておく必要があると軍部では考えられていた。

 

 しかもその次世代燃料には米国も絡み、更には産油国に頭が上がらない欧州連合側にも、その問題はある程度降りかかる。

 

 

 故に弾薬という代えの効かない物資を有効活用する為、西蘭という拠点を日本の庇護下から遠避け、単一の独立した拠点として擁立すべきという働き掛けをイギリスを中心として軍部が進めている最中である事を矢矧とあきつ丸は掴んできた。

 

 

「提督殿としては別に手の内は見せるつもりはないようでありますが、大坂や舞鶴と切れるのは良しとしないでありましょうな」

 

「まぁ実際弾薬は自主生産出来ちゃってるしね~、それに燃料も……海洋油田の稼動って来年だっけ?」

 

「来年の四月辺りですね~、アレが稼動した辺りで司令官としてはトドメを刺しにいくんじゃないでしょうか」

 

 

 大坂鎮守府の人員が西蘭へ異動するにあたり、軍部筋としては深海棲艦関係で対応を余儀無くされていた内地の世論を、自分達から外へ逸らす意味でも今回の異動劇のお陰で胸を撫で下ろしている処である。

 

 欧州連合でもこれで日本との繋がりが持ちやすくなり、また大坂へ対しての配慮がいらなくなったのは色んな意味で僥倖と言えるだろう。

 

 

 だがある意味安心し切った最中、西蘭泊地直近でメタンハイドレートという殆ど忘れ去られていた次世代エネルギーが発掘されたと聞き、またそれを採掘するには深海棲艦の協力なくば不可能とあり、またしても問題を抱える事になった。

 

 しかも海洋油田を掘削し、化石燃料も拠点で賄えるという知らせが入った事で、急ぎ関係する国々と対応を練る事となった。

 

 

 それらの結果、出された案があきつ丸が言う「国から切り離しての独立拠点案」

 

 生きる事に支障がなくても戦闘行為をコントロール可能な形にするそれは、現在軍の庇護下にあるという形の西蘭ではある意味拒否できない形で話は進む事には違いない。

 

 

 だが実際の話、西蘭ではその弾薬すら供給可能となっている、しかもどの国の艦も使用が可能という破格のオマケ付きで。

 

 

「今の内は下手に動いておいて、相手が腹の内を見せ切った後でトドメね、うん、これは中々エグいやり方だと思うわ」

 

「言葉の割には楽しそうですね、矢矧さん」

 

「そう? まぁまだ情報が錯綜してるから何とも言えないけど、ふふっ……あの嫌味ったらしいイギリス大使の鼻があかせるとなれば……ねぇ?」

 

「本当に、ウチの者は全員あの大使殿の事が嫌いでありますな」

 

「ん? あきっちゃんはそうじゃないの?」

 

「ははっ、あんなのは豆腐の角に頭をぶつけて死ねばいいでありますよ」

 

「ぅーわ、結局嫌いなんだぁ」

 

「まぁでも問題は、話が全部終わった後じゃないですかねぇ?」

 

「そうね、今まで送られて来た欧州艦達は大丈夫そうだけど、後々またこっちに送られてくる事になったらと思うと、ね」

 

「ん~? そういうのは多分大丈夫なんじゃないかなぁ?」

 

 

 溜息を吐く矢矧に対し、情報の纏めを進めていたプリンツが事務机の端から顔をヒョコっと見せてそうのたまった。

 

 

「……と言うと?」

 

「ヨーロッパで邂逅した艦娘って、結局ドイツか日本に倣って教導を受けるんだけど、その内容って大坂鎮守府から上がったデータを元にした部分がかなりあったりするんだよね」

 

「ふむ、大坂の……それは初耳でありますな」

 

「昔と違って地中海でも上位個体は出るから、そういうデータはどうしても実戦経験のある拠点の物を使うしかないじゃない? しかも大坂鎮守府って深海棲艦相手に演習してた唯一の拠点だしぃ……よっと」

 

 

 欧州連合の内情を語りながら、プリンツはコーヒー片手にテーブルへ移動してくる。

 

 そして川内が身を起こして場所を作った為、そこへ腰掛けて話の輪に入ってきた。

 

 

 大坂鎮守府からという括りで言えばプリンツは古参にあたり、また欧州艦の取り纏めは現在ウォースパイトが担っているとはいえ、結局諸々の相談や判断はプリンツ頼みという部分があって、現状泊地や欧州艦双方の事となると、恐らくプリンツが一番事情に明るいという事になる。

 

 

「で、結局そういう形で姫とか鬼対策の訓練していったら、どうしてもそのデータを纏めた拠点とか気になっちゃうらしくて」

 

「あー、それで大坂鎮守府とか、その辺りの諸々はある程度知られていると?」

 

「そうそう、まーでもウォースやビスマルク姉さまに聞いた話だと、鎮守府の事とかよりAdmiral本人の話が色々とその……ね?」

 

「提督殿の話? そこんとこ詳しく」

 

 

 プリンツの醸し出す微妙な空気にあきつ丸は、また色々と髭眼帯の知らない所で話が大きくなっているんだなと色々な事を察してしまった。

 

 

「ドイツだと"あの"グラーフを飼い慣らしてるってだけでどんな豪傑なんだって話になってるしぃ」

 

「ふ……ふむ、確かにそう言われればそうかも知れないでありますな……」

 

「後は空母棲鬼を力尽くでモノにしたとか、戦闘に生身で介入してタ級を沈めた猛者とかぁ」

 

「ま……まぁある程度の部分では間違いではないと言えるであります」

 

「でしょ? その裏づけ的な話がウォースとか辺りからあっちの現場にいっちゃったりして、結果としてヨーロッパ側の、それなりに活動してる子辺りからしてみれば、Admiralってほら……色々と誤解されちゃってると言うか、うん」

 

 

 あきつ丸は思った。

 

 現状それは泊地としてこの上なく上手く回っている状態と言えるが、吉野自身としては逆に物凄く不本意な状態になってやしないかと。

 

 寧ろ人身御供的に送られて来た欧州艦達がやたらと従順な上に、ヘタをしたらLOVE勢的な様子を見せていた不思議の原因が判明し、色々諸々を納得してしまった。

 

 

「ただ泊地に居るだけで嫁艦ができるとか、抜錨するたびに深海棲艦の嫁を捕まえてくるとか」

 

「状況的に間違いではない……かもしれないでありますな」

 

「あきつんは知らないと思うけど、ビスマルク姉さまにウォース、あとポーラってあっちじゃ第一線で古参を張ってた艦娘だから、そこから流れてきた話って結構影響力あるんだよ?」

 

「ふむ? ポーラ殿も、でありますか?」

 

「うん、ある意味このメンツで一番有名って言うか、怖がられてるのはポーラなのは間違いないから」

 

 

 欧州艦に於いては管轄が違う上、過去の詳細を知るのは吉野を含め、艦隊本部の統括範囲である為あきつ丸達は知らなかった。

 

 

 嘗てイタリアという国が邂逅した初の艦娘、Zara級 三番艦 Pola。

 

 

 それまで深海棲艦に対し無力だったイタリアは、邂逅した存在に歓喜し、同時に少ない戦力で海軍戦力をどうにかできないかと彼女に実験紛いの過酷な運用を強いていった。

 

 ある意味死が当たり前の艦娘にあって、庇護すべき軍部が死を厭わない運用を強いる。

 

 その日々はポーラという本来ゆるい性格の艦をギリギリまで追い詰め、普通に戦っていては沈んでしまうという戦い方をさせるまでに至った。

 

 ヨーロッパという狭い国々の中にあり、他者と違う者というのは思うよりも生き辛い。

 

 グラーフがそうであったように、ポーラもまた『物言わぬ恐怖』という忌み名を背負い居場所をなくしつつあった。

 

 だから大坂鎮守府へと流されてきた、そして酒という手段を用いて、狂気の()を酔っ払いという仮面で隠した。

 

 

「"物言わぬ恐怖"でありますか」

 

「噂しか聞いた事ないけど、他の子達とも相性が悪くて、こっちに来るって聞いた時は何となく納得しちゃったかなって感じだったなぁ」

 

「他の欧州艦でそういう事情を抱えてる子って居たりする?」

 

「んー……ウォースは元々貴族院直属艦隊の旗艦だったと言うか、もぅイギリス艦隊の顔みたいな面もあったからある意味有名人だし、リシュリューも確か……えっとフランスの、何てったっけ、ほらスパイの……」

 

「対外治安総局でありますか?」

 

「それそれ! そこの所属だったけど、何か問題があってこっちに飛ばされたとかなんとか」

 

 

 欧州艦が到着する度に、何故か自然とも言える程盛大に頭を抱える吉野というちょっと不思議な絵面(えづら)に、あきつ丸はこの時漸く納得する事になる。

 

 一時が万事と言うが、内地からの転任組だけに留まらず、諸外国から来る艦娘にでさえ厄介事を抱えている者も多いのだという事実。

 

 

 今も他人事の様に話すプリンツでさえ、嘗てはちょっとした問題を抱えたまま大坂鎮守府に送られて来た過去がある。

 

 それら全てを抱えつつ、今現在絶賛外から振り回されている、ここに居ない泊地の司令長官の背中にこの揚陸艦娘は……

 

 

 自分に諸々のお鉢が回ってこない事を祈りつつ、ご愁傷様でありますと静かに手を合わせるのであった。

 

 

 




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